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「Round ZERO ~ JOKER DISTRESSED(前編)」(2009/06/02 (火) 11:46:34) の最新版変更点
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*Round ZERO ~ JOKER DISTRESSED(前編) ◆HlLdWe.oBM
彼は後悔していた。
自らの犯したあやまちで大切な家族を失ってしまったから。
それはもしかしたら彼が責任を感じる事ではないのかもしれないが、悲しみに暮れている今の彼は自らを責める事しか出来なかった。
彼の周囲の地面は焼け焦げた上に建物は崩壊しているが、今の彼の視界にそれらは映っていない。
その眼が映すものは何も言わない地面のみ。
ただ燃え盛るような熱風が彼を一層苛んでいるようであった。
天空では煌びやかな太陽が燦燦と輝いているというのに、彼の周りだけにはその陽光が届いていないようだ。
▼ ▼ ▼
さまざまな家屋が日の光を余す所なく浴びながら建ち並ぶ市街地。
いつもなら仕事に追われる会社員が忙しく車を走らせ足を動かしているような場所。
だからこそ現在この近辺の市街地は一般的な市街地と比べて異常と言える。
なぜなら少し耳を澄ませてみれば方々から平和な市街地には似つかわしくない音が響いてくるからだ。
それは建物が倒壊する音であったり、金属と金属が激しくぶつかり合う音であったり。
ガラスが割れる軽い音であったり、アスファルトが砕ける重い音であったり。
平和とは程遠い物騒な音があちらこちらから引っ切り無しに響いてくる。
そしてそんな物騒な市街地に二人の女性がいた。
どこかの会社のOLとは全く別世界に生きるこの二人も通常なら市街地に似つかわしくないと言えよう。
一人は青紫のショートヘアに茶色の陸士制服を着こなしている若くして捜査官として一線で活躍する少女。
近代ベルカ式陸戦魔導師にしてシューティングアーツの使い手ギンガ・ナカジマ。
もう一人はブロンドヘアに黒の焦げたコートを着込んでいる若くしてヘルシング家の当主となった女傑。
円卓会議の一員にしてヘルシング機関の長インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング。
だが自らの意思とは関係なくデスゲームに参加させられた二人に選択肢はない。
ただ己の意志の下で行動するのみだ。
しかし数時間前にギンガは殺生丸という憧れの存在の死を乗り越えて新たな決意を抱いたというのに、その表情は心なしか焦りを秘めているかのように険しい。
そしてインテグラの方も常日頃の化け物討伐の時と同様に若干の憂いを帯びていて表情は優れない。
その理由は少し前に二人の元から去って行った相川始――を追いかけていた二人自身にあった。
「すいません、インテグラ卿。私が先走ったばかりに……」
「今度から気を付けるんだな……とは言うものの、お前の判断に従った私が言える事でもないな」
自らの目的が参加者を皆殺しにする事だと公言して去って行った青年、相川始。
ギンガとインテグラが始を追いかけるためにヘルシング機関を後にしてからそれなりに時間は経ったが、未だ追いつけていなかった。
その理由は単純に追いかける方向を間違えただけだ。
当初西へ向かっていた二人だが、しばらく経つと迂闊にも始の姿を見失ってしまった。
応急措置済みとはいえ全身に軽い火傷を負ったインテグラは本人の気持ちとは裏腹にまだ無理を出来る身体ではなかった。
そして同行者のギンガが責任を感じてインテグラにも極力注意を向けて気遣う事は当然であった。
それに対して始は行き先も考えずに本能の赴くままに疾走しただけ。
本調子でない二人が始を見失うのも無理はなかった。
だが二人はそのまま立ち止まらずに当初は始が向かいそうな学校へと移動しようとした――その時だった。
二人の耳に地の底から響くような轟音が届いた。
それは同時刻D-4とE-4周辺で繰り広げられていたアーカードとセフィロスの死闘の響き。
両者共にビルを崩壊させる程の化け物級の力を駆使しての全力全壊の戦闘だ。
その余波がビルを隔ててもギンガとインテグラの耳に届いて来るのは必定であったのかもしれない。
――もしや相川始が誰かと戦っているのでは?
そしてギンガがそのように結論を下して行き先を南に変えても誰も責める事は出来ない。
優勝を目指す始を追いかけている最中に戦闘の気配を感じればその可能性を考慮して当然だ。
だから二人は聞こえてくる音を頼りに南へと向かったのだが、結局は無駄足だった。
実は運が良ければ始に追いつく代わりにインテグラは自身が使役する吸血鬼であるアーカードと再会できたはずだ。
だが二人が辿り着いた時には周囲には激闘の証である二本の朱塗りの槍が虚しく地面に突き刺さっているだけだった。
これが二人の表情を険しくさせている訳であり、特にギンガは今でこそ落ち着いているが、失態の直後は目に見えて責任を感じていた。
一方的な勘違いから行き先を変更して得た収穫が槍二本という散々な結果。
いくら始に殺人を犯させないと意気込んでいたとはいえ碌に確認もせずに移動したのは捜査官として初歩的とも言えるミスだった。
ここに来てから憧れだった殺生丸との再会と永遠の別離、そして相次ぐ仲間の喪失。
さすがのギンガも表面では冷静なつもりでも中身まで常のような冷静な判断を下し続ける事は不可能だった。
だからこそ自らのミスで生じた遅れを取り戻そうと再び当初の目的地である学校へ進路を定めたのだ。
そして今二人は休息と各々用事のために少し足を休めていた。
「ギンガ、用事は済んだのか」
「ええ、なんとかなりそうでした。インテグラ卿の方は?」
「ああ、今しがた終わったところだ。受け取れ」
そう言ってインテグラがギンガに手渡した物は小型の機械だった。
それをデイパックに仕舞うと、ギンガは改めて今まで調べていたホルダーに目を遣った。
コルト・ガバメントと先程の機械、そして今手にしているホルダー内のカードのような物がギンガに支給された物だ。
このカードのような物はメモによるとカートリッジシステムの代用になる簡易型の使い捨て魔力蓄積装置らしい。
コンパクトなホルダーにはこのカードが全部で48枚も入っていて、使い方次第では有効な物だ。
今まではホルダーをデイパックの中に入れていたために咄嗟の時に使えなかったが、今は左太腿に付けたので次は大丈夫だ。
さっきまでも3枚ほど試しに使用して魔力の調子を確かめていたので、いきなり使って不備が生じるという事態にはならないはずだ。
「では、行きましょうか」
「ああ、そうするか」
ストレートからショートになった髪と同じ色の青紫のリボンを風に靡かせながらギンガは走りだす。
所々焦げ目を付けたブロンドヘアを風に靡かせ眼鏡の位置を軽く直しながらインテグラも走りだす。
その先に待ち受ける結末を知らないままに。
▼ ▼ ▼
吸血鬼は橋を渡れないという言い伝えがある。
これは吸血鬼という闇の生き物が流水の上を通過できないという事象から来ている。
だから吸血鬼に遭遇した場合は近くに川があれば安心かもしれないが、如何なる事にも例外というものは存在する。
この場合の例外は『真祖のような強い吸血鬼にとっては流水など致命的にならない』という事だ。
現在D-5の川を見つめているアーカードがまさにその真祖に該当する。
もっとも真祖であるアーカードにとって流水はおろか日光さえ苦手の一言で済む程度である。
「一足遅かったようだな。もう既にこの辺りには誰もいない、か」
これより少し前にアーカードはE-4からD-4にかけてセフィロスと死闘を繰り広げていた。
実際にその時の戦闘の音を聞いてギンガとインテグラはD-4の南へと向かったのだが、結果は不運なすれ違い。
二人が着いた時には既にアーカードはこのD-5の橋付近に移動した後であった。
アーカードがここに来た目的は突然消え去ったセフィロスとヴィータを探すためだ。
あの時セフィロスとヴィータが突然消えた原因であるヘルメスドライブ。
その説明書によると二人の転移先は同エリア内に限定される事が判明した。
だからまだ近くにいる可能性もあったので周囲を探索する事にしたのだ。
その途中で橋付近での騒動を感じ取って急ぎ駆けつけたが、その時には既に誰もいなかった。
実際にその騒動にセフィロスとヴィータも巻き込まれていたが、あいにく気儘な神の仕業で二人は川に落ちて流されてしまっていた。
結果的にアーカードも二人とすれ違った上に誰もいない橋で一人寂しく佇む事になっている。
「さて、この辺りにはいないようだが……だとしたら、逆か」
その事実を知らないアーカードは忌々しげに元いた方角つまり西に足を向けた。
こちらにいないのなら逆方向に飛ばされたと考えたからだ。
アーカードは今度こそ再会できる事を期待して興味深く西の方角を睨みつけるのだった。
その先に待ち受ける結末も知らないままに。
▼ ▼ ▼
それほど広くはない敷地内に効率的に建てられた校舎に日の光が燦々と降り注ぐ頃合い。
学び舎たる学校では命を賭けた死闘が繰り広げられていた。
その戦いの舞台に立つ者は3人。
一人目は黒い鎧を身に付けた仮面の戦士カリス――相川始。
右手のカリスアローを巧みに操り、驚く事に未だラウズカードを1枚も使う事なく持ち堪えている。
その身体には縦横に傷が走っているが、致命的なものはまだ受けていない。
二人目は金色の鎧のような外殻を持つギラファクワガタムシの祖たるギラファアンデッド――金居。
左右一対の双剣、右のヘルターと左のスケルターを身体の一部のように駆使して縦横無尽に斬りかかっている。
その身体にもカリス同様に傷が走りアンデッド特有の緑色の血が全身を微かに彩っているが、カリスに比べれば負傷は軽微だ。
三人目は黄色のパイロットスーツを着た元僧侶――武蔵坊弁慶。
自身に支給された魔刀・閻魔刀を両手で握り力任せにカリスに斬撃を繰り出している。
その身体も他の二人と同様に傷が走っているが、負傷の程度は弁慶が一番酷く見える。
既に戦闘前に装着した黄色のパイロットスーツはあちこち斬られて、その下には紅い血で染まった僧衣が見え隠れしている。
戦いの狼煙が上がった原因は始と金居の邂逅。
ジョーカーである相川始とアンデッドである金居は相容れない存在。
それに加えて弁慶は同行者の金居からジョーカーの危険性を十分に教えられていた。
この時点で始と金居・弁慶の激突は必至。
激戦の火蓋が切られるのに時間はかからなかった。
そして激戦の舞台を学校の校庭と定めた3人は各々死力を尽すのであった。
「チッ――!!」
カリスの面の下から漏れる微かな舌打ち。
その声と共に振るわれるカリスの右手。
宿敵に向けた手に握られるは白き醒弓カリスアロー。
その両端にある白き刃を敵に向けて。
直接対峙する二人の耳に届くは鋭く風を斬り裂く音。
それはまるで死神の鎌の如く。
「――フン!」
ギラファから発せられる静かな呼吸音。
その声と共に敢え無く受け止められるカリスアロー。
担い手はギラファの双剣たるヘルターとスケルター。
周囲に響き渡る弓刃と双剣のぶつかり合う金属音。
それはまるで冥府を暗示するかの如く。
「ウゥオオォリャァァァアアアッッッッッ!!!!!」
弁慶によって叫ばれた裂帛の気合が籠った雄叫び。
その咆哮と共に振り下ろされる閻魔刀。
両の眼で見据える狙いは他でもない人類にとっての災厄たるカリス。
そのカリスはギラファと鍔迫り合いをしている最中。
すぐに弁慶に対処できる状況ではない事は明らか。
それはギラファと弁慶の二人にとって又とない機会の如く。
だがその予測を覆すはカリス。
「グッ……」
当事者の耳が捉えた音は刀が火花を散らす音には非ず。
皆が聞いた音は意外にも弁慶の苦しげな声。
皆が見た姿は意外にも弁慶の腹にカリスの蹴りが決まる光景。
皆が理解した事実はカリスが弁慶の腹を蹴って閻魔刀の斬撃を回避したという結果。
つまり弁慶の閻魔刀はカリスに後一歩のところで及ばなかった。
さらにカリスは弁慶を蹴った反動でギラファからも離れる事にも成功していた。
これまでも繰り広げられてきた攻防。
そしてまたも決定打には至らず。
因縁の勝負の行方は次の攻防に持ち越される事に。
その果てしない死闘を物言わぬ校舎だけ舞台の観客として目撃していた。
▼ ▼ ▼
(さすがにカテゴリーキング込みの二人がかりだとこれが限界か。首輪のせいか力も制限されているこの状態では……)
一見優勢に見えるカリスではあったが、実際のところ今の状況はカリスにとっては好ましくないものだった。
ハートのA~10まで揃えたカリスでも実力者二人を相手取るのは正直厳しい。
しかも一方のギラファアンデッドは自分と同等の力を持つカテゴリーキング。
もう一方の弁慶も膂力だけならアンデッドと楽に渡り合えるのではないかと思わせる程のもの。
そのような二人といつまでも互角の戦いを演じられるほどカリスには余裕はない。
元々ギラファだけでも互角のところに弁慶まで加わっているのだから、寧ろ今のような拮抗状態は奇跡としか言いようがない。
あちらの制限が自分より重いものなのか、あるいは手加減や様子見をされているのか。
いずれにせよ今の内に決着を付けなければカリスに勝機はない。
(だがどうする? 大技でギラファを倒してもその隙に弁慶に斬られかねない!
俺はまだ戦い続けなければいけないんだ。ここで余計な負傷は避けたいが、奴らはそんな甘い考えが通じる相手ではない。
ここは一か八か多少のリスクは仕方ないと――)
微妙なバランスの中でカリスが次にどう動くべきか悩んでいたが、不意に正面からの突撃を敢行してきた。
今まで距離を取って二人で話し合っていたが、どうやらそれが終わったらしい。
それに気付いたカリスは慌てる事なく油断せずに素早く正面に冷たい戦士の目を向けた。
人間を超越した視界の中で勢いよく距離を縮めて来るのは金色の体躯が眩しいギラファ。
だが不思議な事に弁慶の姿は見つける事が出来ない。
今戦っている場所がそれなりの広さを持つ校庭ゆえに隠れる場所は皆無と言ってもいい。
必ずどこかにいるはずだと思い直し、カリスは急いで再び周囲に目を配った。
そして見つけた。
ギラファの背後に黄色のパイロットスーツが若干チラついている様子が見て取れたのだ。
(死角を利用した時間差攻撃か……だが、そのデカイ身体が仇となったな!)
つまり目の前から迫って来るギラファはフェイクで、本命はその背後に控えている弁慶。
ギラファに意識を向けた自分を後ろに走ってくる弁慶が斬りかかる。
おそらくそれが二人の狙い。
カリスの脳裏は瞬時に相手の思惑を予測していた。
それならば自分はそのフェイクに掛かった振りをして弁慶を倒す。
そして間髪入れずにギラファに大技を叩きこんで決着を付ける。
(カテゴリーキング、これで決着を付けてやる!)
実のところカリスは相当焦っていた。
いつ不利になってもおかしくない緊迫した戦況とここまでの芳しくない自らの戦績。
それに加えて万全とは言えない自身の調子。
そして元の世界に残してきた栗原遥香と天音。
いつしか自分にとって大切な存在になっていた親子。
カリスが、相川始が、どんな犠牲を払ってでも守りたいと強く思う存在。
栗原親子の元に戻るために必ずこのデスゲームで勝ち残らなければならない。
それゆえに生じる絶対負けられないという焦り。
さらにもう一つ。
『なんで……! どうしてそんな、人間らしさを持ってる貴方が、平気で人を殺せるんですか!?
貴方はまだ引き返せる! 人殺しなんて絶対にさせない!』
戦いの中で二度の遭遇を果たした少女、ギンガ・ナカジマ。
真摯な気持ちを向けてくる彼女の言葉が否応なくカリスの心に波を立てていた。
その理由ははっきりとは分からない。
だからこそ正体不明の靄を振り払うかの如くカリスは向かって来るギラファに目を向ける。
冷たくもどこか余裕がない視線を受けながらもギラファは既に目の前にまで迫っていた。
「ハッ――」
そして予想通りギラファはカリスの直前でいきなり進行方向を自分から見て右に変えた。
それは傍目から見ればギラファが急に姿を消したと錯覚するほど急激なものだった。
だがそこは常人では計り知れない身体能力を秘めたカリス。
前もって予測していた事もあってその動きに動揺する事はなかった。
そしてギラファの影から現れたのは予想通りの黄色い影と猛々しい咆哮。
「食らえェェェ!!! 化け物がァァァ!!!」
(やはりそうきたか。だが、これで――ッ!?)
だがそこでカリスの予想は外れる事になる。
カリスに向かってきたもの、それは大柄な黄色いパイロットスーツ――だけだった。
▼ ▼ ▼
(フン、まんまと掛かったな、ジョーカー!)
弁慶とギラファの打ち合わせは簡単なものだった。
まずギラファがカリスに向かって行き、弁慶自身はその背後に隠れるようにして走っていく。
しかし大柄な弁慶がギラファの影で完全に隠れる事はほぼ不可能。
だがそれによってカリスは『ギラファの後ろに弁慶がいる』と認識するはず。
――それを逆手に取る。
この作戦のポイントはカリスと激突するまでの間に弁慶がギラファの背後でパイロットスーツをあらかじめ脱いでおく事。
あとはギラファがフェイントをかけて横にずれるタイミングでパイロットスーツをカリスに投げつけるだけ。
次いでギラファが左から斬りかかると同時に弁慶が右から攻撃してジョーカーを倒せば終了だ。
如何にカリスでもいきなり目の前にそれまで弁慶が着用していたはずの黄色いスーツが現れたら弁慶本人だと誤認するはず。
おそらくカリスはギラファの背後に弁慶がいる事を知って注意をそこに向けている可能性が高い。
そこで何か仕掛けてくるとまでは考え付いても、まさかスーツを脱ぐという行為はさすがに予想外だろう。
そこに生じる隙を突いて一気にジョーカーに止めを刺す。
これが今回の作戦の概要だった。
ここで弁慶が果たす役割はパイロットスーツを脱いでカリスにぶつけて斬りかかるというもの。
この程度なら単純な弁慶でも問題なく遂行できるレベルの内容だ。
(人に仇なす鬼……いやジョーカーめ、ここで引導を渡してやる!)
▼ ▼ ▼
(――抜け殻!? そうなると、中身は……)
一瞬で目の前に飛んでくる物体がもぬけの殻と化したパイロットスーツだと理解すると、カリスはすぐさま周囲に注意を最大限払った。
どう見てもこれは自分の虚を突いて攻撃を仕掛ける策に違いない。
さすがにこの状況は予想できなかったが、それでも焦らず対処すればなんとか乗り切れるはずだ。
そしてカリスの耳に宿敵の声が届いた。
「ジョォォォオオオォォォゥゥゥカァァァァァァ!!!」
己が間違うはずもない声。
右正面から聞こえてきた声は紛れもなく因縁の相手、ギラファアンデッドのものだった。
すぐに身体が条件反射のように反応して素早くカリスアローを左手に移すと、右腰に備え付けられたホルダーへと自由になった右手が伸びる。
そして僅かの間にカリスの右手には1枚のカードが掴まれ、間髪入れずにカリスアローに装着されたカリスラウザーに通される。
それはハートの8「リフレクトモス」。
――REFLECT――
その電子音と共にカリスの思惑通り透明のバリアがカリスとギラファとの中間に展開され、次の瞬間ヘルターによってあっさり砕かれた。
このバリアにはそのカードの名が示すように相手の攻撃を反射する効果を秘めていたのだが、ギラファ相手では力不足だったようだ。
だが完全に跳ね返す事は出来なかったが、その反動でギラファを数歩後退させる事には成功した。
今はそれで十分だ。
なぜなら本命の一撃が別の方向から迫っているからだ。
「覇ァアアァァァアアアア!!!!!」
この激闘の中でいつのまにか聞き慣れてしまった声、地の底から響くような野太い咆哮が聞こえてくる。
ギラファの協力者だと思われる弁慶と呼ばれている大男のものだ。
黄色のパイロットスーツが投げ捨てられてこの状態に持ち込まれた時に半ば予想した状態だ。
囮のギラファが自分の注意を逸らして弁慶が別方向から仕留めるという自分の考えはだいたい合っていた。
実際はそこにさらに予想外の行動を加えられて備えは万全ではない。
だが敵が仕掛けてくる手に対して随時正しい対処法を導くなど正直難しい。
だから今は出来る事をするだけだ。
そのためなら自分はどんな事でもしてみせる。
今はっきりしている事は唯一つ。
ここでむざむざと殺されるわけにはいかないという事だ。
「――ッ!!」
ギラファの行方を確認すると、カードをラウズした勢いも加えて反時計回りに身体を回す。
その途上でこちらに向かって投げられていたパイロットスーツを回転の勢いのままに両断。
そのまま勢いを維持したまま身体を半回転。
するとそこには袈裟がけに斬りかかってくる弁慶の姿。
もう閻魔刀の刃がカリスの命を断つのに1秒も必要ない。
だがカリスは決して諦めてはいなかった。
緊迫した空気。
一瞬の躊躇い。
そして決意。
カリスは何の迷いもなくカリスアローを持つ左腕を――
――閻魔刀と交差させた。
ギィィィイイイイイ―――――ッッッッ―――――!!
弁慶の閻魔刀とカリスアローが。
弁慶の閻魔刀と左腕が。
弁慶の覚悟と自らの覚悟が。
己の信念を賭けて互いに軋り合う。
そこにあるのは凄まじいという言葉が生温いと思えるほど異質な音と火花。
ふと視界に入った弁慶は表情がまるで信じられない光景を見ているかのようだ。
(人間なら、当然の反応だ……)
カリスが行った事は単純である。
それは弁慶の閻魔刀に対して左腕を斜めに当てるというもの。
普通の人間ならこのような事をすれば左腕は間違いなく使い物にならなくなる。
だが幸か不幸か自分は人間ではなくアンデッド――ジョーカーだ。
正面からでは無理でも斜めから受ければ力を逸らす事は可能だ。
もっとも左手に過度の衝撃が掛かる事に変わりはないが、この状況を凌ぐにはこれしかなかった。
そしてそれは上手くいった。
(ここで――ッ!!)
この瞬間先程とは逆に弁慶は虚を突かれている。
追撃をかけるには今しかない。
空いている右手を戦闘の邪魔にならないように架けていたデイパックの中に突っ込み目的の物を取り出す。
それはまるで吸い寄せられたかのようにスムーズにデイパックより出て来てくれた。
それはまさしく輝く黄金の剣と呼ぶに相応しかった。
まるでカブトムシを模したかのような荘厳な意匠。
その剣の名はパーフェクトゼクター。
「…………!!」
その黄金の剣を無言で振り抜く。
下からの斬撃に弁慶の反応は僅かに遅れ、結果その斬撃を食い止める事は出来なかった。
パーフェクトゼクターは弁慶の肉を裂き、カリスに返り血を盛大に浴びせた。
血に塗れたカリスには罪悪感など無かった。
これで二対一が一対一になり少しは楽になると、カリスはこの時ばかりは僅かばかり安堵した。
だがそれは早計だった。
実に恐ろしきは数々の逸話を残した荒法師の名前を授けられた男――武蔵坊弁慶。
「……グッ……これ、くらいで……」
「な――!?」
信じられない事に弁慶は身体にパーフェクトゼクターの刃を喰い込ませたままカリスの腕を掴んで剣の進行を止めていた。
既に斬られた箇所から血が湧き出て、無地の僧衣に紅い模様を彩っている。
弁慶の膂力がアンデッドのものと同等であるとは思っていたが、まさかここまでとは予想外であった。
「チッ――、離せ! このままでは――」
その瞬間背後からはっきりと分かる程の殺気を感じた。
誰が発しているのかは振り返らずとも分かった。
今自分の背後にいるのは先程リフレクモスで退けたカテゴリーキング、ギラファアンデッドに他ならない。
そう考えていると耳に刃で風を斬る音が聞こえてきた。
なんとか対応しようにも弁慶に腕を掴まれたままではどうする事も出来ない。
カリスは己の最期を覚悟した。
(……ごめん、遥さん、天音ちゃん。俺は君達を――)
だがギラファの双剣がカリスに届く事はなかった。
「トライシールド!」
新たに聞こえた声に、背後より覗く魔力光に、カリスは覚えがあった。
それはこの地で三度目の邂逅を果たした者。
初めて出会った時には殺そうと襲いかかり、二度目に出会った時には気絶していたところを助けてくれた少女。
そして三度目の今は、再びこうして命を救ってくれた。
「……ギンガ・ナカジマか」
ギンガ・ナカジマ。
三度目の邂逅になる少女が一陣の風と共に戦いの舞台に躍り出た。
▼ ▼ ▼
「始さん!」
ギンガがこうして戦闘に割り込めたのはギリギリだった。
当初の予定より大幅に遅れて学校に到着した時、そこで目にしたものは衝撃的なものだった。
それは身動きが取れない黒い鎧の戦士を背後から金色のクワガタムシの怪人が今まさに斬りかかろうとしているところだった。
先程の一件であの黒い鎧の戦士カリスが相川始であり、また相当な実力の持ち主である事も知っている。
だが今カリスは血まみれの僧に腕を掴まれて満足に動けない様子である。
あのままでは背後の金色の怪人に為す術もなく殺されてしまう事は火を見るよりも明らかだ。
だからコルト・ガバメントと槍を護身用にインテグラに渡して単独で現場に急行する事を決意した。
インテグラもギンガの心情を慮ったのか寧ろ早く行けとばかりに背中を押した。
最初から全力でダッシュして一気に校門をくぐり、校庭に入るともう既に猶予はほとんどなかった。
自らが習得した防御魔法の内で最も強固なものを選択して術式を展開。
そこでギンガは初めて怪人を間近で見た。
(――ヤバい!?)
防御魔法の構築と同時に激突直前でカードに蓄積された魔力を開放してトライシールドを強化。
そうする事で怪人の斬撃をなんとか防ぐ事ができた。
もしいつも通りの強度であれば防ぐ事は出来なかっただろう。
(でも依然として状況は悪い。なんとか始さんが身動きを取れるようになってくれないと……)
今はギンガがカリスの背後を守っているが、それもいつもまでもこうしている訳にはいかない。
最善の方策はカリスが無事にここから離れてお互い話し合う状況に持ち込む事だが、どうもそれは困難に思える。
おそらくこの金色の怪人は始が言っていたアンデッドという生物に違いないだろう。
当事者でない自分でもアンデッドの放つ異常な殺気はここへ来た時から嫌というほど感じている。
だがそんなギンガの心配は無駄に終わった。
思い悩むギンガがふとシールドの支えになっている右手を見ると、視界に校門が入った。
そしてその校門には一足遅れて到着したインテグラの姿と――
「――インテグラ卿!! 避けて!!」
――その背後から接近する謎の物体の姿があった。
その事に気づいたギンガは思わずインテグラに声をかけていた。
突然の叫びで目の前のアンデッドが何やら驚いたようだが気にしてなどいられない。
なぜかあれは危険だという得体の知れない予感がしたのだ。
その声が聞こえたのかインテグラは間一髪背後から迫っていた影の突撃を躱す事ができた。
そこで謎の影が何なのか判明した。
青い楕円形のボディーと中央の黄色いセンサー。
間違いなくジェイル・スカリエッティが開発したガジェットドローンⅠ型だ。
(なんであれがここに、もしかして誰かの支給品? それとも――)
その時ギンガの視界の隅でガジェットが――爆発した。
▼ ▼ ▼
それは突然の出来事であった。
大幅なタイムロスのせいで学校が見える付近まで来た時には既に始は戦闘の最中だった。
とりあえず予想通り学校に始がいた事は僥倖であった。
これで見つからなければ再び無駄足に終わっていたからだ。
ふと隣のギンガを見ると始の事が心配で今にも飛び出して行きそうな雰囲気だった。
こういうところは少し未熟さが残っているようだが、それはこの際とやかく言わなかった。
ここから学校までの距離はもうそれほどない。
だからギンガが先行すると提案してきた時もすぐに賛成した。
コルト・ガバメントと槍を預けていったのはギンガなりの配慮か、もしくは心のどこかで銃や槍を持つ事に躊躇いがあるのか。
そんな事を考えつつ一足遅れて学校に到着した。
目の前ではギンガと黒い鎧の戦士(おそらく相川)が背中合わせで各々金色の怪人と血まみれの僧と対峙していた。
一目見たところ状況は膠着していて迂闊な手出しは控えた方が良さそうな気がした。
だから性急に行動せず状況を把握しようとした時――
「――インテグラ卿!! 避けて!!」
――ギンガの警告が耳に届いた。
目的地しかも目的の人物が見つかった事でどこか気が緩んでいたのだろう。
いつのまにか背後に迫っていた謎の浮遊物体にこの時までまるで気付いていなかった。
それに加えて全身の傷は未だ癒えず身体の感覚がやや鈍っていた事も発見の遅れの一因であった。
だがギンガの叫びに助けられた事は事実であり、そのおかげで背後からの物体を避ける事ができた。
「ん? 反転するか……」
だがそれで終わりではなかった。
謎の物体は脇を通り過ぎてからしばらく進んで停止すると、ゆっくりと進行方向をこちらに修正してきた。
どうやらこちらを狙っている事は明らかだろう。
それならば迎え撃つだけだ。
無表情でコルト・ガバメントの銃口を謎の物体に向ける。
そして中央の黄色いセンサーに狙いを定めると、一切の躊躇なく引き金を引いた。
そこを狙った理由はそこが若干透けていて内部の構造が微かに見えていたからだ。
そこを撃ち抜けば内部破壊で機能が停止すると考えに至ったからでもある。
だが結果としてそんな考えは無駄に終わった。
銃弾が当たった瞬間――全ては爆発の炎と煙に蹂躙されたからだ。
▼ ▼ ▼
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*Round ZERO ~ JOKER DISTRESSED(前編) ◆HlLdWe.oBM
彼は後悔していた。
自らの犯したあやまちで大切な家族を失ってしまったから。
それはもしかしたら彼が責任を感じる事ではないのかもしれないが、悲しみに暮れている今の彼は自らを責める事しか出来なかった。
彼の周囲の地面は焼け焦げた上に建物は崩壊しているが、今の彼の視界にそれらは映っていない。
その眼が映すものは何も言わない地面のみ。
ただ燃え盛るような熱風が彼を一層苛んでいるようであった。
天空では煌びやかな太陽が燦燦と輝いているというのに、彼の周りだけにはその陽光が届いていないようだ。
▼ ▼ ▼
さまざまな家屋が日の光を余す所なく浴びながら建ち並ぶ市街地。
いつもなら仕事に追われる会社員が忙しく車を走らせ足を動かしているような場所。
だからこそ現在この近辺の市街地は一般的な市街地と比べて異常と言える。
なぜなら少し耳を澄ませてみれば方々から平和な市街地には似つかわしくない音が響いてくるからだ。
それは建物が倒壊する音であったり、金属と金属が激しくぶつかり合う音であったり。
ガラスが割れる軽い音であったり、アスファルトが砕ける重い音であったり。
平和とは程遠い物騒な音があちらこちらから引っ切り無しに響いてくる。
そしてそんな物騒な市街地に二人の女性がいた。
どこかの会社のOLとは全く別世界に生きるこの二人も通常なら市街地に似つかわしくないと言えよう。
一人は青紫のショートヘアに茶色の陸士制服を着こなしている若くして捜査官として一線で活躍する少女。
近代ベルカ式陸戦魔導師にしてシューティングアーツの使い手ギンガ・ナカジマ。
もう一人はブロンドヘアに黒の焦げたコートを着込んでいる若くしてヘルシング家の当主となった女傑。
円卓会議の一員にしてヘルシング機関の長インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング。
だが自らの意思とは関係なくデスゲームに参加させられた二人に選択肢はない。
ただ己の意志の下で行動するのみだ。
しかし数時間前にギンガは殺生丸という憧れの存在の死を乗り越えて新たな決意を抱いたというのに、その表情は心なしか焦りを秘めているかのように険しい。
そしてインテグラの方も常日頃の化け物討伐の時と同様に若干の憂いを帯びていて表情は優れない。
その理由は少し前に二人の元から去って行った相川始――を追いかけていた二人自身にあった。
「すいません、インテグラ卿。私が先走ったばかりに……」
「今度から気を付けるんだな……とは言うものの、お前の判断に従った私が言える事でもないな」
自らの目的が参加者を皆殺しにする事だと公言して去って行った青年、相川始。
ギンガとインテグラが始を追いかけるためにヘルシング機関を後にしてからそれなりに時間は経ったが、未だ追いつけていなかった。
その理由は単純に追いかける方向を間違えただけだ。
当初西へ向かっていた二人だが、しばらく経つと迂闊にも始の姿を見失ってしまった。
応急措置済みとはいえ全身に軽い火傷を負ったインテグラは本人の気持ちとは裏腹にまだ無理を出来る身体ではなかった。
そして同行者のギンガが責任を感じてインテグラにも極力注意を向けて気遣う事は当然であった。
それに対して始は行き先も考えずに本能の赴くままに疾走しただけ。
本調子でない二人が始を見失うのも無理はなかった。
だが二人はそのまま立ち止まらずに当初は始が向かいそうな学校へと移動しようとした――その時だった。
二人の耳に地の底から響くような轟音が届いた。
それは同時刻D-4とE-4周辺で繰り広げられていたアーカードとセフィロスの死闘の響き。
両者共にビルを崩壊させる程の化け物級の力を駆使しての全力全壊の戦闘だ。
その余波がビルを隔ててもギンガとインテグラの耳に届いて来るのは必定であったのかもしれない。
――もしや相川始が誰かと戦っているのでは?
そしてギンガがそのように結論を下して行き先を南に変えても誰も責める事は出来ない。
優勝を目指す始を追いかけている最中に戦闘の気配を感じればその可能性を考慮して当然だ。
だから二人は聞こえてくる音を頼りに南へと向かったのだが、結局は無駄足だった。
実は運が良ければ始に追いつく代わりにインテグラは自身が使役する吸血鬼であるアーカードと再会できたはずだ。
だが二人が辿り着いた時には周囲には激闘の証である二本の朱塗りの槍が虚しく地面に突き刺さっているだけだった。
これが二人の表情を険しくさせている訳であり、特にギンガは今でこそ落ち着いているが、失態の直後は目に見えて責任を感じていた。
一方的な勘違いから行き先を変更して得た収穫が槍二本という散々な結果。
いくら始に殺人を犯させないと意気込んでいたとはいえ碌に確認もせずに移動したのは捜査官として初歩的とも言えるミスだった。
ここに来てから憧れだった殺生丸との再会と永遠の別離、そして相次ぐ仲間の喪失。
さすがのギンガも表面では冷静なつもりでも中身まで常のような冷静な判断を下し続ける事は不可能だった。
だからこそ自らのミスで生じた遅れを取り戻そうと再び当初の目的地である学校へ進路を定めたのだ。
そして今二人は休息と各々用事のために少し足を休めていた。
「ギンガ、用事は済んだのか」
「ええ、なんとかなりそうでした。インテグラ卿の方は?」
「ああ、今しがた終わったところだ。受け取れ」
そう言ってインテグラがギンガに手渡した物は小型の機械だった。
それをデイパックに仕舞うと、ギンガは改めて今まで調べていたホルダーに目を遣った。
コルト・ガバメントと先程の機械、そして今手にしているホルダー内のカードのような物がギンガに支給された物だ。
このカードのような物はメモによるとカートリッジシステムの代用になる簡易型の使い捨て魔力蓄積装置らしい。
コンパクトなホルダーにはこのカードが全部で48枚も入っていて、使い方次第では有効な物だ。
今まではホルダーをデイパックの中に入れていたために咄嗟の時に使えなかったが、今は左太腿に付けたので次は大丈夫だ。
さっきまでも3枚ほど試しに使用して魔力の調子を確かめていたので、いきなり使って不備が生じるという事態にはならないはずだ。
「では、行きましょうか」
「ああ、そうするか」
ストレートからショートになった髪と同じ色の青紫のリボンを風に靡かせながらギンガは走りだす。
所々焦げ目を付けたブロンドヘアを風に靡かせ眼鏡の位置を軽く直しながらインテグラも走りだす。
その先に待ち受ける結末を知らないままに。
▼ ▼ ▼
吸血鬼は橋を渡れないという言い伝えがある。
これは吸血鬼という闇の生き物が流水の上を通過できないという事象から来ている。
だから吸血鬼に遭遇した場合は近くに川があれば安心かもしれないが、如何なる事にも例外というものは存在する。
この場合の例外は『真祖のような強い吸血鬼にとっては流水など致命的にならない』という事だ。
現在D-5の川を見つめているアーカードがまさにその真祖に該当する。
もっとも真祖であるアーカードにとって流水はおろか日光さえ苦手の一言で済む程度である。
「一足遅かったようだな。もう既にこの辺りには誰もいない、か」
これより少し前にアーカードはE-4からD-4にかけてセフィロスと死闘を繰り広げていた。
実際にその時の戦闘の音を聞いてギンガとインテグラはD-4の南へと向かったのだが、結果は不運なすれ違い。
二人が着いた時には既にアーカードはこのD-5の橋付近に移動した後であった。
アーカードがここに来た目的は突然消え去ったセフィロスとヴィータを探すためだ。
あの時セフィロスとヴィータが突然消えた原因であるヘルメスドライブ。
その説明書によると二人の転移先は同エリア内に限定される事が判明した。
だからまだ近くにいる可能性もあったので周囲を探索する事にしたのだ。
その途中で橋付近での騒動を感じ取って急ぎ駆けつけたが、その時には既に誰もいなかった。
実際にその騒動にセフィロスとヴィータも巻き込まれていたが、あいにく気儘な神の仕業で二人は川に落ちて流されてしまっていた。
結果的にアーカードも二人とすれ違った上に誰もいない橋で一人寂しく佇む事になっている。
「さて、この辺りにはいないようだが……だとしたら、逆か」
その事実を知らないアーカードは忌々しげに元いた方角つまり西に足を向けた。
こちらにいないのなら逆方向に飛ばされたと考えたからだ。
アーカードは今度こそ再会できる事を期待して興味深く西の方角を睨みつけるのだった。
その先に待ち受ける結末も知らないままに。
▼ ▼ ▼
それほど広くはない敷地内に効率的に建てられた校舎に日の光が燦々と降り注ぐ頃合い。
学び舎たる学校では命を賭けた死闘が繰り広げられていた。
その戦いの舞台に立つ者は3人。
一人目は黒い鎧を身に付けた仮面の戦士カリス――相川始。
右手のカリスアローを巧みに操り、驚く事に未だラウズカードを1枚も使う事なく持ち堪えている。
その身体には縦横に傷が走っているが、致命的なものはまだ受けていない。
二人目は金色の鎧のような外殻を持つギラファクワガタムシの祖たるギラファアンデッド――金居。
左右一対の双剣、右のヘルターと左のスケルターを身体の一部のように駆使して縦横無尽に斬りかかっている。
その身体にもカリス同様に傷が走りアンデッド特有の緑色の血が全身を微かに彩っているが、カリスに比べれば負傷は軽微だ。
三人目は黄色のパイロットスーツを着た元僧侶――武蔵坊弁慶。
自身に支給された魔刀・閻魔刀を両手で握り力任せにカリスに斬撃を繰り出している。
その身体も他の二人と同様に傷が走っているが、負傷の程度は弁慶が一番酷く見える。
既に戦闘前に装着した黄色のパイロットスーツはあちこち斬られて、その下には紅い血で染まった僧衣が見え隠れしている。
戦いの狼煙が上がった原因は始と金居の邂逅。
ジョーカーである相川始とアンデッドである金居は相容れない存在。
それに加えて弁慶は同行者の金居からジョーカーの危険性を十分に教えられていた。
この時点で始と金居・弁慶の激突は必至。
激戦の火蓋が切られるのに時間はかからなかった。
そして激戦の舞台を学校の校庭と定めた3人は各々死力を尽すのであった。
「チッ――!!」
カリスの面の下から漏れる微かな舌打ち。
その声と共に振るわれるカリスの右手。
宿敵に向けた手に握られるは白き醒弓カリスアロー。
その両端にある白き刃を敵に向けて。
直接対峙する二人の耳に届くは鋭く風を斬り裂く音。
それはまるで死神の鎌の如く。
「――フン!」
ギラファから発せられる静かな呼吸音。
その声と共に敢え無く受け止められるカリスアロー。
担い手はギラファの双剣たるヘルターとスケルター。
周囲に響き渡る弓刃と双剣のぶつかり合う金属音。
それはまるで冥府を暗示するかの如く。
「ウゥオオォリャァァァアアアッッッッッ!!!!!」
弁慶によって叫ばれた裂帛の気合が籠った雄叫び。
その咆哮と共に振り下ろされる閻魔刀。
両の眼で見据える狙いは他でもない人類にとっての災厄たるカリス。
そのカリスはギラファと鍔迫り合いをしている最中。
すぐに弁慶に対処できる状況ではない事は明らか。
それはギラファと弁慶の二人にとって又とない機会の如く。
だがその予測を覆すはカリス。
「グッ……」
当事者の耳が捉えた音は刀が火花を散らす音には非ず。
皆が聞いた音は意外にも弁慶の苦しげな声。
皆が見た姿は意外にも弁慶の腹にカリスの蹴りが決まる光景。
皆が理解した事実はカリスが弁慶の腹を蹴って閻魔刀の斬撃を回避したという結果。
つまり弁慶の閻魔刀はカリスに後一歩のところで及ばなかった。
さらにカリスは弁慶を蹴った反動でギラファからも離れる事にも成功していた。
これまでも繰り広げられてきた攻防。
そしてまたも決定打には至らず。
因縁の勝負の行方は次の攻防に持ち越される事に。
その果てしない死闘を物言わぬ校舎だけ舞台の観客として目撃していた。
▼ ▼ ▼
(さすがにカテゴリーキング込みの二人がかりだとこれが限界か。首輪のせいか力も制限されているこの状態では……)
一見優勢に見えるカリスではあったが、実際のところ今の状況はカリスにとっては好ましくないものだった。
ハートのA~10まで揃えたカリスでも実力者二人を相手取るのは正直厳しい。
しかも一方のギラファアンデッドは自分と同等の力を持つカテゴリーキング。
もう一方の弁慶も膂力だけならアンデッドと楽に渡り合えるのではないかと思わせる程のもの。
そのような二人といつまでも互角の戦いを演じられるほどカリスには余裕はない。
元々ギラファだけでも互角のところに弁慶まで加わっているのだから、寧ろ今のような拮抗状態は奇跡としか言いようがない。
あちらの制限が自分より重いものなのか、あるいは手加減や様子見をされているのか。
いずれにせよ今の内に決着を付けなければカリスに勝機はない。
(だがどうする? 大技でギラファを倒してもその隙に弁慶に斬られかねない!
俺はまだ戦い続けなければいけないんだ。ここで余計な負傷は避けたいが、奴らはそんな甘い考えが通じる相手ではない。
ここは一か八か多少のリスクは仕方ないと――)
微妙なバランスの中でカリスが次にどう動くべきか悩んでいたが、不意に正面からの突撃を敢行してきた。
今まで距離を取って二人で話し合っていたが、どうやらそれが終わったらしい。
それに気付いたカリスは慌てる事なく油断せずに素早く正面に冷たい戦士の目を向けた。
人間を超越した視界の中で勢いよく距離を縮めて来るのは金色の体躯が眩しいギラファ。
だが不思議な事に弁慶の姿は見つける事が出来ない。
今戦っている場所がそれなりの広さを持つ校庭ゆえに隠れる場所は皆無と言ってもいい。
必ずどこかにいるはずだと思い直し、カリスは急いで再び周囲に目を配った。
そして見つけた。
ギラファの背後に黄色のパイロットスーツが若干チラついている様子が見て取れたのだ。
(死角を利用した時間差攻撃か……だが、そのデカイ身体が仇となったな!)
つまり目の前から迫って来るギラファはフェイクで、本命はその背後に控えている弁慶。
ギラファに意識を向けた自分を後ろに走ってくる弁慶が斬りかかる。
おそらくそれが二人の狙い。
カリスの脳裏は瞬時に相手の思惑を予測していた。
それならば自分はそのフェイクに掛かった振りをして弁慶を倒す。
そして間髪入れずにギラファに大技を叩きこんで決着を付ける。
(カテゴリーキング、これで決着を付けてやる!)
実のところカリスは相当焦っていた。
いつ不利になってもおかしくない緊迫した戦況とここまでの芳しくない自らの戦績。
それに加えて万全とは言えない自身の調子。
そして元の世界に残してきた栗原遥香と天音。
いつしか自分にとって大切な存在になっていた親子。
カリスが、相川始が、どんな犠牲を払ってでも守りたいと強く思う存在。
栗原親子の元に戻るために必ずこのデスゲームで勝ち残らなければならない。
それゆえに生じる絶対負けられないという焦り。
さらにもう一つ。
『なんで……! どうしてそんな、人間らしさを持ってる貴方が、平気で人を殺せるんですか!?
貴方はまだ引き返せる! 人殺しなんて絶対にさせない!』
戦いの中で二度の遭遇を果たした少女、ギンガ・ナカジマ。
真摯な気持ちを向けてくる彼女の言葉が否応なくカリスの心に波を立てていた。
その理由ははっきりとは分からない。
だからこそ正体不明の靄を振り払うかの如くカリスは向かって来るギラファに目を向ける。
冷たくもどこか余裕がない視線を受けながらもギラファは既に目の前にまで迫っていた。
「ハッ――」
そして予想通りギラファはカリスの直前でいきなり進行方向を自分から見て右に変えた。
それは傍目から見ればギラファが急に姿を消したと錯覚するほど急激なものだった。
だがそこは常人では計り知れない身体能力を秘めたカリス。
前もって予測していた事もあってその動きに動揺する事はなかった。
そしてギラファの影から現れたのは予想通りの黄色い影と猛々しい咆哮。
「食らえェェェ!!! 化け物がァァァ!!!」
(やはりそうきたか。だが、これで――ッ!?)
だがそこでカリスの予想は外れる事になる。
カリスに向かってきたもの、それは大柄な黄色いパイロットスーツ――だけだった。
▼ ▼ ▼
(フン、まんまと掛かったな、ジョーカー!)
弁慶とギラファの打ち合わせは簡単なものだった。
まずギラファがカリスに向かって行き、弁慶自身はその背後に隠れるようにして走っていく。
しかし大柄な弁慶がギラファの影で完全に隠れる事はほぼ不可能。
だがそれによってカリスは『ギラファの後ろに弁慶がいる』と認識するはず。
――それを逆手に取る。
この作戦のポイントはカリスと激突するまでの間に弁慶がギラファの背後でパイロットスーツをあらかじめ脱いでおく事。
あとはギラファがフェイントをかけて横にずれるタイミングでパイロットスーツをカリスに投げつけるだけ。
次いでギラファが左から斬りかかると同時に弁慶が右から攻撃してジョーカーを倒せば終了だ。
如何にカリスでもいきなり目の前にそれまで弁慶が着用していたはずの黄色いスーツが現れたら弁慶本人だと誤認するはず。
おそらくカリスはギラファの背後に弁慶がいる事を知って注意をそこに向けている可能性が高い。
そこで何か仕掛けてくるとまでは考え付いても、まさかスーツを脱ぐという行為はさすがに予想外だろう。
そこに生じる隙を突いて一気にジョーカーに止めを刺す。
これが今回の作戦の概要だった。
ここで弁慶が果たす役割はパイロットスーツを脱いでカリスにぶつけて斬りかかるというもの。
この程度なら単純な弁慶でも問題なく遂行できるレベルの内容だ。
(人に仇なす鬼……いやジョーカーめ、ここで引導を渡してやる!)
▼ ▼ ▼
(――抜け殻!? そうなると、中身は……)
一瞬で目の前に飛んでくる物体がもぬけの殻と化したパイロットスーツだと理解すると、カリスはすぐさま周囲に注意を最大限払った。
どう見てもこれは自分の虚を突いて攻撃を仕掛ける策に違いない。
さすがにこの状況は予想できなかったが、それでも焦らず対処すればなんとか乗り切れるはずだ。
そしてカリスの耳に宿敵の声が届いた。
「ジョォォォオオオォォォゥゥゥカァァァァァァ!!!」
己が間違うはずもない声。
右正面から聞こえてきた声は紛れもなく因縁の相手、ギラファアンデッドのものだった。
すぐに身体が条件反射のように反応して素早くカリスアローを左手に移すと、右腰に備え付けられたホルダーへと自由になった右手が伸びる。
そして僅かの間にカリスの右手には1枚のカードが掴まれ、間髪入れずにカリスアローに装着されたカリスラウザーに通される。
それはハートの8「リフレクトモス」。
――REFLECT――
その電子音と共にカリスの思惑通り透明のバリアがカリスとギラファとの中間に展開され、次の瞬間ヘルターによってあっさり砕かれた。
このバリアにはそのカードの名が示すように相手の攻撃を反射する効果を秘めていたのだが、ギラファ相手では力不足だったようだ。
だが完全に跳ね返す事は出来なかったが、その反動でギラファを数歩後退させる事には成功した。
今はそれで十分だ。
なぜなら本命の一撃が別の方向から迫っているからだ。
「覇ァアアァァァアアアア!!!!!」
この激闘の中でいつのまにか聞き慣れてしまった声、地の底から響くような野太い咆哮が聞こえてくる。
ギラファの協力者だと思われる弁慶と呼ばれている大男のものだ。
黄色のパイロットスーツが投げ捨てられてこの状態に持ち込まれた時に半ば予想した状態だ。
囮のギラファが自分の注意を逸らして弁慶が別方向から仕留めるという自分の考えはだいたい合っていた。
実際はそこにさらに予想外の行動を加えられて備えは万全ではない。
だが敵が仕掛けてくる手に対して随時正しい対処法を導くなど正直難しい。
だから今は出来る事をするだけだ。
そのためなら自分はどんな事でもしてみせる。
今はっきりしている事は唯一つ。
ここでむざむざと殺されるわけにはいかないという事だ。
「――ッ!!」
ギラファの行方を確認すると、カードをラウズした勢いも加えて反時計回りに身体を回す。
その途上でこちらに向かって投げられていたパイロットスーツを回転の勢いのままに両断。
そのまま勢いを維持したまま身体を半回転。
するとそこには袈裟がけに斬りかかってくる弁慶の姿。
もう閻魔刀の刃がカリスの命を断つのに1秒も必要ない。
だがカリスは決して諦めてはいなかった。
緊迫した空気。
一瞬の躊躇い。
そして決意。
カリスは何の迷いもなくカリスアローを持つ左腕を――
――閻魔刀と交差させた。
ギィィィイイイイイ―――――ッッッッ―――――!!
弁慶の閻魔刀とカリスアローが。
弁慶の閻魔刀と左腕が。
弁慶の覚悟と自らの覚悟が。
己の信念を賭けて互いに軋り合う。
そこにあるのは凄まじいという言葉が生温いと思えるほど異質な音と火花。
ふと視界に入った弁慶は表情がまるで信じられない光景を見ているかのようだ。
(人間なら、当然の反応だ……)
カリスが行った事は単純である。
それは弁慶の閻魔刀に対して左腕を斜めに当てるというもの。
普通の人間ならこのような事をすれば左腕は間違いなく使い物にならなくなる。
だが幸か不幸か自分は人間ではなくアンデッド――ジョーカーだ。
正面からでは無理でも斜めから受ければ力を逸らす事は可能だ。
もっとも左手に過度の衝撃が掛かる事に変わりはないが、この状況を凌ぐにはこれしかなかった。
そしてそれは上手くいった。
(ここで――ッ!!)
この瞬間先程とは逆に弁慶は虚を突かれている。
追撃をかけるには今しかない。
空いている右手を戦闘の邪魔にならないように架けていたデイパックの中に突っ込み目的の物を取り出す。
それはまるで吸い寄せられたかのようにスムーズにデイパックより出て来てくれた。
それはまさしく輝く黄金の剣と呼ぶに相応しかった。
まるでカブトムシを模したかのような荘厳な意匠。
その剣の名はパーフェクトゼクター。
「…………!!」
その黄金の剣を無言で振り抜く。
下からの斬撃に弁慶の反応は僅かに遅れ、結果その斬撃を食い止める事は出来なかった。
パーフェクトゼクターは弁慶の肉を裂き、カリスに返り血を盛大に浴びせた。
血に塗れたカリスには罪悪感など無かった。
これで二対一が一対一になり少しは楽になると、カリスはこの時ばかりは僅かばかり安堵した。
だがそれは早計だった。
実に恐ろしきは数々の逸話を残した荒法師の名前を授けられた男――武蔵坊弁慶。
「……グッ……これ、くらいで……」
「な――!?」
信じられない事に弁慶は身体にパーフェクトゼクターの刃を喰い込ませたままカリスの腕を掴んで剣の進行を止めていた。
既に斬られた箇所から血が湧き出て、無地の僧衣に紅い模様を彩っている。
弁慶の膂力がアンデッドのものと同等であるとは思っていたが、まさかここまでとは予想外であった。
「チッ――、離せ! このままでは――」
その瞬間背後からはっきりと分かる程の殺気を感じた。
誰が発しているのかは振り返らずとも分かった。
今自分の背後にいるのは先程リフレクモスで退けたカテゴリーキング、ギラファアンデッドに他ならない。
そう考えていると耳に刃で風を斬る音が聞こえてきた。
なんとか対応しようにも弁慶に腕を掴まれたままではどうする事も出来ない。
カリスは己の最期を覚悟した。
(……ごめん、遥さん、天音ちゃん。俺は君達を――)
だがギラファの双剣がカリスに届く事はなかった。
「トライシールド!」
新たに聞こえた声に、背後より覗く魔力光に、カリスは覚えがあった。
それはこの地で三度目の邂逅を果たした者。
初めて出会った時には殺そうと襲いかかり、二度目に出会った時には気絶していたところを助けてくれた少女。
そして三度目の今は、再びこうして命を救ってくれた。
「……ギンガ・ナカジマか」
ギンガ・ナカジマ。
三度目の邂逅になる少女が一陣の風と共に戦いの舞台に躍り出た。
▼ ▼ ▼
「始さん!」
ギンガがこうして戦闘に割り込めたのはギリギリだった。
当初の予定より大幅に遅れて学校に到着した時、そこで目にしたものは衝撃的なものだった。
それは身動きが取れない黒い鎧の戦士を背後から金色のクワガタムシの怪人が今まさに斬りかかろうとしているところだった。
先程の一件であの黒い鎧の戦士カリスが相川始であり、また相当な実力の持ち主である事も知っている。
だが今カリスは血まみれの僧に腕を掴まれて満足に動けない様子である。
あのままでは背後の金色の怪人に為す術もなく殺されてしまう事は火を見るよりも明らかだ。
だからコルト・ガバメントと槍を護身用にインテグラに渡して単独で現場に急行する事を決意した。
インテグラもギンガの心情を慮ったのか寧ろ早く行けとばかりに背中を押した。
最初から全力でダッシュして一気に校門をくぐり、校庭に入るともう既に猶予はほとんどなかった。
自らが習得した防御魔法の内で最も強固なものを選択して術式を展開。
そこでギンガは初めて怪人を間近で見た。
(――ヤバい!?)
防御魔法の構築と同時に激突直前でカードに蓄積された魔力を開放してトライシールドを強化。
そうする事で怪人の斬撃をなんとか防ぐ事ができた。
もしいつも通りの強度であれば防ぐ事は出来なかっただろう。
(でも依然として状況は悪い。なんとか始さんが身動きを取れるようになってくれないと……)
今はギンガがカリスの背後を守っているが、それもいつもまでもこうしている訳にはいかない。
最善の方策はカリスが無事にここから離れてお互い話し合う状況に持ち込む事だが、どうもそれは困難に思える。
おそらくこの金色の怪人は始が言っていたアンデッドという生物に違いないだろう。
当事者でない自分でもアンデッドの放つ異常な殺気はここへ来た時から嫌というほど感じている。
だがそんなギンガの心配は無駄に終わった。
思い悩むギンガがふとシールドの支えになっている右手を見ると、視界に校門が入った。
そしてその校門には一足遅れて到着したインテグラの姿と――
「――インテグラ卿!! 避けて!!」
――その背後から接近する謎の物体の姿があった。
その事に気づいたギンガは思わずインテグラに声をかけていた。
突然の叫びで目の前のアンデッドが何やら驚いたようだが気にしてなどいられない。
なぜかあれは危険だという得体の知れない予感がしたのだ。
その声が聞こえたのかインテグラは間一髪背後から迫っていた影の突撃を躱す事ができた。
そこで謎の影が何なのか判明した。
青い楕円形のボディーと中央の黄色いセンサー。
間違いなくジェイル・スカリエッティが開発したガジェットドローンⅠ型だ。
(なんであれがここに、もしかして誰かの支給品? それとも――)
その時ギンガの視界の隅でガジェットが――爆発した。
▼ ▼ ▼
それは突然の出来事であった。
大幅なタイムロスのせいで学校が見える付近まで来た時には既に始は戦闘の最中だった。
とりあえず予想通り学校に始がいた事は僥倖であった。
これで見つからなければ再び無駄足に終わっていたからだ。
ふと隣のギンガを見ると始の事が心配で今にも飛び出して行きそうな雰囲気だった。
こういうところは少し未熟さが残っているようだが、それはこの際とやかく言わなかった。
ここから学校までの距離はもうそれほどない。
だからギンガが先行すると提案してきた時もすぐに賛成した。
コルト・ガバメントと槍を預けていったのはギンガなりの配慮か、もしくは心のどこかで銃や槍を持つ事に躊躇いがあるのか。
そんな事を考えつつ一足遅れて学校に到着した。
目の前ではギンガと黒い鎧の戦士(おそらく相川)が背中合わせで各々金色の怪人と血まみれの僧と対峙していた。
一目見たところ状況は膠着していて迂闊な手出しは控えた方が良さそうな気がした。
だから性急に行動せず状況を把握しようとした時――
「――インテグラ卿!! 避けて!!」
――ギンガの警告が耳に届いた。
目的地しかも目的の人物が見つかった事でどこか気が緩んでいたのだろう。
いつのまにか背後に迫っていた謎の浮遊物体にこの時までまるで気付いていなかった。
それに加えて全身の傷は未だ癒えず身体の感覚がやや鈍っていた事も発見の遅れの一因であった。
だがギンガの叫びに助けられた事は事実であり、そのおかげで背後からの物体を避ける事ができた。
「ん? 反転するか……」
だがそれで終わりではなかった。
謎の物体は脇を通り過ぎてからしばらく進んで停止すると、ゆっくりと進行方向をこちらに修正してきた。
どうやらこちらを狙っている事は明らかだろう。
それならば迎え撃つだけだ。
無表情でコルト・ガバメントの銃口を謎の物体に向ける。
そして中央の黄色いセンサーに狙いを定めると、一切の躊躇なく引き金を引いた。
そこを狙った理由はそこが若干透けていて内部の構造が微かに見えていたからだ。
そこを撃ち抜けば内部破壊で機能が停止すると考えに至ったからでもある。
だが結果としてそんな考えは無駄に終わった。
銃弾が当たった瞬間――全ては爆発の炎と煙に蹂躙されたからだ。
▼ ▼ ▼
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