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「暗躍のR/全て遠き理想郷」(2011/01/19 (水) 09:53:54) の最新版変更点
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*暗躍のR/全て遠き理想郷 ◆Vj6e1anjAc
ほの暗い闇の中を蠢く、微かな金属音が2つ。
さながら小さなネズミのように、屋根裏を這いずり回るのは、1人の融合騎と1匹の使い魔。
眼下の廊下から漏れ出している、ぼんやりとした電灯の光だけが、この闇の中の光源だった。
《しかしまぁ、ホントに入り組んだ構造になったもんだよ》
額に皺を寄せながら、使い魔アルフが念話でぼやく。
肉声での会話をシャットアウトしたのは、盗聴の危険性を考慮した結果だ。
下の廊下には、ところどころに監視カメラが配置されている。であれば姿のみならず、声まで盗み聞きされる可能性も否定できない。
《やはり、元の時の庭園とは違うのか?》
《そりゃあ、元は別荘施設だったからね。こんな研究室みたいな作りにはなってなかったさ》
先を行く融合騎リインフォースの問いかけに、答えた。
かつてのプレシアの研究施設であった時の庭園だが、元々は居住スペースとして設計されたものを、研究用に改築したに過ぎない。
デバイスルームや研究室こそあれど、それも必要最低限のものであり、あくまでオプションでしかなかった。
だが今彼女らが潜入しているこの場所は、ただの別荘にしてはいやに複雑な構造になっている。
廊下にいくつもの扉が並ぶその様は、むしろ時空管理局本局や、大型の研究所を彷彿とさせた。
無機的かつ平面な壁の様子は、まるで病院の廊下のようで、生活感が感じられない。
《でも、それ以上に分からないのはこの世界そのものだよ。結局、ここは一体どこなんだ?》
奇妙なのは時の庭園の構造だけではなかった。
それ以上に不可解なのは、この世界だ。
転移魔法の着地点は時の庭園のすぐ傍だったが、その周囲を見渡すだけでも、その異質さは見て取れる。
辺りに散乱する遺跡らしき構造物は、どれもこれも見覚えのないものばかり。
空気に漂う匂いからは、文明はおろか、自然の気配すら感じられなかった。
既に滅亡した次元世界だということなのだろうか。
転移座標から正体を勘ぐろうにも、提示されたのは未知の座標。つまり、まったくのお手上げだった。
《恐らくは――アルハザード》
ぽつり、と。
呟くように響く、リインフォースの念話。
「!」
がん、と。
返ってきたのは言葉ではなく。
天井裏の低い天井に、盛大に頭をぶつけた音だった。
《アルハザード、って……そんな馬鹿な。本当に、現存していたっていうのかい……?》
痛む頭を抑えながら、震える声でアルフが尋ねた。
それが本当だというのなら、大問題だ。
アルハザードといえば、幾多の伝承の中で語り継がれる、超古代文明世界の名前である。
その歴史は古代ベルカよりも更に昔に遡り、その上その古代ベルカよりも、更に優れた技術力を有していた世界だ。
未だ発見もされておらず、そのあまりにも現実離れした名声から、存在そのものを疑われた、まさに魔法の理想郷。
そしてプレシアの娘・フェイトの使い魔であったアルフには、更にそれ以上に重要な意味を持つ名前でもある。
アルハザードは、プレシアが実娘アリシアを復活させる技術を求め、ジュエルシードによって渡航を図った目的地でもあるのだ。
そしてその桃源郷が、今まさに彼女らのいるこの場所だとするのなら。
あのプレシア・テスタロッサは、虚数空間の漂流の末に、本当に目的地にたどり着いたということになるではないか。
《そうなのだろうな。この地の空気には覚えがある……そしてそれは、かつてのベルカの地のそれとも違う匂いだ》
《空気に覚えがある?》
《そもそも古代ベルカの魔法技術は、アルハザードとの交流によって発展したものだからな》
だとするなら、それも真実なのだろう。
リインフォースがいうには、現代においてロストロギアと呼ばれているベルカの遺産は、
より優れた技術力を有した、アルハザードからの技術提供によって誕生したものなのだという。
つまりアルハザードとは、この夜天の書の管制人格にとっては、第二の故郷にも等しい場所ということなのだ。
そのリインフォースが、この地に漂う魔力の気配に、ベルカのそれとも異なる懐かしさを覚えている。
ならば真実、この場所は、あの御伽噺の理想郷ということに他ならない。
《……仮にここがそうだとすると、なおさら分からなくなるね……目的地にたどり着いたっていうのなら、何であいつはあんなことを?》
思い返されるのは、一ヶ月弱ほど前の地獄の光景だ。
転移魔法を行使し地球を発つ前、彼女らの暮らしていた海鳴市は、プレシアの軍勢の手によって壊滅した。
未知の技術を取り込んだ大軍団を前に、迎撃に出た魔導師達は、1人残らず返り討ちにあったのだ。
アルフの元の主人であるフェイトも、そのフェイトやリインフォースを救ったなのはも、あの凄惨な虐殺の果てに死亡している。
今こうしてリインフォースについているアルフもまた、血と炎の最中で死にかけたのだ。
《プレシア・テスタロッサの目的は、娘アリシアの蘇生……だったな》
《あいつにとってはそれが全てで、他のことなんてどうでもいい、って感じだった。
その目的を果たす手段を手に入れたのなら、今更他の世界に攻め込む理由も……フェイト達が殺される理由も、ないはずなんだ》
不可解な点は、そこだった。
かつてプレシアが事を起こしたのは、アルハザードへの到達という、唯一無二の目的のために他ならない。
そしてその目的が達成された今だからこそ、あの襲撃の動機が分からなくなる。
望みは全てアルハザードで叶うというのに、何故彼女は、わざわざ他の世界への遠征を実行したのか。
管理局に察知されるリスクを冒してまで、今さらよそにかかわる理由など、プレシアにはないのではないのか。
《……何にせよ、調べてみる必要がありそうだな》
がたん、と。
念話に合わせ、前方から音が聞こえてくる。
アルフがそちらの方を向けば、これまで以上に強い光が、眼下の廊下から差し込んでいた。
金網状のカバーをリインフォースが外したらしい。
《そこに端末がある。幸い、監視カメラもない。この城の中枢へのハッキングを試してみる》
《ハッキング、って……あんた、できるのかい?》
《言っただろう?》
ふわり、と闇に揺れる銀髪。
くるり、とこちらを向く真紅の瞳。
穴へと身を乗り出すような姿勢から、リインフォースがアルフの方へと首を向ける。
《このアルハザードは、私の第二の故郷だと》
◆
セキュリティを解析。
ファイアウォールの構造を理解。システムの穴を探索し、突破。
転送される情報を取捨選択。余剰プログラムを受け流し、必要と思しき情報を取得。
頭部のメイン回路へと流れ込んでくるのは、複雑な数列で構成された構造式。
それらを1つ1つ読み解いていき、サイバーデータの深淵へと泳いでいく。
目を閉じたリインフォースの右手は、廊下に設置されていたコンピューターへとかざされていた。
手のひらに浮かぶ銀の光は、ベルカ式の三角魔法陣。
今まさに黒衣のユニゾンデバイスは、この時の庭園のサーバーへの不正アクセスの真っ最中だった。
《ホントにやってのけるとはね》
感心したようなアルフの念話が、頭の片隅に響いている。
彼女はリインフォースの傍らに立ち、敵の襲来を察知すべく、警戒態勢を保っていた。
こうして無防備な姿を晒し、ハッキングに没頭することができるのも、彼女が見張ってくれているおかげだ。
この狼の命を拾ったのが、人道的のみならず戦力的にも正解であったことを、改めて理解させられる。
《間もなくメインサーバーに到達できる》
いよいよ大詰めに近づいたと、口にした。
彼女がこのハッキングを為しえたのは、他ならぬその出自のおかげであった。
大規模な魔法文明を誇っていたアルハザードでは、この手のデータも魔法術式で構成・管理されている。
ミッド式でもベルカ式でもない、言うなればアルハザード式だ。並の魔導師や騎士では、解析することすら敵わないだろう。
しかしこの場にいるのは並の騎士ではない。
古代ベルカ最大級のロストロギアの1つ・夜天の魔導書の管制人格だ。
アルハザードの恩恵を最大限に蓄えただけに、アルハザード式の術式にも、ある程度の心得を有している。
加えてその身はデバイスである。プログラムの解析や操作には、生身の人間よりも長けていた。
おまけに彼女のスペックは、そんじょそこらのデバイスの比ではない。
幾多の魔術を蒐集・処理することを義務付けられ、それ相応の演算能力を与えられた、言うなれば史上最高峰のスーパーコンピューターだ。
この手の作業に関しては、唯一にして最強の専門家と言えるだろう。
《侵入成功。これは、爆発物の制御システム?》
メインサーバーへと到達。
そしていの一番に上げたのは、怪訝な響きを伴う声だった。
最初に目に留まったデータは、何らかの爆弾の起爆システムを管理するためのものだ。
質量兵器の管理システムとは、この場には余りにも似つかわしくない。
魔術の理想郷たるアルハザードらしくもないし、アリシアを蘇生させたがっているプレシアらしくもなかった。
《次は……名簿か?》
故に次に開示されたデータに、あっさりと意識の矛先を向ける。
そして今度は深く興味を示し、廊下の端末に映像を映した。
かつかつと歩みの音が聞こえる。それに気付いたアルフが、モニターを覗き込んだのだろう。
《高町なのはに、フェイト・テスタロッサ……プレシアが殺して回った人間の目録とか?》
《いや、それにしては妙だ。ユーノ・スクライアが生存扱いになっている》
表示されたのは五十音順に並べられた、合計60人の名の連なる名簿。
そしてその名前のすぐ横に、「生存」ないし「死亡」のいずれかが追記されていた。
これも一見しただけでは、意味の理解に苦しむものだ。
なのはやフェイト、ヴォルンケンリッターらが死亡しているのだから、
アルフが言うように、既にプレシアが殺した者と、これから殺す者の一覧表にも見える。
だがそれでは、ユーノが生存にカテゴリされている理由が分からない。彼もまた海鳴の戦闘で、間違いなく死亡したはずだ。
加えてなのは、フェイト、はやての3人の名前が、それぞれ2つずつ用意されているのも気になる。
フェイトは両方死亡だったが、なのはとはやては片方ずつ死んでいた。
これは一体何を示すものなのだろうか。他のデータと比較してみれば、何か分かるかもしれない。
更なる解析を進めようとした矢先、
《待った》
アルフに、制止の声をかけられた。
《臭いと音が近づいてきてる。監視がこっちに向かってるみたいだ》
その言葉にコンピューターへのアクセスを解き、瞼を持ち上げ瞳を見せる。
赤い双眸の先の使い魔は、耳と鼻をひくつかせていた。
イヌ科の嗅覚と聴覚を信頼するなら、まだ若干の余裕はあるはず。
しかしそれも、この場から天井裏へ戻るのに利用した方が有意義だ。
よってここは素直に従い、元の屋根裏へと飛行する。
監視の目が近づく前に、極力音を立てぬよう留意して、金網状の蓋を戻した。
《あの卵メカか》
ややあって、眼下に現れた機影。
その楕円形のフォルムを見据え、忌々しげにアルフが呟く。
あれは海鳴の戦闘にも顔を見せていた、正体不明のロボット兵器だ。
魔力を通さない特殊なフィールドによって、なのは達ミッド式の魔導師は、大いに苦戦を強いられていた。
《……そういえば、何故監視が配置されているんだ?》
ふと。
疑問に思い、それを思念の声に乗せる。
《何故って?》
《よく考えてもみれば、ここは秘境中の秘境のはずだ。外部からの侵入者に気を配る必要は、皆無と言ってもいいと思うのだが》
それが疑念の正体だった。
ここは失われた地、アルハザード。
管理局150年の歴史をもってしても、未だ現存を確認できず、半ば御伽噺扱いさえされている場所である。
こんな所に侵入できる人間など、普通はいないと考える方が自然だ。
であれば、申し訳程度の監視カメラはまだしも、わざわざ制御の手間を割いてまで、あのロボットを配備する理由が見つからない。
あるいは、
《……既に見つかっているのか?》
こちらの侵入を察知し、その捕縛のために放ったというのなら、話は別だが。
◆
(ガジェットドローンが配備されている……?)
モニターに映された自律兵器を、使い魔リニスは怪訝な顔つきをして見つめていた。
事が起きたのは、間もなく夜も更け始めようかといった頃。
ちょうど転送魔法陣の移動について、モニターの映像ログを漁って調べていた時のことだ。
デスゲームの参加者達の認識に沿うならば、
吸血鬼アーカードの遺体が燃え尽き、八神はやてが従者のデイパックを回収した前後といったところか。
地上本部の崩壊に伴い魔法陣が一旦消滅し、直後に地下に出現したことは、映像から確認することができた。
誰が何をしてそうなったのかを調べようとしたのだが、
転送魔法陣に関するデータにはプロテクトがかけられており、リニスの権限では閲覧できない。
それでより上位の管理権限を持つ存在――プレシアが一枚噛んでいる疑いは固まったが、しかしそれ以上のことはもう分からない。
ここまでかと落胆していた時に、ふと何の気なしに庭園内の監視カメラへ視線を飛ばすと、そこに映っていたのはガジェットドローン。
このような経緯を経て、現在に至るというわけだ。
(プレシアが私を監視しているのかしら?)
最初に考慮した可能性は、それだ。
オットーの起用といい今回の件といい、どうにも自分は、プレシアに疑われているような気がする。
とはいえ翻意を抱えているのは間違いないので、弁明のしようがないのが現実だ。
そしてだからこそこの行動が、自分を警戒しているから、という風に結論づけることもたやすい。
妙な行動を起こした時に、即座に始末できるように、各所にガジェットを配置したのではということだ。
(でも、それなら精神リンクを繋ぎ直せばいい)
しかしよくよく考えてみれば、その可能性は薄いかもしれない。
何せ、リニスはプレシアの使い魔なのだ。
互いの行動を察知できる、精神リンクという手段を使えば、従者の謀反は主君に筒抜けになる。
ならばわざわざ監視員を増やす必要はない。むしろ視覚のみに頼るのは、より不確かな手段と言っていい。
(なら、ナンバーズ達に何かが?)
それなら監視の対象は自分ではなく、あの機械仕掛けの傭兵達だろうか。
なるほど確かに、客観的な目で見れば、連中も自分と同程度にはいかがわしい。
何せ“提供者”からしてああなのだ。その面の皮の下で何を考えているのか、分かったものではない。
それこそこうして味方を装い、信用させたところを裏切って、アルハザードの技術をかすめ取ろうとしても不自然は――
「……?」
と。
その時。
ぴぴぴぴ、と耳を打つ音があった。
不意に鼓膜に飛び込んできたのは、コンピューターから響く電子音。
それもこれはアラートだ。何かシステムのトラブルでもあったのだろうか。
警告を示すアイコンを選択し、報告バルーンを展開する。
そこに記載されていたのは。
「……っ!」
不正アクセスの報告だった。
「侵入者っ!?」
くわ、と瞳が見開かれる。
さぁ、と顔色が蒼白となった。
血の気は見る間に引いていき、顔中から嫌な汗が流れた。
不正アクセスとはすなわちハッキングだ。
こちらのコンピューターの所在が割れたということは、その時点で外部に居場所を察知されたことを意味する。
加えてハッキングに利用した端末は、この庭園の廊下のコンピューターだ。
外部からどころではない、内部からの不正アクセス。
すなわちそれは、下手人であるハッカーが、ここに侵入を果たしていることに他ならない。
「くっ!」
逸る気持ちを抑えながら。
しかし目に見えた狼狽と共に。
リニスは制御コンピューターを操作し、全監視カメラの映像を展開する。
ゲームのフィールドなど後回しだ。外界に構っている暇などないのだ。
すぐさま庭園内の映像が、ばあっとモニターを埋め尽くす。
「何故だ……何故気付けなかったッ!?」
右を見ては、左を見て。
上を見ては、下を見て。
忙しなく視線を泳がせながら、苛立ちも露わな声を上げる。
そうだ。
何故こんな単純な理屈に気付かなかった。
気付こうと思えば、気付けるはずだったのだ。
そもそも監視というものは、味方を対象にした概念ではない。外敵が領地に侵入するのを防ぐため、というのが大前提だ。
それこそ普通に考えれば、味方よりも敵の方に目を向けて当然なはずだった。
このアルハザードは誰も特定できない、などという言い訳は、今となっては通用しない。
現に混沌の神を名乗るカオスなる者が、この殺し合いに一度介入しているのだから。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
過去を悔やむ暇があったら、それを現在の行動に回すべきだ。
いかにゲームに反対しているとはいえ、プレシアを傷つけるつもりはリニスには毛頭ない。
故にこうして、プレシアを害するであろう者を、血眼になって探すのも当然の帰結。
敵はまだこの施設内にいるはずだ。ならば、何としても見つけ出さなければ。
いや、その前に警報か。庭園の他の人間達にも、警報ベルでこの非常事態を――
「……けい、ほう――?」
はっ、として。
警報装置に伸ばした手を、止める。
焦りも悔やみも苛立ちも、すぅっと遠のいていくのが分かった。
狼狽に開かれていた瞳が、それとは異なる感情によって、再び丸くなっていく。
茫然自失とした表情を浮かべながら、やがてコンソールからも手を離した。
そう、それだ。
外敵の可能性を排除したのは、それが原因だったのだ。
そもそもあのガジェットドローンは、プレシアの手によって放たれた可能性が高い。
そしてもし仮にプレシアが敵の存在を認知し、その対策としてガジェットを配備したというのなら、
この場の全員に注意を促すためにも、警報ベルを鳴らして然るべきはずなのだ。
しかし、この現状はどうだ。
今この時の庭園の中では、物音1つとして鳴っておらず、非常灯の光っている形跡もない。
故にリニスはほとんど無意識に、敵襲の可能性を否定して、味方を疑いにかかったのだ。
だが、これが本当に、敵に対する警戒態勢だとしたら。
敵襲を理解していながら、警報を鳴らさなかったとしたら。
「私は……プレシアに見捨てられたの……?」
仮にこの非常事態を、“全員”に通達する気がなかったとするなら。
思い当たる節はいくつかあった。
側近であるはずの自分を差し置いてまで、余所者に放送という大役を任せたこと。
本来なら自分が管理するであろうボーナス支給品システムに、アクセス権限を設けたこと。
転移魔法陣の移動を、こちらに相談することなく強行したこと。
そして、その魔法陣のデータの閲覧が不可能だったこと。
のろまな手つきでコンソールを弄れば、他にも様々な動作が、アクセス権限によって制限されていた。
それこそ、これまでなら問題なく実行できたような、首輪の制御システムへのアクセスさえも、だ。
「私にできることは……もう、何もない……?」
無力感が、声に滲んだ。
虚脱感が、顔に浮かんだ。
これまで有していたアクセス権限の、その大半が凍結された。
それが意味することは、プレシアが自分を必要としなくなったということ。
お前はもう当てにしていないから、非常事態を伝えるつもりもない、と、暗に示しているということだ。
そしてそれは、自分が殺し合いのフィールドに働きかけることが、事実上全くの不可能となったということを意味している。
そのくせモニターの監視機能は、未だ使用可能ときている。
これはなんという皮肉だ。
なんと陰惨で痛烈な三行半だ。
「指をくわえて見ていろと……そう言いたいのですか、プレシア……?」
◆
「さすがにプレシア・テスタロッサの使い魔……全くの馬鹿というわけではない、か」
ぽつり、と呟く女の声。
落ち着いた大人の女性といった声音の主は、黄金色に輝く双眸を、手元のモニターへと向けていた。
そこに映し出されているのは、かの猫の使い魔リニスの姿。
己の無力と絶望を噛み締め、呆然とした表情で、1人うなだれる無様な姿だ。
とはいえ自力でそこまでたどり着けたというのは、さすがは大魔導師の眷属といったところか。
(深刻に捉えすぎてるような気がしないでもないけど、まぁいいお灸にはなったんじゃないかしら)
リニスの推測通り、彼女は業を煮やしたプレシアの手によって、自らの管理権限を剥奪されていた。
それまで担当していた職務の数々は、このモニターを見やる女を含んだ、戦闘機人達に分配されている。
最初はプレシアも、外様に権力を与えていいものか少々迷ったようだが、
組織のけじめを保つためにも、結局はこうしてリニスへの懲罰を優先したのだ。
唯一使い魔の認識に間違いがあるとするなら、
これはあくまで力差を明確に示すための、一時的な罰則に過ぎないということか。
プレシアが言うには、あくまで第四回放送までの間頭を冷やさせるためのもので、
それで効果が見られたのなら――余計な行動を取る気が失せたようなら、厳重注意の後に権限を元に戻すつもりだという。
それにああも深刻なショックを受けているのは、やはりやましい意思があったということなのだろうか。
(さて……問題は彼女よりも、侵入者の方ね)
思考の矛先を切り替え、監視カメラの映像をシャットアウト。
その手元に映るモニターへと、ガジェットドローンの制御プログラムを呼び出す。
リニスの読み通り、この女は――いいや他の戦闘機人もまた、侵入者の存在を認知していた。
それこそ唯一彼女だけが、蚊帳の外へとはじき出されていたということだ。
(マリアージュはすぐに実戦投入可能だけど、今はまだ必要でもないか)
視線のみを傍らに流し、内心で呟く。
その目線の先に存在するのは、ガレアの王と称された少女。
小柄な身体を薄物に包み、オレンジ色の髪を垂らした、古代ベルカの冥府の炎王――イクスヴェリアだ。
洗脳プログラムの調整も、指揮権の剥奪も完了している。
ひとたび彼女を目覚めさせれば、屍の兵士マリアージュは、即座にこの女の下僕となり、彼女の指示するままに働くだろう。
しかし、今はまだその必要はない。
所詮ガレアの冥王は、もしもの時の備えでしかない。
高すぎる攻撃力と自爆能力を有した屍兵では、無用に建物を傷つけてしまう可能性もあるだろう。
故に、今はまだ必要がない。
今はガジェット達で様子見だ。
「頼むわよ、ガジェット達。私達のために邪魔者を見つけ出してちょうだい」
プレシアのために、とは言い切らなかった。
私達のために、とあえてぼかした。
女の指がしなやかに踊る。心無き魔導師殺し達へとタクトを振る。
機械人形のコンダクター――戦闘機人ナンバーⅠ・ウーノは、静かに蜘蛛の糸を張り巡らせていた。
【備考】
※リインフォースとアルフが、「首輪爆破の制御プログラム」「名簿」の二種のデータの存在を確認しました。
※リインフォースによる不正アクセスが、リニスに察知されました。
※第四回放送までの間、リニスのアクセス権限が大幅に制限されるようになりました。
監視映像の閲覧以外の、ほとんどの権限が凍結されています。
リインフォースとアルフの侵入も、リニスにのみ通達されていないようです。
※時の庭園内部に、ガジェットドローンⅠ型が複数配備されました。管制はウーノが行っているようです。
|Back:[[第三回放送]]|リインフォース|Next:[[第四回放送/あるいは終焉の幕開け(前編)]]|
|Back:[[第三回放送]]|アルフ|Next:[[第四回放送/あるいは終焉の幕開け(前編)]]|
|Back:[[Round ZERO ~KING SILENT]]|リニス|Next:[[第四回放送/あるいは終焉の幕開け(前編)]]|
||ウーノ|Next:[[]]|
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*暗躍のR/全て遠き理想郷 ◆Vj6e1anjAc
ほの暗い闇の中を蠢く、微かな金属音が2つ。
さながら小さなネズミのように、屋根裏を這いずり回るのは、1人の融合騎と1匹の使い魔。
眼下の廊下から漏れ出している、ぼんやりとした電灯の光だけが、この闇の中の光源だった。
《しかしまぁ、ホントに入り組んだ構造になったもんだよ》
額に皺を寄せながら、使い魔アルフが念話でぼやく。
肉声での会話をシャットアウトしたのは、盗聴の危険性を考慮した結果だ。
下の廊下には、ところどころに監視カメラが配置されている。であれば姿のみならず、声まで盗み聞きされる可能性も否定できない。
《やはり、元の時の庭園とは違うのか?》
《そりゃあ、元は別荘施設だったからね。こんな研究室みたいな作りにはなってなかったさ》
先を行く融合騎リインフォースの問いかけに、答えた。
かつてのプレシアの研究施設であった時の庭園だが、元々は居住スペースとして設計されたものを、研究用に改築したに過ぎない。
デバイスルームや研究室こそあれど、それも必要最低限のものであり、あくまでオプションでしかなかった。
だが今彼女らが潜入しているこの場所は、ただの別荘にしてはいやに複雑な構造になっている。
廊下にいくつもの扉が並ぶその様は、むしろ時空管理局本局や、大型の研究所を彷彿とさせた。
無機的かつ平面な壁の様子は、まるで病院の廊下のようで、生活感が感じられない。
《でも、それ以上に分からないのはこの世界そのものだよ。結局、ここは一体どこなんだ?》
奇妙なのは時の庭園の構造だけではなかった。
それ以上に不可解なのは、この世界だ。
転移魔法の着地点は時の庭園のすぐ傍だったが、その周囲を見渡すだけでも、その異質さは見て取れる。
辺りに散乱する遺跡らしき構造物は、どれもこれも見覚えのないものばかり。
空気に漂う匂いからは、文明はおろか、自然の気配すら感じられなかった。
既に滅亡した次元世界だということなのだろうか。
転移座標から正体を勘ぐろうにも、提示されたのは未知の座標。つまり、まったくのお手上げだった。
《恐らくは――アルハザード》
ぽつり、と。
呟くように響く、リインフォースの念話。
「!」
がん、と。
返ってきたのは言葉ではなく。
天井裏の低い天井に、盛大に頭をぶつけた音だった。
《アルハザード、って……そんな馬鹿な。本当に、現存していたっていうのかい……?》
痛む頭を抑えながら、震える声でアルフが尋ねた。
それが本当だというのなら、大問題だ。
アルハザードといえば、幾多の伝承の中で語り継がれる、超古代文明世界の名前である。
その歴史は古代ベルカよりも更に昔に遡り、その上その古代ベルカよりも、更に優れた技術力を有していた世界だ。
未だ発見もされておらず、そのあまりにも現実離れした名声から、存在そのものを疑われた、まさに魔法の理想郷。
そしてプレシアの娘・フェイトの使い魔であったアルフには、更にそれ以上に重要な意味を持つ名前でもある。
アルハザードは、プレシアが実娘アリシアを復活させる技術を求め、ジュエルシードによって渡航を図った目的地でもあるのだ。
そしてその桃源郷が、今まさに彼女らのいるこの場所だとするのなら。
あのプレシア・テスタロッサは、虚数空間の漂流の末に、本当に目的地にたどり着いたということになるではないか。
《そうなのだろうな。この地の空気には覚えがある……そしてそれは、かつてのベルカの地のそれとも違う匂いだ》
《空気に覚えがある?》
《そもそも古代ベルカの魔法技術は、アルハザードとの交流によって発展したものだからな》
だとするなら、それも真実なのだろう。
リインフォースがいうには、現代においてロストロギアと呼ばれているベルカの遺産は、
より優れた技術力を有した、アルハザードからの技術提供によって誕生したものなのだという。
つまりアルハザードとは、この夜天の書の管制人格にとっては、第二の故郷にも等しい場所ということなのだ。
そのリインフォースが、この地に漂う魔力の気配に、ベルカのそれとも異なる懐かしさを覚えている。
ならば真実、この場所は、あの御伽噺の理想郷ということに他ならない。
《……仮にここがそうだとすると、なおさら分からなくなるね……目的地にたどり着いたっていうのなら、何であいつはあんなことを?》
思い返されるのは、一ヶ月弱ほど前の地獄の光景だ。
転移魔法を行使し地球を発つ前、彼女らの暮らしていた海鳴市は、プレシアの軍勢の手によって壊滅した。
未知の技術を取り込んだ大軍団を前に、迎撃に出た魔導師達は、1人残らず返り討ちにあったのだ。
アルフの元の主人であるフェイトも、そのフェイトやリインフォースを救ったなのはも、あの凄惨な虐殺の果てに死亡している。
今こうしてリインフォースについているアルフもまた、血と炎の最中で死にかけたのだ。
《プレシア・テスタロッサの目的は、娘アリシアの蘇生……だったな》
《あいつにとってはそれが全てで、他のことなんてどうでもいい、って感じだった。
その目的を果たす手段を手に入れたのなら、今更他の世界に攻め込む理由も……フェイト達が殺される理由も、ないはずなんだ》
不可解な点は、そこだった。
かつてプレシアが事を起こしたのは、アルハザードへの到達という、唯一無二の目的のために他ならない。
そしてその目的が達成された今だからこそ、あの襲撃の動機が分からなくなる。
望みは全てアルハザードで叶うというのに、何故彼女は、わざわざ他の世界への遠征を実行したのか。
管理局に察知されるリスクを冒してまで、今さらよそにかかわる理由など、プレシアにはないのではないのか。
《……何にせよ、調べてみる必要がありそうだな》
がたん、と。
念話に合わせ、前方から音が聞こえてくる。
アルフがそちらの方を向けば、これまで以上に強い光が、眼下の廊下から差し込んでいた。
金網状のカバーをリインフォースが外したらしい。
《そこに端末がある。幸い、監視カメラもない。この城の中枢へのハッキングを試してみる》
《ハッキング、って……あんた、できるのかい?》
《言っただろう?》
ふわり、と闇に揺れる銀髪。
くるり、とこちらを向く真紅の瞳。
穴へと身を乗り出すような姿勢から、リインフォースがアルフの方へと首を向ける。
《このアルハザードは、私の第二の故郷だと》
◆
セキュリティを解析。
ファイアウォールの構造を理解。システムの穴を探索し、突破。
転送される情報を取捨選択。余剰プログラムを受け流し、必要と思しき情報を取得。
頭部のメイン回路へと流れ込んでくるのは、複雑な数列で構成された構造式。
それらを1つ1つ読み解いていき、サイバーデータの深淵へと泳いでいく。
目を閉じたリインフォースの右手は、廊下に設置されていたコンピューターへとかざされていた。
手のひらに浮かぶ銀の光は、ベルカ式の三角魔法陣。
今まさに黒衣のユニゾンデバイスは、この時の庭園のサーバーへの不正アクセスの真っ最中だった。
《ホントにやってのけるとはね》
感心したようなアルフの念話が、頭の片隅に響いている。
彼女はリインフォースの傍らに立ち、敵の襲来を察知すべく、警戒態勢を保っていた。
こうして無防備な姿を晒し、ハッキングに没頭することができるのも、彼女が見張ってくれているおかげだ。
この狼の命を拾ったのが、人道的のみならず戦力的にも正解であったことを、改めて理解させられる。
《間もなくメインサーバーに到達できる》
いよいよ大詰めに近づいたと、口にした。
彼女がこのハッキングを為しえたのは、他ならぬその出自のおかげであった。
大規模な魔法文明を誇っていたアルハザードでは、この手のデータも魔法術式で構成・管理されている。
ミッド式でもベルカ式でもない、言うなればアルハザード式だ。並の魔導師や騎士では、解析することすら敵わないだろう。
しかしこの場にいるのは並の騎士ではない。
古代ベルカ最大級のロストロギアの1つ・夜天の魔導書の管制人格だ。
アルハザードの恩恵を最大限に蓄えただけに、アルハザード式の術式にも、ある程度の心得を有している。
加えてその身はデバイスである。プログラムの解析や操作には、生身の人間よりも長けていた。
おまけに彼女のスペックは、そんじょそこらのデバイスの比ではない。
幾多の魔術を蒐集・処理することを義務付けられ、それ相応の演算能力を与えられた、言うなれば史上最高峰のスーパーコンピューターだ。
この手の作業に関しては、唯一にして最強の専門家と言えるだろう。
《侵入成功。これは、爆発物の制御システム?》
メインサーバーへと到達。
そしていの一番に上げたのは、怪訝な響きを伴う声だった。
最初に目に留まったデータは、何らかの爆弾の起爆システムを管理するためのものだ。
質量兵器の管理システムとは、この場には余りにも似つかわしくない。
魔術の理想郷たるアルハザードらしくもないし、アリシアを蘇生させたがっているプレシアらしくもなかった。
《次は……名簿か?》
故に次に開示されたデータに、あっさりと意識の矛先を向ける。
そして今度は深く興味を示し、廊下の端末に映像を映した。
かつかつと歩みの音が聞こえる。それに気付いたアルフが、モニターを覗き込んだのだろう。
《高町なのはに、フェイト・テスタロッサ……プレシアが殺して回った人間の目録とか?》
《いや、それにしては妙だ。ユーノ・スクライアが生存扱いになっている》
表示されたのは五十音順に並べられた、合計60人の名の連なる名簿。
そしてその名前のすぐ横に、「生存」ないし「死亡」のいずれかが追記されていた。
これも一見しただけでは、意味の理解に苦しむものだ。
なのはやフェイト、ヴォルンケンリッターらが死亡しているのだから、
アルフが言うように、既にプレシアが殺した者と、これから殺す者の一覧表にも見える。
だがそれでは、ユーノが生存にカテゴリされている理由が分からない。彼もまた海鳴の戦闘で、間違いなく死亡したはずだ。
加えてなのは、フェイト、はやての3人の名前が、それぞれ2つずつ用意されているのも気になる。
フェイトは両方死亡だったが、なのはとはやては片方ずつ死んでいた。
これは一体何を示すものなのだろうか。他のデータと比較してみれば、何か分かるかもしれない。
更なる解析を進めようとした矢先、
《待った》
アルフに、制止の声をかけられた。
《臭いと音が近づいてきてる。監視がこっちに向かってるみたいだ》
その言葉にコンピューターへのアクセスを解き、瞼を持ち上げ瞳を見せる。
赤い双眸の先の使い魔は、耳と鼻をひくつかせていた。
イヌ科の嗅覚と聴覚を信頼するなら、まだ若干の余裕はあるはず。
しかしそれも、この場から天井裏へ戻るのに利用した方が有意義だ。
よってここは素直に従い、元の屋根裏へと飛行する。
監視の目が近づく前に、極力音を立てぬよう留意して、金網状の蓋を戻した。
《あの卵メカか》
ややあって、眼下に現れた機影。
その楕円形のフォルムを見据え、忌々しげにアルフが呟く。
あれは海鳴の戦闘にも顔を見せていた、正体不明のロボット兵器だ。
魔力を通さない特殊なフィールドによって、なのは達ミッド式の魔導師は、大いに苦戦を強いられていた。
《……そういえば、何故監視が配置されているんだ?》
ふと。
疑問に思い、それを思念の声に乗せる。
《何故って?》
《よく考えてもみれば、ここは秘境中の秘境のはずだ。外部からの侵入者に気を配る必要は、皆無と言ってもいいと思うのだが》
それが疑念の正体だった。
ここは失われた地、アルハザード。
管理局150年の歴史をもってしても、未だ現存を確認できず、半ば御伽噺扱いさえされている場所である。
こんな所に侵入できる人間など、普通はいないと考える方が自然だ。
であれば、申し訳程度の監視カメラはまだしも、わざわざ制御の手間を割いてまで、あのロボットを配備する理由が見つからない。
あるいは、
《……既に見つかっているのか?》
こちらの侵入を察知し、その捕縛のために放ったというのなら、話は別だが。
◆
(ガジェットドローンが配備されている……?)
モニターに映された自律兵器を、使い魔リニスは怪訝な顔つきをして見つめていた。
事が起きたのは、間もなく夜も更け始めようかといった頃。
ちょうど転送魔法陣の移動について、モニターの映像ログを漁って調べていた時のことだ。
デスゲームの参加者達の認識に沿うならば、
吸血鬼アーカードの遺体が燃え尽き、八神はやてが従者のデイパックを回収した前後といったところか。
地上本部の崩壊に伴い魔法陣が一旦消滅し、直後に地下に出現したことは、映像から確認することができた。
誰が何をしてそうなったのかを調べようとしたのだが、
転送魔法陣に関するデータにはプロテクトがかけられており、リニスの権限では閲覧できない。
それでより上位の管理権限を持つ存在――プレシアが一枚噛んでいる疑いは固まったが、しかしそれ以上のことはもう分からない。
ここまでかと落胆していた時に、ふと何の気なしに庭園内の監視カメラへ視線を飛ばすと、そこに映っていたのはガジェットドローン。
このような経緯を経て、現在に至るというわけだ。
(プレシアが私を監視しているのかしら?)
最初に考慮した可能性は、それだ。
オットーの起用といい今回の件といい、どうにも自分は、プレシアに疑われているような気がする。
とはいえ翻意を抱えているのは間違いないので、弁明のしようがないのが現実だ。
そしてだからこそこの行動が、自分を警戒しているから、という風に結論づけることもたやすい。
妙な行動を起こした時に、即座に始末できるように、各所にガジェットを配置したのではということだ。
(でも、それなら精神リンクを繋ぎ直せばいい)
しかしよくよく考えてみれば、その可能性は薄いかもしれない。
何せ、リニスはプレシアの使い魔なのだ。
互いの行動を察知できる、精神リンクという手段を使えば、従者の謀反は主君に筒抜けになる。
ならばわざわざ監視員を増やす必要はない。むしろ視覚のみに頼るのは、より不確かな手段と言っていい。
(なら、ナンバーズ達に何かが?)
それなら監視の対象は自分ではなく、あの機械仕掛けの傭兵達だろうか。
なるほど確かに、客観的な目で見れば、連中も自分と同程度にはいかがわしい。
何せ“提供者”からしてああなのだ。その面の皮の下で何を考えているのか、分かったものではない。
それこそこうして味方を装い、信用させたところを裏切って、アルハザードの技術をかすめ取ろうとしても不自然は――
「……?」
と。
その時。
ぴぴぴぴ、と耳を打つ音があった。
不意に鼓膜に飛び込んできたのは、コンピューターから響く電子音。
それもこれはアラートだ。何かシステムのトラブルでもあったのだろうか。
警告を示すアイコンを選択し、報告バルーンを展開する。
そこに記載されていたのは。
「……っ!」
不正アクセスの報告だった。
「侵入者っ!?」
くわ、と瞳が見開かれる。
さぁ、と顔色が蒼白となった。
血の気は見る間に引いていき、顔中から嫌な汗が流れた。
不正アクセスとはすなわちハッキングだ。
こちらのコンピューターの所在が割れたということは、その時点で外部に居場所を察知されたことを意味する。
加えてハッキングに利用した端末は、この庭園の廊下のコンピューターだ。
外部からどころではない、内部からの不正アクセス。
すなわちそれは、下手人であるハッカーが、ここに侵入を果たしていることに他ならない。
「くっ!」
逸る気持ちを抑えながら。
しかし目に見えた狼狽と共に。
リニスは制御コンピューターを操作し、全監視カメラの映像を展開する。
ゲームのフィールドなど後回しだ。外界に構っている暇などないのだ。
すぐさま庭園内の映像が、ばあっとモニターを埋め尽くす。
「何故だ……何故気付けなかったッ!?」
右を見ては、左を見て。
上を見ては、下を見て。
忙しなく視線を泳がせながら、苛立ちも露わな声を上げる。
そうだ。
何故こんな単純な理屈に気付かなかった。
気付こうと思えば、気付けるはずだったのだ。
そもそも監視というものは、味方を対象にした概念ではない。外敵が領地に侵入するのを防ぐため、というのが大前提だ。
それこそ普通に考えれば、味方よりも敵の方に目を向けて当然なはずだった。
このアルハザードは誰も特定できない、などという言い訳は、今となっては通用しない。
現に混沌の神を名乗るカオスなる者が、この殺し合いに一度介入しているのだから。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
過去を悔やむ暇があったら、それを現在の行動に回すべきだ。
いかにゲームに反対しているとはいえ、プレシアを傷つけるつもりはリニスには毛頭ない。
故にこうして、プレシアを害するであろう者を、血眼になって探すのも当然の帰結。
敵はまだこの施設内にいるはずだ。ならば、何としても見つけ出さなければ。
いや、その前に警報か。庭園の他の人間達にも、警報ベルでこの非常事態を――
「……けい、ほう――?」
はっ、として。
警報装置に伸ばした手を、止める。
焦りも悔やみも苛立ちも、すぅっと遠のいていくのが分かった。
狼狽に開かれていた瞳が、それとは異なる感情によって、再び丸くなっていく。
茫然自失とした表情を浮かべながら、やがてコンソールからも手を離した。
そう、それだ。
外敵の可能性を排除したのは、それが原因だったのだ。
そもそもあのガジェットドローンは、プレシアの手によって放たれた可能性が高い。
そしてもし仮にプレシアが敵の存在を認知し、その対策としてガジェットを配備したというのなら、
この場の全員に注意を促すためにも、警報ベルを鳴らして然るべきはずなのだ。
しかし、この現状はどうだ。
今この時の庭園の中では、物音1つとして鳴っておらず、非常灯の光っている形跡もない。
故にリニスはほとんど無意識に、敵襲の可能性を否定して、味方を疑いにかかったのだ。
だが、これが本当に、敵に対する警戒態勢だとしたら。
敵襲を理解していながら、警報を鳴らさなかったとしたら。
「私は……プレシアに見捨てられたの……?」
仮にこの非常事態を、“全員”に通達する気がなかったとするなら。
思い当たる節はいくつかあった。
側近であるはずの自分を差し置いてまで、余所者に放送という大役を任せたこと。
本来なら自分が管理するであろうボーナス支給品システムに、アクセス権限を設けたこと。
転移魔法陣の移動を、こちらに相談することなく強行したこと。
そして、その魔法陣のデータの閲覧が不可能だったこと。
のろまな手つきでコンソールを弄れば、他にも様々な動作が、アクセス権限によって制限されていた。
それこそ、これまでなら問題なく実行できたような、首輪の制御システムへのアクセスさえも、だ。
「私にできることは……もう、何もない……?」
無力感が、声に滲んだ。
虚脱感が、顔に浮かんだ。
これまで有していたアクセス権限の、その大半が凍結された。
それが意味することは、プレシアが自分を必要としなくなったということ。
お前はもう当てにしていないから、非常事態を伝えるつもりもない、と、暗に示しているということだ。
そしてそれは、自分が殺し合いのフィールドに働きかけることが、事実上全くの不可能となったということを意味している。
そのくせモニターの監視機能は、未だ使用可能ときている。
これはなんという皮肉だ。
なんと陰惨で痛烈な三行半だ。
「指をくわえて見ていろと……そう言いたいのですか、プレシア……?」
◆
「さすがにプレシア・テスタロッサの使い魔……全くの馬鹿というわけではない、か」
ぽつり、と呟く女の声。
落ち着いた大人の女性といった声音の主は、黄金色に輝く双眸を、手元のモニターへと向けていた。
そこに映し出されているのは、かの猫の使い魔リニスの姿。
己の無力と絶望を噛み締め、呆然とした表情で、1人うなだれる無様な姿だ。
とはいえ自力でそこまでたどり着けたというのは、さすがは大魔導師の眷属といったところか。
(深刻に捉えすぎてるような気がしないでもないけど、まぁいいお灸にはなったんじゃないかしら)
リニスの推測通り、彼女は業を煮やしたプレシアの手によって、自らの管理権限を剥奪されていた。
それまで担当していた職務の数々は、このモニターを見やる女を含んだ、戦闘機人達に分配されている。
最初はプレシアも、外様に権力を与えていいものか少々迷ったようだが、
組織のけじめを保つためにも、結局はこうしてリニスへの懲罰を優先したのだ。
唯一使い魔の認識に間違いがあるとするなら、
これはあくまで力差を明確に示すための、一時的な罰則に過ぎないということか。
プレシアが言うには、あくまで第四回放送までの間頭を冷やさせるためのもので、
それで効果が見られたのなら――余計な行動を取る気が失せたようなら、厳重注意の後に権限を元に戻すつもりだという。
それにああも深刻なショックを受けているのは、やはりやましい意思があったということなのだろうか。
(さて……問題は彼女よりも、侵入者の方ね)
思考の矛先を切り替え、監視カメラの映像をシャットアウト。
その手元に映るモニターへと、ガジェットドローンの制御プログラムを呼び出す。
リニスの読み通り、この女は――いいや他の戦闘機人もまた、侵入者の存在を認知していた。
それこそ唯一彼女だけが、蚊帳の外へとはじき出されていたということだ。
(マリアージュはすぐに実戦投入可能だけど、今はまだ必要でもないか)
視線のみを傍らに流し、内心で呟く。
その目線の先に存在するのは、ガレアの王と称された少女。
小柄な身体を薄物に包み、オレンジ色の髪を垂らした、古代ベルカの冥府の炎王――イクスヴェリアだ。
洗脳プログラムの調整も、指揮権の剥奪も完了している。
ひとたび彼女を目覚めさせれば、屍の兵士マリアージュは、即座にこの女の下僕となり、彼女の指示するままに働くだろう。
しかし、今はまだその必要はない。
所詮ガレアの冥王は、もしもの時の備えでしかない。
高すぎる攻撃力と自爆能力を有した屍兵では、無用に建物を傷つけてしまう可能性もあるだろう。
故に、今はまだ必要がない。
今はガジェット達で様子見だ。
「頼むわよ、ガジェット達。私達のために邪魔者を見つけ出してちょうだい」
プレシアのために、とは言い切らなかった。
私達のために、とあえてぼかした。
女の指がしなやかに踊る。心無き魔導師殺し達へとタクトを振る。
機械人形のコンダクター――戦闘機人ナンバーⅠ・ウーノは、静かに蜘蛛の糸を張り巡らせていた。
【備考】
※リインフォースとアルフが、「首輪爆破の制御プログラム」「名簿」の二種のデータの存在を確認しました。
※リインフォースによる不正アクセスが、リニスに察知されました。
※第四回放送までの間、リニスのアクセス権限が大幅に制限されるようになりました。
監視映像の閲覧以外の、ほとんどの権限が凍結されています。
リインフォースとアルフの侵入も、リニスにのみ通達されていないようです。
※時の庭園内部に、ガジェットドローンⅠ型が複数配備されました。管制はウーノが行っているようです。
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