487話

第487話:迷走と覚悟と現実


「…誰です?」
誰何の声が殺気を帯びたその背を引き留める。
サラマンダーはゆっくりとその声に振り返った。
眼前には少年というには逞しく、青年というには幼げな影があった。やけに重そうな華美な盾を肩にかけ、剣は抜き身だが垂れたその切っ先に殺気はない。
「お前は?」
「僕はソロ。誰かを捜しているのですか?」
「捜す…そうだな、誰かを捜しているんだろうな。俺は」
言う唇が歪み、低い嗤いが漏れた。
あからさまに吹き出すその邪気をソロは無言で見つめている。
「この下らない茶番劇、だが俺が今ここにあるのは事実…」
閃光一閃、道の両脇でゆらめく仄明かりを映し、金属の鈍い光がソロの胸元に躍りかかった。
が、既にそこにソロの影はない。跳躍して飛びすさった彼は舌打ちするサラマンダーの面前、4、5歩先で盾と剣を構えている。
「あなたもか!茶番と言いながら魔女の意のまま操られるのを愚かな事だとどうして思わないんです!僕らはこのゲームを壊そうと思ってる。そうすれば誰も傷つかない!あなた自身もだ!」
「くだらんな」
サラマンダーが跳ねた。風を切って振り下ろされた左拳が龍頭の盾に弾かれて鈍い音を立てる。
ソロはそのまま身を沈め、間髪開けずに左脇腹を抉ろうと襲いかかる右の爪を跳躍してかわしざま、サラマンダーの向こう脛を剣の腹でしたたかに叩きつける。
殺すのが目的ではない。敵の戦闘意欲を失わせれば戦気は自ずと去っていく。
だが。
「ヘンリーさん!」
ソロの大声が響く。それは救援を求めるものではなく、生存の確認の点呼。
「ヘンリーさん!!」
いらえはない。夜のしじまにソロの声は消えていく。
「ヘンリーさんがいたはずだ…まさか…」
敵意に充血するサラマンダーの眼がにやりと歪む。
「…だったらどうする」
「…!」



先ほど自分が点した街の灯りに照らされ、リュックは走った。剣戟の音は近づき、方向が正しい事を心の裡に確かめる。背後のビビのばたつく衣の音との距離が開いていく。
ついに暗がりに浮かび上がって激しく撃ち合う二つの影を見つけ、大振りの戦闘用ナイフを引き抜く。

ソロの眼前に飛び込んできた焔色の髪、思った通り顔面めがけて繰り出される拳を僅かに体を開いて避け、続く右の爪が左半身を引き裂こうと振り下ろされるのに盾を向けつつ飛び退く。
空を切った巨大な爪は勢い余って地面を抉り、そのままその手を軸に、サラマンダーの脚がソロの脇腹を狙ってうなる。ソロは更に一歩、後方へ跳ぶ。
待避しながら、その一連のコンボにソロの眼が細まる。なるほど。
対峙するサラマンダーは防御ばかりで攻撃の手を出してこない相手に焦れていた。
見かけ倒しと判断した盾は驚くほど強固で且つ軽量らしく、持ち手の動きを妨げるどころか、繰り出す攻撃のことごとくを阻まれている。
(…強い)
サラマンダーの心に二つの矛盾した想いが沸き上がる。
強い敵と打ち合う事への興奮。
だが思惑通りにいかない闘いへの苛立ちと…このゲームに於ける敗北が意味する結果への…。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
心の隅でひくりと動いたその感情を打ち消すため彼は吼え、再び地を蹴る。
正面から右の爪を振り抜くと見せ、サラマンダーはソロの目前で体を落とす。左手を地に突いて右足で足払い。は、空を切る。飛び上がった敵を視界の端に認めながら体を起こし、伸びきったソロの体、左上段へ回し蹴りが襲いかかる。
ソロは瞬時に身を沈め、伸びかかる大蛇のごとき脚を頭上へやり過ごす。強烈な蹴りにソロの緑の髪が一房、弾き切られて宙を舞った。
ソロの剣が動いた。
眼前に晒された剥き出しの銃創めがけ、鋼鉄の鈍い光が走る。
唐突に腿に走った灼熱感にサラマンダーの息が乱れる。
致命傷ではない。だが膠着した戦況下で再び開いた傷口から流れ続ける血液は、やがて耐え難い不快感でその集中力を奪うだろう。
反射的に来る逆足の蹴りを後転でかわし、距離を開けてソロは再び防御姿勢を取る。

「ソロ!!」
突然、緊張した声が睨み合う二人の間に割って入った。
視界の右端にリュックの金髪が揺れるのへ、ソロは声を返す。
「ヘンリーさんがいません!!捜してください!」
その声にリュックは躊躇する。休養も足りていない身で一対一の闘いを?
その惑いを感じてソロは再度大声を張る。
「いいですから!早く!」
「わ、わかった!」
僅かな時間にもソロの技量に余力を認め、リュックは闘いの場を背に街路を走り抜ける。

「…舐めてくれるな…」
「…そんなつもりじゃないですよ。邪魔されたくないんでしょう?」
焔色の髪の下で口角がつり上がった。
「…面白いぞ」
言うや地を蹴り、左肘が当て身を狙って襲いかかる。
当然盾がそれを遮るがそのままサラマンダーの左手は盾の端を掴んでソロの正面をこじ開ける。
盾は左腕と共に弾き上げられ、がら空きになった前面に右の爪が頭上から振り下ろされる。
ソロは読んでいた。上体をわずかに反らし、紙一重で己の上着を切り裂いていく爪の軌跡を冷静に見つめながら、天空の盾を天地逆に振り下ろす。
「なっ!」
サラマンダーの爪は盾の龍爪に捉えられ、地面に深々と縫い止められていた。
ソロはそのまま盾を手放し、両手に剣を握ってとびすさる。
なんたる愚昧!焔の髪の男は棄てられた盾を除けようとして…愕然とした。
馬鹿な!あれほど軽快に操られていたはずのその盾が、まるで岩山のように動かない。
右手を地に突いて前方を伺えば、羅刹の表情で近づく敵の姿。
「ッ」
舌打ちしつつアヴェンジャーを外し、振り下ろされる剣から転がり避ける。


リュックから遅れてしばし、やっと騒ぎの元を暗がりに見いだしたビビは駆け寄る。
リュックの姿はない。が、街路沿いの窓灯りに緑に照らされた頭髪を見ると、片方はソロだろう。
「ソ…」
掛けようとした声が、跳びすさって街灯に照らされた人物の姿を見て消える。
驚愕に両の瞳を見開き、震える声が漏れた。
「…なんで…」

空拳。だが敵も盾を失った。これがどちらに有利に働くのか。
サラマンダーは様子見に間合いを詰める。
予期していたソロは待たず退き距離を取る。
ソロの記憶の中の明るいオレンジ色の髪が、眼前の敵の燃え立つ赤色のそれに重なる。
格闘の使い手との他流稽古ならかつての旅の中で飽きるほどやった。彼女にはこんなに飢えたような戦意はなかったが。
タイプの異なる拳闘士で、一概にどちらの技量が上とは言えないだろうが、スピードは明らかにその少女の方が上に思える。
格闘家と闘う時、剣の間合いを保ち続けるのが要点。それが彼女との打ち合いで学んだ事だった。
ソロの退く間に、サラマンダーは相手の懐に飛び込むべく、身をかがめて全身の筋肉を跳躍に備える。
たわんだバネが反発しようとするその瞬間。
「サラマンダー!!」
勢いを殺がれた跳躍はタイミングを失い、ソロにかるく避けられる。
追わずに今度はサラマンダーが、ソロの剣の間合いを離れて声の方に目をやる。
「…ビビ?」
街灯に照らされて、とんがり帽子が立っていた。
「何を…何してるの…?」
「…」
サラマンダーは答えない。ゲームに勝ち残る、そう決めた時からこんな場面が来る事は予想できてはいた。だが現実にそれを目にしてみれば。サラマンダーは心が急速に冷めていくのを感じた。
闘いの高揚感が静まるのに反比例して、体の傷の痛みが押し寄せる。
それへソロが修羅のように剣を構えて躍りかかる。
「ソロ!やめて!」
ビビの叫びが響く。殺したくないって言ってたじゃないか。戦いを止めるって言ったじゃないか。サラマンダーは怪我してるじゃないか。なんで攻撃するんだ。
二人の間に飛び込もうとするビビの肩を後ろから掴んだ手が引き留める。

「!」
「やめろ!殺されるぞ!」
誰に?振り返った場所にあったのはバッツとレナの姿。争う気配に目を覚ましたのだろう。
「止めなきゃ!友達なんだ!」
半泣きの声でもがき訴えるビビにレナが言う。
「…ソロは殺さない。大丈夫よ」
「だって!」
再び前方のソロを見やって叫ぶ。あの表情。もとからきつい顔立ちが今や敵を見据えて敵意を迸らせている。あれが殺意じゃないっていうのか。

「殺さないって…?」
ビビの言うより早く、疑問を投げたのはバッツの声。
「…彼、本気じゃないわ」
「…え?」
「…逃がそうとしてる…」

(…勝てない)
サラマンダーは明らかな不利を悟っていた。
ならば。
腰にくくってあったザックに片手を突っ込み、手に触れた球体をつかみ出す。
(何…?)
それを見留め、見慣れない道具にソロの緊張が走る。
サラマンダーは後方へ跳ね跳ぶと同時に、前の地面に向けて玉を持つ手を振りかぶる。
「みんな避けろ!」
脳内に鳴り響くアラームにソロも同様に後方へ飛び退きながら叫んだ。
逃げ遅れたのはビビ。
地面に叩きつけられたボールは割れ、白い霧状の粉が空気に舞う。
「げはっ!」
即効性の毒がビビの気管を爛れさせ、血を吐いて昏倒するその姿に気づいたか気づかなかったか。
焔色の頭髪は白い煙幕の向こうに走り去った。
ソロが叫んだ。
「レナさん!毒消しは!?」
「リュックに渡したままだわ!」

ソロは剣を鞘に落とし込み、裂けた上着で口を押さえてビビに走り寄る。小柄な体を右脇に抱え上げて走り出しながら、バッツとレナを振り返る。
「宿に行きます!リュックさんを捜して下さい!!」
「わかった!」

片足を引き気味に走りながら、サラマンダーは更にそのザックを探る。
剣がある。特殊な力を秘めた物だ。あまり使い勝手のよい代物ではなかったが、負傷した身に得物がないよりはマシだ。
どういう仕組みになっているやら、小さな袋の中に剣の柄を見いだし、そのまま鞘を払うようにザックから剣を抜き出す。
剣身が袋から離れた、その途端。
「!ん、な、何だ!」
どうした事か。あり得ない程の剣の重さに、サラマンダーはあやうく剣を取りこぼしそうになる。
「…く…」
引きずるように街路を進む、が、それが限界だった。四つ辻の中程で彼はついに剣を諦め、そのままその重量にまかせて地に切っ先を沈める。
あとはまるで強力無比な磁石で留め付けたようにびくとも動かなくなった。
得物は失われ、敵は強すぎる。そして数も増えている。その中には…
(…出直しだ)
徒手となった彼は街の外へ向けて走り続けた。

宿では、戻ったリュックから渡された毒消しで、ビビが正常な呼吸を取り戻していた。
エリアとターニアを看病役に残して、他の5人は再びヘンリー捜索に出ている。
解毒は出来たが意識を取り戻さないビビをターニアが心配そうに覗き込んだ。
「ヘンリーさん…大丈夫かな」
「…」
答える言葉も無いまま、エリアは目を伏せた。



「なんでトドメを刺さなかった?」
バッツが並ぶソロに問いかける。
「できたはずだ」
ソロは答えない。
「ヤツは明らかにゲームに乗ってるぞ。態勢調えたら絶対にまた来る。まだここを動くわけにはいかないんだろう?」
「…その時にはまた追い返しますよ」
言ったソロの面にほとんど傲慢とも言えるような不敵な笑みが浮かんだ。
レナはそれを見て少し驚いた。今日の彼は意外な貌をよく見せる。
自分の力に対する自覚とそれに裏打ちされた自信。かつてレナはピサロから彼の事を聞いた。その表情は、この物腰柔らかげな少年のそんな過去を一瞬彷彿とさせるものだった。
「…でも…」
その足先に視線を落として立ち止まったソロが呟く。横目で窺った顔に表情はない。
「全力で当たらなきゃならない敵が来たら…その時は」
言いながら両の拳を握り締め、それを眼前でゆっくりと開いて見つめる。
「僕は…殺さなきゃならないんでしょう…ね」
護るために。殺す覚悟を以て挑む。
伯仲以上の実力者に相対した時、小手先の技でお茶を濁すなど不可能事だ。まして護る者を背後にしてのハンデを伴う闘い。決死と必殺の戦いを強いられる事になる。
ピサロが去り、その助力が期待できない今、ソロに余裕はない。安閑としていた危機感覚が今の一幕に刺激され、その心の裡に硬質なものが固まってくる。
ソロの独白を否定も肯定も出来ず、レナとバッツはソロの背後で顔を見合わせた。
重苦しい空気を破ったのはソロの身じろぎだった。
「なに…?」
「…いえ…」
顔を上げ、前方を透かし見るようにじっと見つめている。
「まだ誰かいるのか?」
それには答えず、黙って暗がりに向かって歩き出す。
付いて行った先に在ったのは街の明かりに鈍く光る金属、やけに装飾的な意匠の剣が街路の四辻に突き立っていた。
「なんだあれは。今の奴の落とし物…」
言いながらソロに目をやって、口をつぐむ。
ソロは驚愕にその目を見開き、眼前の剣を見つめていた。
(…ああ、そうか)
ソロの肩にかかる龍面の盾、その剣の纏う気配はその盾に酷似している。

「あれは、あんたの剣だ。そうだろ?」
無言のまま、剣に歩み寄ったソロがその柄を握り、地から引き抜く。
どう見てもバランスの良い剣の造りではない。それが全く重さを感じさせずに、彼の意のまま、その手に納まる。
揺らめく街灯に飾られた湿っぽい夜気の中、風切音が一つ鳴った。


【サラマンダー(右肩・左大腿負傷、右上半身火傷、MP1/5) 
 所持品:紫の小ビン(飛竜草の液体)、カプセルボール(ラリホー草粉)×2、各種解毒剤
 第一行動方針:怪我を癒す
 第二行動方針:態勢を立て直して再戦を挑む
 基本行動方針:参加者を殺して勝ち残る(ジタンたちも?) 】
【現在地:ウルから街の外へ】

【ソロ(魔力少量 体力消耗)
 所持品:さざなみの剣 天空の盾 水のリング  ラミアスの剣(天空の剣)  ジ・アベンジャー(爪) 
 第一行動方針:ヘンリー捜索
 基本行動方針:PKK含むこれ以上の殺人を防ぐ+仲間を探す】※但し、真剣勝負が必要になる局面が来た場合の事は覚悟しつつあり。
【バッツ(左足負傷)
 所持品:ライオンハート 銀のフォーク@FF9 うさぎのしっぽ
 静寂の玉 アイスブランド ダーツの矢(いくつか)
 第一行動方針:ヘンリー捜索
 基本行動方針:レナのそばにいる】
【レナ(体力消耗 怪我回復) 所持品:なし
 第一行動方針:ヘンリー捜索
 基本行動方針:エリア、バッツを守る】
【わたぼう 所持品:星降る腕輪 アンブレラ
 第一行動方針:ヘンリー捜索
 基本行動方針:テリーとリュックの仲間(ユウナ優先)を探す
 最終行動方針:アルティミシアを倒す】

【リュック(パラディン)
 所持品:バリアントナイフ マジカルスカート クリスタルの小手 刃の鎧 メタルキングの剣
 ドレスフィア(パラディン) チキンナイフ 薬草や毒消し草一式 ロトの盾
 第一行動方針:ヘンリー捜索
 基本行動方針:テリーとリュックの仲間(ユウナ優先)を探す
 最終行動方針:アルティミシアを倒す】
【現在地:ウルの村 屋外を盛んに移動中】

【エリア(体力消耗 怪我回復)
 所持品:妖精の笛 占い後の花
 第一行動方針:ビビの看病
 基本行動方針:レナのそばにいる】
【ビビ 所持品:毒蛾のナイフ 賢者の杖
 第一行動方針:休息 (気絶中)
 基本行動方針:仲間を探す】
【ターニア(血への恐怖を若干克服。完治はしていない)
 所持品:微笑みの杖 スパス ひそひ草
 第一行動方針:ビビの看病
 基本行動方針:イザを探す】
【現在地:ウル宿屋】

※ラミアスの剣・天空の剣の判断と、サラマンダーの逃げた方向は次の方の考えに任せます。

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最終更新:2008年02月15日 01:05
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