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「H激戦区/ハートのライダー」(2010/07/30 (金) 06:25:42) の最新版変更点
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*H激戦区/ハートのライダー ◆gFOqjEuBs6
スバルがその拳で漆黒のライダーを吹っ飛ばしたのとほぼ同時、こちらでも状況は変化しようとしていた。
緑の装甲の仮面ライダーが、赤いコートの男に羽交い締めにされ、子供の問答の様なやりとりを繰り返す。
我武者羅に腕を振るうだけでヴァッシュの腕から抜けられる訳も無く、そんなシュールな光景を延々と続けていたのだ。
次第に募りに募りまくった苛立ちもMAXを向かえたのか、キックホッパーの叫びがさらに甲高くなった、その時。
装着者である柊かがみの内側から聞こえて来る声は、かがみを安心させるものであった。
「あぁもう……わかったわよ、あんたに従う! だから話して……お願い」
「本当かい? 離した瞬間にドン、なんて御免だぜ?」
「あんたなら私にそんな隙を与えないでしょ? もう解ったから……鬱陶しいのよ。
話だけでも聞いてあげるから、離して。お願い」
「よし、解った」
果たして、ヴァッシュの口から発せられたのは、かがみが望んだ答え。
キックホッパーの仮面の下で、存外思い通りに事が進んだなと、不敵に唇をゆがめる。
ヴァッシュが自分に攻撃の隙を与えてはくれない? そんな事は素人のかがみに解る訳が無い。
全ては、かがみの中に潜むもう一人の人格の指示するままに動いた結果であった。
「ありが……とっ」
後は簡単だ。ヴァッシュの手が緩んだ瞬間に、かがみは軽く腰を叩いた。
同時に鳴り響く、「クロックアップ」の電子音声。齎されたのは、キックホッパーの加速。
周囲の時間軸を切り取り、自分を超高速の世界に顕在させる事で可能となる超加速だ。
これには流石のヴァッシュも、対応仕切れる筈も無かった。
「さて……とりあえず一発、いっちゃおうかしら」
驚いた表情のまま、スローモーションになってしまったヴァッシュを見据えて、不敵に告げる。
柊かがみの戦闘能力は素人同然ではあるが、それでも仮面ライダーの装甲は強力だ。
左脚を軸に、右脚を振り上げる。キックホッパーの得意とする蹴り技、それもミドルキック。
ヴァッシュの脇腹目掛けて、それを振り抜いた。
右脚がヴァッシュを叩いたのと同時、ヴァッシュの身体がゆっくりと宙に浮かんだ。
「次は、アイツね……スバル!」
何やら黒いライダーと言い合っているようだが、そんな事はお構いなしだ。
黒いライダーは既に戦闘不能に陥っているようだし、ライダーに邪魔をされる心配は無い。
心おきなくスバルを蹴る事が出来る。余裕の態度でスバルの傍らへと歩み寄り。
「――ふんっ!」
右側の脇腹へと、ミドルキックを叩き込んだ。
後は先程のヴァッシュと同じだ。スバルの身体が、ゆっくりと宙へ浮かび上がって行く。
これがクロックアップ空間の外であれば、きっと一瞬の出来事なのだろう。それはかがみ自身もすぐに知る事になる。
ヴァッシュとスバルを蹴り飛ばし、もう一度地に足を付けた時には、既にクロックアップは終了していた。
悠然と立ち尽くすキックホッパーの周囲で、同時に二つの呻き声が聞こえた。
一つはヴァッシュ。一つはスバル。重い蹴りを叩き込まれた二人のものだ。
「……なんだ、今の一撃で死ななかったんだ?」
心底つまらなさそうに呟いた。
今し方蹴り飛ばした二人ともが、呻きながらも何とか受身を取っていたのだ。
仮面ライダーの蹴りを受けて生きて居られる人間など居る訳が無い、と思ってはいたが、そこはかがみの判断ミス。
スバルもヴァッシュも、数えきれないほどの修羅場をくぐり抜けて来た戦士なのだ。
まともな蹴りのフォームすら知らない素人の一撃で殺される程柔では無い。
「かがみさん……! もう止めてくれ! こんな殺し合いを続けてちゃ、いつか君の命まで奪われてしまう!」
「うっさいわね……もう私の命なんてどうだっていいのよ! 皆殺して私も死ぬ! もう失う物なんて何もないのよ!」
ずっと一緒に生活して来た、たった一人の妹は目の前で殺された。
大勢の人の死を目の当たりにして、精神を病んでしまったかがみに最早希望は無い。
深い闇の様な絶望だけが、かがみの孤独を癒してくれるのだ。
絶望と激情に突き動かされるままに参加者を手当たり次第に殺して、最後は自分も死ぬ。
これは、柊かがみという弱い人間の精いっぱいの悪あがきであった。
左腕を庇う様に、先程吹っ飛ばしたスバルがゆらりと立ち上がった。
「……こなただって、諦めずに戦ってるんだよ……それなのに」
「どうせそのこなたも別の世界のこなたなんでしょ? なら私には関係無い事よ!」
「それでも、こなたがかがみさんの友達だって事に変わりはないでしょう!?
自分の世界の、自分の知る相手でなくとも、変わらず接してくれた人を、私は知ってる!」
スバルの言い分に、かがみが感じるのは怒り。
それも、大層な理由があってのものではない。単純な苛立ちから来るものだ。
確かに60人も居れば、スバルの言う様な御人好しが居ても不思議ではない。
だが、それを自分に押し付けて来る無責任さに、かがみは腹が立ったのだ。
「ならそいつは今何処に居るのよ……? もう死んじゃったんでしょ……?
そんな甘っちょろい事言ってるから、誰かに殺されちゃったんでしょ……!?」
スバルは答えない。悔しげに唇を噛み締め、ただ此方を睨み付けるだけだ。
ああ、スバルのあの目付きが気に入らない。圧倒的に不利なのに、勝てる見込みなんて無いのに、抵抗を止めない目だ。
かがみの言う事……理解は出来ても納得は出来ないと、そう言いたげな目だ。ああ、見てるだけで腹が立つ。
仲間と一緒に温い戦いを続けて来たスバルに、ずっと一人で戦ってきた自分の気持ちなど解られてたまるものか。
「所詮人間なんてそんなもんでしょ? 誰かの為にとか、守る為にとか、そんな事言ってる奴から死んで行くのよ」
そうだ。何も間違いは言っていない。
かがみは自分の為だけに戦う。もう誰も守る者なんて無いし、失う物もない。
足かせの無くなったかがみは、何に遠慮する事もなく、思うがままに戦える。
それこそが、本当の強さだ。それこそが、真の強者だ。
今までだって、そう思ってきた筈だ。
「私は今、本当の意味で強くなれた……今の私は、アンタ達なんかに負けない!」
怒りを吐き出すように怒鳴った後、かがみはベルトに手を伸ばした。
今のスバルは無防備だ。必殺技を叩き込めば、確実に殺す事が出来る。
もうこんな苛々する戦いは御免だ。これ以上余計な事を言われる前に、スバルには死んで貰う。
ホッパーゼクターの中心、タイフーンと呼ばれる部分を起点とするレバーを、押し倒した。
同時にキックホッパーの左足のアンカージャッキが作動。
身体が遥か上空へと跳ね上がり――
「死ぃねぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええッ!!!」
その身に稲妻を奔らせ、それら全てを左足へと集束させる。
タキオン粒子が駆け巡り、放たれるは目標を原子崩壊させる程の威力を秘めたキック。
仮面ライダーの必殺技であるライダーキックを受けては、一たまりも無いだろう。
重力に引かれるままに、キックホッパーの身体が落下しようとした、その時であった。
「きゃっ……?!」
彼方から駆け抜けた青白い閃光によって、キックホッパーの身体が爆ぜた。
上空で体勢を崩したキックホッパーに、その場で姿勢を矯正する事など出来はしない。
キックホッパーの身体は、受身すらもままならない姿勢のまま、真下へと落下した。
◆
わからない。わからない。わからない。わからない。
何度考えたって、何をどう考えたって、始の中で答えは出なかった。
そもそもどうして自分はこんなに悩んでいるのだろう。
どうしてこんな無駄な事を考えているのだろう。
それは、自分の中で次第に人間の心が大きくなっているからなのだが……。
始はそんな事実は認めないし、それに気付く事も無い。
だから何も解らずに、カリスは終わらない葛藤を繰り返す。
栗原親子と共に過ごす様になってから、始にとっては不可解の連続だった。
柄にもなく、人間を守る為に戦ったり。あの親子を守る為に戦ったり。
あの親子を傷つけられた時には、尋常でない怒りすら感じた。
これが、ギンガの言う人間としての強さ……という奴なのであろうか。
だが、怒りに任せて戦ったあの時の戦いは、ギンガの強さとは違う気がする。
(ああ……確かに、あいつは強かったな)
そんな事を始は思う。
始は、内心ではギンガを認めていたのだ。
本当は、誰よりも強いギンガの事を、認めていた筈なのだ。
だからこそ始は、死にゆくギンガの最期の願いを聞いた。
始の知る誰よりも気高く、人間として生き抜いたギンガの最期の願いを。
そして、スバルと接した今の始になら、あの願いの意味が解る気がする。
ギンガの口から告げられなかった言葉が、告げようとした言葉が、解る気がする。
(そうだ。ギンガは俺に、スバルを……皆を、守って欲しかったんだ)
ギンガらしい、真っ直ぐな願いだ。
だけど、今更それに気付いた所で遅い。
自分はもう、数えきれない程無駄な戦いを繰り返してきた。
今更誰かの為に戦おうだなんて、虫が良すぎるというものだ。
それに、始はまだ……自分が人間だと認めた訳ではない。
ギンガの頼みを聞いてやる義理だってないのだ。
だが、スバルが緑のライダーに吹っ飛ばされた時の感情は何だ。
怒りと同時に、何処か胸が苦しくなるような……不可解な感覚を感じた。
そして、スバルが無事だったと知った瞬間に込み上げて来た、安心にも似た感覚。
どういう事だ。何故化け物である自分が、こんな感情を持ってしまうのだ。
スバルが口を開く度に、緑のライダーが何かを言う度に、胸が締め付けられるような感覚を覚える。
「所詮人間なんてそんなもんでしょ? 誰かの為にとか、守る為にとか、そんな事言ってる奴から死んで行くのよ」
ああ、そうだ。その通りだ。
人間は無駄な物を背負い、無駄に死んでいく。
馬鹿な考えで、無駄に命を散らしたギンガはそのいい例だ。
それは始自身も良く解っている事だし、嫌という程に理解出来る。
だが……理解は出来ても、納得する事は出来なかった。
頭では解っていても、始の心の何処かが、それを否定するのだ。
(……違う。お前は、間違っている……)
誰かの為に、守る為に。
そんな馬鹿な理由の為に戦った女を、始は知っている。
御人好しで、馬鹿な奴だったが、あいつは誰よりも強かった。
自分達には無い輝きを……熱い心(ハート)の輝きを、あの女は持って居た。
「私は今、本当の意味で強くなれた……今の私は、アンタ達なんかに負けない!」
……違う。それは、違うんだ。
この緑のライダーは、大きな勘違いをしている。
それじゃ駄目なんだ。その強さは、ギンガを否定する。
認める訳には行かない。こいつの強さを認めれば、ギンガの強さが否定されてしまうから。
だが、何故自分はこんな事を考えているのだ。
何故ギンガを否定されるのが、こんなにも嫌なんだ。
ギンガの心の強さを否定されるのが、嫌で嫌でたまらないのだ。
……ああ、そうか。そういう事だったのか。
何となくではあるが、今ようやく解ったような気がする。
人の心の強さ……その意味が。ギンガを羨望していた、この心が。
自分も、気付かぬ内にギンガの影響を受けていたのだろう。
自分の知らないギンガの強さに、憧れにも似た感情を抱いていたのだろう。
その考えに至った時、いつの間にか、始の中の疑問符は消えていた。
緑のライダーに対する、強烈なまでの否定と、沸き起こる激情。
それらが、カリスの回復力を更に早める。
気付けば、痛みも忘れていた。
ふらりと立ち上がる。
今なら、迷い無く戦える気がする。
疑問も何も吹っ切った今、沸き上がるのは緑のライダーに対する闘争本能のみ。
そして、闘争本能が昂れば昂る程、自分の中のジョーカーが暴れ出す。
だけど、この力は使わないし、使えない。
今、本能の赴くままにこの力を使う事は、最悪の結果に繋がる。
そうだ。それは即ち、ギンガの想いを踏み躙る行為に繋がってしまうのだ。
ジョーカーの力は、相川始という一人の人間にとっての本当の強さでは無い。
心と理性で本能を抑え込み、カリスアローを構えた。
狙い定めるは、跳び上がった緑の仮面ライダー。
弓を引き絞り……青白い光弾を、発射した。
◆
この現場を見ていた全員に共通して言える事がある。
それは、今の一瞬で何が起こったのかが解らなかっただろう、という事。
スバルを蹴り殺そうと飛び上がったキックホッパーが、上空で爆ぜたのだ。
それを見ていた立会人も、下手をすれば下手人であるかがみにすらも状況は解らなかっただろう。
しかし、それも当然だ。こんな現実を、誰が想像出来ただろうか。
先程まで殺し合いに乗っていた人物が、誰かを助ける為に行動する等、誰に想像出来ただろうか。
……いや、誰にも想像出来なかったに違いない。
「あんた……弱ってると思って放っておけば、余計な真似を……!!」
「違う……貴様は間違って……ッ、ゥゥ……ァ……」
否定と同時に、声にならない呻きを上げたのは、カリス。
そして、そのまま床へと崩れ落ちる。力が抜けた様に、糸の切れた人形の様に。
両の掌を地べたに着かせ、カリスの仮面の下、苦しそうな呻きを漏らす。
同時に、カリスの身体に重なるように現れたのは、不気味な緑の影。
それは、全てを滅ぼす死神たる最強のアンデッドの影であった。
沸き起こる激情と闘争本能に、死神が触発されたのだろう。
だが、現れた影にそのまま包み込まれはしなかった。
影を振り払う様に、カリスがおもむろに立ち上がったのだ。
「何よ、あの化け物の姿になるならなりなさいよ。今の私なら、あんたなんか――」
「貴様如き、ジョーカーになるまでも無い……」
不敵に佇むキックホッパーを遮って、カリスが告げた。
カリスの脳裏を過るのは、今まで出会った大切な人達の記憶。
始が苦しんでいる時は、いつだって付き添って看病をしてくれた遥香。
始の事を慕い、いつだって信頼してくれる少女――天音。
そして、二人と共に過ごす内に知った、色んな事。
他愛ない思い出から、人間として大切だと思える想いで。
様々な思い出が駆け巡り、始の人間としての心を揺さぶる。
その感情が、体内で暴れ回るジョーカーの力を抑え込んで行く。
「へぇ……随分と見くびってくれるわね……いいわ、証明してあげる!」
刹那、電子音と共にキックホッパーの姿が掻き消えた。
次にキックホッパーが姿を現した時には、既にカリスのレンジ内。
既に見なれた、クロックアップによる超加速を用いての急接近。
装着者であるかがみの疲労が溜まって居たのか、攻撃に移る前に加速が終わったのが僥倖か。
高く振り上げた蹴り脚を防ぐべく、カリスが両の腕を振り上げるが――
「あんたなんかに、負ける訳が無いって事をね!!」
「ぐ……ぁぁ……ッ!!」
重いキックは、スバルの一撃で体力を削られた状態のカリスには堪えた。
キックを必殺技とするライダーの一撃は伊達では無く、そう簡単に受け切れる訳も無い。
未だ足取りの覚束ないカリスにその攻撃を凌ぐ事は当然不可能で、カリスの身体は遥か後方へと吹っ飛んだ。
そのままホテルの内装の壁に激突したカリスは、力無く床へとずり落ちる。
それから間もなく、再びカリスの身体に重なるのは、緑の死神――ジョーカーの面影。
ジョーカーの姿になれば、こんな仮面ライダーに遅れは取らない。
ジョーカーになってしまえば、こんな仮面ライダー簡単に捻り潰せる。
だけど、カリスはジョーカーにはならない。ならないと誓ったのだ。
表に出ようとするもう一人の自分を振り払う様に、再びカリスが立ち上がった。
「こんなものは、本当の強さじゃない……」
「さっきから訳のわからない事を。あんたの本当の強さが、緑の化け物だって事ならもう解ってるのよ!」
「違う……! 俺は……ジョーカーには、戻らない……!」
「何……?」
それを宣言すると同時、カリスの身体が一気に軽くなった。
いつも通りのファイティングポーズ。腰を低く落として、構える。
カリスのハートの複眼が――熱い心(ハート)の輝きを宿した赤の瞳が、美しく煌めいた。
それはまさしく、人の「心」を現す「ハート」に相応しい、美しい煌めき。
ハートのライダーとして選ばれた戦士、相川始として――仮面ライダーカリスとして。
両腕を広げ、腰を低く落とした姿勢のまま、カリスは走り出した。
「トゥェッ!!」
「……ッ!?」
次の瞬間には、まるで野生の獣のように飛び掛っていた。
キックホッパーの突き出た両肩をその手に掴み、そのまま押し倒す。
押し倒した勢いでもつれ合った二人は、ホテルの床をごろごろと転がっていく。
だが、意外にもすぐに解放されたのはキックホッパーの方であった。
転がり様に距離を置いて立ち上がったホッパーが、カリスを視線に捉える。
対するカリスは、いつでも受け切れるように、両手を軽く掲げ、構える。
一拍の間を置いて、ホッパーが怒号を上げて駆け出した。
「ハァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
一撃目は、右上段からのハイキック。振り上げた腕で、容易く振り払った。
二撃目は、左中段からのミドルキック。これも同様、カリスの腕に阻まれ、打ち落される。
我武者羅になって右のストレートパンチを繰り出すも、そんな単調な攻撃は絶対に通らない。
突き出したホッパーの腕は、逆にカリスの腕に捻り上げられる。
「トゥッ!」
「……痛ッ!?」
そのままの勢いで、カリスが繰り出したのは左右交互の1・2パンチ。
パンチ二つをヒヒイロノカネで造られた装甲で受け止めるも、カリスの攻撃力は殺し切れない。
カリスの戦闘力の高さは浅倉との戦いで窺い知ってはいた事だろう。
だが、今のカリスを突き動かすのは、あの時とは決定的に違う感情だ。
カリス自身にも解る。あの時とは、比べ物にならない程の力が湧いてくる。
すぐにカリスはホッパーの上段を飛び越え、背後へと回った。
「ちょこまかと……!」
すぐに振り向き、ハイキックを浴びせようと脚を振り上げるホッパー。
だが、何度やっても同じことだ。カリスにはそんな単調な攻撃は通じはしない。
上体を僅かに屈める事で蹴り脚を回避。矢継ぎ早に、何処かから取り出したのはカリスアロー。
それを舞う様に振るい、ホッパーの装甲を切り裂いた。
攻撃を受けて、派手に舞い散る火花と共に、ホッパーが数歩後退。
「本当に強いのは――!」
カリスが、唸る様に怒号を上げる。
思い出すのは、全ての始まりたる栗原晋の記憶。
自分に命を奪われたも同然なのに、あの男は自分に家族を託した。
あの男は、見ず知らずの自分に、掛け替えのない家族を託したのだ。
最期の力を振り絞って優先した願いは、自分よりも家族の事だった。
大切な人を守って欲しい。その願いを受けた始は、栗原家へと向かった。
その時は理解出来なかったが……始は、晋の家族を思う心に突き動かされたのだ。
吹きつのる愛に突き動かされて、始はあの家族を守ると誓ったのだ。
何故そうまで出来るのか、始にはずっと解らなかった。
だけど、それこそが人間の心の強さなのだと、今なら解る。
「強いのは――ッ!!」
再び向かってきたホッパーの蹴りを交わし、続けざまにカリスアローを振るう。
胸部装甲を切り裂かれたホッパーの、声にならない悲鳴。それを掻き消す様に、もう一撃。
連撃によるダメージによってよろけるホッパーの背後へと飛び上がった。
――ありがとう……ござ、います。あと……なのはさんと、フェイトさん……はやて部隊長、それにスバルと……キャロに会ったら――
思いだすのは、数時間前に出会った一人の少女。
奴は、自分を人間だと言ってくれた。奴は、こんな自分を信じてくれた。
本当は自分だって人間では無いのに……いや、だからこそだろうか。
彼女は誰よりも人間らしく、そして誰よりも強く、気高い人間であった。
では、その強さとは何か。その強さこそが、人間らしさの成せる業。
人の心。人の想い。優しさや、愛情。それこそが、人間が持つ真の強さ。
そして、そんな彼女が最期に託したのは、やはり自分では無く、他の誰かだった。
ギンガは最後の最後に、自分の命よりも優先して、スバルや、その仲間達を守ってほしいと願った。
(そうだ……本当に強いのはッ!!)
パニックに陥ったホッパーは、やはり我武者羅に腕を振るう。
本当の意味で強い人間と言うのは、こんな奴の事を言うのではない。
自分の為に、他者を殺す。そうまでして、自分一人で生き残ろうとする。
この緑の仮面ライダーは、最早人間の心を持っているとは言えない。
そんな奴の攻撃に当たる訳もなく、カウンターを入れるのはカリスの醒弓。
一撃、二撃とホッパーの身体を切り裂き――跳び上がった。
――始さん!――
脳裏を過る声は、誰のものであったか。
そうだ。今まで自分の事を、人間として接してくれた皆の声だ。
あの家族と、ギンガ・ナカジマの声。それが、自分を人間へと引き戻してくれる。
(今なら解る……! これが、この力が――)
次いで思い浮かべるのは、いくつもの顔だ。
大切な家族を、自分に託して死んでしまった晋さん。
見ず知らずの自分を、家族として受け入れてくれた遥香さん。
何時だって自分の事を慕って、色んな感情を教えてくれた天音ちゃん。
そして、最期まで自分を人間だと信じて戦い抜き、命を落としたギンガ。
それら全てが、カリスに力を与え――繰り出される一撃。
「――人の、想いだッ!!」
色んな人の想い。人間としての想い。
それらを乗せた乗せた最後の一撃は、渾身の力を込めたカリスの飛び蹴りだった。
正面からまともにその一撃を受けたホッパーは後方まで吹っ飛び、近くに備え付けられていたテーブルへと倒れ込んだ。
テーブルはホッパーの体重に耐えきる事は無く、見事に真っ二つに破壊。
ホッパーも度重なるダメージに変身状態を保って居られなくなったのか、緑の装甲は粒子になって崩れ落ちた。
そこにいるのは、漆黒の仮面ライダー・カリスと、一人の紫髪の少女のみ。
戦いは、完全にカリスの勝利に終わった。
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|~|投下順で読む|~|
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|~|スバル・ナカジマ|~|
|~|相川始|~|
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|~|ヴィヴィオ|~|
|~|八神はやて(StS)|~|
|~|金居|~|
|~|エネル|~|
*H激戦区/ハートのライダー ◆gFOqjEuBs6
スバルがその拳で漆黒のライダーを吹っ飛ばしたのとほぼ同時、こちらでも状況は変化しようとしていた。
緑の装甲の仮面ライダーが、赤いコートの男に羽交い締めにされ、子供の問答の様なやりとりを繰り返す。
我武者羅に腕を振るうだけでヴァッシュの腕から抜けられる訳も無く、そんなシュールな光景を延々と続けていたのだ。
次第に募りに募りまくった苛立ちもMAXを向かえたのか、キックホッパーの叫びがさらに甲高くなった、その時。
装着者である柊かがみの内側から聞こえて来る声は、かがみを安心させるものであった。
「あぁもう……わかったわよ、あんたに従う! だから話して……お願い」
「本当かい? 離した瞬間にドン、なんて御免だぜ?」
「あんたなら私にそんな隙を与えないでしょ? もう解ったから……鬱陶しいのよ。
話だけでも聞いてあげるから、離して。お願い」
「よし、解った」
果たして、ヴァッシュの口から発せられたのは、かがみが望んだ答え。
キックホッパーの仮面の下で、存外思い通りに事が進んだなと、不敵に唇をゆがめる。
ヴァッシュが自分に攻撃の隙を与えてはくれない? そんな事は素人のかがみに解る訳が無い。
全ては、かがみの中に潜むもう一人の人格の指示するままに動いた結果であった。
「ありが……とっ」
後は簡単だ。ヴァッシュの手が緩んだ瞬間に、かがみは軽く腰を叩いた。
同時に鳴り響く、「クロックアップ」の電子音声。齎されたのは、キックホッパーの加速。
周囲の時間軸を切り取り、自分を超高速の世界に顕在させる事で可能となる超加速だ。
これには流石のヴァッシュも、対応仕切れる筈も無かった。
「さて……とりあえず一発、いっちゃおうかしら」
驚いた表情のまま、スローモーションになってしまったヴァッシュを見据えて、不敵に告げる。
柊かがみの戦闘能力は素人同然ではあるが、それでも仮面ライダーの装甲は強力だ。
左脚を軸に、右脚を振り上げる。キックホッパーの得意とする蹴り技、それもミドルキック。
ヴァッシュの脇腹目掛けて、それを振り抜いた。
右脚がヴァッシュを叩いたのと同時、ヴァッシュの身体がゆっくりと宙に浮かんだ。
「次は、アイツね……スバル!」
何やら黒いライダーと言い合っているようだが、そんな事はお構いなしだ。
黒いライダーは既に戦闘不能に陥っているようだし、ライダーに邪魔をされる心配は無い。
心おきなくスバルを蹴る事が出来る。余裕の態度でスバルの傍らへと歩み寄り。
「――ふんっ!」
右側の脇腹へと、ミドルキックを叩き込んだ。
後は先程のヴァッシュと同じだ。スバルの身体が、ゆっくりと宙へ浮かび上がって行く。
これがクロックアップ空間の外であれば、きっと一瞬の出来事なのだろう。それはかがみ自身もすぐに知る事になる。
ヴァッシュとスバルを蹴り飛ばし、もう一度地に足を付けた時には、既にクロックアップは終了していた。
悠然と立ち尽くすキックホッパーの周囲で、同時に二つの呻き声が聞こえた。
一つはヴァッシュ。一つはスバル。重い蹴りを叩き込まれた二人のものだ。
「……なんだ、今の一撃で死ななかったんだ?」
心底つまらなさそうに呟いた。
今し方蹴り飛ばした二人ともが、呻きながらも何とか受身を取っていたのだ。
仮面ライダーの蹴りを受けて生きて居られる人間など居る訳が無い、と思ってはいたが、そこはかがみの判断ミス。
スバルもヴァッシュも、数えきれないほどの修羅場をくぐり抜けて来た戦士なのだ。
まともな蹴りのフォームすら知らない素人の一撃で殺される程柔では無い。
「かがみさん……! もう止めてくれ! こんな殺し合いを続けてちゃ、いつか君の命まで奪われてしまう!」
「うっさいわね……もう私の命なんてどうだっていいのよ! 皆殺して私も死ぬ! もう失う物なんて何もないのよ!」
ずっと一緒に生活して来た、たった一人の妹は目の前で殺された。
大勢の人の死を目の当たりにして、精神を病んでしまったかがみに最早希望は無い。
深い闇の様な絶望だけが、かがみの孤独を癒してくれるのだ。
絶望と激情に突き動かされるままに参加者を手当たり次第に殺して、最後は自分も死ぬ。
これは、柊かがみという弱い人間の精いっぱいの悪あがきであった。
左腕を庇う様に、先程吹っ飛ばしたスバルがゆらりと立ち上がった。
「……こなただって、諦めずに戦ってるんだよ……それなのに」
「どうせそのこなたも別の世界のこなたなんでしょ? なら私には関係無い事よ!」
「それでも、こなたがかがみさんの友達だって事に変わりはないでしょう!?
自分の世界の、自分の知る相手でなくとも、変わらず接してくれた人を、私は知ってる!」
スバルの言い分に、かがみが感じるのは怒り。
それも、大層な理由があってのものではない。単純な苛立ちから来るものだ。
確かに60人も居れば、スバルの言う様な御人好しが居ても不思議ではない。
だが、それを自分に押し付けて来る無責任さに、かがみは腹が立ったのだ。
「ならそいつは今何処に居るのよ……? もう死んじゃったんでしょ……?
そんな甘っちょろい事言ってるから、誰かに殺されちゃったんでしょ……!?」
スバルは答えない。悔しげに唇を噛み締め、ただ此方を睨み付けるだけだ。
ああ、スバルのあの目付きが気に入らない。圧倒的に不利なのに、勝てる見込みなんて無いのに、抵抗を止めない目だ。
かがみの言う事……理解は出来ても納得は出来ないと、そう言いたげな目だ。ああ、見てるだけで腹が立つ。
仲間と一緒に温い戦いを続けて来たスバルに、ずっと一人で戦ってきた自分の気持ちなど解られてたまるものか。
「所詮人間なんてそんなもんでしょ? 誰かの為にとか、守る為にとか、そんな事言ってる奴から死んで行くのよ」
そうだ。何も間違いは言っていない。
かがみは自分の為だけに戦う。もう誰も守る者なんて無いし、失う物もない。
足かせの無くなったかがみは、何に遠慮する事もなく、思うがままに戦える。
それこそが、本当の強さだ。それこそが、真の強者だ。
今までだって、そう思ってきた筈だ。
「私は今、本当の意味で強くなれた……今の私は、アンタ達なんかに負けない!」
怒りを吐き出すように怒鳴った後、かがみはベルトに手を伸ばした。
今のスバルは無防備だ。必殺技を叩き込めば、確実に殺す事が出来る。
もうこんな苛々する戦いは御免だ。これ以上余計な事を言われる前に、スバルには死んで貰う。
ホッパーゼクターの中心、タイフーンと呼ばれる部分を起点とするレバーを、押し倒した。
同時にキックホッパーの左足のアンカージャッキが作動。
身体が遥か上空へと跳ね上がり――
「死ぃねぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええッ!!!」
その身に稲妻を奔らせ、それら全てを左足へと集束させる。
タキオン粒子が駆け巡り、放たれるは目標を原子崩壊させる程の威力を秘めたキック。
仮面ライダーの必殺技であるライダーキックを受けては、一たまりも無いだろう。
重力に引かれるままに、キックホッパーの身体が落下しようとした、その時であった。
「きゃっ……?!」
彼方から駆け抜けた青白い閃光によって、キックホッパーの身体が爆ぜた。
上空で体勢を崩したキックホッパーに、その場で姿勢を矯正する事など出来はしない。
キックホッパーの身体は、受身すらもままならない姿勢のまま、真下へと落下した。
◆
わからない。わからない。わからない。わからない。
何度考えたって、何をどう考えたって、始の中で答えは出なかった。
そもそもどうして自分はこんなに悩んでいるのだろう。
どうしてこんな無駄な事を考えているのだろう。
それは、自分の中で次第に人間の心が大きくなっているからなのだが……。
始はそんな事実は認めないし、それに気付く事も無い。
だから何も解らずに、カリスは終わらない葛藤を繰り返す。
栗原親子と共に過ごす様になってから、始にとっては不可解の連続だった。
柄にもなく、人間を守る為に戦ったり。あの親子を守る為に戦ったり。
あの親子を傷つけられた時には、尋常でない怒りすら感じた。
これが、ギンガの言う人間としての強さ……という奴なのであろうか。
だが、怒りに任せて戦ったあの時の戦いは、ギンガの強さとは違う気がする。
(ああ……確かに、あいつは強かったな)
そんな事を始は思う。
始は、内心ではギンガを認めていたのだ。
本当は、誰よりも強いギンガの事を、認めていた筈なのだ。
だからこそ始は、死にゆくギンガの最期の願いを聞いた。
始の知る誰よりも気高く、人間として生き抜いたギンガの最期の願いを。
そして、スバルと接した今の始になら、あの願いの意味が解る気がする。
ギンガの口から告げられなかった言葉が、告げようとした言葉が、解る気がする。
(そうだ。ギンガは俺に、スバルを……皆を、守って欲しかったんだ)
ギンガらしい、真っ直ぐな願いだ。
だけど、今更それに気付いた所で遅い。
自分はもう、数えきれない程無駄な戦いを繰り返してきた。
今更誰かの為に戦おうだなんて、虫が良すぎるというものだ。
それに、始はまだ……自分が人間だと認めた訳ではない。
ギンガの頼みを聞いてやる義理だってないのだ。
だが、スバルが緑のライダーに吹っ飛ばされた時の感情は何だ。
怒りと同時に、何処か胸が苦しくなるような……不可解な感覚を感じた。
そして、スバルが無事だったと知った瞬間に込み上げて来た、安心にも似た感覚。
どういう事だ。何故化け物である自分が、こんな感情を持ってしまうのだ。
スバルが口を開く度に、緑のライダーが何かを言う度に、胸が締め付けられるような感覚を覚える。
「所詮人間なんてそんなもんでしょ? 誰かの為にとか、守る為にとか、そんな事言ってる奴から死んで行くのよ」
ああ、そうだ。その通りだ。
人間は無駄な物を背負い、無駄に死んでいく。
馬鹿な考えで、無駄に命を散らしたギンガはそのいい例だ。
それは始自身も良く解っている事だし、嫌という程に理解出来る。
だが……理解は出来ても、納得する事は出来なかった。
頭では解っていても、始の心の何処かが、それを否定するのだ。
(……違う。お前は、間違っている……)
誰かの為に、守る為に。
そんな馬鹿な理由の為に戦った女を、始は知っている。
御人好しで、馬鹿な奴だったが、あいつは誰よりも強かった。
自分達には無い輝きを……熱い心(ハート)の輝きを、あの女は持って居た。
「私は今、本当の意味で強くなれた……今の私は、アンタ達なんかに負けない!」
……違う。それは、違うんだ。
この緑のライダーは、大きな勘違いをしている。
それじゃ駄目なんだ。その強さは、ギンガを否定する。
認める訳には行かない。こいつの強さを認めれば、ギンガの強さが否定されてしまうから。
だが、何故自分はこんな事を考えているのだ。
何故ギンガを否定されるのが、こんなにも嫌なんだ。
ギンガの心の強さを否定されるのが、嫌で嫌でたまらないのだ。
……ああ、そうか。そういう事だったのか。
何となくではあるが、今ようやく解ったような気がする。
人の心の強さ……その意味が。ギンガを羨望していた、この心が。
自分も、気付かぬ内にギンガの影響を受けていたのだろう。
自分の知らないギンガの強さに、憧れにも似た感情を抱いていたのだろう。
その考えに至った時、いつの間にか、始の中の疑問符は消えていた。
緑のライダーに対する、強烈なまでの否定と、沸き起こる激情。
それらが、カリスの回復力を更に早める。
気付けば、痛みも忘れていた。
ふらりと立ち上がる。
今なら、迷い無く戦える気がする。
疑問も何も吹っ切った今、沸き上がるのは緑のライダーに対する闘争本能のみ。
そして、闘争本能が昂れば昂る程、自分の中のジョーカーが暴れ出す。
だけど、この力は使わないし、使えない。
今、本能の赴くままにこの力を使う事は、最悪の結果に繋がる。
そうだ。それは即ち、ギンガの想いを踏み躙る行為に繋がってしまうのだ。
ジョーカーの力は、相川始という一人の人間にとっての本当の強さでは無い。
心と理性で本能を抑え込み、カリスアローを構えた。
狙い定めるは、跳び上がった緑の仮面ライダー。
弓を引き絞り……青白い光弾を、発射した。
◆
この現場を見ていた全員に共通して言える事がある。
それは、今の一瞬で何が起こったのかが解らなかっただろう、という事。
スバルを蹴り殺そうと飛び上がったキックホッパーが、上空で爆ぜたのだ。
それを見ていた立会人も、下手をすれば下手人であるかがみにすらも状況は解らなかっただろう。
しかし、それも当然だ。こんな現実を、誰が想像出来ただろうか。
先程まで殺し合いに乗っていた人物が、誰かを助ける為に行動する等、誰に想像出来ただろうか。
……いや、誰にも想像出来なかったに違いない。
「あんた……弱ってると思って放っておけば、余計な真似を……!!」
「違う……貴様は間違って……ッ、ゥゥ……ァ……」
否定と同時に、声にならない呻きを上げたのは、カリス。
そして、そのまま床へと崩れ落ちる。力が抜けた様に、糸の切れた人形の様に。
両の掌を地べたに着かせ、カリスの仮面の下、苦しそうな呻きを漏らす。
同時に、カリスの身体に重なるように現れたのは、不気味な緑の影。
それは、全てを滅ぼす死神たる最強のアンデッドの影であった。
沸き起こる激情と闘争本能に、死神が触発されたのだろう。
だが、現れた影にそのまま包み込まれはしなかった。
影を振り払う様に、カリスがおもむろに立ち上がったのだ。
「何よ、あの化け物の姿になるならなりなさいよ。今の私なら、あんたなんか――」
「貴様如き、ジョーカーになるまでも無い……」
不敵に佇むキックホッパーを遮って、カリスが告げた。
カリスの脳裏を過るのは、今まで出会った大切な人達の記憶。
始が苦しんでいる時は、いつだって付き添って看病をしてくれた遥香。
始の事を慕い、いつだって信頼してくれる少女――天音。
そして、二人と共に過ごす内に知った、色んな事。
他愛ない思い出から、人間として大切だと思える想いで。
様々な思い出が駆け巡り、始の人間としての心を揺さぶる。
その感情が、体内で暴れ回るジョーカーの力を抑え込んで行く。
「へぇ……随分と見くびってくれるわね……いいわ、証明してあげる!」
刹那、電子音と共にキックホッパーの姿が掻き消えた。
次にキックホッパーが姿を現した時には、既にカリスのレンジ内。
既に見なれた、クロックアップによる超加速を用いての急接近。
装着者であるかがみの疲労が溜まって居たのか、攻撃に移る前に加速が終わったのが僥倖か。
高く振り上げた蹴り脚を防ぐべく、カリスが両の腕を振り上げるが――
「あんたなんかに、負ける訳が無いって事をね!!」
「ぐ……ぁぁ……ッ!!」
重いキックは、スバルの一撃で体力を削られた状態のカリスには堪えた。
キックを必殺技とするライダーの一撃は伊達では無く、そう簡単に受け切れる訳も無い。
未だ足取りの覚束ないカリスにその攻撃を凌ぐ事は当然不可能で、カリスの身体は遥か後方へと吹っ飛んだ。
そのままホテルの内装の壁に激突したカリスは、力無く床へとずり落ちる。
それから間もなく、再びカリスの身体に重なるのは、緑の死神――ジョーカーの面影。
ジョーカーの姿になれば、こんな仮面ライダーに遅れは取らない。
ジョーカーになってしまえば、こんな仮面ライダー簡単に捻り潰せる。
だけど、カリスはジョーカーにはならない。ならないと誓ったのだ。
表に出ようとするもう一人の自分を振り払う様に、再びカリスが立ち上がった。
「こんなものは、本当の強さじゃない……」
「さっきから訳のわからない事を。あんたの本当の強さが、緑の化け物だって事ならもう解ってるのよ!」
「違う……! 俺は……ジョーカーには、戻らない……!」
「何……?」
それを宣言すると同時、カリスの身体が一気に軽くなった。
いつも通りのファイティングポーズ。腰を低く落として、構える。
カリスのハートの複眼が――熱い心(ハート)の輝きを宿した赤の瞳が、美しく煌めいた。
それはまさしく、人の「心」を現す「ハート」に相応しい、美しい煌めき。
ハートのライダーとして選ばれた戦士、相川始として――仮面ライダーカリスとして。
両腕を広げ、腰を低く落とした姿勢のまま、カリスは走り出した。
「トゥェッ!!」
「……ッ!?」
次の瞬間には、まるで野生の獣のように飛び掛っていた。
キックホッパーの突き出た両肩をその手に掴み、そのまま押し倒す。
押し倒した勢いでもつれ合った二人は、ホテルの床をごろごろと転がっていく。
だが、意外にもすぐに解放されたのはキックホッパーの方であった。
転がり様に距離を置いて立ち上がったホッパーが、カリスを視線に捉える。
対するカリスは、いつでも受け切れるように、両手を軽く掲げ、構える。
一拍の間を置いて、ホッパーが怒号を上げて駆け出した。
「ハァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
一撃目は、右上段からのハイキック。振り上げた腕で、容易く振り払った。
二撃目は、左中段からのミドルキック。これも同様、カリスの腕に阻まれ、打ち落される。
我武者羅になって右のストレートパンチを繰り出すも、そんな単調な攻撃は絶対に通らない。
突き出したホッパーの腕は、逆にカリスの腕に捻り上げられる。
「トゥッ!」
「……痛ッ!?」
そのままの勢いで、カリスが繰り出したのは左右交互の1・2パンチ。
パンチ二つをヒヒイロノカネで造られた装甲で受け止めるも、カリスの攻撃力は殺し切れない。
カリスの戦闘力の高さは浅倉との戦いで窺い知ってはいた事だろう。
だが、今のカリスを突き動かすのは、あの時とは決定的に違う感情だ。
カリス自身にも解る。あの時とは、比べ物にならない程の力が湧いてくる。
すぐにカリスはホッパーの上段を飛び越え、背後へと回った。
「ちょこまかと……!」
すぐに振り向き、ハイキックを浴びせようと脚を振り上げるホッパー。
だが、何度やっても同じことだ。カリスにはそんな単調な攻撃は通じはしない。
上体を僅かに屈める事で蹴り脚を回避。矢継ぎ早に、何処かから取り出したのはカリスアロー。
それを舞う様に振るい、ホッパーの装甲を切り裂いた。
攻撃を受けて、派手に舞い散る火花と共に、ホッパーが数歩後退。
「本当に強いのは――!」
カリスが、唸る様に怒号を上げる。
思い出すのは、全ての始まりたる栗原晋の記憶。
自分に命を奪われたも同然なのに、あの男は自分に家族を託した。
あの男は、見ず知らずの自分に、掛け替えのない家族を託したのだ。
最期の力を振り絞って優先した願いは、自分よりも家族の事だった。
大切な人を守って欲しい。その願いを受けた始は、栗原家へと向かった。
その時は理解出来なかったが……始は、晋の家族を思う心に突き動かされたのだ。
吹きつのる愛に突き動かされて、始はあの家族を守ると誓ったのだ。
何故そうまで出来るのか、始にはずっと解らなかった。
だけど、それこそが人間の心の強さなのだと、今なら解る。
「強いのは――ッ!!」
再び向かってきたホッパーの蹴りを交わし、続けざまにカリスアローを振るう。
胸部装甲を切り裂かれたホッパーの、声にならない悲鳴。それを掻き消す様に、もう一撃。
連撃によるダメージによってよろけるホッパーの背後へと飛び上がった。
――ありがとう……ござ、います。あと……なのはさんと、フェイトさん……はやて部隊長、それにスバルと……キャロに会ったら――
思いだすのは、数時間前に出会った一人の少女。
奴は、自分を人間だと言ってくれた。奴は、こんな自分を信じてくれた。
本当は自分だって人間では無いのに……いや、だからこそだろうか。
彼女は誰よりも人間らしく、そして誰よりも強く、気高い人間であった。
では、その強さとは何か。その強さこそが、人間らしさの成せる業。
人の心。人の想い。優しさや、愛情。それこそが、人間が持つ真の強さ。
そして、そんな彼女が最期に託したのは、やはり自分では無く、他の誰かだった。
ギンガは最後の最後に、自分の命よりも優先して、スバルや、その仲間達を守ってほしいと願った。
(そうだ……本当に強いのはッ!!)
パニックに陥ったホッパーは、やはり我武者羅に腕を振るう。
本当の意味で強い人間と言うのは、こんな奴の事を言うのではない。
自分の為に、他者を殺す。そうまでして、自分一人で生き残ろうとする。
この緑の仮面ライダーは、最早人間の心を持っているとは言えない。
そんな奴の攻撃に当たる訳もなく、カウンターを入れるのはカリスの醒弓。
一撃、二撃とホッパーの身体を切り裂き――跳び上がった。
――始さん!――
脳裏を過る声は、誰のものであったか。
そうだ。今まで自分の事を、人間として接してくれた皆の声だ。
あの家族と、ギンガ・ナカジマの声。それが、自分を人間へと引き戻してくれる。
(今なら解る……! これが、この力が――)
次いで思い浮かべるのは、いくつもの顔だ。
大切な家族を、自分に託して死んでしまった晋さん。
見ず知らずの自分を、家族として受け入れてくれた遥香さん。
何時だって自分の事を慕って、色んな感情を教えてくれた天音ちゃん。
そして、最期まで自分を人間だと信じて戦い抜き、命を落としたギンガ。
それら全てが、カリスに力を与え――繰り出される一撃。
「――人の、想いだッ!!」
色んな人の想い。人間としての想い。
それらを乗せた乗せた最後の一撃は、渾身の力を込めたカリスの飛び蹴りだった。
正面からまともにその一撃を受けたホッパーは後方まで吹っ飛び、近くに備え付けられていたテーブルへと倒れ込んだ。
テーブルはホッパーの体重に耐えきる事は無く、見事に真っ二つに破壊。
ホッパーも度重なるダメージに変身状態を保って居られなくなったのか、緑の装甲は粒子になって崩れ落ちた。
そこにいるのは、漆黒の仮面ライダー・カリスと、一人の紫髪の少女のみ。
戦いは、完全にカリスの勝利に終わった。
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