149話

第149話:ルナティック・ハイ


――彼は変わっていない。
兄とよく似た風貌も、聡明さを象徴するかのような瞳も、人々の心に静かに響く優しい声も。
外見だけならば、彼は何一つ変わっていない。
――彼は変わってしまった。
昔の彼は、優しすぎるぐらいに優しい人間だった。
他人を傷つけぬために、自分を犠牲にすることができる人間だった。
けれども今はどうだ。人を傷つけることも、命を奪うことさえも楽しんでいる。
――彼は狂っていない。
狂人は待つことを知らない。いつでも真理と結果のみを求め、浅薄な妄想の世界に浸ろうとする。
彼はそうではない。機を待ち、慎重に事を進めることの大切さを知っている。
ハイになっても、いざとなれば冷静に判断することができる。そうするだけの自制心も持っている。
――彼は狂っていた。
血に餓えた獣に、いや、それ以下の存在に成り果てていた。
獣は生きるために殺すが、彼は違う。生きるためではなく、快楽のためだけに人を殺す。
それ以外に理由はない。あったかもしれないが、もうどうでもよくなってしまった。

少しずつ、少しずつ。風の音に紛れるように、少しずつ。
さやけき月光が、姿を照らし出さないように。ターゲットに気付かれないように。
少しずつ、少しずつ、距離を詰め、間合いを計る。
込み上げる笑いと高揚感を抑え、トリガーに指をかけたまま、前に進み――
「エドガー!」
唐突に、二人組みの片割れが叫ぶ。
気付かれたか? まあ、ここまで近づけばどうでもいい。
一気に引き金を引く、それが舞踏会の始まりの合図だ。
昼間の男のようにワルツを踊れ。パートナーは死神、楽曲は銃声。悲鳴が伴奏で、流れる血潮が葡萄酒の代わり。
そして壊そう。壊してしまえ、何もかも。肉も骨も、血も涙も、花のように散らせてしまえ。
さあ、最高のワルツを僕に見せろ。死を、血を、僕に捧げろ!
壊れろ、踊れ! 僕のために! もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと……
「もっと……もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっと
 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!!
 もっと、僕を楽しませろ!!」

若者の哄笑を聞きながら、エドガーとデッシュは舌打ちした。
「どうしてこんなに近づかれるまで気付かなかったんだよ?」
「生憎、熱中すると回りが見えなくなる性分でね。相手が美しいレディなら話は別だったのだが」
「おいおい……本当、これでよく蜂の巣にされずに済んだよな」
そう、本当に幸運だったとしか言いようがない。
デッシュが叫ぶより早く、エドガーも襲撃者に気付き、デッシュの身体を抑えながら地面に伏せたこと。
襲撃者の反応が予想よりも遥かに鈍く、木陰に隠れられるだけの時間が生まれたこと。
そして相手が、二人の頭があった位置を――つまり割と上の方を狙って銃弾を撃ちこんできたこと。
これらの要素が重なったお陰で、多少の手傷を負っただけですんだ。

「しかしどうするよ? 首輪とメモとひそひ草が……」
デッシュが囁く。研究成果とバーバラへの連絡手段は、全て弾幕の向こう側だ。
最も、首輪がらみのことは二人の頭の中にきちんと残っているが。
「取りに戻れると思うか? それより、今は逃げることを考えろ」
「説得……は、絶対に無理だよな……」
「アレを相手にするぐらいなら、ケフカと一対一で会談する方がまだマシだ」
エドガーはデッシュの手からウィンチェスターをもぎ取り、声の方に撃ち込みながら言う。
「いいか、今から三数えるから、そうしたら一気に走れ」
「何言ってんだ! そんなことしたら、ネズミが食うチーズみたいになっちまうだろ?!」
「私を信じろ! いいか、三……二……一、今だ!」
自棄になってデッシュは走り出す。エドガー自身も後を追う。
だが、攻撃は来なかった。
疑問のあまり振り向いたデッシュの目に、唇を噛みしめる若者の姿が映る。
そう、まるでおあずけを喰らった犬のような、撃ちたいと思いながらも命令に抗えない兵士のような……
「……クッ。付け焼刃では、やはり効き目は薄いか……!」
エドガーが呟く。その手に握られた銃が、わずかに光を帯びている。
(マテリアか!)
ようやくデッシュは思い当たった。それと同時に、途切れていた銃声が再び響き渡る。
けれども生い茂る木々と夜の闇が、彼らの身を守る盾となった。

これでは、もう銃弾は届かない――
デールは苛立たしげに銃口を下ろした。森に静寂が戻る。
アラームピアスの音色も途切れた。せっかくの獲物を、完全に逃してしまったのだ。
彼は追撃を早々に諦め、立ち去ろうと銃を背負う。
その時、奇妙なことに、どこかから女の声が響いた。

『どうしたの? ねぇ、エドガー、何があったの!?
 すごい音がしたけどどうしたの? ねぇ、返事をして! エドガー!』

――デールはすぐに声の正体に気がついた。首輪と共に放り出されたままの、見たことのない草。
直感に従って草を拾い上げ、落ち着いた声音で話し掛ける。
「もしもし。私の声が聞こえますか?」
すると、彼の予想通り、草自体から返事が返ってきた。
『……あなた、誰?』
「失礼しました。私の名はデール、ラインハットという国に住む者です」
一国の主に相応しい、穏やかで丁寧な言い回し。
その様子に、女性の声も警戒を緩めたのか、デールに聞いてきた。
『あたしはバーバラっていうの。ねぇ、そっちで何があったの?』
「詳しいことはわかりませんが、戦闘があったようですね。
 死体はありませんが、木々が派手に薙ぎ倒されています。
 ……そういえば、ツンツン尖った髪型の若者が、大きなものを抱えて走っていくのが見えました」
『ツンツン尖った……? じゃあ、エドガーでもデッシュでもないわ。
 そいつが襲撃者なの?』
「わかりません……何分、辺りも暗くて」
『そっか、夜だもんね』
「お役に立てず、すみません」
デールがいかにも申し訳なさそうに言うと、バーバラは『いいのいいの』と笑って答えた。
『死体がないなら、きっとデッシュもエドガーも無事だろうから。
 それよりデールさん。今、どこにいるの?』
「お城の北の森です」
『あー……本当に、二人とも全然動いてなかったのね。
 もう。ちょっとくらい、こっちに迎えに来てくれたっていいのに……女の子の気持ちをわかってよ』

ため息と一緒に聞こえた言葉に、デールは反射的に問い返した。
「こっち、とは?」
『今は原っぱにいるの。半日掛けて、山を越えて歩いてきたのよ。
 エドガーは無理するなって言ってたけど、ずっと一人でいるって嫌だから……
 えっと、地図で言うと、多分レーベって村の東の方だと思う』
「レーベの東、ですか……私でよろしければ、迎えに行きましょうか?」
『え!? ホント?』
「ええ。実を言いますと、私も一人で心細い思いをしていたのです。
 兄と義理の姉が広間にいたのですが、二人に声も掛けられぬまま、こんな場所に放り出されてしまって……
 ……どうでしょう、バーバラさん。お互い、一人よりは二人の方が安心できると思います。
 レーベの村というところで落ち合いませんか?」
『わかったわ。あたし、赤い髪を一つに結ってるの。だから見ればすぐにわかると思うわ』
バーバラの嬉しさに満ちた承諾の声に、デールは笑いを押し殺していた。
赤い髪の少女。彼女の悲鳴はさぞ聞き応えがあるだろう。白い肌を伝う血は、きっと上質のワインのようで。
ああ、ナイフがあれば存分に味わえるのに! まぁいい、彼女には華麗な踊りを見せてもらえば……
――そんな歪みきった思いをおくびにも出さず、彼は理知的な声で告げる。

「わかりました。会えるのを楽しみにしています」

【デール 所持品:マシンガン、アラームピアス(対人)、ひそひ草
 第一行動方針:レーベでバーバラと会い、殺害する 第二行動方針:皆殺し】
【現在位置:アリアハン北の森→レーベへ移動】

【エドガー 所持品:バスタードソード 天空の鎧 ラミアの竪琴 イエローメガホン
【デッシュ 所持品:ウインチェスター+マテリア(みやぶる)(あやつる)
 第一行動方針:デールから逃げる/首輪の研究 最終行動方針:ゲームの脱出】
【現在位置:アリアハン北の森】

【バーバラ 所持品:ひそひ草、その他様々な種類の草がたくさん入っている(説明書あり)
 第一行動方針:デールとレーベで会う 第二行動方針:エドガー達と合流/ゲーム脱出】
【現在位置:レーベ東の平原→レーベへ】

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最終更新:2008年02月05日 05:19
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