G.バドラハ


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Гажидын Бадрах(1894-1938)

Gajidiin Badrakh ガジディーン・バドラハ

内モンゴル出身で、北京で絵画などを学び、モンゴル国へは1920年にボグド・ハーンに自治返上を迫るためフレーを占拠した安徽派軍閥・徐樹錚の通訳としてやってきた。1920年代から30年代、モンゴル人民共和国の小学校、および師範学校で教師をしていた。中国語をよくし、当時の典籍委員会(現モンゴル国科学アカデミー)の依頼を受け、漢語歴史文献(『元史』など)を用いてモンゴル人として初めてモンゴル民族の音楽史『モンゴルの器楽の歴史より(Монголын хөгжмийн түүхээс)』を1936年に著すも、民族学研究シリーズとしてB.ソヨルトイ(1901-1937粛清)の挿絵付きで出版されたのは没後かなりたってからの1960年。この際、校訂とまえがきを担当したのは民族主義的文学者として名高いB.リンチェン。チョイバルサンら親ソ派による粛清の嵐吹き荒れる中の1938年、彼もまた逮捕、殺害された。ただしこの没年は資料によって異説がある。