ガンダムF フィナーレ

 エウリュノメ・ソレルは遠き母星の伝承で己が一つ名に、
“遠く彷徨う者”という意味があることを気に入ってはいる。
腰まで伸びた煌くようなブロンドが女を主張し過ぎていないのは、
その左頬に走る刀傷の跡が物々しい印象を与えるためだろう。
何度も傷跡を指でなぞりながら、エウリュノメは軽く息を吐いた。
「人はどこまで飛翔できるのかと問い続けるのにも飽いたのだ。
 なればそろそろ、母なる大地を恋うても罰は当たるまいて」
 空色の瞳が星の海を見詰め、瞳と同じ色をした唇が不敵に笑う。
どちらかといえば華奢な肢体に不似合いの巨大な日本刀を腰に差し、
一船団を率いるソレル家の惣領は遠き開祖の名を呼んだ。
「ジュドー・アーシタ、貴様の見果てぬ夢はここにはなかったぞ?」
 人類の革新と呼ばれたニュータイプによる、争いのない新世界。
そんなものはどこにもない、というのがエウリュノメの持論である。
現に地球圏を離れた今もなお人は争い、傷つけ合っているのだから。
「我々は地球への帰還を開始する、悪いな開祖殿」
 大きなマントを身に纏い、もう一度だけ窓から宇宙を見やる。
さながらその先にある母星を探すかの如く、きゅっと瞳が細められた。
「貴様にはこの傷の借りがあるのでな……」
 再び指が傷跡をなぞる。その傷の思い出を懐かしむかのように。
かつて己に斬撃を浴びせた相手を愛おしむかのように。
「フン……貴様ほどの女があのまま野垂れ死んだこともあるまいが?」
 目に焼き付いて離れぬのは、流れるような銀髪と燃えるような赤い瞳。
武門であることを示すその家名を体現したかの如き凶暴な眼差し。
「辿り着いたのだろう、貴様も……なあ、カーネリア・フレイル?」


         「finale 魂の還る場所へと」


 カチュア・リィスという少女が無邪気な子供らしさを見せる度に、
エターナ・フレイルは居たたまれない気分で表情を硬くしてしまう。
少女があのSYSTEM∀-99操者候補の一人であったと聞けば、
そんな子供を利用する大人の身勝手さに嫌悪感を覚えるのだ。
――Concept-X 6-1-2をもたらした自分も含めて。
「ねえ? エターナさんは、おウチに帰りたいって思わないの?」
「え?」
「きっとワタシなら帰りたくなっちゃうモン。うん、泣いちゃうかも。
 もう友達に二度と会えなくなるって思ったらすっごく淋しいよ」
「……ええ、そうね」
 言葉だけで同意しつつ、エターナは困ったような笑みを浮かべる。
その想いが故郷である宇宙船団で人々の対立を招き争乱を引き起こした。
母星である地球への帰還を望む者と、そうでない者との殺し合いを。
その戦いで、まだ幼い少女であったエターナは多くのものを失っている。
故郷に帰る場所はないという言葉を飲み込み、そっと少女の頭を撫でた。
「ここで新しいお友達ができたから、あまり寂しくはなかったわね?」
「ホントに?」

「ええ。だからカチュアも、新たな日々を怖がることはないの」

「ワタシ、普通の子たちとちゃんとやってけるかな?」
 軍隊での生活しか知らない少女が、すがるような視線で女を見上げる。
ニュータイプは誤解なく人と分かり合える存在だと先人が口にしたが、
その力を有する少女はこうして見知らぬ他人との接触に脅えているのだ。
 だが、ニュータイプでなくとも人は分かり合える生き物だと思う。
言葉はきっと、そのために獲得した力。
「もちろん」
 片目を瞑り、エターナ・フレイルはその笑みから翳りを消した。

 モビルスーツ犯罪を取り締まるという名目はどこまで真実なのか。
格納庫に並ぶXM-0754バンディットの独特なフォルムを見下ろし、
かつて反地球連邦政府組織に所属したエリス・クロードは軽く嘆息する。
モビルスーツなど、今やこの月基地にしか残されていないだろうに。
「侵略への抵抗……? 外宇宙からの……」
 地球連邦軍が∀ガンダムを開発する上で謳ったプロバガンダを口にし、
まさかねと苦笑を浮かべてみるものの疑念は晴れず、眉間に皺が寄った。
敵機を拘束するために設けられたワイヤークローユニットを見れば、
ターンXからいくつもの機体が開発された前例が否応なく脳裏に浮かぶ。
あれで奪取しようというのだ。再び、未知の技術を。

「また……戦争になるのかな……?」

 SYSTEM∀-99の暴走から始まった一連の騒乱が終結してから、
流れた歳月は決して長くない。未だ復興されぬ大地に割くべき力を惜しみ、
このような機体を新たに開発しているという事実はその結論に行き着く。
ザクやカプールなどといった旧時代のモビルスーツのレプリカ機体が、
ここのところ大量生産されている現状を鑑みれば尚のこと。
「スペースコロニー、どうして造らなくなったの?」
「え?」
 唐突に語りかけられ、トニー・ジーンは思わず間の抜けた声を返した。
照れ隠しにコホンと咳払いをし、赤毛の青年は少女の横顔を見詰める。
相手の目を見て話をしないのはこの少女の悪い癖だなと苦笑しつつ、
マリア・オーエンスが淹れたココアを手渡した。
「どうしたんだい、急に」
「地球は狭過ぎるんじゃないかって、そういう風に考えることもあるわ。
 この月を除いたら、宇宙に人の住める場所なんて今はないでしょ?
 昔の人がそうしていたみたいに、私達の国を作れたらよかったのにって」
「なるほど? 広い宇宙に飛び出して干渉し合わなければ……」
「戦う必要はないのでしょう?」
「けど、コロニーを維持するには莫大なエネルギーが必要なんだよな。
 製造にも金がかかる。つまり、そんなもんを作れるのは連邦だけで、
 そのために使われんのが弱者から搾取した資本なり労働力なりってわけ。
 連邦政府が作ったものである以上は、住人も支配されるしかないぜ?」
「……ああ。だから、ジオン公国なんかが独立戦争を起こしたんだ?」
「ン……そういうことなんだろうね」
 肩をすくめるトニーに苦笑し、エリスはココアの入ったコップを口に運ぶ。
鼻腔をくすぐる甘い香りは、決して不安を和らげてはくれなかったが。
かつてグラナダと呼ばれていた場所から見上げる、水の星は今日も青い。

FINAL 世界が眠る日


 時に未来。
 突如、出現した謎の発光物体。

 様々な専門機関がこれを調査するがその正体掴めず。
 誰が何の為に造り上げたのかも依然不明のまま
 戦艦とも、モビルスーツとも、その姿は判別出来ず。

 その表面は無数の光の繊維に包まれ
 それはまるで巨大な何かの繭のようにも見える。
 これは一体………何だ!?

 物体は………まっすぐと、そしてゆったりと
 地球へ向かって移動を続けている。
 抵抗する全てを”壊”へと変えながら………。

 人類が宇宙への移民を始めてから数世紀。
 今まで培ってきた全ての英知を”壊”に帰すとは
 その行為には怒りすら感じて来る。

 我々人類が歩んできた全ては無意味とでも言うのか。
 人の革新、人類の粛正、ニュータイプ………。

 業を背負い続けた人類の混沌とした
 この世界に対して滅びの審判を下すつもりか………。

 止めなくてはならない!
 この巨大な繭が地球に降り立つ前に!
 これは人類にとって危険な存在だ!

 我々はあらゆる手段を用いて
 これを阻止しなくてはならない。
 さもなくば………世界が眠ってしまうだろう………。

「……クレアさん、字が上手なんですね~」
「わわッ!? ちょ……ちょっと見ないでよ!」
 先程からリコル・チュアートが手元を覗き込んでいたことに気づき、
クレア・ヒースローは真っ赤な顔で文章が書き込まれたメモ用紙を裏返す。
ぷいっと背けられた顔をリコルの探るような視線が執拗に追いかけた。
「何を書いてたんですか? なんだかマンガみたいなお話ですね」
「うわ、しっかり読んでるし! マンガじゃないよ? マンガじゃなーい!」
「だから何なんですかって聞いてるんですー! 答えてくださいー!」
「う……」
 リコルからボールを追いかける子犬を連想しつつ、クレアは腰を浮かせる。
じりじりと机から離れようとすると、リコルが勝ち誇った顔で不敵に笑った。
「ふふん、私を甘くみないで下さいよクレアさん」
「フ……今日のアタシは韋駄天をも凌駕する存在だわ!」
「逃げたら言い触らしますよ、文面はちゃんと覚えてますからね!」
「う、嘘ぉ~!?」
「もっと相手を洞察しないとダメですよ! 私を誰だと思ってるんですか?」
「くっ……この気持ち、まさしく敗北感だ……」
 がりがりと頭を掻きながら、クレアは人気のない学生食堂を後にする。
その背を早足で追い、リコルが隣に並んだ。∀による文明破壊から一年余り。
人類は子供達を学校に通わせる程度の余裕を取り戻してはいるものの、
この木造の校舎に頼りなさを感じてしまうのが実情ではあった。
 人が宇宙世紀以前の生活に適応するには、まだまだ時間が必要となろう。
「手書きって苦手なんですよね、私。いつも音声入力かキーボードでしたから」
「アタシらの世代はそれが普通じゃないの?」
「でもクレアさんは上手じゃないですか。いいなあー、賢そうですー」
「そうって……」
「で、さっきのアレは何だったんですかー?」
「んー……」
 ガラスのない窓から身を乗り出し、クレアが校庭に何者かの姿を捜し始める。
きょとんとするリコルの視線の先で、その横顔が赤毛の少女を見つけ出した。
「SYSTEM∀-99鎮圧の前にシミュレーター訓練を受けたでしょ?
 あれにアタシ達が∀と戦ったときのデータも入れちゃうんだってさ」
「え? ……何のためにですか?」
「お偉いさんは、戦争になるかもしれないって思ってるみたいなの」

「想定してるのは少なくとも∀ガンダム……いえ、ターンX級の……敵」

「ま、そういうことらしいわ」
 肩をすくめ、クレアは赤毛の少女――カチュア・リィス――を視線で追う。
彼女がシス・ミットヴィルと同じく∀ガンダムの操者候補であったこと、
繭と化した同機を足止めする別動隊に所属していたことは聞き及んでいた。
「連邦政府に都合の悪い事実は隠蔽するようにも言われてるよ?
 皮肉の一つくらいは言ってやりたいから、これを冒頭に流しちゃうの」
「いいんですか? そんなことしちゃって」
「パパに『子供のしたことですから』って弁明してもらうから大丈夫」
「わあ、ずるい! こんなときだけ子供ぶるんですか!」
「だって子供だもん」
 ヒラヒラとメモ用紙を振り、クレアは再びカチュアへと視線を戻す。
少女が新たな友人と仲良く遊んでいる姿に、そっと安堵の息をもらした。
「……仲良くできるなら、それが一番なんだけどねー」

「リュービ、殺すっ!!」
「ソ……ソンケン! い、いつニホンに……」
「殺す」
「お、おれはもう……おまえとばっかりは……つきあいきれねえ!」
「リュービ……怒畜生! リュービ!」
 猫(なのだろう)を模したパペットを手に、女達が激しく言い争う。
呆気に取られるニム・ファロンに、ノーラン・ミリガンが肩をすくめた。
「人形劇だよ、ニキの趣味なのさ」
「えッ!?」
 ソンケンとかいう猫を熱演するニキ・テイラー元少尉の姿を凝視し、
ニムが硬直する。そのツインテールが逆立ったように見えるのは、
さすがにノーランの錯覚であろう、が。
「うわ~、超ショック……大人の女性だって憧れてたのに」
「アイツだってアレで女の子だよ、大目に見てやんなガキんちょ」
「……はあ」
 女の子という表現にちゃっかりニキと同期の自分も含めたノーランに、
少女がひどく曖昧な声を漏らした。コホンと咳払いして、女が切り出す。
決して少女と形容すべきではない年齢のノーラン・ミリガン元少尉が。
「で、何しにきたんだよ? 用事があるんだろ?」
「エヘヘ、レイチェルに宿題見せてもらおうと思って」
「呆れたね! 自力でやんなよそういうのは」
 ぺろっと舌を出すニムに嘆息し、ノーランはニキへと視線を送る。
文字通り、「このガキに何か言ってやれ」と目が口以上に物語っていた。
こくんと無言で頷き、ニキはパペットを装着したまま少女の元に歩み寄る。
 その後ろに、リュービなる猫を演じていた少女が早足で続いた。
かつてあの騒乱においてGGF-001フェニックスガンダムを駆り、
暴走するSYSTEM∀-99を撃墜せしめたレイチェル・ランサムが。
パタパタと揺れるサイドポニーの前で、ソンケンがパクパクと口を開く。

「ニャン国志は、我が次兄ニコラスが第一子キキへと贈る自信作です」

「自信作! というかアンタの自作だったのかい! もとい何の話だ!」
「え? 作品の解説を求めていたのではないのですか?」
「違う! ……でもちょっと面白いから続きを聞こうじゃないか」
「竹取ニャンコでは三角関係というコンセプトがぶれたことを反省し、
 主要人物をリュービ・ソーソー・ソンケンに絞ることにしました。
 この三匹がオキニャ・オウニャ・ニャヨ竹にあたるわけですが、
 今回は群像劇になってしまった前作とは異なる展開を考えています」
「わかった、もういい!」
 なおも話を続けようとするニキを制止し、ノーランがニムの肩を叩いた。
呆気に取られていた少女が我に返り、ひどく曖昧な表情で女を見上げる。
「え、えっと……」
「聞いたろ? ニキ大先輩は反省を次に活かすことが大事なんだとさ。
 アンタも反省して宿題は自分でやれ。成績も上げて親孝行しなよ」
「ええー?」

 密かに身を隠してカチュアを見守ろうと言い出したのはエターナだった。
元傭兵であるジェシカ・ラング准尉相当官がその提案に乗ったのは、
かつての戦友であるカチュアを彼女なりに気にかけていたためではある。
とはいえ少女が新たな環境にすっかり馴染んでいるのを確認してしまえば、
その関心は校舎の影にへっぴり腰で隠れている銀髪の女へと移った。
「お前に親兄弟はいなかったのか?」
「え?」
 きょとんとするエターナに嘆息し、ジェシカはコツコツと外壁を叩く。
朝方エターナがカチュアと交わしていた会話を回想しつつ、付け足した。
「お前、家族の話はしなかったからな」
「ああ……」
 ようやく質問の内容を把握し、エターナがジェシカに困った顔を見せる。
「答えなくちゃダメですか?」
「いや、別にイヤなら詮索する気はない」
「……それはそれで寂しいものですね」
「なら言えよ、面倒くさい女だな」
「はい……すみません」
 と、口では謝罪しているもののエターナの目には笑みの色が垣間見えた。
怪訝な顔をするジェシカに、エターナがくすっと笑う。
「……何だ?」

「ジェシカさん、姉さんに似ているなあと思って」

「はあ?」
「私、双子の姉がいたんですよ。それが全く歯に衣着せない人で」
「……お前はお前でさらっと暴言を吐くがな。自覚があるのかはともかく」
「引っ込み思案だった私と違って、カーネリアはまるで自信の塊……」
「おい、それが私と同類とはどういうことだ」
「他人の評価を気にしなければ言いたいことを何でも言えますよね」
「……お前が私をそういう風に評価していたことは把握したよ」
「あら、すみません」
 悪びれない様子で頭を下げるエターナに、ジェシカは苦笑を浮かべた。
話題の核心には触れさせず、はぐらかされたという感触がそこにはある。
『嫌われることを怖れる分だけ隠し事が多いってことか……』
 そういう女のなのだと得心し、ジェシカは視線を子供達へと向けた。
あの年頃を外宇宙で過ごした女がどういう事情で故郷を離れたのか、
問い質す気も失せ壁にもたれかかる。互いの全てを曝け出すことを、
友情の条件だと思い込める年齢でもなくなっていたから。
「とんだ食わせ者だな、お前は」
「……すみません」
「いいさ、秘密は女を美しくするものらしいからな?」
「そういうつもりでは……!」
「冗談だ。そろそろ帰らないとカチュアに見つかるぞ」
 顔を真っ赤にして反論するエターナを笑い、ジェシカは空を見上げる。
清浄な青を取り戻した空は、あの騒乱におけるせめてもの救いであろうか。
目を凝らすと、白昼の残月が密かに大地を見下ろしていた。

 その月面都市が、かつてグラナダと呼ばれていた事実を知る者はない。
「博物館?」
 首を傾げるラビニア・クォーツに、ミリアム・エリン准尉が大仰に頷く。
「三人とも退役して北米の博物館に就職しちゃったの」
 というのは、ニキとノーラン、そしてルナ・シーン元少尉のことだ。
その三人が佐官への昇進を蹴って地球連邦軍を辞した理由などは、
ミリアムのような上昇志向の強い少女には未だに理解できないままでいる。
「というか博物館なんてものが存在するのがお姉さんには不思議だわね。
 展示するものなんて、そうそう残っているとは思えないけれど……」
「地球は散々な状態だったけど、月には博物館が残ってたから」
「ふうん……つまり移転ってことかしら?」
 遥か昔から月は軍事目的に利用されているだけの場所ではあったが、
そこで生活する人間がいればそれなりの環境を整えていたものなのだ。
地球外での生活は、人が思う以上にその精神に負荷をかけるのだから。
 であれば、その手の娯楽施設を地球に移すというのも妙な話ではある。
博物館に限らず月から多くの文化が地球へと還されているとすれば、
地球連邦軍は月からの撤退を考えているのではないかと予測はついた。
そも惑星間を行き来することにも、月で人が生きる行為そのものにも、
あまりに莫大な資源を費やすという事実があれば尚のことである。

「道理で、センチュリオのロールアウトを急かされるわけね」

「せんちゅりお?」
「お姉さんのところで開発してる新型モビルスーツよ」
「カンゼオンが……?」
 ラビニアが所属する民間企業の俗称を口にして、少女が顔をしかめた。
ろくな復興支援もせず軍備増強路線を貫く軍部への風当たりが強い今なお、
民間企業にまで新型機を開発させていることを知れば、不愉快ではある。
 ミリアムとて地球連邦軍の現状を無条件に良しとしているわけではない。
人民を守るためには力が必要だと思う。そのための剣となるのは本望だ。
だが、これは行き過ぎているのではないかと思わないでもないのである。
 そういった少女の葛藤を察し、喋りすぎたかなと内心で舌を出しつつ、
何食わぬ顔で説明を続けるのがラビニアという女性ではあった。
「ターンXを基に∀ガンダムとの交戦記録からマイナーチェンジを加えた、
 そうね……いってみれば簡易量産型のターンXのようなものかしらね?」
「ターンタイプの……量産型……か」
 つまり、そのような敵と戦うつもりなのだ。エターナ・フレイルが如き、
外宇宙へと脱した人類と。キャンベル中将の好戦的な面構えを思い浮かべ、
ああいう男が実権を握っていればそういう考え方になるのだと思いつく。
 いたずらっぽい笑顔で「乗ってみたい?」と問いかけるラビニアに、
「暴走しないでしょうね」と返してミリアムは苦笑を浮かべた。

 ターンXを基に優れたMSを開発する。その計画の提唱者であればこそ、
∀の暴走に対する責任を果たさねばならぬのがオルソン中将の立場であった。
だが地球連邦政府が内部での覇権争いに終始するだけの組織に成り下がれば、
彼への要求が軍からの退役という形になるのは自然な話ではある。
 今なおオルソン家が地球に残りその復興支援に携わっていることには、
そういう政治と表現するには余りにお粗末な背景がなかったわけではない。
これを政治と呼ぶとすれば、オルソン元中将を蹴落としたキャンベル中将は、
陳腐な表現をすれば政敵ということになるのだろう。
 であれば、その娘同士の対面に不穏な空気を感じ取るのが普通なのだ。
オルソン元中将の次女ネリィの騎士たるエルフリーデ・シュルツ准将が、
豊かすぎるブロンドを揺らすシャロン・キャンベルに身構えてしまうことも。
エルフリーデを一瞥して鼻で笑い、シャロンはネリィを正面から見据える。
その傲岸不遜な眼差しには、決して友好的な意思は介在しないだろう。
「ねえ、ネリィ・オルソン。アナタの飼い犬は“待て”が苦手なのかしらね?」
 侮辱されたと顔を引きつらせるエルフリーデを視線で制し、ネリィが返す。
その内心で、シャロンを屋敷に入れたことに若干の後悔を覚えながら。
「エルフリーデさんは狼です。飼い慣らした覚えはありませんわ」
「まあ! 貴族たるもの、獣の一匹も飼い慣らせないという話があるかしら」
「フフ、飼い慣らすとはエレガントではありませんのねシャロン・キャンベル。
 己が主の資格を有する者には自然と寄り添うのが狼という生き物でしてよ?」
 ちらりと奥で待機しているシャロンの護衛を見やり、ネリィが瞳を細めた。
ケイン・ダナートといったか。あの東洋人の騎士が忠誠を誓っている相手は、
シャロンその人ではなくもっと別なもののように思える。その視線に気づき、
武闘派で知られるキャンベル中将の長女が不敵な笑みを浮かべた。

「アナタは気を抜けば噛みつかれるような関係がお好き?」

「嫌いではなくてよ? 諫めてくれる者がいてこその貴族ですからね」
「ふうん? では、∀の暴走も……そうね、地球からの叱責と受け取る?
 この大地を徹底的に汚染し、旧時代の過ちを再び犯した人類への」
「それは……飛躍もいいところですわ!」
「では、∀のようなものを生み出したことが問題であると?」
「それをオルソン家の罪と言うのであれば、認めましょう」
「うふふふふふ……殊勝なのね、ネリィ・オルソン」
 ことオルソンを強調し、シャロンが冷めた紅茶をゆっくりと口に含む。
上質な葉で淹れたそれは今なお香り高く、昂る気持ちをいくらか和らげた。
「エターナ・フレイルは、やはり狼なのかしらね? それとも蝙蝠?」
「……何を仰りたい?」
「月に彼女の同族を名乗る者たちからのお手紙が届いたわ」
「この星に、帰りたいと?」
「帰るという言葉は不適切だと思いません?」
「……侵略と受け取るか、シャロン・キャンベル」
「これは総意だわ。あの破滅から必死に再生しようとする人類のね」
「彼らと戦争をするおつもり?」
「まさか。でも、一方的な侵略をさせないためには戦力が必要でしょう?」
「あくまでも対等の立場で交渉するための軍備と仰る」
「彼らの技術は欲しいのですから。特に、医療関係は喉から手が出るほどに」
「……っ!」
 弱いところを突かれた、という冷たい感触に、ネリィが白い顔を歪める。
月光蝶による文明破壊がもたらした最大の被害が医療技術の喪失だった。
その機械化が進んでいた分だけ衰退した。この一年余りに多くの死者が出た。
血の気の失せた顔を覗き込み、シャロンがサディスティックに瞳を細める。
「アナタのご友人にお伝えなさいネリィ・オルソン。贖罪の機会を与えると」
「エターナさんの罪では……ありませんわ」
「そう? でもね、ネリィ」
 空になったティーカップを手に、シャロンが凶悪な笑みを浮かべた。
獲物を狙う獣と表現するには狡猾に過ぎる視線がネリィを射竦める。
「飛ぼうともしない蝙蝠は、豚にも劣る醜い生き物なのよ」

 その場所を人が聖櫃と呼ぶのは皮肉な話だとシェルド・フォーリーは思う。
∀ガンダムの暴走による文明破壊は、同時に荒廃した地球の再生でもあった。
崇めよ、と“彼ら”は言う。神の御使いたる白い人形の御加護であると言う。
ホワイトドールと呼ばれる石像の下に、あの∀ガンダムが眠っていると言う。
 バルチャーの少年が∀ガンダムの恐ろしさを体感した者の一人であれば、
それを信仰する新興宗教というものに、おぞましさを覚えるのは自然であろう。
信者たちの儀式を遠目に見物しつつ、シェルドは傍らの女性に問いかけた。

「……姫様、信じられます? ∀が修復しているという話」

「ええ。あの野郎さんの修復力はよくよく御存知でございますわよ?」
 あり得る話だとフローレンス・キリシマが大きく頷き、馬上で肩をすくめる。
この手で分離させたコックピットを、機械が自力で再生したことは事実なのだ。
であれば、頭部だろうと手足だろうと復元してみせるだろうと思うのである。
「それよりシェルドさん、胡散くせーと思いません?」
「え? 何がです?」
「ああいう宗教団体がデカイ顔をしてやがられるのがですよ」
「……裏があると言うんですか?」
「というより、どこの野郎が出資者なのかって話でございますのよ」
鞘に納めた日本刀で信者たちの方を指し、フローレンスが眉間に皺を寄せた。
その意図が掴めず首を傾げるシェルドにそっと嘆息し、馬上の女は刀を揺らす。
「軍人がいやがりますわ、それも少なかねえ人数が」
「わかるんですか?」
「歩き方を見りゃわかるものです。ああやって親指に重心をかけ……」
「それ以前に見えませんよ、この距離じゃそんな細かいところまで」
「……鍛えなさい、お目々を」
「そんな無茶な!」
「バルチャーがMSを駆る時代は終わったのです。お仕事を続ける気があんなら、
 イヤでも無理でも生身を鍛えないと食ってけませんわよシェルドさん?」
 そうですねと返しつつも、少年の脳裏には転職という単語がちらついていた。
MSもなく、銃火器は稀少品となった今、バルチャー稼業に必要なのは腕力。
だが、それがどちらかといえば華奢なシェルドには決定的に欠けている。
昔からの仲間達に頼るばかりの日々に、満足できないだけの覇気はあるのだが。
「……ああ」
「何です?」
「いえ、少しわかる気がして。一変した世界で生きていく術を失った人たちが、
 不幸の元凶を神の裁きにすり替え、すがってしまう気持ちっていうのかな……。
 みんな、不安なんですよ。この先どうしたらいいのか、地に足もついてなくて」
「……そういう風に、シェルドさんも思っているの?」
「それは……僕だっていつまでもみんなに甘えていられませんし」
「子分の面倒くらいワタクシが見ますわよ」
 ぷうっと頬を膨らませる女に、そういうことではないんだけどなと苦笑する。
この童顔の女性に頭が上がるようになるまで、どれだけの時間が必要だろうか。
支えることすらできず、甘えるだけで、ただ終わるだけの運命……それは、怖い。
「……話を戻しますけどねシェルドさん」
「は、はい」
「あの白ヒゲを崇める宗教なんてのが政府によって作られたとするならですよ。
 政府批判回避の目的だけでなく、再度の軍事利用まで考えてる気がしません?」
「宇宙からの侵略に備え……ですか? 本気なのかな?」
「それかどうかはともかく、武力で従えようという相手がいるんでしょうね。
 地球連邦政府の権威が失墜し、各地で独立運動の機運が高まってることですし」
「実際、政府はろくな復興支援もしてくれませんでしたからね」
「まあ組織の再編成に時間がかかっただとか、言い分もあるんでしょうけど……。
 有事に何もできない、偉そうにふんぞり返っているだけの親分は不要だって、
 下っ端が思うのは当然だね。あこぎな話ですが、稼ぎ時ですわよシェルドさん。
 治安が悪くなればなった分だけバルチャーの仕事は増えるんですからね」
 パチリとウインクするフローレンスに、かなわないなとシェルドは微笑んだ。
彼女と対等に接することのできる日は、まだしばらく来ないだろう。

 ラ……ラ……。歌うようなその声を聞くようになったのはいつからだろうか。
自分と同じ色をした髪と肌を持つ少女。夢の中で、彼女との密会を重ねるのが、
ここのところレイチェル・ランサムという少女の日課のようになっている。
『意識が永遠を彷徨うということは拷問なのよ?』
 その言葉とは裏腹に、二人を包む星の海はくすっと笑ったかのように揺れた。
さわさわとさざめく金色の波に顔を撫でられ、レイチェルは反射的に目をつむる。
閉じたはずの視界に、どこか寂しそうな雰囲気を持つ二人の男の姿が映った。

『シャア・アズナブルとアムロ・レイ……私が愛し、私を愛した人……』

 うっとりと囁く少女の声に女を感じ、レイチェルは身震いして瞳を開ける。
少女の想い人であるという男達の姿が掻き消え、くすくすと笑う少女の、
どちらかといえば色素の薄い碧眼と視線が合った。
『フフ……まだ恋を知らないのね?』
「それが……何だというの?」
『かわいいわ、レイチェル・ランサム』
「……?」
『好き、ということかしら。フフ、アムロの言葉を借りればそうなるわね』
 線の細い神経質そうな赤毛の少年のビジョンが浮かび、下弦の月に重なって、
ゆらゆらと揺れながら儚く消える。
『人の可能性を最期まで信じていたのに、裏切られた可哀想なアムロ……。
 遺伝子レベルで解体されて、月の監獄に囚われた私の白い鳥……』
 月から生えた二本の大樹が目まぐるしく伸びながら、螺旋を描いて絡み合い、
地球を目指し、やがて到達した。そして大樹はいくつもの白い花を咲かせ、
その花弁を星の海に散らせ、無数の種を大地へと蒔いていく。
 種の一つ一つが人間の赤子に姿を変え、おぎゃあ、おぎゃあと産声を上げた。
そのうちの一人にレイチェルの焦点が合う。赤子は金色の髪を持つ少年に成長し、
精悍でありながらどこか純朴さを併せ持つ青年へと姿を変えた。
『その純粋さを、呪縛から解き放つまでに百年の歳月を要したシャア……。
 何度でも生まれ変わり、傷ついた翼で永遠に飛び続ける私の赤い鳥……』
 夜の帳が下り、星空の下で青年が叫ぶ。許してくれ、ミランダ。許してくれ。
やがて青年の姿は霧散し、星の海で少女が再びレイチェルに向き合う。
『二人の間が、永遠に私の居場所……月に繭、地に果実を求め彷徨う……』
「それで寂しくはないの? 悲しくはないの?」
『意識が永遠に生き続ければ拷問だもの……その痛みを、共有したいの。
 それが私の、シャアとアムロへの変わらぬ愛の証とは思えなくて?』
「痛みを分かち合えるなら意味があると思う……けど、そんなのは……」
『理屈ではないのよレイチェル・ランサム』
「ニュータイプは、人の革新じゃなかったの?」
『私が愚かしく見えるのね。でも、恋に狂うことができない女は不幸だわ』
 その声に湿り気を感じるのは自分が子供だからなんだろうかと思いつつ、
レイチェルは少女から目を逸らした。逸らした先に、∀ガンダムが姿を現す。
その白い異形にシャアなる青年の姿が重なり、レイチェルを見詰め返してきた。
『シャアの魂はそこにある……メビウスの輪から抜け出せないままに』
「あれが動いていたのは人の意志だと言うの……?」
『ジュドー・アーシタやガロード・ランのような若者に、彼は出会えなかった。
 そしてシス・ミットヴィルの存在に人類の可能性を否定されてしまった……』
「だから裁いたというの……? 人間ですらなくなった怨念が!」
 ララァ・スンと少女の名を吐き出すように呼び、レイチェルは唇を噛みしめる。
少女が寂しそうな笑みを浮かべ、レイチェルの紅潮した顔にそっと手を伸ばした。
瞳を覗き込み、そっと頬に口づける。唇の感触がやけに冷たい。
『だからあなたがシャアを導いて……』
 ラ……ラ……。歌うようなその声を聞きながら、レイチェルは現実へと帰る。
朝の光の中で、少女の歌声がじわりと耳に残っていた。ラ……ラ……。

 月へと向かう艦の中から星の海を見つめ、エターナはそっと溜め息を漏らす。
吐息に白く曇った窓を拭いていると、シャロンが横から探るような視線を向けた。
「アナタの愛馬との感動の再会ですよ? 少しは嬉しそうな顔をしたら?」
「……意地の悪いおっしゃりようにも聞こえますね、シャロン・キャンベルさん」
「うふふふふふ……ワタシは聞き分けのない家畜が嫌いよエターナ・フレイル?」
「覚悟はしているつもりです。かつての同朋が地球への侵略を望むのであれば、
 私は地球に生きる者としてターンXを駆り、その前に立ちふさがりましょう」
「いい返事ですね。期待していますよ、水の星の守護者たるアナタには」
 でなければ撃ち殺すと言う挑発的な眼差しに、エターナは眉間に皺を寄せる。
改修されたターンXの仕様書を手渡しながら、シャロンが豪奢な金髪を揺らした。
「その機体を調査していて愉快な現象を確認したそうです。このターンXが、
 何者とも知れぬ輩と交信をしていたというのですよ。うふふ、不思議なお話」
「……私を異邦人の尖兵とお疑いですか?」
「あら? それは被害妄想が過ぎるというものでしょう」
 エターナの隣席に座り、その手が広げた仕様書のある項目をぺしぺしと叩く。
破損した右手を溶断破砕マニピュレーターに換装した旨が書かれているのだが、
エターナにはシャロンの意図するところが読めず、警戒を解くことができない。
「シャイニングフィンガーの名で登録しています。ターンXが知り得ぬはずの、
 ジュドー・アーシタが生きた宇宙世紀以降の黒歴史を彩る英雄にちなんで」
「ターンXが知っていると……? 私達が、星の海を旅していた頃の地球を……」
 やや細めの瞳を見開き、異邦人の女はシャロンを凝視する。悪くない反応だ。
肩をすくめ、「お互いに隠し事はなしにしましょう?」とシャロンがほくそ笑む。
「ジュドー・アーシタを突き動かしたのは希望? それとも絶望でしょうか?」
「……新天地への希望、と今は信じます。決して地球圏への絶望ではありません」
「ふうん? では、その希望のフロンティアからあなたの同朋が逃げるのは何故?」
「逃げるのではありません……彼女達にとって、地球は故郷であり新天地……。
 エウリュノメ・ソレルの志は、開祖に通じるものがあるかと思います」
「ン……つまり、アナタは女王の人柄を知る身分であったと解釈してよろしい?」

「フレイルは武門の家で……双子の姉が、姫様の親衛隊にいましたから」

「初耳ね。心を開いてくれて嬉しく思いますよ、エターナ・フレイル」
 犬の調教師はこんな目をしているのだろうかと思いつつ威圧的な視線を見返し、
エターナは無言でシャロンに続きを促す。もう腹の探り合いは十分だろう、と。
この女は狼なのだと値踏みを終え、同じく武門の家に生まれた女が瞳を細めた。
「ジュドー・アーシタはアムロ・レイに心酔していたそうですね?」
「ターンXには、そのように記録されていましたが……」
「うふふふふふ……ターンXにジュドー・アーシタの魂が宿っているとするならば、
 アムロとの共鳴をなし得ると思いません? この月に眠る、アムロ・レイの魂と」
「……どういうことでしょうか」
「月の裏側に、眠っているのですよ。遺伝子レベルで解体されたアムロ・レイが。
 永劫とも呼べる時間、地球を見下ろしてきた、黒歴史の証人に等しい存在が」
「そんなことが……」
「あるわけがないと? ですが、アナタはあの事件の当事者……∀ガンダムに、
 シャア・アズナブルの亡霊がとり憑いていたという実感はありませんでした?」
「人の怨念のようなものは感じましたが……」
「ニュータイプ的な力というものは?」
「……強大な力を感じなかった、と言えば嘘になります」
「ふうん? ならば、人の想いが機械を凌駕し、取り込むこともあるでしょう」
 新たな資料をエターナに手渡し、シャロンがその豪奢な金髪を掻き上げる。
ざっと目を通し、それがある人物に関するものだと気づき、エターナは声を荒げた。
「あのような惨劇を目の当たりにしながら、∀を利用する気でいるのですか!」
「うふふふふふ……赤い彗星の荒ぶる魂を御せばよろしいだけの話でしょう?」
「ですが……それは軍人の、大人の務めであるべきでしょう」
「あら? 彼女に真のニュータイプの資質を見出したのはアナタと聞いていますが?
 人類の切り札たる不死鳥を、彼女に託したのはアナタの判断なのでしょう?」
「あの時とは事情が違います。レイチェル・ランサムを、もう戦わせたくは……」
「違いません。ワタシたち地球人にとって、恐るべき脅威であることには」
 こと地球人を強調され、唇を噛み締めるエターナを、シャロンの声が打つ。
「アムロ・レイとシャア・アズナブルは一度だけ共闘したのでしょう?
 うふふふふふ……面白い趣向だと思いませんか、地球人のエターナさん?」

「『この野郎、よくもまあアタシになめた口をきけたもんだね』
 美人館員さん、すごむ! アハハッ、怖い怖いッ!
 『ハン、いつまで上官ヅラしてんだノーラン・ミリガン元少尉さんよ。
  今のオレは中尉なんだぜ。さあ、呼んでみな。ビリー中尉様ってよ』
 軍人さんが権威をもちだして牽制! うっわあ最低だねこの人」
 盗聴中のノックス博物館における職員と外来者のやり取りを実況しつつ、
アリシア・テイルは強襲巡洋艦ナイトホークの通信士席で身体を震わせる。
その耳元で揺れる大振りな耳飾りが少女の代わりに爆笑しているようで、
ナイトホークの艦長たる“女王”がその赤い瞳を細めた。
「ずいぶんと愉快な人達のようだ」

「フフ、面白いよクイーン。さすがに“大いなる眠り”の関係者ってとこ」

「……Concept-X 6-1-2を嚆矢とする文明破壊事件だったな。
 こちらではターンX、帰ってきた異邦人と呼ばれているそうだが……」
「Xから生まれたAは無に帰す者だったってオチがついちゃったのは皮肉よね?」
「その冗談を笑えないのがボクと愚妹だよアリシア・テイル」
 “女王”が肩をすくめ、少女が見詰めるモニターを覗き込む。ノックス博物館。
なおも修復せんとするSYSTEM∀-99を監視できる位置にある公営の施設。
臭いな、と監視していれば案の定、軍人達がこうしてぞろぞろと顔を出した。
その先頭に立つ赤毛の男がウェーブがかった黒髪の女性に殴り倒される光景に、
音声情報のない“女王”はアリシアの解説を待つ。
「ふうう……ん? ∀ガンダムにレイチェル・ランサムを乗せる、だって」
「……どなた?」
「フェニックスで∀を撃墜した子だよ。クイーンはこっちにきて三ヶ月だっけ?
 その筋では超がついちゃう有名人だから、知っとかないとボロが出ちゃうよ~?」
「肝に銘じよう。しかし、すごいものだな……その∀ガンダムという機体は。
 完全に大破してから長くとも一年余りで自己修復したということなのでしょう?」
「クイーンのお郷ならもっとすっごいのがあるんじゃないの?」
「さて……」
 顔の中央に走る刀傷を無意識に指でなぞりながら、“女王”が苦笑を浮かべる。
三ヶ月前、強襲巡洋艦ナイトホークと共に地球へと辿り着いた異邦人の女が。
「可能性があるとすれば、数年前に開発中だった王族専用機くらいのものだろう。
 ターンXは特別に優秀な機体でね。あれの上位種を生み出したとは恐れ入るな」
「そんな機体、持ち出してよかったの? ……アハ。そっか、盗んじゃったんだ」
「ハハハ! アリシアは賢いな」
 くつくつと笑い、“女王”はモニターに映る女達をこつんと白く細い指で弾いた。
ノーランという女がニキやルナという同僚に取り押さえられ、憮然とした顔を見せる。
その光景が、“女王”にはどこか懐かしい。
「周りが止めてくれるから暴れられる、ということもあるんだよな」
「フッ……それはクイーン自身の話かな?」
「……君はボクをそういう女だと思ってるのかい、カスパート君」
 長髪の青年カスパート・フェイの澄まし顔を見やり、“女王”が軽く嘆息する。
この副長に尻拭いをさせているという自覚はあるので特に言及することもないのだが。
「……これでも止める側にいたのさ、故郷では」
「あなたが?」
「エウリュノメ・ソレルは生まれながらの覇王という女でね」
 顔の刀傷を意味ありげに示してから、“女王”は窓の向こうに広がる空を見上げた。
その赤い瞳に映るのは、白昼の残月。かつて仕えた覇王が向かう会談の地。
「家臣は諫めるのも命懸けなのさ」

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