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「BRAVE PHOENIX」(2010/04/17 (土) 00:07:57) の最新版変更点
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*BRAVE PHOENIX ◆Vj6e1anjAc
「らぁっ!」
大地を蹴る。
穂先を構える。
鬱陶しいデイパックを放り捨て、アスファルトの地を疾走し、目標目がけて再び殺到。
黒光りする鋼鉄の槍は、今や灼熱に輝く朱色の槍だ。
大振りに構え、一閃。
がきん、と鳴り響くは金属の音。
互いの構える業物が、衝撃にびりびりと振動する。
「ほぅ」
ぽつり、とアーカードが漏らす。
ここに来てあの無敵の吸血鬼が、初めて感嘆の声を上げた。
なるほど確かに、その気持ちは自分でも理解できる。
自分ですらも驚いているのだ。
身体強化も武器強化も、ユニゾン前とは桁違いだ。
烈火の剣精のサポートの成果は、ヴィータの想像を大きく上回るものだった。
ユニゾンデバイスとの融合とは、これほどのパワーをもたらすものなのか。
(でも、まだ十分じゃねえ)
それですらもまだ足りない。
まだまだ微妙に届かない。
まともに押し合えるようになっただけでも、かなり進歩したと見ていいだろう。
だが、所詮はそこまでだ。
他の部位への攻撃はあくまで牽制。最重要目的は、弱点の心臓目がけての一突き。
相手の反応速度よりも早く、防御不可能な速度が発揮できなければ、到底十分とは言えない。
《ヴィータ、一旦下がれ!》
「何!?」
《いいから早く!》
唐突に脳内に浮かぶ声は、念話の感覚に近かった。
急に後退を指示したアギトに従い、一旦その場から飛び退る。
飛行魔法で加速をかけ、対象との間に十分な間合いを保つ。
《いいか? 今からあたしが動作を指示する。でもってお前があたしの動きに合わせて、奴に攻撃を叩き込むんだ》
「何だって?」
着地と同時に提示されたのは、そんなアギトの提案だった。
一瞬、意図を測りかねた。
それもそうだ。
そもそもユニゾンデバイスというものは、術者をサポートし戦闘能力を高めるために作られたもの。
術者がデバイスに使われる、なんてふざけた話は聞いたことがなかった。
《槍の使い方が分からねぇんだろ? にわか仕込みで申し訳ねぇが、あたしが教えてやるって言ってんだよ》
なるほど確かに、よくよく考えてもみれば、それも魅力的な提案かもしれない。
元々アギトが得意とするのは、二つ名通り刀剣型のデバイスだ。
しかし彼女のロードだったゼストは、今まさにヴィータが手にしている、槍型デバイスの使い手だった。
つまりアギトの中には、少なくとも彼と戦闘を重ねた分だけ、槍術のノウハウが蓄積されているのである。
おまけに騎士と神経レベルで一体となり、文字通り融合する融合騎だ。
教官と身体感覚を共有し、全く同じ動作を体感している。恐らくその習得速度は、人間の比ではないだろう。
「面白ぇ、その話乗った!」
快諾の声と同時に、再度加速。
全身に灼熱の魔力を駆け巡らせ、吸血鬼の懐へと飛び込んでいく。
体内のアギトが動作を先取りし、狙う行動に最適な構えを取った。
それに合わせ、ヴィータも動く。
アギトと同様の手つきをして。
アギトと同様に腰を落として。
アギトと同様の呼吸リズムで。
問題はない。しっかりとした手本があるなら、それくらいは再現可能だ。
こんな小柄ななりをしているが、自分も数百年の時を戦い抜いてきた、ヴォルケンリッターの鉄槌の騎士。
必要な基礎体力と反応速度は、戦場で十分に磨き抜いてきた――!
「うぉりゃあっ!」
その速度は一陣の熱風。
その鋭さは熱砂の嵐か。
アギトの足さばきを再現し、アギトの手さばきを再現し、低い姿勢から突き上げた。
長身のアーカードの心臓目がけ、足元の高さから突きを放った。
何度となく放ったはずの突き。
それが構えが変わっただけで、その速さと威力の何としたこと。
びゅんと風を切り焼き尽くして。
目にも留らぬ刺突が殺到。
もちろん、そう簡単に当てられるはずもない。急所に命中することなく、心臓直撃コースを回避される。
だが、それだけでも驚嘆に値する成果だ。
轟々と燃え盛る灼熱の槍は。
煌々と光を放つ鋼の豪槍は。
「いい! 実にいいぞ守護騎士(ヴォルケンリッター)!」
あの無敵の吸血鬼の左肩に、深々と突き刺さっていた。
めらめらと炎が衣服に燃え移り、真紅のコートを焦がしていく。
傷口から流れる血液が、炎に焙られ沸騰していく。
肩に刺さった程度なら、一分もすれば塞がるだろう。
だがそれでも、十分な成果だ。これまで軽くいなされていた攻撃が、初めてまともに直撃したのだ。
正直、自分でも驚いていた。
構えを矯正するだけで、こうもスピードを乗せやすくなるものなのか。
「さぁ、これでようやく第一歩だ。このまま終わってくれるなよ。この私の命にさえも、あるいは届くやもしれないぞ?」
「言われねぇでもッ!」
力任せに槍を振った。
肩の肉ごと切り裂いて、強引に穂先を引き戻した。
ミディアムレアに焼けた筋肉が、宙に飛び散り霧散する。
にぃ、と頬の肉を釣り上げて、狂的魔的に笑むアーカードを、鋭く真っ向から睨みつけた。
《融合適正はそう悪くない! もう少し火力を上げていくぞ!》
「でえぇぇぇりゃああぁっ!」
アギトの声に合わせるようにして、再び第二撃を放つ。
次なる動作は薙ぎ払い。
提示された正しい動作は、使い慣れたグラーフアイゼンのそれとは全くの別物。
ぎぃんと唸る正宗によって、今度の一撃は防御された。
それでもまだまだ怯みはしない。すかさず三撃目を叩き込む。
それで駄目なら四撃目。脇腹を裂いただけなら更に五撃目。
ヴィータ1人では成し得なかった、流れるようなコンビネーション。
そして疾風迅雷のスピードに、更に炎熱のパワーが付与される。
「ふんっ! だりゃあっ!」
その手に立ち上るのは陽炎。
その槍に燃え盛るのは灼熱。
斬撃。突撃。突撃。
炸裂。炸裂。炸裂。
穂先が切っ先に激突する度、轟音と共に爆発が上がった。
敵に攻撃が命中する度、炎が弾け火花が散った。
ヴィータの操る無銘の槍は、今や文字通りの爆炎の槍だ。
(おしいな。これで身体が万全だったら……)
しかし、それですらも十分とは言えない。
爆裂と刺突を繰り返しながら、しかしその頬には冷や汗が流れる。
確かに敵のスピードは、攻撃速度も回復速度も、あのセフィロスと交戦した時に比べれば遅い。
微々たる差ではあるものの、やはりエリア1つを壊滅させた激戦が、身体に響いている証拠だろう。
それこそこちらのスタミナが万全ならば、あるいは持久戦の末に倒せたかもしれない。
しかし、事はそう単純ではない。
相手の体力が不十分であるように、こちらの体力も不十分なのだ。
否、もはや満身創痍と言ってよかった。
こちらは大量の刀傷を負わされ、ろくに治癒や再生もできず、おまけに肋骨を砕かれているのだ。
その上ユニゾン影響下のスピードアップによって、動きがより激しくなったのもよくない。
痛覚と出血による消耗はピークを向かえ、胸の傷は更に悪化の一途を辿っていた。
適切な治療を受けなかった場合、最悪死んでしまうかもしれない。
そしてその隙を逃す敵ではない。
アーカードは完璧だ。
自分のように、技術や慣れで実力が左右されるような、半端者では断じてはない。
恐らく経験者ではないのだろうが、奴の剣術はあまりにも拙い。それこそセフィロスに指摘された、一瞬前の自分と同じだ。
にもかかわらずこの男は、その大振りで無茶苦茶な動作で、シグナムにすらも匹敵する素早さを見せている。
パワーに至っては言うに及ばない。
もはや技量がどうこうだとか、そういう次元には存在しないのだ。
そんな相手の攻撃を、いつまでもしのぎ切れるような、生易しい健康状態ではないのだ。
(どうする)
今は気合で保っているだけだ。一瞬でもコンビネーションを崩そうものなら、あっという間に叩き潰される。
そうならないうちに倒さなければ。
だが、それができるかどうか。
ユニゾン状態になってなお、未だこちらの力量は、相手の動きに追いつけるレベルを出ない。
相手を完全に出し抜いて、一直線に心臓を潰すのは不可能だ。
それができるというのなら、とっくにセフィロスの技量をも超越している。
セオリー通りに戦うのなら、敵を傷つけ余力を奪い、自ら隙を作らせるしかない。
しかしその隙を生みだすまで、この身体が耐えられるかどうか――?
――ばぁん。
「!?」
刹那、轟音。
ばぁん、ばぁん、と立て続けに2発。
突如戦場に割り込んできたのは、拳銃の発砲音と思しき爆音。
同時に、ぶしゅ、と赤が広がった。
吸血鬼が剣を携える右の肩から、赤黒い液体の噴水が上がった。
これにはさしもの魔物も驚いたのか。
くわ、とその赤目を見開くと、反射の動作で背後を振り向く。
次なる衝撃はその瞬間だ。
ごしゃ、と鈍い音と共に、鬼の肩が砕け散った。
鈍色の煌きを放つ右肩が、血と肉と骨とリンパ液を撒き散らす。
赤と白と黄色がないまぜになって、なんだかよく分からない混合物となった肉片が、ぐちゃぐちゃと音を立て地に降り注ぐ。
からからと乾いた音を立てたのは、取り落とされた正宗か。
ずどんと轟音を立ててコンクリを砕いたのは、鋼鉄色のイカリクラッシャー。
「――鋼の軛ィッ!!」
そして突然の不意討ちは、その二撃だけには留まらなかった。
叫びと共に飛来するのは、天空より迫る銀色の閃光だ。
放たれた極太の魔力の楔が、残された左手へと突き刺さる。
その楔は殺すためのものではなく、その場に縫いつけるためのもの。
盾の守護獣・ザフィーラの放つ、ヴォルケンリッター最高硬度を誇るバインド魔法だ。
そしてその守護獣が逝った今、鋼の軛を放てる者は、このフィールドの中にただ1人しかいない。
「今やヴィータ! アーカードにとどめを刺せぇっ!」
闇の書を片手に叫びを上げる、未来の八神はやての姿があった。
◆
紅の騎士と吸血鬼の戦いに、突如割り込んだ2つの横槍。
これらを放ったのが何者で、いかなる状況の末に放たれたのかを、今から順を追って説明しよう。
まずは、2発の銃弾とイカリクラッシャー。
このコンボを叩き込んだのは、激しい戦闘の音を頼りに、地上本部跡から帰還した金居だった。
(やはりアーカードか)
彼が戦場にたどり着いたのは、ちょうどヴィータが峰打ちを食らい、肋骨を砕き折られた頃だ。
化け物のような長剣を握った、化け物のような男を見据える。
あの激戦を生き残ったのがアーカードであり、敗北したのはセフィロスであるということは、放送の時点で察していた。
今更意外に思うことも、今更絶望することもない。
問題はこれからどうやって、あの不死の魔物を抹殺するか、ということだ。
彼我の戦力差は明白だ。
最強の吸血鬼を前に、ヴィータはあまりにも無力だった。
一方的に嬲られた姿は、まさに見た目通りの非力な子供。
(このまま静観を決め込むわけにもいかないか)
断言してもよかった。
このままではヴィータは殺される。
ろくな抵抗もできないままに、無様に嬲り殺される。
そうなれば自分のプランは台無しだ。
身一つであの不死王(ノーライフ・キング)に勝てるなどという、自信過剰もいいとこな考えは抱いていない。
そしてこの機会をヴィータの死によって逃そうものなら、万に一つも勝算はなくなる。
自分も手助けをしなければ。
自分に危害が及ばない程度に、なおかつあのアーカードを抹殺できるように。
「――ユニゾン・インッ!」
彼女がアギトと融合したのは、ちょうどこの瞬間だった。
なるほど、融合騎というだけのことがある。
紅蓮と黄金に煌く炎へと変貌したヴィータの力は、飛躍的に向上していた。
冗談のように拙かった槍の構えも、見る間に矯正されていく。
(後は、タイミング)
それでも、まだ十分とはいえない。
悲しいかな、今更パワーアップした程度で勝てるようになるほど、彼女の体力は残されていなかった。
今でこそ騙し騙し互角に戦っているものの、あの傷の消耗はいずれ確実に響いてくる。
手を出さなければならないというのは変わらない。
もっとも手を出すタイミングは、かなり掴みやすくなったが。
(見極めろ)
デイパックからデザートイーグルを引き抜く。
まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったと思いつつ、眼前の魔物目がけて構えを取る。
タイミングが重要だ。
あの反応速度と索敵能力を持ったアーカードだ。完全に不意をつかなければ、自分の殺気など容易く気取られるだろう。
未だ自分の立場を守るためにも、アンデッドの正体は明かさないつもりだ。
故に今ある支給品のみを駆使して、一撃で確実に成果を上げなければならない。
狙うは吸血鬼の右肩。正宗を振るう右腕の付け根だ。
見極めろ。
一瞬の光明を見つけ出せ。
この鮮血と爆裂の乱戦の中、アーカードの注意が完全にヴィータに集中されるタイミングを。
なおかつヴィータを傷つけることなく、アーカードにのみ確実に命中させられる位置を。
(――そこだ!)
理解してからの反応は素早かった。
グリップを、握りなおし。
トリガーを、引く。
ばぁん、ばぁん、と2連発。
50口径の必殺の魔弾が、硝煙と裂空を伴い加速。
拳銃史上最大クラスの弾丸が、吸い込まれるようにしてアーカードへと向かう。
結果は命中。
2発中どちらもが命中し、盛大な血飛沫を噴き上げさせた。
仕込みは済んだ。本命はこれからだ。
反動ですっぽ抜ける銃身はそのままに、もう片方の手の武器を振りかざす。
膨大な重量を伴い振りかぶられるのは、銀色に煌くイカリクラッシャー。
吸血鬼がこちらを向く前に。
奴がまだ驚愕に硬直しているうちに。
ぶん、と勢いよく投擲。
スパイラル回転を描く超重量は、過たずして右肩に命中。
あらかじめ空いていた銃創が拡張される。
小さな穴を押し広げ、肩全体を粉砕する。
結果はこれまた成功だ。
胴体と右腕が別れを告げ、唯一の得物である正宗が放り出された。
真紅の魔眼と目を合わせたのは、ちょうどその瞬間だった。
その目に浮かぶ感情は、無。
一瞬前まで覚えていた驚愕が、しかし自分と目を合わせた瞬間、急速に覚めていくのが分かった。
やはり、お前はそうくるのか――と。
いつかこうなることは分かっていた、とでも言わんばかりに。
まるでこちらが胸に秘めていた殺意など、最初から見通していたと言わんばかりに。
(さぁ、これからどうする)
底冷えする心を押し殺し、ギラファアンデッドは思考する。
目と目を合わせた一瞬の刹那に、思考の糸を加速させる。
ここまではできた。
だが、ここまでで有効な手札を使いきってしまった。
この隙を突いてヴィータがとどめを刺せるならいい。
問題はそれが間に合わなかった場合だ。
しくじった後の追撃を、一体どうやって実行するか。
イカリクラッシャーは手元にない。相手に捕捉された以上、デザートイーグルの狙撃ではとどめは狙えない。
あまり取りたくない手ではあったが、アンデッドの本性を解放し、双剣の接近戦で仕留めるか――?
「――鋼の軛ィッ!!」
八神はやてが鋼の軛を放ったのは、ちょうどこの瞬間だった。
(これは、無理か……?)
狸は狸らしく。
管理局のちびだぬきは、管理局のちびだぬきらしく。
戦場の脇で狸寝入りを決め込んでいた八神はやては、戦況の一部始終を俯瞰していた。
その上での判断だ。
アーカードはあまりに強すぎた。
いくら使い慣れていない得物とはいえ、あのヴィータが赤子同然にあしらわれた。
刀傷は全身に及んでいるし、恐らくは何本か骨も折れているだろう。
実戦経験に乏しかったであろう、あの調子に乗った天上院明日香とは違う。
自らの全性能を自覚し、理性(ロジック)をもって力を行使する暴君だ。
腕っ節が強いだけでなく、全く隙を見せることがない。あまりに厄介すぎる相手だった。
「――ユニゾン・インッ!」
しかしその状況も、彼女がアギトと融合することで、わずかばかりとはいえ好転する。
体力的には厳しいものがあったが、それでも動きは飛躍的によくなったのだ。
一方的に嬲られていたヴィータが、何とか敵の動きについていけている。
全くなかった相手の隙が、僅かばかりだが見えるようになってきた。
(今がチャンスや)
夜天の魔導書のページをめくり、術式発動の準備を整える。
付け入るなら今だ。
相手の一瞬の隙を狙い、最高のタイミングで横合いから殴りつける――実現できるのは今しかなかった。
使える武器を慎重に選定する。
ヴィータに残された体力を考えれば、恐らくチャンスは一度しかない。
その一度でアーカードの動きを止め、確実に葬り去らなければならないのだ。事は慎重を要した。
憑神刀(マハ)の固有スキルの行使――これは駄目。
範囲攻撃の「妖艶なる紅旋風」は、心臓の一点のみを貫くには適していない。
面に展開して呑み込むにしても、それだけの魔力の余裕はない。何よりそれではヴィータが巻き込まれる。
「愛の紅雷」も同様だ。射程圏内ギリギリまで砲台を接近させるうちに、恐らく気付かれて叩き落とされるだろう。
ならば、ラグナロクやデアボリック・エミッションなど、自分が元々得意としていた広域魔法――これも駄目。
これに至っては論外と言ってよかった。
消耗が激しいことや、ヴィータを巻き込みかねないことは、「妖艶なる紅旋風」と共通している。
そしてデメリットはそれだけではない。自前の広域魔法では、チャージに時間がかかりすぎる。
その間にエネルギーを肌で感知され、目論見を見透かされる可能性が大きいのだ。
残された手段はただ1つ――夜天の主の身に刻み込まれた、配下・ヴォルケンリッターの魔法。
彼女らはそろって自分より器用だ。長いチャージ時間を必要とせず、手軽に発動できる魔法を多く有している。
そして彼女らの技の中に、この状況に適した魔法が1つある。
盾の守護獣・ザフィーラの必殺技――バインド魔法・鋼の軛だ。
(こいつで奴を足止めして、その隙にヴィータにとどめを刺させる)
それがはやてのプランとなった。
もとよりこんな横になった態勢では、攻撃魔法の狙いを定めるのは難しい。
心臓のみを狙うなどという精密射撃は、リインフォースⅡとユニゾンでもしない限り不可能だ。
故にここは精密射撃を諦め、大ざっぱな足止めに留めておく。
放つべきはシュツルムファルケンでも、スターレンゲホイルでもなかった。
標的を地面へと縫いつけ、行動を止めることに特化した、蒼き狼の拘束魔法だ。
(一撃で決めるんや)
自分自身に言い聞かせた。
タイミングを見極めろと。
一種の隙を見逃すな、と。
目指すは絶好の幸運のみだ。中途半端なチャンスに傾いていては、あの暴虐の魔王は止められない。
狙うんだ。
この鮮血と爆裂の乱戦の中、アーカードの注意が完全にヴィータに集中されるタイミングを。
なおかつヴィータを巻き込むことなく、アーカードにのみ確実に命中させられる位置を。
――ばぁん。
銃声が鳴り響いたのは、ちょうどこの瞬間だった。
(!?)
何が起こったのかなど理解できない。
唐突に銃声が轟いて、唐突にアーカードが血を噴き出したのだ。それだけで理解しろというのが無理な話だ。
だが混乱した彼女の思考は、次の瞬間にはクリアになっていた。
続いてその血肉をぶち抜いたのが、見覚えのあるアンカーだったからだ。
(金居が戻ってきたんか!)
螺旋を描き真紅にまみれるのは、あの優男に渡されたイカリクラッシャー。
胡散臭い男ではあった。そう簡単に信用していい相手でないことは分かっていた。
だが今この瞬間においては、まさに天恵と言っていい最高の援軍だ。
鉄塊が飛んでくると同時に、驚愕と共に振り返るアーカード。
今だ。
今こそが絶好のタイミングだ。
待ちぼうけるしかなかった機会が、今人の手によってこじ開けられた。
「――鋼の軛ィッ!!」
力の名を、口にする。
ありったけの魔力を注ぎ込み、白銀の聖杭を形成する。
生み出せたのはたった1つ。だがこの際、それだけだって十分だ。
狙うは未だ健在のもう片方の腕。
潰された右腕とは反対側にぶら下がっている、左腕の方を狙う。
杭は過たず命中した。
銀の光は赤い袖を捕らえ、アーカードを縫いつけることに成功した。
これで両腕が潰された。ヴィータが飛び込んだとしても、反撃を受けることはない。
作戦成功だ。
今こそこの好機を逃すことなく、最後の一撃を打ち込む時だ。
「今やヴィータ! アーカードにとどめを刺せぇっ!」
以上が吸血鬼の両腕を潰し、騎士に千載一遇の好機をもたらした事象の顛末である。
◆
こくり、と声に頷き返す。
サファイアの色に燃える瞳を、吸血鬼の方へと向け直す。
いけ好かない八神はやての偽者野郎に、まだどんな奴なのかもよく分からないコートの男。
それでも今この瞬間は、決して訪れないかもしれなかったチャンスを、必死でこじ開けてくれた者達だ。
どんなに忌々しかったとしても、殺させたくなんてない命だ。
分かるか、吸血鬼アーカード。
触れるもの全てを拒絶し暴力を振るい、闘争と死を撒き散らす化け物よ。
これが自分達人間の力。
お前がひたすら渇望していた、尊厳ある人間とやらの力だ。
同じ目的を果たすためなら、手を取り合って結束を結び、共に困難に立ち向かう力だ。
孤高を気取り、差しのべられた手を払いのけ、目に映る全てを虐殺するだけのお前には、人間は絶対に負けはしない。
1人1人は弱くたっていい。1人でお前に勝てなくたって構わない。
弱い人間は弱いなりに、互いに手を繋ぎ合って、何度蹴散らされても立ち上がってやる。
それで最後に立っているのがこちらなら、自分達人間の勝利なのだから。
《ヴィータ、デバイスのフルドライブを使え! カートリッジ・ロードは一発だ!》
「おう! そっちこそ最大火力で頼むぞ……この一撃で、絶対に野郎をぶっ潰すんだ!!」
叫びと共に、カートリッジを起動。
がしゃん、とコッキング音が鳴り響く。しゅう、と排気煙が噴出する。
鋼の豪槍の出力効率を、一気に最大レベルまでアップ。
デバイス自体に変化はない。グラーフアイゼンのギガントのように、外見が変わるわけではない。
それでも、その中身は本物だ。
身体にかかる負担こそ増えたが、その分五体に漲るエネルギーは、十二分に増強された。
ぼう、と穂先に火が灯る。
烈火の剣精の火力の全てが、騎士の槍を紅蓮に染める。
煌々と燃え盛る黄金の輝き。
視界を揺らめかせる熱風と陽炎。
まだだ、まだ足りない。
もっとだ、もっと。
もっと輝け。
もっと煌け。
もっと熱く、燃え上がれ。
どうせ先の長くない命だ。朽ち果てる寸前まで痛めつけられた身体だ。
この命の灯火が燃え尽きたっていい。命の燃料全てを焼き尽くしたっていい。
再生すらも追いつかない、一撃必滅の灼熱の業火を、奴の心臓に叩き込んでやる。
「はああぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」
構えを取った。
腰を据えた。
十二分に呼吸を整え、突撃の準備を整えた。
全身からほとばしる灼熱の魔力が、もうもうと真紅の蒸気を立ち上らせる。
槍の穂先に集められた炎が、爛々と燃え盛り大気を焼き焦がす。
その姿、まさに灼熱真紅。
その力、まさに爆熱真紅。
紅の鉄騎の命の炎、今まさに全力全開極まれり。
「たぁッ!」
がんっ、と勢いよく大地を蹴った。
びゅん、と勢いよく飛び立った。
地面スレスレの低空飛行。ほとんどホバリングの高度での高速機動。
それは西洋の不死鳥か。
はたまた東洋の鳳凰か。
空気を切り裂き焼き尽くし、一陣の熱風が駆け抜ける。
灼熱の爪を携えて、爆熱の翼を羽ばたかせ、小さき騎士が疾駆する。
目の奥に浮かび上がるのは、既に逝ってしまった仲間の姿。
守護騎士ヴォルケンリッターの中でも、最も高い技量を有した、4人を束ねる烈火の将。
炎の魔剣レヴァンティンを振るい、灼熱業火の剣術を繰り出し、数多の敵を蹴散らした猛者だ。
悪いな、シグナム。
今となってはこの声も、あの世のお前には届かないんだろうが。
オリジナルにゃ到底及ばない、馬鹿にしてるような技術だろうが。
それでもせめてもの験担ぎだ。
今はその名前だけでも、ちょっとだけあたしに貸してもらう。
「紫電――――――一閃ッ!!」
大地を滑るように駆け抜けた。
力の名前を雄叫びに乗せた。
それは烈火の将シグナムが、最も信頼した必殺技。
魔力変換資質を持った騎士の、基礎にして奥義と称される戦闘技能。
この手に握るのは槍型デバイスで、技術もにわか仕込みだが。
その穂先を燃やす炎も、自前じゃなく他人の借り物だが。
今はせめてその名と共に、お前の力を貸してほしい。
そしてシグナムだけでなく、みんなの力も貸してほしい。
救えなかった命達よ。守れなかった命達よ。
今はこの紅の鉄騎の、たった1つのわがままを貫くために、みんなの力を貸してくれ――!
「RAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!!!」
咆哮が上がる。
崩壊が鳴る。
びりびりと大気を揺さぶる唸りと共に、ガラスの砕かれたような音が響く。
やはり恐るべきはアーカード。
あるいはその軛に込められた魔力が、ほんの少しばかり足りなかったのか。
盾の守護獣の拘束をも破壊し、たっぷり溜められた手刀の一撃が、弾丸のごとく迫ってくる。
ずぱ、と空を裂く音が聞こえた。
どっ、と血の散る音が聞こえた。
みちみちと肉をぶち抜いて、ばきばきと骨をぶち砕く音を、耳ではなく肌で感じていた。
《ヴィ……ヴィータッ!》
「まだ、まだあァァァァ……ッ!」
そうだ、まだだ。
この程度で歩みを止めてたまるものか。
まだ直撃を食らっただけだぞ。
腹をぶち抜かれてすぐだぞ。
まだほんの少しだけ命は保つ。この程度では即死に至りはしない。
ならば、こんなものに構ってられるか。
こんな負傷ごときで止まってられるか。
なおも飛行魔法を加速させた。
伝説のフェニックスの翼を羽ばたかせた。
腹に突き刺さった吸血鬼の剛腕を、根元まで食い込ませるようにして。
ぐちゃぐちゃと血肉を引き裂かれる不快感にも、おくびも怯むさまを見せぬまま。
「ぶゥち抜けええええぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェェェェェェ―――――――――ッッッ!!!」
遂に繰り出された一撃は、吸血鬼アーカードの左胸を、寸分の狂いなく貫き通した。
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|~|アーカード|~|
|~|八神はやて(StS)|~|
|~|金居|~|
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