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童子切丸は砕けない(前編) ◆jiPkKgmerY




「行けども行けども闇ばかりか……人っ子一人いやしない」

地図でいうG-7に位置する市街地にて、褐色肌の女性――インテグラルが苛立ちを込め呟いた。
その端正な顔には多少の疲労の色が張り付いているが、今だ足取りはしっかりとしていて力強い。
それどころか苛立ちにより歩くペースが着実に上がってきている気さえする。

「辺りも静かですし……近くに人は居ないのかもしれませんね」

その歩調に苦労しながらも並行して歩く一人の少女――ギンガ・ナカジマ。
最早、早歩きと言える速度で歩くインテグラルに置いて行かれぬよう、必死に足を動かしている。
だがその割には、しっかりと周辺を警戒していて、その身振りには隙がない。


(――侮れない少女だ)


心の中で感服しながらインテグラは、今日何本目か分からない葉巻に火をつける。
美味、という言葉以外、形容のしようがない紫煙を堪能しつつ、インテグラは口
を開いた。


「分からないぞ。息を潜め、影から狙っている輩も居るかもしれん。警戒だけは怠るな」
「はい、分かってます」

小さく答を返しながらギンガは、インテグラルに感嘆を覚えていた。
常に鋭敏な空気を纏い、周囲に視線を送っている。
また、一挙一動に油断というものがなく、見ているだけで実力者だという事が分かる。
一般人なら錯乱してもおかしくない状況でも落ち着いているし、自らの道を迷う事なく進んでいる。


――自分はどうなのだろう。
そんなインテグラの姿を見ていると、ふとそんな考えが脳裏をよぎる。


この殺し合いにて自分は何をするべきなのか。

機動六課の仲間達との合流?
妹――スバル・ナカジマとの合流?
幼き頃の思い出に残る妖怪――殺生丸と出会う事?
会ってどうする?
殺生丸は敵として現れた、犯罪者だ。
もし殺し合いに乗っていたら?
その時は戦うしかない。
それは分かっている、だが勝てるのか?
デバイスもない今の自分が、妖怪という存在に?
もし殺生丸が殺し合いな乗ってなく、仲間とも合流できたらどうする?

首輪の解除?
それは可能なのか?
もし首輪の解除に成功し、会場から脱出できたとしてもプレシア・テスタロッサはどうする?

吸血鬼アーカードや、妖怪殺生丸さえもこの場に拉致する程の魔導師を捕まえられるのか?

まるで、灯り一つない真っ暗闇の中、巨大な迷路に放り投げられた気分だ。
何をどうすればゴールに辿り着けるのか。



考えても、考えても答えは出ない。
そもそもゴールはあるのか?
それすら分からない。



「――い、おい! 聞こえているのか、ギンガ・ナカジマ!」

唐突に声を掛けられた。
声のした方向には、呆れ顔でこちらを見ているインテグラの姿。

「は、はい、何か?」
「先程の轟音が聞こえなかったのか? 警戒を怠るなと言っただろう、全く……」

轟音?
何の事だ?
不思議に思いインテグラに質問をしてみると、長い長いため息の後教えてくれた。

何でもほんの少し前、何十もの木々が倒れたかのような、物凄い轟音が鳴り響いたらしい。
その事について意見を求めようと振り向いたら、小難しい顔で何かを思案している自分が居たとの事だ。

そこまで思考に集中していたのか。
恥ずかしさに自分の顔が赤くなっていくのが分かる。

「す……すみません、ちょっと考え事をしてまして……」
「まぁ良い、気にするな。……それで、だ。お前ならどうする?
行くか? 行かないか?」

その時のインテグラの顔には試すような色が含まれていた。
どうする、とは轟音の事についてだろう。
顎を抑え、数秒の思考。
脳細胞を活性化させ、自らが選ぶべき道を模索する。

インテグラの話によると轟音は相当な音量であったらしい。
だがそれにも関わらず、この場からそのような轟音が起こる為の破壊現象は視認できない。
それらの事から破壊現象は距離が離れて場所で起こった事が分かる。
その上、インテグラの耳にハッキリと届く程の轟音。
相当な規模の破壊であったのだろう。
それこそ隊長や副隊長達の魔法のような圧倒的な破壊をもたらす威力の攻撃。
もしかしたら、本当に隊長達なのかもしれない。
その可能性も充分に有り得るだろう。
だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。
――何故、轟音の主はそのような破壊活動を行ったのか?

仮説1.轟音の主は殺し合いに乗っていないが、相当な強敵と相対してしまい、それ程の威力の攻撃を使用しなくては生き残れない状況にあった。

仮説2.轟音の主は殺し合いに乗っており、相当な強敵を相手どり、殺害を目的として自身の能力を行使した。

仮説3.本人の能力ではなく支給品が関係しており、偶然、もしくは故意に能力を発動した。

こちらとして望むのは仮説1だ。
戦力としては申し分ないし、確実に味方となってくれるだろう。
次点が仮説3。
危うさはあるが、味方になるか敵になるかは五分五分。
行ってみる価値はあるかもしれない。
最悪なのは仮説2。
隊長級の力を持ち、人殺しを忌避しない危険な思想。
正直言えば、避けて通りたい相手だ。



自分の脳細胞が物凄い勢いで回転しているのが、分かる。
轟音の場に行くか、行かないか。
どちらもメリット、デメリットが存在する。
ここで最悪なのは判断ミスによる死。
一つの選択にも間違いは許されない――。


数秒の、だがギンガにてっては数分に感じる思考の後、ギンガは顔を上げる。
その顔に迷いはない。
ギンガの導いた答えは――

「……行きましょう。
誰かが襲われてるかもしれませんし、轟音を起こした者が殺し合いに乗っていない可能性だってあります。
もし、その人が殺し合いに乗っていたとしても、放置する事はできません。
……まだゲームは始まったばかりです。ここは引くタイミングではない。
――攻めていくべきです」

真っ直ぐに、インテグラの試すような瞳を見つめ返し、ギンガは一息に語った。
『轟音のした方へ向かう』
これがギンガの選んだ答え。
この選択が正解か不正解かは分からない。
でも、ここで引いてはいけないと思った。
ここで消極的な選択をすると、その先もズルズルと引っ張られていく。
メリットもデメリットも五分五分――ここは積極的に動くべきだ。

視線の先には力ある瞳でこちらを睨み続けるインテグラの姿。
インテグラの意見は違うのか。
目の前に立つ女性の、言い知れぬプレッシャーに、一粒の汗がギンガの頬を伝う。
痛いほどの沈黙の中、インテグラが口から紫煙を吐き出し、葉巻を地面に落とした。
足で火を消しながらインテグラは顔を上げ、そして。

「……やるな、ギンガ・ナカジマ」

――微笑みを浮かべ、そう言った。
それはまるで教師が優秀な生徒を褒める時に見せるような微笑み。

「正直言ってそこまでの思考力を持っているとは思わなかった。
私もお前の意見に賛成だ」

そう言うとインテグラは、その身に纏うコートを翻しつつ後ろに振り向く。
後ろ――つまり先程まで目指していた中心街とは真逆の、轟音のした方向。

「ちょ、ちょっと待って下さい! 良いんですか? もしかしたら危険な人物が居るかも……」
「さっきも言っただろう? お前の意見に賛成だと。それに消極的な策は私も好かん。
私達が狙うのはゲームの転覆だ。こんなところで引いてるようではそんな事は不可能。
…………それとも今になって怖じ気づいたか、ギンガ?」

フフンと鼻を鳴らし同時に、インテグラの顔に意地悪な笑みが浮かんだ。
その言葉に少し慌てたようにギンガが答える。

「そ、そんなんじゃありませんよ!」
「フフ、冗談だ。……それに試すような真似をして悪かった。
どうも浮き足立ってるように見えて、つい、な」

軽い口調とは逆に、物々しい態度で頭を下げるインテグラ。
――こういうところで、育ちが出るんだろうな。
そんなインテグラを見ながら、ギンガは妙な感心を覚えた。

「音のした方角は北東。さて、行くぞ」

再び歩き始めるインテグラ。
その威風堂々とした後ろ姿は、ギンガにとってこれ以上なく頼もしく感じた。



「地図によるとF-8は平野……先程のような轟音が鳴り響くとは思えない……」

G-7の北部。
目的地へと黙々と歩いている最中、インテグラが地図を取り出し、ポツリと呟いた。
何かを考えるかのように顎を押さえ、歩みを止めずに考え込む。

「? どういう事ですか?」

横を歩くギンガが疑問を投げ掛ける。
その言葉にインテグラは手を顎から離し、顔を上げた。

「お前は聞いてなかったから分からないかもしれないが、あの轟音は何かが破壊された音ではなかった」
「と……いうと?」
「些細な違いだがな……私には、あの音が『破壊された物が崩れ落ちる音』に聞
こえた」
「『破壊された物が崩れ落ちる』……?それは?」
「さっき言っただろ?……『何十もの木々が倒れたような音』だ。……まぁ、勘でしかないがな」

そこで言葉を切り、インテグラは懐に右手を突っ込んだ。
取り出した物は、やはり葉巻。
専用のカッターで先端を切り落とし、ライターで火をつけ、口へと運ぶ。
ギンガには理解できないであろうが、喫煙家にとってはこの煙こそが生活必需品。
ヘビースモーカーであるインテグラでは尚更だ。
煙の味を楽しみつつ、インテグラは口を開く。

「今私達が向かっている北東――F-8は、平野と記載されている。
平野に何十もの木々が立っているとは考えにくい。というとは、だ――」
「音の発生源はF-9、またはE-9の確率が高い、ということですね」

答を口にしたのは、インテグラではなくギンガであった。
意表を着かれたのか、インテグラの目が見開かれる。

「やるな……大当たりだ」
「ありがとうございます」

嬉しそうな笑みを浮かべ、礼を言うギンガ。
だが、それもほんの一瞬。
顔を引き締め、真剣な表情でインテグラへと向き直る。

「目的地はF-9またはE-9に変更ということですね。じゃあ出発しましょう」
「ああ、そうだな」

――やはりこの少女は頭が回る。
とても16の少女とは思えない思考能力に、感嘆の眼差しを向けるインテグラ。
しかし、次の瞬間インテグラの表情に怪訝そうな色が映った。

「? どうした、ギンガ・ナカジマ?」

それは突然であった。
会話をしている内に、ギンガの表情が、まるで信じられないものを見たかのように変わっていたのだ。
当然、インテグラには何が何だか分からない。


ギンガに問うも返答はなく、見開いた眼で何かを見つめ続けている。
その視線は、インテグラの頭越しに遥か彼方を捉えていて、微動だにしない。
不審に思いつつもギンガの視線を辿り、その先――自分の後方へと振り向く。

その瞳に映ったものは――



最強の血を受け継げし妖怪、殺生丸は月光に照らされながら空を舞っていた。
背中にはいまだ気を失っている少女、キャロ・ル・ルシエの姿。




ガソリンスタンドにて考えに考えた挙げ句、彼が選択した答えは少女を連れての行動。
明らかにデメリットの多い選択肢。
たが、彼の中の何かがそちらを選択させた。
冷血なだけの妖怪ならば選ぶはずのないソレを――。

(どうかしている)

この娘は自分とは全く関係がない。
元の世界で匿っていた少女とも違うし、異世界で出会った召喚師の娘とも違う。
むしろ敵側に位置する人間だ。
それを何故……。


先程から、殺生丸の脳裏には同じ葛藤が廻り続けている。
答えなど出るはずがない。
苛だつ。
小娘を連れている自分にも、今現在自分がしている行動にも腹が立つ。

本来ならば先ほど遭遇した男――自分に逃亡を選ばせた男を殺しに向かう筈であった。
だが、自分が戦闘を行うにはこの小娘は邪魔だ。
捨て置けば良いのだが、その選択肢は、何故か選べない。

結局、男を見逃し先に中心部へと向かう事に。
あまりに、自分らしくない。
この場に来てからは可笑しい事ばかりだ。

殺生丸の端正な顔が歪み、苛立ちを解消するかのように、飛行速度を上げていく。
ふと眼下を覗くと、先程までの草原ではなく、様々な建物が建ち並ぶ市街地へと変わっていた。
恐らくF-7に辿り着いたのだろう。

そう殺生丸が思考した、その時であった。

「殺生丸さん!」

――聞き覚えのない少女の声が響き渡った。




殺生丸は、その少女の姿に見覚えがあった。
眉をひそめながら、自分の記憶を辿っていく――――思い出した。
あの時、ルーテシアを囲んでいた管理局の魔導師の一人。
一瞬で蹴散らした相手だが、どうも印象に残っている。
確かあの時以前にも顔を見た事があるような――

「殺生丸さん!」

空を飛べないのか見上げるような形で声を張り上げ続ける女。
何故、自分の名を知っているのか?
疑問に思いつつ高度を落とす。
面倒だという気持ちもあるが、今の自分には圧倒的に情報が足りない。
それに、目の前の女が愛刀・爆砕牙を支給されている可能性もある。

一考の後、殺生丸は地へと降り立つ。
何故か、喜びに顔を綻ばせ、近付いてくる少女。

だが、その喜びは一瞬で打ち砕かれる。

少女――ギンガ・ナカジマが、殺生丸に背負われた、傷だらけの仲間の存在に気が付いてしまったから。

「せ、殺生丸……さん? その背中の子は、あな……た、が……?」

驚愕の表情で、何とかその言葉を吐き出す。
ギンガを襲う衝撃とは対照的に、殺生丸は関心なさげな顔を見せていた。

「だとしたら、どうする」

そして関心なさげに呟いた。
瞬間、ギンガを埋めていた何かが、崩れ落ちる。
敵だとは分かっていた。
でも、キャロを、まだ年端もいかない少女を、手にかけるような人ではないと信じていた。
なのに、なのに、この人は平然と、何食わぬ顔で――









「でゃぁああああああ!!」





気付いた時には拳を振るっていた。
デバイスが無いこと、相手が自分の実力を遥かに上回っていること、そんなの関係ない。


感情に任せるままに、何年と鍛え続けた格闘術で、最強の妖怪の懐に踏み込む。

しかし――

「ガッ!」

格が違う。
悲しいくらいに呆気なくカウンターの一撃が顔面へとめり込み、ギンガの体が宙に舞った。



――強い。
浮遊感を感じながら、ギンガは思う。
先の一撃は、モーションを読み取る事すら出来なかった。
でも、だからこそ怒りが湧き上がる。

目の前の男は、あんな傷だらけになるまでその脅威的な力をキャロへと振るったのだ。
許せるもんか。

怒りが意識を鮮明にし、体を動かす。
空中で身を捻り、両足で着地。
殺生丸は無表情にこちらを見つめている。
追撃などする必要もないとでも思っているのか。

確かにそれは事実だろう。
デバイスを持たない自分と殺生丸とはそれ程に実力差がある。
だけどその油断が――こちらの勝機。

ダン、と地面を蹴り、間合いを詰める。
何回、何十と殴り飛ばされようと引かない、引いてたまるか。
殺し合いに乗ったこの人を止めてみせる。
命の恩人だからこそ、理想の人だからこそ、絶対に。

少女は駆ける。
少女の持つ全ての決意、意志を乗せて。
相手は遥か高みに立つ高貴なる妖怪・殺生丸。
少女の全てを込めた一撃は――






「止まれ!!! このバカ!!!」

――吸血姫でさえ縮み上がるような怒声によって阻止された。

今まさに激突しようかとしていた二人は、時間が止まったかのように動きを止め、怒声がした方へと視線を向ける。
その視線の先には、浅黒い色の肌を持つ一人の女性。
額に青筋を浮かべ、引きつった顔で近付いてくる。



「インテグラルさん、止めないで下さい。
この人、殺生丸さんは殺し合いに乗っています。――私が止める」

冷静な、それでいて怒りに溢れているギンガの口調。
その言葉にインテグラルの片眉がピクリとつり上がる。
そして胸一杯に息を吸い込み一言。

「このバカが!! この男のドコが殺し合いに乗っているように見える!!」

それは殺生丸すらたじろかせる程の強烈な一声。
ギンガに至っては驚愕の表情のまま、固まる。

「だ、だって傷だらけのキャロを……」

それでも尚、納得できないか、ギンガが絞り出すように言葉を紡ぐ。
返答は盛大なため息。
インテグラルは呆れを隠す事もせず、左右に大きく首を振った。

「考えてもみろ。もし、その殺生丸という男が殺し合いに乗っているのなら、何故その少女を生かしておく?
それだけ弱っているのだ、殺す機会などいくらでもあったはずだ。
なのに、この男は傷ついた少女を連れている」

そこでようやく自分の考えが誤解という事に気付いたのか、目を見開きながら殺生丸を見やる。

「気付いたか? そいつは殺し合いになんか乗っていない。それどころかお前の仲
間を救ってくれた恩人だ」
「…………そういう事だ」

握り締められた拳を解きながら殺生丸が告げた。
蓋を開けてみれば何て事はない。
一人の少女の勘違い。

とてつもなく気まずい空気が場に流れる。

「……ご、ごめんなさい」

この空気の中、少女に出来る事は、ひたすらに頭を下げる事だけだった。



「殺生丸さん、本当にごめんなさい! とんでもない勘違いをしてしまって……」
「はぁ、相当に頭のキレる奴だと思ってたんだがな……」
「ああ! インテグラルさんもすみませんでした! ホントに私ったら……」
「はぁ、まったく……」

――この下らない喜劇は何時まで続くのだ?

憮然とした表情で手を組んだまま殺生丸は、終わる事のない謝罪に耳を傾けていた。
その横ではインテグラルが、ギンガの謝罪にため息を尽きながら、傷だらけのキャロに応急処置を施している。
何処となくたどたどしさを手つきだが、処置自体は適切なのだろう。
キャロの表情は段々と安らかな物になっていった。



「ところでだ」

ほって置いたら延々と謝罪を続けそうなギンガを制し、インテグラルが声を上げた。
視線は殺生丸へと向けられている。

「殺生丸、お前は先程の轟音について何か知っているか?」

返答は無かった。
閉じた目を開けようともしない。

「お前が飛んできた方角は東。轟音の発生源と同じ方向……お前が関係している
と考えた方が自然なんだがな……」

構わず続けるインテグラル。
それでも視線すら向けようとしない殺生丸。

「私は貴様たちと話をしに来た訳ではない。お前たちの支給品を見せろ、用件はそれだけだ」

目を閉じたまま、ポツリとそれだけ告げた。
完全な平行線。
話し合おうという気を欠片も見せようとはしない。
――その時、目を瞑っていた殺生丸は気付く事ができなかった。
インテグラルの顔に挑発的な笑みが浮かんだ事に。


「…………ほう、言うじゃないか。
流石は妖怪、人間如きとは手を組む事すらしないと。
だが、お前だけでこの場から脱出できるのか?
いくらお前が超人的な力を持ってたとしても、不可能だと思うんだが」

殺生丸の眉がピクリと動く。
確かにこのゲームから脱出するには、異世界に詳しい者が必要だろう。
例えば目の前の女――管理局の局員のような。
戦国の時代を生き続けた自分には、異世界への移動法など分からない。
いざとなれば参加者を皆殺しにすれば良いのだが、それではあの女の言いなりになったのと同意義だし、何よりルーテシアとゼストもいる。
流石に奴等を殺すのは忍びない。

(ここは手を組んでおいた方が得策か……)

ため息一つ。
殺生丸の両眼が開かれる。
そこには、心配そうな表情でこちらを見せるギンガという少女、そして計画通りという笑みを見せるインテグラルという女。

「……分かった」

諦めの表情で殺生丸が呟いた。
瞬間、ギンガの表情がパアッと明るくなり、インテグラルの笑みが深みを増す。

「決まりだな。よろしく頼むぞ、Mr.殺生丸」

意気揚々と告げるインテグラル。
返ってきたのは、不快極まりないと無言で語る殺生丸の瞳。
だが、そんなもので「HELLSING機関」局長インテグラル・ファルブルゲ・ヴィンゲーツ・ヘルシングは怯まない。
楽しげに指を鳴らし告げる。



「戦力は手に入れた、出発するぞ」

傷だらけの召喚師、機械造りの魔導師、吸血鬼ハンターの末裔、最強の妖怪。
それぞれ関わりなど、少ない。
だが、確かにこの場に於いて四人は協力しあう事を決めた。












その時だった。










「よう、また会ったな」

全員――気絶しているキャロ以外の三人が、一斉に真上を向いた。
そこには満月を背に、宙を浮かぶ金髪の男。
その顔には、気味が悪いまでに和やかな笑みが張り付いている。
男の名はナイブズ。
人類を憎悪し、滅亡を望む男がそこにはいた。


「誰だ、お前は?」

その突然の不審者に対し、真っ先に口を開いたのはインテグラルであった。
デイバックから剣を取り出し、警戒とともにナイブズへと向ける。
ギンガもキャロを背中に庇うように立つ。
唯一、殺生丸だけが構える事すらせずに、ナイブズを睨んでいた。

「貴様か……」
「やはりお前は甘いな。人間と手を組むとは、少し期待外れだ」

明らかな殺意を込められた殺生丸の視線を、ナイブズは笑って受け流す。
その笑みを見た瞬間、肌が粟立っていくのをギンガは感じた。
――この男はヤバい。
本能が、告げていた。
冷たい、肌に貼りつく不快な汗が流れる。
見た目は何処にでもいそうな青年なのに、その瞳は底なし沼のように濁っていて、光が見えない。

何なのだ、この男は?
何故こんな瞳をすることができる。




ギンガ自身は気付いていないが、ギンガの心を支配するその感情は恐怖であった。
身が竦み、動けない。
だから、見ている事しか出来なかった。

男の指が刃のように変化していく瞬間を、そしてその刃と化した指を自分へと振り下ろされるその瞬間を――。



一陣の烈風と共に――万物を切り裂く斬撃が走った。



気付いたら、視界が鮮やかな白に染まっていた。
モフモフとした柔らかな感触。


抱きかかえられていた。

まるで、あの時――五年前、空港火災から助けてもらった時のように、殺生丸の懐に抱かれ、空を舞っていた。
その懐はあの時と変わらず大きく逞しく安心感を与えてくれる。

ふと下を見ると、数瞬前まで自分が立っていた大地に、まるで巨大な刀で斬られたかのような一筋の線がある。
この時、ギンガは気が付いた。
再び、殺生丸に命を救われたのだという事を。

――そして殺生丸が地に降り立ち、時を遡ったかのような一瞬は終わりを告げる。

「あ、ありがとうございます。殺生丸さん……」
「……そこの小娘を連れて貴様達は逃げろ。こいつの相手は私がをする」

礼を告げるギンガの方を見ずに、殺生丸は告げた。
同時に妖刀・童子切丸を鞘から抜き放つ。
月光に照らされ、血を求めるかのように童子切丸が光った。

「……分かりました」
「E-7の駅で待っている……あんな糞ガキ、早々にぶちのめして合流しろ」

――離れたくない。
でもここに居ても足を引っ張るだけ。
それ程にあの男は異常だ。
少ない予備動作で発現する脅威的な切れ味の斬撃。
デバイスの無い自分では、防御も回避も不可能だろう。
おそらくインテグラルさんも。
だが、殺生丸さんは違う。
私達を遥かに越えた身体能力、反射速度。
殺生丸さんなら、戦える。
私達は――邪魔なのだ。
彼が全力で戦うには、私達は居ない方が良い。

「絶対に、絶対に死なないで下さいね」

だから、彼を信じて逃げよう。
彼なら大丈夫だ。
殺生丸さんなら――。


その言葉を最後にギンガとインテグラルの二人は駆け出す。
背中には気絶中のキャロと二人分のデイバック。
二人は決して振り向かず、駆け続けた。


沢山のビルが建ち並ぶ市街地。
二人の人あらざる者が相対する。


「やっぱりお前は甘いな。何故、人間の肩を持つ? あんな下らない、寄生虫のような種を」

嘲りを含んだナイブズの問い。
答えはない。
問いを投げ掛けられた張本人、殺生丸は無言で剣を向ける。

「……所詮はそこまで、貴様もアイツと変わらない……クソ甘い――」

言い終える前に、殺生丸は疾走を始めていた。
その姿に嘲笑を浮かべると共にナイブズは、左腕を刃へと変化させ、目にも止まらぬ速度で振るわれる妖刀を迎え撃つ。
甲高い金属音と共にぶつかる妖刀とナイブズの左腕。

――瞬間、ナイブズの嘲笑が驚愕へと移り変わった。


だが、殺生丸は止まらない。
間髪いれず連続で振るわれる童子切丸。
ナイブズはそれら全てを険しい顔で避け、防ぎ、耐える。
だが、その回避には余裕が感じられない。
それもそのはず、彼の戦法はエンジェル・アームによる遠距離からの一撃必殺。
近距離戦は不慣れと言っても良い。
だが、それでも彼はプラント自立種――人を超越した種だ。
充分、超人的な反応速度、身体能力は兼ね揃えている。
そんじょそこらに居る達人が相手だったとしても、負ける事はないだろう。

しかし今、彼が相対している者は、最強の妖怪の子孫、殺生丸。
圧倒的な剛力、スピードを持ち、その剣技たるや、半妖の弟すら寄せ付けぬ程の実力――達人という言葉では、到底片付ける事が出来ない立派な『化物』だ。
その殺生丸を相手にして、近接戦不慣れなナイブズが勝てる道理がない。

熾烈な連撃を前に防戦一方。
それでも防ぎきれずに刃が肉体を掠めていく。
距離を離そうとしても、殺生丸の身体能力がそれを許さない。
結果、時が経つにつれ徐々に圧されていくナイブズ。


それは油断。
自身の圧倒的な力を信じるが故に現れた驕り。
自分が――プラントがたかが人外如きに負ける訳がない。
その思考があったからこそ、ナイブズはギンガ達へと不用意に近付き、声を掛けた。
確かに能力を温存する意味もあったかもしれない。
だが、そこには絶対的な慢心があったのは事実だ。
自身の能力を過信し、殺生丸の実力を侮っていた。
結果、今の劣勢に繋がっている。


振り下ろされる童子切丸と、ナイブズの左腕がぶつかり、弾ける。
何物をも斬り裂く彼の左腕も、制限された今では通常の名刀と同程度の切れ味しか持っていない。
必然的に生まれる斬り合い――当然、圧されるナイブズ。

右肩からの袈裟斬り、防御。
切り返しの逆袈裟、回避。
流れるような動きからの刺突、防御――防ぎきれない。
右腕だけで振るわれている筈の刀から伝わる、恐るべき圧力。

「吹き飛べ」

呟きと同時に殺生丸が踏み込み、ナイブズの身体ごと突進を始める。
両の足に渾身の力を込めるが、止まらない。
押し込まれていく速度は徐々に増していき――ナイブズの身体は後方に建つビルへと叩き込まれた。
だが、それでも殺生丸は突進を止めない。
ただ自身の怪力に任せ、ナイブズの身体を軋ませる。

その人間離れした力を前にして、先に白旗を上げたのはナイブズではなくビルの壁であった。
押し付けられるナイブズを中心に亀裂が刻まれ、一瞬後に崩壊。
二人は、コンクリート製の壁を突き破り、ビルの内部へと突入する。
そして、再び現れた壁――ビルを支える柱の一つへと渾身の力を込めて、ナイブズを叩き付けた。

轟音と共に確かな手応えが、殺生丸の手を伝わる。
人間だったら原型を保つ事すら出来ないだろう衝撃。
糸が切れたかのように、ナイブズの身体から力が抜ける。


しかし殺生丸の攻撃は止まらない。
繰り出されるは、ベルカの鉄槌すら溶かす毒牙。
それをナイブズの喉元狙い、突き出す。
瞬間、殺生丸にとっては聞き慣れた、普通の人間だったら確実に聞いた事のない音――肉が溶解する音が響き渡った。
それはナイブズの死を、殺生丸の勝利を告げるゴング。





そのはずだった。






「――もっと、よく、狙えよ、下手糞が」


肉の溶ける音はする。確かにナイブズの肉体は溶けている。
ならば何故生きている?
常人に比べ遥かに打たれ強いプラントといえど、殺生丸の毒牙を喉に食らえば耐えられる筈がない。
それなのに何故――?

その疑問に対する答えは簡単。毒牙が突き刺さっている部位だ。
殺生丸の狙い通り喉元に命中したなら、ナイブズは確実に死んでいただろう。
だが、現実に突き刺さっている場所は違った。


――右腕。

ビルに叩き付けられ身体中にダメージを受けながらも、その衝撃に意識を飛ばしかけながらも、ナイブズは右腕を毒牙と喉元の間に滑り込ませたのだ。


――ナイブズは、笑っていた。
右腕が溶けていく激痛の中でも、右腕が一生動かなくなりかけてるにも関わらず、口を開き、殺生丸でさえも異質だと感じさせる程の狂気を瞳に宿し、笑っていた。


そしてその狂気により引き起こされた一秒にも満たない怯み。
それをナイブズは見逃さない。



ナイブズと殺生丸の間にある僅かな隙間、そこに『門』が出現した。


――マズい。

その思考へ辿り着く前に、殺生丸は、その脚力を持って地を蹴っていた。
空気中に溶けていくかのように光球がブレる。
それは、万物を切り裂く斬撃が出現する兆候。
再び殺生丸が地を蹴ったと同時に光球が消失、何十もの斬撃と化した。





それは全てを斬り裂いた。
床も、壁も、窓も――ビルの基盤とも言える柱さえも易々と刻み、瓦礫へと変える。

一階に存在する物全てが役目をなくした。
ケーブルを切断されたエレベーターは永遠に上階とは向かわないだろうし、粉々に砕けた窓では外から入り込む風を防ぐ事などできないだろう。
斬撃痕により歪に変形した床も、とても人が歩けるとは思えない。

それは柱――ビル全体を支える柱達とて例外ではなかった。

何十もの斬撃に斬り刻まれた柱達は、強度をなくしビルを支えきれない。
結果、十数メートルにも及ぶビルが、地鳴りのような音をたて揺れる。
何秒も、何十秒も、耐えるように揺れ続け――――呆気なく崩壊を始めた。

ナイブズと殺生丸が中に居る事など気にも止めず、その巨体は何百もの瓦礫へと変貌した。




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