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第四回放送/あるいは終焉の幕開け(前編) ◆Vj6e1anjAc




 ――おはよう、みんな。0時の放送の時間よ。
 仮眠も取ったことだし、ここからは今まで通り、私が放送を行うわ。
 まぁもっとも、この放送もあと何度続くことになるか、分かったものじゃないのだけど……
 ……フフ、ではまず、禁止エリアを発表させてもらうわね。
 メモの準備はいい? こんなところまで来ておいて、自滅なんてされたら困ってしまうわ。
 ……では、読み上げるわよ。

 1時よりH-2
 3時よりG-8
 5時よりB-7

 以上の3か所よ。

 では続いて、これまでの死者を発表するわ。

 アーカード
 相川始
 アレックス
 ヴィータ
 エネル
 クアットロ
 ヒビノ・ミライ

 以上、7名。
 この24時間を生き抜いたのは、合計12名よ。
 ……まぁ、きっかり10名にならなかったのは、キリの悪い数字だと思ったけれど。
 ペースとしては上々。さすがに1日で終わるなんてことはなかったようだけど、
 これなら順調に終わってくれるかしら? 貴方達には、本当に感心させられるわね。

 ……今回はここまででいいわ。
 私が用意してあげたご褒美も、十分機能しているようだし。
 じゃあ、せいぜい最後まで頑張ってちょうだいね。
 貴方達の願い、そして私の目指すもの……どちらも成就するまであと一歩。
 フフ……期待させてもらうわよ。


 かくして4度目の放送は流れた。
 最悪の1日は終わりを告げ、最悪の2日目が始まった。
 24時間目の時報を耳にしたのは、合計12人の生存者。
 僅か24時間のうちに、60人の参加者達は、実にその8割を喪っていた。

 誰もが耳を傾ける。
 誰もが放送を耳にする。
 安堵、悲嘆、希望、絶望。
 それぞれの思惑を胸に宿し、それぞれの感想を胸に抱く。



 しかし此度の放送は、それまでに繰り返されたものとは、ある1点において違っていた。



 ある者は全く気付かなかった。
 ある者は気付いていたのかもしれない。
 この放送に隠されたものに。
 この放送が意味するものに。

 そこに時計を持つ者がいて、その者が時計を見ていたのなら、容易に気付くことができたであろう。





 現在時刻、0:10。





 今回の放送は、これまでの放送とは異なり、予定より10分遅れて流れていた。





 ――――――異変は、この時既に始まっていた。


「もう間もなく放送の時間か……」
 ぽつり、と呟いた女の声が、狭い一室に木霊する。
 巨大なモニターとコンソールを前に、1人座っていた者は、プレシア・テスタロッサの使い魔・リニス。
 青く澄んだ猫の瞳は、しかし今この瞬間は、失意の陰りに満ちていた。
 第3回目の放送から、色々と試してみたものの、その結果は芳しくない。
 彼女の有する権限の大多数は、主君によって凍結されていた。
 部屋から出て問い詰めに向かおうにも、ドアにまでロックがかけられている。
 とどのつまりは、完全なる手詰まり。
 何もできず、どこへも行けず。
 籠の中のカナリアのごとく。
 プレシアの下した制裁は、リニスからこの殺し合いに介入する、あらゆる術を奪っていた。
(何が希望だ)
 歯を軋ませる。
 苦虫を噛み潰したような表情で、己自身を嘲笑う。
 所詮自分の力などこんなものか。
 こんなにもあっさりと、何もできなくなってしまうものなのか。
 その程度の力しかない私に、一体どんな希望が与えられるものか。
 何もできない。
 何も変えられない。
 こんな矮小な私などには、殺し合いを止めることも、参加者を救うこともできはしない。
 広がりゆくのは心の暗黒。
 自分の弱さと情けなさが、自身の心を苛んでいく。
 罪を償うこともできないという事実が、自らの罪を思い起こさせ、良心の重荷を思い出させる。
 何ができる。
 何をすればいい。
 私にできることがあるなら、今すぐにでも示してほしい。
 籠の中のカナリアごときに、何かが変えられるというのなら――



 ――がこん。



 その、時だ。
「……?」
 リニスの座るすぐ背後で、何かの音が鳴った気がしたのは。
 聞き間違いでなかったとするなら、金具が落ちたような音だったはずだ。
 否、自分に限って聞き違いはあるまい。猫の聴力は人間よりも高い。
 ほとんど確信を持ちながら、ゆっくりとその身を振り返らせる。
 分かっているのに振り返ったのは、音の主を知らないから。
 音の質こそ分かっていたものの、その音が何によって奏でられたのかを知らなかったから。
 故にそれを確かめるために、視線を音の方へと向け、
「よう」
 その女と、対峙した。
 そこに立っていた者は、燃えるようなオレンジの女。
 橙色の長髪をたなびかせ、青い瞳を光らせる者。
 そのコスチュームの露出度は高く、すらりと伸びた四肢の皮下には、くっきりと筋肉が浮かび上がる。
 顔に浮かべるは不敵な笑み。左手に持つのは通気孔の金網。
 そしてその頭には――リニスと同じ、獣の耳が生えていた。
「貴方は……アルフ!?」
 は、としたような顔になり。
 ほとんど反射的に椅子を蹴る。
 額にじわりと冷や汗を浮かべ、後ずさるようにして立ち上がる。
 どういうことだ。何故アルフがここにいるのだ。
 フェイト・テスタロッサ諸共、自分達が殺してしまったはずの犬の使い魔が、何故こんなところに現れるのだ。
「何故貴方が――」
 そこまで言いかけた瞬間。
「……っ!?」
 身に感じたのは、物理的衝撃。
 ぐわん、と視界が落下する。
 膝が強制的に曲げられ、身体が勢いよく倒れる。
 強引に押さえつけられた五体が、床に叩きつけられる硬質な感触。
 巻き添えを食らった足元の椅子が、空中に放り出されたのを見た。
 がたん、と椅子が落ちるのと同時に。
 己の視界に差す影を認知し。
 己を押さえこんだ者の正体を、目にした。
 それはかの使い魔ではない。そこに眩しいオレンジ色はない。
 そこに現れた者は――漆黒。
 全身を黒ずくめの騎士甲冑で固めた女が、リニスの身体に馬乗りになって、首筋と右肩を押さえていた。
 背中に生えていたものは、烏を彷彿とさせる艶やかな羽。
 色素の抜け落ちたかのような銀髪と、血濡れのごとき深紅の瞳。
「リイン……フォース……!?」
 やはり自らの手で殺したはずの、夜天の魔導書の管制プログラムが、目の前に姿を現していた。


 時は数分前にさかのぼる。
 その時彼女らはその場所にいた。
 リインフォースとアルフの2名は、相変わらず四つん這いの態勢で、時の庭園の屋根裏を移動していた。
《ホント、地図でも手に入ればよかったんだけどねぇ……》
 溜息混じりに、アルフが念話でぼやく。
 先ほどリインフォースがハッキングを行った時に閲覧できたデータは、爆発物の制御装置と謎の名簿。
 地図などの有用なものが得られなかったばかりか、得たものも得たもので意味不明の代物。
 そしてそのまま再び降りることもできず、こうしてただひたすらに、薄暗い屋根裏を徘徊している。
《もう一度降りられるといいのだが、これでは無理だな》
《そもそも2回目は向こうも警戒を強めてるだろうし……やっぱり別の方法を探るしかなさそうだね》
 金網から眼下を覗くリインフォースに、アルフが言う。
 彼女らがハッキングを途中で切り上げたのは、今まさに廊下を巡回しているものが原因だ。
 元いた世界の海鳴市を滅ぼした、プレシアの軍勢に加わっていた卵型の機動兵器――ガジェットドローン。
 あれさえいなければ下に降りることも可能なのだが、
 いなくなるどころか、どうにも先ほどから少し数が増えたようにも見える。
 とてもじゃないが、監視の目を盗んで端末にアクセスを……などと言っていられる状況ではなかった。
《一度どこかの部屋に入ってみるか? 何か使えるものがあるかもしれん》
 そう提案したのはリインフォースだ。
《あー、それもいいかもね。そこならあの機械もいないかもしれないし》
 言いながら、アルフの視界が眼下を探る。
 近くに確認できる廊下の扉は、隣り合うようにして配置された2つ。
 ひとまずは近い方の金網を目指すことにして、両者は移動を再開した。
 そして数歩のうちに目的地へとたどり着き、2人のうちアルフが様子を窺う。
 仮に中にガジェットや人がいた場合、降りた途端に見つかって、増援を呼ばれてしまう可能性があるからだ。
 実際、そこには人が1人いたのだが、
《っ!? そんな……あれは、リニス……!?》
 それがいるはずのない知り合いであったということは、さすがに予想だにしていなかった。
《知った顔か?》
《フェイトを教育してた、プレシアの使い魔だよ。でも何でだ? リニスは死んだはずじゃ……》
 忘れがちだが、本来ならばリニスは故人である。
 彼女はプレシアとの短い契約期間を満了し、元の屍へと戻ったはずなのだ。
 にもかかわらず、彼女はここにいた。
 生前と一切変わらぬ姿で、時の庭園の中に存在していた。
 これは大いなる矛盾だ。まさかリーゼ姉妹のように、双子がいたというわけではあるまい。
《……リインフォース。情報を手に入れる方法が、もう1つあるよ》
《何だ?》
 故にアルフはこう提案した。
《尋問》
 リニスと向き合い、問い詰めることを。
 彼女の生存とプレシアの意図、どちらも纏めて聞き出さねばならない、と。


 かくして時間は現在へと戻る。
「久しぶりだね、リニス。こんな形で再会することになるとは思わなかったけど」
 床に仰向けに押さえつけられた猫の使い魔へと、犬の使い魔が切り出した。
 本当に、こんなはずではなかったことばかりだ。
 死んだとばかり思っていたリニスと、こうして再会することになったことも。
 その美しくも優しい教育係と、敵として対峙しなければならなくなったことも。
「あんた、何で生きてるんだ? 契約を完了した使い魔は、そのまま死ぬ宿命だったはずだ」
「私はリニス本人ではありません。
 プロジェクトFの技術を応用して作られた、同じ容姿と記憶を持ったクローンに過ぎません」
「……そうかい」
 寂しげに目を伏せ、それだけを呟く。
 もしかしたら、とは思っていたが、どうやらそうも都合のいい話は存在しないらしい。
 プロジェクトF――フェイトが生まれるきっかけともなった、記憶転写クローン技術。
 その末に生まれたのがこのリニスだというのならば、
 オリジナルのリニスは、やはりこの世にはいないということになる。
「いくつか聞かせてもらいたいことがある」
 複雑な心境にあるであろう、アルフへの配慮だったのだろうか。
 ちら、とアルフに目配せした後、リインフォースが問いかける。
 そこからの尋問の主導権は、リインフォースが引き継ぐこととなった。
「まずは貴方の主人――プレシアについてのことだ。彼女はここで何かを行っているようだが……一体何を企んでいる?」
 第一に確認すべきは、そこだ。
 アルハザードへの到達を目的としていたプレシア・テスタロッサは、恐らくその悲願を達成した。
 だとしたら、己の都合以外に一切の執着を持たないはずの彼女が、今更海鳴に攻撃を仕掛けるはずもない。
 しかし現実として海鳴は滅び、高町なのはとのその関係者は、今ここにいる2名を除いて全滅した。
 ならば、まだ何かある。
 プレシアが何かしらの目的を持って、未だに暗躍していることになる。
 最初に問いただすべきは、それであった。
「………」
 返ってきたのは、沈黙。
 微かな逡巡を湛えた表情と共に訪れる、静寂。
 数瞬の間、その状態が続き、
《……私に話を合わせてください。この部屋もプレシアに監視されているでしょうから》
 返ってきたのは、言葉ではなく念話だった。
《話を合わせる、ってのは、どういうことだい?》
 不可解な言い回しに、アルフが問いかける。
 監視されている可能性がある、という言葉には、さほど驚きは感じなかった。
 ここが敵の本拠地であるのなら、ある程度は仕方がないと割り切れるからだ。
 故にそれ以上に不可解なのは、リニスの持ちかけてきた提案。
 話を合わせろということは、演技をしろということだ。
 プレシアに従う身であるはずの彼女が、何故そのプレシアに本音を隠そうとするのか。
《私にはこれ以上、この件に干渉することはできません……ですから、貴方達に託そうと思います》
 答えが返ってくるまでには、さほど時間はかからなかった。
《お願いです――彼女を、プレシアを止めてください》


 そして真実は語られた。
 伏せられていた情報の全ては、今ここに白日のもとに晒された。
 プレシアがたどり着いたこの場所は、間違いなくアルハザードであったということ。
 そこにたどり着いたにもかかわらず、未だアリシアは蘇っていないということ。
 そのアリシアの復活のために、プレシアが今動いているということ。
 そしてその手段として夜天の書を奪い、そのためにあの海鳴市を滅ぼしたということ。
「そんな……」
 そして。
「アリシアを復活させるために、大勢の人間が殺し合わされているだって……!?」
 それらの犠牲を払った末に、今まさに実行されていることさえも。
「何でだよ……どういうことなんだよ! そんな残酷なことが、死んだ人間の復活に繋がるのかよ!?」
 しばし呆然としていたアルフが、一転し、激昂の様相を見せた。
 今にも掴みかからんばかりの勢いで、リニスに向かって問いかける。
 敵を尋問しているように見せるための演技――ではない。この怒りは彼女の真意だ。
 まっとうな蘇生実験のために、フェイト達が犠牲になったというのなら、この際まだマシな方と言っていい。
 だがその犠牲が、そんな無駄な殺し合いのために払われたというのなら話は別だ。
 何故だ。
 何故そんなことのために、フェイト達が殺されなければならなかった。
 そんな無軌道な殺戮のために、何故愛しい主と仲間達の命が――
「それが、繋がるんです。彼女が行っているのは、そういう儀式ですから」
「儀式?」
 リニスの返事に反応を返したのは、やはりアルフではなくリインフォースだった。
 基本的に、この場で一番平静を保っているように見えるのは常に彼女だ。
 もっともその彼女自身もまた、プレシアの暴挙を許したわけではないのだが。
「今あの結界の中で行われている殺し合いこそが、アルハザードで確立されていた、死者を復活させるための儀式なのです。
 60人の人間を戦わせ、敗れた59人分の生命エネルギーを利用することで……勝ち残った1人の肉体に魂を降ろす。
 同時に肉体が生前のそれへと再構成されることで、完全なる死者蘇生は実現される」
「蟲毒だな、まるで」
 古代中国の呪術の名を例に挙げ、言った。
 もっともそちらの方は、虫や小動物を食い合わせて怨念を集め、猛毒を持った生物兵器を生み出すための呪法なのだが。
「そんなむちゃくちゃな……ここは仮にも、魔法の聖地なんて言われた場所なんだろう!?」
 それでもなお納得できないといった様子で、アルフが反論する。
 否、その感情の様相は、先ほどとはまた異なるものとなっていた。
 プレシアの暴挙に対して抱いたものが怒りなら、今この瞬間抱くものは困惑の二文字。
 優れた魔法技術を有したアルハザードの様式にしては、その方法はあまりにも野蛮で、あまりにも前時代的だ。
 魔法のまの字すら見えないこの儀式が、アルハザードの正統な技術であるなどと、一体誰が信じられるものか。
「だからこそ、なのです。
 リインフォース……蟲毒などという術を知っているのならば、地球に存在する生け贄の儀式のことも、聞いたことがあるのでしょう?」
「ああ。アステカ、インカ、中国……日本でも行われていた時期があったようだな」
「地球の場合、多くは神への貢物として行われていたようですが……
 あの世界を含む、リンカーコアを制御する術を持たない世界のうちのいくつかでは、超常の力を発揮するために、
 生け贄という形で肉体を損壊することで、強引に生命エネルギーを流出させる手段を取っていたのです」
「成る程……言わばあれらの風習もまた、超原始的な魔法だったということか」
 アステカの生け贄が、神を動かす力となったように。
 蟲毒の生き残りが、怨念を猛毒へと昇華させたように。
「にしたって60人って数は……あまりにも、多すぎる」
「完全な死者蘇生のためには、それほどの途方もない力が必要だったということか」
 そもそも死者を復活させるということは、あの世から死者の魂を連れ戻すということだ。
 そしていかに科学や魔術が発展した世界であっても、少なくともアルフ達管理世界の住民が知る限りでは、
 現世から冥界へと至る術を発見した世界は、未だない。
 彼岸と此岸の境界とは、それほどに強固なものなのだ。
 途方もないほどに強固な壁を越えるには、途方もないほどの代償を払わければならないということだ。
《……事情は分かったよ。理解したくないけど、理解しなけりゃいけないってことが分かった》
 眉間に皺を寄せながら、毛髪の奥の頭皮を掻く。
 不機嫌そうな表情のまま、アルフがリニスへと念話を送る。
《では……》
《もちろん、最初からそのつもりさ。プレシアはあたし達が止めてくる》
 全て納得したと言えば、嘘になるだろう。
 正直な話、未だに唐突感はぬぐい去れない。あまりにも荒唐無稽すぎる話には、未だ理解が追いつかない。
 それでも、自分達はここに理解をしに来たのではないのだ。
 自分達がここに来たのは、プレシアの真意を問いただし、ろくでもないことを企んでいるのなら、それを止めるためなのだ。
 そして今まさに行われていたことが、そのろくでもないことであることは理解できる。
 ならば、この際細かいことはどうだっていい。
 今すぐプレシアの所へ殴り込み、このふざけた儀式とやらを止めるしかない。
 既に何人もの人間が犠牲になっているというのなら、なおさらのことだ。
《使い魔リニス。この施設の見取り図があったら、見せていただけないだろうか》
「この施設の見取り図がほしい。今すぐそのモニターに映せ」
 念話による本音では、穏便に。
 肉声による演技では、威圧的に。
 2つの言語を同時に駆使して、リインフォースが要求した。
「分かりました」
 その両方に、いっぺんに応じる。
 銀髪の融合騎の要求に、山猫の使い魔が応答を返す。
《窮屈だろうが、我慢してくれ》
 念話で前置きをしながら、リインフォースがリニスを強引に立たせる。
 首元に添えた手はそのままだ。建前上は脅迫している身なのだから、拘束を解くわけにはいかない。
 かくして彼女らはモニターへと向かう。
 倒れた椅子はそのままに、立った状態でコンソールを叩いた。
 かちかち、とキーボードを弾く音が響いた後、モニターに映し出されたのは時の庭園の見取り図。
 リインフォース達にとっては、実に6時間もの長きに渡って待ち望んだ代物だ。
「確認した」
 言うと同時に、リインフォースの手が伸びる。
 細く滑らかな指先が、コンソールの端子へと触れる。
 一瞬、ぴか、とその肌が光った。
 魔力光が瞬くと同時に、モニターに新たなウィンドウが開く。
 コピー完了――魔法術式タイプのコンピューターの特性を利用し、自らの内にデータを取り込んだ結果だった。
 もちろん、それだけではアルフが地図を使えない。
 故に適当な棚から、リニスに携帯端末を取り出させデータを出力し、それをアルフに投げて渡す。
「あとは……そうだな。参加者を拘束している首輪の制御装置はどこにある?」
 残された問題は、例の爆発物管理プログラムの正体――参加者に架せられた爆弾首輪だ。
 先ほどのハッキングではプログラムの存在こそ確認できたものの、それをどうこうすることは不可能だった。
 そしてあれをどうにかしない限りは、参加者をフィールドから逃がすことなど、不可能と言っていい。
 地図にそれらしきもののある部屋の名前が確認できなかった以上、その所在を問いただす必要があった。
「首輪はプレシア自身が管理しています。制御システムも、彼女の部屋に――」



 ――その、刹那。



「ッ!?」
 世界の様相は一変した。
 視界は赤一色に満たされ、静寂は爆音に塗り潰された。
 ちかちかと点滅する非常灯。
 けたたましく鳴り響くサイレンの音。
 話声以外の音もなかった一室が、一瞬にして音と光の嵐へとぶち込まれた。
「これは……!?」
 誰が口にしたのかも分からぬ、戸惑いの声が上がるのも束の間。
「!」
 ぷしゅっ、と短く鳴る音と共に、部屋の自動ドアが開く。
 中から開いたのではない。扉はプレシアによってロックされている。
 であれば、答えは簡単だ。
 外から強制的に開けさせられたのだ。
「こいつら……!」
 扉の向こうに並ぶのは、見渡すばかりの鉄、鉄、鉄。
 卵を彷彿とさせる楕円形に、触手のごとく伸びた赤いケーブル。中央に光る黄金の瞳は、瞬きするかのように明滅する。
 ガジェットドローンの大軍だ。
 巡回を行っていた機動兵器達が、一斉にこの部屋へと押しかけてきたのだ。
「――バルディッシュ!」
 刹那、咆哮。
 凛とした雄叫びが上がると共に、黄金の光が赤を切り裂く。
 稲妻を宿した魔力光が、一瞬非常ライトを上から塗り潰した。
 声の主――使い魔リニスの手に握られていたのは、漆黒の煌めきを放つ長柄の斧。
 アルフの主人が生前用いていたものと、寸分違わぬ姿を持った、閃光の戦斧・バルディッシュ。
「はぁっ!」
 声を上げている暇などなかった。
 姿を知覚した瞬間には、既に動作に移っていた。
 跳躍。疾駆。接近。斬撃。
 カモシカのごとく両足をしならせ、敵に飛びかかりデバイスを振るう。
「リニス!?」
 アルフが声を上げた時には、既に1機のガジェットが破壊されていた。
 返す刃で次なる標的を切り裂き、改めてバルディッシュを構え直す。
 黒光りする切っ先越しに、山猫の双眸が機械兵を睨む。
「ここは私が引き受けます! 貴方達は隣の部屋に!」
「えっ……!?」
「この兵器達の放つフィールドには、魔力結合を阻害する効力があります。
 遠距離攻撃は不利です。隣の武器庫から、リインフォースの武器を調達して行ってください!」
 もはや演技をしている余裕はなかった。
 否、リニスの安否を無視して兵力を送った以上、大方プレシアにはばれていたのだろう。
 取り繕っていた体裁をかなぐり捨て、リニスがリインフォースらに向かって叫ぶ。
 そしてその言葉を聞いて、彼女らは一瞬忘れかけていた、敵の特性をようやく思い出した。
 あの金眼の兵器には、魔法を無力化させる能力が備わっていた。
 どういうからくりなのかが今までずっと気がかりだったが、なるほどそういうことだったのか。
「でも、1人で大丈夫なのかい? バルディッシュが近接戦タイプだからって……」
「見くびらないでくださいよ。これでも、フェイトの先生だったんですから」
 不安げなアルフを笑い飛ばすように。
 無粋なことを、と言いたげに、リニスが強気な笑みを浮かべる。
 それでも、未だ不安は消えない。
 いくら敵がガジェットだけでなかったからとはいえ、そのフェイトの敗北を目の当たりにしたからには、安心できるはずもない。
 確かにこのロボットそのものの耐久力はそう高くない。自分で殴り壊したからこそ分かることだ。
 だがそれでも、いくら何でもこれほどの数を前に、1人で戦えるものなのだろうか。
「やむを得ないか……ここは頼む。行くぞ、アルフ」
「……ああ」
 それでも、今は行くしかない。
 でなければせっかく足止めを買って出てくれた、リニスの意志が無駄になる。
 ここでまごついているうちにも、更なる犠牲者が出てしまうかもしれないのだ。
 無理やりに自分を納得させ、アルフはリインフォースの後に続いた。
 部屋を出て、すぐ隣にあったドアを開く。
 先ほどちらと見た地図によれば、この部屋は殺し合いを行う際に必要となる、支給品とやらの転送室らしい。
 転送する武器の選別は、現在はランダムかつオートとなっているらしく、人の影は見当たらない。
 障害がないことを幸いとし、室内に並べられた武器を物色。
「……これがよさそうだな」
 そう言ってリインフォースが手にしたのは、一振りの日本刀だった。
 剣を選んだのは、ヴォルケンリッターの烈火の将・シグナムが剣の使い手だったからだ。
 彼女の魔法・紫電一閃は、純粋魔力ではなく、魔力変換によって生じた火力を纏うものである。
 魔力結合を阻害するガジェット相手には、ただの斬撃よりも有効と言えるだろう。
 故にシグナムの技を再現すべく、数ある武器の中からそれを選んだというわけだ。
 ただの刀が紫電一閃の火力に耐えられるのか、とも思ったが、どうやらこの刀、見た目以上に頑丈らしい。
 元々の持主たる異界の戦国武将・片倉小十郎が、この刀に雷を纏わせて戦っていたのだから、当然と言えば当然なのだが。
「よし、行くぞ」
「分かってる。……リニス! あたしらが戻るまで持ちこたえてくれよ!」
 部屋を出たアルフが最初に口にしたのは、ガジェットの大軍と戦うリニスへの呼びかけだった。
 そしてそれに対して返されたのは、彼女の無言の頷きだった。
 今はそれで納得するしかない。
 リインフォースらは彼女に背を向けると、すぐさま戦線を離脱する。
 硬質な廊下の床を蹴り、傍らの見取り図を見やりながら、時の庭園内部を走っていく。
 目標は2つ。
 今回の事件の首謀者であり、首輪の制御装置を保有しているプレシアの部屋。
 奪われた夜天の書が利用されているという、殺し合いのフィールドを生成する動力室。
 それぞれ最上階と最下層――PT事件を体験したアルフにとっては、一種懐かしささえ思わせる状況だった。
「リインフォース。ここは二手に分かれよう」
 そしてそのアルフが切り出したのは、またしても当時を想起させる提案だった。
「二手に……?」
「今は一分一秒が惜しい。あんたが地下の動力室を目指して、あたしがプレシアの部屋に向かうってのでどうだ」
「正気か? プレシア・テスタロッサの実力は、あの機械の比ではないのだろう……?」
 不可解な進言に、リインフォースが眉をひそめる。
 本業は科学者であるとはいえ、プレシアはSランクの魔力を有した大魔導師だ。
 まさかガジェット同様のフィールドを張るなんてことはないだろうが、それ以上に地力の差が桁違いである。
 事実として、アルフは以前プレシアに反旗を翻した際に、完膚なきまでに叩きのめされていた。
 理論上はその方が手っ取り早いとはいえ、どう考えても自殺行為としか思えない判断だ。
「夜天の書を取り返すことができれば、あんたもいくらか本調子を取り戻せるんだろ?
 心配なら、早く夜天の書を取り戻してきて、あたしを助けに来ておくれよ」
 返ってきたのは、不敵な笑み。
 にっと笑った表情は、先ほどのリニスのそれとも似通っていた。
 なるほど確かに、言われてみれば、リインフォースは夜天の書を奪われたことで、未だ本力を発揮できずにいる。
 その調子で2人がかり挑んだとしても、確実に勝利できるとは言い難いだろう。
 とはいえ2人で夜天の書の奪還に向かえば、その隙に参加者達を殺されてしまう。
 ならばここはアルフが注意を引きつけることで、本命のリインフォースに繋ぐのが最も確実だ。
「分かった……お前も、それまで死なないでいてくれよ」
「おうともさ」
 それが最後のやりとりとなった。
 階段にさしかかったところで、両者はそれぞれの道へと別れる。
 犬の使い魔は上を目指し。
 銀の融合騎は下を目指す。
 互いの目的を達成し、再び共に戦うために。
 あの忌まわしき魔女を打倒し、最期の悲願を果たすために。


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ドゥーエ






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