184話

第184話:誤算だらけの現実と、予想外の結末


三人を硬直から解き放ったのは、空を焦がした火柱だった。
少しばかり離れた場所で、高く、高く炎が上がる。
「あれは……ピサロの呪文……?」
ソロの呟きに、ヘンリーが振り向く。
涙のせいで真っ赤にはなっていたが、瞳には明らかな理性と意思が戻っていた。
「あの騎士野郎か……って、待てよ。
 少し早過ぎないか? お前ら、あいつと戦ってたんだろ?
 ……それとも、アーヴァインが一人で向こうに行ったってのか?」
「それがね、ヘンリーさん」
ビビが説明する。あの時自分とソロを蹴飛ばした男は、すぐにどこかに行ってしまったということを。
けれども、ソロが使ったイオラが視界を遮ってしまい、結果ヘンリーを見失ってしまったのだということを。
「……ソロ。お前、バカだろ」
「まさかあんなにあっさり退却するとは思わなかったんですってば!」
ソロが抗議するが、ヘンリーは聞いていない。
「ともかく、そういうことなら向こうは騎士野郎とアーヴァインの総攻撃を食らってることになるな」
「そ、それって大変じゃない?」
うろたえるビビの肩を、ソロが叩いた。
「大丈夫、僕が行くよ。ビビ、君はヘンリーさんを頼む」
「え……ボ、ボクが?」
「ちょっと待て。普通逆だろ。俺がビビを頼まれるんじゃないか?」
「ヘンリーさんは怪我人だし、何事も無鉄砲すぎるんですよ。
 ビビの方が慎重で、魔法も使えるし、よっぽど頼りになります。
 いいですか、大人しくビビの言うこと聞いていてくださいね」
納得がいかん、という表情のヘンリーを背に、ソロは歩き出す。
その裾を、ビビが唐突に掴んだ。

「どうしたの?」
しゃがみこむソロの顔を、ビビはおどおどと見上げる。
「あの……アーヴァインってお兄ちゃん、どうなるの?」
「え?」
「アーヴァインってお兄ちゃん、ギルバートさんを殺した悪い人なんだよね。
 放っておけば、もっとたくさんの人が殺されちゃうんだよね……
 ……でも、本当に、殺さないといけないの?」
――ボク、どんな悪い人でも、誰かが死ぬのを見るのは嫌だよ。
ビビの言葉に、ソロは優しく彼の頭を撫でた。
「人殺しだからって、殺さないといけないなんてこと、あるもんか。
 例え人殺しでも、家族や友達の仇でも、敵対し続けた相手でも……
 あの魔女やエビルプリ―ストのような本当の邪悪以外は、僕は、殺さないよ。
 僕だって……誰かが死んで誰かが悲しむのは、もう嫌なんだ」
ビビはしばらくソロを見つめていたが、やがて小さくうなずいた。
遠くからエリアの声が聞こえる。
ソロは面を上げ、ターニアを背負って大きく手を振っている彼女の元へと走り出した。


カインは攻める。鍛えぬいた槍の技と、竜騎士だけが持つ飛翔力を存分に生かし。
ピサロに魔法を使わせる余裕を与えぬために、一瞬たりとて手を抜かず、攻めて攻めて攻め抜いている。
だが――敵もさるものだ。
反り身の刃で弾き、時には踊るように身を翻して、カインの攻撃を完全に捌いていた。
(まずいな)
カインは優れた戦士だ。だからこそ、わかる。目の前の男の技量がどれほどのものなのか。
今はまだ、精神的にゆとりを持つカインが戦いの主導権を握っている……が。
亡き親友に勝るとも劣らぬ剣の冴え。それに加えて、先ほど見せた魔法の威力。
純粋な実力では、間違いなくピサロの方が上を行っている。
(この機を逃して勝てる相手ではない……隙を見つけねば)
槍を構え、カインは宙へ飛ぶ。その視界に、唐突に青い輝きが生まれ出た。
ピサロの身体から湧き出すように。
「これは――?!」
戸惑うピサロに生まれた一瞬の隙を見逃さず、カインは流星となって疾る――


「許さない……あなただけは許さない!」
怒りに満ちた一閃をバックステップでかわしながら、アーヴァインは軽口を叩く。
「別にいいよ~。許してもらおうなんて思ってないし」
彼は笑いながら、闘牛と相対するマタドールのように、血染めのマントを大げさに振った。
完全な挑発だ。隙を作らせ、かつ動きを見切りやすくするための。
レナもそれに気付いてはいるのだが……だからといって、湧き上がる激情を抑えられるわけがない。
「ふざけないで!」
振り上げられた刃がアーヴァインの肩を捉えた。が、浅い。
「あーあ。着替えたばかりなのにな、このコート。コレ探すの大変だったんだよ?」
アーヴァインは真後ろに飛び退りながら、余裕たっぷりの表情を崩さずに笑う。
だが、決してレナを甘く見ているわけではない。
真実はその逆――動揺を悟られないために、精一杯演技をしているに過ぎない。
(何なのこの人!? さっきまでピーピー泣いてるだけだったのに、強すぎじゃない?)
感情に身を任せながらも、鋭さを失わない太刀筋。並みのSeedをも上回る身体能力と技量。
GFの力に頼らずして、GF装備者と同等以上の戦いを繰り広げる……
相手がソロやピサロなら、まだ納得できたかもしれない。
だが、正直役立たずとばかり思っていた女性が、これほどの強さを秘めていたとは。
(も~誤算続きだよ、さっきから。ま、仕方ないけどさ……)
「――全部が思い通りに行くなら、誰も苦労はしないよね。
 ほら、人生はいつだって問題と解決の連続だって言うしさぁ!」
レナと間合いを取ったアーヴァインは、あらぬ方向へ手をかざす。
同時に、少し離れた場所にいるピサロの身体から、魔力の光が浮き上がった。
「ドロー、ファイガ!」
アーヴァインの手に収縮した輝きが、巨大な焔となってレナに襲い掛かり――

『甘い!』

ピサロとレナ、二人の声が唱和した。
ピサロは無造作に手を振る。レナは剣を投げる。
そして放たれた真空波が炎をかき消し、投じられた聖剣がカインへと走った。

「くそっ!」
カインは槍で剣を弾き飛ばしたが、体勢を崩してしまう。
不安定な姿勢で着地した彼の目前に、ピサロが迫る。
避け切れない。カインが思った、その時――
「させないよ!」
暗黒の波動を乗せた矢が、天の群雲を弾き。
「――良くやった」
カインがにやりと笑う。
「良くやった、アーヴァイン」
殺人者の名を冠した槍は、ピサロの身体を深々と貫いていた。

レナが目を見開く。アーヴァインが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
だが――当のカインは、槍を引き抜くと同時に宙へ飛び、大きく舌打ちした。
「まずい……アーヴァイン! 撤退だ!」
それだけを叫び、カインは身を翻す。
「え?」
アーヴァインは首を傾げ、レナと共にピサロを振り返った。
そして、見てしまった。
血のように赤く輝く瞳を。――氷のような怒りに満ちた、魔王の瞳を。

「あ……あ、ああ……」
レナががたがたと震える。アーヴァインは死人のように青ざめた表情でソレを見る。
もはや敵も味方も関係なく、二人は同じ事を思い、同じ事を悟っていた。
目覚めさせてはいけないものを、カインの一撃は目覚めさせてしまったのだ。
今、目の前にいるのは、宿屋で見張りをしていたソロの知人ではない。
あの時、宿屋に来るよう自分とエリアを説得していた男でもない。
人の姿をした絶望。死、そのもの。――『魔王』。
「報いを与えねばな」
竜に睨まれた蛙のように。立ちすくむ二人の耳に、静かな呟きが届く。
「然るべき、相応しき報いを、あの男に。……そして」
真紅の輝きが、アーヴァインの青い瞳を捉える。
「アーヴァイン。貴様にも受けてもらわねばならんな」

隣で聞くレナでさえ、身動き一つ取れないほどの威圧感と言い知れぬ恐怖を感じた。
まして、真正面から相対するアーヴァインは――
「うわぁああああああああああああああ!!」
絶叫と共に、トリガーを引く。生命力を暗黒の波動に変え、撃つ。
ピサロは避けなかった。矢は狙い違わず身体に突き刺さり、破壊の力を解放する。
それでも顔色どころか表情一つ変えない。
邪悪に、静かに微笑み、彼はゆっくりとアーヴァインへ近づく。
然るべき報いを。血ですら償えぬ罪を贖わせるための、然るべき報いを。
「来るな……来るな来るな来るなぁっ!」
追い詰められたアーヴァインが再び叫ぶ。
その腕がかすみ、弦の音が夜空に木霊する。
レナは見た。瞬きすら終わらぬ一瞬の間に、六本の矢がピサロを捉えたのを。
アーヴァインの全力のショットが、胸と喉と両手と両足を正確に貫いたのを。
けれども、矢は何事もなかったかのように呆気なく地面へと落ち、ピサロは歩みを止めなかった。
赤い光が邪悪に歪む。掲げられた白刃が、月明かりを怜悧に映し出す。
アーヴァインは見た。刀が真っ直ぐ自分に振り下ろされる、その瞬間を。
そして――彼の意識は、そこで途絶えた。

(僕は、死ぬのか? こんなところで。
 学園長にママ先生、キスティに……セフィ……
 みんなに会いたくて、みんなのこと守りたくて、それで、僕は人殺しになったのに。
 こんなところで僕は死ぬのか。……誰も守れずに……僕は、死ぬ、のか)
(寒い。胸が痛い。暗い。
 ここって天国なのかな? ううん、そんなわけないか。
 僕が行くのは地獄だよね。あんなに人を殺したんだからさ。
 ま、後悔なんてしないけど。そんなことしたら、殺した人に失礼だし。
 ……あれ、なんだろう。話し声みたいなものが聞こえる。
 何か言ってるけど、聞き取れないや……殺した人の声かな、きっと)
(胸が痛い。体が冷たい。寒い……風が、吹いてる。寒い)


――ピサロは冷たい目で、眼前に立つ男を睨みつけた。
「貴様も大したお人よしだな、ソロ。
 ――その男が何をしたかわかっているのか?」
天空の盾で刃を、緑の瞳で真紅の視線を受け止め、ソロは答える。
「ギルバートさんを殺した。もしかしたら、他にも殺してるかもしれない。
 ……でも、ここでアーヴァインを殺してどうなる?
 誰も生き返らない。死人が一人増えて、魔女が喜ぶだけだ」
その台詞に、レナはゆっくりとアーヴァインを見やった。
気を失って倒れたままの、自分より少し年下らしき青年を。
「こいつを生かした所でどうなる。後で死人が増えるだけではないか」
嘲笑する魔王に、勇者は言う。
「僕がさせないよ。誰も殺させないし、これ以上誰も死なせない」
そしてソロは最後に「竜の神様と、天空の勇者の名にかけて」と付け加えた。
「……何故、こんな人間に肩入れする? それほどの価値がある男か?」
ピサロの言葉に、ソロは(決まってるだろ)と言わんばかりの表情を浮かべた。
「どんな悪人だろうと、一緒に食事を取った相手に死なれるのは嫌だ」
「――前々から思っていたが、貴様は正真正銘の阿呆だな。救いがたいお人よしだ」
ピサロが呆れたように呟く。いつの間にか、瞳に宿る赤い光は消えていた。
だから、ソロは笑って答えた。
「ありがとう」と。

【ビビ 所持品:スパス
【ヘンリー(負傷) 所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可)
 第一行動方針:ピサロ達と合流するまで待機 第二行動方針:仲間を探す(ビビ)/デールを殺す(ヘンリー)】
【エリア 所持品:妖精の笛、占い後の花
【ターニア(右腕を負傷、睡眠中) 所持品:微笑みのつえ
 第一行動方針:レナを待つ 第二行動方針:サックスとギルダーを探す(エリア)/不明(ターニア)】
【現在位置:レーベの西】

【カイン 所持品:ランスオブカイン ミスリルの小手
 第一行動方針:一時撤退 第二行動方針:ゲームに乗る】
【現在位置:レーベ→移動】

【レナ 所持品:エクスカリバー
 第一行動方針:エリアと合流 基本行動方針:エリアを守る】
【ピサロ(HP1/2程度、MP消費) 所持品:天の村雲 スプラッシャー 魔石バハムート 黒のローブ
 第一行動方針:ヘンリーたちと合流する 最終行動方針:ロザリーを捜す】
【ソロ(MP消費) 所持品:さざなみの剣 天空の盾 水のリング グレートソード  キラーボウ 毒蛾のナイフ
 第一行動方針:ヘンリー達と合流 第二行動方針:これ以上の殺人(PPK含む)を防ぐ+仲間を探す】
【アーヴァイン(HP1/3程度、気絶) 所持品:竜騎士の靴 G.F.ディアボロス(召喚不能)
 第一行動方針:不明】
【現在位置:レーベの村、南側出口付近→レーベの西へ移動】

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最終更新:2008年02月15日 00:56
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