九地篇


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九地篇

 土地環境が兵士に与える心理的な影響を基に、兵士を効果的に戦わせる方法について書かれている。

篇名の「九地」とは?

文字通り、九種類の土地環境のことである。「九」には極めて多い、という意味を示す用法もある。
本篇では兵士の心理を絡めて土地を分類し、環境による心理変化によって兵士に全力を出させる方法を述べている。

九地の分類と対策

“九地の変、屈伸の利、人情の理、察せざるべからず。”
(九種類の環境に伴う、軍隊の行動様式、兵士の心理をわきまえておかなければならない。)

「九地」とは?

土地の形状を基にした分類ではなく、軍の行動・兵士の心理を基準とした環境分類である。

1:「散地(さんち)」
 自国の領地で、軍の戦意は散漫で兵士が離散しやすい地域。
 戦わないのがよい。

2:「軽地(けいち)」
 敵国への侵入の程度が軽度で、兵士の戦意が軽薄な地域。
 深入りするのがよい。

3:「争地(そうち)」
 彼我双方の軍が争奪することを望む戦術的要所。
 先取されたら争わず、捨て置く。

4:「交地(こうち)」
 彼我双方の軍が自在に進出、交錯可能な地域。
 軍の分断を避けるように心がける。

5:「衢地(くち)」
 諸国に四方で接続する交通の要所。
 先着して諸侯の支援を得るべく外交に努める。

6:「重地(じゅうち)」
 敵国への侵入の程度が重度で、兵士の心理が重苦しくなる地域。
 食料の確保と重圧の解消のため、掠奪を励行する。

7:「土己地(ひち)」
 山林、険阻な地、沼沢など行軍困難で、奇襲に弱い地域。
 早く通り過ぎるのが良い。

8:「囲地(いち)」
 山に囲まれ、出口が先細り、入り口は蛇行しており、寡兵でも大軍を攻撃可能な地域。
 すぐに脱出を図るのが良い。

9:「死地(しち)」
 土地の状況を具体的に示さないが、例として囲地の前後に敵が侵入してくる状況を考えればよい。
 すぐに奮戦するのが良い。

強大な軍への対処法

“先ずその愛する所を奪えば則ち聴かん。”
(まず敵の大切にしているものを奪い取れば、こちらの思い通りになるだろう。)

敵の大切にしているものとは?

敵が失うとダメージを受けるものだと考えて良い。これを念頭においておけば、死地での戦いでも対応できる。
  • 戦略・戦術的要所
  • 道路(特に退路や輸送路)
  • 軍需品(特に食糧)の集積所
  • 軍需品を運送する輸送隊
  • 将軍の生命

侵攻軍の戦い方

“凡そ客たるの道は深く入る。則ち専らにして、主人は克たず。”
(およそ敵地に侵入する際の戦法としては、ともかく戦地深くに侵入することである。そうすれば自軍の兵士は結束するので、迎え撃つ側は勝てないのである。)

「重地」に自軍を進めれば、敵軍は「散地」で戦うことを余儀なくされる。迎撃側はこれを阻止しようとするが、侵攻軍はそれを避けるべく敵の懐深くに一気に攻め込む必要がある。その際、進軍速度を速めるために、兵糧は相当削減しなければならない。「重地」で掠奪を励行するのは、このことへの対策でもある。

“之を往く所無きに投ずれば、死すとも北(に)げず。士人、力を尽くす。勝ち焉(いずく)んぞ得ざらんや。”
(軍を逃げ場の無い状況に投げ込めば、死んでも敗走することはない。兵卒は死力を尽くす。どうして勝利の得られないことがあろうか。)

侵攻軍は自軍を素早く「重地」へと進ませ、さらに精神的に逃げ場の無い状況に追い込み、その死力を尽くさせることが必要である。

精強な軍隊の作り方

“善く兵を用うるは、譬(たと)えば卒然の如し。”
(巧みな用兵は、例えて言うと卒然という蛇のようである。)

「卒然」とは?

常山(山西省の山名。中国五岳の一つ。)に住む蛇の名。
その特徴は、首を撃つと尾が、尾を撃つと首が、腹を撃つと首と尾が卒然と、つまり急に向かってくることである。
この蛇のように、将軍の命令の下、左右の両陣と中央の部隊が互いに助け合い、敵の攻撃に対して機敏に反撃し、有機的に機動する軍を作り上げることが必要になる。

“夫(そ)れ呉人と越人との相悪(にく)むも、其の舟を同じくして済(わた)り、風に遇うに当たりては、其の相救うや左右の手の如し。”
(そもそも呉の人と越の人は互いに憎しみ合う中であるが、同じ舟に乗り合わせ、川を渡る途中で大風に遇った場合、左右の手のように協力して助け合うものである。)

「呉越同舟」は、仲の悪い者同士が同席するという意味だけではなく、両者の利害が一致する時には協力し合うという意味もある。
厳しい環境に身を置き、その自覚を持つことが、強い軍を作るために必要なことである。

作戦機密の保持と真意

“能く士卒の耳目を愚にして之をして知ること無からしむ。”
(将軍は、兵士の耳目を上手く眩まして作戦計画を知られないようにする。)

“其の事を易(か)え、其の謀を革(あらた)め、人をして識(し)ること無からしめ、其の居を易え、其の途(みち)を迂にし、人をして慮(おもんばか)ること得ざらしむ。”
(任務を変え、作戦を改めて、兵士に作戦が分からないようにし、駐屯地を変え、行路を迂回して、行き先が推測できないようにする。)

作戦が敵に漏れてしまっては対抗策を講じられてしまう。また、情報が漏れていることに気が付かない場合は、壊滅的な打撃を被る場合もある。
「敵を欺(あざむ)くにはまず味方から」ということである。

“三軍の衆を聚(あつ)めてこれを険に投ずるは、此れ将軍の事なり。”
(全軍の兵士を結集して危険な場所へ投入することこそ、将軍の任務なのである。)

作戦機密の保持は、自軍の兵を知らず知らずのうちに危険な状況に追い込む手段でもある。これは敵軍の油断を誘うことにもなり、自軍を死に物狂いで戦わせる環境を整えることにもなる。

敵の意図に対する偽装的対応

“兵を為すの事は、敵の意に順詳するに在り。”
(戦を遂行する上での要点は、敵の意図に従う振りをすることである。)

“敵に并(あわ)せて一つに向かい、千里にして将軍を殺す。”
(敵情に合わせて同一の目的地(戦場)に向かい、千里もの彼方で将軍を殺す。)

敵の意図が把握できた時、敵に歩調を合わせて事を運び、敵が油断して隙ができたところを一気に突く。
敵陣深く「重地」に身を置き、自軍を敵の意図にわざと合わせて「死地」へと追い込むことで、敵の油断を誘い、味方の死力を引き出すのである。

敵国に対する開戦前後の対応

“始めは処女の如し、敵人、戸を開く。後には脱兎の如し、敵人、拒(ふせ)ぐに及ばず。”
(始めは処女のように大人しく静かに振舞う。敵はそれに油断して関所を開ける。後には脱走する兎のように侵入すれば、敵は防ぐことは出来ないのである。)

開戦の発令前の状況を例えたものであり、敵国から無理難題を押し付けられ、武力行使で対抗する以外ないと判断しても、処女の如く応対しておく。
開戦を決定した暁には、その準備を手早く済ませ、油断している敵国に脱兎の勢いで迅速に進入してしまう。こうして自軍を「重地」に投じて奮戦させれば、敵は防ぎようがなくなるのである。