作品別用語集 - バルト海海戦(続・天海提督の決断)


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■バルト海海戦(続・天海提督の決断)


背景

 1945年3月、帝國海軍は独国海軍最後の根拠地バルト海を強襲する事を決定。
 対地支援の為残した第3機動艦隊を除く全主力艦隊をもって、バルト海強襲作戦を開始した。

侵攻戦力


+ 日本軍

損害

+ ...

戦闘経過

 あらかじめ各艦隊の攻撃目標を決めておいた帝國海軍各艦隊は、第1機動艦隊が独戦艦部隊を、第2機動艦隊が飛行場を、第5水雷艦隊が独機動艦隊を攻撃するために各自突撃を開始。
 第5水雷艦隊は距離の都合上機動艦隊の空襲を受け、重巡『高雄』軽巡『綾瀬』『音無瀬』を失いながらも突撃を敢行。近接砲雷撃戦に持ち込み、独機動艦隊を全艦撃沈させてのける。
 一方、第1機動艦隊は独カイザー級6隻との砲撃戦に突入。空襲によりカイザー級2隻を撃沈させるものの、第1部隊の『土佐』『讃岐』がカイザー級2隻との2対2の砲撃戦により大破となる。
 しかし、第2部隊の大和級4隻が残るカイザー級2隻を4隻の統制砲撃により撃沈、『土佐』『讃岐』の救援に入り、統制射撃により『土佐』『讃岐』を攻撃していたカイザー級2隻も撃沈、バルト海の制海権すら日米連合軍が有する事となる。
 この後、1945年8月10日、ドイツにクーデターが発生。アドルフ・ヒトラーを初めとするナチスの主だった幹部は暗殺され、新たに国家元首となったカール・デーニッツにより、8月15日、ドイツは降伏。第2次世界大戦はその幕を下ろした。

エピソード

 第1機動艦隊第2戦隊(『大和』『武蔵』『越後』『播磨』)は星井美希大将の指揮の下、4隻合計46cm砲36門の火力で独戦艦を1隻ずつ確実に沈めるため、全艦統制射撃を敢行。
 51cm砲と格上な独カイザー級を4隻撃沈してのけた。

参考文献





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