メリーの居る生活
メリーさんと一緒!!

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私ロザリー…今あなたの後ろにいます…。


3スレ目>>519
作: ◆Rei..HLfH. ID:FsThSar9
読み切り長編SS

ジリリリリリリリリリリリリリ!!
上京のした時から使っている黒電話が、けたたましく鳴る。
「あーはいはい、今出ますよっと…」
仕事を中断して、黒電話の受話器を取る。
チン
「はいもしもし。静川です」
「あ、あの…わ、わた、私…!!」
「ん?」
電話の向こうから、少女の声が聞こえた。
「わ、私ロザリー…い、今あなたのお家の前にいるの」
どっかで聞いたことあるセリフだな…。
「間違い電話だな。悪いが、俺はマンション暮らしなんでね」
「あ…、あの!!」
チン
ったく…、今何時だ?
深夜の1時…タチの悪い間違い電話だ。
ドカっとイスに座り、仕事を再開する。

俺は静川睦月 フリーのイラストライター
最近になって売れ始めて、今一番稼ぎ時って奴だ。
美大に通うために上京。そのままイラストライターと、
よくある道を通ってきた、いわゆる普通な人間だ。

だが、その『普通』は最近になって、重荷になってきた。
毎日毎日仕事仕事。少しでも気を抜けば締め切りが待っている。

「……ッハァ…」
大きく伸びをする。
「何か違うんだよなぁ…」
新人社員が想像とかけ離れた実際の仕事をやって、落胆するのと同じ物だろうか。
「田舎が恋しいぜ…」
よく考えたら上京から一度も帰ってない。
…5年か。
思いにふけている俺に、喝を入れるように黒電話が鳴り響いた。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!
「あーはいはい、近所迷惑だから鳴き止みやがれ」
電話に話しかける俺。

受話器を取り、少々ぶっきらぼうに言う。
「もしもし、静川です」
「わ…私、ロザリー…今あなたの部屋の前にいます…」
「………嬢ちゃん、悪いことは言わねえ」
「は、はい」
「最近は物騒だから早いとこ家に帰りな。不思議なおじさんに誘拐されちまうぞ」
チン!!
「ったく…。ヘンなガキだ―――」

――――俺の部屋の前?
今のガキ…、俺の部屋の前にいるって言ったか?
何だ?俺に何か用があるってのか?
ジリリリリリリリリリリリリ!!
考える暇も無く、黒電話が鳴り響く。

今回は出るのに少しためらった。
「…まさかな」
自分にそう言い聞かせ、受話器を取る。
チン
「はい、静川」
「私…ロザリー…」
この少女はとことん俺にかまって欲しいようだ。
「………」

「今…あなたの後ろにいます…」


背筋が凍りついた。
言い知れぬ不安からだろうか、
その演出からだろうか――――否。

背後に感じられる気配からだった。

とっさに後ろを振り向く。

そこには、電話の声の主であろう少女が立っていた。
少女は、小学4年程度の身体付きの小柄な印象で。
キチンと揃えた黒のショートカット、頭に付けた紫のリボン。
黒で統一されたゴスロリ調の服を身にまとっていた。

「鍵は掛けておいたはずだぞ…」
「ごめんなさい…死んでもらいます…!!」
言うなり、少女は懐から黒いナイフを取り出した。
「死んでもらうって――――」
「ごめんなさい…!!」
ナイフを構え、少女は俺にナイフを突き出してきた!!

「うおっと!?」
狭い職場兼自室で、何とか刃から逃れる。
「ちょっと待て!!何で殺されなきゃならん――」
「ごめんなさい…ごめんなさい…!!」
謝りつつも、少女は俺に向けてナイフを突き出す。

俺には、少女がひどく必死になってるように見えた。
「…よっと!!」
単調な突き出すだけの作業を見切り、ナイフを持った少女の手を捕まえる。
「あ…っく…!!放して…!!放して…ください!!」
手を掴まれた少女は、ジタバタともがく。
「バカタレ、放したらまた刺すだろ」
「…………」
そのまま少女は、うつむいてへたり込んでしまった。

「…ったく」
手を放してやる。
…可哀想なくらいに少女の手が――いや、全身が震えていたからだ。
すすり泣きすら聞こえる。
「…………まいったなぁ…」

―――――――――――

「ほら、茶でも飲め」
落ち着いた少女は、用意したテーブルについて大人しくしていた。
安物の緑茶を淹れた、安物の湯飲みを渡す。
「…………」
あまり驚かせないように、テーブルの反対側に座る。
「さてと…、色々聞くけどいいか?」
少女はコクンと頷いた。

「何故俺を殺そうとした」
「………ッ」
少女の顔が引きつる。
どうやらストレート過ぎたようだ。
「スマン、…何故俺を狙った」
「…一人前になるには、あなたを…殺さなきゃダメだから」
…訳分らん。
だが、下手に問い詰めて大泣きされても困る。
別の質問しよう。
「お前、本当はやりたくないんだろ…その、…『殺し』を」
あの手際の悪さを見れば、一目瞭然だ。
「……………」
少女は何も言わず、コクリを頷いた。
「だが、俺を殺さないと、その一人前って奴になれない」
またコクリと頷く。

「……なら、無理だな。諦めな」
少々冷たいが、他に言い方が見つからない。
「とっとと、家に帰りな。今回の事は許す」
「…ダメなんです」
「へ?」
意外な返事に間抜けな声が出る。
「成果を上げてからでないと…帰れないんです」
「成果って…あのなぁ…大体『一人前』って何なんだよ?暗殺集団か――」
――って、暗殺集団?
「まさか、誰かに依頼されて俺を始末――いや、違うな」
それなら、半人前を寄こすわけが無いか。
そもそも何で俺が狙われてるんだ?
今まで人畜無害を心がけて生きてきたが…。
命を狙われるような事しでかしたか?

考えるより、聞いたほうが早そうだ。
「なぁ、何で俺なんだ?」
「え…?」
茶を口にしようとしていた少女に問う。
「狙うなら誰でもいいんじゃないのか?それとも俺じゃないとダメって奴があるのか?」
「その…あの…」
次の言葉が出るまでは時間がかかった、俺には言うかどうするか迷っていたように取れた。
「…この黒色のナイフの導きなんです」
少女は例のナイフを取り出した。
今度はテーブルを挟んでいるので、いきなり刺されるということは無い――
――…いや、そんなに広いテーブルじゃないな。ちょっと間を開けておこう。
少女を気にかけながら、俺は少し間を開けるように後ろに下がった。
「…………」
うわ、後ろに下がった俺を見て、あからさまに落ち込んでるよ。
「あー…、スマン…さっきの事もあるし、刃物出されちゃ警戒しない方が…な?」
「別にいいですよ…でも、もう襲い掛かったりはしません…」
「本当か?」
「はい…、もうナイフも共鳴してませんし…」
「?…まぁ、よく解らんが、安全なら警戒する必要も無いな」
俺は立ち上がり、少女の隣にドカッっと座った。
「……………」
少女は、目を丸くして俺を見ていた。
「ん、どうした?」
「本当に警戒しないんですね…」
「安全な少女相手に警戒するのも変な話だろ?」
「ここならナイフで刺せる距離なのに…?」
「そうだな、安全な少女じゃなきゃ、もうとっくに刺されてるな。俺」
俺はヘヘッっと笑いながら答える。
「――――――!」
少女はハッっとした顔をして、うつむいてしまった。

「さて、そのナイフが何なのか説明してくれ」
「…変わり者なんですね、あなたは」
顔を上げ、俺を見ながら苦笑する。
「…そうか?」
「そうですよ…」
「そうか、そのナイフは『変わり者』に反応するのか」
「違います。このナイフは望む命を自分で選んで共鳴させるんです」
「つまりナイフが俺を選んだってことか?」
「…やはり変わり者なんですね。簡単に理解するなんて」
「…そうか?」
「そうですよ…」
やはり変わり者なのか…。
「…説明、まだ聞きます?」
「え?あ、あぁ頼む」
「このナイフは刺した相手の『命』と『意識』を吸収して、その刃に宿すんです」
「…刺されたら、未来永劫。ナイフとして生きていく訳か?」
「その通りです…。ナイフに『命』と『意識』が宿れば、私は一人前になれます」
「おー、やだやだ…俺は勘弁願いたいね。ナイフとして生きてるなんて、考えただけでゾッとする」
言いながら少し想像してみた―。
意識があるのに、その先の運命は、生も死も無い。
――ナニモナイ物質のセカイ――。
「いえ、違いますよ」
「え?」
俺が脳内に展開していたセカイを、少女が否定する。
想像していた物とは違うのか?
「…生かされるんです。…ナイフに」
「…気分悪くなってきた…悪い、そのナイフしまってくれ…」
「あっ…ごめんなさい…」
「いや、説明してくれって頼んだのは俺だ…、勝手なこと言ってスマン…」
そのまま俺達は、しばらく無言になってしまった。

俺がある程度回復したのを見て、少女がすくっと立ち上がった。
「さてと…」
「…これからどうするつもりなんだ?」
「…帰れませんし、このままさまよい続けます」
凄い事をサラッと『ぬかす』この少女。
「あぁ…、聞かなきゃよかった…」
「…?」
俺も立ち上がり、窓を開けに行く。
窓を開けると、気持ちのいい夜風が入って来た。
さっきの、不快感が完全に浄化される。
改めて少女を見る。
小さい身体、幼い容姿。
まるで小学生だ。
他の部屋の住人に通報でもされないか心配だ…。
だが、この際しょうがない…見捨てるのも悪いもんな。

「…しゃあない、俺ん家にいな」
「え…?」
少女はあっけに取られた顔をした。
「少女を追い出して仕事なんてできねぇよ…」
「私も助かりますけど…でも、現に私はあなたを殺そうとしたんですよ?それなのに…」
「言ったろ?俺はお前の事を許したって。行く当てが無い少女を保護するのは当然のこと」
「相当な変わり者なんですね…本当にいいんですか…?」
「少女を保護するのは、常識だと思うぞ?」
「…さっきから少女少女と呼んでますが、私の名前はロザリーです。名前で呼んでください…」
少しムスッとした表情で言った。
「おう、そうか。悪かったなロザリー…ちゃん?」
「…呼び捨てで結構です」
「そうか。俺は静川睦月。好きに呼んでくれ」
「それじゃあ、『睦月』で…」
殴ったろか、このガキ。
…くそ、好きに呼んでくれって言ったのは俺だし…。
「…あぁ、よろしくな。ロザリー」
手を差し出す。
ロザリーは、キョトンとその手を見つめていた。
「…俺はマジックなんぞ出来ないから期待するな」
『あぁ』という顔をして、ロザリーは俺の手を握り返した。
「よろしく…お願いします。睦月」
ロザリーの小さな手は、心地のいい温もりを持っていた。


―――――――――――――


「ん…んん…」
カーテンから零れた光に目を刺激され、ロザリーは眠りから目覚めた。
いつの間にか寝てしまったようだ…。
辺りを見回す。
「あれ?…私…どうしたんだっけ…ファ…」
誰もいない見知らぬ部屋の布団で寝ていた。
「え~っと…」
何だか昨日は、色々な出来事があった気がする…。
電話をかけて、襲い掛かって、失敗して、お茶飲んで…。
「あ…、そういえば…」
握手を交わし、少しの雑談の後、欠伸をした私を見て、
睦月が「布団敷いてやるから休んでな」って言って…。
それから記憶がすっぽり抜け落ちてる…。
睦月の姿は…ここには見当たらない。
あ、さっき見回して誰もいないの確認したっけ…。
立ち上がり、軽く伸びをしながら部屋から出る。

ガチャ
「……睦月?」
睦月曰く、神聖な仕事場へのドアを開ける。
「ん?…おぅ、おはよう」
「…ずっと起きてたのですか?」
「うん…まぁ…な…ふあ~…」
これ以上ないような欠伸をすると、睦月は大きく伸びた。
「…どうして、寝ないの?」
「仕事さえなきゃ、今は夢の中で羽伸ばしてるさ。…はぁ」
「…大丈夫なの?」
「ははは…これくらい日常茶飯事だよ」
「………」


――――――――


ロザリーを寝室に戻らせた後、俺は出来るだけ小さな声で、叫んだ。
「締め切りがあああああああああああああああああああああ!!」
昨日の騒動で、かなり時間をロスしてしまった。
このままだと普通にやっても、まず間に合わないだろう。
「仕方ないよな…」
時間短縮スケジュールを脳内で展開。
食事をカメリーメイトで済まして、トイレは極力貯めてから開放。
客は全て居留守。電話線は抜く。
よし、これでフルスロットで仕上げれば間に合う。
若さって最高だ――――。
ガチャ
「睦月…お腹すいた…」


【締め切り延期決定】


「睦月、さっき電話で謝ってたけど、どうしたんですか?」
ムシャムシャとハムサンド食べながらロザリーが聞いてきた。
「『原稿が間に合いそうにないから、もう少し待ってくれ』ってな…」
締め切りさえ延ばしちまえば、あとはのんびり仕上げればいい。
ペナルティでギャラは引かれたが。
ハムサンドと一緒に買ってきたジャムパンを粗食しながら、原稿の修正を始める。
「…もしかして、私のせい?」
「締め切りってのは、延ばすためにあるんだ。安心しな」
「…あれだけ謝ってたのにですか?バレバレですよ」
「大体、一週間で0から描き出せって無理なんだよ…」
「大変なんですね…」
「最初は楽しかったぜ?でも段々とつまらなくなってきてな」
カリカリと鉛筆を走らせる。
「…ふん」
ずれた線を修正しようと、消しゴムに手をのばした。
が、掴もうとした手が消しゴムにぶつかり、それを落としてしまった。

「ありゃ?」
「あ、私が取ります」
ロザリーがテーブルの反対側に落ちた消しゴムを、わざわざ拾いに来る。
「どうぞ」
「あ…あぁ、悪い」
…何だ?今のやり取り。
これに似たようなシチュエーションをどこかで見た気が―――。
「そうだ!!私、睦月のメイドになりますね!!」
――――――そうか、それだ!!

「って、何ぃ!?」
「ヒャ…!!」
精一杯のツッコミに驚くロザリー。
「待ちたまえ。まず問おう。どこでそんなこと覚えた?」
自分が冷静になるように、知的な喋り方を使う。
「テレビです」
ロザリー本人は、いたって冷静に即答する
「メディアめ…!!いたいけな女の子に余計な知識植え込みやがって」
「いけないことなんですか?」
「いや、いけなくはないんだが…」
「……?」
意味が理解できないのか、首を傾げる。
その仕草にちょっと照れる俺がいる。
「…じゃなくて」
自分にツッコミをいれ、再度質問する。
「何で、その…メイドになりたいんだ?」
「ここに置いてもらう以上、何かしないと悪いですし、それに――」
「はい、ストップ」
パンと、手を叩いて発言を中断させる。
「――え?」

「まず、答え言うぞ?」
「………」
「却下」
「何故です?」
「別に俺は、お前をメイドとして置いてるわけじゃないんだ。気にしなくていいよ」
「でも…」
ロザリーは腑に落ちないような表情で、俺を見てくる。
「…そんなに何かしたいのか?」
コクコクコクと何度も頷く。
「ふぅむ…」
脳内ハードディスクをフル回転させ、納得させれる役割を探す…。
奉仕が出来て、俺が気を使わない程度で、難しくない物…。
「ピカーン!!」
該当結果に、うってつけな職業を見つけた。
これならロザリーも納得して、俺も助かる仕事だ。

「アシスタントってのはどうだ?」
「アシスタント…?何をすればいいのですか?」
「そうだな…」
これまでアシなんぞ頼んだ事も無いから、何をするのか検討がつかない…。
この仕事を手伝わせるのは解るが…。
ロザリーを見る。
「ロザリーの場合は、仕事に直接関係無い手伝いって所かな」
「…?」
「例えば、お茶を淹れたり…」
「ふむふむ」
「…お茶を用意したり」
「…………」
「あとは、お茶を出したりだな」
「…お茶係?」
ジト目で見られる。
「うっせぇ、他に思いつかないんだよ」
片手に持ったままだったパンをガツガツと喰らい、茶を飲む。
「…はぁ。…解りました。自分で考えて動きます。ご主人様」
「ブバッ!?―――ゲホッ!!その呼び方やめ!!」
「解りました。睦月」
そういうと、ロザリーは寝室に戻って行った。
「あんにゃろ…わざとだな…」


――――――――――


「睦月ー、つまんないから遊んでー」
「ダメダメ、今は仕事で忙しいから、これ片付いたらな」
「むー…」
あれから三日経った、ロザリーが訪問した時に受けていた仕事は何とか片付いたが、
また新しい仕事が転がってきた。
「まぁ、今日一日で片付くから、終わったらどこか遊びに行こう」
「本当?」
「俺嘘言わない」
わざとカタコトで喋る。
「…嘘つき」
「何故解った!?」
「あはははははは!!」
何が可笑しいのか、何がつまらないのか。
ロザリーの性格を掴めて来た気がする。
「ロザリー、お茶お願い」
「あーい」
俺も自然に物事を頼めるようになり、ロザリーもその頼みごとを楽しんでこなしている。
「はい、麦茶です」
コト、と氷の入った麦茶が置かれる。
ちなみに、飲み物などは仕事用のデスクとは離れた、他のデスク(と言っても、手を伸ばせば届く程度)に置かれる。
俺は面倒だから一緒のデスクでいいと言ったのだが、
『万一のことを考えて』と、ロザリーに念を押されやむ無く従った。

「……………」
ロザリーが、俺の描いている絵を見つめていた。
「…どうした?」
「睦月って絵が上手いんですね…」
「まぁ、これで飯食ってるからな」
俺は今、雑誌の記事に使われる動物の絵を描いている。
芸能人が、自分のペットを自慢するコーナーらしいが、
今回紹介されるあの芸能人は、動物嫌いだったはずだ。
まぁ、俺には関係の無いことだな。
俺は、尿意に襲われ、トイレに行くことにした。

トイレから戻ってくると、…ロザリーは、まだ絵を見ていた。
「そんなに凄いか?」
イスに座り、ロザリーに問う。
「ええ、猫なんて、毛並みが凄い細かいし…」
「この犬なんて、本当に生きてるみたい…」
「本当に凄いと思います…」
感嘆と言うのか、ロザリーは心の底から褒めてくれた。
照れくさいが素直に嬉しかった。
「生きてるみたい…か。うん、間違っちゃいないな」
「え?」
「…俺の描く絵には、命が宿るんだ」
「?」
小首を傾げるロザリー。
無理は無い。
ロザリーの前に、右手を差し出す。
「この右手には、俺とは別の命を持っている」
「…………」
ロザリーは差し出された右手を、自分の暖かい手で静かに包み込んだ。
「おかしな話だろうが、ペンを握っている時、時々手に鼓動を感じるんだ」
「本当…睦月の手に触れていると、何だか安心します…」
「俺はこの手を、贈り物だと思ってる」
「…贈り物?」
「あぁ、俺の宝物だよ。この右手は」

―――――――――

「なぁ、そろそろ手、離してくれないか?」
「もうちょっと…」
「いや、仕事が出来ないから」
「う~…」
ロザリーはしぶしぶ手を放す。
「…これが終わったら、どこかに出かけようか」
「本当ですか!?」
出掛けようと聞いた途端、ロザリーは嬉しそうに俺を見た。
「うおっと…。驚かすなよ」
「あ…、すいません」
しょぼんと、へこむロザリー、
先と正反対の反応は、俺の笑いを誘った。
「あー!!笑わないでくださいよー!!」
「ハハハハ!!」
「笑わないでくださいってばー!!」
「スマンスマン。さて、さっさと片付けちまうか」
楽しみにしているロザリーのために、早く終わらせよう。

俺はデスク向かい、ペンを走らせた。
「あとは…、ウサギとキリンだったな」
何故ペット特集にキリンを描かせるのか理解できない。
まぁ、俺には関係無いんだ。気にすることはあるまい。
カリカリカリカリ…
ジー…
カリカリカリ…
ジー…
「………」
ジー…
「ロザリーさん、やりにくいんですけど」
「あ…、ごめんなさい…」
ロザリーは申し訳なさそうに、俺の作業を見つめるのを止める。
絵が好きなのだろうか…。
「…そうだ、今度ロザリーを描いていいかな?」
「え?私ですか…?」
「おう。ダメか?」
「いえいえいえいえいえ!!嬉しいです!!」
首を横にブンブンと振り、否定する。
「よし、決まりだ」
「楽しみにしてますね」
本当に嬉しそうにロザリーが、小指を立てた右手を俺に向けて出した。
「む…『指きり』か…久しぶりだな」
ロザリーの小さな指に、俺の大きな小指を引っ掛ける。
「約束ですよ?」
「あぁ」
「えへへ…。『指切った』っと」

――――――――――

「おーい、ロザリー。早く行かないと日が暮れるぞー」
「待ってくださーい!!」
昼過ぎに仕事が終わり、ロザリーを連れて出かける。
はずだったのだが、準備にやたら手間取ってるらしい。
「ふむ…先に昼飯だな」
つぶやき、自宅近辺から目的地への道にある飲食店をリストアップする。

ファミレスはナンセンスだな。
居酒屋…アホか。
食堂…いや、違う。
うぅむ…。

「お待たせしました」
「お、おう。…って、あれ?」
「えへへ…着替えてきました」
「おぉ…(か…可愛い…!!)」
ロザリーは、上にウサギのディフォルトされたキャラがプリントされた半ソデのTシャツ。
下に、落ち着いた色のロングスカートを穿いていた。
子供には合わない色なのに、これがどうしてロザリーが付けると、しっくりきている。
「よ…よっし、出発するか」
「はい!!」


さて、外へ出たのはいいが、どこで飯を食うか…。
「ん~…」
「ちょっと…、早いですよー」
悩みながら歩く俺に、ロザリーが小走りでついて来る。
「おっと、スマン」
歩調を遅くして、ロザリーに合わせる。
「ふぅ…。睦月さん、今日はどこに行くんですか?」
「ん?それは、着いてからのお楽しみで」
「う~…」
「…今日はいい天気だな」
歩きながら空を見上げる。
午後の日和は気持ちのいい日差しが照らされ、
『この日差しの下で昼寝をしたら、どれだけ気持ちがいいだろう』と思ってしまう。
「屋内で食うのも勿体無いな…」
「はい?」
「いや、独り言だ」
昼飯の予定を、大まかにだが決めて、目的地に向かって遅く歩く。

「ときにロザリー」
「なんです?」
目的地に向かう途中、横を歩くロザリーに前々から気になっていた事を聞く事にした。
「ロザリーって、何歳なんだ?」
ロザリーは小さい身体にしては、言語や行動がやや大人びている。
小学○年生という年齢には見えないほどだ。
「年齢…ですか?」
「そう。…言えないなら別にいいけど」
「いえ、大丈夫です。私は…えっと確か…現世に5996日存在してますね」
存在?…まぁ、人間でないのは最初会った時から解っていたが…。
「と、なると…」
ポケットから携帯を取り出し、電卓モードで計算する。
「…16歳くらいか」
なるほどね…。どうりで、大人びてる訳だ。
「…どうしたんですか?ウンウン頷いちゃって」
「いや、結構大人なんだなって思ってな」
それを聞いたロザリーは、小悪魔的な笑みを浮かべた。
「大人と分かって、結構ドキドキしちゃってます?」
「おう。とっても」
「う…。実も蓋も無い…」
「ふぅむ…。夜に一緒の部屋で寝るのも気まずくなったな」
「だ、大丈夫ですよ。見た目は子供ですし、何なら子供らしく振舞いましょうか?」
「いや、そこまでやる必要も無いだろ」
俺が気にしなければいいだけの話だしな。

「今度は私が質問していいですか?」
「許可しよう」
「睦月は一人暮らしみたいですが、ご両親はどこに居るのですか?」
「地方に住んでる。田舎の方ね」
「田舎ですか?」
「上京してきたんだ。俺」
「そうだったんですか…」
「……………」
「……………」
「あれ?質問終わり?」
「はい」
「そうか。おっと、コンビニに寄らなきゃな――」
「コンビニですか?」
「おう。行くぞ」
「はーい」


―――――――――――


俺とロザリーが向かっている目的地とは、歩いて十数分の所にある公園だ。
近くに住んでいる人々から、自然公園と呼ばれている。
その名称通り公園内には草木が生い茂り、人々の憩いの場として人気がある。
この公園の特徴は、とにかく広い。面積がバカデカい。
東京ドーム一個じゃ収まりきらないデカさだ。
初めて訪れる人々は、あまりの広さに一目見ただけでは全体の広さを把握できないそうだ。
「よっし、着いたぞ」
「うわー…広い?ですねぇ…」
お前もか、ロザリー。
「俺もリフレッシュする時、ここに来るんだ」
「一番奥が…見えませんね…」
まぁ、ロザリーは小さいからな。

俺とロザリーは、公園内にあるベンチに腰掛た。
コンビニで買ったおにぎりを袋から取り出し、ロザリーに渡す。
徒歩5分間隔で建っているコンビニ全てに立ち寄ったせいで、袋は三種類になっていた。

俺も袋からおにぎりを取り出し、包装を取りかぶりつく
「『焼き鮭』はここがベストだな…」
「ムグムグ…お店によって違うんですか?」
『焼きたらこ』のおにぎりを食べているロザリーが、袋を覗きながら言う。
「あぁ、ベーシックな具は、一軒目で」
一軒目の袋から『おかか』を取り出す。
「ベーシックなものに、工夫を加えたのが二軒目」
二軒目の袋から『サケマヨ』を取り出す。
「三軒目は、未開の味」
三件目の袋から『ピーナッツバター(おにぎり)』を取り出す。

「それ…食べるんですか?」
ロザリーが『ピーナッツバター』を指差す。
「多分食わない」
「…どうするんですか?それ」
「とりあえず、家に持って帰る」
「はぁ…パリパリ…」
ロザリーは、ため息をついて、おにぎりを頬張った。
「うぅむ…」
家に持って帰っても、処分しない事には同じ事だしな…。
だが、食ったらいけない気がしてならない…。
カキーン
でも捨てるのは勿体無いな…。
食って腹壊すか…捨てるか…。
「あ!!危なーい!!」
「ん?」
「え?」
声のした方向を二人して向く。
前方には、こっちへ向かって野球グローブをはめた少年が走ってきていた。
表情はかなり焦っているように見える。
「キャッ!!」
ロザリーが上を向いた瞬間、彼女は身を守るように伏せた。
つられて上を見ると、空高く打ち上げられたであろうボールが、こっちに向かって飛んできていた!!
「な―!?」
この角度だと、おそらくロザリーに命中する。
だが、彼女は逃げずに、座ったまま頭を抱えて伏せている。
俺がロザリーの前に立って守ろうにも、間に合わない!!
「くそ!!」
間に合うか!?

無我夢中と言うのだろうか。
とにかくロザリーを助ける事しか頭に無かった。
だが――

俺がベンチから立ち上がった時には、
ボールはロザリーのすぐ近くにまで、飛んで来ていた。

バシィ!!
「―――!?」

「………………あれ?」
ボールはロザリーに当たる事無く、止まった。
―――俺の右手の中で。

「…………」
「む…睦月?」
「お…、おう。大丈夫か?ロザリー」
「うん…、私は平気…」
「よかった…。危ねぇからここで野球はやるなよー!!」
ボールを投げ返す。
「すいませんでしたー!!」
ボールをキャッチした少年と、バットを持った少年がすこし遠くで頭を下げた。

「ふぅ…」
座って、ヒリヒリする右手を開閉させる。
「睦月…大丈夫ですか?」
「素手でキャッチすると痛いんだよなこれ」
「睦月…」
ロザリーは俺の右手を取って、そっと自分の手で包み込んだ。
「ありがとう…」
「あー…、お前が無事でなによりだ…」
テレ臭くて、そっぽを向いて言った。

「ねぇ、睦月」
「ん?」
返事をした直後、体の横側に重みがかかった。
ロザリーが俺にもたれかかっているようだ。
「少しこうしててもいい?」
「…あぁ」
「ありがとうございま…す…」
「?」
ロザリーを見ると、彼女は早速スヤスヤと寝息を立てていた。
「…ったく」
寝息を立てているロザリーは、
口に笑みを含み、とても幸せそうな寝顔だった。

空を見上げる。
雲が風に流され、とてもゆっくりと流れている。
今の生活も、この雲達のようにゆっくりと流れて欲しい。
そう…できる限り、この幸せな生活をゆっくり過ごしていたい。

この生活を与えてくれたロザリー。
ロザリーが来てから、俺の生活はガラリと変化した。
今ではロザリーの居なかった頃の生活は、なんと貧相なものかとも思える。

掛け替えのない生活
掛け替えのない同居人

それはとても―
―とても大切な時間だった。


―――――――――――


「おーい、ロザリー。今日の晩飯どうするー?」
あれからまた数日経ち、
今俺は、骨休め休日を送っていた。
仕事中は忙しくてロザリーに構ってやれなかったので、
この休日を利用して、二人でどこかに遊びに行こうとプランを立てていた。
晩飯を食いながら、どこに行こうか話し合おうと思ったが…。
「私いりません…」
寝室から意外な返事が返ってくる。
「どうしたー?食欲無いのかー?」
「違いますけど…、いりません…」
「……?」
何だか様子がおかしい。
俺はロザリーの部屋兼寝室に向かった。

「ロザリー、入るぞ?」
「…………」
ガチャ
「…ロザリー?って、何で明かりつけないんだ?」
寝室で照明を点けずに何をしていたんだ…?
理解しがたい行動に不信感を覚えつつ、照明を点ける。
カチ…
スイッチを押すと、明かりが部屋全体に照らされる。
「…………!!」
光が差したのに反応して、部屋の隅でゴソゴソ動く物体が一つ。
「……何やってんだ?ロザリー」
毛布に包まって部屋の隅に座り込んでる物体に話しかける。
「何でもありません…明かりを消して、部屋から出て行ってください…!!」
擦れた声で、いや、悲痛を含んだ声で俺に言う。
「何でもないって…そんなこと無いだろ?どうしたんd――――――――ッ!?」

全身の血が凍りついた。
眩暈に似た感覚に襲われ、ヨロヨロと後ずさりしてしまう。

「お前…その足…」
「――――!!」
ロザリーは急いで毛布からはみ出した足を中に隠すが、もう遅い。
俺は見てしまった。

毛布から出たロザリーの華奢な足の先端が…、
うっすらと半透明になっていたのを。

「ロザリー…お前…」
「……………」
ロザリーは何も喋らない。
「……ロザリー?」
「……………」
嫌な予感がした。
まさか、このままいなくなってしまうとかは無いよな?
毛布の中で、彼女が俺の目の前から消滅する事なんて――。

俺は慌ててロザリーの被っていた毛布を引っぺがした。
「………はぁ…」
良かった…。
座り込んで、うつむいてはいたが、ロザリーはそこに居た。
「…ちょっといいか?」
「……………」
相変わらず何も喋らない。

その沈黙を了承と取り、俺はロザリーの消えかかった足の先端――
指を触る。

「…触れるんだな、消えてても」
「―――――ッ!!」
「あ!!スマン…」
くそ…!!もっと言葉選んで喋れば…。
俺の一言『消えてる』は相当ショックだったようだ。
この辛い現実に耐えていたロザリーが、とうとう嗚咽をもらした。
「睦月…私…消えてるんですね…」
嗚咽混じりで、ほとんど言葉にならない言葉を搾り出す。
「もっと一緒に…居たかったよ…」
ロザリーは泣いた。
ロザリーの抑えていた涙が、一気に流れた。
ダムが欠落したかのように泣きじゃくった。
俺にはどうしていいか分らず、ただ彼女の横に座り、傍に居てやる事しか出来なかった。

「どうして…こんな事になったんだ…?」
ロザリーが泣き止み、落ち着きを取り戻した頃、俺は訳を聞いた。
「私…今日までに人を殺さないと…消滅するんです」
「何で…何で今日なんだ…」
「…私がこの世に存在して、今日が5999日目です…」
ロザリーは静かに語りだした。

「私は一週間前にこのナイフを授けられました、この日までにナイフに命を宿せていれば、一人前として、現世に存在する事が認められるんです…」
あの黒いナイフを取り出し見つめる。
「ナイフに命を宿さなければ、そのまま徐々に消えて行きます」
「……!!お前…手まで…その…」
俺は、ナイフを持った手――指まで消えかかっているのに気付いた。
だが、ロザリーは先ほどとは打って変わって、落ち着いた様子で言葉を続ける。
「日が落ち始めてから、だんだんと消えていくのに気付いたんです」
自分の消えかかっている指を眺める。
「おそらく『姿』がだんだんと消えて行き、最後は『存在』自体が消滅するでしょう」
「お前…いいのか?何でそんなに冷静になってるんだよ!!」
立ち上がり、座っているロザリーに言う。
「いいんです…こうなるしか道が無いから…」

「いいや、よくない!!」
「え………?」
「俺を…俺を殺せ!!」
「な…何言ってるの!?」
ロザリーが驚きを隠せない様子で、俺を見る。
「俺を殺せば、お前は消えずに済むんだろ…?」
それを聞いたロザリーが立ち上がり、必死に訴えかける。
「でも…!!それじゃあ睦月が!!」
「俺は自分が死ぬより、ロザリーが消滅するほうが辛い。それにそのナイフで殺されれば、ずっと一緒に居られるんだろ?」
ロザリーと同じ目線の高さまで身を屈め、言葉を続ける。
「それなら、…なにも怖くない」
「―――睦月…それって……」
俺は静かに…優しくロザリーを抱きしめた。
ロザリーの小さな身体は小刻みに震えていた。
冷静に振舞ってはいたが、やはり恐怖を感じ取っていたのだろう。
「これからはずっと一緒だ…」
「やっぱり…睦月は変わり者です…」
「…そうだな」

俺はロザリーを抱擁から開放する。
ロザリーは俺から離れ、立ち上がったときに落としたナイフを拾い、
その手に持ったナイフをじっと見つめる。
「…ロザリー?」
「このナイフを突き立てる相手が…愛した人になるなんて…」
「……………」
「……………」
運命の皮肉というのか。
この時になって、俺とロザリーはお互いの気持ちを知ってしまった。
なぜ、あの日常の中でこの気持ちを伝えられなかったのか…。
俺は心の中で、深く悔やんだ。

「―――!ナイフが共鳴を…」
ナイフの共鳴。
それは、ナイフが俺の命を求めているという事。
そして、最後の時が近づいた合図。

無音の空間…
かつて無い静寂が、この部屋を支配している。
「よし、時間が無い…始めよう」
「はい。あの…睦月…」
「どうした?」
「ありがとう…それと―――――ごめんなさい」
「俺の方こそ…ありがとう」
これから死ぬというのに、恐怖という感覚は無い。
とても不思議な気分だ。

ロザリーはナイフを鞘から抜きだし、その刃をあらわにする。
その黒光りをするナイフを持つ手は手首まで消え、ほとんど見えず――
ナイフは、ほとんど浮いているような状態だった。

部屋の中で、俺とロザリーは対峙する。
お互いに見つめあい、二度と垣間見る事は無い姿を目に焼き付ける。

俺はナイフに取り込まれ、彼女を見ることはもう無いだろう。
ロザリーもまた、生きた俺を見る事は無い。


そう…これが俺の最期の刻だ。


俺は深く深呼吸をし、ロザリーに向けて言い放った。
「さあ―――…来い!!」
………
ロザリーはナイフを構えたまま、こちらを見つめている。
その見つめている目には、迷いが見えていた。

「―――やっぱりダメ!!」
構えを止め、ナイフを下ろす。
「――!?」
「なんで…?何で殺すのが睦月なの!?どうして………どうしてよ!!」
ロザリーが悲痛な声で叫ぶ。
「ロザリー……」
「イヤ……『あなた』を殺したナイフが『あなた』になるなんて…!!」
「私は…!!私は『静川睦月』あなたと一緒にいたいの!!あなたを殺したナイフと一緒なのはイヤ!!」
「……………」
「……他に…方法は無いの…?私には殺せないよ…」
ロザリーが何かに問うように喋る。

「ぐ…何だ…?」
『音』ではない、嫌な『音』が頭に響き渡る。
「――何!?ナイフが!!」
それと同時にロザリーの持つナイフが、怪しく発光し始めた。
「まさか…、ダメ!!お願い、止まって!!」
「ど…どうしたんだ!?」
痛い頭を抑えつつ、ロザリーに聞く。
「私が『殺し』を完全に否定したのと、睦月が『死』を望んだことで、ナイフが自らの意思で睦月を殺そうとしてるんです!!」
ロザリーは、まるでパントマイムをしているかのように、
肘の部分まで消えている腕で懸命にナイフを抑えかかっている。

「ロザリー…力を抜け」
「ダメ…!!そんなことしたら睦月に――!!」
「俺はロザリーに殺されない。そのナイフに殺されるんだ」
「そんなの…ダメ!!止めて!!」
ロザリーが必死に抑えているが、そうは長く持たないだろう。
ナイフが俺を貫く刻は、もう目前まで近づいている。
おそらく俺がさらに強く『死』を望めば、ナイフはその勢力を強めるだろう。


「ごめんな。ロザリー…」
「イヤ…、睦月…睦月!!」
「さあ、黒色のナイフ―――俺を殺せ!!」
痛みを増す頭痛。
ナイフが一段と俺の命を欲しがった証拠。
ナイフはロザリーの手のある位置から少しずつ動き、
一定の場所を越すと、凄まじいスピードで俺に向かって飛んできた!!


「イヤーーーーーーーーーーーーーーー!!」


ロザリーの叫びが、ナイフが俺の身に突き刺さる音を掻き消した………。



―――――――――



…死ぬ時には痛みも無ければ、意識もはっきりしているものなのだろうか?
そして、自分が立っているという感覚になっているものなのだろうか。
…………立っている?

「…………あれ?」
どうやらあの瞬間、目を閉じていたらしい。
目を開けてみると、自分の部屋に立っていた。
「………睦月?」
声のする方を見ると、ロザリーが立っていた。
不思議そうな顔をしていたロザリーだが、その顔がみるみると泣き顔になっていく。

「……俺死んだ?」
「バカ…生きてるわよ…ッ!!グズ…うわあぁーーーん!!」
ロザリーの猛烈なタックルを受け、思いっきり押し倒される。
「…変だな。確かにナイフが飛んできた気がするんだが…」
上半身を起き上がらそうとして、床に手を付く。
右手に違和感を覚え、その右手を見る。

「…………なんじゃこりゃあ!?」
「グス…え?」
俺の右手は、黒いナイフがグッサリと貫通していた。
「……痛くないし、血も出てないな…ぬ…抜いていいか?コレ」
そう、その貫かれた右手は、痛みも無く、血も出ていなかった。
「多分…グス…大丈夫だと思う」
抜く際にメキメキグチャグチャとかグロテスクに鳴ったら嫌だなと思いつつ、ナイフを引き抜く。
案外、そのナイフはするりと抜け抜く際にも痛みはなかった。

一体どうなってるんだ?
「何でこのナイフが俺の右手に刺さってたんだろうな」
今はもう共鳴を起こしていないのであろうナイフを見る。
「…睦月、そのナイフ貸して」
「ん」
ナイフを渡す。
「………やっぱり」
「どうした?」
何か確信が持てたように、うなずくロザリーに聞く。
「今このナイフには命が宿っています」
「………俺は死んでないのに?」
「睦月、あなたは以前言いましたよね?」
「………?」

「『この右手には、俺とは別の命を持っている』と――」

「…まさか……」
「ナイフは、間違いなく睦月本人の命を求めていました。ですが、刺さる直前に右手が動き、ナイフを受け止めたんです」
「全然記憶に無い…」
「睦月の右手は、『生きて』あなたを守ったんです」
俺は今は穴が開いている右手を見る。
「今は多分あの絵は描けなくなってます」
ロザリーが俺の右手を包む。
「…睦月の右手は、常人と何にも変わらない右手に戻ったんです」
「…いいんだ。ロザリーが消えないですんだなら」
俺の右手を包むロザリーの手は、前と同じ華奢な指が見えるようになっていた。

「これからは…ずっと一緒にいられるんだよな?」
ロザリーの顔を見る。
「あの…このナイフを提出して来なきゃいけないので、もう少し待っててください…」
申し訳なさそうに、言う。
「締め切りは守れよ?」
「あなたに言われたくありませんよ」
「言うねえ、ハハハハハ…包帯どこだっけな…っと」
穴が開いたままでは何か嫌なので、包帯を取りに立ち上がろうとした、
「………あれ?」
突然意識が遠のき、そのまま仰向けに倒れる。
…体が動かん


「あらら…手のとはいえ、命を吸われましたからね。体は相当衰弱してるはずですよ。今日は休んでてくださいね?」
「うがぁぁぁ…」
喋ろうにも、口の神経全体が麻痺して喋れない。
「さて…と。私はすぐにこれを提出してきます。日付が変わればどちらにしろ私は消えてしまうので」
倒れてる俺の顔を覗き込み、ロザリーが心配そうな顔をする。
何か訴えようにも、体が言う事を聞かない。
「それじゃあ、風邪を引かないように気を付けてくださいね?行ってきます!!」
そう言うと、ロザリーはパタパタと玄関の方に走って行った。
「行ってきます!!」
玄関で元気な声が聞こえた。
だが、いつまで経っても玄関のドアが開いた音はしなかった。
「あっがが…(行ったか…)」


俺は静かな部屋のなかで、布団も何もかけられずに放置されていた。

唯一部屋の中で音を出している時計は11時30分を差していた。

~エピローグ~

「これラスト一個っすね?」
筋肉の目立つ作業服を着た茶髪青年が、確認をしてきた。
「はい。あとは手荷物です」
手荷物と言っても、黒電話とスケッチブックと鉛筆
カメリーメイトが入ったボストンバックだが。
「それでは、家具は自分ら持っていきますんで」
「はい、ご苦労様です…っと、そうだそうだ。これ、みんなで飲んでください」
キッチンに戻り、置いておいた250mlpetのお茶が10本入った袋を渡す。
「ありがとうございます!!」
補給物資に大げさに茶髪の頭を下げ、精一杯の感謝の意を示す。
「では、お願いします」
「はい、お任せください!!では!!」
茶髪青年は、また一礼し玄関を出て行った。

――――――――――――

「さてと…忘れ物はっと…」
閑散とした部屋を改めて見る。
「やっぱ、家具が無くなると広くなるなー…」
家具が一つもなくなったこの部屋で、
目に付くものと言えば、あの黒電話だけだろう。
「ふむ…家具がなきゃ忘れれる物も忘れられんな…」
もちろん備え付けの棚などに入っていた物は業者によって全て撤去され、今はトラックの中だ。

ポケットに無造作に突っ込んでいた右手を見る。
――穴は開いていない。
いつ塞がったのか覚えてはいない。
だが、俺の絵の才能はきっちり失われていた。
絵の仕事が出来なくなった事で、仕事はサッパリ来なくなった。
まぁ、正当な理由で引退するんだ。文句は無い。

「…となると、あとは『忘れ者』を待つだけだな」
黒電話の横に座る。
あれから五日ぐらい経ったが…未だに連絡が無い。
「まぁ、待ってれば帰ってくるだろ…ふぁ~…」
アゴが外れそうなほど、でかいアクビをする。
窓から差し込む光がぬくもりを提供し、昼寝に丁度いい体温に保ってくれる。
「果報は寝て待て…か…」
いつ帰ってくるか分らない最後の荷物が来るまで、
午後の睡魔にひれ伏す事にした。


「つき…睦月…」
遅いぞ…ったく、いつまで待たせるんだ?
「ゴメンね…本当にゴメンね…」
…いや、そんなに謝らなくていいから。俺もそんなに怒ってないし…。
「ううん…違うの…ゴメンね…睦月」
…どうしたんだよ。違うってどういう意味だよ?
「睦月…ゴメン…ね…」
…ロザリー?―――ッ!!おい!待て、消えるな!!


「―――――!?」
…夢か…人生最悪の悪夢だな…。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…くそ…」
心臓が激しい運動した後のように暴れている。

「…嫌な夢見ちまったな」

――これがお前の物語の結末なのか?
間に合わなかった事なんて…ないよな?

ジリリリリリリリリリリリリリ!!
傍らに置いていた相棒の黒電話が叫ぶ。
「……………」
何をためらう事がある、電話の先の相手は分っていることだろ…。
震えている手で受話器を取る。
チン…

  ―――もし…もし電話の先が、彼女じゃなかったら―――

            ――彼女はもう…存在していないのかもしれない――


マイナスな思考が、頭で交差している中、俺は受話器を耳に当てた。
「…もしもし?」
ガチャン!!
「っと!?」
いきなり切られてしまった。
「………」

無機質な音の繰り返しが聞こえる受話器を耳に当てたまま、
俺の思考と体は固まってしまった。

―――――――

ピンポーン
「……………」
引越しって聞いて新聞の何かが来たか?
…居留守だ居留守…
ピンポーンピンポーン
「……………」
しつこいな…


……………
音が止んだ。諦めたか。

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!
「だー!!うるせー!!」
うるさい忘れ者を玄関に迎えに行く。
ガチャ
「うっさいわ!!」

ドアを開けた直後、目の前にあったのは

     鎖骨でした。

「睦月ー♪」
そう。帰ってきた同居人は、こともあろうに帰ってくるなり飛びついてきた。
「って、馬鹿、あぶねって!!うわ!!」
「キャ!?」
勢いをつけすぎたロザリーに、そのままなぎ倒される形で倒れる俺。
ロザリーはロザリーで、俺が倒れた事によってそのまま俺に被さる形で倒れこむ事になった。
バターン!!
「アイタタタ…睦月大丈夫?」
「あぁ、お前こそ…大丈夫か?」
「うん、ありがと…」
ロザリーを立たせてやり、スカートの裾の汚れを叩いてやる。

汚れをある程度落とした所で、ロザリーが何かを言ってもらいたそうな顔で俺のことを見ているのに気付いた。
帰ってきた同居人が、もらって嬉しい言葉か…。
一人暮らしの間に、その言葉の価値をすっかり忘れていたかもな。

「…おかえり。ロザリー」
「ただいま!!睦月♪」
俺とロザリーは、お互いに幸せな笑顔を浮かべていた。

「で、提出は間に合った――んだよな。消えてない所を見ると」
すぐにでも聞きたかった、無事に間に合ったかどうかを。
「えへへ…間に合った事は間に合ったんですけど…」
「…けど?」
「ナイフに『命』は宿っていても『意識』が入っていなくて、ちょっと問題になったんですよ」
刺したのは手だもんな…。
「で、どうなった?」
「協議の結果、大まかだが合格と言う事になったのですが…」
「…ですが?」
「ペナルティーとして、『姿はしばらくそのままにしてろ』だそうですぅ…」
ここまで言い、ロザリーはガクンとうなだれる。
「ハハハハハ!!」
「笑い事じゃないですよー!!せっかく16歳の身体に成長できると思ったのに…」
「結構コンプレックス感じてるのか?」
「うぅ…」
「まぁ、そのうち大きくなれるって。気長に待ってような?」
「何か上手く丸められてます…」
ちょっとふてくされたロザリーを閑散とした居間まで招待する。


―――――――――――――


「…にしても、何も無くなりましたねー」
「まぁ、仕事がなくなっちゃあな。ここにいる必要も無いわけだし」
壁に寄りかかるように座る
「でも黒電話は残してるんですね」
ロザリーは放られた受話器を元の位置に戻す
チンと小さく鳴り、黒電話は受話器を乗せた本来の姿に戻る。
「そういえば。…ロザリー」
「はい?」
返事しながら俺の隣にチョコンと座る。
「何で電話しなかったんだ?」
そのために電話の横に待機して待ってたってのに…。

それを聞くと、ロザリーは舌をペロッと出し――
「一度電話してから行こうと思ったんですが、何だか急に恥ずかしくなっちゃって…」
すぐ切れた電話の張本人はロザリーだったようだ。
「でも、その後また電話したんですよ?でも、それからずっと通話中で…」
ずっと受話器持ってたからか…。
「何で繋がらなかったんだろうなー?」
「受話器が戻されていませんでしたからね」
「ぐ…スマン…考え事してた」
「ふふふ…」
「な、何故ここで笑われる?」
「だって、受話器も戻さないで、何考えてたのかなって…ふふふ」
「聞きたいか?」
「いえ、予想付いてますので…あれ?あれってスケッチブックですか?」
「何でもお見通しか…ん?見るか?」
俺はバックからはみ出たスケッチブックをロザリーに渡した。
「きっと驚くぜ?」
そのスケッチブックには、俺の渾身のサプライズが施されている。

一枚…また一枚とページがめくられていく…そこら辺は暇つぶしに描いた風景画だ。
そろそろだな…。
「―――――!?」
ある一枚のページを見たとき。
彼女はハッと息を飲んだ。
「睦月…これって…」
「そう。お前だよ…ロザリー」
スケッチブックの数枚に描かれた一人の少女。
黒髪が似合い、無理に敬語を使って、とても可愛い俺の…【俺の家族】
笑顔のロザリー、窓から遠くを見つめているロザリー、俺に寄りかかってスヤスヤ眠るロザリー…。

【あの右手】と比べれば、お世辞にも上手くは無かった。
だが、これでも美大に通っていた身だ。風景画だってそれなりに構成はちゃんとしている。
「この前約束しただろ?」
「約束…?」
「あの右手じゃないけど、上手く描けてるだろ?」
「―――――あ…」
「誰が言ってたか忘れたんだけどさ、絵を上手く描くコツは、腕前でもセンスでもない…心なんだってな。俺がロザリーを描くのに、命を持った右手は必要ないんだ」
「睦月…睦月ぃ…!!」
ロザリーがボロボロと涙をこぼしながら、泣きついてくるを受け止めてやり、
優しく背中をなでる。
「嬉しいよ…!!私――!!私嬉しい…ッ!!」
「よかった…そんなに喜んでもらって俺も嬉しい…」

―――――――――

「ねぇ…睦月…」
「ん?」
泣き止んだロザリーは、今でも俺にべったりくっついている。
「睦月はこれからどうするの?」
「田舎に帰るよ…もちろんロザリーを連れてな」
「ふふふ…ありがと―――…。うん、決めた」
「ん?」
ロザリーは何かを決意したかと思うと、光を従えた瞳で俺を見つめた。
「私と睦月は…ずっと―――ずっと一緒ですよね?」

…俺はロザリーを失いたくない、それは命に代えても護りたい尊い存在だから。
ロザリーは俺の同居人であって、家族でもあり――――。
掛け替えのない【恋人】だ。
「あぁ、ずっと一緒だ。これからずっと―――」

その言葉を聞くと彼女はクスリと笑い、こう言った。
「私ロザリー…ずっとあなたと一緒にいます――。」




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