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きみのたたかいのうた(前編) ◆Vj6e1anjAc




 どん、と響いた衝撃音が、始の鼓膜へと突き刺さる。
 ちら、と視線のみを向ければ、馬鹿でかい装甲車のタイヤが空回りしている。
 おおよその目測だが、速度は時速80キロほどであっただろうか。
 人の姿では、直撃を食らっていたなら一発でアウトだっただろうし、あれが堅牢な装甲車でなければ、乗り手も死んでいたかもしれない。
 そう。
 相川始は、強襲する装甲車の突撃を、食らわなかった。
 咄嗟の判断だった。
 一瞬回避が遅れていたなら、まず間違いなく食らっていたと断言できた。
 そのシビアなタイミングを掴むことができたのは、ひとえに前面に灯っていたもの――ヘッドライトのおかげと言えるだろう。
 踏むものもない舗装された道路を走っていた車だ。
 音だけでなく光すらも無く走っていたなら、最期まで気付けなかったのは間違いない。
「!」
 ぶぉん、とエンジンが唸りを上げた。
 標的を外し、勢い余って森の木々にぶち当たった装甲車が、轟音と共にバックする。
 その勢いで車体が反転し、勢い余って回りすぎたところを、戻す。
 もたついた動作は、運転免許を持たない素人のものか。
 マニュアル通りの運転をしているのなら、相手に居場所を伝えてしまうライトをつけっぱなしにしていたのも頷けた。
「変身!」
 一度目はまぐれであっても、二度目はない。
 人間と自動車とではスピード差がありすぎる。このままの姿では、次の突撃は回避できまい。
 故にほぼ反射的な動作で、カリスラウザーへとカードを通した。
『CHANGE』
 低い合成音声と共に、相川始の姿が一変。
 ヒューマンアンデッドの姿から、マンティスアンデッドを彷彿とさせる鎧姿へと変わる。
 漆黒のオーラを振り撒き現れたのは、黒金と緋々色金の戦士――ハートの仮面ライダー・カリス。
 瞬間、ぶおぉ、と吼えるエンジン。
 巨大な鉄の塊が、戦闘態勢へと移行。
 雄叫びと共に加速する体躯が、偽りの仮面の戦士へと殺到する。
「っ……!」
 これを飛び退り、回避する。
 仮面ライダーカリスの最大走力は、およそ時速75キロ。
 純粋な速さ比べならともかく、瞬発力では十二分に対処可能。
 相手もコツを掴んできたのだろう。避けられたのを理解した瞬間にブレーキをかけ、木との衝突だけは防いだ。
 とはいえ、乗り物を運転する上で、急ブレーキが悪手であることは言うまでもない。
 その理解も曖昧なうちは、素人と言って差し支えない。
(それなら、逃げ切れる)
 くるりと踵を返し、疾走。
 アスファルトの道路から飛び出し、手頃な獣道へと突っ込む。
 実のところ、始には交戦する気などなかった。
 理由は第三回放送の直後、すぐに浅倉威と戦わなかった時のそれと同様。
 ジョーカーの欲求と人の情――2つの感情に心を掻き乱されている現状では、とてもまともな状況判断などできない。
 故に無理に戦闘して下手を打つよりも、この場は最初から戦わないことを選んだのだ。
 刹那、背後から迫りくる鋼の咆哮。
 金属の光を放つ猛獣が、ばきばきと枝葉をへし折って肉迫する。
 道が開けているうちは駄目だ。装甲車のパワーとタフネスなら、それくらいの障害はこじ開けられる。
 ばっ、と。
 横跳びで獣道を外れ、茂みの中へと飛び込んだ。
 そのまま木々の密集したところを狙い、幹の合間を縫うように走る。
 これなら装甲車でも追うことはできない。相手が並の人間なら、このままやり過ごすこともできる。
「ちょこまか逃げるんじゃないわよッ!」
 相手が並の人間なら、の話だが。
 少女の金切り声が響いた。
 そのヒステリックな叫びには、覚えがあった。
 つかさなる少女から「お姉ちゃん」と呼ばれていた双子の姉――名前こそ知らないが、過去に2度顔を合わせた娘だ。
 よもやこんなにも短いスパンで、3回も顔を合わせることになるとは思わなかった。
『HENSHIN――CHANGE KICK HOPPER』
 次いで聞こえてきた機械音声は、自分達仮面ライダーのそれを想起させるもの。
 浅倉が変身した紫のライダーのような、自分の知らないライダーへの変身手段を手に入れたのだろう。
 これで機動力は互角となった。
 だが、それでもまだ始の方が有利だ。
 走るスピードが同じなら、互いの距離は詰められない。その隙に、相手に見つからないよう身を隠してしまえばいい。
『CLOCK UP』
 その、はずだった。
「ぐぅあっ!?」
 刹那、襲いかかる鈍痛。
 腹部目掛けて放たれた衝撃と痛覚が、カリスの鎧姿を吹っ飛ばす。
 宙を舞いかけた漆黒の身体が、どん、と木の幹に当たって停止した。
 何だ、今のは。
 未だ抜けきらぬ混乱の中で思考する。
 自分と相手の間の距離は、相手が車から降りるまでに、100メートル近く開いていたはずだ。
 だというのに、攻撃が届いた。発射音が全く聞こえなかったことから、射撃攻撃でないことは分かる。
 ならば一体何をどうやった。射撃でないなら、どうやって攻撃を当てたというのだ。
「――ぉぉぉおおりゃああああああああああっ!」
 びゅぅん。
 がきぃん。
 瞬間、奇妙な情景を見聞きした。
 目の前に立っていた緑色の鎧。
 掛け声か何かのような雄叫び。
 猛スピードで空気を切り裂く音。
 カリスの鎧を叩いた金属音。
 それら4つの映像と音声が、ほとんど同時に再生されたのだ。
 関連性が、見当たらない。
 静かに佇んでいる目の前の敵と、猛然と走り追撃を仕掛けた音声とのイメージが結びつかない。
(音速を超えて動けるのか、こいつは)
 導き出された答えはただ一つ。
 敵の追撃とここまでへの到達が、追撃により発生した音を置き去りにしたということだ。
 音より速く動けるのなら、掛け声より速く手が出たのも納得がいく。
「ったく……手間、かけさせんじゃないわよ。これ、結構、疲れるんだから……」
 鎧の奥から響くのは、やはりあのツインテールの少女の声。
 改めて相川始は、眼前の仮面ライダー――キックホッパーの姿を見定めた。
 ホッパーの名前が指す通り、全体的にバッタの雰囲気を色濃く宿したライダーだ。
 身体は宵闇の中でもはっきりと伝わってくるほどの、鮮やかに輝く緑色に包まれている。
 顔面を覆うマスクなどは、そのものズバリでバッタのそれだった。
 片足に装備された金色のパーツは、これまた名前通り、キック力を増幅させるためのサポーターだろうか。
「どうやらその高速移動も、そう何発も使えるものじゃないらしいな」
 立ち上がり、態勢を立て直し、呟く。
 半ば息を切らした声からも、あれの体力消耗が大きいというのは確かなのだろう。
 ずっとあのままではたまったものではなかったが、短時間しか使えないのなら、どうにかなる。
「関係ないでしょ。どうせアンタ、ここで死刑確定なんだから」
 言いながら、緑のライダーが構えを取った。
「そうか」
 始もまた、それに応じる。
 できることなら雑念が消えるまで、戦うことなくやり過ごしたかったが、この距離ではそうも行かないだろう。
 逃げるにしても倒すにしても、確実に反撃を要求される間合いだ。
「分かったらとっとと……死ねぇぇぇっ!」
「はあぁっ!」
 緑と黒が同時に吼える。
 赤い瞳同士が肉迫する。
 加速し、振りかぶられるキックホッパーの足。
 踏み込み、突き出されるカリスの腕。
 もはや何度目とも知れぬ、仮面ライダー同士の一騎討ちが始まった瞬間だった。


 見る者が見れば、明らかに異常と分かる切り口だった。
 なればこそスバル・ナカジマは、目の前の男を犯人だと断定した。
 いくら鉄には劣るとはいえ、人間の骨は相当に頑強で強靭だ。
 いかな豪剣を持っていたとしても、よほどの達人でもない限りは、完全に平坦な切り口を作ることはかなわない。
 にもかかわらず、止血の際に垣間見た、ルルーシュ・ランペルージの傷跡は、怖ろしいほどに真っ平らだった。
 そしてここに至るまでに見た木々や、あの男が切り裂いた柱も、同じように真っ平らだった。
 故にスバル・ナカジマは、ヴァッシュ・ザ・スタンピードを犯人と断定した。
「オオオオォォォォォォォッ!!」
 怒号を上げる。
 拳を振りかざす。
 獣のごとく獰猛な叫びと、獣のごとく荒々しい動作で。
 獣のごとき金色の瞳を、爛々と憎悪に煌めかせながら、勢いよく床を蹴って飛びかかる。
 びゅん、と反撃に出るのは無数の尖翼。
 袖のない左腕から迫りくる、糸のごとき白刃の雨だ。
 ぐわん、と腕を振るい、薙ぎ払った。
 両足で地面を突いて逆立ちとなり、駒のごとく両足を回した。
 ジェットエッジのスピナーが唸りを上げる。咆哮と共に旋風を成し、迫る凶刃を引きちぎる。
 かつてナイブズだったもの――ヴァッシュの左腕から伸びる尖翼の速度は、これまでに比べると明らかに遅い。
 知覚不可能な速度で放たれていたはずの斬撃が、今ではご覧の有り様だ。
 それは宿主たるガンマンの意志が、かつてほどこの左腕に毒されていないためなのだろう。
 そしてその程度の攻撃では、彼女を死に至らしめることなどできはしない。
「うああぁぁぁぁッ!!」
 今のスバル・ナカジマは全開だ。
 戦闘機人モードを解放し、IS・振動破砕を発動させ、怒りのままに四肢を振るっている。
 情けも容赦も残されていない。
 常人なら即死確定の技を使用することへの躊躇いなど、その目には一片も宿されていない。
 腕を振り、足を振り、轟然と咆哮し立ち回る姿は、まさに金眼の野獣そのもの。
 かつて地上本部攻防戦で、姉ギンガを傷つけられた時以来の、憤怒と憎悪に狂った阿修羅の形相だ。
「どぉぉぉぉぉけえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――ッ!!」
 目の前に立ち並ぶ刃の壁を、両手で強引にこじ開ける。
 超振動の五指が触れた先から、刃を粉々に砕いていく。
 目の前の男が殺したわけではなかった。
 黒髪の少年を死に追いやったのは、猛烈な炎を伴う攻撃だ。
 それでも、この男に負わされた手傷さえなければ、あの場から脱出することもできたはずなのだ。
「アンタ、は……!」
 ブリタニアの少年――ルルーシュの顔が脳裏に浮かぶ。
 この身をきつく抱き締めた、隻腕の感触を覚えている。
 不思議な少年だった。
 あれほどまでにストレートに、誰かに縋られたのは初めてだった。
 それほどに救いを求められたことは、生まれてこの方経験したこともなかった。
 彼の世界にいた自分のことを、それ相応に大切に思っていてくれたのかもしれない。
 ひょっとしたら、好きでいてくれたのかもしれない。
 その好意に応えることは、残念ながらできそうにない。会ってすぐの男になびくほど、自分は軽い女ではないらしい。
 それでも、あの今にもへし折れてしまいそうな背中を、支えてあげたいとは思っていた。
 こうして怒りに狂った獣へと化生するほどには、救いたいと思っていた――!
「アンタだけはああぁぁぁぁァァァァァ―――ッ!!」
 遂にスバルは絶叫した。
 怒号と共に繰り出された一撃は、遂にその防御の全てを打ち砕いた。
 生温かい吐息が漏れる。
 ぎらぎらと豹眼を輝かせる。
 百獣の軍勢のごとき威容と異様を孕み、殺意の魔獣がヴァッシュを睨む。
「く……」
 微かな呻きが、聞こえた気がした。
 目と鼻の先まで迫ったガンマンの顔は、確かに意識を失っているようにも見えた。
 しかしそれらの情報は、瞬きの後にはシャットアウトされる。
 獣が狙うは食らうべき獲物。
 すぐに叩き潰すだけの相手のことなど、いちいち気に留める必要はない。
 迷いなき敵対意識に従い。
 極大の憤怒と憎悪と共に。
 轟転するスピナーの右足を振り上げ、踵落としの姿勢を取る。
「ァアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!!」
 ヴァッシュ・ザ・スタンピードが目を見開いたのは、ちょうどそれが振り下ろされた瞬間だった。


 奇妙な夢を見ていた。
 否、眠っているのとは違うのだから、夢というよりは幻だろうか。
 ともかくもその幻の中では、彼は真っ暗な闇の中で、1人ぽつんと立っていた。
 上も、下も、右も、左も。
 その他ありとあらゆる方向を、どこまで遠くまで見渡しても、黒い闇しか見当たらない世界。
 地平線さえ塗り潰された、真っ黒くろの世界の中で、彼だけが、たった1人。

 そんな闇の中で立ちふさがったのが、今は亡きミリオンズ・ナイブズだった。
 彼が自らを取り巻く闇の幻に気付いたのも、ちょうどその瞬間だった。
 気付いた瞬間には既に、そこは1人ぼっちの世界ではなかった。
 ナイブズに連れ添うようにして、いくつもの顔が浮かんでくる。
 消してしまったジュライの人々。
 この戦いの中で救えなかった人々。
 自らの手で殺してしまった人。
 それらが彼をずらりと取り囲んで、一様に何かを訴えるような目を向けている。
 その目を見続けていることが耐えられなくて、彼はうつむき、視線を逸らした。

 それからどれほど経っただろうか。
 ふと、妙な気配が彼の身に降りかかった。
 己を見下ろす視線の中に、1つ覚えのあるものの存在を、肌で感じ取ったのだ。
 どこか懐かしいような、それでいて暖かいような感触。
 ふっと顔を上げてみると、人ごみの中に、その顔がある。
 長い黒髪を持った女性は、かつて彼を育てた母だった。
 レム・セイブレム――その名を呼びかけた彼だったが、その声は途中で遮られてしまう。
 彼女に伸ばそうとした手が、目に見えぬ何かに阻まれてしまったからだ。
 面食らったような顔をした彼は、その謎の違和感の正体を探る。
 それは人ごみと己とを隔てる、透明な壁のようなものだった。
 壁の向こうに立っているレムは、ただ穏やかな笑みを浮かべるだけで、彼に何も応えてくれない。
 一番手前にいたナイブズも、何も言葉にすることなく、ひたすらに沈黙を貫いていた。
 ああ、そういうことか、と彼は気づいた。
 自分の目の前に立ちはだかる壁は、死者と生者を分かつ壁だったのだ。
 後ろを振り返ってみれば、なるほど確かに、生きている知り合いは、皆壁とは反対の方向に立っていた。
 生と死の狭間の向こうには、手を伸ばそうにも届かない。
 生と死の狭間の向こうからは、相手の声を聞くこともできない。
 死んだものは、戻ってこない。
 自分はこれまで犠牲にした人々を、そんなところに送ってしまったんだな、と。
 彼は改めて実感し、それきり口を開かなくなった。

 それからまた、しばらく経って。
 いつしか壁の向こうの死者も、生者すらも見えなくなって。
 再び真っ暗闇の中で、赤いコートがたった1人。
 多少は落ち着いたのだろうか。瞳は下を向いてはおらず、ある一点を見つめていた。
 それは生死の壁の反対側。少し前まで、生きていた者達が立っていた場所。
 死者の世界を過去とするなら、未来に続いているであろう方角。
 しかし、そこから先が伴わない。
 ただじっとその先を見ているだけで、立ちあがって進むことができない。
 柄にもなく、怯えているのか。
 何が待ち受けているのか――ろくでもない結末しか切り開けないのではと、怖れを抱いているというのか。
 らしくないぞ、と己を叱る。
 今さら何をブルついているんだ。
 アンジールに救われていながら、何故また同じことを繰り返しているんだ、と。

 ふと、その時。
 闇の世界に、光が差した。
 自分しかいなかった世界の中に、不意にいくつかの光が灯った。
 ふわふわと浮く光の玉だ。地球には確か、ホタルとかいう虫がいるらしいが、ちょうどそれが近いのかもしれない。
 彼の周囲に現れた光は、ふわふわと闇の中に浮かびながら、彼の視線の方へと流れていく。
 ちょうどそれは、立ち止まって動けない彼を、先へと促しているようにも見えた。
 つられるようにして、立ちあがる。
 きょろきょろと、周囲の光を見やる。
 何故だか、妙な既視感を覚える光だった。不思議と、不快に思うことはなかった。
 光に導かれるようにして、一歩踏み出す。
 自分でも驚くほどにあっさりと、あれほど頑なに止まっていた足を動かす。
 ブーツの片足が、ず、と闇を踏みしめた瞬間。

 彼は――ヴァッシュ・ザ・スタンピードは、唐突に覚醒した。


(あ……)
 闇を抜けたかと思えば、今度は靄の中にいた。
 そう誤認するほどに、視界はぼんやりと霞んでいた。
 薄っすらと確認できる地形から、そこが元のホテル・アグスタだと分かる。
 朦朧としかけた意識の中で、状況を整理した結果、自分が気を失っていたことを自覚する。
 どれほど気絶していたのだろうか。
 その間に彼女は――スバルという少女はどうしたのだろうか。
「―――ぉぉぉけええ―――――――ぇぇぇ―――ッ――」
 と。
 鼓膜に突き刺さったのは、そんな怒声だ。
 意識に割り込んできた声を皮切りに、少しずつ感覚が鋭さを取り戻してくる。
 ほとんど色しか分からなかった視力も、物のシルエットを捉えられる程度には回復してきた。
 目の当たりにしたのは、戦いの構図。
 叫びを上げる青髪の少女が、絶叫と共に暴れまわる様だ。
 敵は人ではない。細く鋭く、徒党を組んで襲いかかるのは、刃を宿したナイブズの翼。
 どうやらまた、自分の左腕がやらかしたらしい。
 意識を失っていた間に、またしても暴走したようだった。
(おいこらヴァッシュ・ザ・スタンピード、寝てる場合じゃないぞ)
 だとしたら、大変な事態だ。
 ぐ、と身体に力を込めて、動かぬ五体を起こそうとした。
 目の前の命が潰えるより前に、左腕を抑え込もうとした。
「――タ、は…――」
 それでも、身体が応えてくれない。
 今までよりはマシとはいえ、やはり左腕の主張は激しく、無理やりにヴァッシュの制御をはねのけようとしてくる。
「―ンタだけはあ―――ぁぁァァァァ――――ッ――」
 負けてたまるか。
 屈してたまるか。
 こんな程度で挫けるのが、ヴァッシュ・ザ・スタンピードであってたまるものか。
 同じ過ちは犯さない。
 かつてと同じように力に呑まれ、誰かの命を奪うなんて真似はしない。
 もう2度も繰り返したのだ。
 ジュライの悲劇を繰り返すものか。
 フェイトの死別を繰り返すものか。
 だから立て。あともう一歩だ。意識を取り戻すところまで来たんだぞ。
 もうあと一歩で届くはずなんだ。
 その一歩を踏み出すんだ。
 さぁ、行くぞ――ヴァッシュ・ザ・スタンピード!
「ァアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!!」
 くわ、と瞳を見開いた瞬間、絶叫と踵落としが襲いかかった。
「~~~~~っ!」
 咄嗟の判断で、腰を落とす。
 するりと滑り落ちるように、相手の股下を仰向けに抜ける。
 はらり、と前髪が散ったのが分かった。
 ぞわり、と首筋を悪寒が襲った。
 おまけに、危うく舌を噛み切るところだった。
 相手のスカートの中身は――OK、覚えてない。ということは見ていない。
 この状況で考えるのもアレだが、紳士として最低限の礼儀と自制は務め上げることができたらしい。
 なんて馬鹿なことを心配している場合じゃなかったことを思い出し、身を起こして姿勢を正す。
「こぉのおおぉぉぉぉぉっ!」
 すぐさま第二撃が襲いかかった。
 ぎゅるぎゅるとローラーブレードを回転させ、猛スピードでこちらへと加速。
 ぎゅん、と唸る鉄拳は、風か嵐か稲妻か。
 当然食らうわけにはいかない。
 故に、身をよじって回避する。
 そのまま勢いに身を任せ、ばっとその場から駆け出した。
 とにかくなるべく遠く離れることだ。ついでに障害物があるとなおいい。
 相手は近接戦特化型で、おまけに足も速いと来ている。接近戦を挑んでいては、命がいくらあっても足りない。
「OKOK、落ち着いたな……そのまま大人しくしといてくれよ」
 軽く抑えた左腕は、今はすっかり静かになっている。主導権を取り戻すことは成功したようだ。
 そうして確認をしているうちに、鉢植えを倒しソファを飛び越え、廊下に差しかかり、曲がり角にしゃがみ込む。
 中腰の姿勢を作ると、壁越しに相手の様子を窺った。
「逃げるなァッ!!」
 荒々しい語気と共に振りかぶられるのは、烈風のごとき打撃の応酬。
 立ちはだかる障害物を粉微塵に砕きながら、じりじりとにじり寄るスバルの姿だ。
 先ほどまで戦っていた相手とは、どうしても同一人物には思えない。
 怒り狂った態度もそうだが、攻撃の破壊力にしたってそうだ。
 ソファを一撃でぶち抜くのもどうかしてるし、よく見れば先ほどの踵落としを食らった床も、見事にクレーターを作っているではないか。
 ぱらぱらと粉塵の舞うロビーの中、まさしく目の前のスバル・ナカジマは、憤怒の炎を燃やす悪鬼羅刹だ。
(さて、どうする)
 考えていられる時間は残り僅かだ。
 その僅かのうちに決めなければならなかった。
 恐らく、もう拳銃の威嚇は当てにならない。アレを生身で組み伏せるのはどうやっても無理だ。
 故に当初のプランではなく、新たな対策を講じなければならなくなった。
 この場を殺さずに切り抜けるには、より強力な拘束力がいる。
 この肉体以上に強靭なもので、相手の動きを封じる必要がある。
(……試してみるか!)
 そして幸いにも、その条件を満たすものは、既に己が右腕に宿されていた。
 ぐ、と右手を前方に突き出す。
 エンジェル・アームの砲弾を撃ち出す時のように、腕の中に“力”をイメージする。
 脳裏に思い浮かべるのは、左腕に刻み込まれたナイブズの記憶だ。
 力尽き死体と成り果てるまでに、数多くの敵を切り裂いてきた、刃の尖翼のイメージだ。
 同じプラント自立種で、同じエンジェル・アームである。兄貴のナイブズにできたことが、弟の自分にできないはずがない。
 兄の発現させた怒りが、殺意の剣であるというのなら。
 人々を守るためのこの身には、外敵を阻む盾がほしい。
 鋭く禍々しい刃を突き立て、誰かを傷つけることのないように。
 されどあらゆる状況からでも、誰かを守れる強靭さと精密さを。
(もう、大丈夫だ)
 もちろん、不安がないわけではない。
 この身体に宿された力への恐怖は、依然として心に残されている。
 少しでも加減を間違えれば、また誰かを殺めてしまうのではないか。
 自分が使い方を誤れば、またフェイトや新庄のように、犠牲を生んでしまうのではないか。
 その心の乱れさえも引き金となって、再び暴走を招いてしまうのではないか、と。
 未だ胸に残された罪悪は、ちくりちくりと痛覚を訴えている。
 それでも。
 だとしても、止まれない。
 ここで立ち止まるわけにはいかない。
 新庄達の死を悼むつもりがあるのなら、それこそ前に進まなければならないのだ。
 自分が動くことで、死ぬかもしれない命もある。だがそれは、自分がそうならないように努めればいいだけのこと。
 それ以上に問題なのは、自分が動かなかったことで、救えた命を救えずに終わってしまうことだ。
 もう大丈夫だ。
 二度と立ち止まることはしないし、立ち止まろうにも立ち止まれない。
 ヴァッシュ・ザ・スタンピードの名が示すのは暴走。
 たとえ困難が立ちはだかろうと、どんなドタバタがつきまとおうとも、ひたすらに突っ走るのが己の性分。
 だから、進め。
 歩みを止めるな。誓った覚悟をより強く固めろ。
 そう。
「――迷うな!」
 今が、その時だ。
 刹那、右腕が眩い光を放つ。
 光輝の中より顕現するのは、いい加減顔を合わせるのにも慣れてきた、危険で過激な天使の翼。
 されど姿を現した力は、命を奪う大砲ではない。
 兄のもの同様細かく枝分かれし、されど柔らかな羽毛の形を成した、ヴァッシュ・ザ・スタンピードオリジナルの尖翼だ。
 ぎゅん、と唸って翼が羽ばたく。
 大気をぶち抜いて羽が舞い躍る。
 さながら雲の巣のように展開された翼の糸が、四方八方からスバルへと迫る。
「くっ……!」
 反射的に飛び退いても手遅れだ。
 本人の明確な意志のもとに、全力で展開された尖翼の速度は、先ほどまでのそれの比ではない。
 制限が外れれば、知覚することすらかなわなくなるほどのスピード。
 たった1枚きりであろうとも、幾百千の銃弾の雨にも耐えきる堅牢性。
 首輪による制限下において、その性能を大幅に落とされたとしても。
 不意を打たれたのであれば、未だ発展途上のスバル・ナカジマに、回避できる余地はない。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 ヴァッシュが吼える。
 人間台風が唸りを上げる。
 文字通り翼という名の風を操り、一個の台風となって絶叫する。
 持てる精神力と集中力の全てを注ぎ、無数の枝葉と化した尖翼を操作。
 さながら魚を捕えるイソギンチャクだ。
 360度全方位から伸びる純白の光輝が、標的の手を掴み、足を掴む。
 握り潰すほど強固ではなく、されど逃げられるほど軟弱ではなく。
「う、うわああぁぁっ!」
 僅か数秒の後には、全身を縛り上げられ空中に静止するスバルの姿があった。

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