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誇りの剣 ◆9L.gxDzakI




『――の命が奪われるのかしらね。今から楽しみだわ』
 インテグラ・ファルブルケ・ヴィンゲーツ・ヘルシングが最初に耳にしたのは、どこか聞き覚えのある声だった。
 瞼が重たい。意識はどこか朦朧とし、未だ夢の中にでもいるかのような感触。
 だが、細身の全身へと襲い掛かる苦痛が、彼女の完全なる覚醒への時間を幾分か早めていた。
『それじゃあ、あなた達の活躍を期待しているわ』
 と、同時に、聞こえてくる声がより鮮明さを増していく。
 発せられた場所は、自分の耳にかなり近い。至近距離から、放送機材を介したようにして流れてくる。
 曖昧な記憶を手繰りながら、それらしいものはなかったかと思案と、すぐに首輪へと思い当たった。
 このデスゲームとやらが始まった瞬間に、首元につけられていた爆弾首輪。
 なるほど確かに、耳を澄ませてみれば、この女の声は確かに首から聞こえていた。
 と、同時に、その「始まった瞬間」という情報から、声の主の正体が思い浮かぶ。
『ふはははははははははは、はははははははははは、はははははははははは――』
 プレシア・テスタロッサだ。
 身体が思い通りに動くならば、歯軋りの1つでもしたくなるような不快感が込みあがる。
 この下らない殺し合いを催し、自分をこのようなふざけた処遇に貶めた女。
 全くもって、下品で、不遜で、深い極まりない高笑い。苦々しい思いが内から湧き上がるのを感じた。
 全てが万事、この女のせいだ。
 今まで要らぬ苦労を強いられていたのも。原因は記憶にないが、こうして今自分が痛めつけられているのも。
 憎悪と憤怒を胸へと抱き、しかしその思考は、極めて冷静に現状を探る。
 この放送を行っているのは、紛れもなくプレシア本人だ。だとすれば、一体何の用事で、こうして語りかけたのだろう。
 いや、そもそもここはどこだ。背中に伝わるのは、ソファか何かのような柔らかな感触。
 意識が途切れる前に記憶していたのは、古臭い小さな駅の一室。もちろん、こんなものは置いていなかったはずだ。
 であれば、あそこからこの場所まで連れてこられた線が濃厚となる。恐らく、同行していたギンガによって。
 とにもかくにも、実際に見てみなければ分からない。鉛のように重い瞼を、ぐっと力を込めて開く。
 目に入ったのは、どこかの建物の部屋だった。駅の部屋よりは遥かに広く、壁も天井も別物だ。
 そしてこの様式には見覚えがある。いいや見覚えどころではない。自分はここをよく見知っている。
 英国風の建築は、自らの居城たるHELLSING本部だ。父たる先代頭首アーサーから受け継いだ、第2の実家にも等しい場所。
 そうか、自分はどうにかここにたどり着けたのか。
 当面の目標が達成されたことに、わずかな安堵を覚える。
 と、視界の中に人影があった。紫ががった、青色の髪が。
 視線を傾けると、その床にはギンガが座り込んでいる。
 当然と言えば当然だ。彼女がここにいなければ、一体誰が自分をここまで連れてきたのか、ということになる。
 だが、様子がおかしい。
 その表情に力がない。うつむいていながら、その床にさえも焦点は合わさず、どこかぼんやりと遠くを見ているような目。
 自分が目覚めた気配にも全く気付くことなく、ただその手に支給された筆記具を握って、呆然とした様子のまま静止している。
 弱冠17歳でありながら、捜査官として優秀なスキルを有した、頭の切れる彼女とはまるで別人だ。
 注意深いギンガならば、こうして自分が目覚めたことには、すぐに気付いてもおかしくはないだろうに。
 まるであの銀髪のヨウカイとやら――殺生丸を見つけた時のような。否、気配はその時よりも遥かに危うい。
「……どう、した……ギンガ……?」
 喉の奥から搾り出すようにして、掠れるような声を出す。
 どうにも身体が思うように動かせない。単純な擦り傷切り傷、打撲の類でもなさそうだ。
 その身体でどうにかこうにか発した、呻きにも似た声にすらも、彼女が気付くには一拍の間を有した。
 ゆっくりと。ギンガの首が動いていく。ソファの上に横たわる、インテグラの視線の方へと。
「インテグラル卿……」
 震えるような声だった。
 凛とした態度を崩さぬ彼女にしては、なんと弱々しくか細い声だろう。
 仮面のように貼りついた無表情には、未だ何の色も浮かばない。視点も果たして、自分に合っているのかどうか。
 ふと、よく見ると、ギンガの座り込んだ場所には、1枚の紙が置かれていた。
 前もって支給されていた、参加者達の名前が並べられた名簿だ。
 見ると、そこにある名前のところどころに、丸い印が描かれている。
 アグモン、エリオ・モンディアル、カレン・シュタットフェルト、神崎優衣……総勢13の参加者の名前。
 そして欄外にも、何かが歪んだ字体でメモ書きされていた。
 7時からB-1、9時からD-3、11時からH-4。これは要するに、このフィールドの地図上での区切りを示しているのだろうか。
(ああ……)
 それでようやく察した。
 人の名前、3マスのエリア。それを告げるための放送。
 そういえばこのデスゲームでは、6時間ごとに死者と禁止エリアを発表するための、定時放送が行われるのだと。
 であれば、印のついた名前は、救えなかった犠牲者達。欄外に書かれたのは禁止エリア。
 そして、名簿に印を刻まれた者達の中には。
「……殺生丸さんが……」
 気付いた時には、横たえられた自分の身体に、ギンガがしがみついていた。
「殺生丸さんが……殺生丸さんがぁ……ッ……!」
 ひたすら男の名前を呼びながら、堰を切ったように泣きじゃくる。
 とめどなく溢れる熱い雫が、インテグラの纏っていた服へと染みを作る。
 名前が呼ばれていたのだ。あの銀色の髪と、蒼月の紋様を持った魔物の名が。
 有り得ない話ではなかった。確かに殺生丸の力は、常人は愚か並の魔導師よりも遥かに高い。
 目にも止まらぬ速度のストレートで、ああも簡単にギンガを殴り倒したのだ。
 見た限り、単純な攻撃速度はスバルよりも速い。吸血鬼の力を得て強化されたティアナでも、あれほどのパンチが出せるかどうか。
 ただそれでも、絶対とは言いがたい。ただ強いだけで、アーカードのような無敵の存在とは思えない。
 それがあの市街地で見せた、常軌を逸した発光現象を引き起こしたのだ。
 あれが彼と、あの場に現れた金髪の男との戦闘によるものならば、殺生丸とて無事とは言い切れないとは、分かっていたはずだ。
 インテグラは元より、ギンガさえも。
 それでも、理屈と感情とは違う。
 ギンガは喪ってしまったのだ。
 恐らく誰よりも憧れ、誰よりも尊敬し、誰よりも求めていたあの男を。
 痛みによってのろまになった腕を伸ばし、むせび泣く彼女の背中へと回す。
 この分では、落ち着くまでにはまだ多少時間がかかるだろう。気になることはあったが、全てはそれからだった。
 泣いて、泣いて、泣き叫んで。
 一生分にも等しき涙を、嗚咽と共に流し続ける。
 永遠に、久遠に続くように。
 捜査官の肩書きも、磨き上げられた理性もかなぐり捨て、ただひたすらに。
 ギンガ・ナカジマは、海よりも深き悲しみに暮れていた。
 そのまま数分が過ぎただろうか。ちょうど泣き声も徐々に落ち着いてきた頃、震える唇が開かれる。
「……インテグラル卿」
「何だ……?」
 名を呼ばれたインテグラは、即座にギンガの声に応えた。
「どこか、見つかりづらい、安全な隠れ場所はありませんか」
 そして、ギンガの問いかけに、内心で首を傾げる。
 隠れ場所、とは一体どういうことだ。それが一体何のために、必要になるというのだろうか。
 自分達の目的は、一にも二にもアーカードとの合流のはず。ここにいないということは、恐らくまだ発見できていないのだろう。
 では何故、隠れる必要があるというのか。むしろここは動くべきではないのか。
「わがままだってことは、分かっています……でも……どうしても、行かなきゃいけない場所があるんです」
 そして、その言葉を聞いて、ようやくインテグラは得心した。
 隠れるべきはギンガではなく、自分なのだ、と。
 今自分の口で言ったように、ギンガはどこかへ移動しようとしている。そしてそのためには、自分は邪魔になる。
 よく身体を見てみれば、インテグラは全身に火傷を負っていた。
 恐らくここにあったであろう医療器具を使い、応急処置は施されていたが、まだまだ動き回れるほどではない。
 こんな自分が一緒にいては、ギンガはろくに動くこともできないのだ。
 それが自分の都合にせよ、アーカードの捜索にせよ。
 故に、インテグラはここに残る必要があったのだ。それも、外部からはまず見つからない安全な場所で、息を潜めて。
「ああ……それなら、地下に牢屋があるはずだ。恐らく、そこなら安全だろう」
 提示したのは地下の牢獄。ヘルシング家頭首サー・インテグラルの、始まりの場所。
 その部屋に安置されていたアーカードと出会い、主従の契約を結んだことで、インテグラは再誕した。
 何も知らなかった貴族の娘から、化け物共(フリークス)掃討の最前線に立つ鉄の女へと。
 あの場所ならば衛生面もさほど問題にはならないし、何より鉄の扉は頑丈に作られている。
 罪人を収容するべき牢屋も、鍵をかければ、立派なシェルターに早変わりというわけだ。
「分かりました」
 返事と共に、ギンガがインテグラの身体を持ち上げる。
 そのまま背中に負わせると、ゆっくりと歩き始めた。
 彼女の表情は伺えない。声にもおおよそ感情が見られない。
 一体何を考えているのか、インテグラには知る由もない。
 ひょっとしたら彼女は、もうここには帰って来ないのではないのだろうか。
 本当なら、止めておくべきなのかもしれなかった。だが生憎と、この体たらくではできそうにもない。
「ちゃんと戻ってきますから」
 その心境を察したのか、ギンガが短く告げる。
 それを信じていいのかどうか、未だインテグラには、判断のしようがなかった。


【1日目 朝】
【現在地 D-5 HELLSING本部地下牢】

【インテグラル・ファルブルケ・ヴィンゲーツ・ヘルシング@NANOSING】
【状態】疲労(中)、全身に軽い火傷(応急処置済)
【装備】なし
【道具】支給品一式
【思考】
 基本:この殺し合いを止め、プレシアを叩きのめす。
 1.ギンガが戻って来次第、アーカードの捜索を再開。発見し、指揮下に置く。
 2.ギンガは大丈夫なのだろうか?
 3.できる事なら犠牲は最小限に留めたいが、向かってくる敵は殺す。
【備考】
 ※同行しているギンガが自分の知るミッドチルダに住む人間ではない事、
  一部の参加者はパラレルワールドから来た人間である事を把握しました。
 ※アーカードは参加者に施されているであろう制限の外にあると思っています。
 ※地下牢には鍵がかけられており、鍵はギンガが持っています。


 遠雷が鳴っている。
 ごろごろ、ごろごろと。
 耳に入ってくる音を、ギンガは漠然としか捉えることができなかった。
 別に雷鳴に気付いたからといって、その先に思考が及んだわけではない。
 ああ、今は天候が悪いんだ。雲の中で雷でも鳴っているんだ。そんな単純な思考すらも浮かばなかった。
 ふらふら、ふらふらと。
 一切の感情の浮かばぬ、茫然自失としたような面持ちで、ギンガが街中を歩いていく。
 心ここにあらず。実際、今の彼女には、余計なことは考えられない。
 彼女の心を占めるものがあるとすれば、それは今は亡き殺生丸の存在だ。
 あの空港火災から、そしてあの金髪の男から、二度に渡って自分を救ってくれた人。恐らく別の世界からやって来た、命の恩人。
 初めてギンガが目の当たりにした、こうありたいと願えるヒーロー像。
 そして、義父ゲンヤ以外で、初めてギンガが憧れを抱いた男の姿でもあった。
 さながら、御伽噺の白馬の王子様のような。
 そして遂に、彼女はその地へと足を踏み入れる。
 地図上における区分はF-7。あの蒼き極光の輝いた場所。このバトルロワイアルにおいても、最大の戦場跡の1つ。
 殺生丸とミリオンズ・ナイブズ。互いに人間を遥かに超越した2人の魔人が、持てる力の全てを燃やし尽くした場所だ。
 やはりと言うべきか、はたまた当然と言うべきか。
 蒼龍破とエンジェル・アームの激突した場所は、まさに地獄のごとき様相を呈していた。
 ひび割れたアスファルト。吹き飛んだ標識。ひどいものは完璧に倒壊したビルディング。
 並の天災すらも凌駕した、凄惨なまでの傷痕達。
 いかに魔導師が優れた戦闘力を持とうと、突き詰めればやはり人間でしかない。この惨劇の舞台を見れば、嫌が応にも理解できる。
 たとえ強力な砲撃を放てたとしても。たとえ音より速く空を飛ぼうと。
 やはり、これほどまでの被害を生み出すには至らないのだ。それこそ、人外の輩でもない限りは。
 かつり、かつりと。
 亀裂の走るアスファルトの上で、ギンガの靴音が鳴り響く。
 荒廃しきった惨劇の街。耳を打つ遠雷の音が、その異様さを一層引き立てる。
 地獄の釜の底を、彼女は幽鬼のごとき気配と共にふらふらと歩き続けていた。
 道しるべなど視界にはない。それでも、妙に確かに。見えない何かに手を引かれるように。
 そしてそこに、それはあった。
 砕けたコンクリートに突き刺さるのは、白銀に輝く一振りの刀。
 童子切丸。
 殺生丸の携えていた剣。最後の戦いに身を投じた妖怪の意志を体現するがごとく、燦然と煌く一振りの刃。
 その身に無数の傷を走らせながらも、決して砕けることなく輝き続ける太刀へと。
 光の中に消えた殺生丸の、遺品とでも言うべき傷だらけの刃へと。
 ふらり、ふらりとギンガが近づいていく。
 遂に刀身の元へとたどり着いた彼女は、ゆっくりとその剣へと手を伸ばした。
 両手を柄へと添える。力を込め、一挙にアスファルトより抜き放つ。
 歪にひび割れながらも、そこに湛えた光までは、決して歪むことなき至高の刃。
 その全貌が、燦々と照りつける陽光を浴びた。刀身に映るギンガの顔は、未だに虚ろな気配を宿したまま。
 す、と。
 童子切丸が動く。剣呑なる鋼の刃は、1人の少女の首筋へと。
 柔らかなギンガの肌の目前にまで、刀の刃先は寄せられていた。
 たとえ戦いには使えぬ死に損ないの牙といえど、無抵抗な皮膚を切り裂くことは可能だろう。
 今その左手を引けば、ギンガの首元を刃が襲う。
 動脈がことごとく引きちぎられ、真紅の血液がぶちまけられる。
 死と隣り合わせ。
 そんな状況になってもなお、ギンガの表情は変わらない。
 焦点が合わず、ただぼんやりと。
 遥か彼方へ向けられた、緑の瞳に映るのは何なのか。
 あるいは、あの強く気高き、白銀の妖怪かもしれない。
 誰よりも尊敬し、誰よりも憧れた。幼いあの日からずっと、こうありたいと願い続けてきた。
 彼女にとっての、たった1人のヒーローだった殺生丸さん。
 でも、もう彼はいない。
 この地で力尽き、跡形も残さずに消え失せた。
 ギンガの1番大切な人は、もう、この世のどこにもいはしない。
 さっ、と。
 静かに。だがしかし、確かに。
 あまりにも早く、軽い動作で。
 童子切丸の刀身が、引かれていた。





 ぱっ、と。
 灰色のゴーストタウンの中に、鮮やかな色素が広がった。





 ――ばさり。





 その音がギンガの耳に入ったのは、一拍の間を置いてからだった。
 雷鳴響く街の中、広がった色素は青紫。
 赤き血液からは遠くかけ離れた色が、風に舞い、虚空に踊り、亀裂が走る道路へと落ちる。
 切られてはいない。ギンガの白き首の肌は。他ならぬ彼女の生命線は。
 首筋には一切傷を残すことなく、赤き道筋を刻むことなく、童子切丸は引き抜かれた。
 切ったものが違うのだ。ギンガ自身の首ではない。
 鋭き刃が刈り取ったのは――髪。
 空中にぱあっと広がったのは、紛れもなく美しき髪の色。よく見れば、ギンガの右手が、彼女の後頭部で握られていた。
 断ち切ったのは命ではない。絶望から自害を選ぶほど、彼女は愚かな娘ではなかった。
 長く伸びた自身の髪を。見事な青紫のストレートヘアを。
 女の美の象徴たる長髪を、自らの意志で断ち切っていたのだ。
 軽く、瞳が閉じられる。
 ほどかれる右拳。ギンガに残された髪の長さは、やっと肩にかかる程度。妹のスバルと、もはやさほど変わらない。
 開かれた目は、再びエメラルドの輝きと共に。
 強く、優しく、まっすぐに。
 紛れもないギンガ・ナカジマの眼光が、その双眸に宿されていた。
 煌く切っ先を天へと掲げ。エメラルドの瞳を天へと向けて。
「殺生丸さん」
 遥か彼方を、仰ぐ。
 あの人はあの男を引き受けたと言った。あの男と戦い、自分達を守ることを約束したのだ。
 そして、彼は約束を果たした。キャロとははぐれてしまったが、少なくとも駅に着くまでは、3人全員生き残っていた。
 であれば、生き延びた自分には責任がある。あの殺生丸の誇りを受け継ぎ、戦い続ける責任が。
 ここで彼の死に押し潰され、それこそ自らも命を断つことがあれば、それこそ彼の誇りを地に貶める行いだ。
 故に、ギンガは背負う。17歳という若すぎる背中に、あの強く気高き美獣の魂を。
 いいや殺生丸だけではない。あの異様な半裸の男から、出会ったばかり自分を守ってくれた男――矢車想の命もそうだ。
 なのはの、ティアナの、エリオの、シグナムの。その他名前すらも知らぬ死者達の。
 救うことができなかった、13の人間の魂達。それら全てを一身に背負い、ギンガは立つ。
「殺生丸さんは、面倒だって鼻を鳴らすかもしれないけど……」
 実のところ、殺生丸はそんな大層な人格者ではなかった。
 自分より劣った人間も、それが引き起こす面倒事も大嫌い。
 きっとこの場に彼がまだいたならば、人間ごときを救って回るなど面倒だ、と切って捨てるだろう。
 その辺りは、彼を英雄視していたギンガにとってはショックでもあり、僅かながらに幻滅もしたのだが。
「私は戦います。この剣と共に……貴方から受け取った、誇りに誓って」
 それでもなお、ギンガにとっての殺生丸が、今でも絶対の存在であることに変わりはなかった。
 冷酷無慈悲な妖怪の男。確かにそれは、彼の本質の一部ではあっただろう。しかしそれだけでは、彼を語ることはかなわない。
 並外れた力、凄まじき素早さ。圧倒的な異能と共に内在する、かくも人を惹き付ける秀麗さ。
 洗練された芸術のように。神剣を振るう英雄のように。
 美しくも猛々しき、圧倒的な風格が、残忍性の上だけに成り立つはずもない。
 殺生丸を殺生丸たらしめているもの――それが、誇り。
 人間を超越した種族として。そしてその中でも、一際秀でた大妖怪としての矜持。
 自らの血統と、そこに宿された力への絶対的なプライドこそが、殺生丸の威容の正体だった。
 疑念もなく、弱気もなく。
 自らが歩む道、自らが切り開く道を信じ、一直線に駆け抜けるその姿勢こそが、最強の妖怪に宿る魔性の源泉。
 そして今なおその誇りは、この現世に残されていた。
 何物が立ちはだかろうとも。どれほど身を苛まれようと。
 たとえ命の灯火が燃え尽きる、その寸前の時が来ようとも、決して何物にも屈することなきその姿。
 千々に亀裂を刻まれようとも、決して砕けることなき童子切丸。
 もう自分は、殺生丸の死に震え、何も考えられなかった自分じゃない。
 この太刀を見つける前までの、何を為すかも決められず、ただ殺生丸の面影だけを追いかけていた弱い自分ではない。
 誇りの剣を受け継いだからには、その誇りに殉じることこそが。
「この殺し合いを止める。スバルも、キャロも、インテグラル卿も……みんな私が守り抜いてみせる」
 その揺るぎなき正義こそが。誰かを守るという意志こそが。
 ギンガ・ナカジマの背負うべき誇りであり、果たすべき責務でもあった。
 そう。まだ何も終わってはない。
 殺生丸がその命を散らしたからといって、全てがゲームオーバーとなったわけではないのだ。
 先ほど流れた放送の中で、遂にキャロ・ル・ルシエの名前が呼ばれることはなかった。
 突発的な事故とはいえ、結果的に置き去りにしてしまった同僚。
 どういうわけかは分からない。それでも、彼女は死んでいなかった。
 救えなかったとばかり思っていた少女は、今もどこかで生きている。
 故に、ギンガが救わねばならない。それが救えなかった者の責任だ。
 それに、未だ再会できぬスバルの存在もある。
 泣き虫で、弱虫で、それでも人一倍優しかった、同じ遺伝子を元に生まれた小さな妹。
 まだ母が存命だったあの日、自分はスバルに誓ったのだ。
 人を傷つけるのが怖いのならば。それを恐ろしいと思える心があるのならば。
 スバルは強くならなくてもいい。その代わりに自分が強くなる。
 尊敬する父や母のように、誰よりも強いヒーローとなり、愛しい妹をこの手で守り抜いてみせる、と。
 スバルが誰かを守れる存在に憧れ、力を手にすることを誓った今でも、その約束に偽りはない。
 終わりではない。ここからまた始まるのだ。
 切り裂いた髪は決意の証。喪われた者達の魂を背負い、残された者達を救うために。
 今こそ、誇りのために歩き出す時だ。
 殺生丸を追うためではない。管理局の職務のためだけでもない。
 天上で赤く熱く燃える、あの太陽のような。
 この胸に抱く、ギンガ・ナカジマの信じる正義のために。

 ――好きにしろ。

 ふん、と鼻を鳴らしながら。
 雄叫びのごとき遠雷の中で、あの男の呟きが、背中を押したような気がした。
 心地よく心に響く声が、ギンガの口元を緩ませていた。





(――違う!?)





 は、と。
 ギンガの瞳が見開かれる。
 柔らかな微笑みは即座に消え去り、その表情は急速に冷静さを取り戻していく。
 思考の糸は急激にその射程を伸ばし、明晰な捜査官の頭脳を一挙に再起動させた。
 気付いたのだ。この場に存在する違和感に。
 頭上に広がっているのは、快晴と言っていいほどの青空。燦然と太陽が輝く天には、暗雲の1つもありはしない。
 鳴っているはずがないのだ。この晴れた空の中で、雷など。
 こんな単純なことにも気付かなかったとは。ぎり、と奥歯を軋ませる。
 では果たして、今まさに響いている雷鳴は何だ。この稲妻にしか聞こえない音は、一体何故鳴っている。
(……雷……?)
 刹那、妙な既視感がギンガを襲った。
 雷――“神鳴り”とは、すなわち天上の神が鳴らす音の意だ。
 その雷鳴を轟かせ、地上に落雷を炸裂させる者こそが、“雷神”として神格化されている存在である。
 雷。そして、神。それらが記憶の中より手繰り寄せる答えは――
「ッ!?」
 途端、爆音が鳴り響いた。
 遠雷ではない。これは何かが爆発し、崩壊する、文字通りの爆音。
 即座に足元に発生する振動。轟く激音と相まって、それがギンガの思考を加速させていく。
 間違いない。これは天然の自然現象などではなく、人為的に生み出された雷鳴だ。
 その稲妻が攻撃手段として利用され、今まさにそこで戦闘が繰り広げられている。
 いいや、茫然自失としたギンガが、該当するエリアを通った時から、ずっと。
 通常ならば有り得ない。雷を落とせる魔導師もいるにはいるが、そのフェイト・T・ハラオウンの魔力の気配は感じられない。
 だが、ギンガは既に知っている。一切の魔力を必要とせず、雷撃を放つ存在を既に目撃している。
 雷。そして、神。この2つのキーワードが導き出す、たった1人の殺戮者。
「……神(ゴッド)・エネル!」
 矢車の仇とでも言うべき、忌まわしき男の名を叫び、ギンガは神鳴る方へと振り返った。
 そして、息を呑む。
 つい先ほどまで通った足跡より漂うのは、おびただしいまでの黒煙だ。
 街中のあちらこちらから、漆黒のスモークが湧き上がっているのが分かる。
 すなわちエネルは、何者かの命を奪うために、エリア丸々1つに大火災を引き起こした。
 確かに強いと思ってはいたが、まさかこれほどまでの存在だったとは。
 とはいえ、今は気圧されている場合ではない。随分と短くなった髪を揺らし、元来た道を駆け抜ける。
 エネルが戦闘を行っているというのならば、あそこには必ずいるはずだ。
 この戦いに巻き込まれた者。あるいは、あの雷操りし半裸の男に、戦いを挑んだ者が。


 行きはよいよい帰りは怖い、とはよく言ったものだ。
 通った時には、どこかで雷が鳴っているだけで、あとは普通だと思っていた街並みは、今や灼熱の海と化している。
 先ほどいた場所が地獄ならば、この帰路もまた地獄だった。
 陽炎に揺らめく大気。頬をじりじりと炙る熱気。
 ばっさりと長髪を切ったのは正解だったかもしれない。
 もしもあのままの髪型だったら、あっという間に汗だくになった全身に絡み付いて、鬱陶しいことこの上なかっただろう。
 そして当のギンガ本人は、そのことには一切思考を回すことなく、ひたすらに火中を走り続ける。
 あの自称神の気配は既にない。目立ちたがり屋の忌々しい高笑いが聞こえない。
 つまり、戦闘ないし一方的な虐殺は、既に今は終了している。
 どこかに生存者はいないか。エネルの襲撃を受け、この煉獄の炎の中に閉じ込められた者はいないか。
 グリーンの瞳をせわしなく動かし、ギンガは必死で人影を探る。
 そして、見た。
 粉々に爆砕されたビルのふもとに、ぐったりと倒れ伏した1人の男を。
 ベージュのコートに黒い髪。恐らくは、ゲンヤやなのはと同じ日系人。
 想像よりも早く見つかった生存者の元へ、脇目もふらさず駆け抜ける。
 うつぶせに倒れた男の身を起こすと、その胸元へと耳を当てた。
 どくん、どくん、どくん。弱々しいが、はっきりと鼓動が伝わってくる。微かにだが、呼吸も続いていた。
 まだ生きている。この人はまだ死んでいない。
 一刻も早く、インテグラの待つHELLSING本部へと連れて行かなければ。ギンガの判断は素早かった。
 こうした状況を想定していなかっただけに、今彼女の手元には一切の医療器具がない。
 それに、このままここに長く置いては、じきに呼吸困難で命を落としてしまうだろう。
 身体を屈めると、男の両手を己が肩へと回す。管理局制服の茶色い背中へと、男の身体が預けられた。
 重い。
 実際に背負ってみると、男性体の体格の重量というものが、いかに重いものであるかがよく分かる。
 炎の中で薄まる酸素。呼吸を阻む黒い煙。体力を奪う炎熱の温度。
 それら全てがギンガへとのしかかり、彼女の力をそぎ落としていく。
 苦しげな表情が浮かんだ。曲げられた膝が震えた。
 この炎の海の中、人1人をおぶることの何と苦しいことか。
 それでも。
 ギンガには諦めるつもりなど、毛頭なかった。
 燃え盛る灼熱。その中で助けを求める、弱々しき命。
 自然と彼女の思考は、4年前の事件へと遡る。
 空港火災事件。妹のスバルと共に巻き込まれ、殺生丸やフェイトと初めて出会った時のこと。
 白銀の髪と純白の毛皮をたなびかせ、緑に煌く鞭を振るう男の姿は、どれほど鮮烈に映ったことだろう。
 そして今、この場所で、あのシチュエーションが再現されている。
 轟々と渦巻く業火の中、かつての自分のように取り残された男がいる。
 救うべき者は――今は、自分だ。
「今度こそ、なるんだ……っ」
 唸るように、言う。
 誰かを救える存在に。苦しむ人々を守るヒーローに。
 他の誰でもない、自分が。
 この背にのしかかる重みは、自分がこれから背負っていくべき命の重みだ。これくらい耐えられなくてどうする。
 自らを鼓舞し、全身の人工筋肉へと力を込めた。
 もうここにいるのは、あの日あの場所で何も出来なかった、弱くて幼い自分じゃない。
 最愛の妹を助けることもできず、無力に状況に屈していた娘じゃない。
 救ってくれる者はいないのだ。自分が救わなければならないのだ。
 今こそ、ならなければならなかった。
 守られる側でない、守る側に。
 クイントに。
 ゲンヤに。
 フェイトに。
「……殺生丸さんに!」
 あの独立独歩の、美しき獣のように。
 命を救える力を持った、4年前の英雄のように。
 誇りの剣を受け継いだ今こそ、その力をも、受け継がなければならないのだ。
「う、お……おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
 雄たけびを上げる。
 ぱちぱちと炎の爆ぜる音にも負けぬ、腹の底からの絶叫を。
 持てる力の全てを込めて、背中に男を背負いながら、遂にギンガは立ち上がる。
 一歩、また一歩。
 猛火の責め苦に苛まれながらも、決して倒れることはなく。
 力強く、歩き始めていた。

 この時、ギンガには知る由もなかったことがある。
 今まさにその命を救うべく、背中に乗せた男の正体だ。
 ベージュのコートを纏う男は、名を相川始という。まさについ先ほどまで、エネルと熾烈な戦いを繰り広げていた男だ。
 そして彼もまた、あの殺生丸と同じく、人間ではない。
 不死の怪物アンデット。封印の戦士に擬態し、カリスという名の仮面ライダーとして振舞う男。
 そう。まさしく放送前にギンガ達を交戦し、彼女とキャロを引き裂いた張本人だった。
 偽りのヒーローの仮面を被り、その手を血に染めんとする魔物。
 それを救ったことが、ギンガにとってプラスとなるかマイナスとなるかは、未だ定かではない。
 確かなことは。
 彼の正体が何であれ。
 ギンガが始を、救いたいと願っているということだった。
 悲しみをその身に背負い、真のヒーローとしての道を歩み始めたギンガ・ナカジマ。
 偽りのヒーローを騙りながら、その胸に人間としての心を目覚めさせ始めた相川始。
 それぞれの存在が、それぞれに何をもたらすのか。
 この時にはまだ、誰一人として、知る由もなかった。


【1日目 朝】
【現在地 E-6 倒壊したビルの麓】

【ギンガ・ナカジマ@魔法妖怪リリカル殺生丸】
【状態】断髪、顔面に打撲(小)、疲労(小)
【装備】コルト・ガバメント(7/7)@魔法少女リリカルなのは 闇の王女
【道具】支給品一式、童子切丸@ゲッターロボ昴、ゼクトバックル(ホッパー)@魔法少女リリカルなのは マスカレード、
    ランダム支給品0~2(確認済)、地下牢の鍵
【思考】
 基本:この殺し合いを止め、プレシアを逮捕する。
 1.始を伴い、インテグラの待つHELLSING本部へと帰還する。
 2.殺生丸さんが繋いでくれたこの命……絶対に無駄にはしない!
 3.インテグラを護衛し、アーカードを捜索する。
 4.できる事なら誰も殺したくはない。
 5.可能ならば、六課の仲間達(特にスバル)とも合流したい。
【備考】
 ※なのは(A's)、フェイト(A's)、はやて(A's)、クロノの4人が、過去から来た事、
  また一部の参加者はパラレルワールドから来た人間である事に気付きました。
 ※「このバトルロワイアルにおいて有り得ない事は何一つない」という持論を持ちました。
 ※制限に気がつきました。
 ※インテグラがいなくなった後のアーカードに恐怖を抱き始めました。
 ※アーカードを暴走させないためにも何としてもインテグラを守るつもりです。
 ※童子切丸@ゲッターロボ昴は既にぼろぼろで、戦闘には使えません。
 ※始がカリスであることを知りません。

【相川始@魔法少女リリカルなのは マスカレード】
【状況】気絶中、疲労(大)、重症(回復中)、1時間変身不能(カリス)
【装備】ラウズカード(ハートのA~10)@魔法少女リリカルなのは マスカレード
【道具】支給品一式、パーフェクトゼクター@魔法少女リリカルなのは マスカレード
【思考】
 基本:栗原親子の元へ戻るために優勝を目指す。
 1.…………(気絶中)
 2.見つけた参加者は全員殺す(アンデットもしくはそれと思しき者は優先的に殺す)
 3.あるのならハートのJ、Q、Kが欲しい。
【備考】
 ※参戦時期はACT.5以前。なのは達の事は名前のみ天音より聞いた事がある(かもしれない)程度です。
 ※自身にかけられた制限にある程度気づきました。
 ※首輪を外す事は不可能だと考えています。
 ※「他のアンデットが封印されると、自分はバトルファイト勝者となるのではないか」という推論を立てました。
 ※相川始本人の特殊能力により、アンデットが怪人体で戦闘した場合、その位置をおおよそ察知できます。
 ※エネルという異質な参加者の存在から、このバトルファイトに少しだけ疑念を抱き始めました。



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