217話

第217話:喪失という名の救い


僕は話した。自分のことを、仲間のことを。
魔女のことを。僕達に纏わる、全てを。
……けれど、僕が話した魔女はアルティミシアじゃない。
魔女イデア。――まま先生の方だ。

アルティミシアのことを言う気はなかった。
彼女と戦ったなどと知れたら、僕の望みから遠ざかるだけだろうだから。
必要であれば育ての親でも撃てる、恩知らずでサイテーの人間だと思われたかった。
その方が、ソロ達も殺しやすくなるだろうから。

それでも……僕にも守りたいものがあったのだということだけは、わかってほしかった。
ずっと昔に出会って、離れ離れになって、ようやく再開できた大切な友達のことを……知ってほしかった。
僕という弱い人間がいた証として――誰かに知って、覚えていてほしかった。

それで、話した。優しかったまま先生と、僕が狙撃した魔女イデアのことを。
さっきまで殺そうと考えていたはずの、友達のことを。
そして名前は出さなかったけれど――僕の大切な、彼女のことを。

話している間、何度もその頃のことを思い出した。
孤児院での日々。再会の日の光景。狙撃の時のこと。仲間達のこと。
辛い風景。悲しい記憶。――楽しかった、思い出。
今の僕には遠すぎて、まぶしすぎて、辛すぎて……あまりにも、痛すぎるものばかりで。
頭に浮かぶごとに、絶望は深まり――そして、死にたくなった。

やがて死への誘惑に耐え切れなくなり、自分で舌を噛み切ろうと考えた。
けれど歯を立てた瞬間、彼女の姿が脳裏に浮かび、思い止まって話を続ける。
話している間にまた思い出し、絶望感に苛まれ、自殺を考え、思い出し……
それを繰り返し。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も、同じ事を繰り返し。
自分でも嫌になるほど繰り替すうち……絶望とは別の何かが、心の中に芽生えていくのに気付いた。
ソレは次第に大きくなり、膨れ上がり……やがて妙に楽しげな、明るい声で囁き始めた。

――『コロそうよ』、と。

『ねぇコロそうよコロしちゃおうボクはもうイきるのにもシぬのにもキョウミないよぉぅだからコロそうコロしにイこう』
『シぬまでコロしてコロしてコロしツヅけるんだよそうしたらせふぃにまたアえるかもシれないじゃないかぁカノジョにまたアえるんだよぅ』
『そろもへんりーさんもえりあさんもさぁすこーるもぜるもりのあもさぁらぐなさんもさいふぁーもさぁみぃんなコロしちゃおうよぉ』
『サイショからシぬキならナニもコワいものなんてナいよねぇもうあのヒトだってコワくないよほらあはははははは』
『あははコロそうツラいコトなんかワスれてさぁコロすことだけカンガえてさぁカタっパシからコロそうよぉあははっあはははははは』

……冗談じゃ……ない。自分で自分に嫌悪感が走る。吐き気がする。
例の『アレ』と同等かそれ以上の狂気を、自分が抱えていることに……今まで以上の絶望を覚えてしまう。
僕が戦ったのは、帰り、会い、守る。そのためだ。
最後まで生き残り、元の世界に戻り――アルティミシアと刺し違えても、大切な人と仲間達を守るためだ。
好きで殺しているわけじゃない。殺したくて殺しているわけじゃない。
目的が達成できないなら、もう殺す必要も、生きる必要も無い。
僕は狂ってまで殺したくない。僕は堕ちてまで、生きたくない――

『でもせふぃにアいたいよねぇまだアキラめてないよねぇアキラめきれるわけないよねぇワカるよぉボクそのキモち』
『コロせばいいじゃんコロせばさぁカノウセイはまだアるんだしせふぃにアえるかもシれないよぉアキラめちゃダメだよぉ』
『マホウはまだツカえるよねぇそろをコロしてさぁブキをウバいカエすんだよそれでノコりのヒトもコロすんだあははははは』
『ねぇコロしちゃおうみんなみんなみぃんなコロそうボクイガイはみぃんなコロしちゃおうよねぇコロそうよぉあははっあははははは』

――嫌だ。『ナニがイヤなのさぁ』僕は絶対に嫌だ。『イマまでとベツにカわらないじゃないかぁ』
僕は狂いたくない。『イマさらタメラうヒツヨウもないよねぇ』生きたくない。『アキラめるなんてさぁボクらしくないよぉ』
壊れたくない。『がーでんでせふぃがマってるよぉぅ』殺したくない。『ほらぁそこのヤツからコロしてやろうよぉ』
嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……

「……話も終わったし、もう、いいだろ? 早く、僕を、殺せ」
「え?」
聞き違いかと思ったのだろうか。ソロはきょとんとした表情で僕を見た。
それで、僕は耐え切れなくなって叫んだ。
「僕を殺せって言ったんだよ! ソロでもヘンリーさんでもエリアさんでも、誰でもいいから!
 早く、僕が殺したくなる前に! 壊れていないうちに! 狂ってしまう前に!
 僕を殺せ! 殺してくれ! 頼むから殺せよ! お願いだから殺してよ!」
「お、おい! 落ち着け!」
ヘンリーさんが驚いて立ち上がる。エリアさんが怯えたように後ずさる。
騒ぎに気付いて、あの人とレナさんと、三角帽子の男の子が飛び起きる。
「もう生きてる意味なんかない! 生きてたくないんだ!
 僕はもう会えない! それがわかってるのに、自分じゃ死ねないんだ!
 これ以上生きてたって壊れて狂うだけなんだ! だからもういい! 早く殺してよ!」
僕はそれこそ狂ったように叫んだ。自分で耳を塞ぎながら叫んでいた。
「殺してくれ! お願いだから! 僕が狂って壊れて殺すことしか考えなくなる前に!
 殺してよ! 僕はギルバートさんの仇で五人も殺してあんたたちまで殺そうとしたんだ!
 殺す理由なんていくらでもあるだろ!? だから殺せ! 僕が壊れないうちに殺してくれ! 頼むから!」
ソロとヘンリーさんが必死に何かを言っていたけれど、もう、誰の言葉も聞こえなかった。
我を忘れて、頭を抱えて、ただ『殺してくれ』と繰り返し――

――そして、僕の中で何かが弾けた。
どこかから、闇色の何かが溢れ出し、全てを塗り変えていく。
奇妙な解放感と心地よさに包まれながら……僕は意識を失った。



――絶叫がぴたりと止まった。
同時に、涙を溢れさせていた瞳が色を失う。
比喩ではない。虹彩の色そのものが、青から漆黒に変じたのだ。
まるで、闇を流し込んだかのように。

「……おい?」
ヘンリーがおそるおそる、アーヴァインの肩に手をかける。
けれど次の瞬間、勢い良く振り払われ、数メートルほど弾き飛ばされる。
アーヴァインの腕ではなく――彼の腕から浮き上がるように現れた、カギ爪の生えた悪魔の手によって。

アーヴァインの身体が、ネジの切れた機械人形のように、ぐらりと傾いだ。
そして地面に倒れる彼から分離するかのように、半透明のソレが姿を現す。
――宿主が精神的に追い詰められたせいで、制御を失い暴走したのか。
――あるいは壊れかけた宿主を守るために、魔女の封印すら退けて、無理やり力を解放しようというのか。
不完全に実体化したG.F.ディアボロスは、蝙蝠に似た翼を広げ――咆哮を上げた。

「うわぁっ!?」
近くにいたソロとエリアが、上から押さえつけられるように体勢を崩す。
次にビビが転び、ピサロも片膝をついた。
「エリア!」
ディアボロスから一番遠くにいたレナが、慌ててエリアに駆け寄ろうとする。
しかしエリアは首を振り、叫んだ。
「私より、ヘンリーさんとターニアちゃんを……!」
レナははっと足を止め、すぐに「わかったわ」とうなずいて踵を返す。
そして眠っているターニアを背負い、よろよろと立ち上がったヘンリーに肩を貸して走り出した。
暴走を続け広がっていく力の波動が、絶対に届かぬ場所まで。

「ど、どうするの?」
地面に縫いつけられながら、ビビが目だけを動かしてディアボロスを見上げる。
「精霊の一種か? ……いや、幻獣のようでもあるな。
 どちらにしても術者の制御を外れて暴走している以上……奴が力尽きるまで耐えるか、倒すしかあるまい」
ピサロが呟く。それを聞いていたソロが振り向いた。
「術者の制御って……もしかして、アーヴァインに意識が戻れば、どうにかなるのか?」
「普通はな。だが、先ほどの様子では……期待するだけ無駄だろうが」
「それでも、試す価値はあるってことだよな」
ソロは身をよじってアーヴァインに向き直る。
だんだん範囲を広げ、強くなっていく重力の中で、ソロは呪文を紡ぎ上げ――

「ザメハ!」

眩い光が散る。意思を呼び戻すための光が。
瞳を染めた闇が払われ、元の色を取り戻した虹彩にディアボロスの姿が映る。
そしてアーヴァインの右手が小さく動き、招くような仕草をした。
ディアボロスは今一度咆哮した。そして翼を折り畳みながら、宿主へ帰還するように姿を消した。

「……」
アーヴァインは身を起こし、ぱちぱちと目を瞬かせる。
それからきょろきょろと、落ち着かない様子であたりを見回す。
今までの張り詰めたような雰囲気は、微塵もない。
それどころか、有っていいはずの緊張感すらない。
「……大丈夫、なのか?」
ソロが声をかけた。先ほどが先ほどだけに、できる限り優しい声音を作って。
アーヴァインは振り返り、茫洋とソロを見る。
彼は少し不安げに首を傾げたが、ややあって、苦笑を浮かべながら答えた。
冷酷な殺人者のものではない。気楽で、少々場違いですらある、ごく普通の青年が浮かべる笑みを。
「あー、うん。僕は平気だけど~。……なんか、とんでもなくメイワクかけたみたいだね~。
 ホント、ゴメンね~」

――そして、彼は続けてこう言った。

「ところで……良かったら教えてほしいんだけどさ~。
 ここって、どこらへんなのかな~? ガルバディア? トラビア? バラム? それともエスタ辺り? 
 それとさ~、赤い飛空挺か僕の友達見なかった~? スコールと、キスティスと、ゼルと、リノアって言うんだけど~……」

【レナ 所持品:エクスカリバー
 第一行動方針:ヘンリーとターニアを守る 基本行動方針:エリアを守る】
【ヘンリー(負傷、6割方回復) 所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可)
 第一行動方針:逃げる 第二行動方針:デールを殺す】
【ターニア(睡眠中) 所持品:微笑みのつえ
 第一行動方針:不明】
【現在位置:レーベ北西の茂み(ソロ達とは少し離れている程度)】

【ピサロ(HP3/4程度、MP消費) 所持品:天の村雲 スプラッシャー 魔石バハムート 黒のローブ
 第一行動方針:不明 基本行動方針:ロザリーを捜す】
【ビビ 所持品:スパス
 第一行動方針:不明 基本行動方針:仲間を探す】
【エリア 所持品:妖精の笛、占い後の花
 第一行動方針:不明 第二行動方針:サックスとギルダーを探す】
【ソロ(MP消費) 所持品:さざなみの剣 天空の盾 水のリング グレートソード キラーボウ 毒蛾のナイフ
 第一行動方針:状況の把握  第二行動方針:これ以上の殺人(PPK含む)を防ぐ+仲間を探す】
【アーヴァイン(HP1/3程度、一部記憶喪失(*バトロワ内での出来事(広間での説明含む)とセルフィに関する全ての記憶)
 所持品:竜騎士の靴 G.F.ディアボロス(召喚不能)
 第一行動方針:状況の把握】
【現在位置:レーベ北西の茂み、海岸付近】

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最終更新:2008年02月15日 00:57
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