※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

……てち……てち……てち

光を感じて薄く目を開いた。
目に入ったのは白い天井。

昨日はしっかりと寝たはずなのに、体がひどくだるい。

……てち……てち……てち

寝た気が全くしないのはなぜなのだろう。

徹夜を決め込んだ日に迎えた、朝のように、頭にはもやがかかってた。

……てち……てち……てち

……あ゛ー?

……なんだろう、このてちてち言ってるのは。

……てち……てち……てち

……てち……てち……てち

男「……っがァ!!うるせえ!!」

布団をはねのけ上半身を起こすと、しょぼしょぼとしている目でてちてちと音のする方を見た。

……てち……てち……てち……

流しの蛇口から、水玉が一定のリズムで落ちていた。

男「……(近づいて蛇口を絞める)」



――水と睡眠時間だけでなく、何か色々なモノを、ひどく損した気分だった。


  *   *   *


女宅玄関前。

ボタンを押すと、ぴんぽーんぴんぽーんと気の抜ける電子音が鳴った。

男はくぅあと大きな欠伸をする。

何テンポか遅れた後にインターホンから「はいー」と機械に通った女の母の声が聞こえた。

男「男です」

「あらあらーどうぞー」と声。その後に、「女ちゃんー男くんが、き」まで聞こえるとインターホンはピッと音をあげ沈黙した。

男はノブを引っ張ってドアを開ける。

男「おじゃましまーす」

途端にリビングのドアが開いて、女が飛び出して来た。

女「ちょ、ちょっと待っててね!」

そう言って尻尾を跳ねさせながら階段を駆け上がっていく女は、制服姿だった。

女母「おはようー男くんー」

開けっ放しになったリビングのドアからエプロン姿の女の母が出てきた。

男「おはようございます」

女母「ごめんねー。まだ支度が終わってないのよー」

そう言う彼女の手には、布製の紐が二本握られていた。

女母「家にくるのは遠回りになるでしょう?」

男「いえいえ、昨日『よろしく』って言われちゃいましたからね(にやり)」

女母「あらあらー、一途な男の子はカッコいいわねー(にこり)」

あははーと笑う二人。

男「まー今日は早く起きれたってだけなんですけどね」

女母「そうだとしても、ありがたいわー。なんだかんだで女ちゃんも緊張してるみたいだしー」

男「しょうがないです。俺だって少し緊張してますし」

女母「たぶんー大丈夫だとは思うけどー、もしもの時は男くんお願いねー」

男「はい(こくり)」

上から扉が勢いよく開くバタンという音と、「よーし」という声が聞こえた。

そしてバタバタぼふぼふと階段を降りてくる女。

女「よっしオーケー」

そう言った彼女の右肩には肩掛け型の鞄がかかっていた。

女はそれをきちんと掛け直すと、女の母に背をむける。

女「お母さん、尻尾お願い」

女母「はいはいー」

そう言うと女の母は女を尻尾を持ち上げた。

そしてスカートが捲れてしまわない程度でくるりと丸め、鞄の横に持ってくる。

女母「これは辛くないー?」

女がうんと頷くと

女母「ちょっと持っててねー」

女にまるまった尻尾を持たせ、さっきから持っていた紐で、鞄に尻尾を縛り付けた。

女母「きつくないかしらー?」

尻尾を結び終えると女の母は手を離してそう言った。

女は、廊下とリビングを何度かいったりきたりしてみる。

女「大丈夫みたい」

女は男に向き直る。

女「準備完了っ」

男「時間は―……ちょうどいいかな。よし、行くかー」

女は立ったままローファーを足に突っかけ、それから軽くしゃがむとかかとに指を入れてきちんと履きなおした。

女母「がんばるのよー」

女「うん、いってきまーす」

男「それじゃあ、おじゃましました」

女が先にドアを開け外に出る。続けて男。


女母「いってらっしゃーいー」

二人の背に女の母は手を振った。


  *   *   *


学校までは自転車で片道20分の道のりだ。これを徒歩でいくと大体二倍くらい、つまり40分ほどかかる。

ホームルームがはじまるのが八時半から、現時刻は七時半少し過ぎたあたりなので慌てなくても十分に間に合うだろう。

男と女は横に並びながら歩いた。

男「それにしても、よくそんな事を思いついたな」

男は肩掛け鞄に括り付けられてる尻尾をみながら言った。

確かにこれならば、少なくとも通学中にはあまり奇異な目を向けられないかもしれない。

女「でしょう、昨日お母さんと二人で考えたんだよ」

女は誇らしげに言った。尻尾の先が紐の下で揺れている。

女「学校ではね、ちょっとカッコ悪いけど、移動する時は腰に紐で固定しようと思ってるの」
どう思う?と男を覗き込む女。

男「みんなに変な目で見られるのは必至だな。でも、それを除けば一時しのぎとしてなら上手い手だと俺も思う」

女「うん。実は昨日、あの後にね、筋トレしてみたんだよ。と、いってもどうしたらいいのかわからなかったから、とりあえず自力で動かせる限界でパタパタやっただけだけどね」

男「んーそれ、本当に効果あるのか?」

女「だって他の方法が思いつかなかったんだもん」

男「尻出し損のくたびりもうけじゃないことを祈ってやるよ」

歩いている間、彼らと通り過ぎたり、すれ違ったりする人間は何人もいた。

そのうちの大半は人は女の尻尾に無関心で、たまには鞄に目を止める人もいたが、恐らく自分の中で説明を付けたのだろう。すぐに興味を失い、そのまま離れていった。

男と女は始めこそ詰め寄られないかと、いちいち挙動不審になっていたが、世間の自分たちに対する関心のなさがわかると、警戒はしようとも、普通に歩き続けれるようになった。

途中、以前に二人が通っていた中学校があるため、だんだんと周りに学生が増えていった。

男は一歩後ろを歩き、自分の身半分で女の尻尾の付け根が目立たないようにした。

中学校を過ぎれば、そろそろ友人たちと遭遇する確率が高くなってくる。

自然と二人は、警戒を強めていた。

女「誰にも逢いませんよーに」

男「こういう時に限って連続して遭遇したりするんだよな」

女「それをいうな」

男「まぁ、学校に近づけば嫌にでも逢うことになるが、その前に精神をすり減らしたくはないよなー」

女「そういうことです。さーさっさと行くよ」

速度を上げる女。そのまま左前方のコンビニを通り過ぎようとした。

焦る男。

男「ちょっとまて、俺の昼飯!」

背後から男にかけられた言葉を聞いて女は立ち止まり、一度コンビニを見ると、振り向いた。

女「えー」

露骨に嫌そうな顔で。

女「私はそこで待ってるから、行ってきていいよ」

女はそう言うと、コンビニの駐車場の端っこにある電話ボックスの横に行った。そこはコンビニの中からは死角に、道路からも比較的には目がつきにくい位置だった。

男「すぐ戻ってくる」


  *   *   *


男は女が電話ボックスまで行ったのを確認すると、急ぎめな足取りで店内に入った。

一歩足を踏み入れただけで、独特の油の匂いが鼻を刺激した。

あまりやる気の無い店員の「いらっしゃいませー」を聞きながら、まっすぐ向かったのはお惣菜コーナー。

冷房の利いた陳列棚にはおにぎりやサンドイッチ、サラダや麺類まである。

その中から、男は適当に、おにぎり二種類とBLTサンドを選び、レジへ運んだ。

会計中に店内を見渡すと、男と同じような目的の学生がちらほらといるのがみえた。

その中に知っている人物は……いない。

ほっとため息をつく男。

男(でも、ここからが大変だよなぁ)

財布から小銭を出しながら男は思った。

そろそろ学校への道が限られてくる。支流が本流に流れ込むように、色々な方角からくる生徒も同じ道を通るのだ。

もちろんその中には友人達やクラスメイト、同学年や果ては顔見知りまでも含まれている。

女の尻尾を隠しきるのは辛すぎるだろう。

男は店員から袋を受け取るとしゃかしゃか鳴ならしながら外へ出た。

男(女ーっと)

電話ボックスの方をみても、女はいなかった。

男(ありゃ?)

どこにいったのかとあたりを見回す男。

するとコンビニの敷地から少し出た辺りの歩道に、後ろ姿を見つけた。

男(しびれを切らして、先に出て待っているのか?)

いや、違った。

彼女の前には彼女と同じ制服を来た少女が立っていた。

そして彼女は何かを女に話しかけているようだった。


  *   *   *


ちょうど男が店内に入った時だった。

友「よー女ー。一日ぶりー」

その友人はまるでそれを図ったかのようなタイミングで、そう言いながら近づいてきた。

電話ボックスの横で捨てられた犬のようにびくびくとしていた女は、その声を聞いた瞬間に体をピクリと固めてギチギチと友人へと顔を向けた。

友「なぁーに幽霊が人魂ぶつけられたような顔してるのさ」

すぐそばまで来た友人は、固まっている彼女を見ると、いつものように意味不明な例えを口にした。

女はというとガタのきたロボットみたいにガッチガチになって、

女「お、おははよよよ」

と、どもりながら挨拶を言った。

友「あんたたちが前にいるのをみつけたからさ、一生懸命自転車を漕いで追いついたんだよ」

彼女は歩道から押してきた自転車のサドルをぽんぽんと叩いた。

女はガチガチビクビクしている。


友「……なんであんたそんなガチガチになってんのさ、風邪まだ治ってないんじゃないのー?」

無茶しちゃだめだよー と友人。

ビクビクしながら首を振る女。

友「ならいいけど。ま、ここで話してるのもなんだし、先に歩道んとこ行って男を待ってるか」


ほらいくよ と彼女に手をとられて、女は半ば引っ張られるように連れて行かれた。


  *   *   *


男(あれは……友か)

男は入り口の前から女の前に立っている少女の顔を確認した。

すると、相手もこちらに気がついたようで手を振ってきた。

男も振り返す。

男(まだ友のやつ気づいてないのか?)

男はちょっとの期待と不安を感じながら、二人に近づいていった。

友「おっすー男」

男「おーす、友」

挨拶を交わしあうと、男はひょいと女の顔を覗いてみた。

その顔は強ばっていて友の顔を凝視していた。

男(まぁ……そうなるよなぁ)

友「なんだかこの子、さっきから変なのよ。あんた、無理やり連れてきたんじゃないのー?」

二人の様子をみると、やはり友は尻尾に気がついていないようだ。

男「いや」

友への返事にそれだけ言うと男は考えた。

突然の事で女の思考は完璧に止まってる。

自分がどうにかしないといけないだろう。

このまま、隠し通せるか?

それともここで話しちまうか?

落ち着いてから、女が自分で話すほうがいいには決まってる。

けど……隠し通すのはやっぱり無理だろうな。

どんなにがんばっても途中で絶対に気がつかれちまうだろう。

それに、学校で話すとしたら、周囲に人がいる分もっとハードルが上がる。

それなら……。

男(今の内に、友もこちら側に引き込んじまうか)

友「男まで黙ってどうしたのさ。女の風邪でもうつった?」

男「あーちょっとな。それにこいつだって元気だって……なぁ?」

男は女を覗き込むようにして目を合わせた。

尻尾を見るように一度視線をずらすと、次は友の方にくいくいと向ける。

男(先手必勝で、言っちまおう)

すると女は男の目を見たまま、機能を停止したかのように、まばたきすらしなくなった。

決心しかねていたのだろう。

だが、少しすると、女は思い出したようにまばたきを二三度し、かっくんとうなづいた。

二人の間になにかのやりとりがあったのに気がついたらしい友は、訝しげにしていた。

男(たぶんこいつなら、ストレートに言っても大丈夫……な気がする)

もう、ほとんど勢いまかせだった。

男「……なぁ友さ、ちょっと大事な話があるんだよな」

振り向き様に男は言う。

友「なにさ?」

友は僅かに眉を顰めた。

男「あのさ、昨日よ、こいつ風邪だってことで休んだだろ? あれ、嘘なんだよね」

友「はぁ?」

なに言ってるんだコイツは、という顔で男を見る友。

それに構わず、男は女の両肩を掴む。

男「実はさ、こいつ」

女をぐるりと反対に向かせた。

スカートの下に吸い込まれている尻尾の付け根と、鞄に据え付けられている尻尾本体が友に見えた。





男「尻尾生えたんだよね」


友「……」

男「……」

女「……」

時が止まったかのように固まる三人。

車道ではパップーとかいいながら、車が通り過ぎて行った。

コンビニから出てきた学生が、固まってる三人を珍獣を見るような目つきで眺めていった。

ひょっとすると痴話喧嘩かなにかをしているように見えたのかもしれない。

男は友の様子を窺いながら、ごくりと唾を呑み込んだ。

男に肩を掴まれている女は、石像みたいに固まりながら、アスファルトの一点を見つめていた。

友は尻尾を見ながらポカーンとしていた。


まさしく幽霊が人魂をぶつけられたようなもとい、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔だった。



男「……」

女「……」

友「……はァ?」

硬直を一番最初に解いたのは友だった。

友はなんとか絞り出したといった感じでそれだけを言うと、視線が女の尻尾と男の顔を行ったり来たりした。

そしてまた、尻尾に視線がいき。

友「はァ?」

ともう一度言った。

男「……いや、だから、尻尾」

友「……モノホンの?」

男「モノホンの」

女「……」


友「……ぶっ」

ブァッハハハと盛大に笑う友。

何事かと女は男を見た。

男(あー……)

デジャヴュを感じる男。

男(この展開は……)


笑い声の途中で友は言う。

友「そ、それ、コスプレだろ!?」


今度は女がキョットーンとした。

男(……やっぱりこれが正常なリアクションなんですねー)

ブハっハハハ!

友「ば、罰ゲームか何かか?に、似合ってるよ女!か、かわいい」

うひひーはらいてー と友は腹を抱えて笑った。

その目には涙までも浮かんでいた。

友「ふふふふふははははははは」

女「……」

片手で支えている自転車もガクガク揺れるほど、本当に爆がつくような笑い方をしている友を、女は唖然として見ていた。

友「くふふふふはははは、ちょっ、ちょっと、笑いがとまらないひひひひひ」

男は、はぁ とため息をつく。

友「付けたまま学校に行かせるなんて、男も鬼畜だねぇハハハハハ」

女「……#」

さっきはガチガチだった女は、今度はふるふると震え出していた。

尻尾が紐と鞄の間で、窮屈そうに膨らんでいる。

男(あーキレるなこりゃ)

友が笑うたびにますます震えが増す女。顔も赤みがかってきていた。

女「……##(ぷるぷる)」

友「はぁはぁ(鞄の尻尾を見る)ふははははははは」

女「ッッ!!!」

繰り出される女の拳。

握りしめられたそれの行く先は……

男「俺かよお゛ブガッ!!!(鮮やかなフック)」


友「ハハハハハハハハハハ!!!!!」

ハァーっと息をはく女。

男はお腹を抱える。

男「なんで俺なんだよッ!!」

女「……いや、まー……友を殴る訳にいかないじゃない……だから、ね」

てへへと頭を掻く女。

男「ネ、じゃねーよ痛かったよマジで!」

女「ごめんー」

少し笑いが収まった友が二人のやりとりをみながら。

友「照れ隠しのパンチ?」

男&女「おまえ(友)が原因!!」


友「そりゃー笑いすぎたけどさ。それを笑わなくて何を笑えるっていうのさ」

倒れかけた自転車を支え直しながら友は言った。

男「いや、そこじゃねーよ」

友「? じゃあどこさ?」

男「本物なんだって、女の尻尾」

女も男の言葉に合わせて そうそう と頷く。

友「……冗談じゃないの?」

そうそう と二人。

友「……女、ちょっと」

こっちこいこい と手をゆらゆらする友。

言うとおりに自転車を大回りして友の前に行く女。

友「後ろ向いて」

半回転する女。

友「……うりゃー」 ばさりとスカートを捲った。

男は思った。ぱんつだと。尻尾のせいで上がりからないぱんつだと。

女「ち、ちょっとっ!」

友「どうせスパッツなんだからいいじゃん」

……スパッツでした。

男(……まぁそうですよね)

視線に気がついたのか、男をじろりと見る女。

男(がっかりなんてしてないもん。昨日生尻みれたからいいもん)

男は視線を逸らした。

友「どれ」

さわさわと触ってみる友。

女「……ぅー」

ぴくりとする女。

友「……あれ?」

今度は少し引っ張るように触る友。

ぴくりぴくりとする女。

女「ぅぅー……」

友「なんだこれ……完璧にくっついてる……」

うそォ といいながら尻尾を辿って本体を触る。

友「暖かい……本物?」

男を見る友。

男「だから初めから言ってただろ」

友「こんなのにわかに信じられるわけないでしょうが」

さわさわ さわさわ

女「……くぅ……っぁ……」

友「それにしてもなんでまた突然こんなのが」

男「それは本人含む皆がわかってないんだよ」

さわさわ さわさわ

女「もう……だめぇっ」

女は息を荒くしながら、尻尾を触る友の手から逃げた。

そして少しふらふらしながら男に近づくと寄りかかった。


男「…………」

女「はぁ……はぁ……」

自分の手と女の顔、そして男を順番に見る友。



友「…………えろいな」


   * * *


ホームルームが始まるのが八時三十分。

現時刻は八時二十九分。

学校まで、坂道(上がり)を残り約三百メートルの地点に、息の切れた学生が二人。

この状況を一般的に考えると、何を示しているといえるだろうか。


男「はぁ……はぁ……」

女「はぁ……はぁ……」

周りには、もう他の学生の姿はなかった。

いつもならば遅刻を決め込んだ生徒が数名くらい、開き直った顔をして悠々と歩いていたりするのだが、やはりこういう日に限ってみんな正しい時間で登校したようだ。

おかげで『赤信号、皆で渡れば怖くない』効果が無くなり、二人の焦りはいつもよりも大きくなっていた。

なおかつ、自転車のギアを一番小さくし、二人と併走する友がいることで――。

友「ほらほらー走らないと遅刻するよー。……と言うか遅刻確定だねー(腕時計を見る)」

さん、にー、いち、とカウントダウンする友。


ぜろー と言うと同時に、頭だけ見えている校舎の方から、籠もったチャイムの音が聞こえた。


  *   *   *


校舎前。

女「……つ……いたーぁ」

二人がたどり着いたのは、チャイムが鳴ってから二分後の事だった。

男と女は汗だくで、フルマラソンを走りきった後のように息が荒い。

コンビニ前を出発したのが十五分前で、途中から十分近く全力疾走をしたのだから無理もないことだった。

男「……はぁ……はぁ」

額から流れ出る汗を拭う男。

友は、校門から敷地に入ると、そのまま二人を抜かして駐輪場に自転車を置きに行った。

友は二人を置いて先に行ってしまえば間に合ったのだが、結局自転車に乗りつつも、二人の足に合わせて一緒に来たのだった。

自分が遅刻の原因であることを気にしたのだろうか。

それにしては羊を追う牧羊犬のように二人を楽しそうに急かしていたわけで、そんな事は毛頭も考えていなかったに違いない。

なにはともあれ、遅刻をしたことを除けば、無駄な人に逢うこともなく、学校につけたのだからよしとするか、と男は思った。

女「はぁ……ふぅ……」

男「すぅ……はぁぁー……」

二人が息を整えていると、駐輪場から友が、指先で鍵をくるくると回しながら出てきた。

それを確認した男は膝についていた手を離すと、もう一度額を拭った。

男「ふぅ……行くか」

前屈みになっていた体を起こす。

女はまだ辛いようで肩で息をしていた。

友「女、大丈夫?」

女はこっくりと頷く。

女「尻尾が、重いから、余計疲れた……みたい……ふう」

そう言うと、女も体を起こした。

それにあわせてしっとりと汗に濡れた鞄の尻尾が、紐の下でずるっと動いた。


走ったことによる振動で、紐が緩み始めていたようだ。

そして、汗が潤滑油の役割を果たしたようで、するるーっと鞄と紐の隙間から外れていく。

女「!」

男「!」

友「?」

とっさに二人の手が動いた。

はし!

はし!

太い部分を女が、地面につきかけた先の方を男が取った。

女「……か」

男「……間一髪」


友「へー、その尻尾ってやっぱり結構おっきいんだねー」

男と女が必死になって押さえた、展開されかかっている尻尾を見て友はそう言った。
女「自分で抱きかかえておつりがくるくらいだもんね」

男「ちょっとそっち渡してくれ」

女は男に尻尾を渡しながら、もふもふなんだよ と胸を張る。

男は尻尾を受け取ると、朝女の母がやっていた形に見よう見まねでしてみる。

男「こうでいいのか?」

女「んー……もうちょっとだけ緩くしてほしいかな……そうそうそれそれ」

よし と頷くと男は女に尻尾を持たせた。
鞄についたままの紐を外して、また結びなおす。

友は、ほうほう と関心しながらみていた。

キュッとリボン結びにして完成。

女「センキュー」

男「ユアウェルカム……むしろ俺をウェルカムし」

友「うーし、授業までブッチ切る前に行くかー」

友が男の言葉に被せるように言うと歩き出した。

女も友に従って歩き出す。

男もそれについて行こうとしたが、ふと思って校舎を見渡した。

ガラスに光が反射して、室内が見える教室は余りなかった。

だが、内側が見える教室の一つ。

三階の左から二番目の窓。

そこに目をやると、一人の男子と目が合った。

男(……あいつか)

あんまり見られたくない相手だったかもしれない。

男が少し苦い顔をすると、相手の男子は、右手をこちらに差し出した。

光が眩しくて男は目を細める。

男子が差し出している手は中指以外は全て折り畳まれ、その唯一立っている中指は天を指していた。

そしてそれを三秒ほど続けると、男子はふぃとそっぽを向いた。

男(ふぁっきゅー……ってか)


反応をみると、彼は女の尻尾には気がついていないようだが、何かもっとめんどくさい勘違いをされた気がした。