353話

第353話:紅と赤、そして朱



ビアンカをサラの寝室に招きいれ、ギルダーはドアを閉める。
水でも出そうとベッドの脇の水差しに近づこうとしたところで
ギルダーはビアンカが硬直していることに気がついた。
「どうしたんだ? ビアンカさん」
声をかけるとビアンカは腕を組んで三白眼でこちらを見つめてきた。
ギルダーは少し気圧される。
「ギルダー、あなた私を誘っているのかしら? それとも襲うつもり?
 私これでも人妻なんですけど」
意味がわからないながらもビアンカの雰囲気にたじたじとなる。
何だ? 自分は何か気に障ることをしたのか?
人妻を誘うとか襲うとか穏やかな言葉ではない。
自分はただ、彼女と共に潜伏しようとサラの寝室に招きいれ……寝室?
当然部屋にはベッドがある。王族の部屋だけあってかなり大きいベッドだ。
自分は男で彼女は当然ながら女。それがこの密室で何時間も過ごす?
柄にもなくギルダーは顔を朱に染めた。
「い、いや、違うんだビアンカさん。これは決してやましい気持ちで招き入れたのではなく、
 こ、ここは知り合いの部屋なんだ! サラと言って美しいこの国の姫なのだが、
 他の部屋よりも幾分か落ち着く場所だから……い、いや、もちろん貴女も魅力的なのだが……」
何を言っているのだ自分は、支離滅裂じゃないか。落ち着け、冷静になるんだ。
こんな情けない姿は自分には相応しくない。
深呼吸をして再び言い訳を紡ごうとした口が止まる。
ビアンカを見ると、口を押さえてクスクスと笑っていたのだ。
「な、か、からかっていたのか」
「クスクスクス、いいえ。
 でも慌てる貴方を見ているとやはり年相応の少年だと思って」
「フンッ」
ギルダーはばつが悪そうに顔を背け窓の外に視線を向ける。
「あら、拗ねさせちゃったかしら?」
そういってビアンカはベッドの上に座る。
それを帽子の鍔で視線を隠しながら横目で見るギルダー。
美しい、と思った。まるで一枚の絵画がそこにあるようだと。

ふと悲しい顔をしたサラが脳裏に浮かぶ。
まるで叱られているような気分になった。
『スマン、サラ。俺の気持ちは変わらないから』
今、頬に朱が射していることは許して欲しい。
それに自分が彼女とどうこうなることはあり得ない。
彼女には夫がいるし、何より自分は人を殺している。何人も。
彼女の配下だったという、あの純朴そうな兵士も。
『そうだ。そして……おまえとももう、合わせる顔なんて無くなってしまった……
 ならばせめて、彼女たちやサックスが無事に帰れる為に力を尽くすさ。
 さようなら、サラ』
目を伏せる。
ふと、窓の外……眼下に見える石畳を一人の少女が歩いているのに気がついた。
満身創痍で今にも倒れそうだ。
「あれは?」
「どうしたの、ギルダー?」
ギルダーの様子に気付いたビアンカが尋ねる。
倒れた。眼下の少女はそのままピクリとも動かなくなる。
「城下で少女が倒れている。かなり危険な状態のようだ」
「大変、急いで助けないと!」
言うが早いか身を翻すビアンカ。
「いや、待ってくれビアンカさん!
 俺が行く。あなたはここで治療の準備を頼む」
そういうとビアンカは素直に従った。
力があり、回復呪文を使えるギルダーのほうが適任と判断してくれたようだ。
「ええ、わかったわ。お願いね、ギルダー」
頷き、ギルダーは部屋を駆け出していった。

サラの寝室にてベッドに寝かされた少女にケアルラをかけているギルダー。
ビアンカは少女とギルダーの汗を拭きながら雑に徹している。

「どう、様子は」
「胸筋の打撲傷が一番酷い。動くことすら困難だったはずだ。
 疲労もかなり激しいようだ。だが内臓や骨に異常は見られない。
 これならば何とか俺の術でも、そう時間も掛からずに完治させられるだろう。
 後は食事と睡眠をよくとれば問題ない」
「そう、良かった……」
見ず知らずの少女にも娘と変わらぬ慈愛を向けるビアンカにギルダーは笑う。
『本当に優しい人だ、旦那が羨ましいな』
一息つき、椅子に座る。
「終わったの?」
「ああ、一番大きな打撲傷はこれで大丈夫だ。疲労も大分解消されたはず。
 後は全身の小さな擦過傷だが、これは後でもいいだろう。
 少し連唱したからかな、俺も疲れた」
そういって水を飲む。
「う、う……」
その時、少女が目を覚ました。
傍にいるビアンカとギルダーを見てギョッとする。
「誰!?」
身を起こし、後ずさる。
しかしビアンカは優しく微笑み、水の入ったグラスを差し出す。
「大丈夫よ。私達はあなたに危害を加える気はないわ。
 さあ、疲れているのでしょう。どうぞ」
少女はしばらくビアンカを見つめていたが、パッとグラスを取ると
一気に水を飲み干した。
ブハァッ、と親父くさい息を吐き出す。
その時に気付いたようだ。自分の胸に手をやる。
「こっちの赤帽子の彼。ギルダーがあなたを治療したのよ。
 彼にも感謝なさいね。私の名前はビアンカ。
 あなたのお名前は?」
「私は、アリーナ」
まだこちらへの警戒は解いていないようだが、少女は素直に答える。

「そう、アリーナ。良かったら事情を聞かせてもらえるかしら?
 あなたがこのゲームが始まってどう行動していたのか。
 その傷は一体誰にやられてしまったものなのか。
 もちろん、私たちのことも話すわ」
そしてアリーナの瞳を見つめる。
アリーナもまた、ビアンカの瞳を見つめる。
しばらく見詰め合って、根負けしたようにアリーナが溜息をついた。
「わかったわ。お姉さん信用できそうだし。
 でもそっちのことを先に話してほしいな」
「ええ、分かったわ。じゃあこちらから話すわね」
そうしてビアンカはギルダーの犯した殺人のことは上手く伏せて、
事情を話し始めた。

「そう、ビアンカとそっちの無愛想な人も両方とも呪文使いなんだ……」
アリーナの眼がわずかに細められる。
「無愛想で悪かったな」
自分では相手を威圧するだけだと分かっていたので今まで沈黙して
ビアンカに全て任せていたが、流石に気分悪そうにギルダーは声を出す。
「あら、呪文使いはお嫌い?」
「ううん、そんなことないよ。ただ小さい頃からブライに呪文を教育されてきたから。
 厳しかったのに結局使うこと出来なかったし、呪文は嫌いかな……。
 さて、今度はこっちが話す番だったね。」
その時、グゥゥゥ~と腹の虫が部屋に響き渡った。
「でもその前に何か食べ物が欲しいな」
ビアンカは苦笑して、ザックから食べ物を取り出そうとする。
「いや、待ってくれ。何も残り少ない食料をここで消費することはない。
 幸いここは知った場所だ、厨房に行けば何かあるだろう。
 俺が取ってくるよ」
ギルダーは立ち上がり、ドアに向かう。

「そう、じゃあお願いするわね。
 その間にアリーナは身体を拭きましょうか」
ビアンカは用意していた湯桶に手拭いを浸し、絞り上げる。
そしてギルダーは扉を――――――閉めた。

コツコツと足音を響かせてギルダーはサラの寝室へと向かう。
参加者に多くの食料が渡るのを防ぐためか、厨房にはろくな物が残っていなかったが
一応、1日分に足る食料は確保できた。拳大のパンが6つに布にくるまれた10枚の干し肉。
3人でなら充分だろう。ギルダーは何とはなしに気分が良かった。
心なしか足も弾んでいるような気がする。
『俺は、人を救うことができたのかな』
ゲームに乗り、多くの人を殺してしまった自分。
ここで一人救ったところで償いになどなりはしないだろう。
だが、自分には人を救う力がある。自分にはまだ価値がある。
『殺してしまった者達が俺を許してくれるまで、俺は救い続ける。
 ビアンカさんも、アリーナとか言うあの娘も、セージもタバサも、
 サックスやエリア、デッシュだって俺が救ってやる。
 ドーガ、ウネ。ついでだ、ザンデだって救ってやろうじゃないか。
 そうだ、そうしたら俺は――』

サラに会えるかもしれない。

希望が沸いてくる。今なら自分は何でもできるだろう。
自分たちをこのような場所に放り込んだ主催者を倒し、必ず元の世界に還ってやる。
「ハハッ」
思わず笑声を漏らし、足早にサラの部屋へと急ぐ。
そして、気付いてしまった。
自分が向かっている方向から流れてくる臭気を。
嗅ぎなれた臭い……血の臭いだ。
どくん、と心臓が跳ねる。
手に持っていた食料を投げ出し、駆け出す。

到着するが早いか乱暴にドアを開け、部屋の中に駆け込んだ。

紅。

最初はそれしか目に付かなかった。
一瞬の後理解する。部屋が鮮血で染め上げられているのだと。
ベッドの上を見る。
ビアンカがそこに……在った。
違う。それはビアンカではない。そのはずはない。
そこには首から上だけしかない。
長く美しい金髪……朱に染まり、乱れている。
深く透き通るような蒼い瞳……うつろに光を失くしている。
ビアンカの面影はそこまでだ。
口がだらしなく開き、そこから血が滴っている。歯は全て砕かれていた。
顎も割られているようだ。中には舌を引きちぎられた痕も見える。
喉は縦に引き裂かれていた。
身体は……ベッドの脇に倒れていた。
ギルダーはその全てのことを理解する。
しかしビアンカの死を理解するのには後数瞬の時を要した。
一歩、近づく。そしてまた一歩近づく。
近づくたびに両の眼から涙が溢れ出てくる。
ゆっくりとビアンカの無惨な首に両手を差し出し、持ち上げた。
抱きしめる。そこで何かが……切れた。

「うぁああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

慟哭。
自分はまた間違ってしまったのか。これは俺が犯した罪の報いなのか。
しかしこれはあんまりではないか。何故俺に直接、罰を下さないのか。
この美しかった女性を死なせてしまった。
これではもう、自分が何をしようと償いきれるはずもない。
『俺は、サラに会いたかっただけなのに……』

ドサッ
その時、自分の背に何かが覆い被さってきた。
振り向こうとする前に首に腕を絡められて極められる。
その瞬間視界の端に写ったのは自分が救ったあの少女――アリーナだった。
「お、俺には……クハッ、まだ……価値が……」
「ないよ、そんなの」
ゴキンッ
湿った音を鳴り響かせて、ギルダーは頚椎を砕かれ……死んだ。
彼の瞳に最期に写ったものはスカートの下から黒い尻尾を覗かせて甲高く哄笑する悪魔の姿だった。

紅く染まった部屋で赤い衣に身を纏った男はその瞳を朱に染めて……

【アリーナ2(分身) (HP 4/5程度)
 所持品:E皆伝の証 E悪魔の尻尾 ライトブリンガー 手榴弾×2 ミスリルボウ
     ファイアビュート 雷の指輪
 第一行動方針:出会う人の隙を突いて殺す、ただしアリーナは殺さない
 最終行動方針:勝利する 】
【現在位置:サスーン城東棟 サラの寝室】

【ギルダー 死亡】
【ビアンカ 死亡】
【残り 75名】

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最終更新:2008年02月05日 05:10
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