489話

第489話:切なる想いに眼は曇る


ここに二人、本城に四…いや六人。合わせて八人の我が標的、我が阻害者。
この城を目的地とする忌むべき旧盟友、二人の危険要因。
他にも森で遭遇した二人組、仕留め切れなかった一行……為さねばならぬ事は枚挙に暇がない。
遂に見えた主君を意識の中心に置いて身じろぎ一つせずピエールは思考する。
達成せねばならぬ事は二つ。
第一にリュカ様の安全。第二に己に課した使命の遂行。
魔法も武器も使えぬ今頼れるは杖のみ。だが、主君のためここで動くわけには行かぬ。


ようやく見えた主に従って大人しく控える魔物騎士。
彼を控えさせたまま、静かに席につき黙するその主、何を想うのか。
僕はどうすれば良いのだろう。
他者に危険を及ぼす存在は排除されて然り。これは合理的。
しかし一方仲間であった相手はできる限り説得したい、救いたい。これは感情的。
かつての彼らの絆は余程強いのだろう、リュカとタバサは今感情的判断に大きく傾いている。
僕がピエールを敵視するほど逆に二人の感情を刺激する事になる。
今は彼の動きを見張り続けるほかにやれそうな事を見つけられない。
だが、エドガー達が戻ってきたところで何の解決になるだろう。
説得――? 言葉だけでどこに落とし所を見出せるだろう?


リュカには借りがある。だから、できるならピエールって奴を倒して円満解決といきたい。
けれど、そうはならないだろう。
フィンが言う通り状況はリュカを疑うことはできるだけの材料を揃えている。
仮定どおりだとすれば――戦う、のか、リュカと?
それは考えたくない。自分はあいつを信頼したい。
だが仮定と異なるとしてもプサンはリュカとピエールの信頼関係を強調していた。
クジャにさえ結局情けをかけた彼がようやく会えた仲間を見捨てられるだろうか?
その時、オレは、リュカは、どういう関係になる?
導かれ得るかもしれない結果予想に逡巡しながらジタンは星天下の回廊を駆け抜け塔へ。


「…やっぱり簡単にでもピエールの傷を手当てしてあげたい。
 セージ、君に負担はかけない。全部僕がやるから許可してくれないか?」

言葉の無い空気を破る提案。
予想はしていたが実際に直面してみると返答に困るセージ、さらに畳み掛ける声あり。

「ねえ、お兄さんっ。私からもお願いします。
 あんな痛そうなのに、そのままにしておくのはピエールが可哀想。あの、だからっ……」

側面攻撃。
明らかに人を殺した魔物を回復させるなんて普通なら迷う余地無く却下の問題。
なのに多数決でも雰囲気でもそういう流れになっている。まるで自分が悪役だ。
タバサの表情に浮き上がっている必死さは返答を待たずにピエールに駆け寄って手当てを始めても可笑しくは無い。
ギルダーの時のように他人を納得させながら更正と償いをはかる方法に妥協する準備は自分にだってある。
しかし、だからこそ橋頭堡として、第一の試練としてのエドガーを待たねばならない。
殺人者が生き延びるということについての他人の感情に気を配らねばならない。
リュカがそれを理解しないとは思えないが、今の精神状態が阻害しているのだろう。
取り繕った笑顔で少女に答えてリュカの目を見つめ返す。

「…残念ながら不許可です、リュカさん。
 あなたの癇に障る判断かもしれませんが、酷いとはいえピエールはすぐに死ぬような怪我ではないようです。
 回復はもっと詳しい話を聞いてからでも遅くは無いでしょう。
 エドガーさん達が戻ってくるまでそれほど時間がかかるとも思えませんし、どうかここは自制して……」

目の前で曇っていく表情。ちらりと目の端で動く影。
予想したとおり少女はそれでも行動することを決断した。

「もうちょっとの我慢だからね、ピエール。私が回復の呪文で治してあげるからっ。
 一生懸命覚えたの、きっと上手くいくからじっとしてて!」
「タバサ!」

娘の名前を呼び、確認するように、事後承諾で押し切るかのように強い視線でこちらを見た彼もピエールへ駆け寄る。
予想していたこととはいえ、この済し崩し進行を無理に止めてまで悪役を演じるつもりはなかった。
やれやれといわんばかりに手のひらでメガホンをぱこんっ、と弾ませる。
説明のハードルは上がってしまうがエドガーならきっと事情を分かってくれるだろう。
とはいえ流石のセージにとっても次の展開までは予想不能であったが。
不動無言のピエールをそれぞれ回復呪文の光で照らす父娘と別方向、扉の向こうにかすかな――気配?


足音を、息遣いを、気配を殺して火を入れられた燭台の続く東塔を進む。
そしてたどり着いた人の気配のある部屋の前。
まずは様子見と扉越しに音、気配、雰囲気を探る。
特徴ある音は無い。騒がしい気配も無い。危険な雰囲気も無い。ただ、聞き取れない小さな会話が聞こえるだけ。
意を決してジタンは扉をノックする。
どうぞ、と聞いたことのない声に相手されて扉を押し開けた。
部屋に入る自分に警戒含みの注目を投げていたのは良く知る顔、メガホンを手にした男、小さな女の子、そして鋭い目。

「……リュカ」
「ジタン、君か。一人なのか?」

あまり見たくなかった場面に不本意ながら硬直する。
いつか兄に向けられていた光、それが照らしていたのは鋭くこちらを睨む悪名聞こえたモンスター。
彼らの仲間としてのつながりがその一場面に凝縮されていた。


「知り合いなんですか、リュカさん。えーと、ジタン君と」
「ええ、昨夜から今朝まで行動をともにしていたんだ。
 でもジタン、あれからクジャは結局……助からなかったんだね」
「兄貴は……最期まで立派に罪を償って死んだよ。
 それよりもさリュカ、一緒にいるのは誰だい? オレに紹介してくれないか?」

言いつつ、聞いた話と照合しながら他の三人を見回す。
このメガホンの男がセージ。女の子がタバサ。警戒以上の視線で睨みつけているモンスターがピエール。
聞いてはいるがリュカに紹介させることに意味がある。

「ああ、この子はタバサ。僕の娘だ。
 向こうにいるのがセージ。賢者で、このゲームの最初からタバサを保護してくれた恩人なんだ。
 それから――ピエールだ。見ての通りモンスターだけど、まぎれもなく大事な僕の仲間だ。
 …ああ、ピエール、ジタンは敵じゃない、僕らを傷つけたりなんかしない。
 だからそんな…そんな目はもう止めてくれ」
「………御意」

俯いたことで視線が切られ、注がれていた敵意は途切れた。
ここまでの言動、行動だけでも既にピエールを殺して解決するという手段は容易でないことが分かる。
エドガーの話ではセージからピエールの悪行について伝え聞いていてもおかしくない訳だがリュカはそれを踏まえても仲間だと発言しているのだろうか。
思考の色を慎重に押さえて次を考える。

「そっか、なんとか家族に会えたんだな。良かった…とは言えねえか。
 知ってるだろうけど探してた名前、呼ばれちまったもんな」
「……うん、分かって、いるさ。でも、だからこそ僕はタバサとピエールを守る。
 もうこれ以上…失いたくないんだ」
「ああ。そうだな。そうだよな」
「………でもね、ジタン。君には何か…隠していることがあるんじゃないかな。
 言い方は悪いかもしれない、でも目を見れば嘘か真実かわかるんだ。
 ジタン、頼む。伝えることがあるのなら話して欲しい」


隠していることがある。
現れた男への主君の指摘を聞いてピエールは想像する。
隠している内容ではない。もう一人の男は今何をしているかについてだ。
ジタンと言う名のこの尻尾の男の怒りに満ちた顔を自分は忘れてはいない。
その落ち着いた顔の裏には我が主への害意が渦巻いているに違いないのだ。


正面切って真剣に見据えられて初めて体感する優しく全てを見通すような瞳。
実際に向けられてみねばそれを言い表すことなどはできないだろう。
ともかく、それでもジタンは全てを明かさないように取り繕う努力をした。

「ああ、えーと、な、本当は本城でプサンやティーダに会ってここのこと、聞いてたんだ。黙ってて悪かった。
 プサンは調子の悪い奴の面倒見てて手が放せないからさ、代わりに様子を見てきて欲しいって」
「そうじゃない!」
「え……あー、なんだよリュカ、いきなり大声出してよ」
「違うんだ、ジタン。それじゃない。君はまだ何か嘘をつき通そうとしている。
 正直に。…だいたい分かっているんだ。でも、正直に答えて欲しい。
 君は………」


ジタン君が隠していることがある。
リュカの指摘を聞いて一つの予測を得たセージ。 
それはすぐに彼の発言によって裏付けられた。
彼は既にエドガー達に会っている。事情を呑みこんだ上でここへやって来たのだ。
しかし、それならばエドガーはどうして自身で戻らず彼を送り込んできたのか?
隠された意図を推測する。しかし、事態はセージの思考速度より早く進んでいく。

その瞳でジタンを追い詰めるリュカが息を継ぐために置いた発言前の小さな間。
そこにピエールの声が割り込む。

「リュカ様! すぐにそやつからお離れになって下さい!
 その男、リュカ様を害するつもりです! さあ、我が身を盾に!」
「ピエール!?」

声ばかりでなく視線がぶつかる二人の間にスライムナイトの身体が割ってはいる。
反射的に飛び退いてグラディウスを抜き放つジタン。応じるように残った魔法の杖をかざすピエール。

「貴様、リュカ様が魔物を操って殺戮を命じておるなどと誰から聞いた!
 我が主の名誉にかけてその誹謗、断じて許さん!」
「ピエール、待てっ、落ち着いてくれ!」
「リュカ様は私の後ろへお下がりください!」
「ジタン! やっぱりそうなのか、君もピエールのことを誰かに聞いたんだね!
 でも信じてくれ、ピエールの心には狂気も、邪気も、悪意も見えないんだ。
 何かの間違いなんだ! いや、魔物の姿が誤解を生んでいるのかもしれない。
 でも信じてくれジタン、ピエールがゲームに乗るなんて、そんなことはないんだ!」

ようやく詠唱準備を整えてセージが構える。
緊張をはらむ三人の向こう側には驚きだけを素直に浮かべているタバサ。
最低でも彼女を守ることを自分に課すものの、一触即発の危険に下手に動けない。
事態はまさに予想した最悪。

リュカの瞳の力を知らなかったこと。ピエールにどこかで見られていたこと。
不運か、ミスか。毒づいても始まらない。予想した最悪の対峙に追い込まれてしまったのだ。
ここに至ってもリュカが白なのか黒なのか自分には見極められない。
もっともそればかりか開戦への一歩は選べない。説得の言葉も見つからない。
考えても混乱するだけ。ジタンは動けないのだ。

全員を押しつぶすような緊張の空気。高い声がお父さん、と呟いた気がした。
局面を動かしたのは何がしかの威厳を伴ったその父の言葉。

「ジタン」
「………」
「ジタン、今度は僕が頼む番だ。剣を収めてくれ。
 僕が彼を連れてここから出る。僕がピエールを誤解から守ってやらなくちゃならない。
 セージ、我が侭を言ってすまない。でもここで…別れよう。
 タバサは……」
「一緒に行くっ!」

再び、滞った空気を裂いて、タバサは今度は父の脚へと飛びつく。
微笑をわずかな時間だけ浮かべたリュカは手で指示を出し、迅速に二人を扉へと誘導していく。
ピンで縫い止められたかのようにセージとジタンはその光景を不動で見つめるだけ。
そんな彼らへ向かって深々と、父娘が頭を下げる。


「ジタン、せっかく再会したというのにこんな事態になってしまった。
 でも分かってほしいんだ、ピエールは悪の存在じゃない、モンスターだからってみんなが悪じゃないって。
 みんなにも伝えて欲しい」
「お兄さん、今までありがとうございました。私はお父さんと、ピエールと行きます。
 本当はみんな一緒に……ううん、それじゃ、また会えたら…」

力ずくでもピエールを倒すべきなのかもしれない、行かせてはいけないのかもしれない。
でもリュカと戦うなんていう決断はまだ選べない。黒白は断ぜられない。
心理の紐に絡め取られていたジタンは彼らが扉に向こうに消えるギリギリで一つのアイデアにたどり着いた。

「待ってくれ、リュカ! 引き止めたりはしない、だから一つ聞いてくれないか?」
「なんだい、ジタン」

二人を先に廊下へ送り出し、最後に部屋を出ようとしたリュカは振り返り足を止める。
そんな彼にジタンは奇妙な輝きをたたえた石を投げてよこした。

「これは?」
「どうしても、道を違えてしまうということがある…仕方ないのかもしれない。
 でもさ、いつかまた合流できるかもしれない。そんな約束の代わりだよ。
 良ければ何か、オレに預けてくれないか? 次に再会したときにつながりがあるように、さ」
「…ありがとう、ジタン。じゃあ……………これを」

約束代わりにリュカから返ってきたのは緑色にきれいに輝く球体。
それから最後にもう一度室内の二人へと深く一礼し、三人はここを離れていった。


緊張から解き放たれた屋内の空気。
おーーーきく、聞こえるようなため息を漏らすのはセージ。恨み節が口をつく。

「えーとジタン君? 君が来てからとっても激動の展開だったんだけれどさぁ。
 何しに来たの?」
「あーー、こうなるなんて思わなかったよ俺も。
 ピエールの奴を刺激しないようにって俺が来たのに結局一緒だったってことかよ…
 でも、まあ…最低限の仕事はできた」
「仕事って最後の交換のこと? メガホンで一発いっとくかい?
 大体エドガーになんて説明すればいいのかな」
「エドガーは城を離れたぜ? まあ、とりあえずプサンのところへ向かうとしよう。
 詳しい話は途中でしてやるからさ」

【リュカ(MP1/4 左腕不随)
 所持品:お鍋の蓋、ポケットティッシュ×4、アポカリプス(大剣)、ビアンカのリボン、ブラッドソード、
 スネークソード、王者のマント、魔石ミドガルズオルム(召還不可)
 第一行動方針:タバサとピエールを守る
 第二行動方針:二人を連れてサスーンを離れる
 基本行動方針:家族、及び仲間になってくれそうな人を探し、守る】
【タバサ(HP2/3程度 怪我はほぼ回復)
 所持品:E:普通の服、E:雷の指輪、ストロスの杖、キノコ図鑑、悟りの書、服数着、ファイアビュート
 第一行動方針:リュカについていく
 基本行動方針:呪文を覚える努力をする】
【ピエール(マホトーン、HP1/3、MP1/4)(感情封印)
 所持品:毛布、魔封じの杖、死者の指輪、ひきよせの杖[1]、ようじゅつしの杖[0]、レッドキャップ
 第一行動方針:リュカに従う
 基本行動方針:リュカ以外の参加者を倒す】
【現在位置:サスーン城 東棟の一室→城門方向へ】

【セージ(HP2/3程度 怪我はほぼ回復 魔力1/2程度)
 所持品:ハリセン、ナイフ、ギルダーの形見の帽子、イエローメガホン
 第一行動方針:ジタンと一緒にプサンのところへ
 基本行動方針:情報を得て事後の方針を定める】
【ジタン(左肩軽傷)
 所持品:英雄の薬、厚手の鎧、般若の面、釘バット(FF7)、グラディウス、聖なるナイフ、マテリア(かいふく)
 第一行動方針:セージと一緒にプサンのところへ戻る
 第二行動方針:フィンの風邪を治す
 第三行動方針:協力者を集め、セフィロスを倒す
 基本行動方針:仲間と合流+首輪解除手段を探す
 最終行動方針:ゲーム脱出】
【現在位置:サスーン城 東棟の一室→サスーン城3F・暖炉がある部屋へ】

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年02月16日 23:40
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。