「第三回放送」(2010/10/24 (日) 22:57:27) の最新版変更点
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*第三回放送 ◆Vj6e1anjAc
それは、小さな願いだった。
■の■の名を授けられ、世界に滅びの力を振りまき、忌み嫌われること数世紀……
けれど、悲しい時間はもう終わり。
最後に出会った■■の主は、私に名前を与えてくれた。
強く■■■■もの……幸運の■い■……
忌まわしき呪いの名前ではなく、祝福の■■■の意を冠した名前――■■■■■■■。
名前を呼ばれたその夜に、私は戦うことを決めた。
運命という名の鎖を砕く力を、この手に主と共に掴むため……私は自らに課せられた宿命と戦うことを、その時初めて決心した。
別に、大層な正義があったわけじゃない。
世界全てを守る力も、世界全てを牛耳る力も、私は欲していたわけじゃない。
ただ、ほんのささやかな願いのために……心優しき家族と過ごす、暖かい日々を手に入れるために……
私は自らの運命と戦い――運命に、打ち克ったのだ。
願ったものは、手に入れた。
ほんの僅かな時間ではあっても、求めていたものを手に入れることができた。
手にした日常はありふれていて、本当になんてことのない日々だったけれど。
ただ命令にだけ従い、破壊と殺戮を生むだけだった生涯の中では、最も心穏やかでいられる、尊く愛しい時間だった。
ああ――本当に。
それで全てが終わりなら、本当に幸福だっただろうに――。
◆
こんばんは。
これより18時をお伝えすると同時に、第3回目の定期放送を行いたいと思います。
今回も過去の2回同様、禁止エリアから発表させていただきますので、メモの用意をお願いします。
……なお今回の放送ですが、現在プレシア・テスタロッサ氏がお疲れのため就寝中ですので、
今回に限り、僕が代役を務めさせていただきます。
ゲームの進行には何ら問題はありませんので、ご了承ください。
それでは、禁止エリアの発表です。
19時からI-7
21時からH-6
23時からE-5
以上、3箇所となります。
これまでの禁止エリア同様、場所と時間をお忘れなきよう、十分にご注意ください。
……では続きまして、前回放送から現在までの間に出た死者の名前を発表させていただきます。
浅倉威
L
キース・レッド
キャロ・ル・ルシエ
早乙女レイ
C.C.
シェルビー・M・ペンウッド
シャマル
シャーリー・フェネット
新庄・運切
ゼスト・グランガイツ
セフィロス
チンク
天上院明日香
柊つかさ
フェイト・T・ハラオウン
万丈目準
ルーテシア・アルピーノ
ルルーシュ・ランペルージ
以上、19名となります。
プレシア氏からは、
「前回が9名だったという点を考慮すると、非常に素晴らしい戦績だと思う。今後も頑張ってほしい」との伝言を預かっております。
僕の目から見ても、今回の結果は非常に優秀なものだったと思います。
この分ならば、あるいは次の日の出よりも早くゲームが終了するかもしれません。
早めにゲームが終わるのは、我々管理する側も楽ができることに繋がりますので、これからも頑張ってゲームに臨んでください。
最後に、ボーナスの発表です。
この放送が終了した瞬間から、皆様が他の参加者を殺害する度に、お手持ちのデイパックの中に、1つずつ支給品を転送させていただきます。
デイパックをお持ちでない方の場合は、その場に転送させていただきますので、回収忘れのないようにご注意ください。
さすがに極端に強力な支給品を提供することはできませんが、
少なくとも一定以上の有用性のある武器をご用意させていただきますので、有効にご活用ください。
それでは、今回の放送はこれにて終了です。
放送は僕――オットーが担当させていただきました。
◆
かつ、かつ、かつ、と。
薄暗い廊下を叩くブーツの足音。
硬質な床を鳴らすたびに、腰から生える尻尾がゆらゆらと揺れる。
白と茶色を基調とした衣装を纏う、ショートヘアの女性は、プレシア・テスタロッサが使い魔――リニスだ。
(さすがに、そう上手くはいかないか……)
ふぅ、と軽くため息を漏らす。
その顔立ちに浮かぶのは憂い。
その感情の矛先は、つい先ほど流れたばかりの放送だ。
さかのぼること10分前。
少し疲れたから仮眠を取る――主君プレシアは、不意にそんなことを口にした。
無理もない。かれこれ18時間一睡もしておらず、おまけに先ほどは浅倉の手によって、あのような事件まで起こされている。
体調の優れないプレシアにとっては、そろそろ疲労もピークといったところだろう。
リニスはこれを快諾し、ベッドで休むように勧めた。
彼女を裏切るような真似に出ようとしている身が、そんなことを思うのも妙な話だが、確かに彼女の体調を案じてはいた。
だがその一方で、これはチャンスでもあった。
このタイミングでプレシアが眠るというのならば、誰かが代わりに放送を行う必要がある。
いつぞやに彼女が漏らしたように、自分に放送の代役が回ってくる。
殺し合いを止めたいと願い、いくつかの支給品に希望を託した彼女にとっては、まさに千載一遇の好機。
直接的な言い回しをすれば、後々でプレシアに意図を悟られてしまうだろうが、
遠まわしな表現で、それとなく支給品の存在を匂わせることはできるだろう。
そのためにも、この放送代役は何としても引き受けなければならない。
リニスは前述の勧めの後、放送の役目を自分に任せるよう、進言するつもりだった。
だが、しかし。
そう思った後がよくなかった。
――では次の放送は、代わりに僕が担当させていただきます。
そう割り込んでくる声があったのだ。
短い茶髪/中性的な顔立ち/華奢な体躯/パンツルック。
ぱっと見では男とも女とも分からぬ、しかしどちらでもありそうな容姿をした、戦闘機人ナンバーⅧ――オットー。
ガレアの冥王の調整を担当しているウーノの妹であり、同時に会場にいるクアットロの妹でもある男装の少女。
そのオットーに先を越されてしまった。
自分が放送をやると言い出す直前に、彼女がどこからともなく現れ、放送をやらせてほしいと言い出したのだ。
プレシアの返答は、是。
断る理由などなかった。
ただ死者と禁止エリアとボーナスを読み上げるだけの放送担当など、誰に任せても同じことだったのだろう。
一応、こんな腹の知れぬ者に任せていいのか、とだけプレシアに尋ねた。
こういう仕事には貴方よりも向いている人材だと思う、という返事が返ってきた。
なるほど確かに、的を射ている。
お人よしな自分よりも、冷徹な機械人形そのもののようなこの娘の方が、メッセンジャーには向いているように見える。
悔しいが、そう返されては仕方がない。
それ以上言い募ることがあれば、違和感を覚え怪しまれてしまうことに繋がるだろう。
あるいはオットーを選びリニスを遠ざけたことが、大なり小なり疑われていることの表れなのかもしれないが。
そうしてリニスは放送を行うことを断念し、現在の状況に至っていた。
放送役に選ばれなければ、彼女がやることは決まっている。元の通り、参加者達の監視だ。
新ルールの適応は、リニスにとっては有利とも不利とも言えない、といったところ。
武器を与えるとは言っても、他人を殺せる人間は、大体既に武器を所有している者か、武器をも必要としない超人くらいだ。
よほどのものが支給されない限り、そうそう脅威の度合いは変わらない。
主催に抗う立場の者に奪わせるにしても、自分が忍ばせた支給品のような、脱出の糸口になるようなものにはなりえないだろう。
これが浅倉の提言した通り、「知りたい参加者の居場所を教える」というものだったならば、もう少しまずかったかもしれない。
だがそれは却下された。プレシアのプライドが、あの男の望みを叶えることを拒んだのだ。
ふと、足を止め。
すぐ左側の階段へと目をやる。
地下へと繋がるその先にあるのは、デスゲームの会場を覆う結界維持を担うもの。
否――“その性質を考慮すれば”、ある意味デスゲームの会場そのものの根幹といっていいだろう。
ぴ、ぴ、ぴ、と。
手元の端末を操作し、空間モニターを投影する。
淡い光を伴って、虚空に浮かび上がったのは、光を放つ一冊の本。
(異なる世界から奪い取った、もう1つの夜天の書……)
古びた茶色の表紙に、黄金の剣十字をあしらった魔導書。
かつて闇の書と呼ばれ恐れられた、古代ベルカのロストロギアの成れの果て。
あれがデスゲームの会場を、会場たらしめる仕掛けだった。
殺し合いのフィールドを展開する魔法そのものは、“この地”に足を踏み入れてしばらくの後に入手している。
だが、その構成式は極めて難解で、必要となる魔力も膨大。
いかな大魔導師プレシアと言えど、すぐにその式を物にするのは不可能であったし、
よしんば術を完全に修得したとしても、一個人が何時間も何日も展開し続けられるようなものではなかった。
そこで、前者の問題の解決のため、白羽の矢が立ったのが夜天の書だ。
かつて強力な蒐集能力を有していたそれは、闇の書の闇が消え去った今となっては、当時ほど強大な力を持ってはいないものの、
魔導の演算・実行装置としては、未だ優秀な性能を有している。
管理外世界のものでたとえるならば、スーパーコンピューターのようなものだ。
おまけにその術式の性質は、目的の魔法とも相性がいい。
闇の書の闇が存在しないということも、裏を返せば、暴走を避けられるということに繋がる。
自力では術を発動するための魔力を発揮できないという難点もあったが、それもジュエルシードによって補うことができた。
次元干渉型ロストロギアのエネルギーも、この手の魔法とは親和性が高い。
カメラをもう少しズームアウトすれば、合計10個のジュエルシードが、夜天の書を取り囲むように円を描いている様が見えるだろう。
(でも……そのためにも、犠牲を払ってしまった)
リニスの表情に影が差す。
この夜天の魔導書も、ただで手に入れたわけではない。
その世界に住む持ち主から、無理やり取り上げることで手に入れたものだ。
夜天の書強奪――“この地”で手に入れた技術の実験運用を兼ねた戦いの結果は、まさに凄惨を極めたものだった。
招かれた結果は、海鳴市と呼ばれる付近一帯の壊滅。
大勢の人間が命を落とし、プレシアに立ち向かった魔導師・騎士達は、1人残らず、一方的に虐殺された。
当然その世界でもまた、フェイト・テスタロッサが命を落とした。
(私達は、一体どれほどの罪を重ねれば……)
たどり着くことができるのだろう。
あるいは、止まることができるのだろう。
未だ暗い面持ちのまま、映像を切り足を進める。
何もかもが、自分に罪を思い出させた。
3人ものフェイト・テスタロッサを、助けることも止めることもできず、無惨に死なせてしまった罪。
幾人ものフェイトを作り上げ、死地へと追いやり殺してしまった罪。
それ以外にも大勢の人間を巻き込み、命を奪ってしまった罪。
この道を歩んだその先で、いつか贖罪することはできるのだろうか。
殺し合いを止めることができれば、それは罪を償ったことになるのだろうか。
歩みを止めるわけにはいかない。
されど、それで許されるとは限らない。
厳然とした事実が、彼女の心を憂鬱にさせた。
◆
悪夢なら、何度も見てきたつもりだった。
自ら悪夢を振りまく存在となって、何度も滅びを招いてきた。
だが、それでも。
こうしてこの光景を見ることで、得も知れぬ悲しみが胸に染みるのは何故だろう。
見慣れたはずの光景が、この胸を絶え間なく苛むのは何故なのだろう。
天空より暗雲を切り裂き迸る、次元跳躍砲撃魔法。
圧倒的な暴力を前に、成す術なく倒壊するビルの数々。
燃え盛る大地を覆い尽くすのは、見たこともないおぞましき軍勢。
放つ魔法の数々は、得体の知れないフィールドに無効化された。
数の暴力と天雷の猛威が、みるみるうちに自分達を追い詰めた。
紅の鉄騎の小さな身体が、巨獣の前足に踏み潰される。
風の癒し手の騎士甲冑が、膨大な弾幕に蜂の巣にされる。
蒼き狼の盾の硬い守りも、その先の身体ごと八つ裂きにされた。
烈火の将の突撃も通らず、散り一つ残すことなく蒸発した。
年若き黒衣の執務官も、緑の防壁の使い手も。
心優しき金の閃光も、不屈の心を抱いた砲手も。
全てが例外も容赦もなく、等しく赤い海へと沈んでいく。
涙と鮮血が海を成し、天空を照らす炎と共に、街と屍を飲み込んでいく。
ああ――そうか。
私はただ見てきただけだった。
見ているだけで、知らなかったのだ。
加害者として見てきた悪夢は、全て自身が一方的に押し付け、一方的に俯瞰するだけで。
加害者故に苦しむことはあったとしても、被害者として苦しむことなどなかったのだ。
苦しみをただ見ているだけで、実際に味わったことなどなかったから。
慣れも風化もないままに、全く未知の悲しみに、こうして純粋に苦悶しているのだ。
「主……■■■……」
頬を伝う悲しみの涙を、無理に止めようとはしなかった。
仮に止めようとしたとしても、止められないことは分かっていた。
「■■■、■■■■……」
生き残った主の口から漏れる声は、あまりにも小さく弱々しい。
五体を苛む苦しみが、根こそぎ体力を奪っていったに違いなかった。
「みんな……死んで、しもたんやな……」
「はい。主のご友人達も、守護騎士達も……全て残らず、逝ってしまいました……」
「そうか……」
アスファルトの上に倒れたまま、目の前の主君は微動だにしない。
飛べるだけの魔力はある。だが、身体の負傷がそうさせないのだろう。
地に落ちされた■■の主の姿は、ひどく痛ましいものだった。
無数の銃創と切り傷が、幼い肌と肉を抉り、穴の空いていない部分も、ほとんど痣で埋め尽くされていた。
特にひどいのが両足だ。
いずれも激しい戦闘の果てに、膝から下が潰されて、さながらミンチのごとき有様を晒している。
なんと皮肉で残酷なことか。
立って歩く力を奪われ、それでもそれを取り戻す兆しを見せた矢先に、その希望が打ち砕かれるとは。
否、もはや足だけではない。
これだけの失血だ。骨折や内臓破裂も多い。
立つだの歩くだの以前に――生きていられる時間すら、もはや残り僅かしかない。
「■■■■■■■……私の、命を吸って……」
「……何を、おっしゃるのですか」
声は、揺れていた。
それでも、それは驚愕故のものではなかった。
なまじ意味が分かってたからこそ、驚きとは異なる想いに声が揺らいだ。
「私のリンカーコアと、1つに、なれば……■■■■■■■は、生きることができる……
でも……このまま私が死んでしもうたら……■■■■■■■まで、消えてしまうやん……そんなの……共倒れやん……」
かつて闇の書と呼ばれていた時、目の前の主と、今は亡き金の閃光を取り込んだ理屈の応用だ。
主のリンカーコアを蒐集し、主の命を吸い尽くしてしまえば、私は生きながらえることができるだろう。
そうしなければ、自分まで死ぬ。
恐らくあの守護騎士達同様、主と■■の■を介して繋がっている自分の寿命は、主の死と同時に尽きることになる。
そうでなかったとしても、■の■の■を切り捨てた時点で、私に残された命など、よくて半年程度しかないのだ。
だが、しかし。
そうして主をこの身に取り込み、生きながらえることができたとしても。
「私の愛した者達は、1人残らず命を落としました……その上貴方まで逝ってしまえば……」
そんな生涯に何の意味がある。
愛すべき最後の主の命を、自らのパーツにまで貶めてまで生きる理由が、一体この世のどこにある。
私にとっての命とは、主達との日常そのものだった。
たった独りで生きる意味も覚悟も、私はまるで見出していなかった。
騎士を喪い、友を喪い、母なる主さえも喪った未来に、一体どれほどの価値があるというのだ。
「……私の大切なものも……もう……ほとんど全部、なくなってしもうた……」
虚ろな瞳が、天を仰ぐ。
鈍い灰色の曇り空を、主の瞳がぼんやりと見据える。
いつの間にか、雪が降っていた。
灰色だけの空の中に、柔らかな白が舞っていた。
ゆらゆらと舞い降りる冷たさが、私の肌に落ちていく。
涙で濡れた頬に触れて、心の奥底まで冷やしていく。
「でも……だからこそ、■■■■■■■だけは……最後に残った……■■■■■■■だけは……手放したく、ないんよ……」
ああ、それでも私の命を望むというのか。
それでもなお私の主は、私に生きることを願うというのか。
まったくもって、ずるい人だ。主君にそんな風に言われては、嫌でも拒むわけにはいかないではないか。
主の望みを叶えるということは、主の肉体の尊厳を損ねることに他ならない。
しかしその望みを拒んでしまえば、主の精神の尊厳までも損ねてしまう。
そんな言い方をされてしまっては、どんな絶望的な未来であろうと、行き続けなければならないではないか。
まったく、こんな私などに、こんなずるい言い回しをしてまで、生きることを望むだなんて。
あるいはそんな優しさがあったからこそ、私はあの日に救われたというのか。
「私の、命……■■■、■■■■に……全部、あげる……せやから……」
神がこの世にいるというのなら、私はその神を恨む。
運命が定められているというのなら、私はその運命を憎む。
こんなあんまりな結末しか、私達には用意されていなかっただなんて。
手を伸ばして掴んだかと思えば、こんなにもあっさりと奪われてしまうだなんて。
「私の……分まで……」
ああ。
本当に。
「強く、生きてや……リインフォース――」
全てがあの日のままに、幸せに終わっていたならば――本当に幸福だっただろうに。
◆
時の庭園。
かつてミッドチルダの魔法技術によって建造された、次元航行可能な移動庭園である。
プレシア・テスタロッサの買い取ったそれは、彼女の研究のために、随所に様々な改修がなされていた。
長き次元航行の果てに草木を枯らせ、醜い岩肌を晒したその姿は、
彼女が召喚した傀儡兵の存在もあいまって、今や庭園というよりは、要塞と呼ぶ方が相応しい存在であろう。
「その外観を相変わらず使いまわしてるってのは、どんな未練なんだろうねぇ……」
ぽつり、と響く女の声。
いつしか庭園のすぐ傍には、2つの人影が立っていた。
片やオレンジ色の髪を生やした、グラマラスな肢体を露出した女性。
髪色と同じ色の耳と尻尾は、犬かはたまた狼か。人ならざる魔導師の尖兵――いわゆる使い魔と呼ばれる存在であろう。
「それで、どうするんだい? やっぱりまずは、夜天の書を取り戻すとこから?」
どうやら先ほどの声は、この狼風の女性のものだったようだ。
さばさばとした気の強い声が、傍らの人影へと問いかける。
「いや……ここにあることは分かっているが、どこに隠されているのかは検討もつかない。
奴の動向や目的を探るためにも、まずは内部の構造を調べるべきだろう」
「だね。外見が同じだからって、中身も同じとは限らないわけだし」
狼女の問いに答えたのは、全身黒ずくめの衣装を纏った女性だ。
ところどころに彫金が施された、ドレスのような装束は、古代ベルカ騎士の装備する騎士甲冑。
背中の4枚2対の翼まで漆黒な中、雪のごとき銀色の長髪と、血のごとき真紅の双眸が、ひどく鮮やかに輝いていた。
「すまなかったな、使い魔アルフ……こんなことに付き合わせてしまって」
「いいってことさ」
銀髪の女の言葉に、アルフと呼ばれた使い魔が笑顔で返す。
「あんたが助けてくれなかったら、あたしはあのまま何もできずに死んでいた……
最後に残されたこの命で、せめてフェイトの仇が討てるっていうなら、安いもんだよ」
このオレンジの毛並みの使い魔もまた、かの世界の海鳴の生き残りだった。
否。
正確には、到底生き残りと言えるようなものではなかったのだが
あの日プレシア・テスタロッサに敗北し、主フェイト・テスタロッサを喪ったアルフは、比喩も誇張なしに死の淵に立たされていた。
主君との魔力バイパスを断たれ、肉体にも甚大なダメージを負った獣は、数秒遅れるだけで命を落としていただろう。
それを強引に救ってみせたのが、この銀髪の女だった。
使い魔たる彼女の身体を「蒐集」し、術式を強制的に書き換えることで、使い魔契約をやり直したのだ。
つまりこの女こそが、フェイトに代わるアルフの新たなマスターなのである。
「……さ、そうと決まれば、早速いこうか。今度こそプレシアの性根を叩き直してやるために、さ」
かつての主が身に着けていたものに似た、漆黒のマントを翻し。
かつ、かつ、かつ、と靴音を立て、アルフが庭園へと進んでいく。
銀髪の女もまたそれにならい、彼女の後に続いて進んだ。
(主の仇を討つために……か)
ふと、想いを馳せる。
女の赤き瞳に浮かぶのは、かつて喪われた主君の姿だ。
茶色い髪を短く切りそろえ、特徴的な髪留めをつけた主の屈託のない笑顔は、今でもありありと思い出すことができる。
今や彼女にとって確かなものは、その頃の記憶とアルフくらいのものだ。
(我ながら滑稽なものだな)
内心で、自嘲気味に苦笑した。
かつて夜天の書の管制人格として生み出され、忌まわしき闇の書へと作り変えられ。
命を奪う災厄として、数多の命を屠った果てに。
最後の夜天の主に出会い、血と涙を塗りたくられた呪いの身体に、新たな名前を与えられて。
そうして忌むべき過去と決別し、穏やかな日常を手に入れたはずなのに、結局自分は最期の時をこんなことに費やしている。
これではまるで、復讐のようだ。
結局デバイスとして生まれた自分には、武器らしく戦って散る末路がお似合いだったということか。
(それでも構わないさ)
胸の中で呟きながら、眼前の時の庭園を仰ぐ。
プレシア・テスタロッサは危険な女だ。
戦いの中、彼女が口にしていた言葉を信じるならば、彼女は間違いなく災いを呼ぶ。
闇の書の闇をも駆逐した英雄達が、何もできず、一方的に叩き潰されたほどの相手だ。
この身でどこまで追いすがれるかは分からない。だが、このまま野放しにしておくわけにはいかない。
きっと生き残ったのが自分ではなく、我が主であったとしたならば。
今自分がしているのと同じように、プレシアの悪意を止めるために戦うだろう。
ならば、自分もまたそれでいい。
残されたこの僅かな命を賭してでも、あの女の目論見を止めてみせる。
多くの犠牲を踏み砕いてきた自分が、最期に大勢の人々を守れるというのなら、きっと主も報われるだろう。
私は生きる。
生きて戦う。
最後の夜天の主――八神はやての命と誇りを、この身に背負って戦ってみせる。
「誤算だったな、プレシア・テスタロッサ……この私が生きている限り、どこにもお前の逃げ場所はないぞ」
この場所へとたどり着くことは困難を極めた。
撃沈したアースラの炉の魔力を丸々使い、アルフと2人がかりで転送魔法を行使しても、ここまで来るのに何週間もかかってしまった。
それでも、どうにかここまでたどり着けた。
彼女の身体と夜天の書は、未だ魔力で繋がっている。
何百年もの歴史の中を、次元空間を漂いながら過ごしてきた彼女らだ。
古代ベルカの記憶に従い、相応の努力と執念を支払えば、たとえそこが未知の座標であろうと、こうして追い着くことができる。
そう。
彼女を生かしてしまったことは、確かにプレシア・テスタロッサの誤算だった。
「これ以上――お前の好きなようにはさせない」
祝福の風・リインフォース――ここに参戦。
【リインフォース@魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES-】
【アルフ@魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES-】
※いずれもゲームシナリオ開始前、闇の書の闇を撃破した数日後からの参戦です
※リインフォースは、彼女の世界の八神はやてを取り込んだことで、元の力を部分的に取り戻しました。
単独での戦闘能力は、A's本編中で闇の書の闇から切り離された時点のレベルまで回復しています。
【全体の備考】
※プレシアの現在地の外観は、時の庭園@魔法少女リリカルなのは と同じであることが判明しました
※殺し合いの会場は、夜天の書@魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES- および
ジュエルシード@魔法少女リリカルなのは によって展開された結界魔法に覆われています。
【追加ルール】
第三回放送以降、他の参加者を1人殺すたびに、新たな武器が1つずつ支給されます。
支給対象は現実の銃器やデバイスなど、一般的な武器の範疇に収まるものであり、極端に強力なものや変身アイテムは支給されません。
|Back:[[波紋 - a divine messenger of the two.]]|時系列順で読む|Next:[[破滅へのR/血染め の ヴィヴィオ]]|
|Back:[[波紋 - a divine messenger of the two.]]|投下順で読む|Next:[[破滅へのR/血染め の ヴィヴィオ]]|
|Back:[[D.C. ~ダ・カーポ~ 予兆]]|プレシア・テスタロッサ|Next:[[Round ZERO ~KING SILENT]]|
|Back:[[D.C. ~ダ・カーポ~ 予兆]]|リニス|Next:[[Round ZERO ~KING SILENT]]|
||リインフォース|Next:[[暗躍のR/全て遠き理想郷]]|
||アルフ|Next:[[暗躍のR/全て遠き理想郷]]|
||オットー|Next:[[]]|
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*第三回放送 ◆Vj6e1anjAc
それは、小さな願いだった。
■の■の名を授けられ、世界に滅びの力を振りまき、忌み嫌われること数世紀……
けれど、悲しい時間はもう終わり。
最後に出会った■■の主は、私に名前を与えてくれた。
強く■■■■もの……幸運の■い■……
忌まわしき呪いの名前ではなく、祝福の■■■の意を冠した名前――■■■■■■■。
名前を呼ばれたその夜に、私は戦うことを決めた。
運命という名の鎖を砕く力を、この手に主と共に掴むため……私は自らに課せられた宿命と戦うことを、その時初めて決心した。
別に、大層な正義があったわけじゃない。
世界全てを守る力も、世界全てを牛耳る力も、私は欲していたわけじゃない。
ただ、ほんのささやかな願いのために……心優しき家族と過ごす、暖かい日々を手に入れるために……
私は自らの運命と戦い――運命に、打ち克ったのだ。
願ったものは、手に入れた。
ほんの僅かな時間ではあっても、求めていたものを手に入れることができた。
手にした日常はありふれていて、本当になんてことのない日々だったけれど。
ただ命令にだけ従い、破壊と殺戮を生むだけだった生涯の中では、最も心穏やかでいられる、尊く愛しい時間だった。
ああ――本当に。
それで全てが終わりなら、本当に幸福だっただろうに――。
◆
こんばんは。
これより18時をお伝えすると同時に、第3回目の定期放送を行いたいと思います。
今回も過去の2回同様、禁止エリアから発表させていただきますので、メモの用意をお願いします。
……なお今回の放送ですが、現在プレシア・テスタロッサ氏がお疲れのため就寝中ですので、
今回に限り、僕が代役を務めさせていただきます。
ゲームの進行には何ら問題はありませんので、ご了承ください。
それでは、禁止エリアの発表です。
19時からI-7
21時からH-6
23時からE-5
以上、3箇所となります。
これまでの禁止エリア同様、場所と時間をお忘れなきよう、十分にご注意ください。
……では続きまして、前回放送から現在までの間に出た死者の名前を発表させていただきます。
浅倉威
L
キース・レッド
キャロ・ル・ルシエ
早乙女レイ
C.C.
シェルビー・M・ペンウッド
シャマル
シャーリー・フェネット
新庄・運切
ゼスト・グランガイツ
セフィロス
チンク
天上院明日香
柊つかさ
フェイト・T・ハラオウン
万丈目準
ルーテシア・アルピーノ
ルルーシュ・ランペルージ
以上、19名となります。
プレシア氏からは、
「前回が9名だったという点を考慮すると、非常に素晴らしい戦績だと思う。今後も頑張ってほしい」との伝言を預かっております。
僕の目から見ても、今回の結果は非常に優秀なものだったと思います。
この分ならば、あるいは次の日の出よりも早くゲームが終了するかもしれません。
早めにゲームが終わるのは、我々管理する側も楽ができることに繋がりますので、これからも頑張ってゲームに臨んでください。
最後に、ボーナスの発表です。
この放送が終了した瞬間から、皆様が他の参加者を殺害する度に、お手持ちのデイパックの中に、1つずつ支給品を転送させていただきます。
デイパックをお持ちでない方の場合は、その場に転送させていただきますので、回収忘れのないようにご注意ください。
さすがに極端に強力な支給品を提供することはできませんが、
少なくとも一定以上の有用性のある武器をご用意させていただきますので、有効にご活用ください。
それでは、今回の放送はこれにて終了です。
放送は僕――オットーが担当させていただきました。
◆
かつ、かつ、かつ、と。
薄暗い廊下を叩くブーツの足音。
硬質な床を鳴らすたびに、腰から生える尻尾がゆらゆらと揺れる。
白と茶色を基調とした衣装を纏う、ショートヘアの女性は、プレシア・テスタロッサが使い魔――リニスだ。
(さすがに、そう上手くはいかないか……)
ふぅ、と軽くため息を漏らす。
その顔立ちに浮かぶのは憂い。
その感情の矛先は、つい先ほど流れたばかりの放送だ。
さかのぼること10分前。
少し疲れたから仮眠を取る――主君プレシアは、不意にそんなことを口にした。
無理もない。かれこれ18時間一睡もしておらず、おまけに先ほどは浅倉の手によって、あのような事件まで起こされている。
体調の優れないプレシアにとっては、そろそろ疲労もピークといったところだろう。
リニスはこれを快諾し、ベッドで休むように勧めた。
彼女を裏切るような真似に出ようとしている身が、そんなことを思うのも妙な話だが、確かに彼女の体調を案じてはいた。
だがその一方で、これはチャンスでもあった。
このタイミングでプレシアが眠るというのならば、誰かが代わりに放送を行う必要がある。
いつぞやに彼女が漏らしたように、自分に放送の代役が回ってくる。
殺し合いを止めたいと願い、いくつかの支給品に希望を託した彼女にとっては、まさに千載一遇の好機。
直接的な言い回しをすれば、後々でプレシアに意図を悟られてしまうだろうが、
遠まわしな表現で、それとなく支給品の存在を匂わせることはできるだろう。
そのためにも、この放送代役は何としても引き受けなければならない。
リニスは前述の勧めの後、放送の役目を自分に任せるよう、進言するつもりだった。
だが、しかし。
そう思った後がよくなかった。
――では次の放送は、代わりに僕が担当させていただきます。
そう割り込んでくる声があったのだ。
短い茶髪/中性的な顔立ち/華奢な体躯/パンツルック。
ぱっと見では男とも女とも分からぬ、しかしどちらでもありそうな容姿をした、戦闘機人ナンバーⅧ――オットー。
ガレアの冥王の調整を担当しているウーノの妹であり、同時に会場にいるクアットロの妹でもある男装の少女。
そのオットーに先を越されてしまった。
自分が放送をやると言い出す直前に、彼女がどこからともなく現れ、放送をやらせてほしいと言い出したのだ。
プレシアの返答は、是。
断る理由などなかった。
ただ死者と禁止エリアとボーナスを読み上げるだけの放送担当など、誰に任せても同じことだったのだろう。
一応、こんな腹の知れぬ者に任せていいのか、とだけプレシアに尋ねた。
こういう仕事には貴方よりも向いている人材だと思う、という返事が返ってきた。
なるほど確かに、的を射ている。
お人よしな自分よりも、冷徹な機械人形そのもののようなこの娘の方が、メッセンジャーには向いているように見える。
悔しいが、そう返されては仕方がない。
それ以上言い募ることがあれば、違和感を覚え怪しまれてしまうことに繋がるだろう。
あるいはオットーを選びリニスを遠ざけたことが、大なり小なり疑われていることの表れなのかもしれないが。
そうしてリニスは放送を行うことを断念し、現在の状況に至っていた。
放送役に選ばれなければ、彼女がやることは決まっている。元の通り、参加者達の監視だ。
新ルールの適応は、リニスにとっては有利とも不利とも言えない、といったところ。
武器を与えるとは言っても、他人を殺せる人間は、大体既に武器を所有している者か、武器をも必要としない超人くらいだ。
よほどのものが支給されない限り、そうそう脅威の度合いは変わらない。
主催に抗う立場の者に奪わせるにしても、自分が忍ばせた支給品のような、脱出の糸口になるようなものにはなりえないだろう。
これが浅倉の提言した通り、「知りたい参加者の居場所を教える」というものだったならば、もう少しまずかったかもしれない。
だがそれは却下された。プレシアのプライドが、あの男の望みを叶えることを拒んだのだ。
ふと、足を止め。
すぐ左側の階段へと目をやる。
地下へと繋がるその先にあるのは、デスゲームの会場を覆う結界維持を担うもの。
否――“その性質を考慮すれば”、ある意味デスゲームの会場そのものの根幹といっていいだろう。
ぴ、ぴ、ぴ、と。
手元の端末を操作し、空間モニターを投影する。
淡い光を伴って、虚空に浮かび上がったのは、光を放つ一冊の本。
(異なる世界から奪い取った、もう1つの夜天の書……)
古びた茶色の表紙に、黄金の剣十字をあしらった魔導書。
かつて闇の書と呼ばれ恐れられた、古代ベルカのロストロギアの成れの果て。
あれがデスゲームの会場を、会場たらしめる仕掛けだった。
殺し合いのフィールドを展開する魔法そのものは、“この地”に足を踏み入れてしばらくの後に入手している。
だが、その構成式は極めて難解で、必要となる魔力も膨大。
いかな大魔導師プレシアと言えど、すぐにその式を物にするのは不可能であったし、
よしんば術を完全に修得したとしても、一個人が何時間も何日も展開し続けられるようなものではなかった。
そこで、前者の問題の解決のため、白羽の矢が立ったのが夜天の書だ。
かつて強力な蒐集能力を有していたそれは、闇の書の闇が消え去った今となっては、当時ほど強大な力を持ってはいないものの、
魔導の演算・実行装置としては、未だ優秀な性能を有している。
管理外世界のものでたとえるならば、スーパーコンピューターのようなものだ。
おまけにその術式の性質は、目的の魔法とも相性がいい。
闇の書の闇が存在しないということも、裏を返せば、暴走を避けられるということに繋がる。
自力では術を発動するための魔力を発揮できないという難点もあったが、それもジュエルシードによって補うことができた。
次元干渉型ロストロギアのエネルギーも、この手の魔法とは親和性が高い。
カメラをもう少しズームアウトすれば、合計10個のジュエルシードが、夜天の書を取り囲むように円を描いている様が見えるだろう。
(でも……そのためにも、犠牲を払ってしまった)
リニスの表情に影が差す。
この夜天の魔導書も、ただで手に入れたわけではない。
その世界に住む持ち主から、無理やり取り上げることで手に入れたものだ。
夜天の書強奪――“この地”で手に入れた技術の実験運用を兼ねた戦いの結果は、まさに凄惨を極めたものだった。
招かれた結果は、海鳴市と呼ばれる付近一帯の壊滅。
大勢の人間が命を落とし、プレシアに立ち向かった魔導師・騎士達は、1人残らず、一方的に虐殺された。
当然その世界でもまた、フェイト・テスタロッサが命を落とした。
(私達は、一体どれほどの罪を重ねれば……)
たどり着くことができるのだろう。
あるいは、止まることができるのだろう。
未だ暗い面持ちのまま、映像を切り足を進める。
何もかもが、自分に罪を思い出させた。
3人ものフェイト・テスタロッサを、助けることも止めることもできず、無惨に死なせてしまった罪。
幾人ものフェイトを作り上げ、死地へと追いやり殺してしまった罪。
それ以外にも大勢の人間を巻き込み、命を奪ってしまった罪。
この道を歩んだその先で、いつか贖罪することはできるのだろうか。
殺し合いを止めることができれば、それは罪を償ったことになるのだろうか。
歩みを止めるわけにはいかない。
されど、それで許されるとは限らない。
厳然とした事実が、彼女の心を憂鬱にさせた。
◆
悪夢なら、何度も見てきたつもりだった。
自ら悪夢を振りまく存在となって、何度も滅びを招いてきた。
だが、それでも。
こうしてこの光景を見ることで、得も知れぬ悲しみが胸に染みるのは何故だろう。
見慣れたはずの光景が、この胸を絶え間なく苛むのは何故なのだろう。
天空より暗雲を切り裂き迸る、次元跳躍砲撃魔法。
圧倒的な暴力を前に、成す術なく倒壊するビルの数々。
燃え盛る大地を覆い尽くすのは、見たこともないおぞましき軍勢。
放つ魔法の数々は、得体の知れないフィールドに無効化された。
数の暴力と天雷の猛威が、みるみるうちに自分達を追い詰めた。
紅の鉄騎の小さな身体が、巨獣の前足に踏み潰される。
風の癒し手の騎士甲冑が、膨大な弾幕に蜂の巣にされる。
蒼き狼の盾の硬い守りも、その先の身体ごと八つ裂きにされた。
烈火の将の突撃も通らず、散り一つ残すことなく蒸発した。
年若き黒衣の執務官も、緑の防壁の使い手も。
心優しき金の閃光も、不屈の心を抱いた砲手も。
全てが例外も容赦もなく、等しく赤い海へと沈んでいく。
涙と鮮血が海を成し、天空を照らす炎と共に、街と屍を飲み込んでいく。
ああ――そうか。
私はただ見てきただけだった。
見ているだけで、知らなかったのだ。
加害者として見てきた悪夢は、全て自身が一方的に押し付け、一方的に俯瞰するだけで。
加害者故に苦しむことはあったとしても、被害者として苦しむことなどなかったのだ。
苦しみをただ見ているだけで、実際に味わったことなどなかったから。
慣れも風化もないままに、全く未知の悲しみに、こうして純粋に苦悶しているのだ。
「主……■■■……」
頬を伝う悲しみの涙を、無理に止めようとはしなかった。
仮に止めようとしたとしても、止められないことは分かっていた。
「■■■、■■■■……」
生き残った主の口から漏れる声は、あまりにも小さく弱々しい。
五体を苛む苦しみが、根こそぎ体力を奪っていったに違いなかった。
「みんな……死んで、しもたんやな……」
「はい。主のご友人達も、守護騎士達も……全て残らず、逝ってしまいました……」
「そうか……」
アスファルトの上に倒れたまま、目の前の主君は微動だにしない。
飛べるだけの魔力はある。だが、身体の負傷がそうさせないのだろう。
地に落ちされた■■の主の姿は、ひどく痛ましいものだった。
無数の銃創と切り傷が、幼い肌と肉を抉り、穴の空いていない部分も、ほとんど痣で埋め尽くされていた。
特にひどいのが両足だ。
いずれも激しい戦闘の果てに、膝から下が潰されて、さながらミンチのごとき有様を晒している。
なんと皮肉で残酷なことか。
立って歩く力を奪われ、それでもそれを取り戻す兆しを見せた矢先に、その希望が打ち砕かれるとは。
否、もはや足だけではない。
これだけの失血だ。骨折や内臓破裂も多い。
立つだの歩くだの以前に――生きていられる時間すら、もはや残り僅かしかない。
「■■■■■■■……私の、命を吸って……」
「……何を、おっしゃるのですか」
声は、揺れていた。
それでも、それは驚愕故のものではなかった。
なまじ意味が分かってたからこそ、驚きとは異なる想いに声が揺らいだ。
「私のリンカーコアと、1つに、なれば……■■■■■■■は、生きることができる……
でも……このまま私が死んでしもうたら……■■■■■■■まで、消えてしまうやん……そんなの……共倒れやん……」
かつて闇の書と呼ばれていた時、目の前の主と、今は亡き金の閃光を取り込んだ理屈の応用だ。
主のリンカーコアを蒐集し、主の命を吸い尽くしてしまえば、私は生きながらえることができるだろう。
そうしなければ、自分まで死ぬ。
恐らくあの守護騎士達同様、主と■■の■を介して繋がっている自分の寿命は、主の死と同時に尽きることになる。
そうでなかったとしても、■の■の■を切り捨てた時点で、私に残された命など、よくて半年程度しかないのだ。
だが、しかし。
そうして主をこの身に取り込み、生きながらえることができたとしても。
「私の愛した者達は、1人残らず命を落としました……その上貴方まで逝ってしまえば……」
そんな生涯に何の意味がある。
愛すべき最後の主の命を、自らのパーツにまで貶めてまで生きる理由が、一体この世のどこにある。
私にとっての命とは、主達との日常そのものだった。
たった独りで生きる意味も覚悟も、私はまるで見出していなかった。
騎士を喪い、友を喪い、母なる主さえも喪った未来に、一体どれほどの価値があるというのだ。
「……私の大切なものも……もう……ほとんど全部、なくなってしもうた……」
虚ろな瞳が、天を仰ぐ。
鈍い灰色の曇り空を、主の瞳がぼんやりと見据える。
いつの間にか、雪が降っていた。
灰色だけの空の中に、柔らかな白が舞っていた。
ゆらゆらと舞い降りる冷たさが、私の肌に落ちていく。
涙で濡れた頬に触れて、心の奥底まで冷やしていく。
「でも……だからこそ、■■■■■■■だけは……最後に残った……■■■■■■■だけは……手放したく、ないんよ……」
ああ、それでも私の命を望むというのか。
それでもなお私の主は、私に生きることを願うというのか。
まったくもって、ずるい人だ。主君にそんな風に言われては、嫌でも拒むわけにはいかないではないか。
主の望みを叶えるということは、主の肉体の尊厳を損ねることに他ならない。
しかしその望みを拒んでしまえば、主の精神の尊厳までも損ねてしまう。
そんな言い方をされてしまっては、どんな絶望的な未来であろうと、行き続けなければならないではないか。
まったく、こんな私などに、こんなずるい言い回しをしてまで、生きることを望むだなんて。
あるいはそんな優しさがあったからこそ、私はあの日に救われたというのか。
「私の、命……■■■、■■■■に……全部、あげる……せやから……」
神がこの世にいるというのなら、私はその神を恨む。
運命が定められているというのなら、私はその運命を憎む。
こんなあんまりな結末しか、私達には用意されていなかっただなんて。
手を伸ばして掴んだかと思えば、こんなにもあっさりと奪われてしまうだなんて。
「私の……分まで……」
ああ。
本当に。
「強く、生きてや……リインフォース――」
全てがあの日のままに、幸せに終わっていたならば――本当に幸福だっただろうに。
◆
時の庭園。
かつてミッドチルダの魔法技術によって建造された、次元航行可能な移動庭園である。
プレシア・テスタロッサの買い取ったそれは、彼女の研究のために、随所に様々な改修がなされていた。
長き次元航行の果てに草木を枯らせ、醜い岩肌を晒したその姿は、
彼女が召喚した傀儡兵の存在もあいまって、今や庭園というよりは、要塞と呼ぶ方が相応しい存在であろう。
「その外観を相変わらず使いまわしてるってのは、どんな未練なんだろうねぇ……」
ぽつり、と響く女の声。
いつしか庭園のすぐ傍には、2つの人影が立っていた。
片やオレンジ色の髪を生やした、グラマラスな肢体を露出した女性。
髪色と同じ色の耳と尻尾は、犬かはたまた狼か。人ならざる魔導師の尖兵――いわゆる使い魔と呼ばれる存在であろう。
「それで、どうするんだい? やっぱりまずは、夜天の書を取り戻すとこから?」
どうやら先ほどの声は、この狼風の女性のものだったようだ。
さばさばとした気の強い声が、傍らの人影へと問いかける。
「いや……ここにあることは分かっているが、どこに隠されているのかは検討もつかない。
奴の動向や目的を探るためにも、まずは内部の構造を調べるべきだろう」
「だね。外見が同じだからって、中身も同じとは限らないわけだし」
狼女の問いに答えたのは、全身黒ずくめの衣装を纏った女性だ。
ところどころに彫金が施された、ドレスのような装束は、古代ベルカ騎士の装備する騎士甲冑。
背中の4枚2対の翼まで漆黒な中、雪のごとき銀色の長髪と、血のごとき真紅の双眸が、ひどく鮮やかに輝いていた。
「すまなかったな、使い魔アルフ……こんなことに付き合わせてしまって」
「いいってことさ」
銀髪の女の言葉に、アルフと呼ばれた使い魔が笑顔で返す。
「あんたが助けてくれなかったら、あたしはあのまま何もできずに死んでいた……
最後に残されたこの命で、せめてフェイトの仇が討てるっていうなら、安いもんだよ」
このオレンジの毛並みの使い魔もまた、かの世界の海鳴の生き残りだった。
否。
正確には、到底生き残りと言えるようなものではなかったのだが
あの日プレシア・テスタロッサに敗北し、主フェイト・テスタロッサを喪ったアルフは、比喩も誇張なしに死の淵に立たされていた。
主君との魔力バイパスを断たれ、肉体にも甚大なダメージを負った獣は、数秒遅れるだけで命を落としていただろう。
それを強引に救ってみせたのが、この銀髪の女だった。
使い魔たる彼女の身体を「蒐集」し、術式を強制的に書き換えることで、使い魔契約をやり直したのだ。
つまりこの女こそが、フェイトに代わるアルフの新たなマスターなのである。
「……さ、そうと決まれば、早速いこうか。今度こそプレシアの性根を叩き直してやるために、さ」
かつての主が身に着けていたものに似た、漆黒のマントを翻し。
かつ、かつ、かつ、と靴音を立て、アルフが庭園へと進んでいく。
銀髪の女もまたそれにならい、彼女の後に続いて進んだ。
(主の仇を討つために……か)
ふと、想いを馳せる。
女の赤き瞳に浮かぶのは、かつて喪われた主君の姿だ。
茶色い髪を短く切りそろえ、特徴的な髪留めをつけた主の屈託のない笑顔は、今でもありありと思い出すことができる。
今や彼女にとって確かなものは、その頃の記憶とアルフくらいのものだ。
(我ながら滑稽なものだな)
内心で、自嘲気味に苦笑した。
かつて夜天の書の管制人格として生み出され、忌まわしき闇の書へと作り変えられ。
命を奪う災厄として、数多の命を屠った果てに。
最後の夜天の主に出会い、血と涙を塗りたくられた呪いの身体に、新たな名前を与えられて。
そうして忌むべき過去と決別し、穏やかな日常を手に入れたはずなのに、結局自分は最期の時をこんなことに費やしている。
これではまるで、復讐のようだ。
結局デバイスとして生まれた自分には、武器らしく戦って散る末路がお似合いだったということか。
(それでも構わないさ)
胸の中で呟きながら、眼前の時の庭園を仰ぐ。
プレシア・テスタロッサは危険な女だ。
戦いの中、彼女が口にしていた言葉を信じるならば、彼女は間違いなく災いを呼ぶ。
闇の書の闇をも駆逐した英雄達が、何もできず、一方的に叩き潰されたほどの相手だ。
この身でどこまで追いすがれるかは分からない。だが、このまま野放しにしておくわけにはいかない。
きっと生き残ったのが自分ではなく、我が主であったとしたならば。
今自分がしているのと同じように、プレシアの悪意を止めるために戦うだろう。
ならば、自分もまたそれでいい。
残されたこの僅かな命を賭してでも、あの女の目論見を止めてみせる。
多くの犠牲を踏み砕いてきた自分が、最期に大勢の人々を守れるというのなら、きっと主も報われるだろう。
私は生きる。
生きて戦う。
最後の夜天の主――八神はやての命と誇りを、この身に背負って戦ってみせる。
「誤算だったな、プレシア・テスタロッサ……この私が生きている限り、どこにもお前の逃げ場所はないぞ」
この場所へとたどり着くことは困難を極めた。
撃沈したアースラの炉の魔力を丸々使い、アルフと2人がかりで転送魔法を行使しても、ここまで来るのに何週間もかかってしまった。
それでも、どうにかここまでたどり着けた。
彼女の身体と夜天の書は、未だ魔力で繋がっている。
何百年もの歴史の中を、次元空間を漂いながら過ごしてきた彼女らだ。
古代ベルカの記憶に従い、相応の努力と執念を支払えば、たとえそこが未知の座標であろうと、こうして追い着くことができる。
そう。
彼女を生かしてしまったことは、確かにプレシア・テスタロッサの誤算だった。
「これ以上――お前の好きなようにはさせない」
祝福の風・リインフォース――ここに参戦。
【リインフォース@魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES-】
【アルフ@魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES-】
※いずれもゲームシナリオ開始前、闇の書の闇を撃破した数日後からの参戦です
※リインフォースは、彼女の世界の八神はやてを取り込んだことで、元の力を部分的に取り戻しました。
単独での戦闘能力は、A's本編中で闇の書の闇から切り離された時点のレベルまで回復しています。
【全体の備考】
※プレシアの現在地の外観は、時の庭園@魔法少女リリカルなのは と同じであることが判明しました
※殺し合いの会場は、夜天の書@魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES- および
ジュエルシード@魔法少女リリカルなのは によって展開された結界魔法に覆われています。
【追加ルール】
第三回放送以降、他の参加者を1人殺すたびに、新たな武器が1つずつ支給されます。
支給対象は現実の銃器やデバイスなど、一般的な武器の範疇に収まるものであり、極端に強力なものや変身アイテムは支給されません。
|Back:[[波紋 - a divine messenger of the two.]]|時系列順で読む|Next:[[破滅へのR/血染め の ヴィヴィオ]]|
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||アルフ|Next:[[暗躍のR/全て遠き理想郷]]|
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