リムベ


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リムベ


現在のモンゴル国および、モンゴル人居住地域の多くで横笛を指す。リムベ(лимбэ)はチベット語起源の語(gling-bu)でこの語が一般的になる以前はビシグール(бишгүүр)の語があてられていた 。バドラハによれば20世紀初頭モンゴル人地域で使われていたリムベの古い名はフンドゥルン(横の)・ビシグール(хөндлөн бишгүүр)であるといい、この種の楽器は3種類が元朝の宮廷楽団でも用いられていたとされる 。
 モンゴル高原周辺のモンゴル人地域のリムベの特徴としては、一般的に2つあげられよう。まず、ホルサン・リムベ(竹製のリムベ)を極度に乾燥した気候から守るために小型家畜の腸で包んだり、バターを塗りつけていたこと がある。それから、オルティン・ドーの旋律を演奏するために発達したビトゥー・アミスガル(閉呼吸)、もしくはノーツ・アミスガル(秘密呼吸)と呼ばれる循環呼吸による演奏法である 。この演奏法がいつごろ現れたかは定かではないが、1964年にはリムベ演奏の教育プログラムに入れられた 。
1930年代のモンゴル国の劇場の写真を見ると 当時使われていた竹製リムベは漢人地域で用いられていた笛子と同じもののように見える。なおゴンチグソムラー1939 によると、当時のリムベは後のモンゴル国のリムベでは廃された膜孔を含め8孔であった。そして二種類の息の入れ方(細い息と太い息)を駆使することで、C4、D4、E4、F4、G4、A4、B♭4、C5、D5、E5、F5、G5、A5の音が出せたという。
1934年には既に国立中央劇場で活躍し、後にモンゴル国を代表するリムベとシャンズの奏者となるL.ツェレンドルジが、当時典籍委員会に勤務していたコンドラーチェフに五線譜を学んでいる。その後少なくともスミルノーフの着任した1940年以降ウランバートルの劇場で演奏していた他のリムベ奏者も平均律で演奏するようになっていたと考えられるが、楽器自体には大きな改良は加えられなかった。ツェレンドルジは1957年より音楽舞踊中学校の教師となり、ロシア人派遣教師らから助言を受けつつ教育プログラムを充実させていったという 。彼はやはりモンゴル国を代表するリムベ奏者であるM.バダムら数多くの弟子を育てた。
演奏法が大きく変わったのは1962年である。L.サムバルフンデブによると 、1962年、ウズベキスタン国立音楽院の横笛の講師M.M.タイエロフが人民歌舞団の管楽器顧問として招聘され、リムベの運指法を改良し、楽器そのものは6孔のままで半音階を出す方法を教授したという。これは指をずらして孔を半開状態にするものである。これに対しインドゥレーは当初この方法に懐疑的だったものの、音色が損なわれず半音階が獲得されたため受け入れたという。最も積極的にこの奏法を取り入れたのはバダムで、彼はツェレンドルジと共に実験を続け、この方法を洗練させていった 。バダムはフルート奏者のリトヴィノフからも助言を受け、1979年にはリムベでモーツァルトのフルート協奏曲第2番の第1楽章を演奏したという 。バダムは師のツェレンドルジと共に1979年にリムベの教則本 も書いている。

中リムベ

最も広く使われているのは基本的にこの時点まで多く使われていた大きさのリムベで、現在ドンド(中)・リムベと呼ばれる。しかしゴンチグソムラーの著書にあるものより大きくなっていて、音域はB♭3からE♭6またはF6。実音で記譜する。以下のリムベも含めて全て6孔が基本である。インドゥレーはチューニング抜き差し管付きの真鍮製の中リムベを製作しており 、そのタイプのものは現在でも使われている。

大リムベ

1963年にインドゥレーが竹でイフ(大)・リムベを製作した。リムベという楽器の構造が大きく変えられたのはこの時である。すなわち管を抜き差ししてチューニングできる部分を初めて設けたのだ 。ただ、オーケストラでの演奏を前提に改良された他の楽器とは違い、このイフ・リムベはもっぱら独奏用の楽器で、オーケストラには用いられない 。長さは56cm、直径12mmである。E♭とFが基本の調となっており、音域はF3よりA5。ト音記号で記譜し、実音の4度上に記譜する。ボロルマーによればインドゥレーは後にプラスティック製のイフ・リムベも作っているが、こちらの大きさの決定は、インドゥレー自身が演奏していた中国のF-majorの笛子が基になっているという 。

小リムベ

ビャツハン(極小)・リムベまたはジジグ(小)・リムベ、ピッコロ・リムベと呼ばれる小さいリムベは1970年にインドゥレーが製作した。長さ25cm、真鍮製でイフ・リムベと同じくチューニング機構が付けられている。基調はヘ調で、音域はF4からA6。実音より4度下に記譜する。
その後、乾燥や寒暖の差の激しさの中でも一定の音程を保つために材質の変更も進んだ。インドゥレーはかなり早い時期からプラスティック製のものを実験しており 、これは現在でも一般的である。バダムは1980年代に中国の笛子奏者との交流の中で、ガラス製のリムベを中国側に製作を依頼し 、使用を始めた。
これを見ると、リムベはどちらかといえば歴史的復元ということは行われず、既存の楽器の改良、およびそれらに基づいて製作されていたといえよう。キー・システムなどは取り入れておらず、チューニングができるよう頭管にあたる部分を抜き差しできるようにしただけで、大きな改良がされたようには思えないが、材質そのものが変更されているため、見た目それまで使われていたものとは大きく変わった。また半音階奏法の採用はレパートリーの拡大、特に西洋クラシックの作品の演奏習得の規範化への拍車をかけたと言えるだろう。モンゴル国の民族楽器の合奏で採用されている442Hzで、一定の音程を確保するという問題は他の改良楽器全てに当てはまる問題である。