Face ◆9L.gxDzakI
「何でこんなことになっちゃってるのかなぁ……」
ふぅっ、とため息をつく。
神社の賽銭箱に背を預けながら、新庄・運切が1人呟いた。
自分の目の前に広がっているのは、間違いなく神社の境内の光景である。
少し視線を奥まで飛ばせば、立派にそびえ立つ真紅の鳥居も見えた。
だが、その事実を容認するには、いささか問題があった。
意識を失う直前まで自分がいたのは、海沿いの基地・機動六課の屋上だ。
そしてそこで、同行していた1人の少女――フェイト・T・ハラオウンの襲撃を受け、恐らく海へと落下したのである。
そこの辺りは、正直記憶が曖昧だ。
だが、全身がずぶ濡れであること、またそこに海水特有のべたつきがあることから、そうだと判断していいだろう。
要するに、自分はここにいるはずがないのだ。
自分がいるべき場所があるとすれば、海中か、もしくは海岸であるべきであり、こんな内陸の神社ではない。
少なくとも、六課隊舎の近場には、こんな場所はなかったはずだ。
もっとも、既に地図をなくしてしまった新庄には、それを確証に変えることなどできはしないのだが。
ひゅう、と。
吹き抜ける風が冷たい。身体が海水で濡れているからか。
このままじっとしていても薄ら寒いだけなので、手にした認識票へと声をかける。
「ストームレイダーさん、地図の内容ってまだ覚えてる?」
『……六課隊舎の位置を調べた時に、一応バックアップを取っておきました』
この新庄の妙に腰の引けた物言いは、もうどうしようもないと思った方がいいのかもしれない。
僅かに呆れたような間を空けた後、認識票――の形を取ったデバイス・ストームレイダーが答えた。
銃か大砲かという違いこそあれど、使い慣れた「狙撃」という用法のために生まれた、異世界のインテリジェントデバイス。
なくしたのは地図だけではない。彼の手元に残っているのは、もはやこの機械仕掛けの相棒だけなのだ。
食料も、土壇場で彼を守った防護賢石も、そもそもデイパックそのものがここにない。
恐らく海に落ちた時のフェイトの襲撃か、あるいはその後で海に落ちた時かになくしてしまったのだろう。
「あのヘリも、多分壊れちゃってるだろうな……」
ストームレイダーがデータを呼び出している傍らで、呟いた。
思い返されるのは、あの六課隊舎の屋上にあったヘリコプターだ。
この殺し合いから皆で脱出するための手段として確保し、操縦法のレクチャーまで受けた。
しかしあのヘリはもう存在しない。彼女の攻撃で破壊されたに違いない。
何故フェイトが急に襲ってきたのかについては、これまでに散々考えてきた。そして、さっぱり理由が分からなかった。
こればかりは、また会ってみなければどうしようもない。故に、今はヘリのことを考える。
あれが破壊されたということは、今度は他の代替案を考えなければならないのだ。
果たしてこのデスゲームの会場に、あれの代わりを務められるようなものがあるだろうか。
『――地図データ、出します』
と、そこへ響く機械音声。
すぐさま新庄の眼前に、彼が持っていた物と大体同じ地図の映像が映し出される。ご丁寧に、禁止エリアには印が描かれていた。
「やった! ありがとう、ストームレイダーさん」
僅かに声を弾ませながら、手元の認識票へと感謝した。
これで少なくとも、現在地や周囲の状況はカバーできるわけだ。であれば、まだまだできることはある。
ひとまずは現状確認。自分に何が起こったのかを確かめるためにも、現在地と機動六課の位置を探す。
「機動六課はH-3で、ここはA-4……かぁ」
『南端から北端まで、一気に移動しましたね』
ストームレイダーの声を聞き、またひとつ、溜め息をついた。
これは一体どういうことだ。要するに自分は、一瞬にして8マス分もの距離を移動したということか。
とすると、非常に面倒なことになる。こんなに距離が離れていては、フェイトを追うことが難しくなるのだ。
当然、殺し合いに乗った彼女を止めなくてはとは思う。
だがここから彼女を追いかけようとすると、必然的にとんでもない距離を移動することになる。
もちろん、向こうも黙って待っているはずがない。他の参加者を探すため、じきに移動を開始するはずだ。
つまり、このままでは確実に見失ってしまうということ。
ならば、どうする。どうやって彼女に追いつけばいい。
解決すべき問題はそれだけではない。ヘリの代わりはどうする。時間が経てば腹も減るだろうが、ではその時はどうする。
全てを考えるとためにも、まずもう一度、地図データを垣間見た。
「……南端と……北端?」
そして、ふと、気付く。
何の気なしに、機械の相棒が放った言葉に。
『どうしました、新庄?』
何か思い当たることでもあったのか。
不意に漏れた声を聞き取ったストームレイダーが、新庄へと問いかけた。
「……これ、ここからこういう風に移動すると、このマスに着くよね」
地図上を指先で示しながら、確認した。
触れることのできない映像の上で、最初に指したのはH-3のマス。六課隊舎があった場所だ。
そこからすっと指を下向きに運び、次いで右に運ぶと、I-4へとたどり着く。
「で、これをこうすると……」
瞬間、細い指先が劇的に移動した。
視点は世界の限界を超え、次元の境界を突破する。
地図上の南端から北端へと、「4」の縦列を一気に北上。
「こうなる」
たどり着いたのは――現在地たる、神社。
「……と、こんな感じに端と端が繋がってた、とか」
『フィールドの境界を跨ぐことで、反対側へと転移する、と?』
「そんな感じじゃないかな。それなら、僕の移動も説明がつくと思うんだけど」
もちろん、途方もない話ではあった。
会場の端と端が特殊な転移魔法のような仕掛けで繋がっており、ループする構造になっているだなどとは。
TVゲームなどにおいてはよくある光景だろう。だが、現実にそれが可能かと言われれば、まず首を縦に振ることはできない。
強いていえば、たとえば「箱庭の風景は連続する」などといった概念空間。それが最も近いのか。
だとしても、この効果範囲と大規模すぎる効果は、明らかに異常なものだ。
敵の技術がいかに強大であるかということを、改めて思い知らされた。
そして、仮にそれを真実だとすると、1つ問題が発生することになる。
「つまり、最初からヘリでの脱出は無理だった……?」
脱出方法として考えていた手段が、真っ向から否定されるということだ。
これまで新庄は、フィールドの端について、もう少し単純な構造を連想していた。
それこそ、単に巨大な塀がそびえ立っているだとか、あるいは、その境界を越えると首輪が爆発するだとか、といったところ。
これならまだよかった。首輪の解除さえできれば、飛行手段を使えば脱出できた。
だが、今回のようなケースとなると事情が変わってくる。
たとえ塀より高く飛べようと、首元の安全が保証されようと、飛んだそばからワープさせられてはどうにもならないのだ。
ならば優先すべきは、このフィールドを形成する賢石ないし概念核の破壊か。
否、まだここが概念空間だと決まったわけではない。
むしろ内部から破壊可能というデメリットを考えると、概念空間でない可能性の方が高い。
となるとこの結界の破壊を諦め、また別の脱出方法を考えた方が賢明なのか。
たとえば、フィールドを通る必要のない、それこそワープのような――
「……?」
と。
その時。
不意に。
『草を踏む音ですね』
「うん……誰か来たみたい」
かさり、と。
音がしたのだ。
この神社の境内の奥で、誰かが草木を踏み締めた音が。
自分達ではない、明確な第三者の気配が察せられる。
内気で気弱な傾向のある新庄だが、これでも立派な全竜交渉部隊の戦闘員だ。人の気配を読み取るくらいは造作もない。
「行ってみよう」
行動は素早かった。
賽銭箱に預けていた身体を持ち上げると、ストームレイダーをセットアップ。
鈍色の金属光を放つ銃身を油断なく構え、ゆっくりと歩を進めていく。
相手が殺し合いに乗っていようといなかろうと、無視はできない。
相手のいかなる反応にも対処できるように、最大限の警戒をしながら。
ごくり、と唾を飲み干しながら。
木造の社の壁に沿って、一歩一歩と接近していき、遂に先の位置の裏に到達した瞬間。
彼女は、見た。
不意にこの地に現れた、未知の来客の正体を。
1人の青年が、壁にもたれるようにして座り込んでいた。
彼の容姿を一言で言い表すとするならば、ド派手と形容する他ない。
とにかく派手な男だった。
ホウキのように逆立った髪は、目にも鮮やかな黄金色。後頭部に混ざったブラックが、その存在感を主張する。
身に纏ったロングコートは、燃え盛るような赤一色。何故か左肩の袖だけが破れ、腕が剥き出しになっていた。
色鮮やか、と呼ぶよりは、もはや極彩色と言うべき姿だ。
アメリカン・コミックのヒーローを彷彿とさせる容姿からは、現実感がまるで感じられない。
にもかかわらず。
それほどまでに派手な格好に身を包んでいながら、しかしその気配の何と儚いことよ。
目立った外傷もない。身体的に衰弱しているわけでもない。
だがしかし彼の眼差しは、それこそ不治の病にでも冒されたようだ。
まるで生気がこもっていない。力など一片も残されていない。
至って健常な身体を持ちながら、至って派手な服装をしながら、それでもその気配だけが、空虚な雰囲気を醸し出している。
打ちのめされた目。悲嘆と絶望に暮れた瞳の闇。
捨てられた子犬のような失意の目が、金髪さえもくすませて、赤コートさえも浮浪者の襤褸に変える。
汗が伝う。
男の頬ではなく、新庄のそれを。
一体どれほどの絶望が、この男を苛んだのか。
宇宙の深き深淵のごとき瞳からは、その心に刻まれた傷痕の程は、全く伺い知れない。
「……やぁ」
消え入るような、蚊の鳴くような。
憔悴しきったか細い声が、一拍の間を置いて、かけられた。
ふぅっ、とため息をつく。
神社の賽銭箱に背を預けながら、新庄・運切が1人呟いた。
自分の目の前に広がっているのは、間違いなく神社の境内の光景である。
少し視線を奥まで飛ばせば、立派にそびえ立つ真紅の鳥居も見えた。
だが、その事実を容認するには、いささか問題があった。
意識を失う直前まで自分がいたのは、海沿いの基地・機動六課の屋上だ。
そしてそこで、同行していた1人の少女――フェイト・T・ハラオウンの襲撃を受け、恐らく海へと落下したのである。
そこの辺りは、正直記憶が曖昧だ。
だが、全身がずぶ濡れであること、またそこに海水特有のべたつきがあることから、そうだと判断していいだろう。
要するに、自分はここにいるはずがないのだ。
自分がいるべき場所があるとすれば、海中か、もしくは海岸であるべきであり、こんな内陸の神社ではない。
少なくとも、六課隊舎の近場には、こんな場所はなかったはずだ。
もっとも、既に地図をなくしてしまった新庄には、それを確証に変えることなどできはしないのだが。
ひゅう、と。
吹き抜ける風が冷たい。身体が海水で濡れているからか。
このままじっとしていても薄ら寒いだけなので、手にした認識票へと声をかける。
「ストームレイダーさん、地図の内容ってまだ覚えてる?」
『……六課隊舎の位置を調べた時に、一応バックアップを取っておきました』
この新庄の妙に腰の引けた物言いは、もうどうしようもないと思った方がいいのかもしれない。
僅かに呆れたような間を空けた後、認識票――の形を取ったデバイス・ストームレイダーが答えた。
銃か大砲かという違いこそあれど、使い慣れた「狙撃」という用法のために生まれた、異世界のインテリジェントデバイス。
なくしたのは地図だけではない。彼の手元に残っているのは、もはやこの機械仕掛けの相棒だけなのだ。
食料も、土壇場で彼を守った防護賢石も、そもそもデイパックそのものがここにない。
恐らく海に落ちた時のフェイトの襲撃か、あるいはその後で海に落ちた時かになくしてしまったのだろう。
「あのヘリも、多分壊れちゃってるだろうな……」
ストームレイダーがデータを呼び出している傍らで、呟いた。
思い返されるのは、あの六課隊舎の屋上にあったヘリコプターだ。
この殺し合いから皆で脱出するための手段として確保し、操縦法のレクチャーまで受けた。
しかしあのヘリはもう存在しない。彼女の攻撃で破壊されたに違いない。
何故フェイトが急に襲ってきたのかについては、これまでに散々考えてきた。そして、さっぱり理由が分からなかった。
こればかりは、また会ってみなければどうしようもない。故に、今はヘリのことを考える。
あれが破壊されたということは、今度は他の代替案を考えなければならないのだ。
果たしてこのデスゲームの会場に、あれの代わりを務められるようなものがあるだろうか。
『――地図データ、出します』
と、そこへ響く機械音声。
すぐさま新庄の眼前に、彼が持っていた物と大体同じ地図の映像が映し出される。ご丁寧に、禁止エリアには印が描かれていた。
「やった! ありがとう、ストームレイダーさん」
僅かに声を弾ませながら、手元の認識票へと感謝した。
これで少なくとも、現在地や周囲の状況はカバーできるわけだ。であれば、まだまだできることはある。
ひとまずは現状確認。自分に何が起こったのかを確かめるためにも、現在地と機動六課の位置を探す。
「機動六課はH-3で、ここはA-4……かぁ」
『南端から北端まで、一気に移動しましたね』
ストームレイダーの声を聞き、またひとつ、溜め息をついた。
これは一体どういうことだ。要するに自分は、一瞬にして8マス分もの距離を移動したということか。
とすると、非常に面倒なことになる。こんなに距離が離れていては、フェイトを追うことが難しくなるのだ。
当然、殺し合いに乗った彼女を止めなくてはとは思う。
だがここから彼女を追いかけようとすると、必然的にとんでもない距離を移動することになる。
もちろん、向こうも黙って待っているはずがない。他の参加者を探すため、じきに移動を開始するはずだ。
つまり、このままでは確実に見失ってしまうということ。
ならば、どうする。どうやって彼女に追いつけばいい。
解決すべき問題はそれだけではない。ヘリの代わりはどうする。時間が経てば腹も減るだろうが、ではその時はどうする。
全てを考えるとためにも、まずもう一度、地図データを垣間見た。
「……南端と……北端?」
そして、ふと、気付く。
何の気なしに、機械の相棒が放った言葉に。
『どうしました、新庄?』
何か思い当たることでもあったのか。
不意に漏れた声を聞き取ったストームレイダーが、新庄へと問いかけた。
「……これ、ここからこういう風に移動すると、このマスに着くよね」
地図上を指先で示しながら、確認した。
触れることのできない映像の上で、最初に指したのはH-3のマス。六課隊舎があった場所だ。
そこからすっと指を下向きに運び、次いで右に運ぶと、I-4へとたどり着く。
「で、これをこうすると……」
瞬間、細い指先が劇的に移動した。
視点は世界の限界を超え、次元の境界を突破する。
地図上の南端から北端へと、「4」の縦列を一気に北上。
「こうなる」
たどり着いたのは――現在地たる、神社。
「……と、こんな感じに端と端が繋がってた、とか」
『フィールドの境界を跨ぐことで、反対側へと転移する、と?』
「そんな感じじゃないかな。それなら、僕の移動も説明がつくと思うんだけど」
もちろん、途方もない話ではあった。
会場の端と端が特殊な転移魔法のような仕掛けで繋がっており、ループする構造になっているだなどとは。
TVゲームなどにおいてはよくある光景だろう。だが、現実にそれが可能かと言われれば、まず首を縦に振ることはできない。
強いていえば、たとえば「箱庭の風景は連続する」などといった概念空間。それが最も近いのか。
だとしても、この効果範囲と大規模すぎる効果は、明らかに異常なものだ。
敵の技術がいかに強大であるかということを、改めて思い知らされた。
そして、仮にそれを真実だとすると、1つ問題が発生することになる。
「つまり、最初からヘリでの脱出は無理だった……?」
脱出方法として考えていた手段が、真っ向から否定されるということだ。
これまで新庄は、フィールドの端について、もう少し単純な構造を連想していた。
それこそ、単に巨大な塀がそびえ立っているだとか、あるいは、その境界を越えると首輪が爆発するだとか、といったところ。
これならまだよかった。首輪の解除さえできれば、飛行手段を使えば脱出できた。
だが、今回のようなケースとなると事情が変わってくる。
たとえ塀より高く飛べようと、首元の安全が保証されようと、飛んだそばからワープさせられてはどうにもならないのだ。
ならば優先すべきは、このフィールドを形成する賢石ないし概念核の破壊か。
否、まだここが概念空間だと決まったわけではない。
むしろ内部から破壊可能というデメリットを考えると、概念空間でない可能性の方が高い。
となるとこの結界の破壊を諦め、また別の脱出方法を考えた方が賢明なのか。
たとえば、フィールドを通る必要のない、それこそワープのような――
「……?」
と。
その時。
不意に。
『草を踏む音ですね』
「うん……誰か来たみたい」
かさり、と。
音がしたのだ。
この神社の境内の奥で、誰かが草木を踏み締めた音が。
自分達ではない、明確な第三者の気配が察せられる。
内気で気弱な傾向のある新庄だが、これでも立派な全竜交渉部隊の戦闘員だ。人の気配を読み取るくらいは造作もない。
「行ってみよう」
行動は素早かった。
賽銭箱に預けていた身体を持ち上げると、ストームレイダーをセットアップ。
鈍色の金属光を放つ銃身を油断なく構え、ゆっくりと歩を進めていく。
相手が殺し合いに乗っていようといなかろうと、無視はできない。
相手のいかなる反応にも対処できるように、最大限の警戒をしながら。
ごくり、と唾を飲み干しながら。
木造の社の壁に沿って、一歩一歩と接近していき、遂に先の位置の裏に到達した瞬間。
彼女は、見た。
不意にこの地に現れた、未知の来客の正体を。
1人の青年が、壁にもたれるようにして座り込んでいた。
彼の容姿を一言で言い表すとするならば、ド派手と形容する他ない。
とにかく派手な男だった。
ホウキのように逆立った髪は、目にも鮮やかな黄金色。後頭部に混ざったブラックが、その存在感を主張する。
身に纏ったロングコートは、燃え盛るような赤一色。何故か左肩の袖だけが破れ、腕が剥き出しになっていた。
色鮮やか、と呼ぶよりは、もはや極彩色と言うべき姿だ。
アメリカン・コミックのヒーローを彷彿とさせる容姿からは、現実感がまるで感じられない。
にもかかわらず。
それほどまでに派手な格好に身を包んでいながら、しかしその気配の何と儚いことよ。
目立った外傷もない。身体的に衰弱しているわけでもない。
だがしかし彼の眼差しは、それこそ不治の病にでも冒されたようだ。
まるで生気がこもっていない。力など一片も残されていない。
至って健常な身体を持ちながら、至って派手な服装をしながら、それでもその気配だけが、空虚な雰囲気を醸し出している。
打ちのめされた目。悲嘆と絶望に暮れた瞳の闇。
捨てられた子犬のような失意の目が、金髪さえもくすませて、赤コートさえも浮浪者の襤褸に変える。
汗が伝う。
男の頬ではなく、新庄のそれを。
一体どれほどの絶望が、この男を苛んだのか。
宇宙の深き深淵のごとき瞳からは、その心に刻まれた傷痕の程は、全く伺い知れない。
「……やぁ」
消え入るような、蚊の鳴くような。
憔悴しきったか細い声が、一拍の間を置いて、かけられた。
◆
レムをなくし 独りになって
こころの中の彼女が微笑うように あるく
こころの中の彼女が微笑うように あるく
その生き方が確信になって ゆらいで
喜びの涙と哀しみの涙 幾千万の銃弾の中 痕はふえて
喜びの涙と哀しみの涙 幾千万の銃弾の中 痕はふえて
そして たどりついた場所は――
歪みが導く 更なる絶望
歩く。
歩く。
歩き続ける。
視界の先に大地が続く限り。両の足が動く限り。
剥き出しになった左腕を押さえながら、ただひたすらに歩を進める。
記憶の堰が外れ、空白に流れ込んでいく。
三度の災害(カラミティ)の記憶。
ロスト・ジュライ。
ジェネオラ・ロック・クライシス。
そして未だ名すらもつかぬ、つい先刻の大破壊。
わすれようとしていたなまえから。
封じようとしていたあやまちから。
とりかえしのつかないことから。
ひたすら逃げ続けるかのように、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは歩いていく。
過去に滅ぼしてしまった街で生活を営んでいた、優しき人々の顔。
守ることのできなかった、かけがえのない仲間達の顔。
この世界でただ1人、同じ血を分けた兄の顔。
溢れる力を抑えきれないままに、殺してしまった少女の顔。
1つ、2つと浮かぶ顔が、そのまま五体を貫いて。
決して戻らぬ全ての顔が、精神さえも削り取って。
(レム……レム……)
全ての記憶より尚遠い、150年前の母の顔へと。
(僕は……僕達は……生まれてきては……いけなかったのかも、しれない……)
あの日と同じ言葉を呟いた。
優しき死神の手に宿された、禁忌の力――エンジェル・アーム。
プラントが持つ創造の力を、破壊のために発揮する銃口。
双子の兄・ナイブズによって揺り起こされた力は、数多の命を刈り取っていった。
そして今やその悪意ごと、彼の身体さえも左腕に取り込み、いよいよその力は災厄と化した。
右手に銃を、左手に剣を。
2つとなった大鎌(デスサイズ)は、ひとたび戦いが起ころうものなら、容易にヴァッシュの制御を離れてしまう。
その暴力的なまでの力を惜し気もなく振りかざし、幾多の命を消し飛ばす。
虚言でも、過剰なマイナス思考などでもない。事実だ。
キース・レッドとの戦いに巻き込まれ、命を落としてしまったフェイト・テスタロッサの生首が、何よりの証拠だった。
こんな自分に何ができる。
手にした引き金すらも操れず、死を振り撒くだけのキリング・ウェポンに。
殺し合いを止めることなどできはしない。
自分は殺す側の存在に回ってしまったのだから。
できることがあるならば、ただ、逃げ続けることだけだ。
もう誰一人として、自分の暴走に巻き込まぬように。
誰もいないどこかを求め、ただただこの身を隠すだけ。
「――っ」
気が付くと、神社にいた。
生い茂る木々をかわしていくうちに、境内の裏手へとたどり着いていた。
そういえばこの森林にも、一体いつ入ったのだろう。
街を南に抜け、平野を進み、今こうして気付いた時には森の中。
だが、そんなことはヴァッシュにとってはどうでもいい。
考えること、悔やむことが多すぎて、他のことなど考えられない。
かさり、かさり、と。
草を踏む音を奏でながら、歩みのスピードを緩めながら。
木造の立派な社へと背中を預け、腰を下ろす。
実に静かな神社だった。
雑音などは何一つない。境内を包む静寂が、荘厳な雰囲気さえも醸し出している。
神社というのは、確か“シントウ”という宗教の、教会のような場所だったはずだ。
かの海鳴市にも似たような場所があり、自分が流れ着いた森もまた、あの近くであったという。
また、顔が浮かんだ。
初めて異界へと降り立ったあの日、凍えるような寒さの中から、救い出してくれた少女の顔。
今や未来永劫に喪われ、二度と会うことはできなくなった小さな友達。
どんな風にして説明すればいいのだろう。
どんな顔をして、士朗さんや桃子さん、恭也や美由希に謝ればいいのだろう。
(無理だ)
自分の罪を許せる者などいない。
たとえ社の神であろうとも、優しい家族であろうとも。
(ありえない)
奪ってしまった命から。
救えなかった命から。
この重圧から解かれることなど。
(僕自身が許しはしない――)
――じゃり、と。
文字通り、砂利を踏み締める音がした。
人の気配。人の視線。何者かがやって来て、こちらをじっと見つめている。
今さらみっともなく狼狽することもなかった。ただゆっくりと、顔をそちらの方へと向ける。
驚いたことに、少年だった。
特殊な意匠の白い服。
ナイブズの臣下を名乗る男・レガートのコートの裾のような腰布は、どこかスカートのようにも見えた。
そしてその印象に関しては、彼の外見的特徴もまた、原因の1つであったに違いない。
腰まで伸びた長髪に、触れれば折れそうなまでの華奢な身体は、女性のそれらを彷彿とさせる。
これまで目にしてきた連中の大半が、屈強な戦士達ばかりだけに、意外だった。
こんな人間もいたのか、と。
ともすれば、地球で言う学校に通っているような、あどけなさを残した少年が。
そして何よりも、他の連中あって彼にだけない、決定的なものがある。
殺気だ。
狙撃銃を持ってはいるものの、少年からは、殺意がまるで感じられない。
これまで相対してきた人間が、例外なく自分にそれを向けてきたのにもかかわらず、だ。
この少年はゲームに乗っていない。
かつての自分と同じように、あの魔女の用意した殺し合いに抗っている。
(こんな子も、いてくれたんだな)
微かな安堵が、胸中に浮かんだ。
「……やぁ」
故に、精一杯の笑顔を浮かべて応じる。
駄目だなぁ、と。我ながらそう思わざるを得なかった。
今口にした一言ときたら、まるで虫の羽音ではないか。
どうせこの顔にも、あの黒髪の牧師が評したような、「カラッポな笑顔」くらいしか浮かんでいないのだろう。
少年の反応がその証拠だ。見ろ。随分心配そうな顔色をしているじゃないか。
「えと……大丈夫、ですか?」
ほら、心配された。
内心で自嘲気味に笑う。
優しい子だ。こんな身の上になった今、その気遣いはとても嬉しく思う。
「悪いけど……独りに、しておいてほしいんだ」
故に、自分の傍に来てほしくはない。
笑顔と穏やかな口調はそのままに、やんわりと拒絶の声をかけた。
喪われていい命などあるはずもないが、少なくとも彼は、喪われてほしくない命だ。
自分と一緒にいて、巻き込まれて、不幸な目に遭ってほしくはない。
「そんな……随分、つらそうじゃないですか」
それでもなお、少年は引き下がることをしなかった。
一歩、また一歩と、ヴァッシュの元へと歩み寄ってくる。
駄目だ。
それ以上近づいてはいけない。何が起こるか分からないんだぞ。
自ら動いて離れればいいのに、どうしても身体が動かない。
ここまで歩き詰めだったが故か、はたまた大砲と巨刃を解放したが故か。
疲労が鉛のごとき重量を伴い、身体を木造の壁へと縛りつける。
まずい。
あつい。
左腕がまた熱を持ち出した。表皮がざわざわと蠢いて、青白き光を放ち始める。
いけない。これ以上近づいては駄目だ。
近寄らないでくれ。
死なないでくれ。
僕にこれ以上罪を重ねさせないでくれ。
「一体、何があったんで――」
「――危ないぞッ!」
絶叫と共に、兄の腕が牙を剥いた。
歩く。
歩き続ける。
視界の先に大地が続く限り。両の足が動く限り。
剥き出しになった左腕を押さえながら、ただひたすらに歩を進める。
記憶の堰が外れ、空白に流れ込んでいく。
三度の災害(カラミティ)の記憶。
ロスト・ジュライ。
ジェネオラ・ロック・クライシス。
そして未だ名すらもつかぬ、つい先刻の大破壊。
わすれようとしていたなまえから。
封じようとしていたあやまちから。
とりかえしのつかないことから。
ひたすら逃げ続けるかのように、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは歩いていく。
過去に滅ぼしてしまった街で生活を営んでいた、優しき人々の顔。
守ることのできなかった、かけがえのない仲間達の顔。
この世界でただ1人、同じ血を分けた兄の顔。
溢れる力を抑えきれないままに、殺してしまった少女の顔。
1つ、2つと浮かぶ顔が、そのまま五体を貫いて。
決して戻らぬ全ての顔が、精神さえも削り取って。
(レム……レム……)
全ての記憶より尚遠い、150年前の母の顔へと。
(僕は……僕達は……生まれてきては……いけなかったのかも、しれない……)
あの日と同じ言葉を呟いた。
優しき死神の手に宿された、禁忌の力――エンジェル・アーム。
プラントが持つ創造の力を、破壊のために発揮する銃口。
双子の兄・ナイブズによって揺り起こされた力は、数多の命を刈り取っていった。
そして今やその悪意ごと、彼の身体さえも左腕に取り込み、いよいよその力は災厄と化した。
右手に銃を、左手に剣を。
2つとなった大鎌(デスサイズ)は、ひとたび戦いが起ころうものなら、容易にヴァッシュの制御を離れてしまう。
その暴力的なまでの力を惜し気もなく振りかざし、幾多の命を消し飛ばす。
虚言でも、過剰なマイナス思考などでもない。事実だ。
キース・レッドとの戦いに巻き込まれ、命を落としてしまったフェイト・テスタロッサの生首が、何よりの証拠だった。
こんな自分に何ができる。
手にした引き金すらも操れず、死を振り撒くだけのキリング・ウェポンに。
殺し合いを止めることなどできはしない。
自分は殺す側の存在に回ってしまったのだから。
できることがあるならば、ただ、逃げ続けることだけだ。
もう誰一人として、自分の暴走に巻き込まぬように。
誰もいないどこかを求め、ただただこの身を隠すだけ。
「――っ」
気が付くと、神社にいた。
生い茂る木々をかわしていくうちに、境内の裏手へとたどり着いていた。
そういえばこの森林にも、一体いつ入ったのだろう。
街を南に抜け、平野を進み、今こうして気付いた時には森の中。
だが、そんなことはヴァッシュにとってはどうでもいい。
考えること、悔やむことが多すぎて、他のことなど考えられない。
かさり、かさり、と。
草を踏む音を奏でながら、歩みのスピードを緩めながら。
木造の立派な社へと背中を預け、腰を下ろす。
実に静かな神社だった。
雑音などは何一つない。境内を包む静寂が、荘厳な雰囲気さえも醸し出している。
神社というのは、確か“シントウ”という宗教の、教会のような場所だったはずだ。
かの海鳴市にも似たような場所があり、自分が流れ着いた森もまた、あの近くであったという。
また、顔が浮かんだ。
初めて異界へと降り立ったあの日、凍えるような寒さの中から、救い出してくれた少女の顔。
今や未来永劫に喪われ、二度と会うことはできなくなった小さな友達。
どんな風にして説明すればいいのだろう。
どんな顔をして、士朗さんや桃子さん、恭也や美由希に謝ればいいのだろう。
(無理だ)
自分の罪を許せる者などいない。
たとえ社の神であろうとも、優しい家族であろうとも。
(ありえない)
奪ってしまった命から。
救えなかった命から。
この重圧から解かれることなど。
(僕自身が許しはしない――)
――じゃり、と。
文字通り、砂利を踏み締める音がした。
人の気配。人の視線。何者かがやって来て、こちらをじっと見つめている。
今さらみっともなく狼狽することもなかった。ただゆっくりと、顔をそちらの方へと向ける。
驚いたことに、少年だった。
特殊な意匠の白い服。
ナイブズの臣下を名乗る男・レガートのコートの裾のような腰布は、どこかスカートのようにも見えた。
そしてその印象に関しては、彼の外見的特徴もまた、原因の1つであったに違いない。
腰まで伸びた長髪に、触れれば折れそうなまでの華奢な身体は、女性のそれらを彷彿とさせる。
これまで目にしてきた連中の大半が、屈強な戦士達ばかりだけに、意外だった。
こんな人間もいたのか、と。
ともすれば、地球で言う学校に通っているような、あどけなさを残した少年が。
そして何よりも、他の連中あって彼にだけない、決定的なものがある。
殺気だ。
狙撃銃を持ってはいるものの、少年からは、殺意がまるで感じられない。
これまで相対してきた人間が、例外なく自分にそれを向けてきたのにもかかわらず、だ。
この少年はゲームに乗っていない。
かつての自分と同じように、あの魔女の用意した殺し合いに抗っている。
(こんな子も、いてくれたんだな)
微かな安堵が、胸中に浮かんだ。
「……やぁ」
故に、精一杯の笑顔を浮かべて応じる。
駄目だなぁ、と。我ながらそう思わざるを得なかった。
今口にした一言ときたら、まるで虫の羽音ではないか。
どうせこの顔にも、あの黒髪の牧師が評したような、「カラッポな笑顔」くらいしか浮かんでいないのだろう。
少年の反応がその証拠だ。見ろ。随分心配そうな顔色をしているじゃないか。
「えと……大丈夫、ですか?」
ほら、心配された。
内心で自嘲気味に笑う。
優しい子だ。こんな身の上になった今、その気遣いはとても嬉しく思う。
「悪いけど……独りに、しておいてほしいんだ」
故に、自分の傍に来てほしくはない。
笑顔と穏やかな口調はそのままに、やんわりと拒絶の声をかけた。
喪われていい命などあるはずもないが、少なくとも彼は、喪われてほしくない命だ。
自分と一緒にいて、巻き込まれて、不幸な目に遭ってほしくはない。
「そんな……随分、つらそうじゃないですか」
それでもなお、少年は引き下がることをしなかった。
一歩、また一歩と、ヴァッシュの元へと歩み寄ってくる。
駄目だ。
それ以上近づいてはいけない。何が起こるか分からないんだぞ。
自ら動いて離れればいいのに、どうしても身体が動かない。
ここまで歩き詰めだったが故か、はたまた大砲と巨刃を解放したが故か。
疲労が鉛のごとき重量を伴い、身体を木造の壁へと縛りつける。
まずい。
あつい。
左腕がまた熱を持ち出した。表皮がざわざわと蠢いて、青白き光を放ち始める。
いけない。これ以上近づいては駄目だ。
近寄らないでくれ。
死なないでくれ。
僕にこれ以上罪を重ねさせないでくれ。
「一体、何があったんで――」
「――危ないぞッ!」
絶叫と共に、兄の腕が牙を剥いた。
◆
「……な? こういうことなんだ」
じっとりと、嫌な汗で濡れていることが分かる。
頬や額だけではない。腋にも、背中にも、ストームレイダーを握る手にも。
全身に鳥肌が立つのを感じた。五体が小刻みに震えるのが分かった。
大きく見開かれた新庄の目の前には――無数の刃が、壁を成していた。
白く輝く鋭利な切っ先。数多に枝分かれしたそれは、目の前のヴァッシュの左腕から生えている。
つい一瞬前のことだ。
彼に近寄ろうとする自分へと、投げかけられた男の警告。
これまで痛ましい笑顔を浮かべるだけだったヴァッシュが、突然声を荒げたのだ。それが反射的に、新庄の歩みを止めさせていた。
そして次の瞬間、彼の目と鼻の先を、剣呑な刃の壁が遮った。
「……っ」
何と非常識なことか。
魔力を操る少女など、まだまだかわいいものである。概念の延長としても捉えられるからだ。
しかし、あり得ない。これはさすがに度を越している。
生体が質量保存も物理法則も無視し、生身を武器へと変化させるなどということは。
「……その……本当に、大丈夫なんですか……?」
どうにかこうにか、それだけを問いかけた。目の前に座る、何から何まで規格外な男へと。
こんな人間がいるはずもない。であればあの時の人狼のように、何が事情があるのではないか。
「大丈夫、と言いたいところだけど……多分、それじゃ君は納得しないよね」
緊迫していた表情を、元の笑顔へと戻す。
痩せ我慢もいいところの笑み。思いっきり打ちのめされた者の力ない笑み。
それでも、できることならば笑っていたかった。相手は自分のことを、心配してくれているのだから。
「僕に宿ったこの力は、恐らく、これまで個人が有してきたどんな力よりも強大だ……とても人1人には制御できない」
言葉にするのはつらい。紡がれた一文字一文字が、ナイフとなって心身を貫いていく。
それでも、話さずにはいられなかった。
そうでもしなければ、この心優しい少年は、決して納得してはくれなかっただろうから。
「今はまだいい。君が僕と戦うつもりがなかったから、こうして君を拒絶するまでに留まった。
でも、もしも誰かが僕に襲いかかったら……僕が戦う意志を欠片でも示したら……間違いなく、君も巻き添えを食うことになる」
「そんなこと――」
「――分かるんだ。実際に、そうなってしまったから」
自身の声を遮った言葉。
思わず、新庄は戦慄した。
悟ってしまったのだ。そこに込められた意味を。
一体この人に何があったのか。何故そんなに憔悴しきった顔をしているのか。全ての答えはそこに示されていた。
「……殺しちゃったんですか……?」
恐る恐る、問いかける。
最初に返ってきたのは、沈黙だった。
無理もない。話題が話題だ。いつの間にかヴァッシュの顔からは、さっきの笑顔も消えている。
無言の重圧が痛い。時間の感覚までもが狂ってくる。
結論から言えば、沈黙はほんの一瞬だ。だがその事実に、一体どれほどの価値があるだろう。
「……友達、だったよ」
静かに。
ぽつり、と。
呟いた。
「僕にも彼女にも、殺意なんてなかった。僕も、きっと彼女も、むしろ殺し合いを止めたいと思っていた」
穏やかに煌く、絹糸のごときブロンドの色。可愛げに輝く、どこか大人しげな赤色の瞳。
フェイト・テスタロッサの控えめな笑顔が、また脳裏に浮かんでくる。
すぐさまその顔が、記憶の中で、あの無惨に打ち捨てられた生首に変わる。
気を抜けば吐き気を催しそうだった。気が狂いそうでもあった。
否、いっそそうやって、何もかも忘れて狂ってしまえれば、どれだけ楽だったことだろう。
「でも、駄目だった。僕の力が暴走したおかげで、彼女は死体に変わってしまった。
……とても、無理だったんだよ。こんな僕に、誰かを救うことなんて……」
つらく苦しいのは自分だけではない。そんなことは分かっている。
四肢の全てを肉塊へと変えられ、見るも無惨なミンチと化した彼女の痛み。
訳も分からぬまま、味方に裏切られて命を落としたフェイトの苦しみ。
たとえ自分の心が痛もうと、後悔と自責の闇に落ちようと、ヴァッシュは被害者自身ではない。その痛みを知ることはできない。
だから、なおのことつらいのだ。
自分だけがこうして、安穏と生きているからこそ痛いのだ。
喪われた命の責任を背負い戦うことすら、許されないからこそ苦しいのだ。
「……分かったら、早くここを離れてくれ……君を死なせたくはない」
それが最後と言わんばかりに、ヴァッシュが締めくくった。
それでも、新庄は動かない。
正直な話、咄嗟には動けなかったというのもあった。
目の前の現実離れした男が話す、あまりに現実離れした言葉の数々。
それを嘘だと思えた方が、まだ心は楽だったろう。
しかし、彼の声音が、彼の表情が、それが紛れもない現実であるということを、何より雄弁に物語っている。
あまりにも壮大なスケール。常人の理解の範疇を超えた話。
それに圧倒され、足が止まったというのも、彼がここに留まった理由の一部ではある。
「……それでも……」
だが、それだけではない。
「放っては、おけませんよ」
それが何より正直な意志だ。
この男がどれだけ危険なのかは、今の話で理解できた。最悪、一緒にいることで、そのまま命を落とす可能性もあるだろう。
だが、同時に、彼を独りにしてはいけないとも思った。
自分に何ができるかは分からない。
底知れぬ絶望の闇へと沈んだ彼の心を癒す術など、新庄には知る由もない。
それでも、そこに留まらざるを得なかった。
見捨てたくないと思ったのだ。
自分を取り巻く、ありとあらゆる事象から傷つけられ、打ちのめされ、ぼろぼろになったこの男を。
あんな話を聞かされて、誰がハイそうですかと逃げられるものか。
付かず離れずの現在地に、男と同じように座り込む。
静寂。
静かな神社の境内に、黙って座る男が2人。
ヴァッシュももう観念したのか、無理に遠ざけようとはしない。
そんな静けさが、しばらく続いた後。
「……泣いたり、しないんですか」
新庄が、問いかけた。
この失意と絶望に満ちながら、淡々と語り続けた男へと。
痛いはずなのに。悲しいはずなのに。
一滴の涙も流さぬまま、語り終えた男へと。
「涙なら、もう十分流したよ」
淡々と。
ヴァッシュが、答えた。
じっとりと、嫌な汗で濡れていることが分かる。
頬や額だけではない。腋にも、背中にも、ストームレイダーを握る手にも。
全身に鳥肌が立つのを感じた。五体が小刻みに震えるのが分かった。
大きく見開かれた新庄の目の前には――無数の刃が、壁を成していた。
白く輝く鋭利な切っ先。数多に枝分かれしたそれは、目の前のヴァッシュの左腕から生えている。
つい一瞬前のことだ。
彼に近寄ろうとする自分へと、投げかけられた男の警告。
これまで痛ましい笑顔を浮かべるだけだったヴァッシュが、突然声を荒げたのだ。それが反射的に、新庄の歩みを止めさせていた。
そして次の瞬間、彼の目と鼻の先を、剣呑な刃の壁が遮った。
「……っ」
何と非常識なことか。
魔力を操る少女など、まだまだかわいいものである。概念の延長としても捉えられるからだ。
しかし、あり得ない。これはさすがに度を越している。
生体が質量保存も物理法則も無視し、生身を武器へと変化させるなどということは。
「……その……本当に、大丈夫なんですか……?」
どうにかこうにか、それだけを問いかけた。目の前に座る、何から何まで規格外な男へと。
こんな人間がいるはずもない。であればあの時の人狼のように、何が事情があるのではないか。
「大丈夫、と言いたいところだけど……多分、それじゃ君は納得しないよね」
緊迫していた表情を、元の笑顔へと戻す。
痩せ我慢もいいところの笑み。思いっきり打ちのめされた者の力ない笑み。
それでも、できることならば笑っていたかった。相手は自分のことを、心配してくれているのだから。
「僕に宿ったこの力は、恐らく、これまで個人が有してきたどんな力よりも強大だ……とても人1人には制御できない」
言葉にするのはつらい。紡がれた一文字一文字が、ナイフとなって心身を貫いていく。
それでも、話さずにはいられなかった。
そうでもしなければ、この心優しい少年は、決して納得してはくれなかっただろうから。
「今はまだいい。君が僕と戦うつもりがなかったから、こうして君を拒絶するまでに留まった。
でも、もしも誰かが僕に襲いかかったら……僕が戦う意志を欠片でも示したら……間違いなく、君も巻き添えを食うことになる」
「そんなこと――」
「――分かるんだ。実際に、そうなってしまったから」
自身の声を遮った言葉。
思わず、新庄は戦慄した。
悟ってしまったのだ。そこに込められた意味を。
一体この人に何があったのか。何故そんなに憔悴しきった顔をしているのか。全ての答えはそこに示されていた。
「……殺しちゃったんですか……?」
恐る恐る、問いかける。
最初に返ってきたのは、沈黙だった。
無理もない。話題が話題だ。いつの間にかヴァッシュの顔からは、さっきの笑顔も消えている。
無言の重圧が痛い。時間の感覚までもが狂ってくる。
結論から言えば、沈黙はほんの一瞬だ。だがその事実に、一体どれほどの価値があるだろう。
「……友達、だったよ」
静かに。
ぽつり、と。
呟いた。
「僕にも彼女にも、殺意なんてなかった。僕も、きっと彼女も、むしろ殺し合いを止めたいと思っていた」
穏やかに煌く、絹糸のごときブロンドの色。可愛げに輝く、どこか大人しげな赤色の瞳。
フェイト・テスタロッサの控えめな笑顔が、また脳裏に浮かんでくる。
すぐさまその顔が、記憶の中で、あの無惨に打ち捨てられた生首に変わる。
気を抜けば吐き気を催しそうだった。気が狂いそうでもあった。
否、いっそそうやって、何もかも忘れて狂ってしまえれば、どれだけ楽だったことだろう。
「でも、駄目だった。僕の力が暴走したおかげで、彼女は死体に変わってしまった。
……とても、無理だったんだよ。こんな僕に、誰かを救うことなんて……」
つらく苦しいのは自分だけではない。そんなことは分かっている。
四肢の全てを肉塊へと変えられ、見るも無惨なミンチと化した彼女の痛み。
訳も分からぬまま、味方に裏切られて命を落としたフェイトの苦しみ。
たとえ自分の心が痛もうと、後悔と自責の闇に落ちようと、ヴァッシュは被害者自身ではない。その痛みを知ることはできない。
だから、なおのことつらいのだ。
自分だけがこうして、安穏と生きているからこそ痛いのだ。
喪われた命の責任を背負い戦うことすら、許されないからこそ苦しいのだ。
「……分かったら、早くここを離れてくれ……君を死なせたくはない」
それが最後と言わんばかりに、ヴァッシュが締めくくった。
それでも、新庄は動かない。
正直な話、咄嗟には動けなかったというのもあった。
目の前の現実離れした男が話す、あまりに現実離れした言葉の数々。
それを嘘だと思えた方が、まだ心は楽だったろう。
しかし、彼の声音が、彼の表情が、それが紛れもない現実であるということを、何より雄弁に物語っている。
あまりにも壮大なスケール。常人の理解の範疇を超えた話。
それに圧倒され、足が止まったというのも、彼がここに留まった理由の一部ではある。
「……それでも……」
だが、それだけではない。
「放っては、おけませんよ」
それが何より正直な意志だ。
この男がどれだけ危険なのかは、今の話で理解できた。最悪、一緒にいることで、そのまま命を落とす可能性もあるだろう。
だが、同時に、彼を独りにしてはいけないとも思った。
自分に何ができるかは分からない。
底知れぬ絶望の闇へと沈んだ彼の心を癒す術など、新庄には知る由もない。
それでも、そこに留まらざるを得なかった。
見捨てたくないと思ったのだ。
自分を取り巻く、ありとあらゆる事象から傷つけられ、打ちのめされ、ぼろぼろになったこの男を。
あんな話を聞かされて、誰がハイそうですかと逃げられるものか。
付かず離れずの現在地に、男と同じように座り込む。
静寂。
静かな神社の境内に、黙って座る男が2人。
ヴァッシュももう観念したのか、無理に遠ざけようとはしない。
そんな静けさが、しばらく続いた後。
「……泣いたり、しないんですか」
新庄が、問いかけた。
この失意と絶望に満ちながら、淡々と語り続けた男へと。
痛いはずなのに。悲しいはずなのに。
一滴の涙も流さぬまま、語り終えた男へと。
「涙なら、もう十分流したよ」
淡々と。
ヴァッシュが、答えた。
【一日目 午前】
【現在地 A-4 神社】
【現在地 A-4 神社】
【新庄・運切@なのは×終わクロ】
【状況】全身に軽度の火傷、全身に軽い打撲、全身ずぶぬれ、男性体
【装備】ストームレイダー(15/15)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【道具】なし
【思考】
基本:出来るだけ多くの人と共にこの殺し合いから生還する。
1.どのように接していいかは分からないが、ヴァッシュと一緒にいる。
2.フェイト、レイが心配。
3.ヘリコプターに代わる乗り物を探す
4.弱者、及び殺し合いを望まない参加者と合流する。
5.殺し合いに乗った参加者は極力足止め、相手次第では気付かれないようにスルー。
6.自分の体質については、問題が生じない範囲で極力隠す。
【備考】
※特異体質により、「朝~夕方は男性体」「夜~早朝は女性体」となります。
※スマートブレイン本社ビルを中心して、半径2マス分の立地をおおまかに把握しました。
※ストームレイダーの弾丸は全て魔力弾です。非殺傷設定の解除も可能です。
また、ストームレイダーには地図のコピーデータ(禁止エリアチェック済み)が記録されています。
※エリアの端と端が繋がっている事に気が付きました。
【状況】全身に軽度の火傷、全身に軽い打撲、全身ずぶぬれ、男性体
【装備】ストームレイダー(15/15)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【道具】なし
【思考】
基本:出来るだけ多くの人と共にこの殺し合いから生還する。
1.どのように接していいかは分からないが、ヴァッシュと一緒にいる。
2.フェイト、レイが心配。
3.ヘリコプターに代わる乗り物を探す
4.弱者、及び殺し合いを望まない参加者と合流する。
5.殺し合いに乗った参加者は極力足止め、相手次第では気付かれないようにスルー。
6.自分の体質については、問題が生じない範囲で極力隠す。
【備考】
※特異体質により、「朝~夕方は男性体」「夜~早朝は女性体」となります。
※スマートブレイン本社ビルを中心して、半径2マス分の立地をおおまかに把握しました。
※ストームレイダーの弾丸は全て魔力弾です。非殺傷設定の解除も可能です。
また、ストームレイダーには地図のコピーデータ(禁止エリアチェック済み)が記録されています。
※エリアの端と端が繋がっている事に気が付きました。
【ヴァッシュ・ザ・スタンピード@リリカルTRIGUNA's】
【状態】疲労(大)、精神疲労(大)、悲しみ、融合、黒髪化三割
【装備】ダンテの赤コート@魔法少女リリカルなのはStylish
【道具】なし
【思考】
基本:どうしたら良いか分からない。
1.今のところは、誰にも遭わないようにしたい。誰にも迷惑をかけたくない。
2.この子(=新庄)のことはどうしよう……
【備考】
※第八話終了後からの参戦です。
※制限に気付いていません。
※なのは達が別世界から連れて来られている事を知りません。
※ティアナの事を吸血鬼だと思っています。
※ナイブズの記憶を把握しました。またジュライの記憶も取り戻しました。
※エリアの端と端が繋がっている事に気が付いていません。
【状態】疲労(大)、精神疲労(大)、悲しみ、融合、黒髪化三割
【装備】ダンテの赤コート@魔法少女リリカルなのはStylish
【道具】なし
【思考】
基本:どうしたら良いか分からない。
1.今のところは、誰にも遭わないようにしたい。誰にも迷惑をかけたくない。
2.この子(=新庄)のことはどうしよう……
【備考】
※第八話終了後からの参戦です。
※制限に気付いていません。
※なのは達が別世界から連れて来られている事を知りません。
※ティアナの事を吸血鬼だと思っています。
※ナイブズの記憶を把握しました。またジュライの記憶も取り戻しました。
※エリアの端と端が繋がっている事に気が付いていません。
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