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燃える紅 ◆Vj6e1anjAc




 別に、大層な正義感があったわけじゃない。
 騎士の誇りもどぶに捨て、大切な人を救うために、その人との約束に背いた身だ。
 辻斬りまがいの行為に手を染めてるあたしらに、今更正義を説く資格なんざありゃしない。
 天下の管理局に盾突いて、はやてと同い年くらいの子供にまで牙をむいた。
 外道だ悪党だと罵られたって当然さ。

 だけど、言い訳することが許されるなら、せめて1つくらいは弁解させてほしい。
 あたしらだってこんなこと、本当はしたくなかったんだ。
 あたしらは長く戦いすぎた。もう二度と戦いたくなんてなかった。
 そして、はやてはそれを叶えてくれた。
 戦うことしかできなかったあたしらに、人並みの穏やかな暮らしを与えてくれた。
 戦うことしか知らなかったあたしらに、人並みの感情というものを教えてくれた。
 だからもし許されるなら、あのまま戦うこともなく、平凡に日々を過ごしていたかったんだ。
 リンカーコアの蒐集だって、そんな日を繋ぐためにやっていたことだ。
 はやての命を救うために、仕方なくやっていたことなんだ。
 事情も目的もない戦いなんて、誰が好き好んでするものか。

 だから、今目の前にいるこいつは許せない。
 本当なら、誰だって傷つかないのが一番なのに。
 こんなくだらない殺し合いなんかで、死んでいい命なんてない方がいいのに。
 それでも奴はその力で、大勢の人間の命を奪っていった。
 いいや、こいつだけじゃない。
 こんな狂ったゲームの中で、何人もの人間が殺し合いに乗り、何人もの人間が死んでいった。
 守りたかった命。
 救えなかった命。
 大勢の人間の血が流れて、その度に自分の無力に嫌気がさした。

 ああ、そうだ。

 もうそんな想いをするのはたくさんだ。

 だから、あたしはこいつと戦う。
 こいつだけは絶対に、あたしが今ここで殺してやる。
 どんなに実力差があろうと、そんなものは知ったこっちゃない。
 どんなに絶望的な戦いだろうと、諦める理由になんかなりゃしない。
 もうこれ以上、誰もお前に殺させやしない。

 だから。

 だから、お前はここで倒されろ。

 吸血鬼――――――アーカード!


(さて、どうしたものか)
 白銀に輝く拳銃を手に、金居は1人思考する。
 その手に握られたハンドガンは、名をデザートイーグルという。
 つい先ほど、淡い魔力の光と共に、デイパックの中に現れたボーナス支給品だ。
 放つ弾丸は50口径。超大型の鉛玉は、拳銃というくくりにおいては、世界最強の破壊力を有している。
 一方でその巨大さと反動故に、並の人間には満足に扱えない代物とも言われていた。
 反動や重量の方は、アンデッドである彼にとっては屁でもないが、確かにこのグリップの大きさは少々握りづらいだろう。
 とはいえ破壊力は申し分ない。ギリギリではあるものの、あのアーカードにも手傷を負わせる威力はあるはずだ。
 アンデッドの正体を隠しているうちは、多少は出番も回ってくるかもしれない。
(だが、果たしてこいつは当たりか外れか?)
 改めて銃身を見据えながら、自問した。
 拳銃としては破格の威力を有するデザートイーグル。
 それでも威力ではイカリクラッシャーに劣るだろうし、利便性ではデバイスに劣るだろう。
 それらの条件を加味した上では、この武器のランクはいかほどのものなのだろうか。
 プレシアの意図を探る上では、こいつの性能はかなり微妙だ。
 強いともとれるし、弱いともとれる。
 上位ともとれるし、下位ともとれる。
 紺色の髪の娘や眼鏡の女の分が得られなかったことから、ご褒美の対象が3回放送以降のキルスコアのみということは分かった。
 しかし、支給品のレアリティが敵の力量に左右されるのか、というのは謎のままだ。
(まぁそれはそれとして……問題はむしろこっちだな)
 銃をデイパックへと収め、足元の魔法陣へと視点を落とす。
 ぼんやりと煌く円環の紋様は、落ちていた看板の説明によると、望む場所へのワープに用いるものなのだそうだ。
 光の印象が似ているあたり、先ほどデザートイーグルを転移させた技術と、同じ理屈なのだろうか。
 ワープできるとだけ書かれた説明文には、それ以外の情報はほとんどなし。
 せいぜい魔力を消費する必要がある、というものくらいで、他に制約らしいものはなかった。
 つまりはほとんどリスクを冒すことなくして、無制限な距離の移動を行うことができるというわけだ。
 普通に考えてもみれば、これはやや便利すぎる代物ではないのか。
 故にこれは記述通りのお助けアイテムではなく、逆に騙されて使えば被害を被るようなトラップではないのか。
(……それはそれで不自然、か)
 しかし、その懸念もすぐに消える。
 これまでの状況を整理すれば、そんな罠が仕掛けられるはずもないというのは明確だ。
 プレシア・テスタロッサが望むのは、殺しではなく殺し合い。
 ただ死体を築き上げたいというのならば、こんな回りくどい手を使うまでもなく、首輪を一斉に爆破すれば済むだけのこと。
 第2回目の放送では、自らそれをしたくないと口にしていた。
 ミラーワールドの戦闘では、主犯の浅倉のみを始末するに留まり、残りは全員生かして会場に戻した。
 それほどに主催者側の介入を嫌がるというのなら、この魔法陣に罠を仕掛けるような真似をしでかすはずもない。
 故にこれの有用性については、八割方信じてやってもいいだろう。
(問題とすべきは、こいつがどこまで融通の利く代物か、だ)
 それが残り二割の懸念だった。
 こいつが本物であるとして、さてではその本物の機能とやらは、一体どの程度優れているのだろうか。
 有効移動圏内は、一体この場所から何マス分か。
 マスとマスの間を移動したとして、果たしてどれほど精密に着地点を指定できるのか。
 どこかにいる特定の人物と会いたいだとか、そういう正確な座標も分からない場所には飛べるのか。
(何にせよ、実際に魔法使いを連れてこないと始まらないか)
 ひとまずはそこで思考を打ち切る。
 今は亡きアレックスのデイパックを拾い上げ、自分の持ち物へと無造作に突っ込む。
 よくよく考えてもみれば、金居は魔導師ですらないのだ。
 ああだこうだと考えたところで、発動させるための魔力がなければ、何を試すこともできない。
 であればさっさとはやてらと合流し、これを使わせてみなければ。
 かつり、かつりとアスファルトを踏み、荒れ果てた廃墟を進んでいく。
 するとそれから程なくして、自分の足音とは異なる音が、遠くの方から聞こえてきた。
 きん、きん、きん、きん。
 断続的に響いているのは、金属のぶつかり合う音だ。
「どうやら向こうも向こうで、荒事になっているらしいな」
 ぼそり、と呟くと同時に。
 金居は自らを音の方へと加速させた。


「つらそうだな」
 忌々しいあの低い声が、己の鼓膜を震わせる。
 ぜいぜいと自身の口を突く吐息に混じって、余裕たっぷりなあの声が響いてくる。
 ぐ、と歯を食いしばって、槍を地に突き立ち上がった。
 膝をつく姿勢を取っていた身体を、得物を杖代わりにして持ち上げた。
 既に我が身はボロボロだ。
 振りかざす穂先は届かない。時たま届いたとしても、すぐに傷口が再生する。
 自己修復の速度は大幅に落ちていたようだが、それでも脅威には変わらない。
 どれだけ傷つけたとしても、一分の隙も見せやしない。
 逆に敵の切っ先は、こちらの防御を押しのけて、着実にこの身体を切り裂いていく。
 騎士甲冑はずたぼろに引き裂けた。
 致命的な直撃こそまだだが、至る所が血まみれだ。
 額から流れる血液を拭い、ヴィータの瞳がアーカードを睨む。
「それで終わりか、お嬢ちゃん(フロイライン)? 身体が殺意に追いつけないのか? 一人前なのは威勢だけか?」
「うる……せぇッ」
 精一杯の強がりを吐いた。
 実際にはもういっぱいいっぱいだ。
 全身から流れ出る真紅の雫は、根こそぎ体力を奪って地に染みていく。
 五体に刻み込まれた刀傷も、痛くて痛くてたまらない。
 体力も気力も限界ギリギリ。有り余っているものといえば、せいぜい魔力くらいだろう。
「見せてくれ。そして分からせてくれ。
 お前は私を殺せるのか。私を殺すに足る者なのか。その手に握り締められた杭は、果たして私の心臓に届くのか」
 彼我の戦力差は絶望的だ。
 分かり切ったことではあったが、その事実が急速にリアリティを増して、深く身体にのしかかってくる。
 クロノが撤退を促した時点で、まともに戦える相手ではないことは推測できた。
 セフィロスと互角に戦った時点で、自分が勝てなかったあいつ並に強いことは分かっていた。
 だが、結局それらは全て傍証に過ぎない。
 こうして直接刃を交えなければ、主観の確証にはなり得なかった。
 そして、今だからこそ分かる。
 今目の当たりにしているこの鬼の、なんと猛々しくおぞましいことか。
 人間離れの再生力の、なんと忌々しいことか。
 常識外れの怪力の、なんと凄まじいことか。
 指先が震えそうだった。膝が振動で崩れ落ちそうだった。
 戦う前から刷り込まれた恐怖が、より深く心を侵食していく。
 もう嫌だ。できることなら逃げ出したい。
 こんなにも強くおぞましき魔物とは、これ以上戦いたくなんてない。
 刃が突き刺されば確実に死ぬ。
 拳を当てられただけでも砕け散る。
 明確ににじり寄る死のビジョンが、怖くて怖くてたまらない。
「できるできないじゃねぇ――」
 ああ、それでも。
 だとしても、引き下がることなどできないのだ。
 今ここで自分が逃げ出せば、今度ははやてが犠牲になる。
 自分の知るはやてとは雰囲気の違う、正直いけ好かないタイプの人間だが、さすがに殺されるのは後味が悪い。
 そしてはやてが殺されれば、今度は金居とかいう奴が襲われるだろう。
 奴までもが殺されてしまえば、もう誰にも止められない。
 自分がこの場から逃げ出すことは、それだけの人間の死を意味するのだ。
「――やるんだよッ!!」
 だから、やってやる。
 殺ってやるとも。
 一体実力差が何だというのだ。どれだけ怖かろうと知ったことか。
 どれだけ力の差があろうが、そんなことはどうだっていい。
 殺せる殺せないの問題じゃない。
 殺さなければならないのだ。
 怒号を上げるヴィータの足が、かつんと鋭くアスファルトを蹴った。
 跳躍と同時に、飛行魔法を発動。
 滑空するような低空飛行で、真っ向からアーカードに突っ込んでいく。
 加速、加速、なおも加速。
 並行して身体強化を発動。
 ありったけの魔力を纏い、五体の運動能力を向上させる。
 煌々と煌く槍の穂先は、武器強化の術式の賜物だ。
「悪くない返事だ」
 いい返事だ、とは言わなかった。
 にぃと笑みを浮かべる吸血鬼は、それを正解とは認めなかった。
 弾丸並の加速を見せるヴィータを前に、しかしその顔には余裕の笑顔。
 口先だけとしか見なしていない。
 それだけで殺せると思っていない。
 当然といえば当然だ。自分はまだ一方的に蹴散らされるだけで、一度も結果を出していないのだ。
「では、あとは結果を示してもらおう」
 がきんっ、と響いた鋼鉄の音。
 難もなく、無造作に。
 軽く持ち上げられたのは、常識外れな長さの長剣。
 全身全霊を込めた一撃が、そんな動作で受け止められる。
 のれんをめくるかのような動作で、あっさりと受け止めてみせたのだ。
「お前は取るに足らないただの狗か、はたまた尊厳ある人間か」
 刃の向こうの瞳が光る。
 名刀・正宗越しに向けられた視線が、爛々と真紅の瞳を放つ。
 赤は燃え盛る炎の色。
 そして滴る血の色だ。
「――ッッ!」
 瞬間、烈風がヴィータを襲った。
 痛烈な衝撃が叩きつけられる。槍の穂先を怒濤が押し返す。
 ギリギリまで身体強化を付与した身体が、まるで貧弱なやせっぽちのようだ。
 渾身の力を込めた一撃が、まるで問題にもされていない。
 視界の風景が遠ざかり、みるみるうちに距離が開いた。
 ビルの残骸もたなびく煙も、遥か彼方に置き去りになった。
「くそっ!」
 吐き捨てると同時に、急制御。
 飛行魔法のベクトル制御で、吹き飛ぶ身体にブレーキをかける。
 開始からたっぷり3秒をかけ、つんのめるようにしてようやく停止。
 つくづく恐るべきはアーカードだ。
 あんな態勢からこれほどのパワーを発揮して、こちらの攻撃を弾き返してくるとは。
「言われなくとも……やってやらぁっ!」
 だが、今更その程度では足を止めない。
 力が強いことなど、とっくの昔に分かり切っていることだ。
 こんなものはせいぜい、パワー勝負では勝てないということを、再認識した程度にすぎない。
 ならば、パワー以外で勝負するまでのこと。
 力で駄目なら、スピード勝負だ。
 再度飛行魔法を加速させる。
 ぎゅんと、再度世界が加速。
 遠ざかった景色を追い越して、置き去りにして突撃する。
 風を切る音が耳に響いた。三つ編みの髪が鬱陶しく暴れた。
 猛スピードでアーカードへと殺到。
 そしてそのまま立ち止まることなく、すれ違いざまに槍を一閃。
 ざく、と肉を斬る感触を覚えた。
 振り返る先の左腕に、赤の一文字が刻み込まれた。
 そしてその程度では止まらない。空中で我が身を反転させ、再び肉迫と同時に斬撃。
 寄らば斬る。近づけば突く。
 蜘蛛の糸を描くような高速機動で、忙しなく繰り出されるヒット・アンド・アウェイ。
 スピードを突撃力ではなく、純粋に機動力として使ったというわけだ。
(まだだ……!)
 それでもヴィータの表情は晴れない。
 苦虫を噛み潰したような表情で、肩越しに吸血鬼の姿を睨む。
 まだ足りない。
 この程度のダメージではまだ駄目だ。
 すれ違いざまに放つ一撃など、所詮はたかが知れている。
 その僅かな傷の積み重ねで、最終的に体力を削り切れるならまだよかった。
 しかし、これではまだまだ足りないらしい。
 いくら手傷を負わせようと、斬ったそばから回復していく。
 思うようにダメージが蓄積されず、瞬く間に無傷になってしまう。
 これではまるで無駄骨だ。
 弱体化したはずの再生能力すらも、上回ることができないのか。
 槍の使いこなせぬお前に、剣を持った私が倒せると思ったか――あの漆黒と銀髪の魔人の言葉が、脳裏で絶えず反響する。
 そうだ。
 相手が悪かっただけではない。
 自分の実力も足りないのだ。
 これが使い慣れたグラーフアイゼンなら、もっとましなダメージを与えられたはずだった。
 だが結果はこの有様だ。
 拙い槍の制御では、思うように力がこもらない。
 力の込め方が分からないから、中途半端な威力しか発揮できない。
 その結果がこのジリ貧だ。
 槍一つ使いこなせない未熟が、この無様な有様を生みだしたのだ。
(それでも――やるしかねぇんだよっ!)
 だからといって、止まれない。
 前言を撤回して逃げることは許されない。
 豪快に振りかぶった切っ先で、横薙ぎに叩っ斬ろうと突撃をかける。
 これまで以上に速度を上げた。
 これまで以上に力をこめた。
 ほとんどやけくその一撃だ。それでも、通らないことはないはずだ。
 フルスピードとフルパワーの特攻を、敵の視界の範囲外から叩き込むのだ。
 単純な速度はこちらが勝っている。ならばこの一撃、そう易々と反応できるはずが――
「がッ……は」
 瞬間、目の前に閃光が走った。
 電流を浴びせられたかのように、五臓六腑が硬直する。
 雷撃に照らされたかのように、視界が激しくスパークする。
 呼吸困難に陥った身体が、浮遊感と共に投げ出された。
 意識は霞がかかったように焦点を失い、ただただ強烈な苦痛の中、ゆっくりと過ぎていく風景を彷徨う。
 どすん、と背中に衝撃を感じた時。
 その時背中を打ったのだと理解し。
 かは、と息を吐き出した時。
 自分は反撃を食らって吹っ飛ばされたのだと、ようやく理解することができた。
 起伏の乏しい胸元が、絶えず激痛を訴え続ける。
 吐き気を伴う独特な感触だ。肋骨がへし折れたサインに他ならなかった。
 びくびくと痙攣する身体を懸命に起こし、足に力が入り切らず、俯いたような姿勢になる。
 攻撃を受けた。
 峰打ちとはいえ、正確なタイミングで直撃を食らった。
 よけられない角度と速度を伴い、反撃しきれない威力を乗せたはずだった。
 いいや、その認識こそが誤りだったのだ。
 そもそも思い返してみれば、奴はあのセフィロスの速度に、完璧に追いついていたではないか。
「さぁ、どうした? まだ肋骨が折れただけだぞ」
 あの声がまた響いている。
 忌々しい声が鳴り響いている。
 かすみきった視界にも、確かに奴の存在を感じられる。
 あの恐ろしくもおぞましき、赤き装束を纏いし鬼の姿を。
 爛々と瞳を煌かせ、血塗られた長刀を携えた、吸血鬼アーカードのその姿を。
「それともやはりそこまでか? その程度の器でしかなかったということか?」
 つくづく反則的な男だ。
 不死身で無敵で不敗で最強で、嫌になるほど馬鹿馬鹿しい。
 目を向けられただけで威圧される。
 幾千万もの剣の雨を、真っ向から浴びせられたような錯覚に、心が砕けそうになる。
 気配だけでそれなのだ。現実の実力は言うまでもない。
 その手は百万の鉄槌を砕くだろう。
 その足は百万の剣閃を折るだろう。
 その身は百万の銃弾を受けても、なおも笑って佇んでいることだろう。
 何もかもが規格外の男。
 誰よりも強く、誰よりも高く、その上殺しても死なない男。
 単純に力が強いということが、これほどまでの恐怖を生むのか。
 砲撃も撃てず、音速でも走れず、空も飛べないはずの男が、これほどまでに恐ろしく映るとは。
 パワーでも駄目、スピードでも駄目。
 いかな小細工を弄したとしても、全てがことごとく叩き潰される。
 できることはこちらの方が圧倒的に多いのに、その全てを駆使しても、何一つ奴には届かない。
 これではっきりと分かってしまった。
 はっきりと理解してしまった。
 この存在には勝てないと。
 もはやこれ以上どれほどの手を尽くしても、自分にはこの男を殺す術がない、と。
「……アギト」
 背後のデイパックへと、声を飛ばした。
 その中に引きこもっている、古代ベルカの剣精へと、蚊の鳴くような声を発した。
 この存在にはかなわない。
 パワーもスピードもテクニックも、その全てが通じない。
 ならば、どうする。
 どうやって奴を倒せばいい。
 自分にはどう足掻いてもかなわない相手を、それでもなお殺すにはどうすればいい。
「ユニゾンだ……力を、貸してくれ……」
 簡単なことだ。
 自分1人でかなわないのなら、1人で戦わなければいいのだ。
 こいつを倒せるというのなら、どんな手だって使ってやる。
 何にだってすがってやるし、誰にだって頭を下げてやる。
 もはや躊躇している暇などなかった。
 故にヴィータは迷うことなく、背中の融合騎へと助力を請うた。
 彼女は自分のパートナーではない。ゼスト・グランガイツという、確固たるロードを持った融合騎だ。
 そう簡単に心を許してくれるなどとは、毛頭思ってなどいなかった。
 故にこれまでは、あえてその話題を切り出さず、可能な限り1人で戦おうとしていた。
 だが、今はそんなことを言っていられる場合ではない。
 このまま戦い続けていては、自分は間違いなく死ぬだろう。
 それも何一つ為すこともできず、アーカードを野放しにしたままに、だ。
「……無理だよ……あたしは、戦えない……」
 たっぷり待つこと5秒間。
 返ってきたのは、そんな言葉だ。
 これがあのアギトの声か。
 烈火の二つ名が指すように、気が強く堂々としていた、あの剣精の声だというのか。
 あまりに弱く、あまりに細い。
 強気な目をしていた彼女の声が、今では風前の灯火のようだ。
 一瞬我が耳を疑ったが、それも無理からぬことだと、一瞬後には理解していた。
 彼女は数時間前の自分と同じだ。
 子供のはやてが殺された時と同じように、ルーテシアとゼストという、何物にも代えがたい身内を喪ったのだ。
 その気持ちは十分に理解できる。
 はやてのみならず、ヴォルケンリッターの全員を喪った自分にも、痛いほどに理解できる。
「今のあたしが出たって……足手まといくらいにしか――」
「――急げッ!!」
 それでも。
 だとしても。
 そうだと分かっていながらも、しかしヴィータは吼えていた。
 微かに息を呑む音が聞こえる。アギトが面食らったのだろう。
 それも無理からぬほどの、骨折患者のそれとは思えぬ雄叫びだ。
「時間がねぇんだ……このまま死ぬわけにゃ、いかねえんだよ……!」
 確かに、お前の事情は分かっている。
 だがそれすらも、今では気にしている時間が惜しい。
 正直済まないとは思うが、それでもお前の都合を聞いているわけにはいかないんだ。
 悪いが今ここにいる以上は、腹をくくってついて来てもらう。
 この場を打開できるかもしれない力があるなら、何と言おうと戦ってもらう。
「こいつはどうしても殺さなくちゃいけないんだ……でなきゃみんな、殺されちまう……みんなみんな、守れねぇんだ……」
 思い出すのは、いくつもの顔。
 この殺し合いの中で出会った顔に、殺し合い以前から知っていた顔。
 中には敵だっている。どうしても分かり合えない奴だっている。
 それでも皆、こんなところで死んでいい命ではないのだ。
 こんな化け物みたいな男なんかに、無惨に蹴散らされていい命ではないのだ。
「こいつを倒せなくちゃ、意味ねぇんだっ!!」
 命を落とすことは怖くない。
 今更それ自体を怖れはしない。
 それでも、自分が命を落とす時は、同時にアーカードもまた死ぬ時だ。
 そうでなければならないのだ。
 あの吸血鬼なんかよりも、奴を残して死ぬことの方が、何十倍も恐ろしいのだ。
 だから自分は命懸けで戦う。
 奴を葬り去れるというのなら、この命を賭けても構わない。
 そうすれば残された人々を守れるというのなら、命なんて惜しくはない。
 それでも今は、悲しいくらいに力が足りない。
 この命の全てを燃やし尽くしても、奴の命には届かない。
 今以上の力がいる。
 限界を超えた力がいる。
 故に。
 だからこそ。
「だからあたしに力を貸せ――アギトッ!!!」


 最初は聞き流すつもりだった。
 途中から戦いが起きていたのには気づいていたが、それでも無視を決め込むつもりだった。
 自分にどうしろというのだ。
 自分に何ができるというのだ。
 もう、何もかもがどうでもいい。
 いつしか仲間意識を抱いていたヴィータの窮地も、この胸を打つには至らない。
 今更戦う意味など見出せなかったし、そうまでして生きる意味すらも見つからなかった。
 何せ自分は亡くしたのだ。
 あの2人を喪ってしまったのだ。
 ずっと共に連れ添ってきた、ゼスト・グランガイツとルーテシア・アルピーノ。
 生まれてきた時のことは覚えていないし、自分を作ったマイスターの顔も知らない。
 ただ静かに長き時を眠り続け、気付けばどこぞの施設で実験動物
 いつかは心と身体が壊れて、何一つ生まれた意味を残せぬままに、終わってしまうのだとばかり思っていた苦痛の日々。
 そんな境遇を終わらせてくれたのが、あの2人組の旅人だった。
 故に孤独な自分にとっては、2人は絶対的な恩人であって、無二の家族でもあった。
 そんな肉親を喪ったのだ。
 別世界の別人の可能性はもちろんある。だが、そうでない可能性ももちろんある。
 であれば自分が生きる意味など、一体この地上のどこにある。
 無理に生き残る理由も、そのためにヴィータに力を貸す義理も、どこにも見当たりはしなかった。

 ――急げッ!!

 その、はずだった。
 その言葉を、聞くまでは。

 ――時間がねぇんだ……このまま死ぬわけにゃ、いかねえんだよ……!

 頭から冷水をぶっかけられたような心地だった。
 こいつはなんと強い意志で、あの怪物に立ち向かっているのだ。
 自分と同じように、全ての家族を喪ってなお、こいつはまだ戦うというのか。
 なんと力強い闘志か。
 なんと逞しい決意か。
 身体がボロボロになってなお、その身に燃える灼熱の意志には、一切の陰りも見受けられない。
 何故そうまでして戦えるのだ。
 家族ですらない他人のために、何故そこまで戦おうと思えるのだ。
 そんな姿を見せられていては。
 そんな声を聞かされていては。

 ――こいつを倒せなくちゃ、意味ねぇんだっ!!

 あの男を思い出してしまうではないか。
 ゼスト。
 ゼスト・グランガイツ。
 こうありたいと心から思える、誇り高きベルカの騎士。
 あの日自分を救い出してくれた、ヴィータの槍の本来の持ち主。
 強く気高く雄々しかった、父にも等しき最愛の男だ。
 存命の頃のゼストもまた、己の意志と誇りに従い、真っすぐに戦い続けていた。
 傷つきボロボロになりながらも、ルーテシアの望みを叶えるために、ひたすらに槍を振るっていた。
 結果犯罪者であるスカリエッティに加担こそしたものの、その心の有りようは、正しく騎士の持つべきそれだった。
 ゼストがこの場に生きていたなら、一体どう立ち回ったか。
 恐らくは目の前のヴィータ同様、あの魔物と戦っていたのではないのだろうか。
 たとえ己が滅びようと、その胸の正義を貫くために、命を賭して戦っていたはずだ。
 ならば、自分には何ができる。
 ゼストを愛した自分には、一体彼のために何ができる。
「……分かったよ……」
 見極めろ。
 ゼストの願いとは何だ。
 ゼストの想いとは何だ。
 正しく生きてきたゼストならば、自分にもそれを求めるはずだ。
 真っすぐに己の生き様を貫き、生き続けてほしいと思うはずだ。
 その想いに従うことで、初めて報われるのではないのか。
 その願いを叶えることで、ゼストは救われるのではないのか。
 生きるために、戦うこと。
 この狂った殺し合いを打開するべく、正義を信じて立ち向かうこと。
 そのために戦い続けてこそ、初めてゼストは報われる。
 自分を救ったのは間違いではなかったと、初めて認めることができる。
「それを旦那が望むのなら、あたしも一緒に戦ってやる……!」
 腰の翼を羽ばたかせた。
 緩んだデイパックの口から、勢いよく我が身を飛び出させた。
 月の光をその身に浴びる。
 闇夜の月明をその身に受ける。
 あの日と同じ月の明かりを、五体全てで受け止める。
「ユニゾンするぞ、ヴィータッ!!」
 戦うんだ。
 ゼストの名に恥じないように。
 ゼストの恩に報いるために。
 自分はゼストの娘であったと、胸を張って生きるために――――!


 ユニゾン・イン。
 それが魔法の言霊だ。
 共に紡いだその言葉が、剣精を光の粒子へと変える。
 眩い桜色の魔力光が、この身体へと溶け込んでいく。
 精神のリンクを感じた。
 感覚の一体化を感じた。
 燃え盛る炎の熱と共に、騎士と融合騎の肉体が、光の速さで同調していく。
 これがユニゾンというものか。
 この胸に感じる温かな炎が、身も心も重ね合わせるということか。
 同時に漲るのは力。
 血液を沸騰させんばかりに、全身からにじみ出る熱い力。
 熱気に当てられた大気中の水分が、真っ赤な湯気となって立ち上った。
 ほとばしる体温が炎を成し、火花を散らして五体を包んだ。
 燃え上がる真紅の光に包まれて、ヴィータの姿が変わっていく。
 灼熱の凱火に包まれて、2人が1つになっていく。

 ――私は、今のままでも十分幸せや。

 守りたい、命があった。

 ――我ら、夜天の主の下に集いし騎士。
 ――主ある限り、我らの魂尽きることなし。
 ――この身に命ある限り、我らは御身の下にあり。

 共に戦った、仲間がいた。

 ――お話を聞かせて!

 不思議な少女と、戦場で出会った。

 ――だけどそれが、僕の今の意思だから。
 ――死なせてしまったアグモン君やクロノ君の分まで、僕達が戦うんだ。

 共に戦えたかもしれない、人々に出会った。

 ――ヴィヴィ……ちゃ……を……お願…………―――

 救うと約束した、命があった。

 ――お前が、俺のはやてを殺したんだ。

 救えなかった、命があった。

 まるで走馬灯のように、出会った顔が浮かび上がってくる。
 今この時を生きている、救わなければいけない者達。
 自分の力が足りなくて、散っていってしまった者達。
 自らの内より湧き上がる炎と共に、瞳に浮かんでくるいくつもの顔。
 全て、守りたかった命だ。
 守るべき者達であり、守れなかった者達だ。

 はやてのために戦ってきた。
 目的すらなかった人生を終えて、ただはやてを守るために、戦う力を振るってきたつもりだった。
 されど周りを見渡してみれば、こんなにもたくさんの顔がある。
 少なからず信じた者達の記憶が、こんなにもたくさん浮かんでくる。
 人間、変われば変わるものだ。
 はやてを救うためとはいえ、人々を脅かしたというのに。
 闇の書に支配されていたとはいえ、大勢の命を奪ったというのに。
 いつの間にか、守りたい人達でいっぱいだ。

 別に、大層な正義感があったわけじゃない。
 血と罪に染まったこの身には、正義の味方を名乗る資格はない。
 だから、これはただのわがままだ。
 人間なら誰しもが持っている、ほんのささやかで取るに足らない、子供じみたわがままだ。
 そしてそれでも構わない。
 ただのわがままでも構いはしない。
 自分1人の勝手な願いで、誰かの命が守れるのなら、いくらでも貫き通してやる。
 せめてこの最期の戦いくらい、いいカッコができるというのなら、わがままだって構うものか。

「でりゃあッ!」

 槍を握った右手を振り抜く。
 身に纏う炎を振り払う。
 赤き炎熱を闇に散らせ、戦士の姿を外気に晒す。
 ぱちぱちと舞う黄金の火花は、さながら月下の桜吹雪。
 陽炎に揺らぐ熱気を切り裂き、銀月の白光をその身に受けて、
 剣精と共に新生した鉄槌の騎士は、今こそ戦場に躍り出る。
 その身を覆う騎士甲冑は、一瞬前のそれとは違っていた。
 半袖の上着は姿を消し、ノースリーブのインナーが露出している。
 ゴシップロリータの鎧を彩る、漆黒のリボンと革の手袋は、眩い金色に染まっていた。
 黄金に煌く頭髪と、水色に輝く双眸は、さながら赤と青の炎。

「紅の鉄騎、ヴィータ」

 今こそ、その名を口にした。
 改めてその名を名乗り上げた。
 誇り高き守護騎士として。
 命を守る騎士として。
 輝く満月のスポットライトと、煌く炎の花弁に照らされて。

「烈火の剣精アギトと共に――――――推して参るッ!!」



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