第四回放送/あるいは終焉の幕開け(後編) ◆Vj6e1anjAc
身体強化術式を行使。
速度強化と、腕力強化を最優先。
AMFによる強化阻害の影響は、無視できるほど小さくはない。
普段より数段重く遅い身体を、それでも懸命に力を込め、振るう。
『Scythe Form.』
排気音と機械音を伴い、デバイスを近接攻撃形態へと移行。
どうせ魔力弾は通用しないのだ。ならばこそ、接近戦に特化したフォームを選択するのは必然。
振るう。振るう。薙ぎ払う。
斬る。斬る。斬り刻む。
迫る攻撃は全てかわした。
普段より労力がかかる分、防御のタイミングはよりシビアだ。なればバリアになど頼っていられない。
360度全方位に視線を配り、一心不乱に立ちまわる。
「はああぁぁっ!」
柄にもなく気合の叫びを上げながら、リニスはひたすらに戦斧を振るった。
我ながら大した出来だ――自らの手に握りしめた得物に、そんな感想を抱き、笑みを浮かべる。
このバルディッシュは完璧だ。
攻撃力も、魔力効率も、演算速度も申し分ない。さすがにフェイトのために、大枚をはたいて作っただけはある。
フェイトはこの力作を気に行ってくれただろうか。
オリジナルの私が最期に残したものを、喜んでくれていたのだろうか。それだけが気がかりだった。
(今の私にはこうすることしかできない……でも、彼女達にはできることがある)
今のリニスを突き動かすのは、その一心だ。
自分には何もできなかった。
面と向かって立ち向かうこともできず、陰でこそこそと動くことしかできず、
結局できたことといえば、参加者への可能性の丸投げだけだ。
やがてプレシアに手足をもがれ、それすらも不可能となっていた。
そして訪れた結末は、侵入者ごと抹殺対象となるという有り様。
まったくもって不甲斐ない。大魔導師の使い魔とまで言われておきながら、情けないことこの上なかった。
「たぁっ!」
しかし、彼女達は違う。
彼女達はあの戦いを生き延びた。
自分達を追うことに命を懸け、遂にはこのアルハザードにまでたどり着いた。
何かを変えられるのは自分ではない――あの娘達だ。彼女達にこそ、希望があるのだ。
ならば自分は捨て石ともなろう。
こうして囮役を引き受けることで、希望を繋ぐことができるなら、喜んでここに屍をさらそう。
犯してしまった罪を償う術が、こうする他にないのなら――
『――まったく、困った使い魔ね』
その、瞬間。
ぶんっ、と空気を揺らす音。
不意に目の前に表れたのは、通信端末の空間モニター。
画面越しに語りかけるのは、ウェーブのかかった黒髪と、冷たく射抜くような紫の視線。
『見え見えなのよ、あんな臭い芝居は。命を惜しむような柄でもないでしょう、貴方は』
「プレシア……」
プレシア・テスタロッサ。
全ての元凶たる大魔導師にして、山猫の使い魔リニスの主君。
実子アリシアを蘇らせるために、大勢の命を犠牲にし、フェイトさえも手にかけた魔女。
これまで沈黙を続けていた彼女が、遂にこうして回線を開き、再び姿を現していた。
そしてそれに呼応するようにして、これまで戦っていたガジェット達もまた、一斉にその動作を止めた。
『本当に困った使い魔だわ……お仕置きされて反省するどころか、敵と結託するだなんて』
ふぅ、とため息をつきながら、呆れた様子でプレシアが言う。
自らが犯した大罪も、目の前で起きている反乱すらも、まるでに歯牙にもかけぬように。
「……私は間違っていました……
貴方を止めたいというのなら、こそこそ隠れるのではなく、こうして戦うべきだった」
何が悪かったというのなら、最初から何もかもが悪かった。
本当に主の暴挙を制するのなら。
本当に己が罪を償いたいのなら。
黙ってその命に従って、この手を汚すべきではなかった。
可能性だけを参加者に与え、解決を委ねるべきではなかった。
たとえ相手が主君であろうと、あの2人の娘達のように、真っ向から立ち向かうべきだった。
自分はそれに気付くのが、途方もないほどに遅すぎたのだ。
『どっちにしても間違いよ』
ぎろり、と。
刹那、冷たく輝く紫の双眸。
纏う気配は絶対零度。肌を切り裂き臓腑を射抜き、血肉を凍てつかせる氷雪の殺意。
気だるげな様相が一転し、威圧的な形相へと姿を変える。
やはり、そうか。
プレシアは己の意に背く者は、誰であっても許しはしない。
利用価値のない者ならばなおさらだ。間違いなく自分はここで殺されるだろう。
『馬鹿げたことをしてくれたわね……それとも何? まだフェイトを切り捨てたことを根に持っているの?』
ぴくん、と。
帽子の下の耳が、一瞬揺れた。
『貴方があの子をどう思おうと、あんなのは所詮アリシアの出来そこないなのよ。私にとっては――』
ああ、そうか。
やはり、そうなのか。
どれほどの経験を重ねても、結局貴方はそうなのか。
あの子にどれだけ尽くされようとも、貴方にはまるで届かないのか。
あの子をどれだけ傷つけようとも、貴方にはまるで響かないのか。
貴方にとってのあの子とは、そんなものでしかないのか――!
「――黙れ」
自分でも驚くほどに、冷たく低い声音だった。
これほどに冷酷な声が出せるのかと、一瞬自分で自分が信じられなかった。
画面の奥のプレシアも、さすがにこれには驚いたらしい。
氷の刃のごとき視線が、一瞬丸くなったのがその証拠だ。
「私は貴方達家族のことは、ほとんど何も覚えていない……
貴方とアリシアがどんな親子だったのかは、私には知る由もない……それでも、これだけははっきりと言える……!」
肩がわなわなと震える。
バルディッシュがかたかたと鳴く。
使い魔となる前の記憶は、ほとんど頭の中に残されていない。
自分がアリシアに懐いていたことも、アリシアが自分を拾ってくれたことも、主体として実感することはできない。
故に、プレシアとアリシアの関係について、とやかく言うつもりはない。
それでも。
だとしても。
速度強化と、腕力強化を最優先。
AMFによる強化阻害の影響は、無視できるほど小さくはない。
普段より数段重く遅い身体を、それでも懸命に力を込め、振るう。
『Scythe Form.』
排気音と機械音を伴い、デバイスを近接攻撃形態へと移行。
どうせ魔力弾は通用しないのだ。ならばこそ、接近戦に特化したフォームを選択するのは必然。
振るう。振るう。薙ぎ払う。
斬る。斬る。斬り刻む。
迫る攻撃は全てかわした。
普段より労力がかかる分、防御のタイミングはよりシビアだ。なればバリアになど頼っていられない。
360度全方位に視線を配り、一心不乱に立ちまわる。
「はああぁぁっ!」
柄にもなく気合の叫びを上げながら、リニスはひたすらに戦斧を振るった。
我ながら大した出来だ――自らの手に握りしめた得物に、そんな感想を抱き、笑みを浮かべる。
このバルディッシュは完璧だ。
攻撃力も、魔力効率も、演算速度も申し分ない。さすがにフェイトのために、大枚をはたいて作っただけはある。
フェイトはこの力作を気に行ってくれただろうか。
オリジナルの私が最期に残したものを、喜んでくれていたのだろうか。それだけが気がかりだった。
(今の私にはこうすることしかできない……でも、彼女達にはできることがある)
今のリニスを突き動かすのは、その一心だ。
自分には何もできなかった。
面と向かって立ち向かうこともできず、陰でこそこそと動くことしかできず、
結局できたことといえば、参加者への可能性の丸投げだけだ。
やがてプレシアに手足をもがれ、それすらも不可能となっていた。
そして訪れた結末は、侵入者ごと抹殺対象となるという有り様。
まったくもって不甲斐ない。大魔導師の使い魔とまで言われておきながら、情けないことこの上なかった。
「たぁっ!」
しかし、彼女達は違う。
彼女達はあの戦いを生き延びた。
自分達を追うことに命を懸け、遂にはこのアルハザードにまでたどり着いた。
何かを変えられるのは自分ではない――あの娘達だ。彼女達にこそ、希望があるのだ。
ならば自分は捨て石ともなろう。
こうして囮役を引き受けることで、希望を繋ぐことができるなら、喜んでここに屍をさらそう。
犯してしまった罪を償う術が、こうする他にないのなら――
『――まったく、困った使い魔ね』
その、瞬間。
ぶんっ、と空気を揺らす音。
不意に目の前に表れたのは、通信端末の空間モニター。
画面越しに語りかけるのは、ウェーブのかかった黒髪と、冷たく射抜くような紫の視線。
『見え見えなのよ、あんな臭い芝居は。命を惜しむような柄でもないでしょう、貴方は』
「プレシア……」
プレシア・テスタロッサ。
全ての元凶たる大魔導師にして、山猫の使い魔リニスの主君。
実子アリシアを蘇らせるために、大勢の命を犠牲にし、フェイトさえも手にかけた魔女。
これまで沈黙を続けていた彼女が、遂にこうして回線を開き、再び姿を現していた。
そしてそれに呼応するようにして、これまで戦っていたガジェット達もまた、一斉にその動作を止めた。
『本当に困った使い魔だわ……お仕置きされて反省するどころか、敵と結託するだなんて』
ふぅ、とため息をつきながら、呆れた様子でプレシアが言う。
自らが犯した大罪も、目の前で起きている反乱すらも、まるでに歯牙にもかけぬように。
「……私は間違っていました……
貴方を止めたいというのなら、こそこそ隠れるのではなく、こうして戦うべきだった」
何が悪かったというのなら、最初から何もかもが悪かった。
本当に主の暴挙を制するのなら。
本当に己が罪を償いたいのなら。
黙ってその命に従って、この手を汚すべきではなかった。
可能性だけを参加者に与え、解決を委ねるべきではなかった。
たとえ相手が主君であろうと、あの2人の娘達のように、真っ向から立ち向かうべきだった。
自分はそれに気付くのが、途方もないほどに遅すぎたのだ。
『どっちにしても間違いよ』
ぎろり、と。
刹那、冷たく輝く紫の双眸。
纏う気配は絶対零度。肌を切り裂き臓腑を射抜き、血肉を凍てつかせる氷雪の殺意。
気だるげな様相が一転し、威圧的な形相へと姿を変える。
やはり、そうか。
プレシアは己の意に背く者は、誰であっても許しはしない。
利用価値のない者ならばなおさらだ。間違いなく自分はここで殺されるだろう。
『馬鹿げたことをしてくれたわね……それとも何? まだフェイトを切り捨てたことを根に持っているの?』
ぴくん、と。
帽子の下の耳が、一瞬揺れた。
『貴方があの子をどう思おうと、あんなのは所詮アリシアの出来そこないなのよ。私にとっては――』
ああ、そうか。
やはり、そうなのか。
どれほどの経験を重ねても、結局貴方はそうなのか。
あの子にどれだけ尽くされようとも、貴方にはまるで届かないのか。
あの子をどれだけ傷つけようとも、貴方にはまるで響かないのか。
貴方にとってのあの子とは、そんなものでしかないのか――!
「――黙れ」
自分でも驚くほどに、冷たく低い声音だった。
これほどに冷酷な声が出せるのかと、一瞬自分で自分が信じられなかった。
画面の奥のプレシアも、さすがにこれには驚いたらしい。
氷の刃のごとき視線が、一瞬丸くなったのがその証拠だ。
「私は貴方達家族のことは、ほとんど何も覚えていない……
貴方とアリシアがどんな親子だったのかは、私には知る由もない……それでも、これだけははっきりと言える……!」
肩がわなわなと震える。
バルディッシュがかたかたと鳴く。
使い魔となる前の記憶は、ほとんど頭の中に残されていない。
自分がアリシアに懐いていたことも、アリシアが自分を拾ってくれたことも、主体として実感することはできない。
故に、プレシアとアリシアの関係について、とやかく言うつもりはない。
それでも。
だとしても。
「私にとってのフェイトは本物だ!
紛い物でも出来そこないでもない……あの子を否定することは、私が許さないっ!!」
紛い物でも出来そこないでもない……あの子を否定することは、私が許さないっ!!」
遂に私は絶叫した。
己の胸にこみ上げる怒りを、ありのままにぶちまけた。
プレシアのアリシアへの愛が、本物だというのなら。
私のフェイトへの愛もまた、本物であるのは間違いないのだ。
彼女と出会って、魔法を教えて、笑い合う日々を幸せだと思った。
彼女がいかなる生まれの人間だったかなど、自分には何の関係もなかった。
フェイトと積み重ねた想い出も。
フェイトからもらった信頼も。
フェイトへと向ける愛情も。
それら全てが本物だから。紛い物でもなんでもない、確かなものであると言い切れるから。
だからこそ、私はプレシアを許さない。
誰かの勝手な悲しみに、誰かを巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない。
自分のエゴで作ったフェイトを、自分のエゴで殺す愚を、私は決して許さない。
『……もういいわ。お前はもう死になさい』
一拍の間を置いて、一言。
それを最後通告として、プレシアの顔は目の前から消えた。
通信の終了と同時に、静まり返っていたガジェット達が、再び駆動音の唸りを上げる。
これが終わりの始まりなのだろう。
ここからが、本当の最期の戦いなのだろう。
随分と魔力を無駄遣いしてしまった。まだまだ半分くらいは残っているが、それではこの数相手には心もとない。
それでも、自分は決して絶望しない。最後の最後まで抗うことをやめない。
囮としての戦いは終わった。十分に時間は稼げたはずだ。
だからこれから始めるのは、自分の個人的な戦い。
プレシアに叩きつけたこの想いを、最期の瞬間まで示し続けるためだけの、自分勝手なプライドを懸けた戦いだ。
「バルディッシュ」
右手のデバイスへと語りかける。
「こんな身勝手に付き合わせてごめんなさい」
結局は自分も、プレシアと何ら変わらないのかもしれない。
自分で複製したこのバルディッシュを、本来担うべきだった目的すら果たさせずに、
自分の勝手なエゴに巻き込んで、ここで果てさせてしまおうとしている。
己の欲望の果てにフェイトを死なせた彼女と、変わらないことをしようとしているのかもしれない。
「それでも……貴方が私を、まだマスターだと認めてくれるなら……最後の力を、貸してください」
祈りのような言葉だった。
それがリニスの口にした、最後の言葉と呼べる言葉だった。
両の手で長柄を強く握る。
サイズフォームの光刃を輝かせ、眼前のターゲットを見据える。
意識は怖ろしいほどにクリアーだ。
もう何も怖くはない。死でさえも自分を怖れさせはしない。
ただ、刃を振るうのみ。
最期に事切れる瞬間まで、前に進み続けるのみだ。
「……うおおおおぉぉぉぉぉーっ!!」
咆哮と共に、山猫は駆ける。
黄金と漆黒のデスサイズを携え、大魔導師の使い魔は疾駆する。
間合いを取ると共に、切り裂き。
間合いを詰めると共に、薙ぎ払った。
AMFの壁に阻まれようとも、ひたすらに刃を叩き込んだ。
全身をレーザーに焼き焦がされ、五体を触手に貫かれようとも、一心不乱に斧を振るった。
《アルフ》
心残りがないと言えば、嘘になる。
しかしそれらを叶える機会は、当に自身の手で投げ捨ててしまった。
それでも、最後の1つだけは、どうにか叶えることができた。
故に最後の力を振り絞り、猫の使い魔は言葉を紡ぐ。
声ではなく思念通話を通して、願いの先へと想いを伝える。
《大きく……なりましたね》
フェイトと共に面倒を見てきた、小さな狼の娘・アルフ。
フェイトに会うことはできなくとも。
フェイトの成長した姿は見れなくとも。
その愛らしい使い魔は、大きく勇敢に育ってくれた。
その姿を見られただけでも、彼女は十分に幸せだった。
記憶を引き継いだクローンとして、蘇った意味はあったのだと。
最期の瞬間に、そう実感することができた。
己の胸にこみ上げる怒りを、ありのままにぶちまけた。
プレシアのアリシアへの愛が、本物だというのなら。
私のフェイトへの愛もまた、本物であるのは間違いないのだ。
彼女と出会って、魔法を教えて、笑い合う日々を幸せだと思った。
彼女がいかなる生まれの人間だったかなど、自分には何の関係もなかった。
フェイトと積み重ねた想い出も。
フェイトからもらった信頼も。
フェイトへと向ける愛情も。
それら全てが本物だから。紛い物でもなんでもない、確かなものであると言い切れるから。
だからこそ、私はプレシアを許さない。
誰かの勝手な悲しみに、誰かを巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない。
自分のエゴで作ったフェイトを、自分のエゴで殺す愚を、私は決して許さない。
『……もういいわ。お前はもう死になさい』
一拍の間を置いて、一言。
それを最後通告として、プレシアの顔は目の前から消えた。
通信の終了と同時に、静まり返っていたガジェット達が、再び駆動音の唸りを上げる。
これが終わりの始まりなのだろう。
ここからが、本当の最期の戦いなのだろう。
随分と魔力を無駄遣いしてしまった。まだまだ半分くらいは残っているが、それではこの数相手には心もとない。
それでも、自分は決して絶望しない。最後の最後まで抗うことをやめない。
囮としての戦いは終わった。十分に時間は稼げたはずだ。
だからこれから始めるのは、自分の個人的な戦い。
プレシアに叩きつけたこの想いを、最期の瞬間まで示し続けるためだけの、自分勝手なプライドを懸けた戦いだ。
「バルディッシュ」
右手のデバイスへと語りかける。
「こんな身勝手に付き合わせてごめんなさい」
結局は自分も、プレシアと何ら変わらないのかもしれない。
自分で複製したこのバルディッシュを、本来担うべきだった目的すら果たさせずに、
自分の勝手なエゴに巻き込んで、ここで果てさせてしまおうとしている。
己の欲望の果てにフェイトを死なせた彼女と、変わらないことをしようとしているのかもしれない。
「それでも……貴方が私を、まだマスターだと認めてくれるなら……最後の力を、貸してください」
祈りのような言葉だった。
それがリニスの口にした、最後の言葉と呼べる言葉だった。
両の手で長柄を強く握る。
サイズフォームの光刃を輝かせ、眼前のターゲットを見据える。
意識は怖ろしいほどにクリアーだ。
もう何も怖くはない。死でさえも自分を怖れさせはしない。
ただ、刃を振るうのみ。
最期に事切れる瞬間まで、前に進み続けるのみだ。
「……うおおおおぉぉぉぉぉーっ!!」
咆哮と共に、山猫は駆ける。
黄金と漆黒のデスサイズを携え、大魔導師の使い魔は疾駆する。
間合いを取ると共に、切り裂き。
間合いを詰めると共に、薙ぎ払った。
AMFの壁に阻まれようとも、ひたすらに刃を叩き込んだ。
全身をレーザーに焼き焦がされ、五体を触手に貫かれようとも、一心不乱に斧を振るった。
《アルフ》
心残りがないと言えば、嘘になる。
しかしそれらを叶える機会は、当に自身の手で投げ捨ててしまった。
それでも、最後の1つだけは、どうにか叶えることができた。
故に最後の力を振り絞り、猫の使い魔は言葉を紡ぐ。
声ではなく思念通話を通して、願いの先へと想いを伝える。
《大きく……なりましたね》
フェイトと共に面倒を見てきた、小さな狼の娘・アルフ。
フェイトに会うことはできなくとも。
フェイトの成長した姿は見れなくとも。
その愛らしい使い魔は、大きく勇敢に育ってくれた。
その姿を見られただけでも、彼女は十分に幸せだった。
記憶を引き継いだクローンとして、蘇った意味はあったのだと。
最期の瞬間に、そう実感することができた。
◆
上へ、ただに上へ。
延々と続く階段を、上り続ける女がいる。
漆黒のマントとオレンジの髪を、走る勢いにたなびかせ、ひたすらに駆け抜ける者がいる。
ひく、と獣の耳が揺れた。
ぴく、とマントの肩が揺れた。
「……ばかやろうっ……」
瞳を光らせる獣の女が、震えた声で呟いていた。
延々と続く階段を、上り続ける女がいる。
漆黒のマントとオレンジの髪を、走る勢いにたなびかせ、ひたすらに駆け抜ける者がいる。
ひく、と獣の耳が揺れた。
ぴく、とマントの肩が揺れた。
「……ばかやろうっ……」
瞳を光らせる獣の女が、震えた声で呟いていた。
【リニス@魔法少女リリカルなのは 死亡確認】
◆
「まったく……使い魔風情が偉そうなことを」
はぁ、とため息をつきながら。
リニスの死亡を確認した主君――大魔導師プレシア・テスタロッサは、うんざりとした様子でそう呟いた。
腰掛ける椅子に右肘をつき、己の頬を手のひらに預ける。
これで彼女は独りきりだ。
たった1人の協力者を、自らの手で切り捨てたプレシアは、本当に独りになってしまった。
もはや周りにいる者は、得体の知れないあの男から借りてきた、いかがわしい機械人形達だけしかいない。
それでもプレシアは、それで別に構わないとさえ思っていた。
どうせもうすぐ片はつく。あとたった11人の人間が死ぬだけだ。
そうなれば儀式は完遂し、冥府の扉を開くための59人の生け贄が揃う。
最後の1人の身体に魂が宿り、アリシア・テスタロッサの完全な復活は完了される。
自分には、ただアリシアさえいればいい。
そしてその時は、もう目前にまで迫ってきている。
「ミズ・プレシア。動力炉への兵員の配備、完了しました」
その時。
かつ、かつ、かつ、と靴音を立て。
機械人形のうちの1人――ボーイッシュなナンバーⅧ・オットーが姿を現した。
「ああ、そう」
まったくもって面白味のない奴だ。
せっかくいい気分に浸っていたのに、余計な水を差すなんて。
無粋な来訪者の報告に、興味なさげな発音で返す。
裏切り者のリニスを排除した今、残された問題はあと2つ。
夜天の融合騎・リインフォースと、犬の使い魔・アルフの2名である。
そのうちアルフに対しては、ほとんど無視に近い対応を取っている。
どの道あの使い魔程度の実力では、この部屋に入ることなど不可能だと分かりきっているからだ。
となると、残る問題はリインフォース。
こちらへまっすぐ向かってくるならまだしも、夜天の魔導書を狙われるのはまずい。
さすがにこちらは無視できないということで、オットーに兵力の派遣を指示しておいたのだ。
ナンバーⅦ・セッテと、ナンバーⅩⅡ・ディード――最後発組2名が相手とあれば、
欠陥を抱えた融合騎など、ひとたまりもなく消し飛ぶだろう。
そうなれば、全てはチェックメイト。
このプレシア・テスタロッサを邪魔できる者は、広大な次元世界の海に、誰1人として存在しなくなる。
今度こそ誰にも邪魔されることなく、アリシアと再会することができるのだ。
込み上げる笑いをこらえきれず、我知らぬままに口元がにやけた。
「……あら?」
そして、その時。
ふと、ほんの僅かな違和感を覚えた。
「貴方、さっきまで羽織っていたジャケットはどこにやったの?」
それはオットーの身なりへの違和感。
中性的な容姿をした彼女は、その胸元を隠すように、グレーの上着を羽織っていた。
しかし今、彼女の身体にそれは確認できない。
ナンバーズスーツの上には長ズボンだけ。慎ましやかな胸の隆起が、スーツ越しに見受けられるようになっている。
「それはですね……」
そして。
プレシアがその返答を聞くよりも早く。
はぁ、とため息をつきながら。
リニスの死亡を確認した主君――大魔導師プレシア・テスタロッサは、うんざりとした様子でそう呟いた。
腰掛ける椅子に右肘をつき、己の頬を手のひらに預ける。
これで彼女は独りきりだ。
たった1人の協力者を、自らの手で切り捨てたプレシアは、本当に独りになってしまった。
もはや周りにいる者は、得体の知れないあの男から借りてきた、いかがわしい機械人形達だけしかいない。
それでもプレシアは、それで別に構わないとさえ思っていた。
どうせもうすぐ片はつく。あとたった11人の人間が死ぬだけだ。
そうなれば儀式は完遂し、冥府の扉を開くための59人の生け贄が揃う。
最後の1人の身体に魂が宿り、アリシア・テスタロッサの完全な復活は完了される。
自分には、ただアリシアさえいればいい。
そしてその時は、もう目前にまで迫ってきている。
「ミズ・プレシア。動力炉への兵員の配備、完了しました」
その時。
かつ、かつ、かつ、と靴音を立て。
機械人形のうちの1人――ボーイッシュなナンバーⅧ・オットーが姿を現した。
「ああ、そう」
まったくもって面白味のない奴だ。
せっかくいい気分に浸っていたのに、余計な水を差すなんて。
無粋な来訪者の報告に、興味なさげな発音で返す。
裏切り者のリニスを排除した今、残された問題はあと2つ。
夜天の融合騎・リインフォースと、犬の使い魔・アルフの2名である。
そのうちアルフに対しては、ほとんど無視に近い対応を取っている。
どの道あの使い魔程度の実力では、この部屋に入ることなど不可能だと分かりきっているからだ。
となると、残る問題はリインフォース。
こちらへまっすぐ向かってくるならまだしも、夜天の魔導書を狙われるのはまずい。
さすがにこちらは無視できないということで、オットーに兵力の派遣を指示しておいたのだ。
ナンバーⅦ・セッテと、ナンバーⅩⅡ・ディード――最後発組2名が相手とあれば、
欠陥を抱えた融合騎など、ひとたまりもなく消し飛ぶだろう。
そうなれば、全てはチェックメイト。
このプレシア・テスタロッサを邪魔できる者は、広大な次元世界の海に、誰1人として存在しなくなる。
今度こそ誰にも邪魔されることなく、アリシアと再会することができるのだ。
込み上げる笑いをこらえきれず、我知らぬままに口元がにやけた。
「……あら?」
そして、その時。
ふと、ほんの僅かな違和感を覚えた。
「貴方、さっきまで羽織っていたジャケットはどこにやったの?」
それはオットーの身なりへの違和感。
中性的な容姿をした彼女は、その胸元を隠すように、グレーの上着を羽織っていた。
しかし今、彼女の身体にそれは確認できない。
ナンバーズスーツの上には長ズボンだけ。慎ましやかな胸の隆起が、スーツ越しに見受けられるようになっている。
「それはですね……」
そして。
プレシアがその返答を聞くよりも早く。
――ぐさり。
「ッ……!?」
腹部へと激痛が襲いかかった。
焼けつくような痛覚が、腹と脳髄を苛み焦がす。
久しく味わうことのなかった鉄の味が、口の中へと満たされていく。
アルハザードの叡智を用い、己が病を克服して以来、久方ぶりに感じる吐血の感触。
「あ……ァあ……」
喉から漏れる声は、言葉にならず。
震える両手は、傷口へと届かず。
「――こういうことなんですよ」
それらが意味をなすよりも早く、何者かの声が耳朶を打った。
聞き覚えのない女の声。
嘲笑うような不愉快な声。
のろまと言っても差し支えない動作で、声の方へと首を向ける。
「オットーの上着は、正式名称をステルスジャケットと言いまして……
その名の通り、あらゆるセンサーの索敵から、身を隠すことができるんです」
そこに立っていた者は、プレシアの知らない女の姿。
全身をフィットスーツで覆った容姿は、オットーら戦闘機人と共通したもの。
しっとりと光るブロンドを、腰まで伸ばした妖艶な女性。
そしてその胸元には――ナンバーⅡの刻印が施されていた。
「ばか、な……まるで……気配、が……」
「あらあら、こちらは隠密が仕事なんですよ? 科学者ごときに、私を気配を捉えられるはずがないじゃないですか」
にぃ、と笑う女の顔。
同時に腹を襲ったのは、ずぷ、という音を伴う更なる苦痛。
「ぅううッ……!」
目の前が一気に真っ赤に染まった。
何かしらの得物でせき止められていたらしい血液が、一挙に傷口から噴き出した。
ぶしゅう、と響く音と共に、勢いよく噴き出される紅色の噴水。
患部から吐き出される赤色は、プレシアの身体の体力さえも、根こそぎ流し出していく。
「申し遅れました。私は戦闘機人のナンバーⅡ・ドゥーエでございます。以後、お見知りおきを……」
意味深な響きと共に放たれた言葉を、どこまで明瞭に聞けたのかは分からない。
もはや椅子に座ることすらも、プレシアには不可能な動作であった。
ごろごろ、と豪快な音が上がる。
深紅に染まった黒のドレスが、椅子から転げ落ちて床へと横たわる。
「そん……な……」
何だこれは。
何だというのだ、この有り様は。
信じられないといった形相で、うつ伏せのプレシアが声を漏らした。
一体何が起こっている。
どうしてこんなことが起きている。
あと一歩のところまで来たのに。
アルハザードへと到達し、その上悲願達成の目前までたどり着いたのに。
何故だ。何故こうも上手くいかない。
何故誰もかれもが立ちはだかる。何故こうも誰もが邪魔をする。
私の行いがそんなに悪いのか。
幸せを求めるのがそんなに間違っているのか。
私は。
私は、ただ。
「ア、リ……シア……――」
ただ――――――娘の笑顔が見たかっただけなのに。
腹部へと激痛が襲いかかった。
焼けつくような痛覚が、腹と脳髄を苛み焦がす。
久しく味わうことのなかった鉄の味が、口の中へと満たされていく。
アルハザードの叡智を用い、己が病を克服して以来、久方ぶりに感じる吐血の感触。
「あ……ァあ……」
喉から漏れる声は、言葉にならず。
震える両手は、傷口へと届かず。
「――こういうことなんですよ」
それらが意味をなすよりも早く、何者かの声が耳朶を打った。
聞き覚えのない女の声。
嘲笑うような不愉快な声。
のろまと言っても差し支えない動作で、声の方へと首を向ける。
「オットーの上着は、正式名称をステルスジャケットと言いまして……
その名の通り、あらゆるセンサーの索敵から、身を隠すことができるんです」
そこに立っていた者は、プレシアの知らない女の姿。
全身をフィットスーツで覆った容姿は、オットーら戦闘機人と共通したもの。
しっとりと光るブロンドを、腰まで伸ばした妖艶な女性。
そしてその胸元には――ナンバーⅡの刻印が施されていた。
「ばか、な……まるで……気配、が……」
「あらあら、こちらは隠密が仕事なんですよ? 科学者ごときに、私を気配を捉えられるはずがないじゃないですか」
にぃ、と笑う女の顔。
同時に腹を襲ったのは、ずぷ、という音を伴う更なる苦痛。
「ぅううッ……!」
目の前が一気に真っ赤に染まった。
何かしらの得物でせき止められていたらしい血液が、一挙に傷口から噴き出した。
ぶしゅう、と響く音と共に、勢いよく噴き出される紅色の噴水。
患部から吐き出される赤色は、プレシアの身体の体力さえも、根こそぎ流し出していく。
「申し遅れました。私は戦闘機人のナンバーⅡ・ドゥーエでございます。以後、お見知りおきを……」
意味深な響きと共に放たれた言葉を、どこまで明瞭に聞けたのかは分からない。
もはや椅子に座ることすらも、プレシアには不可能な動作であった。
ごろごろ、と豪快な音が上がる。
深紅に染まった黒のドレスが、椅子から転げ落ちて床へと横たわる。
「そん……な……」
何だこれは。
何だというのだ、この有り様は。
信じられないといった形相で、うつ伏せのプレシアが声を漏らした。
一体何が起こっている。
どうしてこんなことが起きている。
あと一歩のところまで来たのに。
アルハザードへと到達し、その上悲願達成の目前までたどり着いたのに。
何故だ。何故こうも上手くいかない。
何故誰もかれもが立ちはだかる。何故こうも誰もが邪魔をする。
私の行いがそんなに悪いのか。
幸せを求めるのがそんなに間違っているのか。
私は。
私は、ただ。
「ア、リ……シア……――」
ただ――――――娘の笑顔が見たかっただけなのに。
◆
ぱっ、と右手を軽く振る。
ピアッシングネイルにこびりついた血糊を、床に目掛けて振り払う。
ふぅ、と軽く息をついて、戦闘機人の次女・ドゥーエは、左手で金の長髪を梳いた。
「これにてお仕事完了、と……悪いわね、貴方の服を汚しちゃって」
「いえ。お疲れ様でした、ドゥーエ姉様」
微かに返り血の付着したジャケットを脱ぎ、それをオットーへと投げて渡す。
右手を束縛する得物をも外すと、両手を頭の上で組み、んっと背伸びする姿勢を取る。
「っ、とぉ……やれやれ、本当にお疲れだったわ」
まったく、創造主も無茶を言ってくれる。内心でそう毒づいた。
これまでにも様々な潜入任務を行ってきたが、丸々1週間何もしないで待ち続けたのは初めてのことだ。
他のナンバーズ達と共に時の庭園に入り、しかし自身はプレシア達と接触せず、誰にも存在を気取られず施設内に潜伏。
そして指示が下ると同時に、デバイスの探知を免れられるオットーと共にプレシアに接触、これを殺害する。
これこそが、彼女の受け持った任務の全容である。
侵入者に付け入られ、たった1人の仲間であるリニスが排除された時点で、プレシアは用済みとなったのだ。
『――やぁ、ドゥーエ。どうやら滞りなく終わったようだね』
そして、その時。
室内のモニターに浮かんだのは、通信機能のカメラ映像。
スクリーンに大映しになったのは、1人の男の顔だった。
「これはドクター。お達しの通り、つつがなくお仕事を終わらせましたわ」
そう。
この男こそ。
ドゥーエがかしずくこの男こそが、彼女達を束ねる創造主。
紫色の長髪と、爬虫類のような黄金の瞳に、白衣がトレードマークの男。
無限の欲望とあだ名される、広域次元犯罪者。
Dr.ジェイル・スカリエッティ。
プレシア・テスタロッサの協力者にして、今まさに彼女を裏切った、最悪のマッド・サイエンティストである。
『実に結構。……ウーノ、いるかい?』
『はい、ドクター。ここに』
同時に2つ目のウィンドウが開き、ウーノの顔が映し出される。
彼女は今、別の仕事を行うために、次元航行船用のドックで作業をしているはずだ。
『プレシアの研究成果の全てを持ち出すまでに、あとどれくらいの時間がかかる?』
『今から約6時間ほどかかります』
『では、脱出艇の調整にあとどれくらいの時間がかかる?』
『そちらも6時間ほどかかります』
『結構』
にぃ、とスカリエッティが笑った。
それこそがウーノの請け負った仕事であり、同時にこの稀代の科学者が、プレシアに接近した最大の理由である。
アルハザードに存在する、優れた文明の遺産の強奪――それが彼らの目的だ。
誰よりも旺盛な知識欲を持ち、貪欲なまでに未知を求めるスカリエッティにとって、
その故郷とでも言うべきアルハザードは、何物にも勝る宝の山に他ならなかった。
『ではウーノ。参加者達に架せられた首輪の爆破装置を、誰にも気づかれないようにオフにしてくれたまえ』
『爆破装置をオフに、ですか?』
『時間制限という新たな制約がついたんだ。それ以上に制約を設けるのは、アンフェアというものだろう?』
『……ドクター、貴方また遊ばれるおつもりですね?』
はぁ、とウーノが呆れたように溜息をついた。
『せっかくプレシアが始めたゲームだ。まだ終わっていないのだし、我々も乗らせてもらおうじゃないか』
モニターの向こうのスカリエッティは、くつくつと愉快そうに笑っている。
それに呼応するようにして、ドゥーエもまた苦笑した。
目的はこれで十中八九果たされたも同然だが、どうやら創造主の退屈は、未だ満たされてはいないらしい。
『……ではドゥーエ、君はプレシアの代役を。0時10分頃を目途に、彼女に代って放送を行ってくれたまえ』
「分かりました」
『オットーはディード達と合流し、夜天の融合騎の迎撃を』
「了解です」
頷くと同時に、オットーは部屋を去っていった。
ディードやセッテもそうだが、クアットロが教育したという最後発組は、どうにも感情表現が希薄だ。
戦闘においてはそれでも構わないが、日常生活を送るにはどうにも面白味が薄い。
これが終わってラボへと帰ったら、その辺りをクアットロにツッコんでおかねば。
そんなことを思いながら、遠ざかる短髪の背中を見送った。
『クク……さぁ、それではゲームを再開しよう。
彼らが勝てば全て終わり。負ければアルハザードからの脱出手段を我々に奪われ、二度とここから帰れなくなる。
タイムリミットは次の放送を迎えるまでだ。そしてそれを過ぎた時点で――』
かくして新たな幕は開いた。
当事者達の知らぬ裏側で、異変は着々と侵攻していた。
魔女は塔から引きずり降ろされ、第一楽章は終了する。
新たなゲームマスターは、不敵に笑う金眼の道化師(クラウン)。
ここに戦争の時代は終わり、世界の終わりが始まった。
最悪の24時間が終了し、最悪の6時間が始まった。
第二楽章はここから始まる。
語り部が力尽き倒れてもなお、狂気の綴る悪夢の詩は、未だ終わることはない。
ピアッシングネイルにこびりついた血糊を、床に目掛けて振り払う。
ふぅ、と軽く息をついて、戦闘機人の次女・ドゥーエは、左手で金の長髪を梳いた。
「これにてお仕事完了、と……悪いわね、貴方の服を汚しちゃって」
「いえ。お疲れ様でした、ドゥーエ姉様」
微かに返り血の付着したジャケットを脱ぎ、それをオットーへと投げて渡す。
右手を束縛する得物をも外すと、両手を頭の上で組み、んっと背伸びする姿勢を取る。
「っ、とぉ……やれやれ、本当にお疲れだったわ」
まったく、創造主も無茶を言ってくれる。内心でそう毒づいた。
これまでにも様々な潜入任務を行ってきたが、丸々1週間何もしないで待ち続けたのは初めてのことだ。
他のナンバーズ達と共に時の庭園に入り、しかし自身はプレシア達と接触せず、誰にも存在を気取られず施設内に潜伏。
そして指示が下ると同時に、デバイスの探知を免れられるオットーと共にプレシアに接触、これを殺害する。
これこそが、彼女の受け持った任務の全容である。
侵入者に付け入られ、たった1人の仲間であるリニスが排除された時点で、プレシアは用済みとなったのだ。
『――やぁ、ドゥーエ。どうやら滞りなく終わったようだね』
そして、その時。
室内のモニターに浮かんだのは、通信機能のカメラ映像。
スクリーンに大映しになったのは、1人の男の顔だった。
「これはドクター。お達しの通り、つつがなくお仕事を終わらせましたわ」
そう。
この男こそ。
ドゥーエがかしずくこの男こそが、彼女達を束ねる創造主。
紫色の長髪と、爬虫類のような黄金の瞳に、白衣がトレードマークの男。
無限の欲望とあだ名される、広域次元犯罪者。
Dr.ジェイル・スカリエッティ。
プレシア・テスタロッサの協力者にして、今まさに彼女を裏切った、最悪のマッド・サイエンティストである。
『実に結構。……ウーノ、いるかい?』
『はい、ドクター。ここに』
同時に2つ目のウィンドウが開き、ウーノの顔が映し出される。
彼女は今、別の仕事を行うために、次元航行船用のドックで作業をしているはずだ。
『プレシアの研究成果の全てを持ち出すまでに、あとどれくらいの時間がかかる?』
『今から約6時間ほどかかります』
『では、脱出艇の調整にあとどれくらいの時間がかかる?』
『そちらも6時間ほどかかります』
『結構』
にぃ、とスカリエッティが笑った。
それこそがウーノの請け負った仕事であり、同時にこの稀代の科学者が、プレシアに接近した最大の理由である。
アルハザードに存在する、優れた文明の遺産の強奪――それが彼らの目的だ。
誰よりも旺盛な知識欲を持ち、貪欲なまでに未知を求めるスカリエッティにとって、
その故郷とでも言うべきアルハザードは、何物にも勝る宝の山に他ならなかった。
『ではウーノ。参加者達に架せられた首輪の爆破装置を、誰にも気づかれないようにオフにしてくれたまえ』
『爆破装置をオフに、ですか?』
『時間制限という新たな制約がついたんだ。それ以上に制約を設けるのは、アンフェアというものだろう?』
『……ドクター、貴方また遊ばれるおつもりですね?』
はぁ、とウーノが呆れたように溜息をついた。
『せっかくプレシアが始めたゲームだ。まだ終わっていないのだし、我々も乗らせてもらおうじゃないか』
モニターの向こうのスカリエッティは、くつくつと愉快そうに笑っている。
それに呼応するようにして、ドゥーエもまた苦笑した。
目的はこれで十中八九果たされたも同然だが、どうやら創造主の退屈は、未だ満たされてはいないらしい。
『……ではドゥーエ、君はプレシアの代役を。0時10分頃を目途に、彼女に代って放送を行ってくれたまえ』
「分かりました」
『オットーはディード達と合流し、夜天の融合騎の迎撃を』
「了解です」
頷くと同時に、オットーは部屋を去っていった。
ディードやセッテもそうだが、クアットロが教育したという最後発組は、どうにも感情表現が希薄だ。
戦闘においてはそれでも構わないが、日常生活を送るにはどうにも面白味が薄い。
これが終わってラボへと帰ったら、その辺りをクアットロにツッコんでおかねば。
そんなことを思いながら、遠ざかる短髪の背中を見送った。
『クク……さぁ、それではゲームを再開しよう。
彼らが勝てば全て終わり。負ければアルハザードからの脱出手段を我々に奪われ、二度とここから帰れなくなる。
タイムリミットは次の放送を迎えるまでだ。そしてそれを過ぎた時点で――』
かくして新たな幕は開いた。
当事者達の知らぬ裏側で、異変は着々と侵攻していた。
魔女は塔から引きずり降ろされ、第一楽章は終了する。
新たなゲームマスターは、不敵に笑う金眼の道化師(クラウン)。
ここに戦争の時代は終わり、世界の終わりが始まった。
最悪の24時間が終了し、最悪の6時間が始まった。
第二楽章はここから始まる。
語り部が力尽き倒れてもなお、狂気の綴る悪夢の詩は、未だ終わることはない。
『――バトルロワイアルは、中止だ』
【プレシア・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは 死亡確認】
【参加者勝利条件変更:ナンバーズ一派の、時の庭園からの脱出阻止】
※参加者の首輪の爆破装置が、全てオフになりました。
※リインフォースに強奪されたため、
黒龍@魔法少女リリカルBASARAStS ~その地に降り立つは戦国の鉄の城~が支給不可能となりました。
※セッテ、オットー、ディードの3名が、時の庭園最深部の動力炉に配置されました。
※参加者の首輪の爆破装置が、全てオフになりました。
※リインフォースに強奪されたため、
黒龍@魔法少女リリカルBASARAStS ~その地に降り立つは戦国の鉄の城~が支給不可能となりました。
※セッテ、オットー、ディードの3名が、時の庭園最深部の動力炉に配置されました。
【バトルロワイアル終了まで――――――05:50:00】
Back:第四回放送/あるいは終焉の幕開け(前編) | 時系列順で読む | Next:闇よりの使者 |
投下順で読む | Next:闇よりの使者 | |
プレシア・テスタロッサ | GAME OVER | |
リニス | GAME OVER | |
リインフォース | Next:せやけど、それはただの夢や | |
アルフ | Next:せやけど、それはただの夢や | |
オットー | Next:せやけど、それはただの夢や | |
ドゥーエ | Next:せやけど、それはただの夢や |