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預言者ハーマンの足跡」(2007/08/31 (金) 13:30:12) の最新版変更点

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*預言者ハーマンの足跡  “罪深き神”の死から1700年もの間を、信仰する神を持たずに贖罪の罪を背負いながら各地を放浪する人々がいた。彼らは贖罪の民と呼ばれ、再び父たる“罪深き神”がよみがえり、降臨することを願いながら彷徨い続けていた。  彼らの中にハーマンという名の少年がいた。  彼は幼い頃から聡明で、贖罪の民に伝わる“古き神の世の詩”と“罪深き神の訓えの句”を、10になる前に全て覚えて暗誦して見せた。その才覚に目をつけた彼の十歳上の叔父が、13歳のハーマンを旅商人の見習いとして、贖罪の民の集まりから連れ出していった。そしてハーマンは旅の中でさまざまな智慧と知識と資産を得て、その後、若くして大きな町に店を構えて一財産を築きあげるに至った。  ハーマンが28歳になった日の朝、彼は突然、全ての財産を使用人に分け与え、わずかばかりの身のまわりの物だけを持って、山奥にこもった。  最初、町の人たちはいろいろと噂し、さまざまな風評が広がったが、ハーマンが立ち去って1、2年もすると、みな、姿をあらわさぬ彼に興味を失い、彼の名が話題に上る事も少なくなっていった。5年の年月が過ぎ、もはや死んでしまったものだと思われたか、それとも忘れ去られてしまったか、誰も彼の名を上げることもなくなった頃、ハーマンはひとり、山奥から降りてきた。  髪と髭はぼうぼうと伸び、服はすでにぼろきれと化し、町の人は誰一人として彼の元に近づこうとしなかった。彼は町の広場に行き、何かを語り始めた。しかしその内容は町の人たちにはちんぷんかんぷんで、最初は興味本位に遠巻きに見ていた住人たちも次第に広場から立ち去り、夕暮れ頃には、広場には興味深げにハーマンを見て問いかける道化師と、広場に住み着いている乞食の老人と、窓から身を乗り出して眺めていた酒場女の3人しか残っていなかった。  一番星が輝き始めると道化師はそれを追って屋根に上っていき、それと共に聞き手を失ったハーマンはその言葉を語るのを止めた。そして呆然としたように立ち尽くしているハーマンに、酒場女(この女は、ハーマンが姿を消す少し前、病気で臥せっていたところに、商人だったハーマンが喜捨してくれたため、そのお金で医者にかかることができて、一命を取り留めたことがある)が声をかけて彼を部屋に連れ込み、体を洗い、髪と髭を切って、食事を与えた。  さらに銀貨と服を与えてくれた酒場女にハーマンは礼を言って、広場で乞食の老人に銀貨を分け与えたあと、町を出て行った。  一月の旅の後に、ハーマンは20年ぶりに贖罪の民と出会った。 「私は神の言葉を聞いた」  そう語るハーマンの言葉に贖罪の民たちは興奮し、彼を荒野の中の高台に連れて行って、その神の言葉を彷徨える民たちに与える事を望んだ。しかし、ハーマンの語った言葉は彼らの望んだものではなかった。 「……今、人々が崇めているやからは神ではなく“堕天使”に過ぎない。己が罪に目を潰されてふらふらと迷い、その罪に押し潰されようとしている、虚しき存在である。心を改め、“真の神”の回帰を祈れ。そうすれば主はその御手による創造物で無き我々をも、救ってくださることであろう……」  贖罪の民たちは気づいた。ハーマンの言葉は“罪深き神”の復活ではなく、忘れ去られた“沈黙の大神”への回帰の言葉だと。  そして、彼らは忌まわしき預言者を石をもって追いやった。  逃げだしたハーマンは沙漠の中に取り残され、石で傷ついた体のまま、彷徨い歩いた。  その沙漠の中で、ハーマンはさまざまなものたちと出逢った。  神々の戦いの頃からこの地を見守る龍。 魔法帝国の残骸。 魔法王国に駆られ滅びた妖精の最後の生き残り。 永遠の責め苦を受けている“終末の軍勢”の兵士。  “魔術師の塔”を捜し求める魔術師の亡霊。  その中にはハーマンを助けようとするものもいた。  “太陽神”の騎士と“救済の女神”の癒し手……事情を聞いた彼らは、ハーマンにその信仰を棄てたなら誰もあなたを追いやるものは無くなるだろうと言って、“沈黙の大神”を崇める事を止めるように勧めた。  しかし、ハーマンは彼らの言葉に肯かなかった。 「たとえどんな苦難にあおうとも、それはわれらを創りし父の原罪によるものであり、大神が私に与えた試練である。ゆえに、私はその苦難から逃げずに立ち向かわなくてはならないのだ」  騎士はその彼の優しさを無碍にするようなハーマンの言動に腹を立てて、癒し手は戸惑い哀しそうな表情をして、水と食料だけをハーマンに与えて立ち去っていった。  そして彷徨い始めてから17日の後、ハーマンは沙漠から出ることが出来た。  乾き死にかけたハーマンを、騎士と癒し手の二人が迎え入れ、しばしの休息場所と水を与えた後に、ハーマンの(そのくじけぬ決意と信念の)元に膝を折った。ハーマンは微笑み、二人に神の言葉を伝え、そしてその背に負った罪*1を許した。  そしてハーマンは最初の信者を得る事となった。  ハーマンは“七つの相を持つ神”を信仰する司祭によって治められた街で捕らえられたり、ジンの王の御前で討論をして怒りを買ったりと、さまざまな迫害を受けたために、長らく住んでいた“火の国*2”を離れ、北方にある“風の国*3”へと弟子たちを連れて渡っていった。  “風の国”では湖のほとりに庵を持って、弟子たちと共に慎ましやかな生活をしながら、訪れる者たちに神の教えを諭し、その魂を救っていった。  しかし、その中にはハーマンを論破し、侮蔑しようとして訪れる者たちもいた。  あるとき、1人の魔術師がハーマンの庵を訪れた。  その魔術師はハーマンに自分の魔術の力がいかに強大であるかを話し、“沈黙の大神”に仕えるものならば、さぞかし強大な奇蹟を起こせるだろうと、ハーマンを挑発した。  ハーマンは微笑みながら天を指差し、大地を指差し、「たとえあなたの力がいくら強大であろうとも、大神の創りし世界の上では些事に過ぎない。あなたの“言葉”が作り出した炎は太陽に敵わず、あなたの“言葉”が吹かせた風も大地を揺るがす事はできない。そもそもその“言葉”さえも、あなたが大神から借りているものに過ぎないのだ」と言った。  魔術師はハーマンの言葉に激昂し、それほど“沈黙の大神”が偉大であるのならば“言葉”を天使たちに奪われる事も無かっただろうし、もし私がお前を魔術で害しようとしても守ってくれるだろうなと叫び、ハーマンの前に立ち塞がり呪文を唱えようとした。  驚いて魔術師を止めようとする弟子たちをハーマンは制して、魔術師に語った。 「私をあなたの魔術で殺したとしても、大神の言葉は雨が涸れ野に染み渡るがごとくこの大地に広がっていき、そして私たちの目からは消えたように見えても、残された大地には緑が芽吹き、その流れは大いなる海にたどり着く(このように神の言葉は多くの人々に影響を与え、言葉そのものも失われたり、揺らぐような事は無いのだ)。大神にとって全ては些事に過ぎない……天使らが“言葉”を盗んだことも、あなたが“言葉”の力を扱える事も、ここで私が倒れるかもしれないことも、どれも“沈黙の大神”の世界を歪めて運命を捻じ曲げていくようなことではない。ただ大神は世界を、我々を愛すがゆえに、その思うが侭にさせてくれているのだ」  ハーマンの言葉と態度に魔術師はしばし沈黙した。そして、ぽつりぽつりとハーマンにいくつかの問いかけを、呟くかのように言った。ハーマンはその問いに、ひとつひとつ、優しく丁寧に答えていった。最後に魔術師はハーマンにこのように問いかけた。 「力に溺れ、“言葉”をみだりに使い、そして預言者たるあなたを害しようとしたこの私をも、大神は許してくれるのでしょうか」 「あなたがその罪に気づき、悔いを私に述べたその時から、あなたは救われうるものとなっている。大神の愛は全てに与えられている……ただ、(受け手側に)その愛を受け入れようとしているかどうかの違いがあるのだ」  そして魔術師は、ハーマンに跪いて涙し、“沈黙の大神”への帰依を誓った。  四年の間、ハーマンは弟子たちと共に庵での生活を過ごした。  しかし、湖畔の平和な村も次第に戦乱に巻き込まれてゆき、その災いから逃げるようにハーマンとその弟子たちは旅に出た。  その旅の途中にもさまざまな苦難(山賊に襲われ、その首領を諭して弟子にしたり、ある国の王の前で将軍と賢者と占い師と討論を行なわされて論破し、その国の臣に怨まれるなど)に出会うこととなるのだが、ハーマンはその信念と説話と“沈黙の大神”の恩寵(つまり、幸運)をもって、切り抜けていった。  その旅の中で、ハーマンは一つの町にたどり着いた。  その町はハーマンたちが訪れる少し前に魔獣((“奈落”からルーンを通して呼び出された魔物。魔術師たちが召喚して使役する事がある。))によって滅ぼされていた。弟子たちの中には魔獣がすでに去った後であることに安堵の声を上げるものもいたが、ハーマンはそんな弟子たちを叱った。 「憎しみと哀しみの魔獣によって滅ぼされた街を前にして、我々だけが無事でいることを喜ぶ事ができるであろうか」  廃墟の中で、ハーマンは1人の少年と出逢った。  その少年は薄汚れた格好で街の中に呆然と立ち尽くしていた。弟子たちはこの魔獣によって家族と故郷を失ったものだろうと思い保護したのだが、少年はハーマンに出逢うと、なぜこの街は魔獣によって滅ぼされなければならなかったのかと問いかけた。  ハーマンは大人と接する時と同じように、少年の言葉に対して真剣に答えた。  問答の最後にハーマンが少年の名を聞き、それに答えると共に、少年は疲れ果てたのか眠りに落ちてしまった。弟子が少年を寝床に運ぼうとすると、ハーマンは喜びの声を上げ、弟子にこのように語った。 「ついに私は、大神の真の言葉を伝えるべき同志を得たぞ」  そしてその少年はハーマンの弟子のひとりとなった。少年の名はリュージヤといった。  その後、ハーマンとその弟子たちは“風の国”を離れ“火の国”に戻る事にした。  火の国では、以前に対面した時にハーマンに対して怒りをあらわにしたジンの王がその国の領土を広げ、勢力を拡大しており、ハーマンたちが訪れた港町もそのジンの王の支配下に置かれていた。  ハーマンは夜闇にまぎれてその港町を脱しようとしたが、衛兵たちに見つかり、ジンの王の前へと引っ立てられた。  ジンの王はハーマンの姿を見るとその玉座から飛び降り、炎を纏わせた曲刀を振り回しながら、宮殿を震わせるような声でハーマンに言った。 「良くこの“火の国”に平然と戻ってくるようなことが出来たものだ」  ハーマンはまるで眼前の炎の刀が見えていないかのように、ただ、ジンの王の顔を眺めながら、このように言った。 「私はあなたの怒りを買ってからの六年間、さまざまな所を旅し、さまざまな人と出会い、さまざまな言葉をもって神の意思を伝えてきた。それは私にとって、とても貴重な年月であった。私を“火の国”から追い出してからの六年間、あなたはこの土地で、どのように過ごしてきたのだろうか」 「わしはこの六年間、お前と話した時に感じた怒りを振り払うために、さまざまな土地を蹂躙し、多くの富と人民と領地を得た……そして今、六年前に逃したねずみをこの手に捉えることができた」 「それであなたは満たされたのか」 「いや……この六年間、毎晩毎晩、お前の言葉が頭をめぐり続けていた。自分の力の強大さを示せばそのような小さな想いからは開放されると思っていたが、どれだけ領土を増やしてもお前の声はますます大きく響くようになって来た。そして、お前を捕らえいつでも首を切り落とし、口をふさぐことができるとなっても、たとえそうしても、その声からは開放されえぬ事に、今、気付いてしまった……わしはどこまでも満ち足りぬ、救われ得ぬ」  ジンの王は炎の曲刀を棄て、泣き崩れるかのようにその巨体を小さくしながら、ハーマンにすがりつくようにして言った。ハーマンは穏やかな口調で答えた。 「ならば、続きを話すとしよう……六年前に遮られた言葉の続きを。あなたが満ち足りぬというなら、それが満ち得るその時まで。人も妖精も、天使によって創造された不完全なものであるがゆえに、(完全なる)大神の言葉を求めている。だから、それをあなたに与えよう」  その夜から、ハーマンはジンの王に神の教えを話し始めた。  ジンの王はハーマンの言葉に喜び、戸惑い、涙を流して、ただただ聞き続けた。  そして、3日後の朝、ジンの王はすがすがしい表情をして臣たちの前に現れた。 「わしはハーマン殿の、大神の言葉によってこの六年間の憂鬱から開放された。これからはハーマン殿を師父として、大神の言葉をこの大地全土に響かせるために戦うこととしよう。そして得た全てをハーマン殿に奉げよう」  臣たちは王の突然の言葉に驚き、(血気あふれる種族であるジンとしては当然のように)その言葉に異議を唱えた。今までの王なら自分に異をはさむ臣下の者など、すぐさま斬り捨てていただろう。しかしハーマンに師事した王は、辛抱強く自分なりの言葉で大神の教えを臣下の者たちに教え聞かせ、そしてついには全ての臣を力ではなく言葉で同意させるに至った。  しかし、その後にリュージヤを従えて現れたハーマンは、その王の申し出を断って、この“火の国”で自由に弟子たちと共に大神の言葉を伝える許可を得られるのならそれで充分だと答えた。  それからハーマンは弟子たちと共に、“火の国”の各地を旅しながら“沈黙の大神”の言葉を人々に教え、伝えていった。以前とは違い、“火の国”でも力ある王の庇護を受けているためか、布教は順調に進み、ハーマンの教団も次第に大きくなっていった。  しかし、ハーマンは教団として動く事よりも、少数の弟子を連れて教え歩いたり、粗末な庵を組んで、そこでリュージヤなどと問答をする事を好んでいた。  それから3年後、“火の国”で奇妙な病気がはやりはじめた。  人々が眠りから覚めなくなり、そして衰弱して死んでいく……そんな原因不明の奇妙な病気である。この病にかかって助かるものは誰もいなかった。  最初は小さな村で発症したが、だんだんと“眠り病”は広がってゆき、ついにはジンの王までもがこの病気にかかってしまった。  ハーマンの教団の者たちは“眠り病”の患者の救済へと力を尽くしたが、それが実を結ぶ事はなかった。そして、ついには直弟子の中にも“眠り病”にかかるものが現れた……リュージヤもその1人であった。  そしてついにジンの王と、リュージヤと、多くの人々が死んでいった。  ハーマンは嘆き悲しみ「この忌まわしき眠りは、この忌まわしき夢は!」と叫び続けた。  それからしばらくして、“眠り病”は治まった。しかし、王を失った国は後継者争いで大きく乱れ、ハーマンたちはその後継者争いの道具とされる事を恐れて、身を隠そうとした。  しかし、混乱は各地に蔓延しており、その争いに巻き込まれて直弟子の一人(元山賊の首領だった弟子が、その命を投げ出してハーマンと他の弟子たちを救ったといわれる)が命を失い、ハーマンも矢傷を受けて床に伏せった。  ハーマンが床に伏せはじめてから半年、その病状は少しも快方へとは向かっていなかった。しかし、ハーマンはその病体をおして、その地にいる直弟子全てを集め、あらためて大神の言葉を伝えた。そして弟子たちに、神の言葉を求めし悩める人々をつれてくるように言って、自分は村の外れにある大樹の前に立った。  弟子たちは馬や駱駝を走らせ、近隣の人々に師の言葉を伝えた。人々はハーマンの教えと大神の救いを求めて、次々とハーマンの住む村に集っていった。  それから12日の間、ハーマンは人々の悩みを聞き、教え諭し続けた。  そして、13日目の早朝、(両脇から弟子に支えられながら立ち続けていた)ハーマンはついに倒れ意識を失い、その夜に命を失った。  その後、ハーマンの教団は弟子たちによっていくつにも分かれ、次第にその存在は歴史の表舞台から消えていった。  再びハーマンの教えが歴史上に姿をあらわし、その主役となっていくのにはハーマンの死から166年後、脚斬りの老聖者マアグロウが、少年皇帝ギュロスと出会うその時まで待つ必要があるのだった。 【注釈】 1:その罪とは、天使によって創造された存在である原罪と、真の神では無い小さき神々を信仰した過ち、そして、砂漠で無条件にハーマンを救わなかった事だと、現在の教会では考えられている。 2:荒野と砂漠の大陸。ジンなどの炎の妖精たちと、人間が多く住む。 3:森に多く囲まれた大陸。古来から人間が多く住み、後に帝國が建国される。

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