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STRONG WORLD/神曲・最終楽章(前編)◆vXe1ViVgVI




 繰り広げられた惨劇は数知れず、濃密な12時間は激流の如く流れていった。
 人々を狂わせ、絶望に追いやり、殺害していく凄惨なデスゲーム。
 誰の力を持ってしても未だ阻止する事が叶わない狂気の宴。
 単純な死者の数だけでは数えられない、様々な傷を負った参加者達がこの会場には蔓延っている。
 大切な仲間を失った者、擦れ違いの末に心を破壊されてしまった者、元から有していた狂気を更なる深淵へと沈降させた者……沢山の被害者達がこの場には存在した。

 今回の御話は、そんな被害者達の一人である青年の話。

 人の身に抑え込むには余りに強過ぎる『力』を得てしまった青年。
 比喩ではなく、真の意味で天災と化してしまった青年。
 青年は動かない。
 自分の『力』が暴発でもしてしまえば、それに巻き込まれ必ず惨劇が発生するから……その事を理解しているからこそ、青年は動かない。
 何十秒も何十分も何時間も……ただ無言で青色の空を見上げ、時を過ごす。
 その傍らに座る不思議な体質を有した少年を尻目に、青年は寸分と動かず座り込む。
 殺し合いの会場とは思えない程の静寂が二人を包んでいた。
 ずっと、ずっと、ずっと―――誰とも遭遇する事なく、誰とも言葉を交わす事なく、二人は時間を浪費していった。
 そして、青年が神社に辿り着いてから四時間程が経過したその時、遂に静寂は切り開かれる。
 唐突に、前触れなく始まった放送によって―――彼等は再び現実と直面する事となったのだ。



□ ■ □ ■



「そんな……」

 忌々しげな愉悦を隠そうともせず、プレシア・テスタロッサは死者の名前を告げていった。
 宣告された死者の数は9名。
 六時間前の放送で読まれた死者を合わせれば既に22人もの人々が死亡している事となる。
 時間にして12時間。
 余りにも多い犠牲者の数に、そして何より死者として告げられた名前の一つに―――新庄・運切は茫然と言葉を失っていた。

「……フェイトさん……」

 自分を襲撃した後、彼女はどのように行動し、どのように死んでいったのか……新庄に知る術はない。
 『フェイト・T・ハラオウン』がもうこの世に存在しないという事が、ただ一つの事実として後に残される。
 どうしようもなくやるせない感情が新庄の心を包み込んでいた。

『新庄』

 そんな彼女の傍ら、狙撃銃型のデバイスが声を上げる。
 それは無機質ながらも何処か焦燥の色が含まれた言葉。
 だが、自失状態にいる新庄はその言葉を知覚する事が出来ない。
 澄み切った虚空を見詰め、余りに残酷な現実に胸を痛め続けていた。

『新庄』

 再びの呼び掛け。しかしながら彼女は動かない。
 視線を固定したまま、その瞳に少しずつ涙を貯めて、座り込んでいる。
 マズい―――と、デバイスながらにストームレイダーは感じ取った。
 此処で立ち止まっていられたら、色んな意味でマズい。
 それを理解しているからこそ、デバイスは再び口を開く。
 この場から移動しなくては、その一心を伝える為に声を張り上げる。

『新庄!』

 これまでの人間的ながら冷静な口調とは違った、まるで警告音のような強い語気が備えられた一言。
 その一言に新庄も漸く反応をしてくれる。
 ビクリと肩を揺らした後に新庄は、幾分か覇気の落ちた瞳をストームレイダーへと向けた。

「ストームレイダーさん……」
『新庄、Ms.フェイトの死がショックなのは分かります……。ですが、何よりも先ず行わなくてはいけない事が今はある筈です』
「行わなくては……いけないこと……?」
『あと一時間でこのエリアは禁止エリアとなります。道中で何が発生するかは予想ができません。
 万が一のことを考えて、今すぐにでも動き出すべきです』

 そう、それは先の放送で告げられた事項の一つ―――『禁止エリア』。
 放送の中でプレシア・テスタロッサが悠然と語っていた筈であったが、やはりと言うべきか、フェイトの死を知った事により新庄・運切は禁止エリアについてを失念していた。
 このまま失意に溺水されてはこの男は死亡してしまう……そう思考したからこそ、ストームレイダーは指示を促したのだ。

「禁止エリア……」
『そうです。今は一秒でも早く行動を始めなくてはいけません』
「そう……だね、泣いてなんていられない。泣いてる間に死んじゃったなんて、フェイトさんに合わす顔がないもんね……」

 そう言うと、新庄は力無い笑みを浮かべながら立ち上がった。
 その拍子に、頬を伝い地面へと落下する一筋の涙。
 渇いた地に吸い込まれた水滴に一度視線を傾け、新庄は前を見る。
 フェイトの死を受け入れる事はまだ出来ない。
 だが、此処で膝を折り命を失う事もまた―――出来る筈がない。
 今は思考を停止させてでも動く時だ。
 元の世界に生還する為にも、また生きて『彼』と会う為にも、動かなくてはいけないのだ。

「行こう、ストームレイダーさん。取り敢えずこのエリアを抜けなきゃ」

 彼、いや彼女は立ち上がった。
 小難しい理屈はなく、ただ生きる為に。
 知人との死別という重い重い枷を背負いながらも、前へ進もうと決心した。
 ただ行動を始めるには一つ、大きすぎる問題が存在し―――


「……という訳なんですが……あの、その……あなたも一緒に行きませんか?」


 ―――その『問題』の主へと新庄は声を掛けた。
 神の社に寄りかかり、まるで死んでしまったかのように座り続ける男へと、新庄は向き直った。



□ ■ □ ■



 何処か夢心地でヴァッシュ・ザ・スタンピードは放送を聞いていた。
 何よりも人間の死を嫌う彼であったが、驚く程にその反応は鈍い。
 反応無しと言っても過言ではなかった。
 今回の放送で呼ばれた死者の中で彼が知る者は二人。
 その両名とはアレクサンド・アンデルセンとフェイト・T・ハラオウン。
 片やこの殺し合いで出会い協力関係を組んだ男、片や自分の暴走によりその命を奪ってしまった少女であった。
 その両名の名前を聞いてもヴァッシュは反応を見せる事はない。
 死人の如く虚ろな瞳で、前方を埋め尽くす森林を見詰めているだけ。
 ただ、それだけであった。

「……という訳なんですが……あの、その……あなたも一緒に行きませんか?」

 そんなヴァッシュに声を投げ掛ける者が一人、新庄・運切だ。
 新庄は困ったような顔を浮かべながら、ヴァッシュへと視線を向けていた。
 彼がヴァッシュに話し掛けたのは、これで二回目。
 約四時間振りに行われた会話であった。

「……僕は……後で行くよ。君は先に行っていると良い」

 正直なところ、新庄とストームレイダーの会話をヴァッシュは聞いていなかった。
 ただ新庄の言葉から彼が伝えたようとしている内容を予測し、答えを返した。
 新庄の方を見ようともせず、ただただ言葉を紡く。

「で、でも……!」
「僕と君が一緒に行動できない事は分かっているだろ? 何かあれば僕は君を殺してしまう……だから先に行ってくれ。大丈夫、僕は後から脱出するよ」

 ヴァッシュの言ってる意味は理解できる。
 一定の距離まで接近すると突如として出現する謎の白刃。この存在の所為で新庄はヴァッシュに近寄る事すら出来ない。
 ただそれでも見捨てる訳にはいかないと、今の今まで何をするでもなく、傍らで座していたのだ。
 しかし、流石に今回は話が違った。
 共に行動をしていれば、何かのアクシデント―――例えば殺戮者により襲撃など―――で彼の身体が白刃の領域に侵入してしまう可能性も充分にある。
 侵入した結果に待ち受けるは死。
 あの幾数もの白刃が新庄の五体全てを貫通し、容易く絶命へと至らせるだろう。
 ヴァッシュの意志に反した圧倒的な破壊……それが現在の彼の肉体に架せられた十字架。
 新庄は勿論、ヴァッシュにすらどうする事もできない、呪詛の如く『力』であった。

「さぁ、早く行くんだ」

 ならば、新庄に選択できる道は一つ―――ヴァッシュを置いて先にエリアから脱出する事のみ。
 それでもまだヴァッシュと行動したいのなら、常に死を覚悟した状態で未来を進むしかない。
 それは非常に危うい……文字通り『死』と隣り合わせの状態。
 単独で行動するよりも、何倍も何十倍ものリスクを背負わなければならない、茨の道である。

『新庄、彼の言うとおりです。今は急がなくては……』
「でも……だけど……」

 だが、その事実を理解していて尚、新庄は一人で動き出す事が出来ずにいた。
 確信がないからだ。
 自分が動いた後、眼前の男が本当にこのエリアから脱出する確信が。
 寧ろ今までの彼を見る限り、自らの死を選ぶ可能性も大いに有り得る。
 それは……それだけは許せない。
 誰が許そうと、新庄・運切の心が許さない。
 だから新庄は動けずにいた。
 誰も死なせない事を信条とする彼だからこそ、この場を一人で去る事ができずにいた。

「さぁ行け……行くんだ……」
「だけど……!」

 共に行けないのは分かっている。
 でも此処で、こんなところで見捨てる為に自分は何時間も彼の側に居たわけではない。
 彼を元気付ける為に、彼のその空っぽの笑顔を何とかしたくて、自分は此処に居たのだ。
 その方法は思い浮かばないが、絶望の渦中に居る彼を救いたくて―――自分は此処に居たのだ。



「僕は―――」



 と、新庄が開口したその瞬間、



『Caution―――上です!』



 ―――彼の手中にある狙撃銃が敵の襲来を知らせた。
 その警告に新庄は思考を中断。
 目を見開きながら狙撃銃が告げた上方へと視線をやる。
 それはヴァッシュも同様。虚無の瞳に僅かな光を灯し、顔を上に向ける。
 そして二人の視界にある光景が飛び込む。
 青白い発光体が自身の真上にて爛々と輝きを放っている謎の光景。
 二人はその不可思議な光景に数瞬の間、我を忘れて見とれてしまい、そして―――光球が光線となり、二人目掛け降り注いだ。



□ ■ □ ■



「ヤハハハハハ! 思い知ったか、神の社に座する不届き者達よ!!」

 新庄達から100m程離れた森林の中、そこに神・エネルは立っていた。
 愉快げに笑い声を上げながら、自身が放った攻撃の残滓を見詰める。
 『神の裁き(エル・トール)』―――それが新庄達を襲った光線の正体。
 神の社にたむろする不届き者達への神罰を、エネルは自らの手で行使したのだ。
 勿論、彼等の存在にはエネル自身、マントラの力によりとっくのとうに気付いていた。
 だが、遠方からの攻撃では目的地である神社その物まで破壊する恐れがある。
 いや、如何に自身の能力が制限されているとはいえ、建物の一つや二つ十中八九全壊してしまう。
 だからこそ、わざわざ接近し不届き者達を殺害しようと考えていたのだが―――それも徒労に終わった。
 神社が設置されているエリア・A-4が禁止エリアと決定されてしまったからだ。
 忌々しい首輪が存在する限り、全能たるエネルであっても禁止エリアに留まる事は不可能。
 ならばせめてと、神社に居る二人の不届き者へと神の裁きによる殺害を決行したのだ。

「ヤハハ! 不運であったな、名も知らぬ青海人共よ!」

 神社は破壊してしまっただろうが、結果として、二人の参加者を殺害する事ができた。
 この十二時間様々な戦闘を繰り広げたがエネルはたった一人の死者しか出していない。そんなエネルにとっては将に僥倖。
 この中盤に来て、一気にスコアを伸ばしたエネルであったのだが―――



「む?」



 ―――一頻りの高笑いを行った後で、その異変に気が付いた。



「『声』が……消えない?」


 そう、今し方消し去った筈の『声』が健在しているのだ。
 それも二つ共。先の場から一歩たりと動く事なく、存在している。
 回避を行っていないという事は、命中はしているという事。
 あの『ヒライシン』とやらが神社に設置されているのなら兎も角、その他に雷を防ぐ術は無い筈だ。
 何が起きたのだ? と、首を傾げ思考に入るエネル。
 だが、その思考も熟考に至る事すらなく打ち切られる。
 関係ないのだ。
 神社に『ヒライシン』があろうと、その攻略法は既に把握している。
 先程のように許容量を越えた電圧を浴びせ掛け、破壊すれば良いだけだ。
 結局のところ何も変わらない。
 たった数十秒、『声』の主達の人生が延長されただけだ。
 エネルは早々に思考を遮断し、哀れな不届き者達を殺害する為に、再び能力を行使する。
 それは先ほど放った雷撃―――神の裁き(エル・トール)よりも更に強力な一撃。
 人間という種族で有る限り、決して耐えられる訳がない電撃。
 避雷針すらも破壊可能な、現在のエネルが発動できる最強のアウトレンジ攻撃。
 龍の形を模した雷―――『雷龍(ジャムブウル)』。それをエネルは放とうとしていた。

「……『声』が一つ移動したか……だがもう遅い」

 唐突に動き始めた『声』の片割れ。
 しかしその速度は余りに遅すぎる。
 制限下に置かれて尚、エネルの攻撃範囲は他をずば抜けて広大だ。
 ほんの十数メートルの移動など焼け石に水と言っても良い。
 動揺の欠片も見せる事なく、右手の剣を振り上げるエネル。
 それは雷龍(ジャムブウル)を発動する為に必要な予備動作。
 背中の太鼓を二つ叩き、雷の龍を召喚しようとしたエネル…………であったが、何故か途中でその動きを止めてしまう。

 音が聞こえたからだ。

 日の遮られた森林の奥底から、何かが崩れ落ちるような轟音が―――、

「……ほう」

 轟音の聞こえる先へと目を凝らしながら、エネルは不遜な笑みを浮かべた。
 そして、手中の剣をクルクルと回転させ、油断なく構えを取る。
 『それ』がエネルを襲撃したのは、その行動から僅か数秒後。
 森林の彼方から―――刀剣のように洗練された白翼が出現した。
 それも一本ではなく、二本、三本、四本……およそ十にも及ぶ白刃が、木々を切り裂きエネル目掛けて襲来した。

「……面白い……」

 触手のように変幻自在に動くそれらを前にしても、エネルの余裕は揺らがない。
 寧ろ愉しげに笑いながら、白刃を待ち受ける。
 そして群中の中、先陣を切って急迫する白色の刃を渾身の力で―――叩き伏せた。
 接触、衝撃。
 甲高い金属音と共にエネルの胸板へと迫っていた切っ先が逸れ、後方に聳える木々へと突き刺さった。
 初撃の回避は成功―――同時にエネルは疾走を始める。

(何処の誰だか知らないが、なかなかに面白い能力を持っているじゃあないか……!)

 肉迫する白刃の数々を体捌きと迎撃を持って回避していくエネル。
 エネルは、弾幕の如く迫るそれらの隙間を縫うように進んでいく。
 目指すはこの攻撃を行っている『声』の元。
 おそらく神社にいた『声』の片割れがこの白刃の主。
 移動した方か、未だ当初の位置から微動だにしない方か……制限下に在る今、そのどちらかまでは判断できない。
 ただ、見てみたかった。
 これ程の能力を持つ人間の姿を、エネルは見てみたかった。
 数分の剣戟の末にエネルは白翼の根元へと辿り着く。
 そこに居たのは、ド派手な髪とド派手なコートを纏った男。
 男は左腕を必死に抑え、座り込んでいた。

「面白い身体を持っているじゃあないか、青海人」

 男の周囲に佇む白刃に目をやりながら、エネルは笑う。
 あの白刃はスピード、切れ味共に相当な物。
 常人であれば一歩と移動する事すら出来ずに切り刻まれているだろう。
 だが、エネルは常人でもなければ、並大抵の達人とも一線を画している。
 ゴロゴロの実の能力を抜きにしたとしても、かの麦藁海賊団船長と正面から戦闘できるだけの戦闘技術を有しているのだ。
 その身体能力を充分に活かせば、先程のような剣幕ぐらいであれば対処は可能。
 その事をエネル自身、自負しているからこそ、彼の余裕は途切れを知らない。
 プラントという圧倒的力を前にしても、不遜な笑みを張り付かせていられる。

「その刃でエル・トールを防いだのか? どうやらあの男のようなゴム人間という訳ではなさそうだが……」

 とはいえ、エネルが油断しているかと言えば、それもまた違う。
 エネルは慎重に眼前の男の事を観察していた。
 軽く見渡した限りでは周囲に『ヒライシン』があるようには思えない。
 『ヒライシン』が無いという事は、エル・トールはこの男が自力で防御したという事。
 過去の経験からして多少の警戒をするに越した事はない。
 そうでなくても自分の能力は謎の制限を受けているのだ。
 全能の神であろうと警戒を覚えるのは間違いではない。

「ヤハハ……少し興味が沸いたぞ。この場が禁止区域となるまであと五十分程度……脱出の時間を除いても三十分は大丈夫であろう。
 ―――遊んでやるぞ、青海人」

 顔を愉悦に歪めたままエネルは告げる。
 全能たる神として、圧倒的強者として、眼前の男と相対する。
 警戒はあれど勝利への確信は揺らがず、暇つぶしと称して勝負を挑む。
 遊びという言葉に裏はない。
 男の後方に浮かぶ十数の白刃を前に、ただ純粋な娯楽を目的として戦う気であった。

「……止めろ……」

 対する男が告げた言葉は短小なもの。
 耳を澄まさねば聞こえない程の声量で男は言葉を紡ぐ。

「……早く……今直ぐに此処から離れてくれ……」

 歯を食い縛り、冷や汗を顔中に流しながら男はエネルを睨んでいた。
 その瞳に含まれる嘆願の感情にエネルは直ぐさま気が付いた。
 呆れたように息を短く吐き、エネルが口を開く。

「何だ命乞いか? 残念であったな、私に見付かった時点で貴様に未来はない! ヤハハハハハハ! 己の不幸を呪うが良い!!」

 男の言葉をエネルは命乞いと判断した。
 何の事はない、自分を前にすれば誰もが行う当然の行為。
 自然の摂理と言っても何ら遜色はない。
 どんな能力者かは知らないが、実力の差を読み取るだけの知能は持っているらしい。

「行くぞ! 3000万ボルト・雷獣(キテン)!!」

 軽快な打音と共に、エネルの背中に備わった太鼓が変貌を見せる。
 男に向けて一直線に走り出す獣を象った雷。
 だが、膨大な閃光と轟音を前にして男は不動。
 ただじっと、迫り来る雷を見詰め続け―――突然その左腕が跳ね上がった。
 ビクリと、まるで痙攣を起こしたかのように唐突に、大きく、左腕が跳ね上がった。
 そして、男に迫る雷獣が―――直進を止めた。
 いや、正確に言うならば止めさせられた。
 それはまるで壁にぶち当たったかのように……雷獣は形を崩し、そのまま宙へと霧散したのだ。

「チィッ!」

 お返しとでも言うかのように殺到する数本の白刃を、エネルは舌打ちと共に回避していく。
 身を翻し、剣で叩き落とし、地面を踏み抜き、その全てを器用に避わすエネル。
 全力で地面を踏み抜き、十メートル程の距離を一気に跳躍。
 距離を取ると同時に、剣を握る手とは逆の左手を掲げ、雷へと変化させる。

「神の裁き(エル・トール)!」

 そして、白刃の主向けて一閃。
 半壊の森林を燃やし尽くしながら、雷が円柱状に赤コートの男へと直進していった。
 が、この雷もまた、先程の雷撃同様に不可視の防壁に阻まれる。
 残光を撒き散らし、またも虚空へと消失していった。

(チッ、何なのだ。あの見えない謎の壁は? おそらくは実の能力だろうが……全容が見えん)

 現状では完璧に能力を抑え込まれてるエネルであったが、今までのような醜態を晒す事はない。
 敵を冷静に観察し、能力の考察を進めていく。
 ゴム人間に避雷針……その二つの存在により、彼は自身の能力にある『弱点』という概念を知った。
 その経験は彼自身も気が付かない内にではあっが、彼の精神を成長させていた。
 能力に対する自信はそのままに、ただ能力を過信する事はなく……彼は『考えて』戦うという事を、モンキー・D・ルフィとの戦い、そしてこのバトルロワイアルから学習していた。
 間隙なく繰り広げられる白刃の波を回避し続けながら、エネルは思考を回していく。

「ならば、これでどうだ」

 思考に用いた時間はほんの数秒。
 その数秒という短い間に、エネルは謎の防壁に対する打開策を考え付いた。
 後は試行するのみ。熾烈極まる攻撃の雨の中、エネルは再び距離を取る。
 ジェネシスの剣が再度その背中の太鼓―――その全てに叩き込まれた。

「1億2000万ボルト……雷獣(キテン)・雷鳥(ヒノ)・雷龍(ジャムブウル)!!」

 そうして出現するは三種の形状に区分けされた雷の塊。
 それぞれが青白く発光しながら、まるで意志を持つかのように別々の進路を進んでいく。
 雷獣と雷鳥は正面から、雷龍は上方から男へと向かっていった。

 ―――エネルの考えた、不可視の防壁を破る策は二つ。

 一つは正面からの純粋な力による防壁の破壊。
 一つは上方からの防壁自体を避けての攻撃。
 正面からは雷獣と雷鳥を突撃させ破壊を試みる。
 雷龍は上方に迂回させ、男の真上から攻撃を行う。
 上手くいけば三つの雷撃が命中、失敗したとしても上方から攻めた雷龍は命中する筈だ。

「くっ……!」

 此処にきて、ようやく男の表情に焦燥感が浮かんだ。
 その男の表情を見て、エネルは自身の策に小さな自信を覚える。
 当たる……少なくとも片一方は当たる。
 エネルの表情に凄惨な笑みが張り付いた。
 その視界の中では、既に二匹の雷が不可視の壁に激突していた。
 今までで一際大きな閃光と雷音が森林を駆け抜けるが―――やはり突破には至らない。
 雷獣と雷鳥は形を崩し、虚しくも空中へと散っていった。

(ふん、力押しは効かんか……だが、こちらはどうだ!)

 しかし、神の攻撃はこの程度では終わらない。
 雷の龍が標的を焼き殺すべく上空から急降下。
 男の真上から一直線に急迫していく。
 防壁があるだろう地点を越えて尚、雷龍はその勢いに陰りを見せる気配すらない。
 自身の予測が正解であったとエネルは確信した。

(なかなかに愉快な能力であったぞ、青海人……だが、相手が悪かったな! この戦い、私の勝ちだ!)

 ―――確かにエネルの予想は当たっていた。
 エンジェルアームの力により形成された不可視の防壁は、確かにヴァッシュの正面にのみ設置された物。
 真上からの攻撃には対応する事が出来ない。
 このまま進めば、ヴァッシュの身体をその雷により焼き尽くす事が出来るだろう。
 その点に於いてはまさに正解。エネルの考え通りであった。



 ―――だが、まだ足りない。



 確かに『防壁を突破する事』は出来るだろう。
 だが、ヴァッシュを殺害するにはまだ足りない。
 もう一つ、ヴァッシュには現状を打開する手段を有しているからだ。
 それはヴァッシュ自身に埋め込まれていた、彼自身の力。
 この殺し合いの場で手に入れた『兄の力』とは別の、彼自身の力。
 彼自身が生まれ落ちた時から有していた、災厄の種。



 ヴァッシュは、『その力』を―――使用した。



「何……だと……?」


 思わず、エネルは言葉を零していた。
 奴の頭上に降り落ちた筈の雷龍。
 自分の予想通り、奴の上方には防壁はなかった。
 あと十数メートルの所までは接近したのだ。
 そう、あと十数メートル進めば奴の命を摘む取ったというのに―――消失した。
 当たると確信していた雷は、謎の光球に飲み込まれ消失してしまった。
 自身の元に帰還する事もなく、まるで存在自体を抹消されてしまったかのように、消えた。
 奴の右腕から放たれた光球により、消されてしまったのだ。

「馬鹿な……! 我が雷が……!」

 その変化は余りに唐突であった。
 十数に及ぶ刃を生み出していた奴の腕とはまた逆の側―――右腕が変化を見せた。
 左腕と同様にまるで天使の如く白羽を発生させ、だがしかし左腕のような刃とは全く異なった、変化。
 それは、まるで、砲台のような姿形を取っていた。
 そして、砲台から発射される極光。
 極光は雷龍と接触すると同時に光球となり、周囲の空間ごと雷を飲み込んだ。
 ほんの一瞬、刹那にも満たない時間で―――シャムブウルはこの世界から消滅したのだ。


「くっ、ならば……直接電撃を叩き込んで……!」


 焦りと共に駆け出そうとした時にはもう遅い。
 エネルが足を踏み出す前に勝負は殆ど決していた。
 敗因は、ヴァッシュの砲撃に虚を突かれ、この戦闘中常に動かし続けていたその足を止めた事。
 たった数秒の静止とはいえ、数々の白刃が彼の身体を包囲するには余りに多すぎる時間。
 前後左右上下に至るまで―――白刃が、エネルの周囲全てを覆い尽くした。
 逃げ道は、ない。
 ヴァッシュの左腕から生えた数十に及ぶ刃が、エネルを完全に包囲していた。

「……ぐ……おお……!」

 必死の形相で、顔中から汗を流しながらヴァッシュは苦悶を口から吐き出した。
 まるで痛みに耐えるような苦しみに満ちた声。
 そんなヴァッシュを、そして自身を囲め刃の数々を、エネルは呆然と見詰める。
 敗北という受容するには余りに大きい現実を前に、エネルは自失状態で立っていた。



 負けたのか?
 全能である筈の自分が、こんな所で、あんな男に?
 自分が、超越者たる自分がこんな遊戯の中で―――死ぬのか?



 ―――この時エネルは、今までの人生で初めての思考を行っていた。
 四方に敷き詰められた鋭い刃の数々。
 全身の雷化が可能であれば容易に脱出できる状況……だが制限下に居る今、それは不可能。
 刃は徐々にではあるが包囲の幅を狭め、覆い隠すようにエネルへと近付いていく。
 手を動かすスペースすら存在しない。
 まさに手の打ちようがない状況であった。

(我は……我は神なるぞ!! こんな……このような下らん遊戯で…………死ぬ訳が……!)

 沸き立つ感情とは裏腹に、現状を打開する方法は欠片も思い浮かばず。
 憤怒に顔を染めるエネルを尻目に、刃はゆっくりとゆっくりと距離を詰め―――遂にその身体に触れる。
 背中、胴体、胸部……雷化する手足と顔面を除く全ての部位に、白刃がめり込んでいく。
 白刃により形成される、小さな、本当に小さな切り傷。
 その傷から浮かぶ珠の如き小さな血液。
 貯まった真紅が重力に引かれ、細い筋となり下方へ流出していく。
 痛覚とさえ呼べない掻痒感が身体中を駆け巡っていった。

 その掻痒感が、エネルには溜まらなく嫌だった。

 一思いに突き立てるのならば、まだ良い。
 恐怖を覚える暇すらなく、一瞬で絶命に至れるからだ。
 だが、現在エネルが置かれている状況はどうだろうか。
 ゆっくりと身体に侵入してくる十数の白刃。
 それは、ヴァッシュが自身の信念を貫こうと足掻き続けている証拠なのだが……今のエネルにとっては逆効果でしかない。
 逃亡する手だても無ければ、勝利を掴み取る手段もない。
 何もする事ができず、ただ緩慢に『死』を待つだけの状況。
 それは、最強という『死』から最も遠方に位置し続けていたエネルが味わう、初めての感覚であった。
 『死』に対する『恐怖』を―――エネルはこの時、確かに『恐怖』を感じていた。

「や、止めろ……」

 その口から漏れたのはか細く弱々しい言葉。
 だが、白刃は進行を止めない。
 ゆっくりとではあるが、ヴァッシュの意志とは反して、進んでいく。
 胴体から流れ出る血量が少しずつ少しずつ増加し、掻痒感が歴然とした痛みに変貌していく。
 エネルの心中を蝕む恐怖が、その範囲を広大なものへとしていった。
 あと数センチ刃が進めば、彼の命は終焉を迎える。
 遅々として迫る最期の瞬間を、彼は恐怖の渦中で待ち続け、そして―――


「ダメだ!!」



 ―――寸前、放たれた声により白刃が一瞬だけ動きを止めた。
 声が放たれた先には一人の男……新庄・運切。
 新庄は身体中を土や木の葉で汚しながらも、其処に立っていた。
 立って、精一杯といった様子で声を張り上げていた。

「ダメだ……ダメですよ! これ以上……これ以上、人を殺したらあなたは……!」

 哀願の色さえ含まれたその言葉は、エネルにも、そしてヴァッシュにも届いていた。
 誰も殺さない、誰も殺させない、何より彼にこれ以上苦しんで欲しくない……自身の想いを言葉に変換し、新庄は声を投げ掛ける。

「くっ……ぐっ……!」

 だが、その想い虚しく、白刃は直ぐさま侵攻を再開してしまう。
 ヴァッシュの意志に従う事なく、ただ殺意を持ってエネルを攻め立てる。
 彼にはその侵攻速度を緩める事しか出来ない。
 どうしても、矛先を阻止する事は出来ないでいた。

「う……あああああああああああ!!」

 幾ら叫べど、幾ら念じれど、左腕は命令を受け入れない。
 その時動いたのは、彼自身の力が秘められた右腕だった。
 右腕から発生した白色の翼が、ヴァッシュの後方に佇む神社を襲撃し、粉砕。
 神社を細かい木片の山々に変え、再び彼の右腕へと戻っていく。
 後に残された物は、木屑と化した神社だった物のみ。
 そして、散らばる木片の一欠片に、ヴァッシュは自身の左腕を―――突き立てた。
 宙を舞う鮮血と共に、陸に上げられた魚の如く跳ね回る左腕。
 白刃が、動きを止めた。

「ああ、あああああああああああ!!!」

 何度も、何度も、何度も、ヴァッシュは木片へと腕を突き立てた。
 その行為の度に鮮血が地面に吹き飛び、左腕が跳ね上がる。
 左腕が跳ね上がる度に白刃は少しずつ後退していく。
 痛みに悶えながら白刃が、元の左腕の形へと戻っていった。
 そして―――

「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……」

 ―――数十に渡る自傷の末に、白刃はヴァッシュの左腕へと帰還しきった。
 再度変化する様子はなく、夥しい量の血を外へ流しながら、左腕が震える。
 ヴァッシュは大きく深く息を吸い、精根突き果てた様子で地面に座り込んだ。
 それは新庄も同様。
 窮地からの解放を認識したが故か、彼もまた身体を弛緩させ地面に座り込む。

 ただ一人、エネルだけがその場に立ち尽くしていた。

 屈辱に唇を噛み締め、エネルは殺気と憤怒と……幾分かの恐怖が込められた視線をヴァッシュへとぶつける。
 ギリ、と手中のレイピアを握り締め、エネルは屈辱を晴らす為、構えを取った。

「止めた方が……良いよ……」

 そんなエネルに赤コートの男が一言、声を掛けた。
 変わらぬ虚無を瞳に宿し、空っぽな笑顔をエネルへと向ける。

「こっちのトリガーにも……指がかかっているのさ……」

 空っぽな笑顔と共に、白色の砲台と化した右腕を向けて―――ヴァッシュはエネルに笑い掛けた。
 全てを消し去るその砲台を前に、エネルは唇から血を滲ませる。


(……我は……我は神なるぞ……! 何故、私が青海のサル如きに……! 何故、私が……!)


 屈辱……ただただその感情がエネルの心を騒めき立たせていた。
 一秒、二秒と白色の砲台を睨み付けるエネル。
 そうして一分程の時間が経過したその時―――エネルの手から真紅の聖剣が落下した。
 膝を付き、地面に拳を叩き付ける『神だった男』が、そこには居た。



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