蒼鳥級空母(天海提督の決断(続含む))

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■蒼鳥級空母(天海提督の決断)


概要

 建造期間がかかりすぎると判断されて建造中止にされた大鳳の代艦として設計された新型空母。
 重装甲ながらも航空機搭載能力が低い大鳳型と、航空機搭載能力は高いが装甲が薄い翔鶴型の間を取る形で設計された。
 その結果飛龍型と同等の航空機搭載能力を持ちながら大鳳型に迫る装甲も併せ持ち、なおかつ帝國海軍空母最速の最大速力36ノットと言う高速航行能力も有している。
 航空主兵の考えにより対空能力にも細心の注意が施されており、高角砲72門、機銃172門と言う当時の戦艦を遥かに上回る程の対空能力を誇る。
 その為、帝國海軍最大の正規空母となったが、ブロック工法の採用などにより建造期間10ヶ月と言う短さで建造可能だった。
 外見は飛龍型を1回り大きくした形だったが、対空砲の数により識別は難しくなかったらしい。
 3艦(1番艦蒼鳥、2番艦弥生鳥、3番艦小鳥)建造され、そのいずれもが終戦まで残存した。

艦歴

+蒼鳥
1941年12月1日 起工
1942年9月7日 竣工
10月 第1機動艦隊第3航空戦隊に所属、同機動艦隊旗艦となる
1942年11月22日 真珠湾を出港
11月25日 ロサンゼルス沖海戦に参加、Z旗を掲げる(ここまで天海提督の決断)
1943年1月1日 遣欧第2機動艦隊に所属
1月21日 セイロン沖海戦にて損傷、呉に修理のため帰還
5月30日 マダガスカル沖海戦に参加
8月16日 スエズ沖海戦に参加
10月29日 東地中海海戦に参加、機関大破し、呉へ修理のため回航
1944年4月7日 西地中海海戦に参加
5月16日 ジブラルタル沖海戦に参加、僚艦損傷のため呉に帰還する
10月29日 ドーバー沖海戦に参加
1945年3月10日 バルト海海戦に参加
+弥生鳥
1942年1月17日 起工
10月 竣工
10月23日 第10艦隊に臨時編入、柱島泊地を出港
11月 第1機動艦隊第3航空戦隊に所属
11月22日 真珠湾を出港
11月25日 ロサンゼルス沖海戦に参加(ここまで天海提督の決断)
1943年1月1日 遣欧第2機動艦隊に所属
1月21日 セイロン沖海戦に参加、僚艦損傷のため呉に帰還する
5月30日 マダガスカル沖海戦に参加
8月16日 スエズ沖海戦に参加
10月29日 東地中海海戦に参加、僚艦損傷のため呉に帰還する
1944年4月7日 西地中海海戦に参加
5月16日 ジブラルタル沖海戦に参加、大破し、呉へ修理のため帰還
10月29日 ドーバー沖海戦に参加
1945年3月10日 バルト海海戦に参加
+小鳥
1942年5月 起工
1943年3月 竣工
4月 遣欧第3機動艦隊に所属
1944年3月20日 喜望峰海戦に参加
7月20日 ニューヨーク沖海戦に参加
11月4日 ノルマンディー上陸作戦に参加

(妄想)性能諸元

 排水量 45000トン
 全長 290m
 全幅 水線幅:20m
 吃水 平均9m
 飛行甲板 長さ:270m x 幅:30m
 エレベーター2基
 機関 主缶:機関 ロ号艦本式専焼缶10基 艦本式タービン4基4軸 200,000hp
 速力 36ノット
 航続距離 18ノットで9,700カイリ
 乗員 1400名
 兵装 40口径12.7cm4連装高角砲18基 25mm4連装機銃43基
 装甲 飛行甲板:80mm(DS鋼板15mm、CNC鋼板65mm)
 搭載機 72機
+...
あくまで翔鶴型より計算した物であり、実際にこの規模であったかどうかは不明
信濃型と比べると明らかに小型だが、この世界では『信濃』は建造されないため帝國海軍最大の空母である事に揺るぎは無い。

エピソード

 第2次世界大戦終結10年後にジェット機運用可能な空母に改装されている。

参考文献



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