エヴェル・ブレー

エウェル・ブレー


 古代の角笛を復元、改良した楽器。1960年代楽器ができた当初は角製だったが、現在は木製、金属製キィ付き。サックスと同じマウスピースにアルト・サックスのリードを取り付けて奏する。

「エウェル(эвэр)」はモンゴル語で「角」、「ブレー(бүрээ)」は「ラッパ」を意味し、日本語に訳すと「角笛」というほどの意味である。これは1960年に初めて作られた楽器である。当初ゴーシチが楽器の提案し、自身で試作し、それをこの楽器の最初の奏者L.サムバルフンデブが試奏し、改良点を見つけていくというその試行錯誤を繰り返して作られた。後にはインドゥレーが製作に当たった。1960年、最初に完成されたものは、金属の筒状の芯の外側をハイナグ(ヤクと牛を掛け合わせた動物)の角を継ぎ合わせてカバーするという方法で作られた。象牙をはめ込んだ飾りつきで、孔は6つ。五音音階のみ演奏可能で、音域はB♭3からF5だったという 。
最初の奏者サムバルフンデブは同年、ウランバートル市青年宮殿 のジャズ・バンドに入って間もないバリトン・サックス奏者だったが、この経験を生かして新しい楽器の演奏、開発に携わるよう人民歌舞団に請われて移ったという 。
この楽器はほぼ新しく作られた楽器といってよいが、その元となった楽器としていくつかの異なる説明がある。バドラーはビャラル(бялар)という気鳴楽器が元になったとしている 。ビャラルとはペルシアのソルナ、漢語の哨吶に相当するモンゴル語とされる 。ヘルレンはオラム(урам)という、モンゴル人が狩を行うとき、鹿を呼び寄せるため、鹿の鳴き声を真似て吸って音を出す鹿笛が元になったと説明している 。この種の鹿笛 は東南部シベリア、モンゴル国では北部から西部にかけて使われていたものであるが、これは白樺材をくり抜くか、あるいは白樺の樹皮を丸め、外側を紐で縛って作られる。この他にも動物の角で狩猟、信号ラッパが作られていたらしい。世界各地の角笛の存在を前提としていたとするチョローンツェツェグのような説明もある 。バドラーの記事は1963年が初出であり、ビャラルはバドラハの著書でも扱われており、先祖の楽器の想定として製作者らの意図を反映しているとも考えられるが、ビャラルはむしろビシグールを指していた語であって 、エウェル・ブレーの構造とは著しく異なるものである。サムバルフンデブは、エウェル・ブレーは民族楽器オーケストラの音色の拡大を目指したもので、形状は持ちやすさも考慮に入れて作られた、としている 。これは、新しく製作した楽器に「民族性」を付与する、一種の説明原理でしかないと考えられるのである。
 その後もエウェル・ブレーはサムバルフンデブとインドゥレーの二人の共同作業で様々な改良が加えられ、現在使われている形に落ち着いたのは1965年である。この楽器についてまとめると以下のようである。なお大きさは筆者の実測である。
まず、1960年に作られたもののように実際に角製であると吹くときに出る唾液で浸食されボロボロと崩れてきてしまうため、木製となった。また最初の楽器はペンタトニックで2オクターブしか奏することができなかったが、キーを増やすことで半音階、3オクターブを奏することができるようになった。マウスピースを含まない管長が1mで、それが牛の角状にカーブを描いている。太さは歌口取り付け部に近い一番細いところで30mm、そこから徐々に太くなっていき、ベルの手前で70mmになるが内径は18mmで一定しているため、閉管楽器である。本体は白樺を黒く塗ったものだが、実は内部に金属の管が入っており、外側を木がカバーしているかたちになる。そこに真鍮製のキーがつけられている。キーの形状はファゴットのものに似ている。マウスピースはサクソフォーンのそれに似ているが、素材は黒檀。リードはアルト・サクソフォーンのものを、厚さを調整して使用する。持ち方は、左手で楽器の上半分についているキーを、右手で下半分についているキーをそれぞれ押さえるよう持つ。吹き口の反対側には金属製のベルがつけられている。音域は、1965年のものは最低音G2、現在は、下はF2から上はF5の3オクターブに亘り、1オクターブ上に記譜する。高音域は替え指などの工夫でもっと高い音も出すことができる。高音は鋭くサクソフォーンのようであり、中音は音量があまり大きく鳴らず柔らかで、低音はバス・クラリネットのような陰鬱な音色とバリトン・サックスのような攻撃的な音色を併せ持つ。更に近年製作されたものはベル部分が取り外し可能で、ケースに入れて持ち運ぶ際、ケースを小さくできスペースをとらず便利になった。
奏者の養成は、当初アマチュア芸能者を人民歌舞団で教育する方式で行われていた が、1979年に音楽舞踊中学校にエウェル・ブレー科が設置され、専門教育が行われるようになった。
サムバルフンデブによれば、彼自身この楽器の更なる音域の拡大に取り組みたいといい 、ソロ楽器としての性能の向上に期待しているようだ。しかし経済的理由から楽器製作者の協力を得るのに苦慮しているとのことである。

<参考>
•青木隆紘(2008)「面白管楽器発見!エヴェル・ブレー」(『PIPERS 11月号(327)』杉原書店、pp.18-21)
•青木隆紘(2008)「モンゴルの中心で角笛を吹く」(『日本とモンゴル 117』、日本モンゴル協会、pp.41-53)

最終更新:2012年10月13日 10:32