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失物語(前編) ◆WslPJpzlnU




 太陽が昇り、市街を照らす。
 蛍光色にも似た日光は灰色のビル群を白く見せ、同時に陰影を黒く深めた。郊外近辺では、流れる川の水に光が乱反射し、周囲の建造物に水泡を思わせる淡い光を映し出している。
 川を挟んで並ぶビル群はほぼ同形、しかしそんな中にあって、特徴的な輪郭が存在していた。
 病院。
 だ。
 清潔感を演出する白い外壁は4階建て、病棟が左右に広がっている。屋上からは立方体が伸び、凸型のシルエットがあった。正面側には赤十字が貼付けられ、この施設が何たるかを簡潔に示す。
 背後に川、面に大通りが面した立地、大通りは病院の目前でロータリーを描いている。外縁は段差で仕切られた歩道、円の中央には台形の大きな花壇があり、その上には樹木と草花が茂っていた。
 精神養生、それが花壇を設けられた理由なのだろう。
 しかし、それも。
 切り倒されては。
 無意味だ。
「――――――――――」
 粘土を糸で分断する様な音、抵抗も手応えも感じさせない音色で、花壇から生える木は切断された。根という支えを失い、広がる枝葉の重量に引きずられて樹木は後方へと倒れていく。
 ディエチは、樹木が墜落するのを聞いた。
「……一撃で」
 ディエチの姿勢は四つん這い、花壇の手前で四肢が着地している。だが直の着地でははない。ディエチの服装は首から下を覆うスーツ状のもの、脚は靴裏を挟むし、両手は武器を持っていた。
 イメーノスカノン。
 という名前の。
 手持ちの大砲。
 青と紺に彩られたそれは、ディエチを裕に越える長大さを誇る。砲身基部と本体底部にはグリップがあり、ディエチはそれを握り込み、機体をロータリーに押し付ける事で両碗の着地を果たしていた。
……とても鋭い切断攻撃……!
 それこそが樹木を切断したのだ、とディエチは思う。同時に、それは攻撃者からかなりの間を開けて立つ樹木に届いたのだ、とも思う。自分の現在位置は、攻撃者の射程範囲内なのだ、と。
「――!!」
 正面から迫る刃は。
 白い縦線に見えた。
 極薄の刃を目視出来たのは、ディエチが狙撃用として視覚系を強化された戦闘機人だったからだ。もしそうでなかったとしたら、ディエチは切り裂かれる事で刃を知る事となっていただろう。
 ディエチはアスファルトを蹴って右に跳躍、新たに迫る刃は、それまで背後にしてた花壇を縦に切断する。
「く」
 一瞬で着地、しかし硬質なロータリーを踏みしめるのは二本の脚だけはない。ディエチは抱えていたイメーノスカノンを逆手に持ち替え、砲塔を三番目の脚としてアスファルトに突き立てた。
 攻撃兵器をそう用いたのは。
 急停止する必要があるから。
 アスファルトを突いた反動でディエチは背後に傾倒、仰向けになりつつある視界は、三度目の刃を見る。進行方向、ディエチが急停止していなければ切り裂く事が出来ただろう、そんな軌道を刃は走った。
……攻撃は線状、前後に動いても無意味……!
 ディエチは左脚を後ろに伸ばし、右脚を振り回して方向転換を行う。視界は半回転、新しく設定した正面は今まで背後としていた方向だ。その中央部を縦に切り裂かれた花壇が見える。
 そして。
 走った。
 過ぎた軌道を。
 刃は横断する。
……これだけなら問題じゃない……
 これならば、まだ余裕を持てる。
 だからこそ、それを持てない攻撃が来た。
 新たに放たれた刃、その向きは、
「横向き!」
 左右前後への回避を無意味とする広範囲攻撃、避けるには上下への移動しかない。故にディエチが取るのは故意の転倒、着地した踵を滑らせ、勢いを殺さないようにしてイメーノスカノンに乗り上がる。
 結果的にディエチが起こしたのは、イメーノスカノンに乗ってのスライディングだ。
「ぅ」
 アスファルトに擦られ、イメーノスカノンが火花を散らし、鼻先を掠める僅差で刃は抜けた。
 スライディングはロータリーを囲む歩道に到着、段差となっているその横面に足裏を着いて滑りを停止する。ん、という呼気で手短に立ち上がれば、切断攻撃によっ変わり果てた景色が目に入ってきた。
……ほんの少しの間で……
 花壇は当初の半分以下にまで低くなり、アスファルトと歩道は無数の断層を刻み込んでいる。今の今まで放たれて続けていた刃が残す、切断攻撃に寄る戦禍だった。
「――あの男が」
 そしてディエチは。
 攻撃者の姿を睨む。
 相手の所在は病院の正面玄関前、硝子で作られた幅広の自動扉を背景にして、一人の男が立っている。
 男のライダースーツを思わせる物、髪は染色だったのか、金髪の中に黒髪が混じっていた。白人系を思わせる色白の肌、しかし袖の無い右腕は青黒く腐っている。恐らく、これの対処で病院に来ていたのだろう。
 だがディエチが見るのは、それではない。
 視力特化した双眸が見るのは、男の左腕。
 左腕から生える、鎌にも翼にも見える、刃。
「……何あれ」
 魔法には見えず、かといって機械という風に見えない。だとすれば肉体の変質・増量という事になるのだが、人間以外の種族だろうかと疑うには、男の姿は人間そのものだった。
 だからディエチは思う。
 誰なの、ではなく。
 何なの、と。
「おい」
 男が声を放った。左腕は刃が収まり、掌が男の顔を撫でつける。
 五指が。
 瞼と。
 頬と。
 唇を。
 撫で。
 指の合間から。
 覗く。
 視線。
「逃げるだけなら、終わらせるぞ」
 そして男がは、踏み出す為に右膝を持ち上げた。
「……!」
 イメーノスカノンのグリップを握る手が、更に力んだ。この男を進ませてはならない、という意思から。
……この男は危険過ぎる……
 右脚は膝を伸ばし、踵が一歩先を目指す。
……進んだら私を殺す。通り過ぎたらもっと沢山を殺す……!
 後ずさる左脚を止め、進む男の姿を睨む。
……クアットロも、チンクも……
 そして、
「ルルーシュも」
 呟いた瞬間。
 力が湧いた。
 僅かに腰を下ろし、直後に踏み抜く。
「――進ませない!!」
 少女の体格が大砲を抱えて走る、そんな離れ業を戦闘機人の身体能力は可能にした。大股の一歩が連発し、五歩と数えずにディエチは歩道まで到達する。そうして詳細になる、男の酷薄な笑み。
「挑むか」
 だが、という言葉で男は左腕を突き出し、
「それでも死ね」
 肘から先、そこより四枚の刃が僅かばかりの時間差で伸張する。有機にも無機にも見える白い異形は、攻撃用としての意味以上に、それ単体で恐怖を叩き付けてくる。心臓が激動し、締めつける錯覚があった。
 しかしディエチは刃を見据える。全てを見定める、それこそが狙撃手の信念なのだから。
「最大望遠――!」
 叫ぶと共に両の眼球に仕込まれた望遠装置が全開、視界が急変した。機械の補正を受けた肉眼、という最高の視界が、一瞬で画像割れを起こした。景色は最早モザイクと何ら変わらないアバウトさだ。
 最大望遠での疾走は、双眼鏡をしたまま走るのに等しい。しかし、だからこそ解るものがある。
……刃の所在……!!
 輪郭の失われた視界の中だからこそ、刃が確と見つける事が出来た。背景と刃、色の差と遠近感による微妙な差異が、視界が最大限に拡大された事で見出す事が出来た。後はそれを視覚以外の手段で、避ける。
 聴覚と。
 触覚と。
 勘で。
「ふ……ッ!」
 上半身を右旋回、呼気が刃の腹で跳ね返るのを感じる。
「ほう」
 行く先で、男の感心した様な声を聞く。しかし、
……まだまだぁ――!!
 旋回の勢いを利用して回転しつつしゃがみ、第二波を頭上として回避した。
 続けて左脚で地を蹴り、やや横向き気味の前転で三枚目を躱す。
 最後の四枚目に対しては、側転を行う事でやり過ごす。
 そして瞬発。
「――!」
 側転によって着地したのは男にとって右手側、攻撃直後と不随状態である右手側からの攻撃に、男の対応が一瞬遅れた。こちらがつける数少ない隙、それを狙ってディエチは駆けていく。
 男の顔が。
 こちらに。
 向いた。
 しかしその頃には、既に間近まで近寄っている。
「遅」
 い。
 そう言おうとした。しかし、
「んぐ!?」
 左側から来る。
 強打。
……何が……!?
 揺すられる視界は、左腕の刃がまだ伸びきった状態である事を確認した。新しい刃も作られていない。そもそも刃ならば衝撃以前に、こちらの身体は一瞬で切断されていただろう。それではない。
 ならば何だ、と思い、左側に向けた双眸が、攻撃の理屈を見せつける。
「――蹴り!?」
 男の右脚が持ち上げられ、臑がこちらの左肩に押し付けられている。
「俺の攻撃が、この“力”だけだと思ったか?」
 ぬかったな、と。
 そう言う男の顔は、ひび割れた様に口角を吊り上げる嘲笑だ。一番大きな攻撃にばかり注目して基本的な攻撃を度外視した、と。それを馬鹿にする笑みだ、とディエチは思う。
 笑みに対する生理的嫌悪。
 それ以上に、腹がたつ。
 だから、
「耐えてみせる!」
 ん、と。
 あ、と。
 戦闘機人の筋力を最大限に発揮し、両脚を踏ん張らせる。男の蹴りも常軌を逸した強靭さだが、そこに至るのは男ばかりではない。ディエチもまあた、狙撃用とはいえ大砲を担いで駆け回る筋力を持つのだ。
 威力に拮抗する筋力、圧力の拮抗に歩道の煉瓦が砕けた。
 そして、
「おりゃ――――!!」
 押し返した。
 そして捻り込んだ勢いを利用し。
 強力な拳を男の顔面に叩きつける。
 風船を割った様な、微かに残響する破裂音が響く。鋼鉄を内包したディエチの五指が、空気を破って男の鼻面を打ち抜いた効果音だ。音は顔面に密着する指の感触と共に、ディエチに達成感を抱かせた。
……やった……!
 刃の弾幕と蹴りによる不意打ち、どちらにも対処して、自分はこの男に一撃をくわえた。その事に歓喜の情が沸き上がる。我知らずと、右手で握ったイメーノスカノンのグリップを更に締め上げていた。
 しかし、
「ひ――!?」
 拳の向こうに感じる、表情の変化。
 更に男が噴き出した、環状の気配。
 それが危機感の理由となる。
 直後、男の左腕が掲げられた。しかし男の肘から先は、既に人間としての形を失っていた。巨大かつ幅広の刀身、それを刃と称するには、あまりにも巨大過ぎる刀身。
 斧、だ。
「……断て!!」
 振り下ろしと。
 受け止めは。
 同時だ。
「が」
 急遽にイメーノスカノンを横向きで掲げ、刃に変形していない左肘に砲塔部を当てた。砲身と本体の半ば程、その二点を支えていなければ、一瞬で押し切られていただろう。
 背後で斧から放たれた斬撃が歩道をかち割るのを、ディエチは音と衝撃で察知する。
「ん、ぁ」
 これが男の本気、なのだろうか。蹴りとは比べ物にならない圧力に両腕は痙攣を起こし、筋力を総動員する双肩と背筋に痛みが感じられた。次第に両肘が下がり、俯きによって晒した後頭部に左腕が近付く。
 しかも左腕の刃そのものが、その肘さえも刃としつつあった。変質しつつある左肘が、振り下ろしの妨害となっているイメーノスカノンの装甲に切り込む。
 ディエチは、歯を食いしばった。
……これ以上は持たない……!!
 押し切られる前に、距離を取る必要がある。その判断のもと、ディエチは目線まで下ってきたイメーノスカノンを見る。真ん前にはグリップとコンソール、その画面には赤線のゲージが表示されている。
 充填の度合いを示すゲージ、それは約7割の蓄積を示していた。全力というには一歩を欠く状態、しかしこの状況で贅沢は言えない。ディエチはそれを用いる事を決意する。
 まず行うのは、左脚によって男の腹を蹴る事だ。
「む」
 タイヤにも似た腹筋の弾力が返り、男は蹴りに揺らがない。だがディエチの狙いは男を蹴り倒す事ではない。そもそも密着状態に等しい現状からは放った蹴りでは、満足な威力を出す事は出来なかった。
 ディエチの狙いは蹴る事ではない。
 男の腹を踏み台とする事だ。
「せぃ!」
 腹を踏む右脚に重心を置き、左脚を地面から離す。そうなれば体勢は地面と平行のもの、中空での仰向けだ。支えを失った上半身は男の左腕に押し切られ、一瞬で頭から地面に落ちる。
 それは一種のバック転、ディエチは後転の勢いを利用して、左脚を振り上げた。
 振り上げの軌道上には、男の顎。
「がぁ……!」
 男の肉体構造が人間と同じ物かは知らないが、頭部を思いっきり蹴り上げて動じない筈が無い。首の筋肉だけで戦闘機人の蹴りに耐えられる筈も無く、男は頭部から仰け反る事となった。
 一方のディエチは、歩道にイメーノスカノンを置いての倒立姿勢。顎を打たれた影響か、男の左腕は既に変質を解かれている。しかも仰け反った事によって男の腹は晒されている。
 好機。
 だ。
「んん……っ!」
 急げ、と。
 その思考でディエチは続けて縦に一回転、再び男と向き直った状態となる。一歩分空いた彼我の距離、男は仰け反りから緩やかに回復しつつある。
 急げ、と。
 その判断でディエチは震脚、イメーノスカノンは砲塔基部と本体底部のグリップを握り、弧を描いて後方に振り上げている。土砂に向かってシャベルを突き刺す予備動作も同然のそれは、男の腹を狙う。
 急げ、と。
 その思いが、男の腹を衝く一撃となった。
「がぁ……!!」
 慣性と腕力が混合した一撃を緩んだ腹に受け、流石の男も苦悶を漏らす。腹を晒す反り返りは、今や腹を突かれてかがみ込む“くの字”の状態だ。そしてディエチが求めた攻撃は、ここからが本題だ。
 男の腹を衝いたのは、イメーノスカノン。
 腹に密着しているのは、イメーノスカノンの砲門。
 そしてイメーノスカノンには、7割がたの出力が溜まっている。
 故に、
「IS……」
 今こそ言おう。
「――ヘビィバレル!!」
 と。
 ディエチのインヒューレントスキル、ヘビィバレルとは砲撃能力だ。ディエチ自身が生産する砲撃出力をイメーノスカノンという出力装置に送り込み、充填した所で砲撃として放つ。
 一連の行程は、歌唱に似ている。
 ディエチという肺から。
 出力という息を得て。
 大砲という声帯は。
 砲撃という歌を謡う。
 ならば男が吹き飛ぶのは。
 行き過ぎた感動だったのか。
 ゼロ距離での一撃に男の体躯は弧を描き、背後としていた病院の正面玄関に突っ込んだ。
「おぉ……!」
 飛び散る硝子の破片は効果音とも合わさり、波打つ水面を想像させる。男は病院内に入って見えなくなり、砲撃も追随していく。やがてイメーノスカノンも蓄積していた出力を使い切り、砲撃は途絶えた。
 砲撃の末尾も正面玄関の奥へと消える。

 その、一拍後。
 一階の窓硝子を軒並み粉砕する爆音が生じた。
 室内での爆発は、籠った音となってディエチに届く。硝子を失った窓枠と正面玄関から、粉塵が吹いた。
 そんな成果を見るディエチは、尻餅をついた状態だ。それは、ゼロ距離射撃という離れ業の反動、というものだけではない。先ほどの様に、達成感からの停止、という訳でもない。
「は」
 呼気。
 と。
 冷汗。
 と。
 動悸。
 が。
 来る。
「えぉ……っ」
 涙の浮かんだ目尻、胃袋が痙攣する錯覚にディエチは身を折り、唾液を嘔吐した。全身が弛緩し、放水し、ひょっとしたら失禁しているかも、と思う程の動転が体内で渦巻いている。
……死ぬ、か、と、思ったぁ……
「ひぁ」
 一撃必殺の刃と、それに自ら向かう恐怖。
 溜まっていたそれが、一気に噴出した。
 冷汗に混じった鼻水を味わい、不味さから吐き出した。その時に酸っぱさを感じたのは、つられて胃液も漏れたからなのだろうか。
……でも……
 まだ。
「まだだよぉ……っ」
 終わらない、とディエチは思う。
 否。
 終わらせられない、と思った。
 持ち上げた双眸が正面玄関を見据え、病院一階の奥で人影が立ち上がったのを見る。ゆらり、と衝撃を堪える様にするその仕草は、たった今自分が吹き飛ばした男に他ならない。
……ここで逃げたら、すぐに追ってくる……
 ディエチが戦ったのは、男を足止めする為だ。しかし男の足は、まだ止まっていない。
 まだ戦わなければならない。
……チンク……ついでにクアットロ……
「ルルーシュ」
 守りたい者達の名前を呟き、ディエチは立ち上がる。膝は笑いに笑い、イメーノスカノンを杖代わりにしなければ直立する事が出来なかった。だからこそディエチは目を伏せ、呟いた者達の姿を瞼に映す。
 優しい姉と。
 親しい姉と。
 大事かもしれない、男。
 お願い。
「――私に力を頂戴」
 直後、全身が熱量を得た。
「運動制限、解除」
 身体能力を強化する内蔵機器、その限界を取り払う設定に高熱が発生する。筋肉が焼ける感覚と骨髄に伝播する振動、そんな激痛と不快感をディエチは自身を抱き締める事で堪えた。
 歯車が高速で回る音が聞こえる。どこから、思い、自分の体内からだ、と気付き、無性に身体が痒くなってきた。それは高熱の影響か、或は体内で機械が駆動する事に対する生理的な嫌悪感だったのか。
 左右の五指が、互いの二の腕を掻き毟る。
「ぅ、う、あ」
 スーツの生地に皺が寄り、引裂け、内包していた白い肌が抉れた。堪え切れない不快感に、ディエチはかがみ込む。
……耐えられ、な……
 い。
 と。
 思う、直前。
 ディエチは見た。
 自分の二の腕からながれる、赤い血を。
……ルルーシュと同じ色……
 回想するのは、ルルーシュが腕を切り落とされた時の風景だ。舞い上がる腕と、噴出する血液。その色は黒いほどに赤い色で、自分が流しているそれと、全く同じ色をしていた。
「同じ」
 同じなんだね、と。
 自分とルルーシュは。
 同じ色の血なんだね、と。
 だから。
「うん、――出来るよ」
 気がつけば、ディエチは踏み出していた。
 制限の解除された身体能力は、歩道を踏み割る脚力で疾走する。5歩と数えない歩幅でディエチは病院に侵入、ひび割れた正面玄関を越え、荒廃し切った一階ロビーに足を踏み入れた。
 ロビーとなっていたのだろう、一階は吹き抜けにも等しい広大なスペースを開けており、床は黒いタイルによって作られている。左手には受付、右手には通路があり、真ん前の奥には幅広の階段があった。
 だがそこまでの間には、幾つものソファが散逸している。斜めを向くもの、倒れているもの、折れているもの、無数の家具が転がる中央で、男は立っていた。
 男は煤けた姿で対峙。
 ディエチもまた、挑む。
「貴様ぁ―――――!!」
 男の声量が、粉塵を巻き上げる。それと同時に突き出される、
「その前に……!」
 ディエチが行ったのは、三つの動作だ。
 一つ。
 両手をイメーノスカノンのグリップから離し、代わりに細長い砲塔を保持した事。
 二つ。
 砲塔を柄の様にして、イメーノスカノンを右後方に振り抜いた事。
 三つ。
 左踵で着地し、それを支点にして左へ旋回した事。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――ッ!!!」
 結果として果たすのは、イメーノスカノンを棍棒の如く振り回す攻撃。刃が迫る直前に、大砲の底部が男の右頬を殴りとばした。
「お……ッ!?」
 男の頭部を、再び強打が襲う。石が粉砕するのにも似た音が、男の首から響いた。
「お」
 しかし、
「おお」
 男も耐え、
「おおお……ッ!!」
 よろめきつつも、今度こそ左腕から刃を放つ。肘を引いた状態から、空気を貫く勢いで拳を抜き放つ。手の甲から刃が伸びており、僅かに歪んだ二等辺三角形がディエチの喉を狙う。
 ディエチの対応は再度の旋回、イメーノスカノンを抱え込んだコンパクトな姿勢は、男と向き直った時点で解いている。そこで作られる中腰でイメーノスカノンを引いた姿勢は、槍を突く準備と全く同じ。
「迎撃!」
 だからこそ、槍も同然に大砲を突き出す。しかし狙うのは迫る左腕ではない、イメーノスカノンの底部が突いたのは、男の左肩だった。迫る左腕の内側を抜けた攻撃は、クロスカウンターに近いもの。
 左肩を押された事により、男の身体が旋回させられる。上半身が左後方に回り、左腕が逆行した。振り抜きの狙いは逸らされ、腕から伸びる刃は病院の天井を割り、続けて後方としていた壁を切り裂く。
「ぐ」
 しかし男もまた、その旋回を利用した。身体が左に回る事を利用し、右脚による膝蹴りが放たれる。ディエチはイメーノスカノンを縦に構える事で受け止め、
「られるか!?」
 大砲と膝が衝突した直後、男がバック転をするように倒立した。見れば男の左腕が病院に突き立てられている。否、突き立っているのは、腕だけではない。
「刃を刺しての倒立……!」
 男の肘先から生える幾つもの細かい刃、その先端が床に埋まっていた。左腕という支柱を中心に、枝分かれした無数の足が地面に突き立てられているのは、三脚のシルエットに近い。
 固定された左腕を支えに、男は強引に倒立姿勢を作る。そしてディエチを見上げて、
「この刃は立つ為だけではないぞ」
 言った直後、ディエチの足下から六つの刃が飛び出していた。位置は前方、後方、左右の斜め前後、六角形を結ぶ陣形は、ディエチの移動を封鎖する。
「これは!?」
「包囲刃、とでも言おうか。……これをどう捌く!?」
 既に六枚の刃は頭上を包囲、縦線のみの格子としてディエチを囲んでいる。もはや回避は不能、迎撃するのも難しい。イメーノスカノンを振るには包囲が狭く、素手で刃に触れれば切り裂かれるからだ。
 ち、と舌打ちする間にも刃が天井部で結合、一つの大きな鏃を形成した。こちらを頭上から突き潰す事を目的として鏃の基部が伸張、ディエチに向かって勢い良く突撃する。
 故にディエチが、
「な」
 自ら刃に突っ込んだ時、男は目を剥いた。
 ディエチが向かったのは刃と刃の間、勿論そこに人が通れる間隔などではない。本数の関係上、狭いとは言えないが五体満足で抜ける事は出来ない。どんなに身体を捻ろうと、必ず四肢のどれかが刃に触れる。
 だからディエチは、進んで左脚を削った。刃に触れた左の太腿に刃が切り込み、何の抵抗も無く膝を刎ね飛ばした。引き換えにディエチの体躯は体積を激減、イメーノスカノンさえ抱えて包囲を脱出する。
 背後とした包囲の中で、鏃が床を貫徹するのをディエチは聞いた。そして右だけになった脚で、跳ぶ。力みが残された左脚にも伝わり、断面から血が噴き出す。激痛も抜けるが、それは歯を食いしばって耐えた。
 右脚一本の跳躍は不安定、だがイメーノスカノンという長い得物ならばある程度を度外視出来る。横向きにして振り下ろす軌道、軽くなった身体で強打を作るため全身を捻り込ませた。
 一方の男は床に潜らせた刃を切り離して倒立を解除、両脚で着地して起き上がろうとするが、中腰のそれは顔面を振り抜きの軌道上に晒している状態だ。大振りの一撃が、男の顔面に迫る。
「――受けろ!」
 倒れるのを利用した強打が男に迫り、しかし得たものはディエチの予想に反したものだった。
 手応えが。
 余りにも。
……柔らかい……!?
 のだ。
 確かに肉を打つ感触であり、骨が折れる様な音もした。しかし顔面、そうでないにしろ上半身を打ったにしては異常な手応えだ。挽き肉にも似たその正体は何だ、とディエチは思う。
 止められたイメーノスカノンを支えに首を回し、見定めた感触の正体は、
「右腕!」
 青黒く腐った男の右腕が、イメーノスカノンを受け止めている。左手が右の手首を握り込んでおり、垂れ下がった縄をつまみ上げる様な仕草だ。その肘から先は、イメーノスカノンによってVの字に折れていた。
……私が左脚を犠牲にした様に……
「右腕を犠牲にしたの!?」
「腐った腕だ。だが――だからこそ緩衝には役立つ」
 神経も死んでいたのだろう、右腕が原形も残さずにひしゃげているというのに、男の顔に苦痛の色はなかった。
 そして、ディエチの右脚が着地する。
「あ……」
 着地によって攻撃力が弱まった。もはや、男が左手を右腕から離しても問題が無い程に。
 せめて振り抜いて攻撃を続行しよう、その立て直しも男がイメーノスカノンを押さえた事で阻止された。左手の五指がイメーノスカノンを掴んで動かさせない。
 と、男にとっての右側に立っているディエチの視界に、味噌の様に崩れた右腕が垂れ下がってくる。
「狂ってる……!」
「そう、俺は狂っている」
 そこで再び、男は笑った。
 ひび割れた様に口角を吊り上げる、笑みだった。
「――怒り、狂っているのさ」
 そして、イメーノスカノンを掴む五指が力み、
「故に貴様は殺される」
 危険。
 その予感に、髪が逆立った。
「く……っ!」
 イメーノスカノンを手放した直後、男の左腕から何本もの刃が伸びる。
 刃の群は、懇切丁寧にイメーノスカノンを細切れにした。
 砲塔は、曲線の鉄板に。
 装甲は、分厚い鉄板に。
 グリップもコンソールも内蔵した機器も、全てがサイコロ並みに分断されていく。爆発はなかった。そうする間もない程に易々と切り裂かれたからだ。
 イメーノスカノン。
 ディエチが持つ最後の武器。
 それが失われた瞬間だった。
「はは……ッ」
 そして、男の哄笑が響く。
「貴様の武器は砕けたぞ!」
 男の左腕がディエチへと伸ばされ、
「――次は貴様自身が砕けろ!!」


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