Ts.ナムスライジャブ


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Ts.ナムスライジャブ(Tsegmidyn Namsraijav,1927-1987)

アルハンガイ県生まれ。8歳のとき国立劇場付属芸能者養成グループに入り、胡琴をO.ダシデレグについて学び劇場の楽員となる(1930年代から40年代前半までモンゴル国立劇場には管弦楽団はなく民族楽器の合奏が劇の伴奏をしていた。1943年モスクワ音楽院出身のロシア人音楽指導者B.F.スミルノーフを招き1944年にはオーケストラの体裁が整った)。1945年劇場の管弦楽団にホルン奏者として入団。1947、49、51年世界青年フェスティバルに参加。1949年から指揮を始める。1952~57年モスクワ市音楽院へ留学、指揮科でE.Y.ラーツェルに師事、卒業。1957年国立フィルハーモニー協会管弦楽団設立に参加し、1987年まで国立フィルハーモニー芸術監督の任にあった。1950年に作曲した《革命英雄行進曲》(革命歌の旋律を用いて3分ほどの管弦楽行進曲にしたてたもの)はモンゴル初のオーケストラ曲となった。1971年大衆歌《熱き身内のわが故郷》(第2の国歌のごとくよく歌われ、モンゴル国の「20世紀をリードした歌」に選ばれ、歌碑が外務省前に建てられた)の作曲によって国家賞受賞。1981年人民芸術家の称号を受ける。1987年に没するまで指揮者としてモンゴルの交響楽の発展に尽くした功績をたたえ、現在国立フィルは正式名称をナムスライジャブ記念国立フィルハーモニー交響楽団としている。

代表作
《祝典序曲》(1971)、交響詩《ゴビの三美峡》(1967)、歌《熱き身内のわが故郷》など
添付ファイル