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Reconquista(前編) ◆HlLdWe.oBM




その駅には人の気配というものがなかった。
駅という建物は古今東西交通の要所であり、また移動の発着点である。
だから人が移動の手段を求めて駅に集まるのは当たり前の光景のはず。
だがデスゲームの会場内に唯一設置されたE-7の駅、そこに人の気配はまるでなかった。
人の気配がないどころか隣接している駅員の詰所は落雷に見舞われたかのように無様な半壊した姿を晒している。
しかも黒焦げになった死体が一つオプションとして置かれている始末。
見るに堪えない有様だが会場内を見渡すと、まだ他の破壊痕に比べればマシな方だ。
だがマシな方とは言うものの見る人が見れば早く立ち去りたいという考えが真っ先に浮かびそうな場所に成り果てている。

実際少し前にここを訪れた人物は駅の惨状を目の当たりにするや手早く用事を済ませて去って行った。

現在その訪問者は駅から少し離れた場所にある建物の周りを歩いていた。
その建物は一般的な大型の倉庫のような外観をしていて、灰色の金属製の壁が周囲の閑散とした雰囲気と合っていた。
またその閑散とした雰囲気は訪問者の外見と相まって一種ミステリアスな雰囲気を感じさせていた。
件の訪問者――首元の赤いリボンと左胸の校章が印象的な尊秋多学院の制服を着こなす少女――ブレンヒルト・シルトはゆっくりと歩いていた。

ホテル・アグスタを後にして参加者との接触を期待してF-7の地にブレンヒルトが着いたのは今から2時間ほど前の事だった。
到着して早々にF-7一帯の荒廃ぶりに驚きつつも誰かいないかと探してみたが、結局誰とも会う事はなかった。
そして捜索も一段落した時にブレンヒルトは北の方角から煌めく光と轟く音という二つの異変を感じ取った。
それはエネルが駅員詰所に放ったエール・トールの雷光と雷音だったが、そうとは知らずにブレンヒルトは異変の正体を探るべくそこに向かって行った。

だが駅に着いた時にはもう全てが終わった後でエネルもどこかへ移動した後であった。
唯一残っていたのはエネルに黒焦げにされた矢車の無惨な死体だけという状態だった。
ブレンヒルトの目的はここからの脱出であるから本来は矢車の死体になど用はない。
だがここを脱出するためには首輪を外すという関門を無視するわけにはいかない。
ブレンヒルト自身に首輪を解析して解除するスキルがない以上誰かに外してもらう必要があり、その助けとして首輪のサンプルは必要になってくる。
だからこそブレンヒルトは矢車の惨殺死体に吐き気を覚えつつも、それを抑えて死体から首輪を頂戴したのだった。
そして用が済んで駅から移動しようとした時にふと線路の先に何か建物がある事に気付いて今に至る。

最初に全体を眺めた後は四角い建物に沿って歩きながら、時には壁を叩いてみたり、時には距離を取って眺めてみたり、時には蹴ってみたりしていた。
軽くツインテールで結ばれた灰色に近いプラチナブロンドの髪を風で揺らしながらブレンヒルトはその作業を続けていた。
風に靡くのは紺を基調としたブレザーとそれとは逆に薄い紫色のスカートも同様である。
因みにバリアジャケットを解除しているのは魔力もとい賢石の消費を抑えるためである。
もちろん何かあれば即座に展開する気でいるが、無限ではない賢石を節約できる時にはしておくに限る。
時折壁を叩いたり蹴ったりする音以外に聞こえるのは足元の砂利を踏みしめる音だけ。
いつまでも続くと思われる程に単調なリズムで刻まれる音、音、音、音、音――そしてそれは唐突に止んだ。
音の発生源であるブレンヒルトが足を止めたからだ。

「……ねえ、バルディッシュ。一つ意見を聞きたいんだけど」
『…………』

建物の周囲を一周したブレンヒルトは足を止めると右手に乗せたバルディッシュに問いかけた。
問いかけられた三角形の宝石型をした待機状態の身であるインテリジェントデバイスは相も変わらず寡黙だった。
バルディッシュの沈黙を肯定と取ったブレンヒルトは次の言葉を発した。

「この私の目の前に建っている倉庫みたいな物体は何かしら?」
『…………車庫ですね』

幾らかの沈黙の後に得られた返答をブレンヒルトは無表情で受け取った。
その表情から感情を窺い知るのは難しく、彼女が何を思っているのかは一見して判別し難かった。
ブレンヒルトは口を閉ざして沈黙のままでいたが、しばらくすると再び手元のバルディッシュに問いかけた。

「もう一度聞くけど……この私の目の前に建っている倉庫みたいな物体は何かしら?」
『……車庫だと思われます』
「バルディッシュ、あなたがデバイスじゃなかったら今頃酷い目に遭っていたわよ」
『どういう意味でしょうか』
「もしあなたが私の使い魔である黒猫だったら即行で蹴って蹴って蹴って踏んで蹴って蹴って蹴って最期に尻を――」
『……そこまでする理由は?』
「ん、理由? なんでわざわざ言わないといけないのかしら」

ブレンヒルトはバルディッシュからの問いかけを勢いではぐらかしておいた。
だが一度目の問いかけから場所を移動していないのでは最初の答えと今の答えが変わる訳はない。
ブレンヒルトもその事は重々承知していた。
ではなぜこのような質問をした挙句にこの場にはいない黒猫へのお仕置きを画策しているのか。
それは別の返答を期待していたが当たり前の事しか答えなかったデバイスに少しイラついたというものだった。
当然そのような些細な事を敢えて公言する気などなく若干の鬱憤を溜めるだけに収めていた。
これが気兼ねなく接する事ができる黒猫ならいつものように本気でお仕置きを加えていたところだ。

「でもこれが車庫だというのは間違いなさそうだけど、何なのかしらこの注意書きは?」

目の前にある建物が電車を保管する車庫である事はブレンヒルトも一目見た時から分かっていた。
問題はその車庫の唯一の出入り口である頑丈そうな金属製の扉の傍に一つの注意書きを記した立札。
そこには『残り15人になるまでこの扉は決して開かない。もし無理に開けようとすればそれ相応の罰を与えようではないか』と書かれていた。
念のために車庫の周囲を一周してみたが、車庫の中へ入るにはその立札付近の扉しか見当たらなかった。
壁を叩いてみたり蹴ってみたりしても何も分かる事はなかった。

「普通に考えたら電車だろうけど……本当にそうなのかは分からないわね」

ブレンヒルトは眼下に伸びる線路を一目見てから視線を上に移動させて引き戸型の車庫の扉を眺めた。
目の前の車庫は近くの駅の大きさに比例してそれほど大きくないが、それでも電車の1両や2両は楽に入るぐらいのものだった。
だが車庫の中に電車があるとは限らないとブレンヒルトは思っている。
まず「15人」という指定をしている以上その時までここを封印する理由があるはずだ。
しかも「もし無理に開けようとすればそれ相応の罰を与えようではないか」とまで書かれている。

(罰というのは……最悪首輪の爆破、と考えておきましょうか。問題は車庫の中身ね。
 私の予想通りなら中身は恐らく強力な兵器、それも単体で状況を変えてしまう程の代物かしら)

ブレンヒルトがそう考えるのには当然理由がある。
残り15人とはつまりは全体が4分の1にまで減った状態だ。
そこまで生き残った者達はおそらく誰もが一定の強さに達している者が大半だろう。
だが中には逃げ回って生き延びている者もいるはず。
恐らくこの車庫の中身はそういう者に向けて設置された物だろう。
車庫は駅の一部とはいえ少し離れた場所に建てられているから目に付きにくい。
逃げ回っている者は自然と色々な所を巡る事になるので車庫の存在に気付く可能性は高い。

「とりあえず残り人数が15人になったらまた来る事にして、そろそろ他の参加者と会いたいところ……ん、あれって?」

次の行く先を考えていたブレンヒルトはそこでふと何かに気付いたのか車庫の影に素早く身を隠した。
自分の身が隠れた事を確認して急いでデイパックから双眼鏡を取り出し市街地の方へ向ける。
目的の方角へ双眼鏡を向けた時、彼女の目が捉えたのは青い金属製の浮遊物体だった。


     ▼     ▼     ▼


その病院には人の気配というものがなかった。
病院という建物は古今東西治療の場として必要不可欠な建物である。
だから人が治療の手段を求めて病院に集まるのは当たり前の光景のはず。
だがデスゲームの会場内に唯一設置されたH-6の病院、そこには人の気配がまるでなかった。
人の気配がないどころか病院は北側を中心に爆撃を喰らったかと錯覚するほど無様な半壊した姿を晒している。
しかも内部には死体が4つもあり、生者の希望となるはずの場所は皮肉にも墓場のようになっていた。
駅よりも見るに堪えない有様であるが、会場内を見渡すと更に酷い破壊痕を見せる場所もある。
だがさすがにこのような廃墟状態の病院では正直近づきたくないというのが一般人の反応だろう。

だが今ここに到着した人物は一般人ではなく、そんな病院の惨状に恐れを抱かずに寧ろ焦りを感じていた。

「……姉は、取り返しのつかない事をしてしまったのか」

そう嘆いているのは戦闘機人ナンバーズのⅤであり右目を眼帯で覆い隠した銀髪の小柄な少女、チンクである。
明日香、ユーノ、ルーテシアと共に行動していたチンクが現在一人でいるのには訳がある。

もともとチンク達が病院を目指していたのは2つの目的があったからだ。
その目的とはレリックの捜索、それにチンクの姉妹であるクアットロとディエチとの合流である。
だがチンクが二人に病院に集まるように指示した時間帯が『朝まで』だった事が少し問題になった。
約束の時間に間に合うようにそれなりに急いで移動し続けていたが、H-7まで来たところでそれは断念せざるを得なくなった。
明日香とルーテシアの体力が限界に近づいたからであった。
さすがに戦闘機人のチンクや自ら一切歩いていないユーノは別として体力が一般人程度の明日香とルーテシアにはこれ以上の強行軍は無理があった。
そこで相談した結果、まだ余裕のあるチンクだけが病院に先行して他の3人は後から遅れて病院へ向かう事にしたのだった。

その際に各自の持っていた荷物を少し整理する事になった。
その結果、シェルコートとラオウの兜をチンクに渡す代わりに、ガジェットは三人の元へ置いていく事になった。
シェルコートはチンクの元々の持ち物だから、ラオウの兜は一応ランブルデトネイターに使用できるからという理由からだった。
ガジェットを置いておく事にしたのは万が一レリックを持った人物を発見したら確認しておくためだ。
この時点でレリックの反応は病院に戻っているとはいえチンクと行き違いになる可能性はある。
そうなった時のためにせめて残った3人で交渉、そこまでいかなくても持ち主の姿を確認しておけるようにという措置だ。
さらにルーテシアの本来の服装が近くに運良く乾いた状態で放置したままだったので、この機会に回収して余ったバニースーツはチンクが着る事になった。
もちろんこれは以前よりいつまでも下着なしで下がスースー丸見えのままは女性として不味いと思っていた明日香の進言だった。

これでチンクの心配は大分減り、しかも二人にはユーノが付いている。
時空管理局無限書庫司書長ユーノ・スクライア。
チンクがその名前を思い出したのはユーノに会ってからしばらくしての事だった。
どこかで聞いた事のある名前だと思っていたが、まさか司書長がフェレットに変身しているとは思いもしなかった。
長らく放置されていた無限書庫を使える状態にまで整備して、若くして司書長の座に収まった青年の名はそれなりに有名なものだった。
しかもユーノ本人も魔導師としての腕はそれなりに確からしい。
それだけの実力があれば自分が離れても間違いは起きにくいはずだ。
チンクはそう判断した。

そして戦闘機人ならではの運動性能で一人先行して無事に放送前に病院に着いたのがついさっきの事である。
だがチンクはそこで目の当たりにする事になった――集合場所に指定した病院のあまりに無残な姿を。

「まさか、あのメッセージをクアットロやディエチ以外の誰かに読まれた? とにかく考えるのは後だ。今は――」

半ば廃墟と化した病院に人の気配は全く無かった。
それでも僅かな希望を胸に抱いてチンクは先に到着している、もしくはこれから到着するかもしれない二人を探し始めた。
病院内に入ると視界には外観以上の惨状が否応なしに飛び込んでくる。
崩れたコンクリート製の壁、剥がれて散らばる床のタイル板、使い物にならなくなった診察台や長椅子。
それらが散乱する床に気を付けながらチンクは唯一残っている左目の解析システムをフルに稼働させて捜索を続行する。

探し始めて数分もしない内に男の死体と女の死体の計2つも見つけた事からもここが如何に危険な場所か思い知らされる。
どちらも野晒しの状態で男の方は傷痕があまりに激しすぎて生々しく、女の方は首と胴が別かれて首輪がなかった。
それはミリオンズ・ナイブズと神崎優衣の骸だったが、二人と面識のないチンクとっては名も無き死体でしかなかった。
もしかしてディエチとクアットロもこんな状態なのではという不安が溢れ、チンクの足は無意識の内にかなりの速足になっていた。
そして、とうとう見つけた。

「……ディ、エチ……ぁ……ぁあ……」

正面階段の階下、そこにチンクの妹であるナンバーズのⅩである寡黙な砲撃手ディエチはいた。
普通なら真っ先に気付けそうな場所だが、裏口から入ったチンクにはすぐ分からなかった。
だがようやく見つける事ができた妹に対してチンクに喜びなどなかった。
チンクの目の前に現れたディエチは既に物言わぬ骸と化していたからだ。
束ねられていた綺麗な茶髪はさんばらに振り乱れていて、さらに全身は鋭い刃物で切り裂かれたように幾筋もの傷が走っていた。
右手には身体同様にズタズタに引き裂かれた専用武器のイノーメンスキャノン、そしていつも髪を結ぶのに使っていた黄色いリボン。
お世辞にも死体の状態は良好とは言えないが、それなのにチンクはある一点に目を引きつけられていた。

それはディエチの死に顔。
ディエチの死に顔はこんな状態にもかかわらず、すごく満ち足りた顔をしていた。
まるで何かをやり遂げた達成感に溢れるような表情をしたままディエチは静かに眠っていた。

「……ゆっくり、眠ってくれ」

チンクはそう言い残してディエチの死体に別れを告げた。
あの満足げな顔を見たら他に言う言葉など見つけられなくなったからだ。
そしてチンクはそのまま何かを振り切るように階段を上がり始めた。

『さて、皆が待ち望んだ最初の放送の時間が来たわ』

そしてタイミングがいいのか悪いのか最初の放送が始まった。
放送の内容は禁止エリアと死者の発表、そしてアリサ・バニングスの蘇生劇。
当然ながら「ディエチ」の名前も呼ばれた。
どこかで男の声が聞こえたような気がしたが、今のチンクにはどうでもよかった。
ふと何気なしに前を見るとドアが破壊されていた病室があったので覗いてみると、そこにも見知った死体があった。
それはこの地で出会った「もう一人の高町なのは」のものだった。

「やはりクローンでは生き延びる事は無理だったか」

これでさっきの放送で「高町なのは」の名前が呼ばれた事も納得がいった。
時空管理局でも指折りのエースとして名を馳せる「高町なのは」ならともかく、クローンの「高町なのは」なら死んでもおかしくない。
そんな事を考えながらもチンクはどこか上の空だった。

だからチンクはすぐに気付く事が出来なかった――自らの身に迫る全てを飲み込む光に。


     ▼     ▼     ▼


H-8の平野を西に向かって二人と一匹が移動している。
二人というのは金髪に端正な顔立ちの天上院明日香と紫髪に幼い顔立ちのルーテシア・アルピーノ。
一匹というのは栗色の艶やかな毛並みをした可愛らしいフェレット……に変身中のユーノ・スクライア。
二人と一匹もとい三人は先行するチンクと別れてから少しの休憩を経た後に病院への移動を再開していた。
だが移動中の三人は終始無言を貫いていた。

(なんと言うか、気まずいわね)

明日香はチンクと別れてからずっとそんな事を思っていた。
ただでさえ隣にいるのが無口なルーテシアとフェレットだから会話が弾まないのは仕方ない。
記憶に残るまともな会話と言えば、ここに来てから今まで何をしていたかぐらいだ。
それでも何とか会話の機会を探っていた明日香だが、努力に反して放送後は三人の雰囲気が重くなる一方だった。
確かに死者の名前が呼ばれて気が落ち込むのは十分に分かる心情だ。

(でも……どこか現実味がないのよね)

明日香もここが殺し合いの場という事は分かっているつもりだが、放送で死者の名前を発表されてもどこか他人事のように聞いていた。
それはテレビを通して戦争の現場を見ているような、映像を見て何かしら思う事はあるが何処か遠い所での出来事だと割り切ってしまうような、そんな感じだった。
それはある意味ごく普通の平和な世界で暮らす一般人の思考そのものだった。

そして明日香がここに至っても未だに実感が持てないのもある意味仕方のない事であった。
ここまで明日香は直接殺し合いに巻き込まれる事はおろか他者の戦闘や死体さえも目にする事なく生き延びている。
唯一ボロボロになったチンクに会った事ぐらいがこの場の凄惨さを実感できる機会だった。
だがそのチンクも今では完全に回復したので今一つ殺し合いという実感が湧かなかった。
元々いた世界でも命の危険はあった事はあったが、そんな頻繁に起こる事はなく大部分は平和なアカデミア生活の日々。
寧ろ実体験だけで言うと今の状況の方が食料の心配がないだけ異世界に飛ばされた時よりもマシだとも思えてくる。

また放送で明日香の親しい知り合いが誰も呼ばれなかった事もその一因になっている。
所詮なのはやエリオやティアナといった面々は出会ってからそれほど時間も経っていない間柄である。
これが十代やレイや万丈目なら話が別だが、幸か不幸か全員放送の時点では無事だ。
これらの要因が明日香の心中に安心という惰性を生んでいるのだ。
その事に明日香自身はまだ気づいていない。
だからこそ放送の内容にそれほど衝撃を受けずにいた。

(それにあのアリサって人を生き返らせたのだって、ソリッド・ビジョンで説明が付くのよね)

ソリッド・ビジョン、所謂立体映像という技術。
デュエリストにとっては常識であるその技術を使えばさっきのアリサの復活も簡単に説明が付いてしまう。
最新の技術で画面越しならあれくらいのものを見せる事も十分可能だろう。

(やっぱり気にかかるのは、ルーテシアとユーノよね)

目下明日香が気にかけている対象は二つ。
ルーテシアという少女とユーノというフェレットだ。
ルーテシアの方は相変わらず無言のままだが、放送前に比べて雰囲気が微妙に変わっているような気がしてならない。
明日香自身もそれが何なのか上手く言葉にはできないでいた。
だからこそルーテシアが少し怖かった。
特にさらさらと風に流れる髪よりも濃くて深い紫の瞳。
あの何を考えているのか見当もつかない瞳が無意識の内に明日香の中で恐怖の対象になりかけていた。
ユーノの方は一目瞭然。
放送を聞いた直後から見て分かる程に元気がなくなっていた。
こちらから話しかけても碌に反応すらしない重症ぶりだった。

(……病院で会う予定のチンクの知り合いはどうなのかしら。でも、チンクの知り合いだから油断は禁物ね。)

不審感が拭えない以上、未だにチンクへの疑念は晴れないままだ。
さらに病院で待ち合わせをしていたディエチが死んでしまうという事態まで発生している。
知人の名が呼ばれたチンクがどういう行動に出るか明日香には予想できないでいた。
考えなければいけない事は山のようにあり、明日香は歩きながら頭を悩まし続ける羽目に陥っていた。

「――え?」

だから明日香は気付けなかった――自分達に迫る光と風の暴流の存在に。


     ▼     ▼     ▼


ユーノ・スクライア。
彼にとって「高町なのは」とは特別な存在だった。
9歳の時に知り合ったその少女は時が経つにつれて、いつしかユーノにとってなくてはならない存在にまでなっていた。

「高町なのは」という存在に何度もユーノは救われてきた。

そう言っても過言ではない程にユーノはなのはの事を大切に思っていた。
なのははいつも自分の身を顧みないで多くの人を救ってきた。
だから今度は自分がそんな放っておけばいつまた無茶をするか分からないなのはを支える。
それがユーノの心の内に秘めた想いだった。
もしかしたらそれは恋なのかもしれないが、ユーノはまだそうとはっきりと言えないでいた。
だからしばらくは今までの関係でいいのかなとも思っていた。

(……なのはが、死んだ……そんな――)

別れは唐突だった。

先程行われた放送で「高町なのは」の名前が死者の名前として呼ばれた。
他にも知った名は呼ばれたが「高町なのは」の名は何にも増してユーノに衝撃を与えていた。
ここに来てからユーノはなのはを支える事を改めて決意して、そう行動しようとしていた。
だが実際はフェレットに変身して不可抗力で破廉恥な事ばかりしているだけ。
このデスゲームを打開するために役立つ行動など何一つしていない。
チンクや明日香と合流した時も結局は自分の体裁を気にして何も話さないままだった。

(僕はここに来てからなのはや皆のために何かしたか? 何も、何もしていないじゃないか!)

なのはのために我武者羅に行動するべきだった。
皆のために自分の体裁など気にせず正体を明かすべきだった
そうするべきだったのに結局何もしないままに最悪の結末を迎えてしまった。

(いや、でもまだ僕の知っているなのはだと決まった訳じゃ……もしかしたらもう一人の方のなのはかも……)

確かに名簿には「高町なのは」という名は2つ存在していた。
そして放送で呼ばれたのは一つだけ。
もしかしたらそれはユーノの知るなのはではなく、もう一人のなのはのものかもしれない。
そんな希望をユーノは抱いていた。

(だけど、もしも僕の知っているなのはだったら……僕は、僕は……)

放送で呼ばれたなのはがユーノの知っているなのはかどうかは確率50%だ。
そしてそれを知る術は今のユーノにはない。
真実はどうなのかとユーノは放送が終わってからずっと悩んでいた。

だからすぐそこまで迫っていた危機にすぐに気付けなかった。

「――え!?」

それに一番初めに気付いて声を上げたのは明日香だった。
前方より迫りくる光と風の暴流。
三人は知る由もないがそれはプラント自立種であるヴァッシュ・ザ・スタンピードの天使の右腕――エンジェル・アーム、その余波だ。
同胞であるナイブズとの融合によって覚醒したヴァッシュのエンジェル・アームの威力は凄まじいものだった。
それは砲口が向けられた北西の方向は言うまでもなく発射地点である病院の周囲一帯に例外なく被害を及ぼした。
ヴァッシュ自身がいた病院はもちろん崩壊の憂き目に遭い、その余波は瓦礫を巻き込んだ突風となって周囲を蹂躙した。
その影響は病院の近くまで来ていた三人にも例外なく襲いかかった。

(あれは、不味い! このままじゃルーテシアと明日香が――)

正体不明のエネルギー波と瓦礫混じりの突風――間違いなく並の人間が耐えられるものではない。
今この状況を回避するにはユーノが人間の姿に戻って防御結界を張るしかない。
だが、そうなると同時に二人に今まで隠してきた自分の正体がばれる事になる。

(それがなんだ。なのはなら、きっと助けられる命は助けるはずだ!)

ユーノに迷いはなかった。
今までの彼は自分のしてきた事に対する疚しさからずっと何も話さないでいた。
それは要らない誤解を避けたいというところもあったが、それでは結局何も進まない。
話し合わなければ前には進まない。
それはユーノがなのはに見せつけられた事でもあった。

「二人とも下がって!」

緑の光に包まれてフェレット形態から人間の姿に戻ったユーノは間髪入れずに三人を守れるだけの防御魔法を一瞬で構築した。
元々防御魔法などの補助魔法に長けているユーノだからこそできる事だった。

「え、ユ、ユーノ?」
「二人ともそこから動かないでね」

案の定明日香が驚きの声を上げてくるが、ユーノは目前の危機への対処で手一杯だった。
いくら防御・補助魔法に長けているとはいえ、この制限が掛けられた状況で耐えきれるかどうかユーノに自信はなかった。
だが今は全力全開で防御魔法を展開させ続けるのみ。
ユーノは全魔力を防御魔法に注ぎ込み、緑の盾はその輝きをますます増していった。
そして、ついに――

「……はぁ、はぁ、耐えた……何とか、耐えきった」

――ユーノは耐えきった。
魔力の大部分を消費したが、三人は無事だった。
流石にガジェットまではカバーする事ができず、少し離れた場所で壊れて転がっていた。

ユーノはルーテシアに出会った時の事を思い出していた。
あの時自分はこのどこか危なげな少女を守ろうと思ったはずだ。
自分の我儘でルーテシアを放置してなのはを探す事をなのは自身が望まないと分かっていたはずだ。
だから今自分はここにいる。
ユーノは疲れた頭でそんな事を考えていた。

(放送で呼ばれたなのはが僕の知っているなのはかどうかは分からないけど、なのはならきっと生きている。今はそう信じよう)

今自分にできる事が信じる事だけならなのはは無事であると信じ続けよう。
自分の気持ちに整理を付けてユーノが心に改めて誓いを立てると、後ろの二人の様子を見ようと振り返った。

「二人とも怪我はない、か――」

そこでユーノは自分の身体が地面に向かって倒れている事に気付いた。
身体に力が入らない事から魔力を使い過ぎた反動かと思ったが、腹の辺りに違和感がある。
地面に倒れこんだ痛みを無視して腹に手を当ててみればその手は真っ赤になっていた。

「――血?」

ユーノの意識があったのはそこまでだった。
大幅な魔力消費、二人を救えた事への安心感、なのはが死んでいるかもしれないという不安感。
それらが合わさってユーノの精神を疲労させて眠りに誘ったのだ。

倒れこんだユーノの前に立っていたのは血に塗れたウィルナイフを手にした紫髪紫眼の少女――ルーテシアだった。


     ▼     ▼     ▼


腹を刺されたユーノがゆっくりと地面に倒れていく様子をルーテシアは黙って見ていた。
その右手には今しがたユーノを刺した凶器――本来なら勇者が扱うはずの正義の武器ウィルナイフが握られていた。
ウィルナイフは一目で分かる程に刃を血に染めた状態にあったが、ルーテシアの表情に変化はない。
あまりにも無表情。
あまりにも静かすぎる。
そして、それがどこか不気味だった。

「ルーテシア、あなた、何をしているの?」

ルーテシアの凶行を目の当たりにした明日香は目の前の光景が信じられないような表情を浮かべていた。
それでも半ば呆然となりながら辛うじて質問を口に出すだけの思考はまだあった。
だがそれも傍から見れば脆いものに見える。

「見ての通り、殺し合い」
「――へ?」

そんな明日香を見ながら一切表情を変えずにルーテシアは答えを返した。
だがそこからはなぜ当然の事を聞くのかとでも言いたげな印象が感じられた。
明日香はルーテシアの答えに混乱するばかりだった。

「こ、殺し合いって、冗談でしょ。だって今まであなたは――」
「私には叶えたい願いがある」
「え、願い?」
「だから……皆を殺す」

ルーテシアは話し続けているが、その表情を変える事はない。
そこからルーテシアが何を考えているのか理解するのは難しい。
一方の明日香の表情は見る見るうちに歪んでいった。
その顔からははっきりと強い感情が読み取れる――恐怖という感情を。

「…………」
「ヒッ――」

そんな事は関係ないとばかりに無言でルーテシアはゆっくりと明日香の方に歩を進め始めた。
右手に握ったウィルナイフから血を滴らせながら。
ユーノを刺した時と同じ無表情のままで。
明日香はその姿を見て反射的に息を飲んでいた。
そしてルーテシアが進んだ分だけ無意識の内に後退りしている事に明日香は気付いていなかった。

「だから――」

叶えたい願いがある。だから……

「――死んで」

この場にいる皆の死を望む。
それはあるいは狂気とも言えるかもしれないが、本質は違うだろう。
ルーテシアはただ願いを叶えたいだけ。
だが先程からルーテシアに恐怖を感じ始めていた明日香はその一言で耐えられなくなった。

「――ッ」

恐怖は冷静な判断力を失わせ、人として本能の赴くままに明日香はこの場からの逃亡を選択した。
明日香は無我夢中でその場にあった3つ全てのデイパックを持って走り出していた。
必死に走る明日香は見る間にルーテシアとの距離を離していったが、当のルーテシアは既に明日香の方には目を向けていなかった。
今ルーテシアが見ているのはコンクリートの地面に倒れこんで赤い血の華を咲かしているユーノだ。

「……まだ死んでない」

実はユーノはまだ死んではいなかった。
ウィルナイフで刺されたとはいえ刺した本人が非力なルーテシアでは致命傷まで一歩及ばなかったのだ。
だが幾つかの要因が重なってユーノが気を失っているのは事実だ。
今のユーノはルーテシアにとって俎板の上の鯛も同然である。
その好機をルーテシアは逃す気はなかった。
確実にユーノ・スクライアを殺す。
それが逃げる明日香を放置した最大の理由だった。

「……ユーノ」

未だに意識の戻らないユーノの目前まで迫ったルーテシアは一言その名前を呟いた。
だがそれでルーテシアの表情や方針が変わる事はない。
これは一種の自分へのケジメ、それを確認する儀式のようなもの。
だからルーテシアに迷いはなかった。
高々と振り上げられた両手には本来なら勇者が手にするべき刃がしっかりと握られている。
刹那、頂点で止まった刃ウィルナイフはその動きを止めて、赤く染まった刃を一瞬だけ太陽に光らせる。
そしてウィルナイフは振り下ろされる力と重力に従って一目散にユーノの喉元へと落ちていった。
二つの力が合わさったウィルナイフは落下速度を一瞬で増加させ――

――コンクリートに激突した。

「――ッ!!」

ルーテシアはその予想外の衝撃で思わずウィルナイフから手を離してしまった。
幸いウィルナイフは傷一つ付かないままルーテシアの傍にカラコロと音を立てて転がるだけだった。
ルーテシアはそれを急いで拾い上げると視線を前方へと素早く移した。
ウィルナイフを振り下ろした瞬間、後方から不自然な突風が傍らを通り過ぎるのを感じていたからだ。
そしてその風はどことなく金色に光っていたような気さえした。
それはまるで雷光が横を走ったかのようだった。

「あなた、誰?」

視線の先には埃が舞い上がって薄く線を作っている様子が映った。
そしてさらにその先にこの現象を起こした張本人である三角帽子で顔を隠して黒装束を身に纏った女性がいた。
よく見ると傍にはいなくなったはずのユーノが寝かされていた。
それでルーテシアは何が起こったのか大体理解した――魔女が高速移動でユーノを掻っ攫ったのだと。

「誰……ん、そうね。魔女でどうかしら」

そこにいたのはまさしく魔女。
右手に漆黒のデバイスを構えた1st-Gの魔女、ブレンヒルト・シルトだった。


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