ガンダムF(仮題)

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ガンダムF(仮題)」(2008/04/04 (金) 03:39:07) の最新版変更点

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#contents()  人が言葉を持ちながら、戦うことでしか意思の疎通ができない事実は不幸だと思う。 決戦兵器GGF-001フェニックスガンダムのコックピットの中で、 レイチェル・ランサムは重い息を吐き出した。寒い。そのくせ、ひどく喉が渇く。 フェニックスに搭載されたサイコミュ・コントロールシステムが警告していた。 敵が来る、と。真の敵が来ると。この機体の設計思想には、確実にそれの姿が在る。 「SYSTEM∀-99……! 大丈夫だよ……脅えないで、フェニックス。  もう……やらせは、しないから……アタシとあなたなら、やれるんだからッ!」              &bold(){「ガンダムF」}  極論を言うなれば、人という種は限界を迎え行き詰ったということになる。 人の革新、ニュータイプと呼ばれる者達こそが却ってこれを痛感した歴史は、 なんと皮肉なものであろうか。世代を超え、時を超えて、彼等は主張した。 人は地球という揺り籠から巣立っていくべきなのだと。ある者は暴力を以て、 これを成さんとした。そして、ある者は地球圏から外宇宙へと旅立って行った……。 Concept-X 6-1-2は、その末裔がもたらした禁断の果実である。 「醜悪ですわね……本当に、不細工なマシーンですこと!」  人は、やはり母なる大地から離れることができぬ愚かな生き物なのだろうか。 皮肉めいた笑みを浮かべ、豪奢な金髪を揺らしつつネリィ・オルソンは見上げる。 ターンX。“帰って来た者”という名をつけられた、未知の技術の集合体を。 緑がかった銀色の、宇宙世紀以前の宇宙人像を具現化したような異形のフォルム。 これは美しくないというのが、名門オルソン家に生まれ育った少女のセンスだ。 「お父様の道楽も度が過ぎるというものですわ」  この気品の無い、機能にのみ特化した機体の性能を解明し、量産するのだと、 ネリィの父親であり地球連邦軍の高官である男は声高に言ったのである。 馬鹿馬鹿しいと思う。男の子は大人になってもオモチャを手放せないのだわ。 そういった批評をしつつ、ネリィは技術研究所の床の上を足音を立てながら歩く。 ハイヒールがコンクリートを打つ音が小気味よい。ああ、とネリィは息を吐いた。 この情趣がターンXには欠けているのだ。ターンXの顔を凝視し、手を打つ。 「角をつけたら雄々しくなりましてよ! そう、色も華やかにいたしましょう。  エターナさんの、地球に帰りたいという遠いお友達の目にも映るように……ね!」  我ながら妙案だと少女は声を弾ませた。小さな胸が高鳴り、白い頬を朱に染める。 この素晴らしいアイディアを一刻も早く伝えたくて、少女は靴を手に走り出した。 コンクリートの冷やりとした感触が、今は素足に心地いい。 『こんなはしたない姿、もし見つかったらばあやに叱られますわ』 と一片の理性が警告してはいたのだが、燃える情熱の前にそれは吹き飛んでいた。 エターナ・フレイル。ターンXに乗って外宇宙から地球に不時着した銀髪の少女。 あの新たな友人に、早く自分の話を聞いて欲しいと思うのである。 ***「ガンダム! そうよ、ターンのガンダムさんですわ!」  エターナ・フレイルはニュータイプの末裔でありながらニュータイプではない。 彼らは言葉を口にせずとも理解し合える特異な能力を有していたにも関わらず、 やがてそれを捨てた。更なる進化において心の中で嘘をつくという能力を得た時、 精神で直接わかり合う意味は消失したのである。進化がやがて退化につながり、 ただの人間へ先祖返りさせるとは何とも皮肉な結果ではないか。 『ターンXにはサイコミュが搭載されていたと聞くがな……』  己が主たるネリィ・オルソンと歓談するエターナの銀髪を見詰めながら、 騎士見習いエルフリーデ・シュルツは色素が薄目の長い黒髪をかき上げる。 そろそろ短くしよう。いっそ煌びやかなブロンドならば長髪も映えるのだろうが、 自分がネリィを真似れば野暮ったく女を主張するだけだろうと密かに嘆息した。 エルフリーデ・シュルツは、女であるよりも騎士でありたいと願う少女ではある。  残念ながら、彼女を魅了するだけの殿方にはまだめぐりあえていない。 敢えて言うなれば、今や伝説の類となった歴史上の人物がそれに該当するのだが。 エルフリーデが想いを巡らすのは、エターナら外宇宙人の祖となった人物である。 ***『やはり、あれは……ジュード・アーシュのZZガンダムなのだ……』  ガンダムの名はもはや神話である。真の英雄、薔薇の騎士ジュード・アーシュ。 叙事詩に描かれるその姿が実像からどれ程かけ離れたものであるかはさて置き、 彼の婦女子に優しく巨悪を挫く生き様を、規範とする少女は決して幻ではない。 エルフリーデの誠実さに触れれば、木星じいさんの名で親しまれる開祖は、 そのような人であったのだろうとエターナ・フレイルは思うのである。  ガンダムは宇宙移民を虐げた白い悪魔であるという故郷の伝承を忘れぬままに。 「いいですね、ターンXガンダム。素敵だわ」 「エターナさんもそう思ってくださる?」 「強い言霊を感じます。まるで、それが本来の名前であるように」  それをニュータイプの血を引く少女の直感と評するのは早計であろう。 だが、事実は事実として黒歴史の片隅に深く刻みつけられている。 後にエターナ・フレイルがターンXガンダムを駆り、己が宿命と戦う未来が。  人が言葉を持ちながら、戦うことでしか意思の疎通ができない事実は不幸だと思う。 レイチェル・ランサムは全身で叫ぶ。不死鳥の名を冠する機体を以て、全力で叫ぶ。 「アタシ達は……生きるんだッ!」  その女バルチャーは、姫と呼ばれていた。東洋系のエキゾチックな顔立ちと、 豊かな黒髪が神秘的である。立ち居振る舞いに品が無いのが玉に瑕ではある、が。 ずずっと音を立ててヌードルをすすりながら、女バルチャーはフォークを振り回す。 「ヘインの姐御には悪いのですけれど、気が乗らねえ仕事……ですわ」  ソニア・ヘイン女史の含みのある笑顔を思い浮かべ、女バルチャーが顔をしかめた。 女バルチャー……童顔のフローレンス・キリシマが駄々っ子のようにごねる姿は、 微笑ましいがスープが飛び散るのが傍迷惑である。事実、その被害は広範囲に及んだ。 お気に入りのバンダナに新たな染みを見つけ、ニードルと名乗る男が悲鳴を上げる。 「ヒャアー!? ひでぇや姫さん!」 「あら、失礼」  オホホと誤魔化し笑いを浮かべ、フローレンスが丼をテーブルに結構な勢いで置く。 またもスープが跳ね、ブラッドを名乗る白髪の男に琥珀色のにわか雨を浴びせた。 無言で軍服を拭くブラッドを尻目に、ニードルがそそくさと丼を片付けようとする。 これ以上の被害拡大を許すわけにはいかないという極めて真っ当な動機なのだが、 フローレンスが向けるのは抗議の視線であった。スープを飲み干すという強固な意志。 観念し、ニードルは手を引く。その瞳には、ブラッドと同じ諦めの色が見られた。 「AガンダムだかBガンダムだかCガンダムだか知りませんが……」 ***「定食じゃあるまいし……∀ガンダムです、姫。ターンしたAですぜ」 「はいはい、∀ガンダム∀ガンダム」  ずずーっと音を立ててスープを飲み干し、フローレンスが無言で丼を差し出す。 かくんと肩を落とし、無言で受け取ったニードルが返却トレーに乗せた。 ありがとうとニッコリ笑い、フローレンスが頬杖をつく。ぷうっと頬を膨らませ、 先程の愚痴めいた不満告白を再開した。子供のような仕草が、奇妙に愛らしい。 「その∀さんの模擬戦のお相手をしやがれと言いやがられるのがですね、  気に入らないと思いません? 軍にだってパイロットさんはいるでしょうに」 「でも姫、報酬はすげぇ金額ですぜ」 「あのなあー……だからきな臭いのでしょう。例え死んでも文句は言わせねえぞって、  仰っているようなものではないかしらとワタクシ、思いますのよね?」 「あ、そうか! やっぱり姫はココの出来が違うぜぇ!」  ぽすっとバンダナ越しに自分の頭を叩くニードルに苦笑し、フローレンスは、 ひたすら神経質に軍服の染みを拭き続けているブラッドに視線で同意を求める。 この無口な男は軍人上がりであるから、何かしら考えているところはあるだろう。 少なくとも、ニードルよりはずっと。軍服を拭き続けながら、ブラッドは無言で頷く。 「人手不足なんですかね? 連邦軍にはロクなパイロットはいないって話ですぜぇ。  ついこないだも十代そこらの小娘に一杯喰わされたんでしょう?」 「口を慎みやがりなさい、ニードルさん! ここは連邦軍の基地ですのよ!」 「……随分とバカにされたもんだな」  食堂の片隅で騒ぐ外部者の発言に、ゼノン・ティーゲル特務中尉は眉をひそめる。 地球連邦政府の統治を快く思わぬ者は決して少なくない。それ故に、軍隊がある。 敵国など存在せぬはずの今日に至っても、世界各地で内乱が勃発しているのだから。  ゴロツキ共が話題にする小娘というのが、数ある反抗勢力の一角を担うエース、 エリス・クロードという年端のいかぬ少女であることをゼノンは知っている。 教導隊時代の、それも取り分け優秀な教え子であるエイブラム・ラムザット大尉が、 その少女に撃墜されたことも。機体の性能差だと人は言うが、それだけではない。 エリス自身の力もまた侮れないというのが、生還したエイブラム自身の述懐だ。  気に入らないのは、それを反抗の象徴として利用するゲリラのやり口である。 いたいけな少女が銃を取らねばならぬ程に我々は地球連邦政府に虐げられていると、 声高に叫ぶやり口がだ。裏を返せば、少女を戦わせているのは貴様達ではないか。  そういう意味では、このガンダム開発計画も気に入らないのがゼノンという男だ。 数年前に不時着したターンXの存在をプロバガンダとして利用しようというのが、 ガンダム開発計画の真意である。仮想敵を宇宙に配置し、民衆の関心を外に向ける。 それは政治ではなく、ただのその場凌ぎに過ぎない。愚劣である。 『愚痴めいた思想に傾倒するのは、俺が年を取ったせいかな……?』  軽く苦笑し、ゼノンはコーヒーをすする。その苦味が、心境を代弁するようだ。 相変わらず不味いコーヒーだなどと呟き砂糖を探すうちに、周囲が騒がしくなる。 血の気の多い連中が、あのバルチャー達と早速もめているのだろう。やれやれ。 飛来するカレー皿を左手で受け止め、右手で砂糖を入れたコーヒーをかき回す。  やらせておけばいい。長い付き合いになるのだから、レクリエーションは重要だ。 口論する者達の中に目立つ赤毛を視認し、これは荒れるなとゼノンは席を立った。 案の定、赤毛……ビリー・ブレイズ曹長がバルチャーの一人を殴り倒したことから、 乱闘が幕を開ける。再び飛来してきたパイ皿を受け止め、ゼノンは食堂を後にした。 「ティーゲル特務中尉、止めてくださいよぉ!」 ***「やらせとけ、男なんて生き物は殴り合わないと仲良くなれんのだよ」 「あ、男女差別ですよ特務中尉」 「……区別。人としてのありようだエリン伍長」 「それにバルチャーさんには女の人もいるみたいなんですけど……」  「さすがに女を殴るようなクズはこの基地にはいないだろう」 「ああっ、ビリーさんが女の人に手を!」 「……そうか、ヤツがいたな」  まだ少女であるミリアム・エリン伍長の懇願に屈服し、ゼノンは踵を返す。 ビリーが女……フローレンスに蹴り飛ばされたのは、その数秒後だった。 自業自得だなとゼノンは笑う。気絶したビリーにジュナス・リアム軍曹が駆け寄り、 フローレンスの流れるような連撃たる飛び蹴りを喰らったのは不幸であるが。 「うらぁ!」  基地司令室の扉を外側から蹴りつけ、ノーラン・ミリガン少尉が中指を立てる。 そして色素の薄いウェーブがかった長めの黒髪を翻し、脱兎の如く逃げ出した。 いつもの風景である。慣れた様子でニキ・テイラー少尉がその後を追う姿も含めて。 ビリーを含む部下の不始末についてノーランが叱責されるのは日常茶飯事であり、 わざわざ退室直後に欝憤を晴らす行為もまた日常茶飯事であった。 ***「ビリーめ! あのバカタレは弱い癖にケンカっ早いからムカつくんだよ!」 「まあまあ……元気なことは結構じゃないですか」  ノーランとニキは士官学校時代からの友人である。正反対な性格をしているため、 却って気が合うのだろう。荒れ果てた食堂で熱いココアをちびりちびり飲みながら、 ニキがその友人を宥めているとテーブルがみしっと音を立てた。数拍の間を置いて、 崩壊する。ノーランがヤケ食いしていた各種スイーツを上に載せたままに。 「あああああ……!」 「……御愁傷様です」  嘆息し、ニキがココアをどこかに仮置きしようと右往左往していると目が合った。 巨山のようにそびえ立つ、特大フルーツパフェに一人で挑むルナ・シーン少尉と。 誰もが凛として神秘的な美女という印象を受けるだろう。写真で眺めるだけならば。 現実の彼女は今こうして、パフェの白いクリームに顔という顔をまみれさせている。 「シーンさん。ここ、よろしいですか?」 「ああ」 「民間企業に出向するのだそうですね」 「そうだ」 「長期の任務になるのですか?」 「だろうな」 「でしたら、先日お貸しした絵本を返してください。姪に贈るものですから」 「あ……すまない、鍵を渡す」  ルナが、借りているアパートの個室の鍵を差し出した。糖分でベトベトしている。 これをおしぼりで拭き取りながら、ニキはふと思い浮かんだ疑念を口にした。 「ところでシーンさん、時間は大丈夫なのですか?」 「ん? ……ああ」 「そこの時計、先程の騒動で止まっているのですけど。ほら」  ルナが食堂を飛び出したのは、ニキが腕時計を差し出して数秒後のことである。 残された山盛りの特大パフェを前に、ニキとノーランはスプーンを手に取った。  自社で開発した宇宙船の性能を証明するために、木星へと旅立った男がいる。 件の大冒険を乗り越え大企業となったイワノフィック社の創業社長にして、 今世紀最高峰の冒険家と名高い“木星帰りの大英雄”イワン・イワノフだ。 超がつくほどの有名人なのだが、今更それを会社案内誌で知ったのがルナである。 どうも世事に疎い。ペラペラのパンフレットに目を通しつつ、座席に着いた。  これからオルソン中将の命で出向するのが、このイワノフィック社の研究所である。 テストパイロットが必要だというのだ。それも特殊な才能を持った……つまるところ、 ニュータイプのパイロットが。資料を見る限り、軍需産業ではないようだが……。 「お姉さん、イワノフィックの人なんですか?」 「え?」 「それ、会社の人しか貰えないんでしょ?」 「……ああ」  そういうことか。隣席の少女に膝の上の通行証を指さされ、合点し首を横に振る。 奇妙な既視感を覚え、人懐っこい少女をじいっと見詰めたままルナが小首を傾げた。 無表情から来る威圧感に思わず「ごめんなさい」と大きな声を張り上げてしまい、 褐色の肌をほんのり赤くして、少女が左耳の上で括り上げた黒髪を指に絡ませる。 「ああ……」  そうか。ニキに借りた絵本だ。人間になった黒猫の御話の主人公に似ているのだ。 周囲の好奇に満ちた視線の中で小さくなっている少女に、微笑み手を差し出す。 ***「ルナ・シーン。軍人だが任務で出向する」 「レイチェル・ランサムです、よろしくお願いしますルナさん!」  握った手が柔らかくて温かい。不思議と懐かしいような気持ちにさえなる。 さすがに、あの黒猫と名前までは一致しなかったが。 「チェックメイト! へへーん、まだまだ間合いが甘いですなあ」 「……信じられん……この俺が……」  チェス盤を前に少女と青年が正反対の表情を見せた。イワノフィック社の研究所に、 こういう娯楽室が設けられているのはイワン社長の遊び心というか人柄に起因する。 少女の名はクレア・ヒースロー。ボーイッシュな黒髪といたずらっぽい瞳が印象的だ。 ヒースロー技術部長の愛娘であり、研究所のマスコットガール的な存在である。  チェスには結構自信があったために落ち込んでいる長髪の青年がマーク・ギルダー。 イワノフィック社に勤務するテストパイロットだ。腕は悪くない。抜群に良くもないが。 しかし秘める才能は本物だというのは異邦人エターナ・フレイルの言ではある。  本当にそうなのかなと値踏みしながら、エルフリーデ・シュルツ少佐は端末を閉じた。 そのエターナと、己が主ネリィ・オルソンからの手紙を読み終えて。 『良い返事は……したいものだがな?』  外宇宙からの使者ターンXを、未知の脅威としか認識できないのが今の地球人である。 故にターンXを仮想敵として、それを超える機体を開発するに到った。愚かしいと思う。 ニュータイプが必要だ。サイコミュを使えるという意味合いでなく、真の意味での。 人は理解し合えるという証となる者が。ただそれが、自分ではないことが口惜しい。  かつて少女たちが語り合った夢を裏切らんとする白い機体、SYSTEM∀-99。 ターンXすら凌駕するその機体が地球に帰還しようとする異邦人に戦いを挑む時、 止める者が必要なのだ。オルソン中将とその友人イワンが密かに用意した剣を以って。  ネリィから送られた手紙の内容を反芻し、エルフリーデは嘆息する。気が重い。 ∀ガンダムの名で呼ばれるSYSTEM∀-99の開発状況は極めて良好だという。 そしてパイロットが人工的に作られたニュータイプ……強化人間の少女であるとも。 人は再び禁忌に触れているのだ。侵略の危機への抵抗という大義を高々と掲げて。 かの薔薇の騎士ジュード・アーシュが地球圏に絶望した気分がわかるような気さえして、 エルフリーデは舌を打った。 ***「SYSTEM-Mitwirkung……人を機械として扱うなどと……!」 「ミットヴィルクング?」  首を傾げる金髪の少女に、男にしては長めの赤毛を掻き上げつつ青年が頷いた。 青年の名をトニー・ジーンという。反地球連邦政府組織シャダイのMMパイロットだ。 そして、陽に焼けた金髪の少女は反抗の象徴たる偶像……エリス・クロードである。  伝説の白い悪魔の面影を残す機体、ガイア・ギア雷電を駆るエースパイロットだが、 その点を除けばエリスは一人の健気な紛争孤児ではあった。やや内向的なところも、 彼女なりの個性といえるし境遇を考えればやむなしということでもあろう。 「ゲルマンの言葉で、共に機能するとかいう意味さ」 「ふう……ん」 「女性限定で共演者を指すこともあるけどね」 「……なるほど」  軽薄ではあるが博識だな、とエリスは素直に感心する。世直しを口にする若者が、 往々にしてインテリであると歴史が証明している事実などは少女に関係のないことだ。 許してはならない悪が目の前にいる。その事実があれば、憤りは戦う動機となる。 「シス・ミットヴィルか……コレンのような子をまた生み出したのね……」  コレン・ナンダー。ガイア・ギア雷電の本来の主たる不幸な赤子の名を口にして、 その保護者であるエリスは重たい息を吐き出した。 「戦いなんて……望まないのに……」  子供を依り代として英雄と称された人物の魂を復活させんとする悪魔の計画、 シャア・コンテニュー・オペレーションと同質のおぞましさを感じて少女は苛立つ。 そういう意味では、このシャダイの前身たるメタトロンとてエリスには罪深い存在だ。 一体、どれだけ滅亡の危機を迎えれば、人はこの愚かしさから解放されるのだろうか。 ***「人が永遠にメビウスの環から抜け出せず、罪を繰り返す生き物ならば……」  いっそのこと滅んでしまえばいいとさえ思うのは、エリスが若過ぎる故ではある。 この少女もまたシャア・アズナブルのメモリーに影響を受けているのではないかと、 いらぬ心配をしてしまうのがマリア・オーエンスという女だが。 「……今はやれることをやることにしましょう? エリスちゃんも、トニー君も」 「任せなさいって! いっちょビシッと決めてやるさ!」 「……ええ。わかってます、マリアさん」  マディア艦橋のモニターに映し出された幼い少女の姿を見詰め、エリスは唇を噛む。 SYSTEM∀-99を稼働させるためだけに造られた人工生命体への哀れみと、 そのようなものを生み出す地球連邦政府への怒りを込めて。 「シス・ミットヴィル……助けてみせるわ……必ず……!」 「!」  SYSTEM∀-99が消えた。文字通り、目の前から。次の瞬間、回線から悲鳴。 後方で支援に回っていたエリス・クロードの声だ。どくんと心臓が跳ねるように鳴る。 そんな馬鹿なと戦慄し、レイチェル・ランサムはレーダー上の光点を目で追った。 異常としか言いようのない移動距離。再び光点が消えた瞬間、背筋が悪寒で凍りつく。  反射的にブーストペダルを踏みこみ、フェニックスガンダムの機体を急加速させた。 苛烈なGに、レイチェルのどちらかといえば華奢な身体という身体が悲鳴を上げる。 飛びかけた意識を気力で強引に引き戻すと、酸っぱいものが小さな胸にこみ上げた。 「……ッ! 来たっ!」  げえっと嘔吐しつつ、涙で霞む視界の端にレーダー上の光点を捉える。すぐ後ろ。 ビームサーベルの斬撃を空振りした姿勢のまま、SYSTEM∀-99が見ている。 コックピット越しに、見ている。レイチェル・ランサムという少女を。  SYSTEM∀-99が無表情にビームサーベルを構えた。第二撃が、来る。 レイチェルは操縦桿を引き、フェニックスを上昇させた。宇宙空間で上昇というのも、 おかしな話ではあるが。角度を微調整しつつトンボ返りに敵の姿を正面に捉える。 吐寫物にまみれたヘルメットを脱ぎ捨て、咆哮。凶悪な赤いビームサーベルを握る、 SYSTEM∀-99の右手首を一気に蹴り上げた。 「甘く……見ないでよね……アタシにだって……ッ!」  極論を言うなれば、人という種は限界を迎え行き詰ったということになる。 その事変に関して、シス・ミットヴィルという少女の意志が介在したものだろうか。 最早シスが歩んできた生について語る意味はなく、論点は決してそこではない。  月光蝶。機械だけを葬り敵の命すら救おうという、真のニュータイプが振るう剣。 それが人類の文明そのものを滅ぼすべく発動した事実は、既に動かしようがないのだ。 機械化された食糧生産システムに頼り切った人類が、この状況で生き延びられようか。 ぎりっと歯噛みし、エターナ・フレイルはターンXガンダムを起動させる。数年前に、 外宇宙からこの地球への旅路を共に歩んだ機体を。 「私が招いた災厄だ……世界が……眠りにつく……!」 『エターナさん、聞こえますか? ネリィです、応答なさいエターナさん!』  ネリィ・オルソン。この地球でできた初めての友人の声。通信回線を開くと、 ネリィの怒っているような、それでいて泣き出しそうな顔がモニターに映し出される。 自身も同じ表情を浮かべていると自覚する余裕は、今のエターナにはない。 『御自分の責任だと思い詰めるなと言っても無駄なのでしょうね……。  ですが、自分一人で責任を取ろうなどと思い込むのはおやめなさい!』 「ネリィさん……でも……私は……ッ!」 『私も調整が済み次第フェニックスで出ます! それまで持ち堪えて!』 「ネリィさん!?」 『いいですね、エターナさん! 一人ではありませんよ!』 「……はい」  回線を音声通信のそれに切り換えた。∀が発するナノマシンの嵐で荒廃した大地が、 ネリィの顔に代わってモニターに映し出される。零れ落ちる涙を拭い、見据えた。 倒すべき敵を。人の手で形を得た、己が罪の姿を。 ***「ターンXガンダム、エターナ……発進します!」 「冗談じゃないよ!」  ネリィの言葉に、フェニックスガンダムの整備士ケイ・ニムロッドは声を荒げた。 リミッターを解除しろという。元々フェニックスはターンXのデータから開発された、 いわば∀の兄弟機である。その性能も二機のターンタイプに劣ることはないのだ。 ニュータイプになれない常人が乗ることを想定しさえしなければ。  サイコミュには人の思念を物理的なエネルギーに変換する機能がある。であれば、 強力なニュータイプならパイロットにかかるGを緩和する力場を形成し得るだろう。 ニュータイプの世界で作られたターンXの規格には、そういう前提条件がある。 だが、フェニックスはそれを見落としたまま設計されたのだ。普通の人間ならば、 機体の全性能を引き出す前に即死するだけだろう。 「いいかい、お嬢様。こいつは化け物なんだよ、マトモな人間が乗る機体じゃない」 「これは同じ化け物を相手にするためのマシーンです、当然でしょう?」 「アンタ、死にたいのかい!?」 「死にに行くのではありませんわ。この世界のため、友のために命を賭けるのです!」 「しかしアンタは……!」 「人の生み出した機械である限り、解き放たれた不死鳥は私の声に応えてくれます!  サイコミュなどは、この魂で従えるまでです!」  有無を言わせぬ眼差し。それは人の上に立つ家に生まれた者故のものであろうか。 かつて宇宙貴族主義なるものが提唱されたが彼らの言う支配者に相応しい貴族とは、 この女性のような者のことであろう。ネリィが発する強烈な威圧感に気押され、 ケイはリミッター解除のコードをフェニックスのOSに打ち込んだ。  特徴的なブロンドの巻き毛を耳の上で括り上げて専用のヘルメットに納めつつ、 ネリィはケイと入れ替わる形でフェニックスのコックピットに乗り込む。 テストパイロットを務めるマーク・ギルダーに合わせていたシートの高さを調整し、 ペダルの踏み具合を軽く確認した。 「いけそうかい、お嬢様?」 「問題はありませんわ……離れなさい、出ますわよ」 「ああ……気休めだけどさ、アンタならやれるよ」 「……ありがとう」  親指を立てるケイをコックピット越しに見下ろしつつ、機体を立ち上がらせる。 優雅な仕草でフェニックスに礼をさせ、ネリィは研究所の外に広がる景色を見た。 吹き荒れる、虹の色をしたナノマシンの嵐に蹂躙される大地。これが、結末か。 少女であった日に、エターナと二人で語り明かした夢の。 ***「ネリィ・オルソン……フェニックスガンダム、出ますわ!」 「機械だけを分解する兵器……行き過ぎた科学は魔法と紙一重ですわね」  この大地に散布され続けるナノマシンの悉くが、シスの操るサイコミュ兵器か。 軽く眩暈を覚えながら、フローレンス・キリシマは虹の色をした空を見上げる。 交錯する二機のターンタイプに、つまりそういうことなのだと納得して頷いた。 エリス・クロードが駆るガイア・ギア雷電が、この空間に健在している事実は。  それが人の思念で操るものならば、より強い思念で押し戻すことができる。 フローレンスの感性で言葉にすれば「要は気合いだ」という理屈であろう。 赤子を抱き呆然とするエリスを見やり、豊かな黒髪をくしゃっと指で弄んだ。 シスを圧倒し、ナノマシンの侵蝕を防いでいるのは、あの呆けた少女ではない。 赤子の純粋な生存本能によるものであろう。ならば戦いようがある。 「フン……準備ができたぞ、姫君」 「ありがとう、ブラッドさん。皆様にも」  寄せ集められた武器の小山を物色し、私物である日本刀を見つけて手に取る。 ずしっという確かな重量感が今は心強い。光線銃の類が分解されている以上は。 やるしかないだろう。フローレンスが決意の表情を浮かべ、∀を見上げる。 女バルチャーの思惑を察知し、ビリー・ブレイズ曹長が悲鳴のような声を上げた。 「てめえイカレてんのか!? そんなもんで、あの化け物とやり合うのかよ!」 「ワタクシは極めて正気ですわよ? シスを解放します、怨念の力から」 「やれると思ってんのか……?」 「やるっきゃねーだろ! ……ですわ」  唖然とする軍人達の前で、バルチャー仲間を背にフローレンスが親指を立てる。 くるりと踵を返すと、黒髪が揺れた。立ち尽くすマリア・オーエンスと目が合う。 警戒して身構えるシャダイの構成員に、フローレンスが切れ長の瞳を細めた。 ***「送って下さる? そのイカした青っちろい馬車で、ちょっくら雲の上まで」 「あなたねえ……! 私達の話をちゃんと聞いていたんですか……!?」 「シャア存続計画でしょう? その坊やに植えつけられた誰だかの記憶の一部が、  あの子の心の隙間に潜り込んで良くないことを吹き込んだとか……全く」  ガイア・ギア雷電の異様なフォルムを舐めるように眺めつつ、言葉を紡ぐ。 ぺちぺちと鞘で手を打つのは、フローレンスが苛立っているときの悪癖だ。 「余計なことをしてくれやがられましたわね?」 「地球連邦政府は派閥争いに明け暮れ、弱者を虐げるだけの組織だわ……。  だったら、追い詰められたネズミは肥え太った猫に噛みつくしかないんです!」 「極論ですわね。お偉いさんの全てがクソ野郎だってこともねーでしょうよ?」  マリアが向ける刺すような視線を意にも介さず、座した雷電の機体に足をかける。 器用に突起を伝ってコックピットに上がり、赤ん坊を抱くエリスの正面に立った。 呆けたまま、どこを見ているともしれぬ少女の頬を張る。乾いた音がした。  かちっという金属音。トニー・ジーンが骨董品の銃をフローレンスに向けている。 シスに機械とみなされないラインはそこか、とだけ思考しつつ少女の胸倉を掴んだ。 コレン・ナンダーと名づけられた不幸な赤ん坊が脅えた表情を見せる。 「モラトリアムは終わりですわよ、小娘さん」 「……っ! あなたなんかに、私の気持ちがわかるもんか!」 「ああ、わかりゃしねーよ! ……でも、これからすべきことはわかりますわ。  過去が変えられなくとも、罪は償えるものであり、名誉は挽回できるものです」 「でも……私は……」 「ウジウジしてんじゃないよ! 後悔は、全てが終わった後にするもんですわ!  そして、まだ……今んところギリギリまだ、何も終わっちゃあいねーんだ!」 「……!」 「くあ……っ!」  鈍い音がした。激痛に脂汗が噴き出ては、小さな球を作ってコックピットを汚す。 であろうとも、レイチェル・ランサムは視線を逸らさない。敵から目を逸らさない。 その強靭な精神力こそが、少女をフェニックスガンダムの主たらしめる所以である。 人類の未来を賭けた、もうひとつの明日を創りだすための機体の。  SYSTEM∀-99が左手にビームサーベルの刃を展開したと認識した瞬間、 再び機影が消えようとする。すかさず機体を急加速させ、肉薄したと同時に振動。 フェニックスの右手が、∀のビームサーベルに貫かれ、爆散していたのだ。 「この程度でえっ、やらせるもんかあーっ!」  咆哮。肘から上のない右手で∀の顔を殴りつけ、左手にビームサーベルを展開。 離れた間合いを再び詰めつつ、背中の翼からフェザーファンネルを放出していく。 「退くことだけはできない……やるしかッ!」  SYSTEM∀-99の胸部にあるビーム射出口が開いた。そこを、狙い撃つ。 ∀が放つスプレッドビームシャワーとフェザーファンネルのビームが衝突した。 閃光。無人の∀が、機械が勘で動くことなどない。カメラが機能しない状況なら、 レイチェルに分が生まれる。左手のビームサーベルを構え、突撃した。 「これで決めて見せる! 行けぇぇーッ!!」  右手を失った。∀の常軌を逸した機動性に、エターナ・フレイルは舌を打つ。 大気中を亜光速で飛び回り、AMBACで機体に負荷をかけつつ白兵戦をやる。 これが人間の業である筈がないのだ。いくらサイコミュでGが緩和されようとも、 決して0ではない。あの白い機体の中で、パイロットの肉体はどうなっているのか。 シス・ミットヴィルの人形のような姿を脳裏に浮かべ、エターナは吐き捨てる。 「これが……これが結果なのですか、これが……人という種の行き着いた……」 「違います! 思い込まないでエターナさん、結果では……ありませんわ!」  中破したフェニックスガンダムのコックピットで、ネリィ・オルソンは叫ぶ。 破壊からの再生を謳う不死鳥の名を冠する機体の中で叫ぶ。まだ終わりではないと。 高速機動がもたらすGでいくつか内臓が破損したらしい。黒ずんだ血を吐きつつ、 折れた両腕で操縦桿を握り締めた。激痛に思わず声が漏れる。 「くうっ……! 私達は……人類はまだ、道の半ばにいるのですよ!  この手で掴み、勝ち取るべき、もう一つの明日へと続く道です! エターナ!」  血液が気管に流れ込み、咳き込んだ。再び吐いた血がヘルメットを赤く染め、 視界を奪う。一瞬の逡巡の後、脱ぎ捨てた。濡れた金色の巻き毛が重たい。 「ハッ……どのみち、肉眼で捉えられるお相手ではありませんけれどね……!」  それでも見えるものが見えない状況は恐ろしいと思う。結局、自分は人間だから。 ああ、と息を吐き出す。そういうことなのだ。人は別の生き物にはなれないのだ。 宇宙に進出し、外宇宙へと旅立ったところで母なる地球への帰還を望む者が現れる。 しかし、それは決して恥ずべきことではないのだろう。 ***「最後の飛翔です……続きなさい、エターナ・フレイル!」 「はい! ネリィ・オルソン!」 「刻が未来に進むと決まってはいない……刻は巡り戻るものです! この命で、  この魂で……烙印を消し去り、黒くくすんだ未来をもう一つの明日に書き直す!」  互いのビームサーベルが、∀の胸部を貫き、フェニックスの頭部を両断した。 カメラがを失い、ただの壁と化したモニターに少女が怯んだ瞬間、∀の第二撃。 レイチェルは残存するフェザーファンネルを振り下ろされる刃の先に結集させ、 盾とすると同時に∀の手首を狙い撃たせる。爆発。フェザーファンネルが全壊し、 SYSTEM∀-99はビームサーベルを失った。 「うおおおおお!!」  ∀の胸に埋めたビームサーベルを右上に振り抜き、左肩ごと両断。勢いのまま、 右回転して横一文字に更なる斬撃を浴びせる。が、浅い。一瞬で間合いを外された。 SYSTEM∀-99が無表情にフェニックスガンダムを見据える。 「……来る!」  月光蝶。サイコミュによって制御し、兵器だけを分解するべきナノマシンの嵐。 無人の機械が繰り出す以上、それは全てを破壊する凶悪な兵器でしかないのだが。 であれば、∀が“すべて”を意味する記号であることは皮肉な話であろう。 「やらせるもんかあああああ!」  レイチェルの叫びに応え、フェニックスガンダムが背中の翼を広げ炎を発した。 紅蓮の炎は燃え上がりて巨大な翼を形成する。凶悪なる蝶の翅を焼き尽くすために、 ターンタイプの監視者たるフェニックスに与えられた力……バーニングファイア。 灰の中から甦るという不死鳥が、宇宙を駆ける――。  ターンXガンダムの握るビームサーベルが∀ガンダムの胸を串刺しにした瞬間、 ∀もまた両手のサーベルを交差させる形で振り下ろし、ターンXを斬り裂いた。 皮肉にもその胸部にXと読める傷を受け、ターンXガンダムが大地へと落ちて行く。 「今ですわ!」 「……わかってる!」  フローレンス・キリシマに反駁しつつ、エリス・クロードはペダルを踏み込む。 確かに、今しかない。今までエリスの力でナノマシンの侵蝕を凌げていたのは、 その攻撃が雷電単体に向けられていないからに過ぎないのだ。敵意を露わにすれば、 エリスのニュータイプ能力では月光蝶の集中攻撃を防ぎ切れまい。  フェニックスガンダムがナノマシンの嵐を焼き尽くしたこのタイミングでしか、 接近することすら叶わないのだ。その瞬間が訪れたことに、二人の心臓が高鳴る。 チャンスは一度きり。フェニックスガンダムが大破した今、二度目は永久にない。 あのシス・ミットヴィルを、SYSTEM∀-99の支配から解き放つ機会は。  ガイア・ギア雷電が疲弊した∀ガンダムの正面に取りつき、両腕を掴んだ。 出力が違い過ぎる。ほどこうとする∀に振り回され、ガタガタと機体が揺れた。 コックピットのハッチを開けると、強烈な嵐が二人の髪をバサバサとなびかせる。 月光蝶が再発動されたらしく、二人の眼前でハッチが徐々に分解されていった。 「後は任せるわ、フローレンス・キリシマ!」 「お、おうさ! 任されましてよ、エリス・クロード!」  上ずった声を上げ、フローレンスが日本刀を手に跳躍。∀の股間に位置する、 男性のそれを連想させるコックピットに鋭い斬撃を浴びせた。身体が流される。 そこにエリスがファンネルを飛ばし、これを足場にフローレンスが再び跳ねた。 第二撃でハッチに人間一人が通り抜けられそうな断面が生じる。 「っしゃー! なせばなるもんですわね! すげえぞアタイ!」 ***「強がりも貫き通せば本当の強さか……よくやる!」  三度目の跳躍でフローレンスがコックピット内に滑り込むのを見届け、離脱。 ガイア・ギア雷電が完全に分解される前に、何とか着陸しなければならない。 パイロットスーツの生命維持装置までもが分解されていく感触に鳥肌が立った。 「!」  とうとうガイア・ギア雷電のスラスターが分解され、重力のままに落ちて行く。 エリスが見上げる虹色の空を、飛翔するターンXガンダムが全速力で通り過ぎた。 その衝撃波でコックピットから投げ出され、不規則に回転しながら∀の姿を探す。 「……っ! バカな……!」  動いている。フローレンスの手でコアファイターを分離されたにも関わらず、 その白い悪魔は傷ついた機体を天高くまで飛翔させていた。遙か下方においては、 ターンXガンダムがこれを追っているものの、両機の距離は伸びる一方である。 そして、遂にSYSTEM∀-99は大気圏を越えた……。  墜ちていく。左手で、炎の壁と化した地球の大気に∀の頭部を圧しつけながら。 ガタガタと激しく震動する機体を制御しつつ、レイチェルはヘルメットを探す。 熱い。吐瀉物の酸っぱい臭いが気にはなるものの焼け死ぬよりはマシだろう。 ヘルメットを振って固体とも液体とも知れない物質をコックピット内に垂れ流し、 被る。髪が汚れるのは嫌だなと頭の片隅で思ったりもしながら。 「うあっ!?」  震動。∀の頭部が爆発し、四散。その衝撃でフェニックスの左手が吹き飛んだ。 バーニアを噴かせ、SYSTEM∀-99の機体にフェニックスを押しつける。 より激しさを増した揺れが、レイチェルには∀の断末魔のように思えた。 「それでも……! 人が安心して……眠るためには!」             [[つづく>ガンダムF(下)]] #amazon2(600x520)
#contents()  人が言葉を持ちながら、戦うことでしか意思の疎通ができない事実は不幸だと思う。 決戦兵器GGF-001フェニックスガンダムのコックピットの中で、 レイチェル・ランサムは重い息を吐き出した。寒い。そのくせ、ひどく喉が渇く。 フェニックスに搭載されたサイコミュ・コントロールシステムが警告していた。 敵が来る、と。真の敵が来ると。この機体の設計思想には、確実にそれの姿が在る。 「SYSTEM∀-99……! 大丈夫だよ……脅えないで、フェニックス。  もう……やらせは、しないから……アタシとあなたなら、やれるんだからッ!」              &bold(){「ガンダムF」}  極論を言うなれば、人という種は限界を迎え行き詰ったということになる。 人の革新、ニュータイプと呼ばれる者達こそが却ってこれを痛感した歴史は、 なんと皮肉なものであろうか。世代を超え、時を超えて、彼等は主張した。 人は地球という揺り籠から巣立っていくべきなのだと。ある者は暴力を以て、 これを成さんとした。そして、ある者は地球圏から外宇宙へと旅立って行った……。 Concept-X 6-1-2は、その末裔がもたらした禁断の果実である。 「醜悪ですわね……本当に、不細工なマシーンですこと!」  人は、やはり母なる大地から離れることができぬ愚かな生き物なのだろうか。 皮肉めいた笑みを浮かべ、豪奢な金髪を揺らしつつネリィ・オルソンは見上げる。 ターンX。“帰って来た者”という名をつけられた、未知の技術の集合体を。 緑がかった銀色の、宇宙世紀以前の宇宙人像を具現化したような異形のフォルム。 これは美しくないというのが、名門オルソン家に生まれ育った少女のセンスだ。 「お父様の道楽も度が過ぎるというものですわ」  この気品の無い、機能にのみ特化した機体の性能を解明し、量産するのだと、 ネリィの父親であり地球連邦軍の高官である男は声高に言ったのである。 馬鹿馬鹿しいと思う。男の子は大人になってもオモチャを手放せないのだわ。 そういった批評をしつつ、ネリィは技術研究所の床の上を足音を立てながら歩く。 ハイヒールがコンクリートを打つ音が小気味よい。ああ、とネリィは息を吐いた。 この情趣がターンXには欠けているのだ。ターンXの顔を凝視し、手を打つ。 「角をつけたら雄々しくなりましてよ! そう、色も華やかにいたしましょう。  エターナさんの、地球に帰りたいという遠いお友達の目にも映るように……ね!」  我ながら妙案だと少女は声を弾ませた。小さな胸が高鳴り、白い頬を朱に染める。 この素晴らしいアイディアを一刻も早く伝えたくて、少女は靴を手に走り出した。 コンクリートの冷やりとした感触が、今は素足に心地いい。 『こんなはしたない姿、もし見つかったらばあやに叱られますわ』 と一片の理性が警告してはいたのだが、燃える情熱の前にそれは吹き飛んでいた。 エターナ・フレイル。ターンXに乗って外宇宙から地球に不時着した銀髪の少女。 あの新たな友人に、早く自分の話を聞いて欲しいと思うのである。 ***「ガンダム! そうよ、ターンのガンダムさんですわ!」  エターナ・フレイルはニュータイプの末裔でありながらニュータイプではない。 彼らは言葉を口にせずとも理解し合える特異な能力を有していたにも関わらず、 やがてそれを捨てた。更なる進化において心の中で嘘をつくという能力を得た時、 精神で直接わかり合う意味は消失したのである。進化がやがて退化につながり、 ただの人間へ先祖返りさせるとは何とも皮肉な結果ではないか。 『ターンXにはサイコミュが搭載されていたと聞くがな……』  己が主たるネリィ・オルソンと歓談するエターナの銀髪を見詰めながら、 騎士見習いエルフリーデ・シュルツは色素が薄目の長い黒髪をかき上げる。 そろそろ短くしよう。いっそ煌びやかなブロンドならば長髪も映えるのだろうが、 自分がネリィを真似れば野暮ったく女を主張するだけだろうと密かに嘆息した。 エルフリーデ・シュルツは、女であるよりも騎士でありたいと願う少女ではある。  残念ながら、彼女を魅了するだけの殿方にはまだめぐりあえていない。 敢えて言うなれば、今や伝説の類となった歴史上の人物がそれに該当するのだが。 エルフリーデが想いを巡らすのは、エターナら外宇宙人の祖となった人物である。 ***『やはり、あれは……ジュード・アーシュのZZガンダムなのだ……』  ガンダムの名はもはや神話である。真の英雄、薔薇の騎士ジュード・アーシュ。 叙事詩に描かれるその姿が実像からどれ程かけ離れたものであるかはさて置き、 彼の婦女子に優しく巨悪を挫く生き様を、規範とする少女は決して幻ではない。 エルフリーデの誠実さに触れれば、木星じいさんの名で親しまれる開祖は、 そのような人であったのだろうとエターナ・フレイルは思うのである。  ガンダムは宇宙移民を虐げた白い悪魔であるという故郷の伝承を忘れぬままに。 「いいですね、ターンXガンダム。素敵だわ」 「エターナさんもそう思ってくださる?」 「強い言霊を感じます。まるで、それが本来の名前であるように」  それをニュータイプの血を引く少女の直感と評するのは早計であろう。 だが、事実は事実として黒歴史の片隅に深く刻みつけられている。 後にエターナ・フレイルがターンXガンダムを駆り、己が宿命と戦う未来が。  人が言葉を持ちながら、戦うことでしか意思の疎通ができない事実は不幸だと思う。 レイチェル・ランサムは全身で叫ぶ。不死鳥の名を冠する機体を以て、全力で叫ぶ。 「アタシ達は……生きるんだッ!」  その女バルチャーは、姫と呼ばれていた。東洋系のエキゾチックな顔立ちと、 豊かな黒髪が神秘的である。立ち居振る舞いに品が無いのが玉に瑕ではある、が。 ずずっと音を立ててヌードルをすすりながら、女バルチャーはフォークを振り回す。 「ヘインの姐御には悪いのですけれど、気が乗らねえ仕事……ですわ」  ソニア・ヘイン女史の含みのある笑顔を思い浮かべ、女バルチャーが顔をしかめた。 女バルチャー……童顔のフローレンス・キリシマが駄々っ子のようにごねる姿は、 微笑ましいがスープが飛び散るのが傍迷惑である。事実、その被害は広範囲に及んだ。 お気に入りのバンダナに新たな染みを見つけ、ニードルと名乗る男が悲鳴を上げる。 「ヒャアー!? ひでぇや姫さん!」 「あら、失礼」  オホホと誤魔化し笑いを浮かべ、フローレンスが丼をテーブルに結構な勢いで置く。 またもスープが跳ね、ブラッドを名乗る白髪の男に琥珀色のにわか雨を浴びせた。 無言で軍服を拭くブラッドを尻目に、ニードルがそそくさと丼を片付けようとする。 これ以上の被害拡大を許すわけにはいかないという極めて真っ当な動機なのだが、 フローレンスが向けるのは抗議の視線であった。スープを飲み干すという強固な意志。 観念し、ニードルは手を引く。その瞳には、ブラッドと同じ諦めの色が見られた。 「AガンダムだかBガンダムだかCガンダムだか知りませんが……」 ***「定食じゃあるまいし……∀ガンダムです、姫。ターンしたAですぜ」 「はいはい、∀ガンダム∀ガンダム」  ずずーっと音を立ててスープを飲み干し、フローレンスが無言で丼を差し出す。 かくんと肩を落とし、無言で受け取ったニードルが返却トレーに乗せた。 ありがとうとニッコリ笑い、フローレンスが頬杖をつく。ぷうっと頬を膨らませ、 先程の愚痴めいた不満告白を再開した。子供のような仕草が、奇妙に愛らしい。 「その∀さんの模擬戦のお相手をしやがれと言いやがられるのがですね、  気に入らないと思いません? 軍にだってパイロットさんはいるでしょうに」 「でも姫、報酬はすげぇ金額ですぜ」 「あのなあー……だからきな臭いのでしょう。例え死んでも文句は言わせねえぞって、  仰っているようなものではないかしらとワタクシ、思いますのよね?」 「あ、そうか! やっぱり姫はココの出来が違うぜぇ!」  ぽすっとバンダナ越しに自分の頭を叩くニードルに苦笑し、フローレンスは、 ひたすら神経質に軍服の染みを拭き続けているブラッドに視線で同意を求める。 この無口な男は軍人上がりであるから、何かしら考えているところはあるだろう。 少なくとも、ニードルよりはずっと。軍服を拭き続けながら、ブラッドは無言で頷く。 「人手不足なんですかね? 連邦軍にはロクなパイロットはいないって話ですぜぇ。  ついこないだも十代そこらの小娘に一杯喰わされたんでしょう?」 「口を慎みやがりなさい、ニードルさん! ここは連邦軍の基地ですのよ!」 「……随分とバカにされたもんだな」  食堂の片隅で騒ぐ外部者の発言に、ゼノン・ティーゲル特務中尉は眉をひそめる。 地球連邦政府の統治を快く思わぬ者は決して少なくない。それ故に、軍隊がある。 敵国など存在せぬはずの今日に至っても、世界各地で内乱が勃発しているのだから。  ゴロツキ共が話題にする小娘というのが、数ある反抗勢力の一角を担うエース、 エリス・クロードという年端のいかぬ少女であることをゼノンは知っている。 教導隊時代の、それも取り分け優秀な教え子であるエイブラム・ラムザット大尉が、 その少女に撃墜されたことも。機体の性能差だと人は言うが、それだけではない。 エリス自身の力もまた侮れないというのが、生還したエイブラム自身の述懐だ。  気に入らないのは、それを反抗の象徴として利用するゲリラのやり口である。 いたいけな少女が銃を取らねばならぬ程に我々は地球連邦政府に虐げられていると、 声高に叫ぶやり口がだ。裏を返せば、少女を戦わせているのは貴様達ではないか。  そういう意味では、このガンダム開発計画も気に入らないのがゼノンという男だ。 数年前に不時着したターンXの存在をプロバガンダとして利用しようというのが、 ガンダム開発計画の真意である。仮想敵を宇宙に配置し、民衆の関心を外に向ける。 それは政治ではなく、ただのその場凌ぎに過ぎない。愚劣である。 『愚痴めいた思想に傾倒するのは、俺が年を取ったせいかな……?』  軽く苦笑し、ゼノンはコーヒーをすする。その苦味が、心境を代弁するようだ。 相変わらず不味いコーヒーだなどと呟き砂糖を探すうちに、周囲が騒がしくなる。 血の気の多い連中が、あのバルチャー達と早速もめているのだろう。やれやれ。 飛来するカレー皿を左手で受け止め、右手で砂糖を入れたコーヒーをかき回す。  やらせておけばいい。長い付き合いになるのだから、レクリエーションは重要だ。 口論する者達の中に目立つ赤毛を視認し、これは荒れるなとゼノンは席を立った。 案の定、赤毛……ビリー・ブレイズ曹長がバルチャーの一人を殴り倒したことから、 乱闘が幕を開ける。再び飛来してきたパイ皿を受け止め、ゼノンは食堂を後にした。 「ティーゲル特務中尉、止めてくださいよぉ!」 ***「やらせとけ、男なんて生き物は殴り合わないと仲良くなれんのだよ」 「あ、男女差別ですよ特務中尉」 「……区別。人としてのありようだエリン伍長」 「それにバルチャーさんには女の人もいるみたいなんですけど……」  「さすがに女を殴るようなクズはこの基地にはいないだろう」 「ああっ、ビリーさんが女の人に手を!」 「……そうか、ヤツがいたな」  まだ少女であるミリアム・エリン伍長の懇願に屈服し、ゼノンは踵を返す。 ビリーが女……フローレンスに蹴り飛ばされたのは、その数秒後だった。 自業自得だなとゼノンは笑う。気絶したビリーにジュナス・リアム軍曹が駆け寄り、 フローレンスの流れるような連撃たる飛び蹴りを喰らったのは不幸であるが。 「うらぁ!」  基地司令室の扉を外側から蹴りつけ、ノーラン・ミリガン少尉が中指を立てる。 そして色素の薄いウェーブがかった長めの黒髪を翻し、脱兎の如く逃げ出した。 いつもの風景である。慣れた様子でニキ・テイラー少尉がその後を追う姿も含めて。 ビリーを含む部下の不始末についてノーランが叱責されるのは日常茶飯事であり、 わざわざ退室直後に欝憤を晴らす行為もまた日常茶飯事であった。 ***「ビリーめ! あのバカタレは弱い癖にケンカっ早いからムカつくんだよ!」 「まあまあ……元気なことは結構じゃないですか」  ノーランとニキは士官学校時代からの友人である。正反対な性格をしているため、 却って気が合うのだろう。荒れ果てた食堂で熱いココアをちびりちびり飲みながら、 ニキがその友人を宥めているとテーブルがみしっと音を立てた。数拍の間を置いて、 崩壊する。ノーランがヤケ食いしていた各種スイーツを上に載せたままに。 「あああああ……!」 「……御愁傷様です」  嘆息し、ニキがココアをどこかに仮置きしようと右往左往していると目が合った。 巨山のようにそびえ立つ、特大フルーツパフェに一人で挑むルナ・シーン少尉と。 誰もが凛として神秘的な美女という印象を受けるだろう。写真で眺めるだけならば。 現実の彼女は今こうして、パフェの白いクリームに顔という顔をまみれさせている。 「シーンさん。ここ、よろしいですか?」 「ああ」 「民間企業に出向するのだそうですね」 「そうだ」 「長期の任務になるのですか?」 「だろうな」 「でしたら、先日お貸しした絵本を返してください。姪に贈るものですから」 「あ……すまない、鍵を渡す」  ルナが、借りているアパートの個室の鍵を差し出した。糖分でベトベトしている。 これをおしぼりで拭き取りながら、ニキはふと思い浮かんだ疑念を口にした。 「ところでシーンさん、時間は大丈夫なのですか?」 「ん? ……ああ」 「そこの時計、先程の騒動で止まっているのですけど。ほら」  ルナが食堂を飛び出したのは、ニキが腕時計を差し出して数秒後のことである。 残された山盛りの特大パフェを前に、ニキとノーランはスプーンを手に取った。  自社で開発した宇宙船の性能を証明するために、木星へと旅立った男がいる。 件の大冒険を乗り越え大企業となったイワノフィック社の創業社長にして、 今世紀最高峰の冒険家と名高い“木星帰りの大英雄”イワン・イワノフだ。 超がつくほどの有名人なのだが、今更それを会社案内誌で知ったのがルナである。 どうも世事に疎い。ペラペラのパンフレットに目を通しつつ、座席に着いた。  これからオルソン中将の命で出向するのが、このイワノフィック社の研究所である。 テストパイロットが必要だというのだ。それも特殊な才能を持った……つまるところ、 ニュータイプのパイロットが。資料を見る限り、軍需産業ではないようだが……。 「お姉さん、イワノフィックの人なんですか?」 「え?」 「それ、会社の人しか貰えないんでしょ?」 「……ああ」  そういうことか。隣席の少女に膝の上の通行証を指さされ、合点し首を横に振る。 奇妙な既視感を覚え、人懐っこい少女をじいっと見詰めたままルナが小首を傾げた。 無表情から来る威圧感に思わず「ごめんなさい」と大きな声を張り上げてしまい、 褐色の肌をほんのり赤くして、少女が左耳の上で括り上げた黒髪を指に絡ませる。 「ああ……」  そうか。ニキに借りた絵本だ。人間になった黒猫の御話の主人公に似ているのだ。 周囲の好奇に満ちた視線の中で小さくなっている少女に、微笑み手を差し出す。 ***「ルナ・シーン。軍人だが任務で出向する」 「レイチェル・ランサムです、よろしくお願いしますルナさん!」  握った手が柔らかくて温かい。不思議と懐かしいような気持ちにさえなる。 さすがに、あの黒猫と名前までは一致しなかったが。 「チェックメイト! へへーん、まだまだ間合いが甘いですなあ」 「……信じられん……この俺が……」  チェス盤を前に少女と青年が正反対の表情を見せた。イワノフィック社の研究所に、 こういう娯楽室が設けられているのはイワン社長の遊び心というか人柄に起因する。 少女の名はクレア・ヒースロー。ボーイッシュな黒髪といたずらっぽい瞳が印象的だ。 ヒースロー技術部長の愛娘であり、研究所のマスコットガール的な存在である。  チェスには結構自信があったために落ち込んでいる長髪の青年がマーク・ギルダー。 イワノフィック社に勤務するテストパイロットだ。腕は悪くない。抜群に良くもないが。 しかし秘める才能は本物だというのは異邦人エターナ・フレイルの言ではある。  本当にそうなのかなと値踏みしながら、エルフリーデ・シュルツ少佐は端末を閉じた。 そのエターナと、己が主ネリィ・オルソンからの手紙を読み終えて。 『良い返事は……したいものだがな?』  外宇宙からの使者ターンXを、未知の脅威としか認識できないのが今の地球人である。 故にターンXを仮想敵として、それを超える機体を開発するに到った。愚かしいと思う。 ニュータイプが必要だ。サイコミュを使えるという意味合いでなく、真の意味での。 人は理解し合えるという証となる者が。ただそれが、自分ではないことが口惜しい。  かつて少女たちが語り合った夢を裏切らんとする白い機体、SYSTEM∀-99。 ターンXすら凌駕するその機体が地球に帰還しようとする異邦人に戦いを挑む時、 止める者が必要なのだ。オルソン中将とその友人イワンが密かに用意した剣を以って。  ネリィから送られた手紙の内容を反芻し、エルフリーデは嘆息する。気が重い。 ∀ガンダムの名で呼ばれるSYSTEM∀-99の開発状況は極めて良好だという。 そしてパイロットが人工的に作られたニュータイプ……強化人間の少女であるとも。 人は再び禁忌に触れているのだ。侵略の危機への抵抗という大義を高々と掲げて。 かの薔薇の騎士ジュード・アーシュが地球圏に絶望した気分がわかるような気さえして、 エルフリーデは舌を打った。 ***「SYSTEM-Mitwirkung……人を機械として扱うなどと……!」 「ミットヴィルクング?」  首を傾げる金髪の少女に、男にしては長めの赤毛を掻き上げつつ青年が頷いた。 青年の名をトニー・ジーンという。反地球連邦政府組織シャダイのMMパイロットだ。 そして、陽に焼けた金髪の少女は反抗の象徴たる偶像……エリス・クロードである。  伝説の白い悪魔の面影を残す機体、ガイア・ギア雷電を駆るエースパイロットだが、 その点を除けばエリスは一人の健気な紛争孤児ではあった。やや内向的なところも、 彼女なりの個性といえるし境遇を考えればやむなしということでもあろう。 「ゲルマンの言葉で、共に機能するとかいう意味さ」 「ふう……ん」 「女性限定で共演者を指すこともあるけどね」 「……なるほど」  軽薄ではあるが博識だな、とエリスは素直に感心する。世直しを口にする若者が、 往々にしてインテリであると歴史が証明している事実などは少女に関係のないことだ。 許してはならない悪が目の前にいる。その事実があれば、憤りは戦う動機となる。 「シス・ミットヴィルか……コレンのような子をまた生み出したのね……」  コレン・ナンダー。ガイア・ギア雷電の本来の主たる不幸な赤子の名を口にして、 その保護者であるエリスは重たい息を吐き出した。 「戦いなんて……望まないのに……」  子供を依り代として英雄と称された人物の魂を復活させんとする悪魔の計画、 シャア・コンテニュー・オペレーションと同質のおぞましさを感じて少女は苛立つ。 そういう意味では、このシャダイの前身たるメタトロンとてエリスには罪深い存在だ。 一体、どれだけ滅亡の危機を迎えれば、人はこの愚かしさから解放されるのだろうか。 ***「人が永遠にメビウスの環から抜け出せず、罪を繰り返す生き物ならば……」  いっそのこと滅んでしまえばいいとさえ思うのは、エリスが若過ぎる故ではある。 この少女もまたシャア・アズナブルのメモリーに影響を受けているのではないかと、 いらぬ心配をしてしまうのがマリア・オーエンスという女だが。 「……今はやれることをやることにしましょう? エリスちゃんも、トニー君も」 「任せなさいって! いっちょビシッと決めてやるさ!」 「……ええ。わかってます、マリアさん」  マディア艦橋のモニターに映し出された幼い少女の姿を見詰め、エリスは唇を噛む。 SYSTEM∀-99を稼働させるためだけに造られた人工生命体への哀れみと、 そのようなものを生み出す地球連邦政府への怒りを込めて。 「シス・ミットヴィル……助けてみせるわ……必ず……!」             [[つづく>ガンダムF(下)]] #amazon2(600x520)

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