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魔法少女、これからも。(中編) ◆Vj6e1anjAc




 先行したガジェットの軍団が、聖王のゆりかごへと向かっていって。
 3人組の妹達が、それを追うように出撃して。
 高町なのはとユーノ・スクライアの2人が、彼女らを迎え撃つために出てくる。
「聖王陛下サマは出てこないのね」
 ドゥーエは脱出艇の操縦席につき、その光景を頬杖をつきながら眺めていた。
「出せないのよ。ゆりかごのシステムは、彼女の生命反応がなければ機能しないから」
「それもそうか」
 どうやら敵はこちらの逮捕よりも、ゆりかごによる逃走を優先させるつもりらしい。
 なるほど、あのボロボロな状態ならば、その方が賢明な判断か。
 ウーノの返事を耳に入れながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
 その傍らで長女の五指は、せわしなくキーボードを叩いている。
 戦況に応じてガジェットのAIを書き換え、戦術をリアルタイムで変更しているのだ。
 さすがに何百何千という機体を動かすのは無理だそうだが、これくらいならばギリギリ許容範囲とのこと。
「……ま、せいぜい高見の見物でもさせてもらおうかしら」
 言いながら、ドゥーエは両手を後頭部で組み合わせた。
 今の彼女に仕事はない。せいぜいスカリエッティとのコンタクトを試し続けるくらいだ。
 戦闘能力に乏しく、ウーノ程のスキルもない隠密型には、できることなどさしてないだろう。
 今回の仕事は、プレシアを刺し殺しておしまいか。
 そんな暢気なことを考えながら、未だ返事をよこさない、通信画面を見つめていた。


「はあぁぁぁぁーっ!」
 女の叫びが戦場を揺らす。
 女の右手が風を切り裂く。
 妖しく煌めく太刀筋が、緑色の軌跡を描いた。
 轟――鳴り響くは破壊の咆哮。
 刀身から放たれた莫大な妖気が、無数の敵機へと襲いかかる。
 爆散。爆裂。そして爆砕。
 まるで獣の軍勢だ。鉄の軍勢を噛み砕き、飲み込み蹂躙する剣の波動を、エースオブエースはそう評していた。
「IS発動、レイストーム」
「!」
 上空より響く、声。
 程なくして天から殺到するのは、雲霞のごときレーザーの束。
 殺意を孕んだ光の嵐を、縫うようにしてかわしていく。
 白衣の女が天に向けるは、腰だめに構えた漆黒の杖。
「ディバィィィーンッ――」
 魔法の呪文を口にした。
 桜花の光が杖に宿った。
 己が身より湧き上がる奇跡の波動を、練り上げかき集め砲弾へと変える。
 魔力スフィアの照り返しを受け、バリアジャケットを輝かせる姿は、さながら神話に謳われた女神か。
「バスタァァァァァ―――ッ!!」
 それが奇跡の砲弾のトリガーだ。
 チャージされた桃色の魔力が、叫びと共に解放される。
 風を唸らせ、大気を焦がし。
 伝説の龍のブレスのごとく。
 膨大なエネルギーの奔流が、一条の光線となって発射された。
「っ……」
 目標には、当たらず。
 茶髪を短く切った戦闘機人には、しかし命中することなく。
 敵の射撃をことごとく飲み込み、天上高く放たれたそれは、虚空を穿つのみに留まった。
「アクセルシューター!」
 黒杖ルシフェリオンを振る動作に合わせ、魔力の宝珠が展開される。
 逃げるターゲットを追いかけるべく、10発の誘導弾を連続発射。
 反撃に放たれた緑の光雨は、自身がそうしたようにかわしていった。
 しかし半数が避け切れず、空中で相殺・四散した。
 そして残り半数も、横合いから飛んできたブーメランに、次々と叩き落とされていく。
「くっ……!」
 そして今度は、右脇からの強襲だ。
 弾丸のごとき速度で突っ込んでくるガジェットⅡ型を、右手の妖刀で叩き落とす。
 両断された残骸は、しばし虚しく宙を舞い、彼女の背後で爆発した。
 魔性の剛剣・爆砕牙を構え直し、女は態勢を立て直す。
「はぁ、はぁっ……」
 微かに息を荒げながら、エースオブエース・高町なのはは、次なる敵機へと魔力弾を放った。
 今の彼女の戦闘スタイルは、爆砕牙とルシフェリオンの二刀流だ。
 そうでもして立ち回らなければ、とても手数が足りなかった。
 恐らくフィールドから出たことで、能力制限から解き放たれたのだろう。
 あのアルハザードを脱出してから、魔法の調子は元に戻っていた。
 しかし、もはやその程度の条件では、余裕を取り戻すには至れないのだ。
 日付が変わってからの6時間の中で、なのはは二度もの激戦を繰り広げていた。
 呪われし魔剣を携えた、異世界の八神はやてとの苦闘。
 最強の不死者を自負していた、コーカサスアンデッドとの死闘。
 立て続けに行われた戦いは、なのはの魔力と体力を、極限まで奪い取っていたのだ。
(このままじゃジリ貧だ……!)
 眼下のユーノを見やりながら。
 焦りの冷や汗を浮かべながら。
 放たれるガジェットのレーザーを、プロテクションの光で防いだ。
 双剣の機人を相手取る彼も、どうにか防衛線を築いてはいるが、
 恐らくは自分同様、かなり厳しい戦いを強いられているだろう。
 疲労は鎖となって四肢に付きまとい、負傷は体力を五体から削ぎ落とす。
 本来なら楽勝であるはずのガジェットとの戦いが、今はどうしようもなくキツい。
 そこに3体ものナンバーズだ。勝算の有無は、火を見るよりも明らかだった。
「っ!?」
 その瞬間、背後より襲いかかる気配。
 反応した時には既に遅かった。
 極限状態に追いつめられたなのはは、それほどまでに判断力を削られていた。
 触手のごとく迫るのは、ガジェットⅠ型の真紅のコード。
 総勢4機の鉄の機影が、純白の四肢へと絡みつく。
「くぅっ……!」」
 無人兵器の金のモノアイが、視界の片隅でちかちかと光る。
 ぎりぎりと込められる圧力が、女の手足の自由を奪う。
 利き腕でない方の右手から、爆砕牙がすり抜けるようにして落ちた。
 両手両足を縛られたなのはは、空中で大の字になって拘束されていた。
「なのは! うわっ……!」
「ユーノ君っ!」
 眼下から響いてきた悲鳴に、弾かれたようにして視線を向ける。
 地上を見れば、ガジェットの一斉砲火を喰らったユーノが、後方へと吹っ飛ばされる姿が目に移った。
 そしてそこへと迫る追撃の影。
 茶髪の少女の振り上げる双剣と、桃髪の女が構えるブーメラン。
 このままでは彼が八つ裂きにされる――!
「っ……レイジングハート、ブラスタービット!」
 首から提げた愛機へと号令。
 同時に背後に顕現するのは、黄金に輝く4つの聖槍。
 レイジングハートの穂先を模した、合計4基の機動砲台が、なのはの背中から一斉に放たれる。
 斬――と触手を切り裂いたビットは、その勢いを保ったまま、ユーノの待つ地上へと飛び去った。
 天を舞い地へと迫る様は、さながら宇宙より降り注ぐ金色の流星。
 その先端より放たれるのは、彗星のごとく煌めく灼熱の砲火。
 どん、どん、どん、どん。
 連続して放たれた砲撃が、ディードとセッテの2人を牽制する。
《すまない、なのは》
 敵が後ずさった隙に、態勢を立て直したユーノから、なのはの脳へと念話が届いた。
《どういたしまして。それより、ユーノ君……》
《うん、思った以上に消耗が響いてる……このままじゃじきに押し切られるよ》
 聞くや否や、耳に飛び込んできたのは爆発音。
 先ほど放ったブラスタービットが、オットーのレイストームに撃ち落とされたのだ。
 ひび割れ傷ついたフォルムが、爆炎に呑まれ消えていく。
 その様はまさに未来の暗示だ。金の装甲に映ったのは、なのは自身の顔だった。
《……ユーノ君。ほんの少しの間でいいから、敵の戦闘機人を一か所に留められる?》
 故になのははそう切りだした。
 これ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない。
 そうなれば我が身どころか、ヴィヴィオ諸共共倒れだ。
 この身に限界が来る前に、勝負をつけなければならなかった。
 この力が枯れ果てる前に、覚悟を決めなければならなかった。
《やってみせるよ。というか、ちょうど同じことを考えてたところだ》
《何だかんだ言って、考えることは一緒か》
《君の考えくらい分かるよ。お互い、付き合い長かったしね》
 くすり、と互いに苦笑を向き合わせた。
 こんな状況でも笑っていられるのは、暢気というか、何というか。
 まぁそれでも、そんな気分になってしまうのも仕方ない。
 今肩を並べて戦っているユーノは、異なる世界で生きてきた、それも4年も前の人間なのに。
 それでも心が通じ合うというのが、何だかおかしく感じられて、何だか暖かく感じられたから。
《――ヴィヴィオ、聞こえる?》
 さぁ、そろそろ始めよう。
 そのためにはもう1つだけ、条件を満たす必要がある。
 最後の準備を整えるべく、なのはは後方へと念話を飛ばした。


「なのはママ……!」
 聖王のゆりかご、玉座の間。
 そこに1人残されたヴィヴィオは、苦闘を続ける魔導師の姿を、不安げな視線をもって見つめていた。
 ぐ、と手のひらを握りしめる。
 もどかしい。
 もっと早くゆりかごが直れば、彼女達を回収して逃げることができるのに。
 自分がここから離れられれば、飛び込んで共に戦うことができるのに。
 誰も死なせないと決めた誓いを、今の自分は果たせずにいる。
 事実は自責となって胸に刺さり、ヴィヴィオの心を苛んでいく。
 だが、それももうすぐ終わりだ。既にゆりかごの自己修復は、残り20パーセントを切っている。
 完全に修復が完了すれば、なのは達を助けに行ける――
《――ヴィヴィオ、聞こえる?》
 そこまで思考した、その瞬間。
 外の光景が大映しになったモニターに、新たなウィンドウが表示された。
 画面越しに伝わってくるのは、母なのはから届いた念話だ。
「ママ? どうしたの?」
 一体何があったのだろうか。まさか、何か悪い知らせでもあるのだろうか。
 嫌な予感を感じ取ったヴィヴィオは、おずおずとなのはに問いかける。
 その様子は幼子そのものだ。
 聖王モードと化したことで、大きく成長した姿には、ひどく不釣り合いな仕種だった。
《今、ゆりかごの修復率はどれくらい?》
「84パーセント……もうすぐ、また飛び立てるようになるよ」
《うん、ならいいんだ……いい、ヴィヴィオ? ゆりかごが飛べるようになったら、すぐにこの世界から離脱して》
「えっ……!?」
 一瞬、耳を疑った。
 目の前の顔が発した声を、言葉通りに受け止められなかった。
 世界が反転したかのような。
 天と地がひっくり返ったかのような、衝撃と虚脱感が襲いかかった。
 何だ、それは?
 この人は一体何を言っているんだ?
 すぐにこの世界から離脱? 馬鹿な。そんなことができるものか。
 それはつまり修理が終わったら、なのは達の帰還を待たず、即座に逃げろということじゃないか。
 冗談じゃない。それじゃあ筋が通らないじゃないか。
 みんなで帰ると決めたはずなのに、何故2人を見捨てなければならないのだ。
「なのはママ……それって、どういう……」
 軽い放心状態の中、何とかそれだけを口にした。
《残念だけど、ママ達はもう帰れないの……
 今ここで私達が、ゆりかごに戻るために後退したら、そのまま敵に押し切られちゃう。
 だから私達は、ヴィヴィオを無事に帰すために、敵を抑えておかなくちゃならない》
 理屈で判断するのなら、なのはの言うことはもっともだ。
 少しずつ減ってきてはいるが、それでもガジェットの数はまだ多い。戦闘機人に至っては、未だ3機とも健在だ。
 浮上時の無防備なところを狙われれば、所詮レプリカにすぎないゆりかごは、あっという間に攻略されてしまうだろう。
「そんな……そんなの駄目だよっ!」
 それでも、そんなものはあくまで理屈だ。
 理屈と感情は全くの別物だ。
 そんな事実を受け入れられるほど、ヴィヴィオは冷徹な人間ではなかった。
「ユーノさんや、なのはママを置いてくなんて……ママ達を守るって、決めたのにっ……!」
 涙がぼろぼろと溢れ出す。
 ルビーとエメラルドが水滴に滲む。
 オッドアイの両目から、とめどなく雫が込み上げてきた。
 もう少しで、手が届くのに。
 もう少しで、助けに行けたのに。
 それでも諦めなければならないのか。最愛の母を捨て置いて、自分1人だけで生き延びなければならないのか。
 そんな残酷な結論を、貴方は私に迫るというのか――!
《――大丈夫》
 刹那。
 耳を打った、母の声。
 今まで自分を支えてくれた、優しくも力強いエースの声。
 今まで自分を愛してくれた、慈愛に満ちたなのはの声だ。
《ヴィヴィオは、私に言ってくれたよね。ひとりで立って歩けるって……私みたいに強くなるって》
 画面に映った母の顔は、これまで見てきたどの顔よりも、優しく穏やかに笑っていた。
 この戦乱の最中にありながら。
 まるで戦闘などなかったかのように。
 画面越しの高町なのはは、何度となく惹かれたその笑顔を、涙するヴィヴィオに向けている。
《だから私は、ヴィヴィオに“これから”を託せるの。
 ひとりでも歩いていけるって……強く優しくなるって信じてるから、ヴィヴィオを送り出していけるんだよ》
 生まれて初めて巡り会った、自分に優しくしてくれる人。
 生まれて初めてこうなりたいと思えた、誰よりも強く立派な人。
 生まれた時からずっとずっと、私を支えてくれたなのはママ。
 生まれた時からずっとずっと、私を愛してくれたなのはママ。
《だからお願い。ヴィヴィオだけは生き延びて。
 この事件に巻き込まれた、全ての人達が生きた証を、生きて帰って、みんなに伝えて。
 きっとそれが私達の――生きた証になるはずだから》
 ああ、ずるいなぁ。
 そんな笑顔を向けられたら、断るに断れなくなってしまう。
 もうどんな反論も無駄なのだと、思い知らされてしまうじゃないか。
「……うん……」
 高町なのはの最大の強さは、圧倒的な大火力でも、堅牢無比の防御力でもない。
 自分がこうと決めたなら、最後までその道を貫き通す、決して折れない不屈の心だ。
 そのなのはママが心に決めた想いを、誰かに止められるはずもない。
 そのなのはママが心に抱いた願いを、誰かが止めていいはずもない。
「約束するよ……必ず、生きてミッドチルダに帰るって……みんなが生きてきた証は……絶対に無駄にしないって」
 改めて、誓いを口にした。
 貫き通すと決めた想いを、声に出して宣言した。
 それが高町なのはにとって、せめてもの救いとなるのなら。
 それが高町なのはにとって、一番の報いになるのなら。
《ありがとう――》
 最高の笑顔をその顔に浮かべて、ヴィヴィオの愛したなのはママは、モニターの上から姿を消した。


 願いは伝えた。
 想いは届けた。
 これでいい。思い残すことはなくなった。
 これでもう何も怖くない。
 どんな戦いであろうとも、迷うことなく飛び込んでいける。
 たとえこの身体が朽ち果てようとも、一切の後悔を抱くことなく、この身を捧げることができる。
 この身がこの地に眠っても、その魂は死ぬことはなく。
 受け継いだあの子が生きる限り、永遠に生き続けるだろう。
《……いくよ、なのは》
 ああ、なんてことだろう。
 今にも死んでしまいそうなほど、身体中が軋んでいるのに。
 命を投げ出すような作戦に、身を投げ込もうとしているのに。
 この殺し合いで多くを喪ったあの子の背中に、自分の死すらも背負わせようとしているというのに。
《うん》
 私は今――この上なく幸せに感じてしまっているのだ。


(何をする気なんだ、あれは?)
 内心でオットーが訝しがる。
 高町なのはが奇妙な行動に出たのは、ちょうどこの瞬間だった。
 これまで戦闘行動を続けていた、白いバリアジャケットの魔導師が、突如高度を上げ始めたのだ。
 高く、ただ高く。
 上へ、上へと飛んでいく。
 ちょうど今まさに彼女と戦っていた自分の、およそ倍の高度まで上がったところで、彼女は静かに停止した。
 分かっているはずだ。
 そんな高度に敵はいないということも。
 そんなことに意味はないということも。
 ならば何故、そこまで飛ぶ?
 ゆりかごを守らなければならないこの状況で、何故戦場からわざわざ遠ざかる必要がある?
《まずいわね……彼女、集束砲のチャージを始めるつもりだわ》
 その疑問は即座に氷解した。
 己が身体に組み込まれた無線に、ウーノが通信を入れてきたからだ。
 なるほど確かに、それならばあの行動にも合点がいく。
 強力な魔法のチャージを行う際、その術者は完全に無防備になる。
 敵の攻撃を逃れるために、射程外へ退避したというのなら、合理的だと言えるだろう。
《撃ち落としなさい。あれを撃たせては駄目よ》
 言われるまでもない。
 恐らく敵はこの一撃で、一気にケリをつけるつもりなのだろう。
 もちろん、既に敵は虫の息だ。普通なら警戒する程の相手ではない。
 しかし不屈のエースオブエースは、普通の範疇に収まる相手ではないのだ。
 たとえ満身創痍の身体でも、あの集束魔法を撃たれれば、こちらもただではすまなくなる。
 そうなるのは真っ平御免だった。故にレイストームの照準を、天上のなのはへと合わせた。
 びゅん、と。
 両脇から2つの影が飛び出す。
 ツインブレイズを携えたディードと、ブーメランブレードを構えたセッテが、ターゲット目掛けて上昇する。
 そちらの思うようにはさせない。
 むしろ我々3姉妹の手で、逆に高町なのはに終止符を打ってやる。
「――ぐぅっ!?」
 刹那。
 ぐっ、と何かが食い込むのを感じた。
 弾幕を放とうとした自分の身を、何物かが強固に圧迫する感触を覚えた。
 これは一体何なのだ。攻撃を止めたのは一体何だ。
 己が身体を見下ろした先には、緑の光を放つ魔力の鎖。
「ぅっ……!」
「ガ……ッ!」
 うめき声が近づいてくる。
 近づいたと思えば遠ざかる。
 頭上へ飛んでいったはずのディード達が、眼下へ落ちていくのを感じた。
 そして自分自身もまた、地上へと急速に手繰り寄せられていった。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
 風圧の中で耳にしたのは、ユーノ・スクライアの放つ雄叫び。
 緑の鎖の正体は、彼の魔力によって形成された、拘束魔法・チェーンバインド。
 魔道の枷を嵌められた身体は、懸命な抵抗も虚しく地に堕ちる。
 ウーノやドゥーエの待つ脱出艇へと、身体が勢いよく放り出される。
《そんな……一体どこに、あれほどの力が……!?》
 驚愕も露わなウーノの声が聞こえた。
 それはオットー自身も感じた驚愕だ。
「逃がす、ものかぁぁぁぁっ!」
 何故あの男はこうまでやれる。
 とうに魔力の尽きかけた男が、何故こうまで強力なバインドを発動できる。
 考えられる可能性があるなら、それは火事場の馬鹿力。
 自身の生存を度外視し、生命維持に必要なエネルギーさえも、根こそぎ発揮したが故の力。
 こいつはそれほどの覚悟なのか。
 それほどまでに思い詰めて、これだけの力を発揮したのか。
「くっ……!」
 避けられない。
 身動きがまるでとれやしない。
 このままではあの一撃を喰らってしまう。
 このまま反撃ができなければ、高町なのはの本気の一撃を、まともにこの身に浴びてしまう。
 エースオブエースの必殺技が――集束魔法の一撃が、来る!


「風は空に、星は天に――」
 ぽぅ、と輝く光があった。
 空に瞬く小さな光が、1つまた1つと浮かんでいった。
 夜空に煌めく星々のように、淡い光が天に浮かんで。
 夜空を駆ける流星のように、桜の光が天を走って。
 されど今は夜ではない。光の浮かぶ空は青く、天頂に座しているのは太陽だ。
 なればこそ、蒼天に煌めく星々は、自然の放つ煌めきではなく。
「――不屈の心は、この胸に」
 人の想いが手繰り寄せた、魔道の輝きに他ならなかった。

 円環をなすテンプレートが、天上を駆け廻り形を生む。
 青一色の大空へと、桜色のラインが刻まれていく。
 その円の中心にて脈動するのは、より強く大きな魔力の結晶。
 人が己の身より湧き立たせ、形を成した奇跡の力――超特大の魔力スフィアだ。
 光は全てを飲み込んでいく。
 暗黒のブラックホールのように、全ての光を取り込んでいく。
 高町なのはが繰り出した、幾多の攻撃魔法の桃の光も。
 ユーノ・スクライアが繰り出した、数多の防御魔法の緑の光も。
 この地の大気に漂っていた、様々な色の光でさえも。

 がしゃん、がしゃんと響く音。
 漆黒の杖に備えられた、カートリッジシステムの駆動音。
 鋼の弾丸に封じられた魔力が、コッキング音と共に解放される。
 この身の魔力は僅かしかない。一撃で勝負を決するためには、限界までエネルギーを取り込まねばならない。
 デイパックの中に貯め込んでいた、予備のカートリッジさえもロード。
 10発、20発と装填した弾丸が、己が身に魔力を注ぎ込んでいく。
「――――――っ」
 同時に五体を襲うのは、苦痛。
 このルシフェリオンに備わった機能が、見た目通りのものであるなら。
 10年前のレイジングハートと、寸分たがわぬ構造であるのなら。
 当時未成熟であったカートリッジ・システムは、術者の身体にも負担を強いる、諸刃の剣でもあるはずだった。
 数発ロードするだけでも、相当な苦痛を強いるものを、既に2桁も使っているのだ。
 その身にはね返る反動は、10年前の比ではなかった。
 狙いを定めようとするだけで、全身の関節が砕けそうになる。
 身体中の穴という穴から、鮮血がどくどくと溢れ出てくる。
 目の前は霞み、意識は揺らぎ、もはや足元すらもおぼつかず、地へと墜ちてしまいそうになる。

 それでも。
 だとしても。
 構うものか、と杖を握った。
 負けるものかと己を鼓舞した。
 どうせこの身はここで朽ちる。この一撃を放てば最期、高町なのはの肉体は、永遠に失われることになる。
 ならば、何を気にすることがあろうか。
 何を恐れることがあろうか。
 どうせ中途半端に痛むくらいなら、地獄の苦痛を味わってもいい。
 不発に終わるくらいなら、全力全開の覚悟で臨む。
 痛みと苦しみに震える手を、確固たる意志で構えさせた。
 血の涙が流れる双眸を、不屈の心で見開かせた。
 持てる力の全てを込めて、狙うべき標的を確かに見定め、脈動するスフィアを地へと向けた。

 轟――と。
 耳に入った爆音は、自身の放ったものではない。
 遥か眼下に身を横たえた、聖王のゆりかごの船体が、再び浮上を開始したのだ。
 まったく、妙にちょうどいいタイミングで浮き上がるものだ。
 ほんの少し、苦笑が漏れた。
 ならばそれも悪くない。
 この命の最期の一花を、愛娘に見せつけてやるのも悪くない。
 ああ、そうだ。そうしよう。
 これから放つ一撃を、彼女への餞別に捧げよう。
 この命の全てを燃やし尽くし、盛大な花火で見送ってやろう。
 それが母親としてしてやれる、最期のことであるならば。
 エースオブエースと謳われた己の、持てる力と誇りの全てを、この一撃に注ぎ込んでやる。

「受けてみて」
 デバイスの非殺傷モードを解除。
 ありとあらゆるリミッターを解放し、星の光を最大限に高める。
 殺さずに捕えるという選択肢は、既に存在していなかった。
 眼下に拘束された者達は、どの道ミッドチルダへ連れて行くことはできない。
 余計な手心を加えていては、確実にヴィヴィオを守りきることはできないかもしれない。
 故に、一切の手加減はできない。彼女達には悪いとは思うが、目の前の標的は、ここで消す。
 長きに渡る戦いの果てに、最後にたどりついたのは。
 死と殺戮のゲームの中で、力強く否定し続けてきたはずの、殺意という名の意識だった。
「正真正銘――」
 それでも、それを悔やむつもりはない。
 後悔なんてあるはずがない。
 自分自身で選んだ道だ。
 他の誰でもない自分が選び、自分の手足で道を進み、自分の意志で示した選択肢だ。
 殺人の業は自分で背負う。
 自分で決めたことならば、自分で受け止めることができる。
 だから、この手を止めはしない。
 決して歩みを止めることなく、自分の道を貫いてみせる。
「――これが最後の、全力全開!」
 魔法の杖を高々と掲げた。
 決意の言葉を高らかに叫んだ。
 大気をも震わす桜花の光は、自身が最も頼りとする超新星の煌めき。
 管理局最強のエースとまで呼ばれた、高町なのはが思い描く、何物にも敗れぬ最強のイメージ。
 この身に宿す力を。
 この身が描く奇跡を。
 今、万感の想いと共に。
 揺らぐことなく駆け抜けた、不屈の誓いの名の下に。
 これが高町なのはの放つ、一世一代の輝きだ――!



「スターライトォォォ―――ブレイカアアァァァァァァァァ―――――――――ッッッ!!!」



 奇跡の名前を口にした。
 それが最後のトリガーだった。
 煌々と輝く極星は、引き金を引かれた弾丸は、遂に地上へと発射された。

 極限まで練り上げられた集束砲は、その軌道を微塵もぶれさせることなく、鮮やかな直線を描いて降下する。
 仮に彼方から見た者がいれば、それは美しき彗星として、その者の瞳に映るだろう。
 されどそこに込められた破壊力は、彗星と呼ぶにはあまりにも苛烈。
 目の前の大気の壁はぶち破った。
 目の前に漂う空気は焼き焦がした。
 必倒? 必殺? もはや必滅の領域だろうか。
 全天全地、三千世界の果てまでも、万象一切を滅ぼさんばかりの一撃は、さながら新星の大爆発。
 熾烈、激烈、そして猛烈。
 いかな形容詞を並べようとも、その本質には届かない。
 いかに言葉で言い表そうとも、その真実には至らない。
 宇宙創成の瞬間を、誰も見たことがないように。
 天地創造の大爆発を、誰も言い表すことができないように。

 道理の通らぬことが起きた時、人はそれを奇跡と呼ぶ。
 道理を捻じ曲げてみせるからこそ、奇跡は奇跡として存在たりえる。
 故に幾千万の奇跡を束ね、一条の光へとまとめた波動は、
 地表へと着弾した瞬間、容易く世界の法則を捻じ曲げた。
 雲ひとつないサバンナの大地に、巻き起こったのは熱風の嵐。
 弾丸につきまとった衝撃波が、地表を舐め回し駆け廻り、獰猛な竜巻を形成する。
 サイクロンをなす熱風は、その場に在った一切を、瞬きの間に蒸発させた。
 無様に大地に横たわった、半壊状態の脱出艇も。
 血と肉と鋼を元に構成された、一騎当千の超人達も。
 超人達をも抑え込んでいた、魔性に輝く緑の鎖も。
 死を前に微笑みさえ浮かべていた、盾と結界を操る魔導師すらも。
 そこに善悪の区別はなく、有象無象の容赦もなく。
 全てが平等に公平に、極大の奇跡へと飲み込まれ、存在を無為へと掻き消されていく。

 どん、と爆発音が続いた。
 最初に悲鳴を上げたのは、ナンバーズの脱出艇の動力だ。
 スラスター周辺の故障により、容易く魔力の侵入を許したそれは、なす術もなく爆炎によじれた。
 続いて炸裂したものは、彼女らが運んでいた積み荷だ。
 プレシア・テスタロッサの研究成果には、当然ロストロギアの現物も存在する。
 言うなれば火事に晒されたダイナマイト。
 それが途方もないほどに、規模を拡大させたと考えればいい。
 アルハザードの技術によって、大量の魔力を蓄えた遺失物は、次々と大爆発を起こし消えた。
 激突が衝撃を巻き起こし。
 衝撃が新たな衝撃を呼ぶ。
 大地をめくり、岩盤を削り。
 無間地獄をも連想させる破壊の連鎖は、戦場一帯を丸々呑み込み、世界に巨大な風穴を開けた。
 見る者の網膜を、聞く者の鼓膜をも焼き切らんばかりの大爆発は、
 この文明なき辺境の世界に、深々とクレーターを刻んだのだった。

 目を覆いたくなるほどのカラミティが過ぎ去り。
 耳を疑いたくなるほどの静寂が訪れ。
 ぱらぱらと虚空を舞う桃色の残滓と、もうもうと立ち込める灰色の煙のみが、世界の全てを支配した頃。
 純白の装束に身を包んだ天使が、ゆっくりと戦場跡へ墜ちていった。
 ふわり、ふわりと風を掴み。
 重力が衰えたかのような緩慢さで。
 まるで桜の花びらのような、光の群れに包まれて。
 ぼろぼろに引き裂けた戦装束を、翼のように羽ばたかせながら、魔導師の成れの果てが地に墜ちていく。
 もう、何も残っていない。
 自らが生み出した弾丸は、自らの身体の力の全てを、根こそぎ奪い取ってしまった。
 天を掴む羽は実体を失い。
 地を貫く杖は身を砕かれた。
 もはや生きているのかどうかさえも、曖昧となった搾り滓が、ゆっくりと焦土へと向かっていく。



「……なのはママァァァァァァァ―――っ!!!」



 聞こえるはずのない声が、彼女の耳に届いた気がした。

 墜ちていく魔法使いの顔に、笑みが浮かんでいたような気がした。


「やーれやれ、結局今回は出番なしか……」
 退屈そうな女の声が、薄暗い部屋にこだまする。
 無人となった時の庭園の、プレシア・テスタロッサの部屋。
 誰もいないはずのその部屋で、1人のうら若い女性が、大魔導師の椅子に腰かけていた。
「邪悪な魔女と化学者は、正義の味方に退治され、悪夢のゲームはめでたくおしまい……
 ……何となく嫌な予感はしてたから、元々目立たないようにはしてたんだけどねぇ」
 ぐわん、とリクライニングを傾けながら、右手を高々と掲げる。
 外見年齢の割には大人げない仕種で、手に握った携帯端末をいじり回す。
 左肩に刻み込まれた、藍色の羽の刺青が、妙に印象に残る女だった。
「ま、異世界の技術が手に入っただけでも、収穫とさせてもらいますかね」
 言いながら、ひょいっ、と席を立った。
 背もたれを倒し寝そべっていた身体を、飛び跳ねるようにして軽やかに起こす。
 かつりと漆黒のブーツを鳴らして、女は出口へ向かって歩いていった。
「それにこれだけの小説があれば、しばらく暇潰しには困らないだろうし」
 にっかと笑って見つめたものは、右手に持った携帯端末。
 『CROSS-NANOHA』――表示されたアルファベットは、キングの携帯電話に登録されたサイトと、全く同じ名前だった。
 違うところを挙げるならば、そこに蓄えられた蔵書量か。
 プレシアが観測者の世界と評した世界――そこに存在するオリジナルのサイトと、
 寸分たがわぬ量のテキストが、彼女の端末には保存されていた。
 この実験における女の貢献度は、あのジェイル・スカリエッティに比べればあまりにも低い。
 せいぜい強固な首輪を作るために、自分達の特異体質のデータを、プレシアに与えてやったくらいだ。
 当然、大した見返りを望める立場ではない。
 だからこそ彼女は、プレシアにとって価値が薄そうで、なおかつ自分にとっては楽しめるもの――この小説を報酬として所望した。
 これが見事に大当たりだったのは、僥倖としか言いようがない。
 管理局の英雄達や、異世界のヒーロー達の活躍を、様々な解釈・見地から楽しむことができるのだ。
 史実通りとまでは行かずとも、アクション小説・時代劇小説としては、十分に楽しめるものだった。
「さってと! みんなも待たせちゃってるし、そろそろ元の世界に帰りましょうか」
 ぱたん、と携帯端末を閉じる。
 ぷしゅ、と自動ドアを開く。
 黒ずくめの衣装を翻し、硬質なブーツの足音を鳴らして。
 藍の羽のタトゥーを持った、プレシア・テスタロッサの最後の協力者は、誰にも知られることなく庭園を去った。
「これにてバトルロワイアルは終了。
 フッケバインの大親分――カレン・フッケバイン姉さんは、本業に戻らせてもらいますよ、っと」


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