「阿修羅姫」(2009/01/04 (日) 13:59:21) の最新版変更点
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*阿修羅姫 ◆HlLdWe.oBM
機動六課隊舎。
H-3南部という海に程近い立地条件にあるこの建物はこの場に集められた者達の約半数が馴染みのある建物だった。
元々はここと同様の臨海部に設立された隊舎の面積は試験部隊にしては十分なものだった。
新庄・運切とフェイト・T・ハラオウン――どちらも『運命』に関する名を持つ者。
早乙女レイによって巡り合わされる形となった二人はアパートでの小休止を経て、ここ機動六課隊舎に到着したのは日が昇ろうかという時間だった。
新庄にもフェイトにも馴染みのない隊舎に二人が足を運んだ理由は新庄に支給されたデバイスによる進言だった。
そのデバイス、ストームレイダーの情報によると隊舎にはヘリが備えられているとのこと。
実際スマートブレイン社屋上から新庄自身も隊舎の屋上にあるヘリの姿を確認していた
それを使う事ができれば移動や捜索の面において有利になる。
十代を守るためと言って去って行ったレイの行方が気になる事もあって、二人にとってヘリは願ってもない贈り物だった。
まずは到着して早々、二人は屋上にあるヘリの状態を確認。
結果、ヘリの使用に関しては概ね問題はないとストームレイダーの判断が下った。
フェイトも新庄もヘリに関しては専門的な知識など皆無に等しいので、この場はデバイスの判断に頼る他なかった。
そのデバイスの返事が望んでいたもので二人はひとまずはほっとしたのだった。
そして次に二人が行ったのは隊舎内の探索。
見知らぬ建物だが一応時空管理局の一部隊の隊舎だ。
何か役の立つ物はないかと時間を掛けて探してみたが、これと言って特別な物は見つからなかった。
調理室には一応食料が、医務室には一応医療品があったが、この程度なら他の施設の方が充実しているように思える。
でも念のため邪魔にならない程度に新庄は医療品をデイパックに詰めておいた。
それから調理室にあったパンを軽い朝食代わりにお互いの事を話し合った。
この際、新庄は自分がフェイトの事を知っていた事は濁しておいた。
話すとややこしくなると思ったからだ。
そしてそのまま放送の時間を迎えるはずだった。
だが実際はその後ちょっとした事件が起きた。
以下新庄・運切の弁明。
▼ ▼ ▼
あれは、不可抗力って言うのかな……あれは事故だよ。
いや、絶対言わないよ。
なにがなんでも言わないよ。
無理に聞こうとしたら『うるさいうるさいうるさい』って言って拒否したり、『こ、このバカ犬~!』とか言って罵倒したりするからね。
…
……
………
…………はぁ。
まさかシャワー室で身体が女から男に代わるのを待っていて……
いざ無事に男になってシャワー室から出ようとした時にフェイトが更衣室にいるなんて。
そりゃあ身体を拭くタオルを持って来てくれた事は感謝するけど、不意撃ちすぎるよ……
そのせいで僕のあそこはばっちり見られて……あの後は話しづらかったなあ。
それまでフェイトは僕の事を女だと思っていたから。
まあ僕も普段は女として振舞っているから、できれば女で通したかったんだけど……
ああ、なんでこんな事に……
って!!! 今の無し! 無しだから! 忘れて!!!
▼ ▼ ▼
私は気付いたら海が見える場所にあるベンチに腰かけていた。
なんでこんな所にいるんだろう。
私はさっきまで……さっきまで……
あれ? どこにいたんだっけ。
「ここ、は?」
なんだかよく分からない。
何か分かるかもしれないと思って周りを見渡してみればどこか見覚えのある景色だった。
目の前には綺麗な海の青色が、周りには瑞々しく茂った木々の緑色が、上には澄み渡る天空の空色と雲の白色。
それもそのはずだ
「……海鳴臨海公園」
ここは私も馴染みが深い海鳴臨海公園だった。
いつの間に来たのか全く記憶にない。
でも、不思議と焦ったりはしなかった。
ふと自分の姿を見てみれば、いつの日にか着ていた黒のシャツに白のスカートという格好。
それはあの時の格好そのままだった。
そう、それは私にとって初めての友達ができた日だ。
「どうしたんだろ、私」
なぜだろう。
私は何かに巻き込まれていたような気がするのに。
それとも、あれは私の夢だったのかな。
何もかもが不思議で雲を掴むような気分だった。
こんな時、彼女なら何か答えてくれそうな気がするのに……
「それはこっちのセリフだよ、フェイトちゃん」
「え?」
私は思わず驚きの声を上げてしまった。
いきなり声をかけられたのだから当然と言えば当然の反応だ。
だが彼女はその反応に不満があるようで、少しそっぽを向いて怒ったような口調で言葉を続けた。
「『え?』じゃないよ! もう。いきなりぼーっとしたから心配して声をかけたのに!」
「え、あ、ごめん。ちょっと……考え事を……」
「――フェイトちゃん。悩みがあるなら私にも相談してよ。私にできる事なら協力するよ」
「あ、えっと、大丈夫。大した事じゃないから」
「本当?」
「うん、本当だよ。心配してくれてありがとう……なのは」
高町なのは。
それが彼女の名前だ。
春先に出会ったその少女は最初こそ敵同士だったが、今では私の一番大切な友達だ。
なのはは私にとって初めての友達だった。
プレシア母さんは母親で、リニスは教育係で姉?みたいな存在で、アルフは……友達というには違う気がする。
アルフは……使い魔だけど、それ以上の存在でずっと傍にいると約束していて、たぶん姉妹という言葉が適切だと思う。
だからなのはは私にとって初めての友達だ。
最初はプレシア母さんの計画の邪魔をする魔導師としてしか見ていなかった。
魔力だけは高かったが戦闘技術の面では私の方が遥かに上だったので、最初は梃子摺る事もなかった。
だけどなのはは会うたびに強くなっていった。
二人の力の差は徐々に縮まっていって、そしてあの海上での最初で最後の全力全開の真剣勝負で私は負けた。
全力を尽くしたのになのははさらにその上をいった。
実際はギリギリの勝負だったが、負けた時はなぜか清々しい気持ちだった。
なのはの気持ちが伝わってきたような気がしたから。
それから私となのははこの公園で友達になった。
友達になるにはどうしていいか分からないでいた私にその時なのはは言ってくれた。
『簡単だよ』
『友達になるの、すごく簡単』
『名前を呼んで? はじめはそれだけでいいの。
君とかアナタとか、そういうのじゃなくて、ちゃんと相手の目を見て、はっきり相手の名前を呼ぶの』
そして私はあの時初めてなのはの事を『なのは』と呼んだ。
その時のなのははすごくすごく嬉しそうな表情だった。
「フェイトちゃん、どうしたの? 今のフェイトちゃん、すごく幸せそうな顔しているよ」
「なのは……私、今すごく幸せだよ」
「うん、私もフェイトちゃんとこうしてお話しできて幸せだよ」
なのはの口から紡がれる言葉の一つ一つがまるで琴の音色みたいに私の琴線に触れていく。
それはすごく心地いいものだった。
いつもそうだ。
なのはが傍にいるだけでなぜか安心する。
友達だからかな?
……たぶん、それだけじゃない。
もうなのははただの友達じゃない。
そうだ。なのはは私の一番の親友だ。
「それでね、ユーノ君がまた心配してきて――」
「あはは、そうなんだ。だけど、それはやっぱり――」
こんな他愛もない会話だけで私の身体に温かいものが満たされていくような錯覚を覚える。
なのはは私にとっては天使みたいな存在だ。
周りは「悪魔」とか言う人もいたりするが、私にとっては安らぎを与えてくれる天使そのものだ。
だからだろうか。
私にたくさんの幸せをくれたなのはを守りたいと思うのは。
いつか私はなのはに言った。
――なのはが真っ直ぐ進むための剣になりたい、と。
それはなのはの前に立ち塞がる障害を切り開くため。
今はまだそこまで行けていないけど、いずれは……
「フェイトちゃん」
「ん? なに、なのは?」
急になのはが呼びかけてきた。
なぜかなのはの顔は少し真剣な顔をしていたような気がする。
「楽しいね。私、フェイトちゃんと友達になれて良かった」
「私の方こそ……その、ありがとう」
なぜいきなりこんな話題になったのか分からなかった。
でも、そんな事どうでも良かった。
今この瞬間が愛おしかった。
温かで満ち足りたこの時間がいつまでも続く事を願っていた。
だけど、現実は私の思いとは関係なくやってくる。
「ごめんね、フェイトちゃん」
「どうしたの、なのは? 急に謝ったりして」
なぜなのはが急に謝ったのか私には理由が分からなかった。
ただ……怖かった。
その時、なのはがどこか遠くにいるような気がした。
目の前にいるのに、それなのにどうしようもなく不安になる。
「私、もう行かなくちゃ」
「……ど、どこへ?」
「遠い場所。だから、もうフェイトちゃんとはお別れなの」
「そんな……遠い所ってどこ!?」
「管理局でも行けない所。だから本当にもう会えなくなる」
青天の霹靂とはこのような事を言うのだろうか。
まるで頭をハンマーで叩かれたような鈍い衝撃がゆっくりと身体に広がっていくのが分かる。
私はそんな事は一言も聞いていない。
今初めて聞かされた。
あまりに急な話だからきっとなのはの冗談だと思った。
……いや、そう思い込みたかったんだ。
なのはの目を見れば一目瞭然だ。
あの目は真剣に話をしている時の綺麗な瞳。
それが今はどうしようもなく憎らしい。
「ウソ、嘘でしょ。冗談だよね」
「嘘じゃないよ。全部本当の事。こんな事、フェイトちゃんに冗談でも言えないよ」
なのはがそう言うと分かっていた。
分かっていた。
分かっていたのに。
それでも一縷の望みを抱いていたのに。
望みは何の救いもなく絶たれてしまった。
私の目の前はもう青空など見えていなかった。
広がるのは果てしなく続く暗闇だった。
「フェイトちゃんは強いから……私がいなくても大丈夫だよね」
「違う、違うよ、なのは。私、強くなんかないよ……」
私は弱い。
それは自分自身が一番よく分かっている。
それでも強くいられたのは周りに支えてくれる温かな人が数多くいたからだ。
その人達のために頑張らなきゃって思ってここまで来たのかもしれない。
闇の書の夢から脱出できたのも帰る場所があったから、私よりも強くて優しい人が頑張っていたからだ。
「フェイトちゃん……さようなら……」
「待って! なのは、待って!」
なのははベンチから腰を上げて、別れの言葉を告げた。
今ここで止めないともう二度と会えない。
そんな事が自分の中で確信になっていた。
なのはを止めようと急いで立ち上がろうとしたが――私の身体は動かなかった。
まるで不可視のバインドを掛けられているかのように少しも動いてはくれなかった。
こうしている間にもなのはは徐々に私から遠のいていく。
「そんな、義兄さんやシグナムだけじゃなくて……なのはまで――!?」
え? 私は今、なんて言ったんだ?
義兄さんやシグナムだけじゃなくて……なんだろう。
分からない。
いや、違う。
分かりたくないんだ。
これはあの時のような綺麗な別れじゃない。
そう、これは永遠の別れだ。
「フェイトちゃん」
「……なのは! なのは! なのは! なのは! なのは!」
いつのまにか私は泣いていた。
幼い子供のように泣いて目の前の出来事から逃げたかった。
でも、本当は心のどこかで分かっていたのかもしれない。
逃げても無駄だって。
「 」
「なのはぁぁぁあああ!!!」
なのはは最期に私に何かを伝えようとした。
でも、それを知る前に私は――
――悲しい夢から逃げてしまった。
▼ ▼ ▼
まず目に飛び込んできたのは青い空ではなく白い天井。
周りも海の青や木々の緑などではなく、カーテンの白い色だった。
傍らにはデイパックが一つ置かれていた。
しばらくして今自分が――フェイト・T・ハラオウンがどこにいるのか分かった。
機動六課隊舎内の医務室だ。
確か隊舎内を巡り歩いた時に立ち寄ったはずだ。
だが、なぜ医務室のベッドで寝ていたのか。
全く理由が思い出せなかった。
「私は確か新庄さんと……」
そこから先の事が曖昧だ。
なぜかその先を知ろうとすると躊躇ってしまう。
理由は不明。
そう、まるでこの先に踏み入る事が、禁じられているかのように。
――さて、皆が待ち望んだ最初の放送の時間が来たわ。
え? なに、これは?
ああ、思い出してきた。
確か6時間毎にあるという放送が始まって……
――それじゃあ禁止エリアの発表よ、よく聞きなさい。
発表された禁止エリアは7時からB-1、9時からD-3、11時からH-4。
最後が隣のエリアだったけど、特に問題ではなかった。
――では次にお待ちかねの死者の発表よ。
そして、次に死んだ人の名前が発表されて……確か全部で13人……
名前を呼ばれたのが……
――クロノ・ハラオウン。
え?
――シグナム。
なに、これは……いや、思い出したくない! この先を思い出してはいけない! ダメ! 思い出させないで!
――高町なのは。
あ。
ああ。
あああ。
ああああ。
そうだ。
思い出した。
みんな、みんな、死んじゃったんだ。
優しい義兄であるクロノも、競い合える好敵手であるシグナムも、そして……
強くて優しい親友のなのはも死んでしまった。
もう二度と会えない。
ああ、そうか。
さっきの夢はなのはが最後に私にお別れを言いたくて枕元に立ったんだ。
地球にはそういう伝承があるってエイミィが言っていたっけ。
なのはは最後に何を言いたかったんだろ。
こんな事なら最後までしっかり聞いておくんだった。
でも……夢の中だからどうしようもないか。
そう、これはどうしようもない事なんだ。
なのはにはもう会えない。
お義兄ちゃんにも、シグナムにも、もう会う事はない。
でも、だからこそ思わずにはいられない。
もう一度皆に会いたいと。
▼ ▼ ▼
「はぁ、大丈夫かな」
『何とも言えないですね』
機動六課屋上に設置されたヘリポートに着陸している最新鋭のヘリ『JF704式ヘリコプター』という名の鉄の乗り物。
その中で黙々と計器を調整している一人の少年とデバイス――新庄・運切とストームレイダー。
今ストームレイダーは待機状態でヘリに組み込まれて、新庄はヘリの操縦に関する簡単なレクチャーを受けている最中であった。
既に離着陸の手順は何度も繰り返してシュミレーションして、ほぼその工程に関する不安はなくなりつつある。
それでも新庄は何度もストームレイダーに教えを請うていた。
まるで不安に押し潰されそうになっている自分を誤魔化すかのように。
『やはり心配なんですね』
「うん」
今新庄が考えている事は医務室の中で眠っているフェイトの事だ。
先の放送は当然新庄とフェイトも聞いていた。
新庄はその死者の多さに愕然として、そして悲しんだ。
その中には同じ全竜交渉部隊に所属する高町なのはの名前もあった。
設立されて間もない部隊ゆえにまだ大した交流はなかったが、それでも知り合いが死んだ事はこの上ない悲報だ。
だが、それにも増して衝撃を受けていたのはフェイトだった。
クロノ・ハラオウン、シグナム、高町なのはと名前が呼ばれるたびに顔は青ざめていって、放送が終わった瞬間に気を失ってしまった。
それも無理もないなと新庄は思っていた。
事前に教えてもらった知り合いの名前、しかもどれもフェイトにとっては特別な存在らしい。
特に高町なのはは特別大切な存在である事が普通に話しているだけでも感じられた。
そんな人を3人も一気に失ったのだ。
ショックのあまり気絶しても責める事などできるはずもない。
「目が覚めたら……なんて声をかけたらいいんだろ」
『…………』
ストームレイダーは無言で返事を返してきた。
フェイト自身に深く関わる事であると想像される存在の喪失。
それを慰めたり癒したりするのに新庄とフェイトの関係は深くない。
ゆえに効果的な励ましは何一つ浮かんでこなかった。
「はぁ……どうしよう」
新庄自身も先の放送による内容に衝撃を受けている。
だが、今ここで自分まで落ち込んでしまう訳にはいかない。
年上としてしっかりとフェイトを支えたいと思う……のだが――
「とりあえず、もう少ししたら様子を見に行こうか」
『そうですね』
何もできないかもしれない。
新庄はフェイトが目を覚ました時に何をすればいいかまだ分かってはいない。
だが、それでも誰かが傍にいるだけでも気持ちは幾らか楽になる事もある。
そう信じて新庄はもう一度ストームレイダーと共に発進の手順を確認する。
まずは周りの様子を確認するべく窓ガラスの向こうの景色に目をやった。
最初に映るのは空の青。
これまで何度も見てきた空には何の変化もないはずだった。
「え? あれって……」
窓ガラスの向こうに広がる青い空。
そこにちょうど隊舎の上空辺りに飛行する物体が新庄の目に映った。
それは青い空の彼方に踊る黒い影。
黒いライフル型デバイスを起動させた金髪のツインテールに漆黒のマント羽織った魔法少女。
フェイト・T・ハラオウンだ。
「なんで、あんな所に? まさか敵が!?」
『いえ。センサーに反応はありませんでした』
今このヘリには隊舎の防犯センサーをリンクさせている。
ストームレイダーに無理をさせて実行しているのだが、それで分かるのは誰かがこの隊舎に入った時のみ。
侵入者の感知ができるだけで十分なものだったが、そのセンサーに反応はないという。
新庄はフェイトがなぜあそこにいるのか全く分からなかった。
とりあえず理由を聞こうと一度ヘリから降りようと腰を浮かせ――
『CAUTION』
――ストームレイダーの警告が機内に鳴り響いた。
「て、敵襲!」
新庄はフェイトが飛び立った理由が敵襲にあると思って、自分も手助けしようと待機状態のストームレイダーを引き抜いた。
そして、フェイトの様子を窺おうと空を見上げた時、ある事に気付いた。
フェイトの持つ漆黒のデバイス、オーバーフラッグの銃身が下へ向けられていたのだ。
もっとより正確に言うならこのヘリに。
「――ッ!? フェイ――」
そこで新庄の意識は途切れた。
意識が途絶える前に目の映った光景は青い空ではなく――
――赤い焔だった。
▼ ▼ ▼
燃える、燃える、燃える。
全てが紅蓮の焔に蹂躙されていく。
燃える、燃える、燃える。
そこにあるものが須らく灰燼に化していく。
燃える、燃える、燃える。
私の心の中で何か得体の知れない想いが静かに激しく燃えている。
新庄さんはもう生きていないだろう。
なぜなら私が殺したからだ。
オーバーフラッグから放たれた魔力弾は新庄さんに逃げる時間など与える間もなくヘリを貫いた。
非殺傷設定ではなく、殺傷設定で、だ。
魔力弾は期待通りヘリの動力部に直撃して、ヘリは紅蓮の残骸へと一瞬で化した。
機動六課隊舎も同様に紅蓮に包まれている。
医務室の置かれていた新庄さんのデイパックに入っていた支給品。
なぜか大量に入っていたガソリンを隊舎中にばら撒いたのだから当然と言えば当然の結果だ。
私はビルの上から燃え盛る隊舎を見下ろしている。
眼下にある隊舎を蹂躙する焔の勢いは衰える事を知らず、まるで日本神話に出てくる火之迦具土神を彷彿させるような光景だった。
あたかも私の想いを源に燃え盛っているかのような錯覚さえ覚える。
火を付けたのは他の人がこれを見て集まる事を期待したため。
だけど、別にそこまで期待はしていない。
私は決めた。
なのはに、お義兄ちゃんに、シグナムに、これから死んでいく皆と一緒にもう一度会うって。
そうだ。
死んだとしてもプレシア母さんの力で蘇らせればいいんだ。
あの画面の向こうのアリサは確かに死ぬ前の状態だった。
そうだ。
プレシア母さんは完全な死者蘇生を実現させたんだ。
今ならプレシア母さんの気持ちが痛いくらいに分かる。
大切な人がいなくなる事は耐えられない程に苦しい事だ。
私は優しい義兄であるクロノがいないのに帰りたくはない。
私は競い合う好敵手であるシグナムがいないのに帰りたくはない。
私は! 優しくて強いなのはが! 大切な、初めて友達だって言ってくれたなのはが! いないのに帰りたくはない!
帰るとしたら皆で一緒に。
なのはも、はやても、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも、クロノも、ユーノも……
新庄さんも、レイも、死んだ人達も、これから死ぬ人達も、皆で……
だから私は最後の一人になって皆を生き返らせて皆で一緒に帰るんだ。
「……だから……ごめんなさい」
だから謝罪の言葉を一度呟く。
それは私を娘として迎え入れてくれたあの温かな人に向けての言葉。
「リンディ母さん……ううん、リンディ提督。私はやっぱりあなたの娘になる資格なんてありません」
それはあの時の申し出を否定する言葉。
「だから……『ハラオウン』の姓は返します。今までありがとうございました」
いつしか自分はまた涙を流していた。
でも今は別に構わない。
そのうち泣く事もなくなるだろう。
その涙と共に『ハラオウン』の姓ともお別れだ。
「私はもうフェイト・T・ハラオウンではいられないから……今の私は昔の、プレシア母さんの人形だった頃の――」
今の私の顔はどうなっているんだろう。
夜叉般若の面か、それとも華の貌か。
あるいは……
「フェイト・テスタロッサです」
阿修羅をも凌駕する形相だろうか。
【一日目 朝】
【現在地 H-3 機動六課隊舎を見下ろせるビルの屋上】
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
【状態】健康、魔力消費(小)、左腕に軽い切傷(治療済み、包帯代わりにシーツが巻かれている)、強い歪んだ決意
【装備】オーバーフラッグ@魔法妖怪リリカル殺生丸
【道具】支給品一式、医療品(消毒液、包帯など)ランダム支給品(0~1、武器なし)
【思考】
基本:皆で一緒に帰る。
1:皆を殺して最後の一人になる。そして皆を生き返らせる。
【備考】
※もう一人のフェイトを、自分と同じアリシアのクローン体だと思っています(激しい感情によって忘却中)。
※なのはとはやても一人はクローンなのではと思っています(激しい感情によって忘却中)。
※新庄は死んだと思っています。
※激しい感情から小さな矛盾は考えないようにしています。追及されるとどうなるか不明。
▼ ▼ ▼
「……ッ……ここは……」
新庄が目を覚ますとそこは荘厳な雰囲気を醸し出す神社だった。
赤い鳥居が何よりの証だ。
だがここがどこなのかという事は今の新庄にはどうでもいい事だった。
端的に言うと新庄は困惑していた。
なぜ爆発に巻き込まれたはずの自分が生きているのか。
なぜ機動六課隊舎にいたはずの自分が神社にいるのか。
なぜフェイトがあのような事をしたのか。
新庄には何一つ分からなかった。
咄嗟の行動で爆発寸前のヘリから脱出した事も。
右側のドアから出たところで爆風に煽られた事も。
防護賢石の効果で自分の身が幾らか守られた事も。
飛ばされた先の海に投げ出された事も。
海に入ったために火傷が軽傷で済んだ事も。
そのまま海流に流されてA-4にワープした事も。
今の新庄では考えもつかない事だった。
そして何より――
――フェイトが自分を殺そうとした理由。
それが分からなかった。
新庄にはまだそこまで大切に思う人がいないから。
【一日目 朝】
【現在地 A-4 神社】
【新庄・運切@なのは×終わクロ】
【状況】全身に軽度の火傷、全身に軽い打撲、全身ずぶぬれ、困惑、男性体
【装備】ストームレイダー(15/15)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【道具】なし
【思考】
基本:出来るだけ多くの人と共にこの殺し合いから生還する。
1.なんで僕はここにいるんだろう?
2.フェイト、レイが心配。
3.弱者、及び殺し合いを望まない参加者と合流する。
4.殺し合いに乗った参加者は極力足止め、相手次第では気付かれないようにスルー。
5.自分の体質については、問題が生じない範囲で極力隠す。
【備考】
※特異体質により、「朝~夕方は男性体」「夜~早朝は女性体」となります。
※スマートブレイン本社ビルを中心して、半径2マス分の立地をおおまかに把握しました。
※ストームレイダーの弾丸は全て魔力弾です。非殺傷設定の解除も可能です。
【全体備考】
※機動六課隊舎はガソリン@アンリミテッド・エンドラインを巻かれた状態で爆発・炎上しています。適切な消化をしなければ程なく全焼します。
周囲一マス以内なら火災を目撃できるかもしれません。
※JF704式ヘリコプター@魔法少女リリカルなのはStrikerSは爆散しました。
【ガソリン@アンリミテッド・エンドライン】
テロリスト集団『レギオン』によってホテル・アグスタに撒かれた大量のガソリン。
|Back:[[月蝕]]|時系列順で読む|Next:[[Amazing Grace(The Chains are Gone)(前編)]]|
|Back:[[月蝕]]|投下順で読む|Next:[[Amazing Grace(The Chains are Gone)(前編)]]|
|Back:[[Fate/cross dawn]]|フェイト・T・ハラオウン(A's)|Next:[[そんな運命]]|
|Back:[[Fate/cross dawn]]|新庄・運切|Next:[[]]|
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*阿修羅姫 ◆HlLdWe.oBM
機動六課隊舎。
H-3南部という海に程近い立地条件にあるこの建物はこの場に集められた者達の約半数が馴染みのある建物だった。
元々はここと同様の臨海部に設立された隊舎の面積は試験部隊にしては十分なものだった。
新庄・運切とフェイト・T・ハラオウン――どちらも『運命』に関する名を持つ者。
早乙女レイによって巡り合わされる形となった二人はアパートでの小休止を経て、ここ機動六課隊舎に到着したのは日が昇ろうかという時間だった。
新庄にもフェイトにも馴染みのない隊舎に二人が足を運んだ理由は新庄に支給されたデバイスによる進言だった。
そのデバイス、ストームレイダーの情報によると隊舎にはヘリが備えられているとのこと。
実際スマートブレイン社屋上から新庄自身も隊舎の屋上にあるヘリの姿を確認していた
それを使う事ができれば移動や捜索の面において有利になる。
十代を守るためと言って去って行ったレイの行方が気になる事もあって、二人にとってヘリは願ってもない贈り物だった。
まずは到着して早々、二人は屋上にあるヘリの状態を確認。
結果、ヘリの使用に関しては概ね問題はないとストームレイダーの判断が下った。
フェイトも新庄もヘリに関しては専門的な知識など皆無に等しいので、この場はデバイスの判断に頼る他なかった。
そのデバイスの返事が望んでいたもので二人はひとまずはほっとしたのだった。
そして次に二人が行ったのは隊舎内の探索。
見知らぬ建物だが一応時空管理局の一部隊の隊舎だ。
何か役の立つ物はないかと時間を掛けて探してみたが、これと言って特別な物は見つからなかった。
調理室には一応食料が、医務室には一応医療品があったが、この程度なら他の施設の方が充実しているように思える。
でも念のため邪魔にならない程度に新庄は医療品をデイパックに詰めておいた。
それから調理室にあったパンを軽い朝食代わりにお互いの事を話し合った。
この際、新庄は自分がフェイトの事を知っていた事は濁しておいた。
話すとややこしくなると思ったからだ。
そしてそのまま放送の時間を迎えるはずだった。
だが実際はその後ちょっとした事件が起きた。
以下新庄・運切の弁明。
▼ ▼ ▼
あれは、不可抗力って言うのかな……あれは事故だよ。
いや、絶対言わないよ。
なにがなんでも言わないよ。
無理に聞こうとしたら『うるさいうるさいうるさい』って言って拒否したり、『こ、このバカ犬~!』とか言って罵倒したりするからね。
…
……
………
…………はぁ。
まさかシャワー室で身体が女から男に代わるのを待っていて……
いざ無事に男になってシャワー室から出ようとした時にフェイトが更衣室にいるなんて。
そりゃあ身体を拭くタオルを持って来てくれた事は感謝するけど、不意撃ちすぎるよ……
そのせいで僕のあそこはばっちり見られて……あの後は話しづらかったなあ。
それまでフェイトは僕の事を女だと思っていたから。
まあ僕も普段は女として振舞っているから、できれば女で通したかったんだけど……
ああ、なんでこんな事に……
って!!! 今の無し! 無しだから! 忘れて!!!
▼ ▼ ▼
私は気付いたら海が見える場所にあるベンチに腰かけていた。
なんでこんな所にいるんだろう。
私はさっきまで……さっきまで……
あれ? どこにいたんだっけ。
「ここ、は?」
なんだかよく分からない。
何か分かるかもしれないと思って周りを見渡してみればどこか見覚えのある景色だった。
目の前には綺麗な海の青色が、周りには瑞々しく茂った木々の緑色が、上には澄み渡る天空の空色と雲の白色。
それもそのはずだ
「……海鳴臨海公園」
ここは私も馴染みが深い海鳴臨海公園だった。
いつの間に来たのか全く記憶にない。
でも、不思議と焦ったりはしなかった。
ふと自分の姿を見てみれば、いつの日にか着ていた黒のシャツに白のスカートという格好。
それはあの時の格好そのままだった。
そう、それは私にとって初めての友達ができた日だ。
「どうしたんだろ、私」
なぜだろう。
私は何かに巻き込まれていたような気がするのに。
それとも、あれは私の夢だったのかな。
何もかもが不思議で雲を掴むような気分だった。
こんな時、彼女なら何か答えてくれそうな気がするのに……
「それはこっちのセリフだよ、フェイトちゃん」
「え?」
私は思わず驚きの声を上げてしまった。
いきなり声をかけられたのだから当然と言えば当然の反応だ。
だが彼女はその反応に不満があるようで、少しそっぽを向いて怒ったような口調で言葉を続けた。
「『え?』じゃないよ! もう。いきなりぼーっとしたから心配して声をかけたのに!」
「え、あ、ごめん。ちょっと……考え事を……」
「――フェイトちゃん。悩みがあるなら私にも相談してよ。私にできる事なら協力するよ」
「あ、えっと、大丈夫。大した事じゃないから」
「本当?」
「うん、本当だよ。心配してくれてありがとう……なのは」
高町なのは。
それが彼女の名前だ。
春先に出会ったその少女は最初こそ敵同士だったが、今では私の一番大切な友達だ。
なのはは私にとって初めての友達だった。
プレシア母さんは母親で、リニスは教育係で姉?みたいな存在で、アルフは……友達というには違う気がする。
アルフは……使い魔だけど、それ以上の存在でずっと傍にいると約束していて、たぶん姉妹という言葉が適切だと思う。
だからなのはは私にとって初めての友達だ。
最初はプレシア母さんの計画の邪魔をする魔導師としてしか見ていなかった。
魔力だけは高かったが戦闘技術の面では私の方が遥かに上だったので、最初は梃子摺る事もなかった。
だけどなのはは会うたびに強くなっていった。
二人の力の差は徐々に縮まっていって、そしてあの海上での最初で最後の全力全開の真剣勝負で私は負けた。
全力を尽くしたのになのははさらにその上をいった。
実際はギリギリの勝負だったが、負けた時はなぜか清々しい気持ちだった。
なのはの気持ちが伝わってきたような気がしたから。
それから私となのははこの公園で友達になった。
友達になるにはどうしていいか分からないでいた私にその時なのはは言ってくれた。
『簡単だよ』
『友達になるの、すごく簡単』
『名前を呼んで? はじめはそれだけでいいの。
君とかアナタとか、そういうのじゃなくて、ちゃんと相手の目を見て、はっきり相手の名前を呼ぶの』
そして私はあの時初めてなのはの事を『なのは』と呼んだ。
その時のなのははすごくすごく嬉しそうな表情だった。
「フェイトちゃん、どうしたの? 今のフェイトちゃん、すごく幸せそうな顔しているよ」
「なのは……私、今すごく幸せだよ」
「うん、私もフェイトちゃんとこうしてお話しできて幸せだよ」
なのはの口から紡がれる言葉の一つ一つがまるで琴の音色みたいに私の琴線に触れていく。
それはすごく心地いいものだった。
いつもそうだ。
なのはが傍にいるだけでなぜか安心する。
友達だからかな?
……たぶん、それだけじゃない。
もうなのははただの友達じゃない。
そうだ。なのはは私の一番の親友だ。
「それでね、ユーノ君がまた心配してきて――」
「あはは、そうなんだ。だけど、それはやっぱり――」
こんな他愛もない会話だけで私の身体に温かいものが満たされていくような錯覚を覚える。
なのはは私にとっては天使みたいな存在だ。
周りは「悪魔」とか言う人もいたりするが、私にとっては安らぎを与えてくれる天使そのものだ。
だからだろうか。
私にたくさんの幸せをくれたなのはを守りたいと思うのは。
いつか私はなのはに言った。
――なのはが真っ直ぐ進むための剣になりたい、と。
それはなのはの前に立ち塞がる障害を切り開くため。
今はまだそこまで行けていないけど、いずれは……
「フェイトちゃん」
「ん? なに、なのは?」
急になのはが呼びかけてきた。
なぜかなのはの顔は少し真剣な顔をしていたような気がする。
「楽しいね。私、フェイトちゃんと友達になれて良かった」
「私の方こそ……その、ありがとう」
なぜいきなりこんな話題になったのか分からなかった。
でも、そんな事どうでも良かった。
今この瞬間が愛おしかった。
温かで満ち足りたこの時間がいつまでも続く事を願っていた。
だけど、現実は私の思いとは関係なくやってくる。
「ごめんね、フェイトちゃん」
「どうしたの、なのは? 急に謝ったりして」
なぜなのはが急に謝ったのか私には理由が分からなかった。
ただ……怖かった。
その時、なのはがどこか遠くにいるような気がした。
目の前にいるのに、それなのにどうしようもなく不安になる。
「私、もう行かなくちゃ」
「……ど、どこへ?」
「遠い場所。だから、もうフェイトちゃんとはお別れなの」
「そんな……遠い所ってどこ!?」
「管理局でも行けない所。だから本当にもう会えなくなる」
青天の霹靂とはこのような事を言うのだろうか。
まるで頭をハンマーで叩かれたような鈍い衝撃がゆっくりと身体に広がっていくのが分かる。
私はそんな事は一言も聞いていない。
今初めて聞かされた。
あまりに急な話だからきっとなのはの冗談だと思った。
……いや、そう思い込みたかったんだ。
なのはの目を見れば一目瞭然だ。
あの目は真剣に話をしている時の綺麗な瞳。
それが今はどうしようもなく憎らしい。
「ウソ、嘘でしょ。冗談だよね」
「嘘じゃないよ。全部本当の事。こんな事、フェイトちゃんに冗談でも言えないよ」
なのはがそう言うと分かっていた。
分かっていた。
分かっていたのに。
それでも一縷の望みを抱いていたのに。
望みは何の救いもなく絶たれてしまった。
私の目の前はもう青空など見えていなかった。
広がるのは果てしなく続く暗闇だった。
「フェイトちゃんは強いから……私がいなくても大丈夫だよね」
「違う、違うよ、なのは。私、強くなんかないよ……」
私は弱い。
それは自分自身が一番よく分かっている。
それでも強くいられたのは周りに支えてくれる温かな人が数多くいたからだ。
その人達のために頑張らなきゃって思ってここまで来たのかもしれない。
闇の書の夢から脱出できたのも帰る場所があったから、私よりも強くて優しい人が頑張っていたからだ。
「フェイトちゃん……さようなら……」
「待って! なのは、待って!」
なのははベンチから腰を上げて、別れの言葉を告げた。
今ここで止めないともう二度と会えない。
そんな事が自分の中で確信になっていた。
なのはを止めようと急いで立ち上がろうとしたが――私の身体は動かなかった。
まるで不可視のバインドを掛けられているかのように少しも動いてはくれなかった。
こうしている間にもなのはは徐々に私から遠のいていく。
「そんな、義兄さんやシグナムだけじゃなくて……なのはまで――!?」
え? 私は今、なんて言ったんだ?
義兄さんやシグナムだけじゃなくて……なんだろう。
分からない。
いや、違う。
分かりたくないんだ。
これはあの時のような綺麗な別れじゃない。
そう、これは永遠の別れだ。
「フェイトちゃん」
「……なのは! なのは! なのは! なのは! なのは!」
いつのまにか私は泣いていた。
幼い子供のように泣いて目の前の出来事から逃げたかった。
でも、本当は心のどこかで分かっていたのかもしれない。
逃げても無駄だって。
「 」
「なのはぁぁぁあああ!!!」
なのはは最期に私に何かを伝えようとした。
でも、それを知る前に私は――
――悲しい夢から逃げてしまった。
▼ ▼ ▼
まず目に飛び込んできたのは青い空ではなく白い天井。
周りも海の青や木々の緑などではなく、カーテンの白い色だった。
傍らにはデイパックが一つ置かれていた。
しばらくして今自分が――フェイト・T・ハラオウンがどこにいるのか分かった。
機動六課隊舎内の医務室だ。
確か隊舎内を巡り歩いた時に立ち寄ったはずだ。
だが、なぜ医務室のベッドで寝ていたのか。
全く理由が思い出せなかった。
「私は確か新庄さんと……」
そこから先の事が曖昧だ。
なぜかその先を知ろうとすると躊躇ってしまう。
理由は不明。
そう、まるでこの先に踏み入る事が、禁じられているかのように。
――さて、皆が待ち望んだ最初の放送の時間が来たわ。
え? なに、これは?
ああ、思い出してきた。
確か6時間毎にあるという放送が始まって……
――それじゃあ禁止エリアの発表よ、よく聞きなさい。
発表された禁止エリアは7時からB-1、9時からD-3、11時からH-4。
最後が隣のエリアだったけど、特に問題ではなかった。
――では次にお待ちかねの死者の発表よ。
そして、次に死んだ人の名前が発表されて……確か全部で13人……
名前を呼ばれたのが……
――クロノ・ハラオウン。
え?
――シグナム。
なに、これは……いや、思い出したくない! この先を思い出してはいけない! ダメ! 思い出させないで!
――高町なのは。
あ。
ああ。
あああ。
ああああ。
そうだ。
思い出した。
みんな、みんな、死んじゃったんだ。
優しい義兄であるクロノも、競い合える好敵手であるシグナムも、そして……
強くて優しい親友のなのはも死んでしまった。
もう二度と会えない。
ああ、そうか。
さっきの夢はなのはが最後に私にお別れを言いたくて枕元に立ったんだ。
地球にはそういう伝承があるってエイミィが言っていたっけ。
なのはは最後に何を言いたかったんだろ。
こんな事なら最後までしっかり聞いておくんだった。
でも……夢の中だからどうしようもないか。
そう、これはどうしようもない事なんだ。
なのはにはもう会えない。
お義兄ちゃんにも、シグナムにも、もう会う事はない。
でも、だからこそ思わずにはいられない。
もう一度皆に会いたいと。
▼ ▼ ▼
「はぁ、大丈夫かな」
『何とも言えないですね』
機動六課屋上に設置されたヘリポートに着陸している最新鋭のヘリ『JF704式ヘリコプター』という名の鉄の乗り物。
その中で黙々と計器を調整している一人の少年とデバイス――新庄・運切とストームレイダー。
今ストームレイダーは待機状態でヘリに組み込まれて、新庄はヘリの操縦に関する簡単なレクチャーを受けている最中であった。
既に離着陸の手順は何度も繰り返してシュミレーションして、ほぼその工程に関する不安はなくなりつつある。
それでも新庄は何度もストームレイダーに教えを請うていた。
まるで不安に押し潰されそうになっている自分を誤魔化すかのように。
『やはり心配なんですね』
「うん」
今新庄が考えている事は医務室の中で眠っているフェイトの事だ。
先の放送は当然新庄とフェイトも聞いていた。
新庄はその死者の多さに愕然として、そして悲しんだ。
その中には同じ全竜交渉部隊に所属する高町なのはの名前もあった。
設立されて間もない部隊ゆえにまだ大した交流はなかったが、それでも知り合いが死んだ事はこの上ない悲報だ。
だが、それにも増して衝撃を受けていたのはフェイトだった。
クロノ・ハラオウン、シグナム、高町なのはと名前が呼ばれるたびに顔は青ざめていって、放送が終わった瞬間に気を失ってしまった。
それも無理もないなと新庄は思っていた。
事前に教えてもらった知り合いの名前、しかもどれもフェイトにとっては特別な存在らしい。
特に高町なのはは特別大切な存在である事が普通に話しているだけでも感じられた。
そんな人を3人も一気に失ったのだ。
ショックのあまり気絶しても責める事などできるはずもない。
「目が覚めたら……なんて声をかけたらいいんだろ」
『…………』
ストームレイダーは無言で返事を返してきた。
フェイト自身に深く関わる事であると想像される存在の喪失。
それを慰めたり癒したりするのに新庄とフェイトの関係は深くない。
ゆえに効果的な励ましは何一つ浮かんでこなかった。
「はぁ……どうしよう」
新庄自身も先の放送による内容に衝撃を受けている。
だが、今ここで自分まで落ち込んでしまう訳にはいかない。
年上としてしっかりとフェイトを支えたいと思う……のだが――
「とりあえず、もう少ししたら様子を見に行こうか」
『そうですね』
何もできないかもしれない。
新庄はフェイトが目を覚ました時に何をすればいいかまだ分かってはいない。
だが、それでも誰かが傍にいるだけでも気持ちは幾らか楽になる事もある。
そう信じて新庄はもう一度ストームレイダーと共に発進の手順を確認する。
まずは周りの様子を確認するべく窓ガラスの向こうの景色に目をやった。
最初に映るのは空の青。
これまで何度も見てきた空には何の変化もないはずだった。
「え? あれって……」
窓ガラスの向こうに広がる青い空。
そこにちょうど隊舎の上空辺りに飛行する物体が新庄の目に映った。
それは青い空の彼方に踊る黒い影。
黒いライフル型デバイスを起動させた金髪のツインテールに漆黒のマント羽織った魔法少女。
フェイト・T・ハラオウンだ。
「なんで、あんな所に? まさか敵が!?」
『いえ。センサーに反応はありませんでした』
今このヘリには隊舎の防犯センサーをリンクさせている。
ストームレイダーに無理をさせて実行しているのだが、それで分かるのは誰かがこの隊舎に入った時のみ。
侵入者の感知ができるだけで十分なものだったが、そのセンサーに反応はないという。
新庄はフェイトがなぜあそこにいるのか全く分からなかった。
とりあえず理由を聞こうと一度ヘリから降りようと腰を浮かせ――
『CAUTION』
――ストームレイダーの警告が機内に鳴り響いた。
「て、敵襲!」
新庄はフェイトが飛び立った理由が敵襲にあると思って、自分も手助けしようと待機状態のストームレイダーを引き抜いた。
そして、フェイトの様子を窺おうと空を見上げた時、ある事に気付いた。
フェイトの持つ漆黒のデバイス、オーバーフラッグの銃身が下へ向けられていたのだ。
もっとより正確に言うならこのヘリに。
「――ッ!? フェイ――」
そこで新庄の意識は途切れた。
意識が途絶える前に目の映った光景は青い空ではなく――
――赤い焔だった。
▼ ▼ ▼
燃える、燃える、燃える。
全てが紅蓮の焔に蹂躙されていく。
燃える、燃える、燃える。
そこにあるものが須らく灰燼に化していく。
燃える、燃える、燃える。
私の心の中で何か得体の知れない想いが静かに激しく燃えている。
新庄さんはもう生きていないだろう。
なぜなら私が殺したからだ。
オーバーフラッグから放たれた魔力弾は新庄さんに逃げる時間など与える間もなくヘリを貫いた。
非殺傷設定ではなく、殺傷設定で、だ。
魔力弾は期待通りヘリの動力部に直撃して、ヘリは紅蓮の残骸へと一瞬で化した。
機動六課隊舎も同様に紅蓮に包まれている。
医務室の置かれていた新庄さんのデイパックに入っていた支給品。
なぜか大量に入っていたガソリンを隊舎中にばら撒いたのだから当然と言えば当然の結果だ。
私はビルの上から燃え盛る隊舎を見下ろしている。
眼下にある隊舎を蹂躙する焔の勢いは衰える事を知らず、まるで日本神話に出てくる火之迦具土神を彷彿させるような光景だった。
あたかも私の想いを源に燃え盛っているかのような錯覚さえ覚える。
火を付けたのは他の人がこれを見て集まる事を期待したため。
だけど、別にそこまで期待はしていない。
私は決めた。
なのはに、お義兄ちゃんに、シグナムに、これから死んでいく皆と一緒にもう一度会うって。
そうだ。
死んだとしてもプレシア母さんの力で蘇らせればいいんだ。
あの画面の向こうのアリサは確かに死ぬ前の状態だった。
そうだ。
プレシア母さんは完全な死者蘇生を実現させたんだ。
今ならプレシア母さんの気持ちが痛いくらいに分かる。
大切な人がいなくなる事は耐えられない程に苦しい事だ。
私は優しい義兄であるクロノがいないのに帰りたくはない。
私は競い合う好敵手であるシグナムがいないのに帰りたくはない。
私は! 優しくて強いなのはが! 大切な、初めて友達だって言ってくれたなのはが! いないのに帰りたくはない!
帰るとしたら皆で一緒に。
なのはも、はやても、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも、クロノも、ユーノも……
新庄さんも、レイも、死んだ人達も、これから死ぬ人達も、皆で……
だから私は最後の一人になって皆を生き返らせて皆で一緒に帰るんだ。
「……だから……ごめんなさい」
だから謝罪の言葉を一度呟く。
それは私を娘として迎え入れてくれたあの温かな人に向けての言葉。
「リンディ母さん……ううん、リンディ提督。私はやっぱりあなたの娘になる資格なんてありません」
それはあの時の申し出を否定する言葉。
「だから……『ハラオウン』の姓は返します。今までありがとうございました」
いつしか自分はまた涙を流していた。
でも今は別に構わない。
そのうち泣く事もなくなるだろう。
その涙と共に『ハラオウン』の姓ともお別れだ。
「私はもうフェイト・T・ハラオウンではいられないから……今の私は昔の、プレシア母さんの人形だった頃の――」
今の私の顔はどうなっているんだろう。
夜叉般若の面か、それとも華の貌か。
あるいは……
「フェイト・テスタロッサです」
阿修羅をも凌駕する形相だろうか。
【一日目 朝】
【現在地 H-3 機動六課隊舎を見下ろせるビルの屋上】
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
【状態】健康、魔力消費(小)、左腕に軽い切傷(治療済み、包帯代わりにシーツが巻かれている)、強い歪んだ決意
【装備】オーバーフラッグ@魔法妖怪リリカル殺生丸
【道具】支給品一式、医療品(消毒液、包帯など)ランダム支給品(0~1、武器なし)
【思考】
基本:皆で一緒に帰る。
1:皆を殺して最後の一人になる。そして皆を生き返らせる。
【備考】
※もう一人のフェイトを、自分と同じアリシアのクローン体だと思っています(激しい感情によって忘却中)。
※なのはとはやても一人はクローンなのではと思っています(激しい感情によって忘却中)。
※新庄は死んだと思っています。
※激しい感情から小さな矛盾は考えないようにしています。追及されるとどうなるか不明。
▼ ▼ ▼
「……ッ……ここは……」
新庄が目を覚ますとそこは荘厳な雰囲気を醸し出す神社だった。
赤い鳥居が何よりの証だ。
だがここがどこなのかという事は今の新庄にはどうでもいい事だった。
端的に言うと新庄は困惑していた。
なぜ爆発に巻き込まれたはずの自分が生きているのか。
なぜ機動六課隊舎にいたはずの自分が神社にいるのか。
なぜフェイトがあのような事をしたのか。
新庄には何一つ分からなかった。
咄嗟の行動で爆発寸前のヘリから脱出した事も。
右側のドアから出たところで爆風に煽られた事も。
防護賢石の効果で自分の身が幾らか守られた事も。
飛ばされた先の海に投げ出された事も。
海に入ったために火傷が軽傷で済んだ事も。
そのまま海流に流されてA-4にワープした事も。
今の新庄では考えもつかない事だった。
そして何より――
――フェイトが自分を殺そうとした理由。
それが分からなかった。
新庄にはまだそこまで大切に思う人がいないから。
【一日目 朝】
【現在地 A-4 神社】
【新庄・運切@なのは×終わクロ】
【状況】全身に軽度の火傷、全身に軽い打撲、全身ずぶぬれ、困惑、男性体
【装備】ストームレイダー(15/15)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【道具】なし
【思考】
基本:出来るだけ多くの人と共にこの殺し合いから生還する。
1.なんで僕はここにいるんだろう?
2.フェイト、レイが心配。
3.弱者、及び殺し合いを望まない参加者と合流する。
4.殺し合いに乗った参加者は極力足止め、相手次第では気付かれないようにスルー。
5.自分の体質については、問題が生じない範囲で極力隠す。
【備考】
※特異体質により、「朝~夕方は男性体」「夜~早朝は女性体」となります。
※スマートブレイン本社ビルを中心して、半径2マス分の立地をおおまかに把握しました。
※ストームレイダーの弾丸は全て魔力弾です。非殺傷設定の解除も可能です。
【全体備考】
※機動六課隊舎はガソリン@アンリミテッド・エンドラインを巻かれた状態で爆発・炎上しています。適切な消化をしなければ程なく全焼します。
周囲一マス以内なら火災を目撃できるかもしれません。
※JF704式ヘリコプター@魔法少女リリカルなのはStrikerSは爆散しました。
【ガソリン@アンリミテッド・エンドライン】
テロリスト集団『レギオン』によってホテル・アグスタに撒かれた大量のガソリン。
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