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されど嘘吐きは救済を望む(前編) ◆WslPJpzlnU




 チンクの目覚めは、疼痛によって始まる。
 左目に痒みを得て瞼が痙攣、感覚と無自覚の運動が意識を覚醒させた。対して右目に一切の感覚が無いのは、古傷によって潰れているからだ。僅かに裂傷を残す瞼は密着し、奥の眼球は完全に死んでいる。
「……ん」
 故に、開いたのは左目だけだった。うめき声が口の中だけで響き、薄い肉の膜が金色の瞳を露出させる。
 その直後に獲得する。
 黄を帯びて歪む視界と。
 解放した左目への痛み。
「ひ」
 痛。
「ぃ」
 寝ぼけた意識はそれを激痛と捉えた。発作的に左目が閉じ、左右の掌が目元を押さえる。
……水中、なのか……?
 不幸中の幸いか、痛みは覚醒の助力となった。眼球と眼孔の合間に滲むものを感じつつ、浮上した思考力が考察を組む。この痛みは右目に何かが触れた為に得たものだ、と。根拠は左目の痛み以外にもある。
 頭部。
 胸部。
 両碗。
 両脚。
 ついでに耳孔や鼻孔、頭皮に脇に股に臍。今や感じられる五体の神経、幾万の繊維が送る感覚も推理を支えていた。
 全身に対して均一にかかる触感、更には、あらゆる体重を奪う浮遊感。普段は自重で頭部を引っ張る銀色の長髪さえも今は主張しない。それでいて手足や胸部の動きは止められる事は無く、一切の阻害が無い。
 目に触れるほど密着する触感、全身の体重を奪う浮力、それでいて一切の硬さを持たない物。占めて三つの根拠により、チンクは現在位置を水中と定義する。
……ならば開口は危険だな……
 思い、チンクは唇を引き締めた。戦闘機人として多彩な機械を積むチンクに、多少の無呼吸は問題ではない。目元から離した手で口と鼻を覆い水の流入を防ぎ、痛みで動転していた気を落ち着かせる。
 そうして。
「ん」
 再び瞼を開けた。
 遅々、というよりも、恐る恐る、といった具合で左目が持ち上げられていく。先と同様に痛みが襲い、しかし覚醒した今ならば耐えられる程度の感覚だ。遅行によって和らげ、覚悟によって捩じ伏せる。
 そうして開けた視界は、
……やはり水中だったか……
 黄味を帯びた液体が、チンクの全身を包んでいた。どうやらここは大きな容器の中らしい。それは透明な円柱形に似ており、丁度試験管を逆さまにした様な形だな、とチンクは分析する。
 丈はチンクの倍、直径は肘までの幅より少し広い程度だ。そして下部で開いている円形の口は、機械の土台によって封鎖されている。水中ゆえに歪む視界を凝らせば、左右や正面にも同じ物があるのが解った。
 それが何なのか、チンクは知っている。
……生体ポッド……
 生物や戦闘機人の保存や発育を制御する培養器だ。チンクの浸かる培養液は、戦闘機人の生体部を修復する効果がある。加えて体がそれに馴染んでいる事から、これが誰が作った物なのかを悟った。
 ジェイル・スカリエッティ。
 彼が開発した物だと。
「ぶばびぼぼばぼぶばばぼばびぼばば」
 訳:つまりここはDr.のアジトか。
 開口は乱れた音声と泡を噴き出させる。そうする事が出来たのは、培養液がスカリエッティの作だと解ったからだ。培養液は口腔へ流入、だが喉元に差し掛かかると酸素となり、地上と変わらぬ環境を作った。
「ばどぼべびばばぶべべぶべばぼばば」
 訳:あの女性が助けてくれたのか。
 思い起こされるのは、意識を失う直前の記憶だ。
 緑の鎧を装備した敵。
 真似られた自身の力。
 重傷を負わされた体。
 そして出会った、金髪の女性。
 気絶寸前だったチンクは、その人物に願った。スカリエッティのアジトという施設に連れていって欲しい、と。
 女性がアジトへと連れていってくれるかは賭けだったが、今回は吉と出た様だ。
……この殺し合いにも、まともな人間は居るという事か……
 哀れだな、と言葉だけで同情し、チンクは自身を見下ろす。色白の細い体格、幼子の様に小さい背丈や平たい胸は相変わらずで、視界の端には後方から漂ってくる銀色の髪がちらついている。
 そこに一切の損傷は無く、支障が除去された事にチンクは満足を持って頷いた。そして、次の目的を口にする。
「べぶぼぼびびぼぶ」
 出る事にしよう、と。
 基本的に生体ポッドは内から外に出る事が出来ない。取るべき行動は一つだけ、故にチンクは行動する。
 左右の肘を生体ポッドの内壁に当て、そのまま腕を開いて掌も付ける。その後は交互に左右の腕を離して下方へ付け直し、次第に胴体を土台へと近づけていく。それは梯子を降りる動作にも似ていた。
 やがて爪先が土台に触れ、続いて踵まで着地する。やがて膝をついて正座に似た体勢となり、最後には両腕は内壁から離れ、両の掌が底辺部に触れた。そこにあるのは、硬く冷たい金属の感触だ。
 そう。
 土台は機械。
 機械は鉄。
 鉄は金属。
 金属は、
……私の武器だ……!
 思いは掌からテンプレートを出現させた。そして自身の特殊能力を呟く事で、それを発動させる。
「――ばびべぶ、ばぶぶぶびぼべびばば」
 訳:IS、ランブルデトネイター。
 決め台詞が締まらない、とチンクは微笑した直後、土台が爆発した。
 基礎部の破砕に生体ポッドそのものが崩壊、透明素材の容器部が砕け散り、内包した培養液をチンクごと放り出した。皮膚が外気に触れるのを感じつつ、チンクは自身の力を思う。
……私のISは金属を爆発物に変える……
 チンクにとって触れられる金属は全て爆薬に等しい。そんな能力を、機械という金属の集合体に働きかけたのだ。
 など悠長に現実を分析していると、爆発の浮力が失われて体が落下を起こした。
 そうして体は。
 硬質な通路へと。
「んぐっ!」
 まず着地したのは両膝、薄い肉が摩擦で制動を成すが止め切れず、むしろ反動で上半身が振り子の様に叩き付けられる。結果として、胸から上を床に着け、膝をついて尻を掲げ上げた体勢となっていた。
「……ず、こし、乱暴過ぎたか」
 路上に掌を立てて上半身を持ち上げる。上がった顔は鼻が赤くなり、声はやや鼻声になっていた。それから辺りを見回し、チンクは改めて、今自分達がいる環境を見定める。
 今までは培養液越しで歪んで見えた、青を基調にしたアジトの一室が目に入ってきた。チンクが落ちたのは幅広の通路、その両側には生体ポッドが敷き詰められており、柵の様にも見える。
 スカリエッティのアジト、自分達が修繕室と呼ぶ部屋だ。チンクもこの殺し合いに呼ばれる前は、タイプゼロ・ファーストの攻撃によりここへ収容されていた。そう思うと、元の世界に戻れたのかと錯覚する。
 しかし。
 首には。
 未だに。
 首輪が。
 あるのだ。
「――とりあえず、探索だな」
 沈みかけた感情を誤摩化すべく、チンクは目的を口頭で確認する。面を上げた先、通路の行き止まりには自動扉があった。縦長の長方形は左右へ開く仕様なのか、中央に一本の切れ込みが刻まれている。
……あの先に廊下がある筈だ……
 そして、その通路は別の部屋へと繋がっている。それを探れば有用な道具や情報が見つかるかもしれない、その推測からチンクは立ち上がる。両腕を支柱に右脚を立てると、路上の培養液が水音を上げた。
 更にそれを支えにして左脚を立てて直立、飛沫を散らして水溜りを横断する。足裏に付いたのか、抜けた後も音は続いた。
 足音と同義となった水音、それも自動扉を目前にする頃には消えている。どこに仕込まれているのか、対物センサーが起動して自動扉は解放、左右に二分して壁の中に収納されていく。
 目に入ってくる。
 柔らかそうな壁。
……は……?
 壁にしては妙だ、と思った。だいたい壁はソレの向こうにある。そもそもソレを壁とするには余りに細く、素材も布地に見えた。アジトの壁は鉄か岩石のどちらかの筈だが、という推測は、
……違う!
 円柱の素材には肉も含まれている、と知った所で誤認だと気付く。
 それは柱ではなく。
 一人の少女だったのだ。
「――――」
 少女の顔はチンクよりも遥かに上方、見上げるとやけに膨らんだ胸部があったので、苛立ちつつも一歩後退する。そうしてようやく見えた顔は、金色の瞳と頭髪を有する大人びた造形だった。
 背丈から考えれば十代半ば、細長い両腕の先はそれぞれデイバックのベルトを掴んでおり、片方は自分の物だと理解する。その個性で思い起こされるのは、チンクが意識を失う直前に出会った人物だ。
「ああ、あの時の」
 両手を合わせると納得の表情が浮かぶ。僅かに抱いていた感謝の念を声帯に込め、声に添付する。
「本当に私を助けてくれたんだな、感謝するぞ」
 が、
「…………」
 金髪の少女は無反応だった。
 否、反応はしている。だがそれは表情だけの事、しかもそこに浮かぶ感情はチンクに理解出来ないものだ。
……なんだ、世にも奇妙な生物を見る様な目をして……?
 珍獣でも見たのか、と思って振り返る。そこには通路と生体ポッドの列しかなく、それらが表情の理由になるとは思えなかった。
 向き直ると少女の表情は変化している。眉間に皺を寄せて左右の瞼を強く閉じ、眉尻と口角を痙攣させてちた。見やれば左右の肩も、何かを耐える様に震えている。む? とチンクは首を傾げる。
「どうしたんだ、お前?」
 持病か? と問おうとして、直前に少女は口を開けた。
「ふ」
「ふ?」
 少女の言葉を反復した、直後。
「――服を着なさい!!」
 思いっきり突き出された少女の人差し指、その先はチンクの全裸を指し示していた。

     ●

 アジトの廊下が一直線に伸びる。
 床から天井に至るまで舗装された四角形、左右の壁際には照明器を埋め込んだ一線があり、青白い発光が足下を照らした。歩く分には問題無いが、逆に天井は薄暗くなって陰気な雰囲気を作っている。
 と。
「ほほう」
 声。
 密閉空間の音声は反響する。しかし、響くのは一つではない。加えて二種類の断続音、足音が響いていた。それは二人の人間が並んで歩いている、厳密に言えば両者が異なる物で足裏を覆っている事を示す。
 かたや硬質で甲高い音。
 かたや柔軟な肉質の音。
 後者はチンクの素足が作っていた。
「施設案内が生きているのか。まあそうでもなければ生体ポッドを使える筈もないか……」
 その左目には眼帯が、右手にはデイバックが握られている。どちらも自分を追随する同行者が確保し、返却してくれた物だ。そして持ち上げられた左手には、アジト内の地図を映す空間モニタが浮いていた。
……この機能が止められていたらどうなっていたのやら……
 このアジト内の通路や設備、その使用法を表示する機能、セイン辺りは“どこでも案内図”とか呼んでいた。これがなければ彼女は生体ポッドを動かす事も、修繕室に辿り着く事さえ出来なかっただろう。
 そう思うと感謝の念が生じ、チンクは首だけで追随する同行者を振り返る。それは金色の髪と瞳を持つ、長身の少女だった。白地のジャケットからは長い手足が伸び、包まれた胴体は起伏に富んでいる。
 傷付いた自分を助けてくれた人物、彼女は天上院明日香と名乗った。
「ありがとう、天上院。お陰で助かった」
 度合いはどの程度であれ、チンクは純粋に感謝の念で言葉を送る。だが天上院の方はこちらを見て、溜め息をついた。
「……その格好で言われても、シュールさが先だってありがたみが無いわよ」
「ん?」
 どうやら天上院は、未だにチンクの格好を気にしているらしい。
 全裸な事を。
 素っ裸な事を。
 すっぽんぽん、とか。
「ああ、そう言えばそうだったな。すっかり忘れていた」
「……忘れないで頂戴」
「い、いや、あの培養液には軽い麻酔効果があってな? まだ少し感覚が鈍っているのだ」
「鈍いのは貴女の常識よ」
 的確な返しに、ぐ、と息が詰まる。
……痛い所を突く女だな!?
 チンクは、というよりもナンバーズという枠で括られる姉妹達は、基本的にこのアジトで生活していてた。そして日々やる事と言ったら技能や身体の調整、どう取り繕っても俗世とは隔絶された状態だ。
 常識に疎い、それを自覚出来ないほどの世間知らずがナンバーズには多い。チンクがそれを憂慮出来るのも、任務の為に長く外界に出ていたから、という事情が大きく絡んでいるだろう。
 頬が引き攣るのを感じつつ、チンクは天上院へ向き直る。
「し、しかし脱がせたのはお前だろう?」
「あんなのを服とは言いません。脱がせたというよりも、運ぶ途中で剥がれたのよ」
 もはや天上院の声は呆れさえ含む。
「そもそもアレは何なの? ウェットスーツというか、タイツみたいだったけど。着てて恥ずかしくない?」
「ど、Dr.の作品を悪く言うな!」
 一応、生みの親にして自分が生きる理由でもあるジェイル・スカリエッティが貶されたので、怒ってみる。尤も怒気の原因としてそれ以上に、かなり図星だったから、という事もあるのだけれど。
 いや、ぶっちゃけ。
 かなり恥ずかしいです。
 自分が知る数少ない俗世の言葉に言い換えると。
 ハズい。
 シェルコートを着るのはアレを隠す為でした、というのはここだけの秘密。
「あ、あれは、その、ナンバーズスーツと言ってだな、体を守るための、だな……」
「破れてたじゃない」
 そうでした。
 これは自分の能力が強力と見るべきなのか。
 ナンバーズスーツが弱いと言うべきなのか。
「そのDr.って人、本当は貴女の体格を露骨にしたかっただけじゃないの?」
「そそそそそそそそそそそそそそそそそそんな事は!」
 どうかなぁ。
 Dr.だもんなぁ。
 アギトは変態って言ってたしなぁ。
 ルーテシアお嬢様にやたらと構ってたしなぁ。
「――ない! 多分!! きっと!!!」
「…………ふぅ」
「そこで溜め息をつくな! やめろ、同情の目で私を見るな!!」
 はいはい、とか言って顔を逸らす天上院に業腹、むきー、とか言ってみる。それから彼女は再び息を吐き、胡乱気な目で、
「――大体、そのDr.って誰なの?」
 問われ。
「っ」
 息が。
 詰まる。
 確信を。
 突かれ。
 痛い所を突く女、天上院明日香。
「……あぁ」
 どう説明するかなぁ、と思い、チンクは再び天上院を背にする。犯罪者、と称するのは支障も不敬もあるし、あの人を問題が無い様に説明するのはかなりの難易度だなぁ、と考え、声にしたのは随分後だった。
「Dr.はジェイル・スカリエッティという名前の……科学者だ。私や姉妹、それにこの施設を作った」
「造った? 産んだ、じゃなくて?」
「Dr.は男だ……。まあ私としては産んでくれた、と言いたいのだが」
 うん、と頷いて。
……産んだ、と言って欲しかったなぁ……
 不毛だ、と判断する。ここからが説明の正念場だ、とも思いながら。
「私達は戦闘機人という、機械を移植された人造人間だ」
「――人造、人間」
 天上院の声が小さく震えた。正直だな、とチンクは口元だけで微笑する。
「母胎ではなく、機械による細胞や因子の組換えで生まれた人間、という事だな。特に我々、Dr.がナンバーズと名付けた者達は、機械の移植を念頭において適性を持つように調整されて造られた」
「それは、貴女も機械扱いされているという事じゃないの?」
「そんな見方も否定はしない。だが私はそれだけとは思わない。――それもある、だが他もある、と」
 そう思う事にしてる、その言葉に、返答は無い。
 沈黙により、密閉空間の空気が重たいものになる。
 会話を再開させたのはチンクだった。心持ちと語調を明るいものに変えて、
「さて置いても生みの親だしな。愛すべき姉妹もいるし、あの人やその環境は大事さ」
 苦笑混じりに言うと、少し間をおいて、天上院が聞き返す。
「そういうものかしら」
「そういうものさ」
 うん、とチンクは笑みをもって頷いた。
「さ、話は終わりだ」
 軟質な音を響かせる素足が歩みを止める。つられて天上院も停止したのを音で察知しつつ、チンクは右手へと方向を変えた。進路と共に回る視界が映すのは壁ではなく、自動扉だった。
「衣類倉庫?」
 天上院は自動扉に刻印された一文を音読する。それに答える事も無くチンクは一歩進み、すると自動扉のセンサーにかかったのか、衣類倉庫の扉は壁へ滑り込んで道を開けた。
 扉の向こうには、およそ正方形の部屋がある。左右の壁際にはオーブンに似た機械が並び、透明素材の蓋から注ぐ青白い光が部屋を照らしていた。その中には、畳まれた衣服が乗る二段の網棚が見える。
 チンクは手近な機械を開けた。気化した消毒液が足下を浸すが無視し、網棚に乗る衣服を取り出す。
「それは?」
「Dr.が被験者に着せる服だ。ただの衣服だが、無いよりはマシだろう」
 白地のシャツに似た造形、ベルトに似た留め金で前を締めて着込む。ズボンがないので両脚が丸出しだが、チンクはそれを問題視しない。最後に添えてあった上履きを履き、爪先で床を突いて調子を揃える。
 そして地図を示す空間モニタに手をやり、
「ほら」
 天上院に向かって投げつけた。立体映像は測った様に正確な山なりを描き、天上院の懐へと移動する。それを、わ、と慌てながら天上院は両手で捕獲した。
……そんな事をしなくても、目前で停止するのだが……
 投擲の仕草は、空間モニタの追随する対象を変更させる動作であり、実際に投げた訳ではない。そもそも空間モニタは実体ではないので、投げるにも受け止めるにも手応えなどある筈が無い。
 受け止めた事でそれを知ったのか、天上院は空間モニタから手を離してこちらを見返す。
「……これは?」
「それさえあれば道に迷わないだろう?」
 天上院の問いにチンクは答える。
「私はこれから探索に出る。何か使える物があるかも知れないからな。天上院には案内図をやるから、二手に分かれて探そう」
「貴女は無くても大丈夫なの?」
「私はここで生まれ、生活していた。設備の使用法ならともかく、道筋ぐらいなら解るさ」
 言いつつチンクは天上院の脇を抜け、彼女が背後にしていた衣類倉庫の自動扉に近寄っていく。新品なのか上履きは微かに粘り気を持ち、靴裏が床を離れる度に手応えと千切れる様な効果音を起こした。
 そして自動扉が開き、チンクは再び廊下へと出る。
「デイバックの中に時計があったよな? 一時間後にここで待ち合わせよう」
「え、ええ」
 未だにこちらの言動に追い付いていないのか、自信なさげな了解が天上院から返された。チンクは苦笑して、
「しっかりしてくれ、地図を持っていて迷ったら笑い事だぞ? 合流出来なかったら、見つけた物を独り占めしてしまうからな?」

     ●

 天上院と分かれたチンクが踏み入ったのは、今までと様相を異なる廊下だ。
 アーチを描く円柱の連続、頂点は梁が三本通され、背骨と肋骨を思わせる。アーチの左右中ばは横板が挟まり、生体ポッドが積んである。例によって光源は床からで、梁の向こうの天井は暗くて見えなかった。
 チンクが横目にするのは、棚の下段だ。
「やはりここにあったな」
 そこには、同型の機械が陳列していた。
 形態はカプセル型、大きさはチンクよりも一回り大きい程で、青い装甲が覆っている。中央には熱線照射口があり、それを囲む様に球体カメラが備わっていた。眼球にも似た五つの半球がこちらへと視線を送る。
「ガジェットドローン。あるのは全てⅠ型の様だが」
 自分と生みの親を同じくする機械群の、しかし自分達が与えた訳でもない呼び名を呟く。
……そろそろだな……
 覚えのある廊下と配置物を足がかりに、チンクは目指す部屋への経路を思い起こしていく。それに添って歩くと、その記憶は正確だった証明された。廊下の終わり、扉も無い終点の先にチンクは広い空間を見る。
 踏み入ったそこは、円柱形の大部屋だった。内壁を這い回る鉄管や、陳列する生体ポッドが目に入る。天井は幾つもの岩石が垂れ下がり、部屋の中心にはレコード盤に似た円形の壇があった。
「――制御室。ここなら何か解るか」
 鉄製の床を横断して中央の壇に上がる。そこまで行くと、壇上中央の窪みにセンサーが埋まっているのが見下ろせた。そしてチンクが窪みの上に差し掛かると、センサーが反応する。
 変化は一つ。
 出現は三つ。
 チンクの目前に幾つもの立体映像が出現した。一つが眼前に現れた空間モニタ、二つは腹部ほどの高さに表示される半円形の二段鍵盤だ。どちらも寒色を基調とした半透明、向こう側の景色が透けて見えた。
 空間モニタには“起動”の二文字、チンクは握ってたデイバックを置き、十指で鍵盤に触れる。すると鍵盤は白く変色、空間モニタが“施設案内”という大文字を出した直後、膨大な箇条書きのスクロールが始まった。
「ウーノ姉様なら早いのだろうがな」
 今この場にいない年長者を思うと、寂しさや恋しさが滲み出した。
……否、この場にいない事を幸いとするべきだな……
 頭を振って誤摩化し、チンクは改めて空間モニタを見据える。
「……解錠・解錠、稼働。生体ポッド、稼働。設備案内、稼働。食料貯蔵庫、不能。温水洗浄施設、監視カメラ、不能。通信、不能……」
 流されていく箇条書きを音読と共に確認する。目当てのものを探して左の瞳が激しく上下させると、疲労が蓄積され、瞼を閉じて眉間を揉む。姉様はこんな事を平気でしていたのか、と感心を抱いた。
 そして、
「!」
 見つけた。
 チンクは鍵盤を打ってスクロールを停止、続く操作で空間モニタにカーソルを表示させ、目当ての箇条書きを選択する。
 ガジェットドローン制御系。
 選ばれた箇条書きは、その一文だった。
 直後に空間モニタが表示を変える。現れたのはガジェットドローンⅠ型、これまでの廊下で散々見た機械の画像だ。
……停止されているかと思ったが……サービスのつもりか?……
 脳裏に浮かぶのは。
 殺し合いを仕組んだ女。
 その姿を胸中に、チンクは 新たに表示された文字群を読み、電子音声による補足を聞く。
「動かせるのは三機、か。やはり、動かす者を予測した様だな」
 これに関しては予想の内、しかし続けられた表示はチンクを驚かせた。
「――熱線射出機能と機械操作機能が使えない?」
 右目が見るのは“搭載機能”という項目に割り振られた箇条書き、チンクが読んだのはその内の二つだ。赤色によって表示されているのは、その機能が現在使用出来ないという事に他ならない。
 そして、その機能はガジェットドローンⅠ型の特徴でもある。
 熱光線を放つ遠距離攻撃と。
 内蔵コードによる機械操作。
 それらが使えないのでは、
「ただの空飛ぶ鉄棒ではないか」
 どうしたものか、とチンクは口元を覆う。使えるか、と思って来てみたは良いが、起動が出来ても機能が使えないのでは意味が無い。どうしたものかなぁ、と二度思って首を傾げ、
「――否、まだやりようはあるな」
 機能を停止された機械を。
 上手く使う方法を。
 思いついた。



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