作品別用語集 - 喜望峰海戦(続・天海提督の決断)


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■喜望峰海戦(続・天海提督の決断)


背景

 1944年2月3日、歴戦艦『赤城』、そして新鋭空母3隻を含む本格的な機動艦隊として整備された第3機動艦隊、損失艦を新鋭艦で穴埋めした第5水雷艦隊の戦闘訓練が修了したと判断した大本営は喜望峰攻略作戦を発動。
 それと同時に遣欧派遣艦隊全司令をそれぞれ1階級ずつ昇進させ、士気の維持を図った。
 そして3月20日、補給を済ませた第3機動艦隊、第5機動艦隊は喜望峰へ侵攻を開始した。

侵攻戦力


+ 日本軍

損害

+ ...

戦闘経過

 索敵範囲内に敵艦隊を発見する事が出来なかったため、第3機動艦隊は敵飛行場への航空撃滅戦を開始。
 しかし、敵飛行場が残り1つとなった時点で戦艦最低4隻を含む有力な独艦隊を発見したため、一時反転して距離を稼ぎながら第4次攻撃隊を戦艦攻撃へ回そうとする。
 しかし、その時第5水雷艦隊旗艦『鳥海』から「われこれより敵艦隊に対し、攻撃を開始す。3機艦は予定通り飛行場攻撃に向かわれたし」を入電。第3機動艦隊司令三浦あずさ中将は独戦艦部隊への対処は第5水雷艦隊に任せ、飛行場攻撃続行を決断する。
 一方第5水雷艦隊は新鋭戦艦H級、そしてシャルンホルスト級巡洋戦艦合わせて6隻を含む戦艦部隊と接敵、交戦に移る。
 各艦とも所持魚雷は4斉射分しか無かったものの、嵐の喜望峰沖と言う最悪の天候の中、一糸乱れぬ艦隊機動を展開。
 僅か3時間足らずの間に所持魚雷全弾を使い切る勢いでの猛烈な水雷戦により、独戦艦部隊は壊滅、第5水雷艦隊は脱落艦無しと言う一方的な虐殺を成し遂げた。

エピソード

 1944年2月3日に秋月律子造船中将が作戦案と昇進を伝えにマダガスカルに高槻やよい大佐操縦の流星で飛んだ際、敵機10機に追われると言う状況に陥ったものの、これを雷装したままの流星で突破。全機振り切ってしまっている。
+ ...

 戦闘終了時、重巡『摩耶』は全砲塔が爆砕され魚雷以外の兵装は使用不能、軽巡『高根』、駆逐艦『霞』に至っては上部建造物が大破して艦橋要員が全滅していたにも関わらず一糸乱れぬ戦闘機動を継続していたと言う。

参考文献





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