ハイタフ氏インタビューその2


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G.ハイタフ インタビュー2「モンゴルは知性を競わせて復活すべき」2006年8月24日
 モンゴル国の人民芸術家、労働英雄のG.ハイタフ氏にインタビューをするために電話をしましたら、好きなように都合を付けることができ、明日の15時30分に会うよう時間を決めました。私は15時34分にハイタフさんに電話して、来ていないのですね、と伝えるとそれに対して「わが息子よ、ちょっと遅れます」と言って昔かたぎの、時間をきちんと守るところを見せられました。
 まさにこの、素敵な白髪の老人は今日80歳を迎え、60年以上国のために働いています。我々の話はモンゴルの芸術の明らかな一翼を背中に何年も背負ってきた芸術への尽力者の抱く、社会における全ての問題を批判し洗い出す、と言うテーマで行われました。

―あなたの生活に支えが出来た時から話を始めましょうか。
H―人が成長するとは、小さいときから自分の少しばかりの知恵を向上させる入り口から、人の話から始めて、自分でもその人の生活を観察していく人になることです。私はだいたい4歳のときから自分のことを理解し始めました。私はドンドゴビ県の人間です。概してゴビの人々というのは人から抜きん出た、忍耐強い人々なのです。これは私のこれほどの長生きを確実にした、精神力の元なのです。苦労を味わい、働いて、知性を駆使してきたこのようなゴビの人々はものを見て目を開くことで、人生に悔いの残らないようにしているようです。何が言いたいのかと言えば、自分もこの中に入るのだということでしょうかね。

―人が社会にだけでなく、家族に名誉ある、尊敬されるべきだ、というハイタフ先生は話されていますね?
H―私は家族の尊敬すべき見本になるために話していることのない人間です。4、50年常に共によき生活を送っている、それほど素晴らしい家族なのです。家族の中で私の知っているよい話はありません。財産は生活を上手くいかせた水をきれいにした水と関係があり話すのが好きな人間です。「ゴビの人間に生まれるよりも、ハンガイの鹿に生まれたほうがましだ」という言葉があります。しかし私はこれに対しゴビを弁護して話すのが好きです。もしあなたがそう考えるのならば、「ハンガイの人間に生まれるよりもゴビのこおろぎに生まれたほうが良い」と反論するでしょう。虫になると、その体に至るときにうごめきます。人間になり手綱を付けさせると言葉を規則どおりに実行して、恐がって慌てて言葉に入っていかないものです。ただ自分の考えに合わせて生活し続けてきました。

―一番最初にどこでどんな仕事をして生活し始めたのですか?
H―学校を卒業した後、出版所で植字工をしていました。間もなく大芸術家であり作曲家のゴンチグソムラーさんが私を当時見出して下さり、耳元で囁いて「君は芸術の世界で仕事をするべき人間だ」と。出版所の仕事からエンジニアになろうと頑張ってモスクワに行き、モスクワ音楽院(チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院)で学ぶようになりました。

―あなたには興味をもって集めているものはありますか?
H―自分に必要なものを、と言うことで全ての種類のものを集めてはいませんでした。半分の他人に敵意のあるようにみられずにいたいものだ、という目的で小さいときから始めて、最初に身に付けたピオネールのリボンからネクタイまでとってあります。この年まで同じでした。舞台に上がるのに合った服装を容貌に合わせて身に付けるべき80歳すぎになっています。一つの旅行かばん一杯になりました。とても大切にしています。ハイタフのネクタイという呼び声を店で行えば美味しい食事のお金を手に入れられるでしょうから。

―グローバリゼーションに関するあなたの考えをお伺いしたいのですが
H―モンゴル人たちの最も主要な価値ある点は、民族語と民族文字の2つです。モンゴルらしさを失ってグローバル化しているこの時代に、私はより大きいことを話したいのです。もしモンゴル人が自分の言語や文字をなくしたらモンゴル人と名乗る意味がなくなってしまいます。丁度今、ここに2人の座っているドラマ劇場の前に自動車店をやっていて車を売っていますよね。これはなんともいえない状態なわけですね。国々の名だたる劇が演じられているこの素晴らしき芸術の殿堂の前で商売をしているという、ほめられたことではありません。また英語を学ぶというのが流行になっています。ロシア語が見捨てられています。

―あなたは政府とどのくらい関係をもっていますか?
H―政府と言うものを偉大なものとは思っていません。モンゴル政府は国民を混乱させています。政府に頼らず、「知性を競わせる」ことを考えています。チンギスは多くの人の知性によって世界を今日統治させています。チンギスの悪い知性を考え、よい知性を置き去りにするより、この偉大な人の知性でモンゴル人が生活すれば、今日このように一部の人が外国人に圧迫されて、手をこまねいている人々ではありません。この沢山の政党がモンゴル人を、袋をかぶせた角のようにしてしまいました。モンゴル人は平和なときに強い。これが理です。

―あなたのお子さん達について話してくれませんか?
H―子供たちを少し権威主義に育てました。私は自ら、政府高官達の権威主義の下で働き生活していたために、政府は私に近寄って影響を及ぼしてしまっています。自分達がしようと思った仕事をさせず、全て管理している状態に芸術家をおきました。これらは余計悪くはなっていないと思います。文化芸術によって教育した人はどんな面にも才能があると思います。人におこる全ての苦労と幸福で生活している普通の子供達ですよ。

―あなたは沢山のお弟子さんをお持ちです。若い歌手達についてのあなたの思いは?
H―抜きん出た歌手達が民主化革命前にもいました。ノロブバンザドさんは私と同郷の人です。歌手と弦楽器奏者の地ドンドゴビ、と言われています。ノロブバンザドは何百人にも一人と生まれないような歌手です。一般に選りすぐりのものというのは、沢山はありません。数の上では沢山の歌手がいます。しかし数は数だけです。数の先に質ありと言います。私にとっては、それはそれ、これはこれ、というように軽く見ることは出来ません。金の上に座った乞食、という諺があります。しかし私達は今、金の上に座った怠け者なのです。

―現在の社会の何に不自由を感じていますか?
H―私達のこの四方に壁のある建物は私達の住まいではありません。家というのはとても優れた知恵の生かされた独自の住まいです。(伝統的なモンゴルの家“ゲル”には)上にトーノ(排煙用の天窓)があり、これによって全ての素晴らしいエネルギーが入ってきます。家の中に生じている悪いものを外に出す出口です。そのまん丸く四隅の角のないゲルと言うものはどんな悪いものもとどまることができません。この何階もある、沢山建てられている建物は落ち着きません。社会が幾ら発展して文化的になったとしてもモンゴルゲルを捨てる必要はないと思います。またこの貧しさは私達の怠惰な状態と密接に関係があるのです。一人の大人物の言葉を例に出しましょう。労働英雄牧民のオチルは「モンゴル人は最先端の五畜(牛、馬、羊、ヤギ、ラクダ)で生活する知恵を発展させる必要がある。五畜は四つ足の上で稼動する工場のようなものである。自分の飼育する半分は他人への功徳にしよう。そうすれば私達に幸運が訪れます。」と言っています。

―私達モンゴル人の見て敬い信じる対象が増えました。大支配者チンギス・ハーンの記念像を、あなたはどのように考えていますか?
H―私達モンゴル人にとって見るものがあるのはとても良いことです。しかし記念像がこのように気持ちのいいものには思えません。またその場所を見つけることができませんでした。場所が十分ではありませんで、スフバートル広場に設置すればきっとどんなに要求にかなったものだったでしょうに。今はこうしてその広場をスフバートル広場と呼んでいますが、チンギス・ハーン広場と呼びましょうか。オボーの台座の上に9階建てくらいの建物の高さの、馬に乗ったチンギス・ハーンの立像を立てたらよい、と言う考えが60代の時、心に浮かんで、計画図まで描いていました。このオボーなら国家ナーダムと後、信仰のナーダムもできる場所になるでしょうに。

―芸術家達は年をとらない、と話していらっしゃるとか?
H―これはどうしても人民が素晴らしき人々を愛したときにこうして気分の高揚を愛することでしょう。われわれ芸術家は人民のその気分の高揚を手助けし育てて生き生きした状態にしているのです。長生きすると言うことを誰もが見ることができます。人は200歳以上生きる可能性があるといいます。一人一人の愛する気分の高揚を助けてあげていけば、誰もが長生きをすることができるでしょう。

―ありがとうございました。