443話

第443話:消える灯、点す思い


 蹴りを入れられた棚から派手な音を上げて本やら小物やらが床に散らばる。

「~~ッッ!! 何やってやがんだアイツらァッッ!!!」

 荒げられた声の音源はサイファー。その原因は夕方の定時放送にある。
 読み上げられた名前、失われた命――リノア。
 家族を探す、と言い出したリュカを手助けしたいという彼女の意見に負けて別行動を許したのは半日前のこと。
 同行者はリュカとジタン、一度は強敵を前に共に戦った間だ。二人は信頼しているしその力も理解している。
 だが、いやだからこそ、リノアだけの名が呼ばれるという現実が苛立ちを増幅していた。
 噴きあがる激情を分かりやすく表情に出したまま扉に手をかけるサイファー。

「サイファーさん、どちらへ!?」
「……すぐ戻る」

 振り返りもせずに言い放って扉の向こう、残光の街へと出て行った。

「サイファーさん……」
「かける言葉なんて…ないよ。
 僕にとってのターニア、ロザリーにとってのピサロさんみたいな存在をサイファーは…失った」
「……仲間が亡くなって、サイファーさんなんてあんなに心を痛めているというのに。
 私たち、泣くこともできなくて、思っていたよりずっと冷静で…嫌になりますね」
「サイファーが代表してくれてるから、かな。サイファーが一番辛いから…
 彼に比べれば少しだけ離れて見られる僕らは冷静でいられるんだと思う」
「……そうなのでしょうね。呼ばれた名前、覚えてますか」
「聞き覚えのあるところではリュカさんの奥さんビアンカさんと仲間のはぐりん。
 ジタンが言ってたベアトリクスさんとフライヤさん。ルカの仲間、わるぼう。
 それに僕の知り合いのランド、サリィ、そしてドルバ…バーバラも…か。
 ………四人……言うほど他人事じゃないな、僕も。……ロザリーは大丈夫?」
「はい。なんだか悪いです」

 哀しいかな、シンシアの話を、名前をロザリーは知らない。

「いや、いいことだよ。良い事といえば、ロザリーもあいつの名前を聞いたと思うけど」
「ええ。……クジャさんのことですね」
「やっぱり間違いないか。僕らの最大の標的、二人の銀髪の片割れ。
 こういっちゃ悪いけど、これは唯一のいい知らせなのかもな。
 僕らには結果しか分からない、でもとにかく強敵が一人減ったのは間違いない」
「そう、ですね。……でも、クジャさんだって日常から切り離されてここへ連れてこられたのでしょう。
 それは、私たちと何も変わらないはずです。それでこんな悪意のルールの中で命を落として。
 ……早く、こんな世界から抜け出したい……」
「………そうだね」



 同じ建物の中。
 壁に背を預けたまま、ザックスは放心していた。
 ランド、デッシュ。覚悟のとおり砂漠で助けられなかった名前が流れる。
 シンシアの名が続かなかった事に安堵する間もなく届く悲報。
 ティファ、ティファ=ロックハート。明るくて活動的な良く知っている娘。
 思考は中断・停止、しかしさらにそれを立て直すよりも早く追い討ちがかかる。
 シンシア、このゲームの中で最初に出会った優しげで、芯の強い娘。
 目の前がすぅっと暗くなる。すべて、自分の責任のように感じられた。

 何もできなかった。何も、何も、何もできなかった。
 せっかく巡り会った仇にも逃げられてしまったうえ、目の前でさらに誰かの命を奪われた。
 それにひきかえ、自分はまだこのカナーンから動くことさえできていない。
 自分は無力で、あまりにちっぽけで、何にもできやしないのではないか。

 外よりも一足早く暗くなりつつある魔法屋の中で、一人の男が無力感に包まれる。
 再び立ち上がろうとした意思が打ちひしがれる。



 揺れ動く大地が傷ついた男を乱暴に眠りから引き起こした。
 薄く目を開けた男の耳に聞きたくもない声が入り込んでくる。

…」「サリィ」「わるぼう」「……

 ただ無気力に、横になった視界に暗い床が映る。
 無力感がギルガメッシュの中に再び影を落とす。

…」「ギルダー」「はぐりん」「……

 増えていく名前は記憶に留まることなく消え去っていく。
 無力感がギルガメッシュの中でその重さを増していく。

…」「シド」「ファリス」「……

 聞きたくない名が一つ、耳から脳を通り過ぎた。
 無力感だけがただひたすらギルガメッシュの中を占めていく。

 目覚めたことすら誰にも気付かれぬまま。
 起き上がろうともせぬままただ男は臥せ続けていた。



 想い人は未だ無事でいてくれている。しかし、一日半のゲーム、79人に至った死者数。
 いとおしき姿が憎しみにとらわれて剣を振るう姿を想像してしまい、浮かび上がる疑惑疑心をはっと抑え込む。
 死の枷の脅しのもと、誰かが誰かを殺すという疑心疑惑、信じる気持ちを断ち切る呪い。
 それはこの世界を成り立たせている柱の一つ。

(ピサロ様。私は、信じております)

 信じていることを念じねばならない、それが逆にちらついている不安を浮き上がらせている。
 サイファーが出て行ったあと誰もが押し黙ってしまった建物の中。
 ムードメーカーとして先頭に立っていた彼の強がりの向こうに透けて見える落胆が今はマイナスの方向へ皆の気分を押し下げている。
 ロザリーの思考は目を背けていた、考えたくなかった己の命にかかった重さを俎上へと引き出していた。

(でも、もし私が死んでしまえば、それが伝えられてしまえば。
 あの方はきっと人への疑念に、憎悪に完全に囚われてしまう)

 自分の無力を恨めしく思う。サイファーさんのように強ければ、リュカさんのように行動力があれば、私は待つだけでなく想い人のところまで駆けていけるのに。
 何故、こんな無力な私はこの世界へ連れてこられたのだろう。これじゃあまるで他人を、あの方を呪う生贄の羊みたいで…

(駄目ですね、私。そう思っているのはきっと私だけじゃない。
 哀しいのは自分だけじゃないのに)

 不意にあたりの気配が存在を主張した気がして、ロザリーは恨み言に流れてしまう心を改める。
 隣のイザだって妹と離れたまま多くの仲間を失っている。
 サイファーについては繰り返して言うまでもない。
 傷ついている二人も多くの仲間、知人を失ってきただろう事は容易に推測できる。
 哀しい、辛いのは皆同じなのだ。
 それでも誰も必死に、そして何よりも仲間のために今このときもそれぞれの場所で戦っているのだ。

(私はみんなと生き延びて見せます。だから、貴方も…信じていてください)

 逃げ去ってゆく光、忍び来る闇の中でロザリーは虚空に祈った。



 冷静に与えられた情報を分析する自分に何か違和感のようなものがあった。
 いや、そういう風に客観的に自分を省みることのできる自分にイザは少しだけ戸惑っていた。
 慣れなのかもしれない。
 或いは、告げられる遠くの死に対応するだけの余裕がなくなりつつあるのかもしれない。
 アモスや、ミレーユの時とは違う自分の内面の変化をイザはとりあえずそんな所に結論付けることにした。

 サイファーは出て行ったきり。
 ロザリーは何か祈りを捧げているようだ。
 ザックスとギルガメッシュは眠りの中だろうか?

 多くの知っている名前の死が告げられたというのに自分はひどく冷静のまま、氷のように思考思索を試み続ける。

 城下町を破壊しつくしたクジャ、あれほど強そうだったドラゴンのドルバ。
 彼らのようなものでさえ命を失ってしまった事実はまさにこの世界の恐怖を示している。
 けれど一方、ターニアや悪いけれどロザリーみたいな非力な者も生き残ってはいる。
 それは僕らやリュカ、ジタンやギードのような反抗を決意した人たちの存在を期待させてくれるものだ。

 目の前で刺し貫かれた少女の姿が忘れられない。
 嫌というほど自分の無力さ、甘さは噛み締めてきた。
 突きつけられてきた現実から出る結論ははっきりしている。僕には、みんなを救うことはできない。
 けれど、僕らは終わりなのか。いや、そうじゃない。

 信じよう、みんな誰かの心を信じて今も必死に生きている、と。
 ギードやきっとどこかにいる知者の抵抗を援けサポートしよう。
 リュカを、ジタンを、アルスを、ルカを、テリーを、ハッサンを、アルガスでさえ信じてやろう。

 だから僕はロザリーを守る。サイファーを守る。ザックスを、その赤い人を守る。
 せめて手の届く現実は全部守りきってやる。
 それが、力及ばない僕の反抗だ。

【イザ(HP3/4程度) 所持品:ルビスの剣、エクスカリパー、マサムネブレード
 第一行動方針:しばらくは休息
 基本行動方針:同志を集め、ゲームを脱出・ターニアを探す】
【ロザリー 所持品:世界結界全集、守りのルビー、力のルビー、破壊の鏡、クラン・スピネル
 第一行動方針:同上
 基本行動方針:ピサロを探す 最終行動方針:ゲームからの脱出】
【ザックス(HP1/3程度、口無し状態{浮遊大陸にいる間は続く}、左肩に矢傷)
 所持品:バスターソード
 第一行動方針:無力感に苛まれる
 最終行動方針:なし】
【ギルガメッシュ(HP1/2程度)
 所持品:厚底サンダル 種子島銃 銅の剣
 第一行動方針:起き上がる気力もなし】
【現在位置:カナーンの町・魔法屋】

【サイファー(右足軽傷)
 所持品:破邪の剣、破壊の剣 G.F.ケルベロス(召喚不能) 白マテリア 正宗 天使のレオタード ケフカのメモ
 第一行動方針:物にやつあたり
 基本行動方針:ロザリーの手助け
 最終行動方針:ゲームからの脱出】
【現在位置:カナーンの町・魔法屋外】

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最終更新:2008年02月16日 01:29
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