J.ドルジダグワ


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ジグザウィーン・ドルジダグワ(1904年-1991年)

Жигзавын Дорждагва/Jigzaw Dorjdagwa

 社会主義時代のモンゴルを代表する歌手の一人。現在のドンドゴビ県に生まれ、1912年~22年、オンギ三寺院の中等寺院で経典を学び、1923年~27年ガンダンテグチレン寺のダシチョインボル法会の学堂の読経ラマ(読経の際、ラマたちの唱和を先導する)だった。1927年~31年中央生鮮物倉庫で毛皮の仕分け人、1931年~32年国立出版所で紙の運搬業、出版補助業務をやっていた。1932年~1943年国立中央劇場で歌手をし、1943年~48年国立音楽ドラマ劇場で合唱の団長、指導者を務め、1948年~51年ドルノド県音楽ドラマ劇場で合唱指導者、1951年~62年民族歌舞アンサンブル合唱指導者、1962年~65年音楽舞踊専門学校で合唱指導者、国立民族歌舞団でも合唱指導者、1972年~82年首都年長者アンサンブルの芸術監督を務めていた。
 1953年~56年マルクス・レーニン主義夜間中学校に学び修了。
 父のジグザブはゴビ・トゥシェー・グン旗の役所付きラマ歌手だった。ドルジダグワの父はその故郷の名歌手、ツォクティーン・チメドツェレンのところに弟子入りさせてもらために、中央部ハルハやバラートの方言と歌唱様式を学び始めた。国立中央劇場に歌手として入り、M.ドガルジャブに師事し、ハン・ヘンティー県のB.ロブサンゴムピルに三年間歌を教わった。まザサグト・ハンのゲレンフーギーン・ポブロン、ツェツェン・ハンの歌手、サミーン・ゴムボらに師事し、ハルハ部族の全てのオルティン・ドーの様々な作法を制覇した。