236話

第236話:夜に見た夢と


兄さん、と誰かが俺を呼んだ。
振り返ると、そこにアイツが立っていた。
「やっと見つけた……兄さん」
無骨なレンガの壁に、装飾用の剣や斧が掛けられた、何処とも知れない部屋の中で。
アイツは――デールは、微笑みながら片手を振る。
「探したんだよ。僕、ずっと一人で……心細かったんだよ」
大量の返り血がついたマントを羽織り。いつも見ていた、穏やかで、どこか気弱な表情を浮かべて。
「……どうしたの? 兄さん。そんな、怖い顔して」
首を傾げながら、デールは赤黒く汚れた手を差し出した。
「ねぇ。早く行こうよ……義姉さんを探しに行こう。みんなでラインハットに帰ろうよ」
――その一言で、俺の頭は真っ白になった。

ざぐっと鈍い音が響き、我に返る。
俺の手には、いつの間にか鈍く輝く飾り斧が握られていた。
斧の刃と俺の服は真っ赤に染まり、デールは呆然とした表情で俺を見つめていた。
「……にい、さん?」
何故? どうして? ――そう言いたげに、口をぱくぱくと動かす。
見開かれた緑色の瞳から涙が溢れ、頬を伝う。
「なんで……にいさん……どうして、ぼくを……? ……にい、さ……ん……」
助けを求め、手を伸ばそうとして、デールの身体はバランスを失い、崩れた。
――そこでようやく、俺は気付く。
デールの手が、汚れてなどいないことに。
マントにも、返り血などついていないことに。
そしてデールが……俺をずっと『兄さん』と呼び続けていたことに。
「たす、け……て……に、い……さ………」
言葉は、途中で聞こえなくなった。
手がゆっくりと降りるのを、血に濡れた身体が痙攣するのを、瞳に虚無が満ちていくのを、俺は呆然と見つめていた。

「……ちちうえ」
死の沈黙を破って、幼い声が響き渡る。
顔を上げると、いるはずのないコリンズが、ドアの近くに立って俺を睨みつけていた。
「どうしてだよ……なんで、おじうえを殺すんだよ!?」
瞳に涙と怒りを溜めて、コリンズは俺を殴りつける。
「ちちうえのバカ……どうしておじうえを殺したんだ! なんで助けなかったんだよ!!
 死んじゃえ! ちちうえなんか死んじゃえ!! ――大嫌いだッ!!」
泣き叫びながら、コリンズは廊下へ飛び出した。小さな背中が、信じられない速度で遠ざかっていく。
「ま、待て! 待ってくれ、コリンズ!」
後を追おうとした俺の腕を、誰かが掴んで引き止めた。
「おいおい……何をやってるんだ?」

後ろを向くと、握られた腕の先に、一人の男が立っていた。
俺と同じように斧を持ち、同じように返り血を浴び、同じ顔で、同じ服で――

「そんなにガキが泣くのが嫌だってか? 昔のアイツを見捨てられない、ってか?
 ……未練がましいんだよ。マリアは奴に殺されたんだぜ、わかってるのか?」
俺と同じ姿をした男が、忌々しげにデールの死体を踏みつけ、蹴り飛ばす。
それから俺の心を見透かそうとするように、鋭く冷たい視線を投げかけた。
「……ああ、そうか。お前はマリアの仇を取る気は無いんだな。
 奴を殺そうと考えているのは、奴がマリアの仇だからじゃない。
 奴がこれ以上、人を殺めるのを止める。そのための手段でしかないんだ。
 だからこんなに迷っている。弟を生きて救う方法があるんじゃないかと、まだ下らないことを考えている……」
男は言う。底知れぬ憎悪と殺意を秘めた声で。
「寝言ばかり言ってるんじゃねえよ。
 愛する人の仇も討とうとしないどころか、あんなイカれた男を救いたいだなんてよ……!
 お前にそんな力があるのかよ! 理想主義者のお人よしは、どっかのバカだけで十分だ!
 マリアのためにも、奴を殺せ! ……それ以外にお前にできることなんざ無いんだッ」
男はそう言って右手を無造作に振った。血塗れた斧は、いつの間にか長大な剣に変わっていた。
「――もっとも、それも無理な相談だけどね。ねぇ、ヘンリー?」
くすっと笑う、男の顔も変わっていた。俺を『ヘンリー』と呼ぶ――狂ったデールがそこにいた。

「弟を永遠に失い、ただ一人残された息子をも傷つける……そんな覚悟、貴方には無いよね。
 生き残り、戦いを止め、人を救う……そんな力、貴方には無いよねぇ。
 だから、ヘンリー。貴方には何も出来ないよ。誰かの足手まといになるだけで、何一つ出来やしない」
長剣を器用に弄びながら、デールは喉を鳴らすように笑う。
「ククッ……いや、何一つって事は無いか。
 一つだけ……貴方にでも出来る事が、たった一つだけあったねぇ」
デールは唇の橋を歪めた。昔のあいつなら絶対にしなかった、見下すような嘲笑を浮かべて言い放つ。
「そう、ヘンリー。無力で弱い貴方にできるのは――僕に壊されることだけだよッ!」
金属の輝きが宙を走り、冷たい感触が激痛と共に俺の身体を深く貫く。
「ククッ……ハハッ、アハハハハ、アーッハッハッハッハッハ!!」
狂気じみた哄笑を上げるデール、その足元にある死体の口が、わずかに動いた。
(……にいさんが……兄さんが悪いんだよ……)
すすり泣くように、責めるように。
(マリア義姉さんの傍にいてくれなかったから……僕がこうなってしまう前に、止めてくれなかったから……)
俺が殺した、『昔のデール』の死体が……確かに、囁いた。

――……ねぇ……どうしてマリア義姉さんを……僕を、助けてくれなかったの……?――


「――ッ!」

……… ………
……全身を伝う冷や汗に身震いしながら、俺は必死で呼吸を整えた。
息が苦しい。夢から覚めても、悪夢の中にいまだ取り残されているような感覚が残っている。
いや……この現実自体が、悪夢の続きのようなものか。
死なない限り永遠に覚めない分、夢よりもずっと性質が悪いが。


――ふと、俺は顔を上げ、眠っているアーヴァインを見た。
何となく……こいつが記憶を無くす前に叫んでいた言葉を思い出して。

『僕を殺せ……殺してくれ! 頼むから殺せよぉ……! お願いだから殺してよぉっ!! 』

あの時は、何がなんだかわけがわからなかった。
こいつは無神経でふてぶてしい奴で、ペラペラ喋り始めたのも自棄になったからだと思っていたし……
話している時も、逆にこっちが腹が立ってくるぐらいに、冷静で落ち着いていた……
……はずが、いきなり狂ったように泣き叫び始めたのだから。
だが、今になって思い返してみると……普通に喋っているように見えていた頃から、既におかしかったことに気付く。

――挑発するように殺した連中のことを話したくせに、理由を説明する時は、理解を求めるような語り方をする。
――自分のことを血も涙もない薄情者のように言い、その割には、仲間達やイデアとかいう魔女を過剰なまでに庇い立てる。
――饒舌に喋っていたと思えば突然押し黙り、俺たちを嘲けったと思えば、自虐的なことを口走る。

頭が冷めてきた今なら、わかる。
平然としていたのは表面上だけで、あいつがそう演技していただけなのだ。
アーヴァインは最初から死ぬことを望んでいた。殺されることを願っていた。
『これ以上生きてたって壊れて狂うだけ』だということを、自分自身で理解してしまったために。
……そう、今ならわかる。
あいつの殺しの動機は――好きな子への想いとやらは、俺達が考えているほど軽いものではなかったのだ。
自分から諦められるわけがなく、絶望に苛まれても捨てきれるようなものでなく。
あまりにも強すぎて、抑えることも出来ず、……自殺することすら選べない。
だから、俺たちに『殺してくれ』と懇願した。
あの時のアーヴァインにとって、それ以外に止まる方法はなかったのだ。

……はは、今ごろ気付くなって話だよな。
これがリュカとかだったら、確実に気付いて何とかしていただろうに。
脱出の策があるだとか、出任せでもそれっぽいこと言って、ベクトルを上手く逸らしてやるだとか……
自分の経験を話して、似たもの同士だと思わせて、同調するよう仕向けるとか……
実際、気付いてさえいれば、俺にだって打てる手はあったし……どうにか出来たかもしれない。
少なくとも、あの妙な悪魔みたいな奴を暴走させるほど追い詰めたり――記憶など失わせずに、済んだはずだ。

――ソロとエリアは気付いているだろうか。
アーヴァインが話した仲間は、幼なじみの四人組と依頼人の少女の、合わせて五人だというのに……
記憶を無くしたあいつが探そうとしたのは、四人だけだったということに。
そしてあいつが俺に尋ねてきた時……最初に呼んだ名前は、決して女のものではなかったということに。

人殺しとしての記憶だけじゃない。
多分、アーヴァインが命以上に失いたくなかったものを、失わせてしまった。
俺たちが……いや、俺が見誤って気付かなかったせいで。
奴の心情に気を配ろうともせず、ただ力ずくで押さえつけただけで殺しを止められると思っていたせいで……
不必要に追い詰めて、苦しませて、挙句に……何よりも大切だったはずの女の子との思い出を、忘れさせてしまった。

夢の中で言われた通りだ……俺は何も出来てない。
戦いを止めたいとか、皆で生きて帰りたいとか、犠牲を減らしたいとか思っていても……結局、何も出来てない。
それどころかソロには迷惑をかけるし、フリオニールを傷つけるし、
ビアンカさんは止められなかったし、アーヴァインはこんな結果にさせちまった。
……マリアの傍にいてやることも、デールがああなる前に止めることもできなかった。
何一つ……出来なかったんだ。

……俺は……このままずっと、何も出来ないのか……?



……ンなこと、ないよな。これからでも遅くは無いよな。
失敗は取り返せる。罪は償える。
失われたものが多くても、全てが戻らないと決まったわけじゃない。
取り戻そうとする限り、生きて足掻き続ける限り、何かをしようと努力する限り……
諦めなければ、必ず結果に繋がるはずだ。

なぁ、アーヴァイン……今まで、俺は何も出来なかったよ。
気持ちだけが突っ走って、誰も止められずに、誰かを傷つけて、誰かに迷惑をかけていただけだ。
でもな、それでも俺は止めたいんだ。力が無いのはわかっていても、やっぱり止めたい。
この下らない殺し合いも……変わっちまった弟も、止めたいんだ。
なぁ。もし、俺が……お前に記憶を取り戻させた上で……本当の意味で、新たな道を歩ませてやることができたら……
同じように、デールを止めてやれるかな……?

――そんなヒマ、ないか?

……まぁ、いいさ。どのみち、デールが一番殺したいのは俺なんだ。
そう遠くない日に、あいつは必ず俺の前に現れる。
その時まで俺は全力で探してやろう。あいつを殺さないで済む道を。
努力も何もしないで諦めて、ハナからダメだと決めてかかるなんざ、兄貴がすることじゃないからな。
でも、試すのは一度だけだ。それ以上悠長にやっていたら、あいつの犠牲者が増えてしまう。
一度だけだ。それでダメなら……もう迷わない。俺が必ず止めてやる。

………あーあ。いろいろ考えてたら、また眠くなってきちまった。
今度はあんな下らない夢、見ないで済むといいんだが……

【ヘンリー(睡眠中、6割方回復) 所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可)
 第一行動方針:アーヴァインのサポートをしつつ、弟を説得する方法を探す
 第二行動方針:デールを止める(説得が通じなければ殺す)】
【ターニア(睡眠中) 所持品:微笑みのつえ  第一行動方針:不明】
【ビビ(睡眠中) 所持品:スパス
 第一行動方針:不明 基本行動方針:仲間を探す】
【エリア(睡眠中) 所持品:妖精の笛、占い後の花
 第一行動方針:不明 第二行動方針:サックスとギルダーを探す】
【ソロ(睡眠中、MP3/4程度) 所持品:さざなみの剣 天空の盾 水のリング グレートソード キラーボウ 毒蛾のナイフ
 第一行動方針:状況の把握  第二行動方針:これ以上の殺人(PPK含む)を防ぐ+仲間を探す】
【アーヴァイン(HP1/3程度、一部記憶喪失(*バトロワOP~1日目深夜までの行動+セルフィに関する記憶全て)、睡眠中)
 所持品:竜騎士の靴 G.F.ディアボロス(召喚不能)  第一行動方針:状況の把握】
【レナ 所持品:エクスカリバー
 第一行動方針:夜明けまでにアーヴァインをどうするか(一時的にでもいいので)決断する 基本行動方針:エリアを守る】
【ピサロ(HP3/4程度、MP3/4程度) 所持品:天の村雲 スプラッシャー 魔石バハムート 黒のローブ
 第一行動方針:不明 基本行動方針:ロザリーを捜す】

【現在位置:レーベ北西の茂み、海岸付近】

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最終更新:2008年02月16日 23:29
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