ホーミー


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ホーミー

英語:throat singing/overtone singing
日本語:喉歌
ハルハ・モンゴル語:хөөмий/хөөмэй(フーミー/フーメイ)、まれにхамраар лимбэдэх(鼻で笛の音を出す)

喉を詰めて声を出し、それを口の中、例えば舌と硬口蓋などの間に作り出した空間などで共鳴させて、低音と高音が同時に発声されているように聞かせる発声法。アルタイ山脈周辺の地域、現在のアルタイ共和国、トゥバ共和国、モンゴル国(特に西部に居住するオイラート系諸部族)、ハカス共和国などで行われている。ブリヤート共和国を形成するブリヤート・モンゴル人や、サハ共和国を形成するヤクート人の間でも行われていたと言われることもあるが、現在サハ共和国で伝統芸能として行われる喉歌は近年トゥバなどから再度入ってきたもののようである。
その起源はアルタイの山谷を抜ける風音を模倣した、放牧中遠くへ声を届けるため特別な発声を考えた、ツォール?という縦笛の音色と関連するなど諸説あるがいつ、どのように生まれたかははっきりしない。ただ各地に共通しているのは英雄叙事詩の語りの声の装飾として発達してきたという点である。この叙事詩語りの装飾の喉を詰めた発声はウズベキスタン、トルクメニスタン、カルムイクにも類似のものが見られる。この叙事詩における発声法は西モンゴルのオイラート系諸部族の間では「ハイラハ」などと呼ばれる。
最も古いこの種の発声法の記録はドイツの動植物学者P.S.パラス(1741-1811)がロシア科学アカデミーに招聘された際に、1771年から1776年に南シベリアで行った調査の時のものと思われる。
モンゴル国ではホブド県立劇場に赴任した作曲家のD.ロブサンシャラフがこの発声法に注目し、1954年自らのホブド県内の各部族の民謡を素材とした合唱曲《アルタイ讃歌》にホーミーパートを加え(当時ホーミーで音階は歌われておらず、記譜は言葉で歌う箇所を指示するだけのものだった)、この作品がウランバートルでも演奏されたことが舞台芸能化の契機となった。この曲を聴いた国立人民歌舞団の歌手T.チミドドルジがホーミーを習得し、民謡(ボギン・ドー?)をホーミーで歌うことを思いつき、ステージで繰り返し演じた。これは同じく人民歌舞団のソンドイらも行うようになり、モンゴルの現代ホーミーとして定着した。
なお、モンゴル国ではホブド県チャンドマニ村が「ホーミーの故郷」とされ、実際にこの村では非常に盛んにホーミーが行われ、有名な歌手を輩出している。しかしこの言説は1980年代にテレビ放送を通じて広まった言説であるにすぎず、チャンドマニ村がホーミーそのものの発祥の地と言うわけではない。
モンゴル国でホーミーで演じられるのはモンゴル民謡、モンゴル国の作曲家による《4人のホーミー歌手と民族楽器オーケストラの幻想曲》、Ts.ナツァグドルジ作曲の《ホーミーおよび馬頭琴奏者とオーケストラのための協奏曲》、フィリッパ・ジョルダーノや世界愛唱歌などの曲で、どちらかといえば上品なクラシックのスタイルでホーミーを行うのが主流である。対してトゥバではエスニックなスタイルを前面に押し出したバンドやポピュラー音楽系のバンドで用いられることが多い。その他各地で舞台芸能として演じられている。
現在トゥバ共和国は1992年より、モンゴル国は2008年より共にホーミー(トゥバではフーメイと呼ばれる)の国際シンポジウムを開催し、ホーミーの起源の地をめぐって競合関係にある。