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タイムラグは30分(前編) ◆gFOqjEuBs6




神が見下ろすのは、完全なる調和を奏でるために、その生涯を終えた男。
胸に派手な穴を開けた男は、スーツ姿のまま物言わぬ亡骸と化している。
別に死体にこれといった興味がある訳ではない。視線を泳がせれば、たまたまそこに矢車の死体が横たわっていただけの事。
男の死体の周囲を濡らす赤黒い血に足を汚さぬように、少し距離を取りながら、
神は――エネルは、思考を巡らせる。

「さて……何処へ行くか」

ぽつりと呟くと、エネルは数歩歩きだした。
室内は今さっき自分が起こした戦闘によって、ガラスは割れ、至るところが黒く焦げている。
何処に視線を移しても、視界に入ってくるのはお世辞にも居心地がいい景色とは言えないものばかり。
周囲を見渡せば黒く焦げた壁。下を見れば、嫌でも目に入る赤い液体と、見るも無惨な男の死体。
もう約束の5分は経過したのだ。これ以上ここにいてやる義理もない。
というよりも流石のエネルと言えど、こんなスプラッタな景色を好んで見る趣味はない。
駅員詰所を後にし、数歩歩いたところで、エネルは再び感覚を研ぎ澄ませた。

「……すでに心網は使えんか」

だが、心網はエネルの期待に反して、何の反応も感じない。
とすれば、考えられるのは心網の策敵範囲から獲物が逃れてしまったということなのだろう。
最後にエネルが心網で捕らえたのは、北に逃げた4人と、新たに現れた1人のみ。
そこから先どうなったのかは、心網に制限の掛けられたエネルには解る筈もなかった。
だが、制限については少しだけ理解出来た。
先ほど逃げた4人は、心網の距離で表す所の、だいたい1km程でその反応を消した。
そこから考えられるのは、心網はエネルを中心に半径1km程度しか策敵不可能という事実。
最後に北に逃げた奴らの反応を確認してから、既に5分どころか10分以上の時間が経過している今、
もしかしたらもう奴らはもっと遠くに逃げていったのかも知れない。
それでも北に進むか? それとも他の方角に向かい、他の参加者を狩るか?
エネルの選択肢は、二つに一つ。そこでエネルは考えた。
どうせ全員狩るのなら。先に北に逃げた奴らから狩って行った方が合理的ではないか、と。

「面倒だ……これから私は、北へ進む」

エネルはその表情に小さな笑みを浮かべ、呟いた。
この瞬間、エネルの行動方針は決定した。
飽きるまでひたすら北に向かい、出会った参加者を狩って行く。
何処に行けば良いのか困った時は、北へ向かう。それがエネルの選んだ道。
だが、懸念するべき点が一つ。自分が来たのは恐らく北東の方角だ。
道中で他の参加者に出会わなかった事を考えると、自分がこれから進むのは北西寄りの方がいいだろうと判断。
行動方針を少しだけ修正。まずは北西へと進み、出会った参加者の命を奪って行く。
そうと決めれば、行動あるのみだ。まるで血塗られた用に真っ赤な剣を握りしめ、エネルは歩きだした。

ゲームが始まってから今まで、約5時間と少し。
6時間毎に行われる放送まで、残った時間はざっと見積もって30分程度。
エネルは放送の事など失念し、ただ獲物を狩るために北西方面へと歩き出した。




『ふはははははははははは、はははははははははは、はははははははははは――』

悪趣味な笑い声が、小さな小屋の中で響いていた。
恐らく、この声を聞いた者全てが抱く感想を、男は思い浮かべる。

―――狂ってる。

これが、男が――始が抱いた第一印象。
この女が、始に新たなバトルファイトを強要した張本人。
仮にも人間の姿をしていながら、こいつは同じ人間に殺し合いを強要し、高笑いをしている。
こういう者にこそ、狂人という言葉は相応しいのだろう。こいつが本当に人なのかどうかは定かではないが。
そんな事を考えながらも、始は女が流した放送を一語一句聞き逃さずに頭の中に入れる。

「もうそろそろ、1時間か……。」

そして、立ち上がった。
彼がここで休息していたのは、自分が再び“カリス”に変身することが可能になるまでの時間を稼ぐため。
あと少し――恐らく30分程度で、それに必要な1時間が経過し、再びカリスベイルに身を包む事が出来る。
第一放送が始の心を焦らしたのか。まだ早いが、恐らく歩いているうちに時間は経過するだろうと。
そう考えて、始は小屋を出た―――その刹那。
始の背後から、凄まじい閃光と、爆音が轟いた。

「……ッ!?」

何があったのかと、咄嗟に振り向く。
既に自分が居た小屋は跡形もなく崩れ落ち、小屋の残骸を燃え上がる炎が包んでいた。
始には、状況がさっぱり理解できなかった。
自分が小屋を出た瞬間に、背後が光った。小屋が爆発し、一瞬で焼け落ちた。
状況を整理しようと、思考を巡らせる始に、一人の男の声が届いた。

「ヤハハ、運が良かったな青海人。あと少しでも小屋から出るのが遅ければ、お前は黒コゲだ」
「貴様……」

その眼光の先に、一人の男を捉えた。
声の主は、始から見て、斜め上――小高い木の枝の上に立っている男。
真っ赤な剣を握りしめ、背中からはまるで雷神のような太鼓を生やした、半裸の男だ。
実に愉快そうに笑うその表情は、あの女と同じ殺人者の目。
男の周囲でバチバチを輝く青い電流は、始の目にもハッキリと映った。
間違いない。こいつは人間ではない―――アンデッドだ。
それが解れば、始のすることは決まっている。
すぐに腹部に変身ベルト――カリスラウザーを出現させ、一枚のカードを取り出した。

それは眼前に敵が現れた場合の反射的な行動。
自分の前に立ちはだかるものが現れた場合はいつだってこうしてきた。
手に握ったカードは、ハートのA―-チェンジマンティス。

「貴様……アンデッドか。」
「アンデッド? 違う。私は―――神だ」

神だと? 統制者気取りのつもりか? 馬鹿馬鹿しい。
男の戯言を無視し、始はチェンジマンティスのカードをラウザーに通そうと、カードを眼前に翳した。
手をぐりんと一回転させ、相手に蟷螂の模様が見えるように持ちかえる。
そして「変身」、と。そう呟こうとしたところで、途中で始の腕が止まる。
自分は今何をしようとしていた? 言うまでもない。カリスに変身しようとしたのだ。
反射的な行動とは言え、始はすぐに自分の行動の愚かさを呪った。
闘争本能の赴くままにカードを翳したはいいが、まだ変身制限は解けていないのだ。
始は小さく舌を打つと、Aのカードを再びポケットにしまった。
次に自分はどうするべきかを思考する。目の前にいる相手に視線を向け、相手の実力を想像する。
まず真っ先に感じたのが、奴の放つ殺気。相当な死線を潜り抜けてきたであろう男の殺気は、始でも警戒せずにはいられない。
次に、人間体のままであるにも関わらず、ただの一撃であの小屋を焼き払った力を見るに、相手は恐らくかなりの実力者。
別のアンデッドに擬態して戦うことも考えたが、しかし始の持つカードにカリスに並ぶ能力を持ったプライムベスタは存在しない。
出来る事ならカリスとして戦う力は残しておきたいが故、別のアンデッドへの変身は却下。
かといってジョーカーへの変身など、話にならない。あの力を使うまでもない上に、使う気もない。
ならば残った選択肢はただ一つ。

「どうした青海人。逃げないのか?」
「俺達の運命に逃げ場は無い……貴様は俺が封印する。」

言うが早いか、始は自らの手の中に弓を形成した。
ジョーカーの能力により生み出される武器――醒弓カリスアローだ。
カリスアローの弓を引き、エネル目掛けて、光の矢を発射した。
だが、弓はエネルの身体には届くことなく、エネルの身体から発せられた電流により消滅した。

「ほう……そんな武器を隠していたのか」

エネルは不遜の態度を崩さない。右腕を青白く輝かせながら、薄気味悪い笑みを浮かべるのみ。
始はすぐに、エネルの右腕が光り輝く意味を悟った。恐らくはあの電流から発せられる雷撃なのだろう。
次の瞬間、始は地面を転がり、攻撃を回避。雷撃が放たれた場所に視線を移すと、自分がつい先刻まで立っていた地面は黒く焦げついていた。
恐らく数万ボルト以上の電撃なのだろう。これを食らえばただでは済まないのは明白だ。

―――変身が出来るようにになるまで、時間を稼ぐしかないか。

そう判断を下した始は、カリスアローを正面の地面へと向けた。
弓から放たれる光の矢を、自分の正面の地面に向かって、弧を描くように連射する。
爆発した地面から発生するのは、弾ける火花と、立ち上る煙。
これで一瞬でも奴の視界は煙に覆われることになる。始は踵を返し、走りだした。


それから数秒後、煙が晴れた場所に、始の姿は無かった。
始が逃げたのだと判断するのにそう時間は掛らず。エネルは一人呟いた。

「つまらん小細工だな……。」




始は真っ直ぐに走っていた。これといって目指す場所などは何処にもない。
かといって逃げるつもりもない。エネルとの距離を開けるため、ただ時間を稼ぐのが目的だ。
禁止エリアが指定されるのは早いものでも7時から。
この戦闘中、少しの時間を稼ぐだけならば、禁止エリアの心配をしながら走る必要もないだろう。
やがて始が蹴る地面は、土や岩がほとんどだった平地から、舗装されたアスファルトへと変わっていく。
始の周囲の障害物も、木や岩から、大小様々なビルへと変わっていく。市街地エリアに入ったのだ。
市街地エリアに入ってから数百メートルくらいの位置まで走ったところで、始は一つのビルの中に入った。
ビル内部の窓を開け、そこから少しだけ顔を覗かせ、追跡者との距離を確認する。
それから1分も経たないうちに、始の視界にオフィス街を歩く半裸の男が入った。

「ヤハハ、逃げても無駄だ青海人。お前の居場所は分かっている」

馬鹿馬鹿しい。そんなハッタリに騙されるものかと、始は再び窓の下へ身体を隠す。

「出てこないのなら、その建物ごと破壊するぞ?」

始の耳に入ったのは、不可思議な擬音。ばりばりばり、と。
まるで電流が走るような。雷が落ちた時に聞こえる音。
まさかと、始はビルから少しだけ顔を覗かせ―――

「神の、裁き《エル・トール》」
「……ッ!?」

目が合った。青白く輝くその腕を、ビルの内部へと向けるエネルと。
始は何を考えるでもなく、真っ先に窓ガラスを突き破り、外へと転がり出た。
オフィス街のアスファルトを転がった始は、すぐに耳を劈くような爆音に表情を歪める。
自分が今まで隠れていたビルの一階から三階あたりにかけてのフロアが爆発し、粉々に吹き飛んだのだ。
根元付近のフロアのごっそり持っていかれたビルは、その重さに耐えきれる筈も無く――
ごごごごご、と。低い地響きを鳴らしながら、倒壊し始めた。
いくら自分が不死身のアンデッドとはいえ、ビルの下敷きに潰されるのは御免被りたい。
故に始は、ビルが崩れ落ちる寸前に走り出した。
幸いにも、ビルはエネルと始の間の空間に崩れ落ちた。それはつまり、エネルと自分の間の道を隔てるということ。
崩れたビルは向かい側に建てられたビルをも巻き込み、大きな砂煙を立てていた。


カリスへの変身可能時間まで、残り20分弱。
あと20分弱という、タイムラグにしては異様に長い時間を、何とかして稼がなければならない。
故に始は、複雑に入り組んだオフィス街をがむしゃらに進んで行く。
何故さっき、奴が自分の居場所に気づけたのか。それは始には解らないが、奴に相手の居場所を感知する能力があるのなら話は別だ。
恐らく、アンデッドである自分を感じることが出来るのは、奴が自分と同じアンデッドであるからだろう。
だとすれば一つ引っかかる。何故自分は、ここまで近づいて奴の気配を察知できない?
奴をアンデッドだと仮定するなら、自分のセンサーにも引っかかる筈だ。それなのに、奴は自分にそれをさせない。
確かに上級アンデッドともなると、気配を消すことが出来る奴も居る。
だが、これだけ接近したとなると話は別だ。一度肉眼で捕らえた相手を見失うなど、今までの自分には考えられない。
となれば。考えられる理由は二つ。
制限によって自分の感覚が鈍らされているのか。
奴がアンデッド以外の何者かであるか。
そんなことを考えていると、始のすぐ後ろに建てられていたビルに、高圧力の稲妻が落とされた。
さっきのビルと同じように爆発し、破片が飛び散る。

「さぁ逃げろ青海人。ゲームはまだ始まったばかりだぞ? ヤーッハッハッハ!」
「チィ……ッ!」

声が聞こえる。あの男の、楽しそうな声が。始は無意識のうちに、舌打ちしていた。
どうやら休んでるを与えるつもりなど無いらしい。飛んできたビルの破片をかわしながら、始は再び走り出した。




「ヤハハ! さぁ、もっと逃げろ。宴はまだ始まったばかりだぞ青海人!」

エネルの顔に浮かぶのは、満面の笑み。
気持ちがいい。実に、気持がいい。
これが神のみに許された悦楽。逃げ惑う獲物を追い立て、追い詰め、命を奪う。
それこそが狩人の楽しみ。逃げる獲物の悲鳴が、何よりも心を満たしてくれる。
空島で、神として君臨していた時代。さからった民をどこまでも追い詰め、神の裁きを下していた頃の快感を思い出す。

「これだ……この感覚だ!」

久々の歓喜に酔いしれながら、エネルは両腕を再び発光させる。
自分の前方のビルの向こう、あの青海人が隠れていることは分かっているのだ。
この程度のビルを破壊するのに、両腕さえ雷化出来れば十分。
さぁ逃げ回れ、と。心の中で呟き、エネルは放った。神の裁きを。
響く爆音。大きな風穴を開けるビル。神の裁きから逃れるべく、再び青海人が走りだした。

ここまでの6時間で、自分は十分に狩りを楽しむことが出来なかった。
故にエネルは、その鬱憤を晴らすように建造物を破壊していく。
破壊により生じる爽快感と、獲物を追い詰める言いようもない快感が、エネルの心を支配していた。
その時であった。

ぱりぃん、と。エネルの傍の窓ガラスが割れた。
エネルが反応するよりも早く、窓を突き破って光の矢が迫る。
が、ギリギリでエネルは身体を数センチだけ反らし、光の矢を回避。
それでも完全に回避することは出来ず―――エネルの頬に、小さなかすり傷が出来た。

「ほう……?」

ぽつりと呟くエネルの口元は、小さく釣り上がっていた。




カリスへの変身可能時間まで、残り15分。
エネルの攻撃から逃れるために、始はひたすらに走る。
走れば走るほど、このオフィス街のビルは破壊されていく。
それでも、あと少し。あと少しだけ時間を稼ぐことが出来れば、反撃が出来るのだ。
始は再びカリスアローを形成する。今度はビルを挟んで、エネルが居るであろう位置と相対する位置へと走る。
始から見て、ビルの窓の向こう側にエネルが見える。恐らく奴には隙など無いのだろう。
故に、向こうに気付かれる前に。すぐに弓を引き、エネルへと矢を飛ばした。
ガラスの割れる音が始の耳に入る。始の耳に聞こえると言う事は、エネルにも聞こえるということ。
故に始は、弓を発射後、命中したかどうかの確認をする間も無く、地面を蹴った。
それからすぐに、自分が攻撃する為の障害物に使われたビルは、青い稲妻により破壊された。

「面白い攻撃をするじゃあないか青海人よ。逃げるだけでは無いということか?」

エネルの声に、始は軽い苛立ちを覚えた。
誰かに苛立たせられるのは久々だ。いつかあのアンデッドに言われた言葉を思い出す。
『人間の匂いがするぞ、カリス』と。元々感情のない殺戮兵器であった筈の自分が、
こうして感情を持つきっかけとなったのは、紛れもなくあの家族の――栗原親子のおかげなのだろう。
だからこそ、自分はこんな処で死ぬわけには行かない。何としても帰還し、彼女たちのそばにいてやらなければならないのだ。
エネルなどは自分がこのバトルファイトに優勝するまでの障害の一つに過ぎないのだから。

やがて始が見つけたのは、崩れていった他のビルよりも一回りほど巨大な高層ビル。
高さで言うと、およそ100メートル前後。横幅も、他のビルよりもさらに巨大だ。
他にもこんな高さのビルはいくつか存在するが、それらのビルはエネルに破壊されてはいない。
単に始がそう言ったビルのそばによらなかっただけという理由によってだが、恐らくはエネルもこう言ったビルを積極的に狙おうとは思わなかったのだろう。
ここがどんな目的で使われていたビルかは始の知るところではないが、今は迷っている暇など無い。
始は迷うことなく入口のドアを光の矢で破壊し、内部へと踏み込んだ。

―――このサイズのビルならば、そう簡単に崩れはしない筈だ……!

そんな考えの下で、始は真っ直ぐにフロア中央付近の階段を目指した。恐らくたった一度の電撃でビルが崩れることはないはずだ。
懸念するべきは、例え強度の高いビルの中に居たとしても、エネルの電撃に壁は耐えられないであろうということ。
外側からあの電撃を受ければ、間違いなくビルのおよそ半分くらいまでは貫通されるだろう。
故に立ち止まることは許されない。もしも一瞬でも隙を見せれば、先刻奴が言った通り、始の身体は黒コゲ間違いなし。
解っているのは、立ち止まれば間違いなく自分の死期を早めることになること。
そして、始の狙う“ある物”がこのビルの屋上に設置されていること。
以上の二つを踏まえて、始は一階の階段を駆け上がってゆく。

始が二階から三階に差しかかる辺り。
どごぉん、と爆音が響き、始が今さっき走り抜けた場所に光が差し込んだ。
ちっ、と。小さく舌打ちをしながら、しかし始は立ち止まらずに走り続ける。




「ほう……逃げ方を変えたか」

始が入っていったビルの前に立って、エネルは一人ほくそ笑んだ。
いよいよ袋小路かと。もうゲームは終わりなのかと。少しつまらないような、それでいて嬉しい感覚。
獲物を追い詰めた時に感じる感覚だ。
ビルの中をせわしなく走り回る始の位置を捕捉。エネルは再び右腕を発光させ、神の裁きを放つ。
始の恐怖心を煽ろうと、狙うは始が通り過ぎた直後の地点。
哀れにも神の裁きを受けることとなったビルの壁には、見事に風穴が開き、そこから走り抜ける男が垣間見える。
どうやら男は上に向かっているらしい。が、上にあるものは何もないただの屋上。どう考えても袋小路だ。
そろそろチェックメイトかと、エネル自身も動き始める。
その強靭な脚力で、一気に自分が空けた穴へと飛び上がる。ビル内部へと侵入したエネルは、上の階層へと目を向けた。
まずは小手調べとばかりに、エネルは右腕から放電を開始。上の階層へと向け、稲妻を放った。
再び響く爆音。エネルがいるフロアの天井から、フロアで言うと五階までの天井と床に大きな風穴が開いた。
そしてもう一撃。エネルが再び腕を発光させるが。

「……っ!」

今度は自分が稲妻を放つ前に、天井に開いた穴から無数の光の矢が降り注いだ。
もちろんエネルにはそんな攻撃が通用するはずもなく、その全てはエネルが発した電撃により撃ち落とされる。
が、攻撃に失敗した事には変わりがない。エネルが光の矢を防いでいる間に、始はエネルが開けた穴を飛び越え、さらに上の階へと進んだらしい。
ビルに入り込んだことから、もう諦めたのかとばかり思っていたが、どうやら奴はまだ諦めたわけではないらしい。
だが、だとすれば何のために屋上を目指す? と、一瞬顔をしかめるが、すぐにその考えを振り払う。
奴がどこまで逃げようと、狩るものと狩られるものの立場は変わりはしない。
ならば自分はただ追い詰めるのみ。せいぜい楽しませてくれと、再び不敵な笑みを浮かべ、エネルは天上へと跳躍した。




―――あと10分だ。あと10分で、カリスに変身出来る。

その考えを胸に、始はひたすらに階段を駆け上がる。
四階から五階へと続く階段を登る途中、始が蹴った階段に、またしても大きな穴が開いた。
一瞬だけ振り向き、穴の下に視線を落とす。そこにいるのは、紛れもないあの雷男だ。
この攻撃自体は回避できた。だが一つ問題が発生。
エネルから視線を外し、天井を見上げる。どうやらエネルの雷撃は四階だけでなく、五階まで貫通したらしい。
すでに階段に穴が開いてしまっているのなら、飛び越えればいいだけの話。
だが、それに伴うリスクは大きい。床に穴が開いているという事は、とび越える一瞬の無防備な姿も、下から丸見えなのだ。
だが、ここで迷っている時間などある筈もなく。ここへきて何度目か分からない舌打ちをした後、始は再び走り出した。

問題の階段まで、時間にして約数秒。すぐに駆け上がった始は、走りながらカリスアローを構える。
弓を引いたカリスアローが狙うは、床に開いた風穴の下。
別に当てなくてもいい。一瞬だけ、始がこの穴を飛び越えるだけの時間を稼げればそれでいいのだ。
故に始は、穴を飛び越えると同時に、構えられたカリスアローから光の矢を連射。
だが、それが着弾した音も。男の悲鳴も聞こえない。
聞こえるのは、バリバリと、電気が流れる不快な音のみ。
解ってはいたが、矢はあの電流に防がれたのだろう。始はすぐに再び走り出した。

が、六階へ来て問題が発生した。今まで階段があったはずの場所に、ある筈の階段が無いのだ。
ただ何もない廊下がそこに顕在し、入り組んだ廊下が始の眼前に広がっていた。
どうやら六階から上は、階段の位置が違っているらしい。
始は階段の位置を探るために、すぐに廊下を駆け始める。

まずは一つ目の曲がり角。始が角を曲り、その奥へと進んだ刹那、聞きなれた爆発音と共に、自分が走って来た廊下に太陽の光が差しこんだ。
その理由はもう考えるまでもない。始はそれについて考えることを止め、さらに奥の曲がり角を曲がる。
どこにあるかもわからない階段を探しながら、「これだから高層ビルは……!」などという愚痴を抑えて走る。
始が走る度、逃げ回る度にビル内部の廊下に出来る風穴。ビルのデザインとしては悪趣味な事この上ない風穴を作りながら、始はひたすらに走る。
これだけ走り続けたのだ。ただの人間ならばすでに息が上がっても何ら不思議では無い。
だが、始はそれをしない。それは彼が人外――アンデッドだからなのだろう。
アンデッドとして、ジョーカーとして培われた体力の全てを賭けて走り続けた始は、ついに階段を発見した。
このフロアだけで3分は時間を潰せただろうなどと考えながら、始は階段を駆け上がる。
すでにビルの半分以上は登っているのだ。屋上まではあと少し。

始はひたすらに階段を駆け上がった。
始が走り抜けた後に残るのは、焦げたビルと、不自然な風穴。
本来ならば美しい外見を保っていた筈のビルも、今や見るも無残な姿になり果てていた。
それは、第三者が見れば何が起こったのかと心配する程の凄絶さ。
それでも走り続けた始が開ける最後のドア。その先に待っていたのは―――




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