M.ドガルジャブ


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Магасаржавын Дугаржав(1893-1946)
Magsarjav Dugarjav
マクサルジャビーン・ドガルジャブ

 優れた歌手で、作曲、民俗音楽の研究も行い、1911年のボグド・ハーン政権を支えた官僚でもあり、1921年の革命にも参加している。
モンゴル近代音楽の祖というような評価を受けている。

その生涯
 スフバートル県ムンフハーン郡の生まれ。父親は清朝時代からの官吏で、ボグド・ハーン政権時代も裁判所長官などを務め、ドガルジャブと同じく自治モンゴルを実務家として支えた。ドガルジャブはまた長身で、180㎝近くもあったという。
 ドガルジャブ自身の経歴は、ボグドハーン自治時代の1917~18年には国防省および外務省の官吏、ウンゲルン時代には軍指揮官をしながら、モンゴル人民党(後の人民革命党)結成に参加した(当初はダンザンらと共に東クーロンのグループにあった)。人民革命軍のフレー占領後は、人民政府に加わり、東部国境方面の白衛軍掃討に貢献。1922~25年ダリガンガの東南部国境防衛大臣、1923~25年ウランバートル民警所長官、1926~28年ウランバートル市党委員会著作局主任、1928~29年ウランバートル市長、1929~32年在トゥバ共和国大使(田中克彦氏によるとこの時期中ソ大使を務めたとあるが、定かでない)、1932~36年外務大臣、1933年モスクワで開催された国際舞台芸術コンテストに師のU.ロブサン、弟子のJ.ドルジダグらと共に参加、入賞、1935年国家栄誉歌手として顕彰、1936年~国立ドラマ劇場専属歌手および政府機密局主任、1937年~二度目の在トゥバ共和国大使を務め、41年呼び戻され、帰任したその場で逮捕、投獄。1946年2月22日に「痴呆性精神病により」獄中で死去。56歳であった。

音楽活動
師は「ロブサン・ホールチ」と呼ばれたU.ロブサン(1885-1943)やM.ムルリンチン(Майдарын Мeрринчин、1881-1926)。革命の活動の傍ら歌を作り、歌手として活動した。元々民謡を伝承した人だったので、オルティン・ドーとボギン・ドーという民謡の形式を利用しながら「革命の実情を題材に歌を作り、新しい生活を賛美する心をもち、モンゴルの歌唱芸術のハーモニー及び節回し、楽曲形式の革新を行った」という。ただ曲を作るだけでなく、1923年頃から、ロシア人の音楽研究家・コンドラーチェフに西洋記譜法を学び、1930年代にA.エフレーモフから西洋音楽学を学び、1933年にはそれを用いてロシア人演奏家M.ベルリナ=ペチニコワと共にモンゴル伝統のオルティン・ドー、ボギン・ドー及び新時代の歌(自作も含む)を蒐集して楽譜に起こし、出版している。これはモンゴルでは初の試みだった。
 歌手としてのドガルジャブは、上記のコンドラーチェフの伝えるところによると「ドガルジャブは力強く、朗々としたバリトン風のテノールの持ち主で、それを絶妙に駆使した。彼の声域は大オクターブのGからF2にまで及んだ。高音部に差し掛かると、澄んだフルートのようなファルセットを用い、母音を長々と伸ばして歌う箇所は、コロラトゥーラのような軽快さでもってテンポの速い華麗な一節に仕上げた(『モンゴル英雄叙事詩と歌謡の音楽』)」。1935年に大規模な使節団と共に音楽家を率いてソ連に行った彼は、レコード録音を行い、スターリンの前でも歌って大いに感心させたという。
 実際の音楽家としての仕事以外にも、音楽教育のための研究をし、雑誌に《音楽をいかにして興隆させるか》という論文を書き その中で『民謡、民族音楽の遺産を研究し、選別された伝統を創造的に発展させること、音楽作品の創造を保証し、それを記録しておくこと、歌手の音楽的教養、専門性を高め、彼らの才能を伸ばすこと、音楽の組織を設立すること、特に才能ある歌手、音楽家を表彰すること、新時代の音楽の専門家を学校で要請すること、現代の音楽作品を作っていくこと、等の基本方針』を主張した。

 とにかくモンゴル音楽近代化のありとあらゆる局面で第一歩を踏み出した人であり、八面六臂の活躍ぶりを見せていた。

 代表作は革命軍の真っ只中で作った<赤い旗>、何人かとの共作<党の最初の大会>、スフバートルの死に捧げた<スフバートルについての歌>など。

  なおウランバートルの政治粛清記念館には、ドガルジャブの出版した楽譜と、ドガルジャブの使っていた4弦ホール(4弦の二胡のような楽器)が展示されている。

参考
Sh.ナツァグドルジ編『モンゴル人民共和国文化史』(1981年)
J.エネビシ「M.ドガルジャブの生涯と作品」(N.ジャンツァンノロブ編『モンゴル音楽研究』1989年)
田中克彦『草原の革命家たち』(中央公論社、1990年)

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