527話

第527話:心の不思議に気をつけて


「なんで止めやがった!勝手な事するんじゃねえ!」
怒るのも無理はないと思うし、金縛りが解除された途端に怒られるだろうと覚悟もしていた。
けれど、ルカにだって言いたい事はある。
黙って聞きに徹するほど、どうでもいい主張ではないのだ。
「だって、ああでもして止めないと、ハッさん絶対に行こうとするでしょ」
「行くぜ! 俺は今からでも行くからな!」
青筋が浮かぶハッサンの顔を、ルカは真剣な表情で見つめた。
「行ったって、どうせ何もできないよ、きっと」
「なんだとう!?」
今にも身を乗り出さんとするハッサンだが、そこは爆発の指輪を意識しているのか、踏みとどまる。
その代わりに、ルカを睨みつける眼光は凄まじいものだった。
「だって、そうでしょ」
睨まれた程度でルカは臆さない。
「そもそもさ、その指輪が外せないんだから、ハッさんは一人じゃどこにも行けないよ」
「決め付けんじゃねえ! 方法はある!」
「……あっそう」
蓄積される苛立ちを抑えるように、ルカも眉目を寄せた。
「まさか指輪ごと切り捨てて行くとか、言わないよね」
「いいや、言ってやる! 俺はこの手を切り捨ててでも助けに行くからな!」
「……ミネアさんに貰った身体を傷つけてまで?」
ミネアの名前を聞いて、ハッサンは何か言いかけていた口を思わず閉ざした。
ルカは、ミネアがどういった人物なのか、直接は知らない。
けれどハッサンの話を聞くだけでも、彼女に対する思い入れが果てしなく深い事はよく知っていた。
「ハッさん言ったよね。アリーナって人に殺されかけたけど、ミネアさんが命を懸けて救ってくれたって」

ルカの口は止まらない。
「こうも言ってた。ミネアさんに貰った命で、たくさんの人を救いたいって。
 だから一回外れたその指輪を付けてまで、銀髪の強い人と戦ったんでしょ。違う?」
言葉を飲み込むハッサンを見て、ルカは続ける。
「自爆覚悟だったけど、結果としては死ななかった。だからハッさんは生きようと頑張ってる。
 だからおれもハッさんが生きることに協力してるんだ。
 ……こうやって、雲に乗せて! 連れ歩いて! カズスも離れて!」
自分で言っておいて、変だとルカは思った。
別に、こんな事を言いたかった訳ではない。なのに、なぜか口は止まってくれなかった。
「おれがハッさんを生かしてあげてるんだ! 自分勝手に死ぬなんて許さないからな!」
言ってはいけない事を言った気がする。けれど仕方ないのだ。
言いた事も言いたくない事も、言葉が溢れ出てきて、どうしようもなかった。
感情が上手く操作できなくて、さらに苛立ちが募る。
「……自分勝手だと?」
ハッサンの冷たい声に、ルカは身を硬くした。握った掌に力が入る。
「調子に乗るなよ……俺の命は俺だけの物だ! 誰にも指図させねえ! 自分のこた自分で判ってる!
 おまえの自分勝手な考えを俺に押し付けてんじゃねえっ!!」
「じゃあ勝手にしろ!」
ルカは被っていた帽子を乱雑に地面へ叩き付けた。
帽子の落ちた軽い音とは逆に、ルカの声は今までにない程に激しく荒々しかった。
「もう知らないからな! 好きにすればいいさ! ハッさんなんか助けなきゃ良かったよ! バカっ!!」
一気に捲くし立て、ルカはハッサンに背を向けて走り出した。
ハッサンの乗る雲は色を薄め、遂には消えて無くなる。
体勢を保ちながら地面に腰を落とし、ハッサンは強く息を吐き捨てた。



近くを通り掛かったのは、偶然としか言いようがない。森は広くて、道などないのだから。
移動の速度を考えれば、遭遇に対しての不思議は感じなかった。
口論しているのだという事は、ぼんやりしていても判る程に、声が大きい。
周囲に危険な人がいると思わないのか、思えないほどに激怒しているのか。
それはサックスの知った事ではなかった。ただ静かに、ハッサンとルカの成り行きを見つめる。
そうやっているとルカが捨て台詞を吐いてどこかへ行ってしまったので、取り残されたハッサンを熟視した。
しばらく行動しないでいても、ハッサンが何か喋る様子も、動き出す気配もなかった。
喋る相手がいないし、動く事ができない、という表現が正しいのだろうか。

衝動というのは、こういう事なのだろうとサックスは思った。いや、思ったのはずっと後になってからだ。
感じた事の無い何かが、じわじわと湧き上がり、駆け巡る。
例えるならば黒。黒い感情が、熱を上げる。得物を握る手に、自然と力が篭った。
沸き上がるのは、憎悪だ。
体中に染み渡って、心が侵される。

サックスはゆっくりと足を進めた。地面に居座るハッサンの姿を目指す。
足音は殺さない。息も潜めない。ごく自然に、歩いて行く。
徐々に接近して、気付いたハッサンに顔を向けられても、サックスが焦ることはなかった。
「……なんで、おまえがココにいやがる」
苛立ったようなハッサンの声に、サックスは答えた。
「声が聞こえました。それで気になって」
「そうかい、そういう意味じゃねえんだが……とにかくだ。俺は今、すこぶる機嫌が悪い」
「判ります、なんとなく。ケンカしていましたね」
はん、とハッサンは荒く息を吐いた。
「聞いてやがったのか」
「声が聞こえたって言ったじゃないですか」
「なら話は早えな。八つ当たりされる前に、どっか行きやがれ」
そう言ってから、ハッサンはサックスが手にしている槍に気が付いた。
それをまじまじと見つめる。
「おまえ、そんなん持ってたか?」
「ちょろまかしてやりました、フリオニールから。あの人、殺し合いに乗っていましたよ」
訝しげな視線が、槍からサックスの表情へと移された。
「あなた方に置き去りにされた時はどうしようかと思いましたが、必死で逃げて来ました」
「……そうか」
申し訳なく思っているのだろうか。それとも何とも思っていないのだろうか。
サックスとの会話には、あまり乗り気ではないようだった。
警戒心の無さもどうかと思うが、ルカに罵倒されて落ち込んでいるのかもしれない。
「……そうだ。一つだけ良いか? 頼みがあるんだがよ」
唐突にそんな事を切り出すハッサンに、今度はサックスが訝しげな表情を向けた。

「なんですか」
「その槍で、コイツを切り落としてくれねえか?」
ハッサンは指輪が嵌められた自らの手を見下ろした。地面に掌をついて、しっかりと固定されている。
「動くたびに爆発する指輪、ですか」
「ああ、そうだ。スパッとやってくれ」
話は聞いていた。手を切り捨ててでも行くとか何とか。おそらく、そのせいでルカとケンカをしていたはずだ。
サックスが考え込む様を見て、ハッサンは付け加えた。
「身体から切り離せりゃ、爆発はしねえ。そうすりゃ動けるんだ」
別にサックスは理由について考えていたわけではない。
切断するとかしないとか言い合っていたにも関わらず、したい本人は手段を持っていないのだ。
通り掛かりの見捨てた男に頼むくらいなのだから、そうなのだろう。
この人は馬鹿だな、とサックスは思った。
「……はぁ」
とサックスはおもむろに短い溜め息を吐いた。
「気まずい事頼んで、悪ぃけどよ、やってくれねえか?」
「気にしないで下さい」
サックスは手にした槍を旋回させて、慣れない構えを取った。
「一突きで終わらせますからね」
ひゅ、と槍は風を切り裂く。宣言した通り、一突きで終わった。
突き出した刃先は、ハッサンの胸に穴を開ける。くぐもった呻きが漏れた。
不意打ちを食らい、状況を理解できないといった表情を見ながら、抉る。
体勢を崩させると、槍の先端で爆発が起きた。
サックスは、フリオニールが与えてくれた得物が剣ではなく槍であった事に、初めて感謝した。



森は暗い。月は限りなく明るい夜だったけれども、今は群雲が光を遮っている。
勢いに任せてひたすら走り続け、ルカは木の根に足を取られて転んだ。
地面に伏したまま、呼吸を整える。
どのくらい進んだのか、景色の変わらないこの森では、全く把握できなかった。
そもそもどちらの方向に進んでいたのかも、よく判らなかった。
「……何やってんだろ」
こんなつもりではなかった。もっと別の事を言いたかったはずなのだ。
下手に手を切り落とせば血が止められなくて途中で死ぬだとか、もっともらしい事を言うはずだったのだ。
そうやって落ち着いて説得して、納得できなくても了承はしてもらう形で、着実にウルを目指すつもりだったのだ。
感情に任せてしまうと、ろくな事がない。昼間のトンヌラとスライムナイトの時もそうだった。
結局はこうやって、一人ぼっちで後悔するばかり。
「おれの方だよ。バカなのは……」
ハッサンの気持ちも、判らなくもないのだ。
もし助けを求めていたのがイルやテリーだったならば、きっとルカも駆け出していただろう。
しかし、そうはいかないのだ。ハッサンは重症で、瀕死ぎりぎりの状態なのだから。
けれどこうやって離れてしまったのだから、結果は同じ。
ハッサンは自身の思う通りの、自身の望む通りの行動を起こすだろう。
ルカは身を起こして、膝を抱えた。
手や膝を少しばかり擦ったけれど、ハッサンの状態を考えればなんとも思わなかった。
痛いのは、心の方だ。
「酷いやつだな、おれって……」
生かしてあげているのだとか、助けなければ良かったとか、そんな事は思ってもいなかった。
心は不思議だ。どうして予想もしていない方向へと暴走してしまうのだろうか。
「自分の事なのにさ、ほんと」

今ごろ、ハッサンはどうしているだろうかと考える。言った通りに手を切り落として移動しているのだろうか。
けれど、ハッサンは手を切り落とせそうな物は持っていなかったはずだ。
ルカの持つ鉄砲をあてにしていたのならば、今も一人で動けずに待っているのだろう。
それともルカがまだ知らない特殊な技でもあるのだろうか。
どっちにしろ、あのままではいずれ死んでしまう事は、ルカがよく一番知っている。
「……早く、戻らなきゃ」
白か黒か判らないサックスを見捨てる事はできても、ハッサンを見捨てるまで非情にはなりきれなかった。
彼の心の内を知っているだけに、なおさら。
それに自己満足かもしれないが、謝りたいのだ。
ルカは立ち上がり、手足の砂埃をはたいた。なんとも思わないと言ったが、実際には結構ひりひりして痛かった。
「たぶん、戻れるよね」
無我夢中で走って来たので、ハッサンがどの辺りにいるのかさっぱり判らない。
当て勘で戻れたとしても、ハッサンがまだ残っているとも限らない。
やや滅入りかけたルカだったが、突如として響いた音を聞いて、嫌な予感が芽生える。
「ハッさん……!」
耳に慣れた爆発音が聞こえた方向を見れば、藍色の空へと伸びる一筋の煙。
見つめる瞳には、不安だけが渦巻いていた。




最初は、どうするつもりのなかったのだ。だけど心は勝手に動いて、止まってくれなかった。
これは、単なる腹いせだ。自分を見捨てた事への、恨みを晴らしたかっただけなのだ。
自分の中に、そういう復讐心があった事に驚きを隠せない。
心は不思議だ。どうして予想もしていない方向へと暴走してしまうのだろうか。
けれど、サックスは後悔していなかった。思った以上に心が晴れ渡って、すっきりしている。
しかしまだ、完全に満足できた訳ではない。復讐したい相手は、まだ一人残っているのだから。
サックスは、亡骸に突き刺さったままの槍を引き抜き、焦げ付いた身体を蹴り付けた。
生命の尽きたその身体がどんなに動いても、指輪が爆発する事は二度となかった。

【サックス (負傷、軽度の毒状態、左肩負傷)
 所持品:水鏡の盾 スノーマフラー ビーナスゴスペル+マテリア(スピード)
 ねこの手ラケット チョコボの怒り 拡声器
 第一行動方針:ルカに復讐したい
 第二行動方針:ウルの村へ行く
 最終行動方針:優勝して、現実を無かった事にする】
【現在地:ウル南部の森】

【ルカ
 所持品:ウインチェスター+マテリア(みやぶる)(あやつる) シルバートレイ
 満月草 山彦草 雑草 スタミナの種 説明書(草類はあるとしてもあと三種類)
 第一行動方針:ハッサンの元へ戻る
 第二行動方針:ウルの村へ行く
 最終行動方針:仲間と合流】
【現在地:ウル南部の森】


【ハッサン 死亡】
【残り 45名】

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最終更新:2008年02月01日 00:05
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