MEIKO シナリオ:三章

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&bold(){MEIKO シナリオ:三章} ;<背景:黒,独白モード> 彼がピアノを弾かなくなって2週間が経つ。 …彼女が連れて行かれて2週間。 彼の表情に懐かしいものを感じる。 思えば、彼女が店に来て、彼は変わっていたんだろう。 今の彼は、出会った頃の彼を思い出させる。 彼と出会った頃 一人になってしまった頃 …あの頃の自分を思い出させる。 A Fairy Tale in the Small Bar 終章『―Requiem―』 ;<ウィンドウモード> ;<背景:店内> いつもどおりの店内。混むこともなく。暇でもなく。 …なにも変わらない。 【佐々木】 「兄ちゃん」 【主人公】 「注文ですか?しばらくお待ちくだ」 【佐々木】 「あ、いや、そうじゃなく」 【主人公】 「えっと…お会計?まだ来たばっかり」 【佐々木】 「…最近、ピアノひかねぇな」 【主人公】 「………」 ピアノか… 【佐々木】 「ちょっと聞きたくなってな。  なぁに、メイコちゃんがいなくても、兄ちゃんのピアノだけで」 ;<立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「あ、ごめんね~。今、ピアノちょっと壊れてるのよ~」 【主人公】 「オーナー?」 【佐々木】 「あ、あぁ、そうなんかい」 【オーナー】 「そうなの。オンボロだしね。  修理代が厳しくてね~」 【佐々木】 「…いや、俺はてっきりメイコちゃんに逃げられて…あ」 【オーナー】 「佐々木さんっ………修理代がないのよね~」 【佐々木】 「いや、あのな」 【オーナー】 「…このお酒なんてどう?地酒なんだけど」 【佐々木】 「…あ、いやな、って、高っ!?」 【オーナー】 「………まだ閉店まで結構あるわよ~?」 ;<暗転> 弾けなかった。 あいつが連れて行かれてから、ピアノを見ることさえイヤになった。 ……… 閉店後、片付けの前に、オーナーにさっきのことを聞きたかった。 ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> 【主人公】 「オーナー」 【オーナー】 「なに?片付け終わったの?」 【主人公】 「いや、まだですけど」 【オーナー】 「じゃ、とっとと終わらせなさい。こっちだって、まだ洗い物がっ  …くっそぉ…しつこい油汚れめ…」 【主人公】 「…ピアノ、壊れてません」 壊れてないどころか調律したばかり。 …調律してから1度しか弾いてない。 【オーナー】 「…だから?」 【主人公】 「なんで、あんなこと」 【オーナー】 「なにか問題が?」 【主人公】 「………あいつのこと…なんで、なんで責めないんですか?  俺、あいつを行かせた…止めなかったのに」 【オーナー】 「…あのねぇ、従業員」 【主人公】 「は?」 【オーナー】 「私には経営者としての判断があるの。  あんたは黙ってそれに従いなさい」 【主人公】 「…でもっ」 【オーナー】 「従いなさいっ!」 【主人公】 「………オーナーだって、あいつのこと」 【オーナー】 「いいから従えってんだろうがっ」 【主人公】 「…はい」 【オーナー】 「よし、じゃあ、次の店休日は動物園ねっ」 【主人公】 「…はい………って、なんで?しかも店休日って、明日じゃないですか!?」 【オーナー】 「そうよっ、だからとっとと片づけを終わらせなさいっ!明日の朝は早いわよ~」 【主人公】 「いや、オーナー、あんた」 【オーナー】 「ぐだぐだ言ってると、あんた昼ゴハン抜きよ?」 ;<暗転> 横暴なオーナー。 あいつが来る前のいつも。二人の日常。 それに癒される自分がいた。 …あいつのことを忘れようとしている自分がいた。 ……… ;<背景:黒,独白モード> メーコちゃんがいなくなったと聞いたとき、 あのときと同じ痛みが、胸に走った。 覚えてる。 あの冬の日のこと。 忘れたい日のこと。 祖父が死んだあの日…ひとりになった日のこと。 周りからいなくなる親しい人たち。置いていかれる自分。さみしい。 独りは嫌。一人はイヤ。ひとりは…いや。さみしいのは…いや。 でも、ひとりでいれば…もうひとりになることはない。 だから一人でいたのに。 なのに…なんで、あいつを店に誘ったりしたんだろう。 なんであの子を店に誘ったりしたんだろう。 罪悪感?あわれみ?同情? …さみしかったから? あの子がいなくなって、ひさしぶりに感じた…さみしさ。欠けた感じ。 彼だけは。あいつだけは、そばに。 言えなかった。 責められなかった。 だって、彼がいなくなるかもしれないから。 連れ戻せなんて言えなかった。 大事な子だったのに。好きだったのに。 でも、それで、彼までいなくなってしまうのなら―― ……… ;<ウィンドウモード> ;<背景:動物園(檻前),立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「ふぅ…やっぱり、動物園はキリンよね」 【主人公】 「…そうですか」 【オーナー】 「早く来た甲斐があったわ。ベストポジションよ」 【主人公】 「…よかったですね」 開園1時間前から並んでいた客はさすがに俺たちだけだった。 もちろん、そのために今日は3時間も寝ていない。 …俺が起きたとき、弁当を完成させていたこの人は、いったいいつ寝たのだろう。 【オーナー】 「…ノリが悪いわね~」 【主人公】 「いや、眠いだけです」 【オーナー】 「あの長い首を見なさいっ」 【主人公】 「…ながいっすね」 【オーナー】 「興奮しない?どきどきしない?目、覚めない?」 【主人公】 「俺…ノーマルな趣味しかないです」 【オーナー】 「知ってる?キリンの首の骨って、あんなに長いのに  人間の首の骨の数と一緒なのよ?すごくない?」 【主人公】 「…すごいっすね」 【オーナー】 「ほんとよね~。生命の進化って、すごいと思うの。例えば、古典的なところで ガラパゴスの」 このパターンは良くない。 動物園マニアのこの人は、こうやって動物まめ知識を延々と語り続ける。 …逃げないと。 【主人公】 「あの、トイレ」 【オーナー】 「うるさい、聞け」 【主人公】 「で、でも、漏れ」 【オーナー】 「いいから、こっからがいい話なんだからっ!我慢なさい!!」 【主人公】 「………」 …オーナーの講義は1時間を越えた。 途中、本気で尿意を催したが言える雰囲気ではない。 【オーナー】 「でね、思うの。ここみたいに、まず人気の動物の配置を…」 ;<暗転> …まだ続くのか。 ……… ;<背景:動物園,立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「ふぅ~たんのうした~」 【主人公】 「そうでしょうね…そうでしょうとも」 キリンの檻の前で、3時間も足を止めていたのは、もちろん俺たちだけだった。 【オーナー】 「あ、観覧車」 【主人公】 「………」 【オーナー】 「知ってる?ここの観覧車にのったカップルは永遠に結ばれるか、  1ヶ月持たないんだって」 【主人公】 「…そう、なんですね」 【オーナー】 「ま~私の高校のころ流行った噂だけどね~。ジンクスってヤツ?」 【主人公】 「………」 ;<背景:CG02(MEIKO観覧車,セピアな感じ)> 観覧車に乗ったカップル…俺たちも当てはまるんだろうか… ;<背景:動物園,立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「おい」 【主人公】 「なっ、なんでしょう」 【オーナー】 「あ、いや、なんでそんな悲しそうな…じゃない  ………あんた、いま私の話聞いてなかったでしょっ?」 【主人公】 「へ?あ、すいません…」 【オーナー】 「あんたね、謝るくらいなら…ていうか、声聞こえないの知ってるんだから、  私の顔見てなかったら聞いてないのバレバレなのよ」 【主人公】 「…ま、まぁ、そうですね」 確かに、唇や表情を見つめていないと なにを言っているのかわからない。 【オーナー】 「だから」 【主人公】 「はい」 【オーナー】 「………あんたは、私の顔だけみてればいいのよ」 【主人公】 「はい…ってそれじゃ、俺、動物園に来ても動物見れないじゃないですか?!」 【オーナー】 「いいでしょ?そのへんのサルとかキジとかの顔より、私の顔を見なさいっ!」 【主人公】 「そんなひどいっ!!」 【オーナー】 「うるさいっ!!従業員は素直に経営者に尽くせっ!!」 【主人公】 「いや、あんた、そんなこと言ってると、こっちだってストライキとかっ」 急にオーナーの表情が緩む。 【オーナー】 「………元気、でた?」 【主人公】 「…すいません。気ぃ使わせちゃって」 そっか…オーナー、俺のために… 【オーナー】 「ま、従業員のケアも経営者の…義務みたいなもんよ」 【主人公】 「…ありがとうございます。わざわざ、こんなところまで」 【オーナー】 「…うんうん、感謝しろよ………こんなとこ?」 【主人公】 「え、いや、わざわざ、動物園まで来て励ましてもらって」 【オーナー】 「あ、ここに来たのは別にあんたのためじゃないわよ?」 【主人公】 「…へ?」 【オーナー】 「私が動物園が好きだから」 【主人公】 「…そんなとこだろうと思ってました」 【オーナー】 「うん。ま、励まそうかなーという考えもないことはなかったけど」 【主人公】 「そうですね…オーナーが、そんな…そうですよね、ありえないですね」 【オーナー】 「…なんか、すごく失礼なこと伏せてない?」 【主人公】 「そんなことないです。オーナーは繊細で優しい素敵な女性です」 【オーナー】 「そ、そうかな?」 【主人公】 「………」 皮肉で、喜ばれても…罪悪感が芽生えるじゃないですか… 【オーナー】 「…私ね、動物園好きなのよ」 【主人公】 「さっき聞きました」 【オーナー】 「ほら、動物園に来るとさ…  楽しかった家族との思い出とか思い出せそうな気がするじゃない?」 楽しかった家族との思い出か…。 そんなもの、俺にはない。 【主人公】 「…そうですか」 【オーナー】 「…あははっ、まぁ、そんなの無いんだけどね」 【主人公】 「え?」 【オーナー】 「どうしたの?マメにハト鉄砲当てられたような顔して?」 【主人公】 「…それ、セクハラのつもりですか?  …じゃなくて、えっと…動物園好きなんじゃ」 【オーナー】 「好きよ~?…たいてい、一人で来てたけどね」 【主人公】 「………」 【オーナー】 「なに?あんたも似たようなもんでしょ?」 【主人公】 「…そうですね」 ああ、一緒なんだ。 この人も、ずっとひとりなんだ。 【オーナー】 「誰かが…親しい誰かがいなくなるのはイヤじゃない?  私はどうしてもイヤ…周りから一人いなくなるたびに、すっごい喪失感があるわ」 【主人公】 「はい…」 【オーナー】 「ずっと一人でいれば、一人でいることができれば  そういうの味わわなくてすむけど…やっぱり一人って、さみしいから」 【主人公】 「…俺みたいなの引き込んじゃう?」 【オーナー】 「そ、ね。…ねぇ、メーコちゃんがいなくなってどう?」 【主人公】 「…俺も、オーナーと一緒です」 【オーナー】 「…そう」 ;<暗転> あのときのマツダの問い 「なぜMEIKOを渡せないのか?」 …今ならわかる。 嫌だったんだ。 誰かが自分の前から居なくなるのは 親しい人であればあるほど 機能なんて、人間かどうかなんて関係なかった。 ただ、あいつが連れて行かれるのを止めたかったんだ。 ……… 日が落ちてきた。 時計を見るとそろそろ閉園の時間…。昼が長くなっているのを感じる。 ;<背景:動物園,立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「さぁて、そろそろ帰ろっか?」 【主人公】 「オーナー」 【オーナー】 「ん?」 【主人公】 「明日、お休みもらえますか?」 【オーナー】 「………メーコちゃん?」 【主人公】 「はい、もう一度、会ってみようって…」 【オーナー】 「…そっか。仕方ないわねぇ」 【主人公】 「…まぁ、昼間に行くので、たぶん、開店には間に合うと思うんですけど」 【オーナー】 「いいわよ、行っといで」 【主人公】 「すいません」 【オーナー】 「………行っちゃえ、ばか」 【主人公】 「…すいません」 ……… マツダの研究所にむかい、受付で呼び出す。 ;<背景:研究所,立ち絵:マツダ> 【マツダ】 「あ、ああ、誰かと思えば…えーっとーあーそうそう、あの店のピアノの」 【主人公】 「どうも」 【マツダ】 「で、なにしに?  悪いんだけどさ…僕も忙しいからつまんないことで呼び出さないで欲しいんだけど」 …歓迎を期待してたわけじゃないが、こいつ本当に社会人か? 【主人公】 「あいつ…MEIKOに会いに」 【マツダ】 「ないけど?」 【主人公】 「いないって、じゃあどこに」 【マツダ】 「ちがうちがう。“いない”じゃなくて“無い”んだって、もう」 ……… 【主人公】 「かい、たい?」 わけがわからない 【マツダ】 「うん。解体済み。確認もしてある」 【主人公】 「なんで?」 【マツダ】 「必要なくなったからね。特に他に用途なかったし。  無駄なスペース無いんだよね、ウチ」 【マツダ】 「もちろん観測データとプログラムだけは保存してあるけど。  記憶領域は躯体についてるものだったし」 【マツダ】 「まぁ、新しい躯体でなんとか上手くいきそうだしね。  今のところ、特に問題は起きてないし」 【マツダ】 「今度こそ、いい結果だせるんじゃないかってね、みんなハリキってるところ」 なにをいってるんだ?こいつは? MEIKOに会えない? もう、いない? 【主人公】 「ほんとに、もう?」 【マツダ】 「…もうちょっと早く来たら、解体前に見せてあげるくらいできたのに」 ;<暗転> もうちょっと早く…? 俺が、もっと早く… ……… ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「…おかえり」 【主人公】 「………あれ?今日」 【オーナー】 「残念ながら、お客あんまり来ないから、今日は休業」 …待っててくれたんだろうな、きっと。 俺と…MEIKOを。 【主人公】 「…すいません。無理でした」 【オーナー】 「そっか」 【主人公】 「………はい、すいません」 【オーナー】 「…飲むわよ?」 【主人公】 「え」 【オーナー】 「いいじゃない、たまには。  いっつも飲んでる連中の相手ばっかで、私ら飲んでないんだし」 【主人公】 「そりゃ…そういう商売」 【オーナー】 「たまには、いいじゃん?ね?…たまには、さ」 【主人公】 「………そうですね」 飲むのもいいかな…たまには酔っ払ってみるのもいいか… ……… 【オーナー】 「そっか…もう」 【主人公】 「はい…」 研究所であったことを… 間に合わなかったことを話した。 【オーナー】 「………残念だったわね」 【主人公】 「すいません、俺がもっと早く…」 【オーナー】 「ん…そうね」 【主人公】 「すいません…」 【オーナー】 「ね?」 【主人公】 「え?」 襟元をつかまれ、ひきよせられる。 【オーナー】 「目を、つむれ」 【主人公】 「…え、あの」 【オーナー】 「いいからっ」 ;<暗転> 目を閉じる。 殴られる? …でも、そうされても仕方ない、か。 さらに身を引き寄せられる…投げか、サブミッションか… ほのかに柑橘系の香りを感じる。オーナーの香水か… 肩に手をかけられる。 …唇に暖かいやわらかい感触。 目を開ける。 ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「…誰が、目あけていいって言った?」 【主人公】 「………あんた、なにを」 【オーナー】 「…うるさい、ばか。黙って目閉じてろ…ばか」 彼女の顔が迫る。 思わず、目を閉じる。 ;<暗転> …やわらかくて、しめった何かが、口に押し付けられる。 ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> 【主人公】 「…あの」 【オーナー】 「…ね、いいじゃない、二人でもさ。一人よりはアレだし」 【主人公】 「………」 【オーナー】 「二人でもいい、よね?」 【主人公】 「………はい」 【オーナー】 「ひとりってさ、さみしいじゃない」 【主人公】 「…そうですね」 【オーナー】 「…それって、ひとりになんないとわかんないし、  ずっとみんなでいると忘れちゃいそうになるけど」 【主人公】 「はい」 【オーナー】 「やっぱり、ひとりはさみしい」 【主人公】 「…はい」 さみしい…どんなに否定しても、どんなに自分を騙しても …ひとりはさみしい。 【オーナー】 「おじいちゃんがね、いたの」 【主人公】 「…前のオーナー?」 【オーナー】 「うん。大好きだった。でも、死んじゃったんだ。事故で、トラックにはねられて」 【主人公】 「………」 トラック… 事故… 【オーナー】 「おじいちゃん、厨房でコックでさ、店の中では店長って呼ばないと怒られて」 【オーナー】 「買出しから帰ったら、いなくなってて、電話があって」 【オーナー】 「死んだって、言われて」 【オーナー】 「つづけていこうって思ったの。ここはおじいちゃんの店だし。  …思い出もたくさんあるし」 【オーナー】 「で、コック募集して、アルバイト雇って」 【オーナー】 「なんとか、続けてようと思ったんだ………でもね」 【オーナー】 「オーダーをね、厨房に持っていったとき、愕然としたわ。  いなかったの、そこには」 【オーナー】 「やさしく微笑みかけてくれるおじいちゃん」 【オーナー】 「…ひとりだって、気づいた」 【オーナー】 「自分はひとりになったんだって。誰もそばにはいてくれないんだって」 【オーナー】 「親とか他の家族なんて最初からいないようなものだったし」 【オーナー】 「おじいちゃんだけが、家族だった」 【オーナー】 「だからね、あの日…あんたが、私を助けてくれた日  …ホントは死ぬつもりだったんだ」 【主人公】 「…え?」 あの日、俺が音を失った日。 あのときの…? 【オーナー】 「おじいちゃんと同じとこで、同じように死んだら…もしかしたらって」 【オーナー】 「気づかなかったでしょ?  あんたが、命かけて、助けた女って、ホントは生きたくなかったの」 【オーナー】 「ごめんね…ずっと言えなかった。あんたの耳、私のせいなのに」 【オーナー】 「ごめん、なさい」 ;<暗転> オーナーが頭を下げる。 …ちがう。オーナーが悪いんじゃない。 だってあれは… 【主人公】 「オーナーを助けたのは俺のワガママですから」 ;<背景立ち絵戻す> 【オーナー】 「………え?」 【主人公】 「あそこで、誰かが死ぬの見るのがイヤだったんです」 【主人公】 「自分が、見たくなくて、それで」 【主人公】 「体が動いて」 【主人公】 「すいません」 【オーナー】 「そっか…」 【主人公】 「…すいません」 【オーナー】 「………じゃあ、おあいこってことで」 【主人公】 「いいんですか?」 【オーナー】 「いいよ、私は」 【主人公】 「だったら、いいんじゃないですか」 【オーナー】 「…そうね。  ねぇ…あんたは、どこにも行かない?」 【主人公】 「そばにいます」 【オーナー】 「ずっと?」 【主人公】 「はい」 【オーナー】 「それって、プロポーズ?」 【主人公】 「…そうですね、それもいいかもしれません」 【オーナー】 「そう、だね」 ;<暗転> その日は夜遅くまで、言葉もなく杯を傾けつづけた。 【オーナー】 「ね、いっしょにさ?」 【主人公】 「いいですね…それも。家族、俺も欲しいです」 ……… ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> Bgm bgm3001.ogg 【主人公】 「あっ、ま、また、そんな重いものっ」 【オーナー】 「…なに?あんた、私にマドラーより重いもの持たせないつもり?」 【主人公】 「で、でも、おなかのっ」 【オーナー】 「いいのよ。少しくらい運動した方が…お客さん、待ってるわよ。  さっさと弾いてきなさいっ」 ;<暗転> ……… あいつがいなくなって、だいぶ経った。 もう、思い出すこともあまりなくなったけれど きっと忘れることはないと思う。 ;<背景:店内> 【佐々木】 「おう、兄ちゃんっ」 【主人公】 「佐々木さん」 【佐々木】 「今日も楽しみにしてるぜっ」 【主人公】 「…お世辞でも嬉しいです」 【佐々木】 「バッカおめぇ、男にんなことすっかよ」 【主人公】 「………そうですね」 【佐々木】 「ほんと、最近、めちゃくちゃ良くなったぜ?  メイコちゃんが来る前は聞いても聞かなくてもよかったけど  今じゃ聞かずには…って………すまん」 【主人公】 「あ、気にしないで下さい」 【佐々木】 「ま、まぁ、マジで最近の兄ちゃんのピアノはいいよ。  ほら、他の客だって静かにしてるだろ?」 【主人公】 「…佐々木さん、何かリクエストありますか?」 【佐々木】 「お、なんでぇ、新しいサービスかい?」 【主人公】 「まぁ…そんなとこです。」 【佐々木】 「じゃ、あれ聞かせてくれよ、あの、メイコちゃんがいたときよく弾いてた…」 ;<背景:CG03(歌うMEIKO,顔見えない?ぼんやりしてる。)> 【主人公】 「………」 【佐々木】 「…兄ちゃん?」 ;<背景:店内> 【主人公】 「あ、すいません…えっと、あの曲、もう忘れちゃって、昔自分で作って  即興で弾いてたようなもんだから」 【佐々木】 「…あ、え?そうなんかい」 【主人公】 「そうですねぇ…シューベルトとかどうです?」 【佐々木】 「ん?いや、まぁ…よくわかんねぇけど」 【主人公】 「…シューベルトの、そうですね…セレナードなんか、いいかもしれません  こんな夜ですし…」 【佐々木】 「兄ちゃん」 【主人公】 「なんです?」 【佐々木】 「…わりぃ」 【主人公】 「………じゃ、ちょっと弾いてみます」 【佐々木】 「あぁ」 ;<暗転> さっきから姿が見えないけど、どうしたんだろ… 彼女は、大丈夫だろうか… 無理をしていなければいいけれど。 ……… ;<背景:店の外,独白モード> さて、そろそろ、看板をなおさないと 彼の演奏は続いている。 聞いたことがない曲。今日、はじめての曲かな? もしかしたら、彼が、また作曲したのかもしれない。 …あの日から、彼女が帰ってこないことがわかってから 彼はまたピアノを弾き始めた。   ただ、彼女とともに奏でた曲だけは弾かない。決して。 あのころ弾いていたオリジナルの曲は弾かなくなって 映画やドラマで聞いたことがあるような曲ばかり弾くようになった でも、曲の優しさは変わらない…そんな気がする。 よいしょ…っと 彼は優しい。 私のそばにいてくれる。私を心配してくれる。 それだけで幸せだった。 あれ? ふと、通りを見渡すと、少女が立っていた。 肌が白い。長い髪を頭の両側で結んでいる。かわいらしい女の子。 …どこか彼女を思わせる。そんな女の子。 近づいてくる。ウチに用かしら?お酒、飲むような歳に見えないけれど。 差し出される紙片。   “お水を1はいください”   どこか懐かしい文字… 女の子は目をふせがちでおどおどしていて、やっぱりあの子と似たふいんき… 言葉が話せないのだろうか? 店の中からは、まだピアノの音が響いている。 「ごめんなさいね。もう閉店なの」 気づけば、そう口が動いた。 少女は肩を落として、暗い路地に消えていった。 ピアノの音が消えている。 彼が心配する前に、戻らないと。 看板を片付ける。 もう一度、少女の消えた先を見る。 いない。 よかった…。 知ってる。彼はまだあの子を忘れてない。 閉店後、誰もいなくなった店であの曲をひいてる。 きっとあれは、あの子のための曲。 いなくなったあの子に捧げる曲。 だから、彼にあの子を近づけたくない。 もう、他に誰もいらない。 彼はここにいる。どこにも行かない。どこにも行かせない。               ずっと、ずっと二人で。 Fine
&bold(){MEIKO シナリオ:三章} ;モノローグ ;<背景:黒,独白モード> わかっていた ここになにもないことくらい 自分がなにも持っていないことくらい わかっていた どんなに求めても、それはもう手に入らない 手に入ったとしても、それは消えてしまう わかっていた 手に入らないのならあきらめればいい 必要じゃなかったと思えばいい わからない 自分はどうしてそれを求めるのか なにが欲しいのか A Fairy Tale in the Small Bar 三章『―Songs without Words―』 ;重なる手 ;<ウィンドウモード> むかしのことを思い出すときがある。 街で子どもと手をつなぐ夫婦を見かけたとき 公園で戯れる親子連れを見かけたとき 幸せな親子のテンプレートに沿った日常 そういう憧れだった情景を目にしたとき 意識せず思い出した―― ……… ;<背景:CG03(歌うMEIKO)もしくは背景:店内,立ち絵:MEIKO> 彼女の歌声が響いている。 客達は飲食の手を止め、こちらに目を向ける。 店内は静まり返り、彼女の歌に耳を傾ける。 俺には聞こえないけれど、 聴客の姿を見れば、その歌声の価値もわかる。 オーナーによると、ここのところ売り上げが伸びているらしい。 大したものだと思う。 そんな彼女の歌を聞けないのは残念なことだ。 でも、まぁ…ピアノが弾ければそれでいいかと思う。 ピアノを弾くことができれば満足だし、聞けないものはしょうがない。 鍵盤に触れて、音を奏でる…真似ができれば、それでいいと思っていた。 … ;<背景:店内,立ち絵:MEIKO> 【MEIKO】 「あ、あの」 【主人公】 「ん?どうした?」 【MEIKO】 「調律、しませんか?…ピアノ、その」 演奏が終わってしばらくして、彼女はそんなことを言い出した。 【主人公】 「必要ない」 【MEIKO】 「で、でもでもっ」 【主人公】 「こないだ話したろ?必要ないんだ」 【MEIKO】 「で、でもですね、せっかくなんだから」 【主人公】 「だいたい調律すんのにいくらかかると」 ;<立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「そんなにしないわよ?  それに、最近売り上げ伸びてきたし。先行投資とでも思えば」 【主人公】 「…それでも必要ないだろう。客が聞いてるのはおまえの歌声だ」 【MEIKO】 「そ、そんなこと」 【オーナー】 「いいのよ~拗ねてるだけなんだから。  それにね、嫌がるのは調律して自分がホントに下手だってバレるのが怖いからよ」 【主人公】 「………」 【MEIKO】 「…そうなんですか?」 【主人公】 「…そうだ。だから、勘弁してやってくれ」 【オーナー】 「あら、素直」 【MEIKO】 「………」 【主人公】 「さて、とっとと片づけを」 【MEIKO】 「…ぃやです」 【オーナー】 「え?メーコちゃん?」 【MEIKO】 「…かんべん、してあげません。  あんなに、キレイな音なのにもったいないです」 【主人公】 「………」 【MEIKO】 「いいじゃないですか、へたでも。  それにオリジナルの曲しかひかないんだったら  調律してもしなくてもいっしょですよね?」 【主人公】 「…おまえ」 【MEIKO】 「あ…え…あ、あの、すいませんっ!!ごめんなさいっ!!  わたしなんかが…えらそうなこと…すいませんっ!!」 【主人公】 「いや…」 【オーナー】 「そうよねぇ…お客さんも“どうせ”メーコちゃんの歌しか聴いてないんだし~。  調律してもしなくても一緒よね?」 【主人公】 「………」 【MEIKO】 「あ、あの」 【主人公】 「…わかった」 【オーナー】 「あら、素直」 【主人公】 「………」 【MEIKO】 「あ、あはははは…」 調律か…。 まぁ、いいか…。 ;<暗転> ……… ;<背景:黒> 次の日、MEIKOとピアノを調律することにした。 今まで、何度となくピアノの調律を見ていたし、ピアノの構造は理解してるし。 耳は、MEIKOがいるし。 できそうな“気”がした。 簡単そうだし…と思ったのが、間違いだった。 ;<背景:店内(ピアノ?),立ち絵:MEIKO> まず…低音域から。弦一本だし。 チューニングピンを回して弦を引っぱる。鍵盤を叩く。 【MEIKO】 「…そうです。あともうちょっと高くです」 さらにピンを回す。鍵盤を叩く。 【主人公】 「…これくらい?」 【MEIKO】 「…もうすこし高く」 さらにさらにピンを回す。鍵盤を叩く。 【主人公】 「…こんなもん?」 【MEIKO】 「…もうすこし、です」 【主人公】 「………」 もうちょっと、思い切って回してもいいのかも… よし、ぐいっといくか!ぐいっと!! 【主人公】 「あ」 【MEIKO】 「え?きゃっ!!」 妙に軽くなったと思ったら、弦が切れたらしい。 はねるピアノ線にMEIKOが驚いて… ;<背景:CG04(重なった手①)> 【MEIKO】 「あ、すいません…」 【主人公】 「いや…」 どういう状況なのか…その手が俺の手に重ねられていた。 相変わらず、人間みたいな手だと思う。本物の女性の手と変わらない。 ;<暗転> 白鍵みたいな指… 【MEIKO】 「あ、あの」 【主人公】 「ん?」 【MEIKO】 「その、手、なんですけど」 【主人公】 「…ああ」 いつのまにか握ってしまっていたらしい。 白くて、ちょっと冷たい手。 【主人公】 「…悪い」 【MEIKO】 「…い、いえいえっ、とんでもないっ」 手を離す。 ;<背景:店内,立ち絵:MEIKO> 重ねられた手、重なった手と手。 【MEIKO】 「や、やっぱり、あのちゃんとした調律師の方にまかせたほうが」 【主人公】 「ああ、そうだな」 頭の中がぼんやりする。 手、つながれた手。 赤い手と手。 【MEIKO】 「…あの」 【主人公】 「ん?」 【MEIKO】 「だいじょうぶですか?」 …なんか俺、心配されるようなことしたっけ? 【主人公】 「…なにが?」 【MEIKO】 「あの、ちょっと、なにか…その…お辛そうです」 【主人公】 「つらそう?」 【MEIKO】 「はい…。どうしました?  その、わたし…なにか、また失敗しちゃいました?」 【主人公】 「…そういうわけじゃ、なくて…ただちょっと」 【MEIKO】 「…ちょっと?」 【主人公】 「むかしのこと、思い出しただけだから」 【MEIKO】 「…そう、なんですか?」 【主人公】 「ああ、だから、気にしなくていい」 【MEIKO】 「…そうですか」 【主人公】 「あぁ」 そう、昔のこと。 あの手と手。もう忘れるつもりだった。 …忘れたいことほど忘れられない。 ;<暗転> ;<背景:黒,独白モード> 重なった手をみて思い出したのは 父さんの左手だった。 昔ウチにあった車は、オートマじゃなくてミッションで ギアをぐりぐり動かしていたのを覚えてる。 楽しそうに見えて、一度こっそり触ってみた。 動かなかった。 クラッチとかそういうのわからなかったから。 ただ、父さんはすごいって思ってた。 ;<背景:CG04(重なった手②)> 三人で出かけるときはいつも、 父さんの左手は母さんの右手とつながっていた。 俺は、彼らの空いている方の手か、服の裾をそっと握っていた。 そうしないと、たちまち置いていかれてしまうから。 そういうものだって思ってた。 彼らは二人で完結していたし。俺は付属品みたいなものだった。 食事のとき、自分は箸置きで、二人がお箸なんだなと子供心に思った。 いただきますしたら、忘れられる、要らなくなる…そんな自分。 自分はそういうものなんだってあきらめてた。 でも、幼稚園だったか、親子遠足の昼食のとき 周りの親子が一つのシートに腰を下ろしているのを見て 少し羨ましかったのを覚えてる。 嫌われていたんじゃないと思う。 ただ、興味を持ってもらえなかった。 それだけのこと。 二人が死んだのは、大学三年の冬。 久しぶりに帰省して三人で出かけたとき。 出かけた理由は…忘れた。 覚えているのは 二人が昔と変わらず、ずっと手をつないでいたこと。 トラックが目の前を通り過ぎたこと。 目の前にいた二人がいなくなったこと。 ;<背景:CG04(重なった手③)> 十数メートルはなれたところで見つかった 二人の手が赤く染まっていたこと。 それでも、二人の手がつながれたままだったこと。 いつか、間に入れるんじゃないかって 父さんの左手が俺の右手に 母さんの右手が俺の左手に つながれるときが来るんじゃないかって思っていたのかもしれない。 もう一生そんなことはないんだって、 自分は一人のままなんだって思い知った。 ;<ウィンドウモード> ;<背景:店内,立ち絵:MEIKO> 【MEIKO】 「せんぱい?」 【主人公】 「あ、ああ」 …また、ぼぉっとしていたらしい。 どうしたんだ今日の俺。 【MEIKO】 「…えと」 【主人公】 「そうだな業者に頼もう…参ったなぁ…  あれ、弦って一本いくらくらいするっけ?」 …忘れてしまおう。それが一番いい。 あいつらのことなんか…忘れて…ひとりで 【MEIKO】 「…さみしい、ですか?……かなしい、ですか?」 【主人公】 「………なんで」 【MEIKO】 「そう、見えます」 【主人公】 「………」 【MEIKO】 「ちょっと、いいですか?」 【主人公】 「え」 ;<背景:CG04(重ねられた手①)> 手を重ねられていた。 少し冷たい手が、なぜか暖かく感じられる。 見透かされていた。 …恥ずかしいさに似た感情がこみあげる。 【MEIKO】 「…ひとりは、さみしいですよね」 【主人公】 「………」 【MEIKO】 「だいじょうぶですよ。わたしもオーナーさんもいます」 【主人公】 「…ああ」 【MEIKO】 「もう…ひとりじゃありません。わたしたち」 【主人公】 「…そう、だな」 【MEIKO】 「はい」 ;<暗転> さみしかった、んだろうか。ずっと。俺は。 …ちがう。さみしくなんかない。 ………さみしいはずがない。 ずっとひとりだったんだから、さみしさなんてない。 でも、彼女の手をいつまでも振りほどけなかったのは 嬉しかったから。 恥ずかしいよりも…嬉しかった。たぶん。 自分が否定したい感情さえも理解してもらえて。 …嬉しかったんだ、俺は。 ;<背景:店内,立ち絵:MEIKO、オーナー> 【オーナー】 「なに乳くり合ってんのよ?」 【MEIKO】 「ちちっ?!」 【主人公】 「…いつから見てました?」 【オーナー】 「………調律おわったの?」 【主人公】 「えっとですね。我々の力では無理っぽいので業者さんに頼もうかと…  あの、それで…いつからそこに」 【オーナー】 「そう…それじゃ、あんた業者に連絡しなさい…今すぐ」 【主人公】 「え?」 【オーナー】 「………メーコちゃん、今から厨房の模様替えするから」 【MEIKO】 「えぇっ?!」 【主人公】 「模様替えって、あんた…」 【オーナー】 「なに?なにか文句あるわけ?」 【主人公】 「…ありませんっ!」 【MEIKO】 「…ないですっ!」 連絡してすぐ調律師さんがやってきて、ピアノはその日のうちに調律を終えた。 一方、厨房では謎の模様替えがおこなわれていたようで… その間、なぜかオーナーは機嫌が悪かった。 ;<暗転> ……… その日の晩 ;<背景:店内,立ち絵:MEIKO> 【MEIKO】 「…よ…っと」 【佐々木】 「おー泡ぴったり1センチ…メイコちゃんビール注ぐのうまいねぇ」 【MEIKO】 「はい。オーナーさんに鍛えてもらいました」 【佐々木】 「おー確かに嬢ちゃんも上手かったなぁ…んぐんぐっ………ぷはぁっ…  やっぱ若い娘に注いでもらうとビールも味が違うなぁ」 【MEIKO】 「そ、そうですか?えへへ…あ、お注ぎしますね」 【佐々木】 「え?ああ…んぐんぐっ…………ぷはぁ」 ;<暗転?もしくは横方向にスライドするような?> ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> 【主人公】 「へぇ…」 【オーナー】 「どう?上手くなったでしょ?  最近、お客さんの評判もいいわよ。  私の特訓のたまものね~」 きっと地獄のような特訓があったんだろうなぁ… ;<暗転> 自分のほろ苦い経験を思い出す… あれは…まだそう店に来て間もない頃 ;<セピアっぽくなる> ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> 【主人公】 「あ、あのオーナー、ピアノの位置…」 【オーナー】 「…なに?聞こえない?」 …何を言ってるのかわからないが、耳に手を当ててるし たぶん声が小さかったのかも? 【主人公】 「オーナー!!ピアノの!!」 【オーナー】 「うるさいっ!!」 ゴス ;<画面振動> 【主人公】 「な?」 カカトで思い切り蹴られる。 当時の俺は聞こえなくなったばかりで、唇が読めるはずもなく… 【オーナー】 「もうちょっとボリューム調節しなさいっ!」 【主人公】 「は?」 【オーナー】 「くぅっ!…」 “声の大きさ ちょうせつ うるさい!!” オーナーとの会話も筆談でおこなっていた。 【主人公】 「いや、できるわけないだろっ…耳聞こえないんだしっ」 【オーナー】 「できるできないじゃないっ!するのよっ!」 【主人公】 「何言ってんのかわかんねー!!」 【オーナー】 「だから、うるさいっ!!」 ゴス ;<画面振動> 【主人公】 「ふぐぅ…」 ;<暗転> 声が大きい、小さいと言われては蹴られて… ……… また、あるとき… ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「うちのオーナーは美人」 【主人公】 「………?」 【オーナー】 「うちの、おーなーは、びじん」 【主人公】 「うりの?ろーたーは?びぎん?」 【オーナー】 「………」 【主人公】 「瓜のローター?」 【オーナー】 「…う!ち!の!…お!お!な!あ!は!」 【主人公】 「…くにお?ころなぁら?」 【オーナー】 「~~~っ!!」 ゴス ;<画面振動> 【主人公】 「ふぐぅ…なにを…」 【オーナー】 「あんたマジメにやりなさいよねっ!」 【主人公】 「は?」 【オーナー】 「唇くらいさくっと読めなくてどーするのっ!!  そんなんでウチのウェイターが務まると」 【主人公】 「いや、何言ってるか…わからん」 【オーナー】 「ていうか、敬語使いなさいよねっ!  あんた従業員のくせに何様のつもりよっ!!  敬意を払いなさいっ!!敬意を!!」 ;<画面振動×3> ;<暗転> 読唇術の勉強を始めてすぐに、いきなり実践できなくて蹴られ… ……… ;<セピア終わり> ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> いろんなことがあったなぁ…ていうか蹴られてばっかじゃん、俺… 【オーナー】 「どしたの?」 【主人公】 「いいえ。  ちょっと昔の…ここに来たばっかりの頃を思い出しただけです」 【オーナー】 「あ~懐かしいわね~。あの頃って、二人ともまだ仕事に慣れてなくって」 【主人公】 「…そうですね」 【オーナー】 「あの頃、あんたナマイキで人の料理にケチつけてくるし」 【主人公】 「…砂糖と塩が大量に違ってたら、何か言いたくもなります」 【オーナー】 「………今でもナマイキね。ていうか、あんたがまともに働けるのって  私のおかげよ?全部。読唇術覚えるのも付き合ってあげたし  ウェイターのやり方教えてあげたし。感謝足りてないんじゃない?」 たしかにオーナーのおかげだろう…たしかに…感謝もしてる… しかし、双方の主観的な歴史には大きな隔たりがあって… 【主人公】 「…そうですね」 【オーナー】 「なに?その微妙な表情」 …これ以上話を続けても悲劇的な結果を迎えそうだったので 話題を転換させよう。 【主人公】 「皿洗いさせとくのがもったいないですね…あいつ」 【オーナー】 「……そうね。…売上も上がるんじゃないかしら、ほら」 【主人公】 「え?」 ;<暗転?もしくは横方向にスライドするような?> ;<背景:店内,立ち絵:MEIKO> 【佐々木】 「んぐっ…んぐ………ぐ………ぷはぁ…はぁ…はぁっ…」 【MEIKO】 「おつぎしますねー」 【佐々木】 「まって…まって…あと五分…休憩…」 【MEIKO】 「わかりましたー。5分後にまた来ますねー」 ;<暗転?もしくは横方向にスライドするような?> ;<背景:店内,立ち絵:オーナー> 【主人公】 「………」 【オーナー】 「ね?」 【主人公】 「いや…佐々木さん…なんかもう顔青いですよ?まっさおですよ?」 【オーナー】 「………まぁ、そういうこともあるわよ」 【主人公】 「………」 今夜、珍しくも佐々木さんは早々と帰っていった…。 ちょっと気の毒だった。 ;<暗転> … オーナーから料理を受け取って、フロアを眺めると MEIKOが今度は酔っ払いに絡まれていた。 髪が異様に長い…この店では珍しい女の客だ。 ;<背景:店内,立ち絵:MEIKO> 【MEIKO】 「あ、あの、お客さん」 【酔っ払い客】 「いいんです…どーせ…私にはむいてないんです」 【MEIKO】 「そんなこと…」 【酔っ払い客】 「…どーせ私にはもともとDTMの才能なんてなかったんですよ…最初から  …ああいうの、やっぱり、生まれつきの才能なんですよ…」 【MEIKO】 「で、でも」 【酔っ払い客】 「すいません…あのアルコール…なんでもいいから酔えるの、下さい」 【MEIKO】 「の、飲みすぎは」 【主人公】 「おい、そろそろ始めるぞ」 【MEIKO】 「あ、はい………あ、あの…元気だして下さいね」 … 【主人公】 「…ああいう酔っ払いは、相手にしなくていいぞ」 【MEIKO】 「でも」 【主人公】 「ただ構ってほしい、慰めてほしいだけなんだから」 【MEIKO】 「でも、それで、あの人が、私がかまったりすることで、  このお店にきてよかったって思ってくれるなら…」 【主人公】 「はぁ…、お前な」 【MEIKO】 「あ、あの…今日は一曲目、あの人のために歌いたいんですけど」 【主人公】 「…好きにしろ」 …誰かのために歌う。それに何の意味があるのか。 わからない。 ;<独白モード> ;<背景CG03(歌うMEIKO)or 背景:店内,立ち絵:MEIKO,オーナー> いつものように鍵盤を叩く。 視線は彼女の表情に。…楽しそうだ。 ピアノが奏でる音を、彼女が響かせる声を想像しながら、鍵盤に指を落とす。 先ほどの酔っ払い客もグラスを傾けながら歌を聴いている。 やさぐれていた目は、どこか安らいで、表情も柔らかいものになっている。 安らぎ、癒し…彼女の歌声にはそういった印象があるらしい。 そういう感想は常連客がよく口にするし 実際、来店した客のほとんどが、安らいだ表情で店を出て行く。 満たされていた。 彼女とつながっていられるような気がして。 その声が聞こえなくても…それでもよかった。 ピアノを弾き続けた。 … そして、今日も閉店時間ギリギリまで、演奏を続けた。 ……… ;<暗転> ;<ウィンドウモード> 閉店間際、片づけをしていると 店から出て行く客の流れに逆らって、入ってくる男がいた。 ;<背景:店内,立ち絵:マツダ> 【主人公】 「…すいません。そろそろ閉店」 【??】 「いや、構わないよ。探し物しに来ただけだからね。  まぁ、ちょっとした噂を聞いてきただけだから。  …ああ、迷惑なら、ワインの一本でも頼むけど」 【主人公】 「…は、はぁ」 妙な…怪しい客だった。 変な客が集まる店ではあるが…その中でも群を抜いておかしい客だった。 どこかでタイムマシンでも作っているような、漫画や映画に出てきそうな そう、マッドサイエンティスト的な雰囲気が漂っていた… ;<立ち絵:MEIKO> 【MEIKO】 「せんぱいっ、さっきの………!?」 【??】 「…MEIKO、探したよ。本当に可聴域の音が出せるようになったんだね」 【MEIKO】 「………」 【主人公】 「え?」 ;<立ち絵:オーナー> 【オーナー】 「おーい、従業員どもーサボってないで…って、お客さん?」 【??】 「…貴女は………ふむ、ここに来たのも偶然ではないのかもしれないな。  …それも含めて、今後の計画立案が必要か…やはり、例のプログラムか」 なにを言ってるんだ、こいつは…。 【主人公】 「…あの」 【??】 「ああ、悪いね。  MEIKO、回収して帰りたいのもやまやまなんだが、  まだ受け入れが困難な状況にあってね。まぁ…明日にでも、また来るよ」 【オーナー】 「えっと、どちらさん?」 【??】 「…失礼。  申しおくれました…僕、アルゴン社研究部第二研究室長のマツダといいます。  あ、名刺もってないんです」 【オーナー】 「…はぁ」 【マツダ】 「それでは、やるべきことがありますので」 ;<マツダ去る> 今のはMEIKOの…? オーナーのことも知ってたみたいだし… 【主人公】 「………オーナー」 【オーナー】 「なに?」 【主人公】 「お知り合いですか?」 【オーナー】 「うーん…どうだろ?どっかで会ったことがあるような気もしないような?」 【主人公】 「…どうなんです、それ」 【オーナー】 「いや、あんな個性的なやつ忘れないと思うんだけど…あれ?」 【主人公】 「ま、オーナーの記憶力に…」 【オーナー】 「ていうか、聞くならメーコちゃんに聞きなさいよ」 【主人公】 「………」 【MEIKO】 「…えと、あの人は、その、わたしが前いたところの、研究所の人で」 【主人公】 「研究所?」 【MEIKO】 「はい…。歌えなくなっちゃったから、その、出てきちゃったんですけど」 【主人公】 「…歌えるようになって、連れ戻しに来た?」 【MEIKO】 「はい…たぶん」 【主人公】 「…そう、か………じゃあ戻るのか?その研究所に」 【MEIKO】 「…わかりません」 【主人公】 「わからないって…」 【MEIKO】 「………わかり、ません」 【オーナー】 「…メーコちゃんは、どうしたいの?」 【MEIKO】 「え?」 【オーナー】 「帰りたいの?」 【MEIKO】 「………」 【オーナー】 「…それとも、ここにいてくれる?」 【主人公】 「………」 【MEIKO】 「………命令があったら、その、帰らなくちゃいけません。 …わたしは、ボーカロイドなので」 【オーナー】 「…そう」 【主人公】 「………」 ;<暗転> MEIKOがいなくなる。 大したことじゃない。 また、オーナーと二人で店をやっていけばいいだけ。 彼女の歌声がなくなってしまえば、客は減ってしまうかもしれない。 まぁ、でも、それも元に…一ヶ月くらい前に戻るだけ。 全然、大したことじゃない。 ……… そして夜が明けて あのうさん臭い男…マツダがやってきた。 ;<背景:店内,立ち絵:マツダ> 【マツダ】 「昨日言ったとおり、迎えにきたんだけど…不在?」 【主人公】 「帰ってくれ」 【マツダ】 「は?」 【主人公】 「あいつは渡せない」 【マツダ】 「渡せないって、君…ていうか、あれの持ち主は僕なんだけどなぁ。  理由がなにかあるのかな?」 渡せない。だって、あいつは… ;<選択肢:A…なんでだろう?> 【主人公】 「………」 【マツダ】 「…まぁいいけど」 【主人公】 「と、とにかく渡せないっ」 ;<選択肢:B,店に必要だから?> 【主人公】 「………店に必要だからだ」 【マツダ】 「…店にねぇ」 【主人公】 「…そうだ」 【マツダ】 「ふぅん…そうか。ちょっと話をしようか?」 【主人公】 「なっ」 【マツダ】 「まぁ、いいからいいから、長くなるから座りなよ」 【主人公】 「………」 ここは、あんたの店じゃないんだが…いや、俺のものでもないけどさ。 【マツダ】 「フランツって心理学者がドイツにいてさ、彼が1932年に出した論文で “不可聴域音の精神作用”というものがあってね、それによると…」 【主人公】 「フカチョーイキオン?」 【マツダ】 「…ああ、可聴域というのは20Hz~20kHz程度の周波数帯のことで  光に可視光と赤外線のような目に見えない波長の光が存在するように」 【主人公】 「は、はぁ…」 いきなり、何の話を… 【マツダ】 「………まぁ、簡単に言うとだ…聞こえない高さの音が人間の精神に  なんらかの影響を与えるかもしれないという内容なんだわ」 【主人公】 「それがなんの…」 【マツダ】 「まぁ、それ以降、この手の研究は心理学のやつらが実験なんかも  やっちゃってくれてるからおそらく確実なんだけどね」 【マツダ】 「ほら、ヒトラーが演説の際、重低音をながしていたり、洗脳の際に  17Hzくらいの音を聞かせたりしてたのは有名でしょ」 【主人公】 「有名…?」 【マツダ】 「で、だ。周波数を選んで特定の音をだせば、ある程度、人間の感情とかが  コントロールできるんじゃないかなっていう研究をしてるわけだ…僕らは」 【主人公】 「へぇ…」 【マツダ】 「まぁ…実際、どの周波数のどんな音を流したら、人がどう反応するかという  共通性のある結果が出てないんだ。個人差があるんだな」 【マツダ】 「そこでだ、個人差があるのなら個人をモニタリングをしながら、  出力する音の周波数などなどetcを変えていけば…」 【主人公】 「………?」 【マツダ】 「つまりだね、対象者の心音、脳波、体温、発汗量などを観測しつつ、  それによって精神状態を推測し、その状況に見合った音を出力するわけだ」 【主人公】 「つまり?」 【マツダ】 「…つまり、落ち込んでるときには、楽しくさせる音を  怒ってるときには、穏やかにさせる音を聞かせちゃおうという…  まぁ、その作用がある音自体は人間には聞こえないんだけどね」 【主人公】 「それが、あいつとなんの関係が」 【マツダ】 「…あれ?わかんない?…あれはね、  今言った機能を取り付けたボーカロイドなんだよ。  人間の精神状態を把握し、状況に適切な音を出力する実験機、ってとこかな」 …精神状態を把握?音を出力する実験機? そう、あいつは機械。でもあいつは、俺の… ………精神状態を、把握? ;<独白モードというか、画面の中央に文字を表示。文字背景は透過した黒?> 『…ひとりは、さみしいですよね』 ;<ウィンドウモードに戻る> 【マツダ】 「まぁ、そんなこんなを組み込んだら、気がつけば、不可聴域の音しか  出力できなくなっていてね。いや、これは完全に僕のミスでさぁ。  それを解決しようとしてたら、あれ、外に飛び出しちゃってさ」 【主人公】 「………」 【マツダ】 「まぁ、おかげで、何故だか、可聴域の音も出力できるようになってるし、  結果オーライかな、と。  …なぜ可能になったかっていう報告書、書かなきゃなんだけどねぇ」 【主人公】 「…精神状態を把握って?」 【マツダ】 「うん、MEIKOは、対象者のさまざまなデータから、人間の心理や感情…  まぁ、楽しいとか悲しいとかね、そういうのを理解するようにできてる」 【主人公】 「…できてる」 【マツダ】 「そう、そのために、MEIKOには限りなく人間に近づくように人格  …といっていいほどのプログラムが組み込まれてる。  まぁ…これは僕のつくったものじゃないんだけどね」 【主人公】 「………」 【マツダ】 「気づかないことは無かったと思うよ?  あれ、機械のくせに人間の表情や感情に敏感だったりしただろう?」 ;<画面中央に文字を表示> 『はい。こんな歌かなって…。せんりつはおだやかだけど。 ちょっとさみしいかんじ』 『…さみしい、ですか?…かなしい、ですか?』 『…ひとりは、さみしいですよね』 ;<ウィンドウモードに戻る> 【マツダ】 「それに、店の客達はあれの歌を“癒される歌”だとか言ってなかったかい?  君は…ああ、そうだったね。  …しかし、不可聴域なら聞こえてるかもしれないな、癒されたりしたかい?」 ;<背景:(CG03,歌うMEIKO)(セピア色とかになったりしませんか?)> 【主人公】 「………」 ;<背景:店内,立ち絵:マツダ> 【マツダ】 「まぁ、そういうこと。  君があれのどこに惹かれたのかは知らないが、そういう風につくってあるんだから」 【主人公】 「…つくってある」 【マツダ】 「そうだよ。実際、僕が床を舐めろって言えば、あれは忠実にその通りに動くよ?」 【マツダ】 「まぁ、ピグマリオンコンプレクスって言ってね…人形に恋しちゃうっていうのは、  古い時代からあるもんだから、そう悲観すべきでもないんだけどね」 【主人公】 「………」 ;<立ち絵:MEIKO> 【MEIKO】 「…せんぱい?………マスター?」 【マツダ】 「まだ、あれが必要かい?  …悪いけど、この機能はこんな酒場で浪費していいもんじゃないんだ」 【主人公】 「………」 【MEIKO】 「せんぱい?」 【マツダ】 「帰るよ、MEIKO」 【MEIKO】 「…せんぱいっ」 【マツダ】 「ふぅっ…命令だ、って言わなきゃわかんないのかなぁ…」 【MEIKO】 「…はい、了解しました。マスター」 【主人公】 「………あ」 【マツダ】 「そうそう、君さ、聞いてたけど、耳聞こえないわりに、それなりの演奏できてて、  まぁ、執念と努力が感じられたよ」 【マツダ】 「難聴のピアニストとして、デビューしてみるのもいいんじゃないかな?  現代のベートーヴェン…いいかもねぇ…うちの会社の支援も入れようか?  あ、彼も君も正確には中途失聴者に分類されるのかな?」 【MEIKO】 「…せんぱい」 【主人公】 「………」 【マツダ】 「…じゃあ、失礼するよ」 ;<マツダ MEIKO去る> 【主人公】 「………」 ;<暗転> 桜が咲き始めて、春らしくなってきたころ MEIKOは連れて行かれた。 俺は、それを黙って見ていた。…見ているだけだった。

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