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Beautiful Amulet(中編) ◆gFOqjEuBs6




「やれやれ、こちらの手駒も随分と削られてしまった様だねぇ」

 白衣を着たスカリエッティが、一人ごちる。
 憂いの籠った声色は、しかし笑顔で以て紡がれた。
 その表情をにやりと歪めて、金色の瞳でモニターを見る。
 そこに映るのは、悠然と歩を進める碧銀の少女。
 既に迎撃に向かったセインも、ノーヴェも、ウェンディも……最早使い物にならない。
 彼女らは、あろう事か三人掛かりで徒手空拳の女一人にすら勝つ事が出来なかった。
 圧倒的な力量差の前に、見事に三人揃って撃破せしめられたのだ。

「まさか彼女がこうまで粘るとは。いやはや、大魔道師と呼ばれるだけの事はある。
 これでナンバーズの残存兵力もたったの一人になってしまったよ」

 胸中でプレシアを思い描き、笑う。
 No.1、No.2、No.7、No.8、No.12は時の庭園へ出向中。
 最新の連絡で、現在こちらへ帰還する為に脱出艇を発進させたとの話は聞いている。
 されど、遠く離れた異世界からこのミッドチルダへ帰還するとなると、否応なしに時間も掛かる。
 故に現状では役立たずだ。今まさにここに乗り込まんとしている敵への対抗戦力にはなり得ない。

 では他のナンバーズはどうか。
 まず、No.4、No.5、No.10の三人はプレシアのデスゲームにて死亡。
 彼女らはプレシアの技術を使用し、それぞれこの世界の別々の時間軸から呼び出した。
 これは純粋に、タイムパラドックスを利用した技術に、スカリエッティ自身も興味があったからだ。
 実験の一環と参加者の確保を兼ねて、自らの戦力たるナンバーズをデスゲームに参加させた。

 次に、No.6、No.9、No.11の三人。
 彼女らは、今し方現れた侵入者によって叩き潰されたばかりだ。
 では、何故更生組に分類されていた筈の彼女ら三人が再びナンバーズの兵士に戻ったのか。
 簡単な話だ。コンシデレーション・コンソールを使用し、強制的に洗脳状態に置き、脱獄させただけの事。
 結果、かつて聖王ヴィヴィオを操った装置は、三人を従わせる分には十分過ぎる効果を発揮してくれた。
 ……といっても、倒されてしまった以上、所詮は役立たずなのだが。

 これらは全て、スカリエッティにとっては実験、というよりゲームでしかなかった。
 だけれど、如何にゲームと言えど流石に戦力をここまで潰されてしまった事に関しては予想外。
 時の庭園に向かわせた五人にはプレシアの戦力を完全に破壊しろと命じたし、それは確かに実行された筈。
 実質的に戦場となるのは時の庭園だし、戦闘能力だって申し分のないナンバーズを、五人も送ったのだ。
 確実に勝てるだけの戦力を寄越して、綿密に立てられたプレシアの殺害計画。
 それがよもやしくじるなどとは夢にも思うまい。
 全てはスカリエッティの思惑通りに進んでいたと、そう思っていたのだから。

 なのに、まさかプレシアがあんな隠し玉を持っていたなどと、誰が想像出来ようか。
 ナンバーズ三人を潰した侵入者は、スカリエッティの知るどの世界の住人とも合致しない。
 かといって、デスゲームの終了時点から突然現れた第三者とも考え難い。
 スカリエッティの裏切りから間髪入れず、これだけスムーズにこの場所まで辿り着いたのだ。
 恐らく最初からこの場所へ転送される事も、プレシアの計画の内に入って居たのだろう。
 言わば彼女はスカリエッティの一人勝ちを防ぐためだけに用意されたプレシアの最後の駒。
 その為だけに最初から用意され、その時が来るまで眠らされていた哀れな駒。
 それが今こうして、自分の命を狩り取ろうと迫っているのだ。

「もうウーノ達も帰っては来ないだろうなぁ」

 不敵な笑みと共に告げる。
 以上の事から考えるに、プレシアは相当自分を警戒していたのだろう。
 殺される事自体は防げなかったとは言え、その後の罠ならいくらでも仕掛けられる。
 プレシアはスカリエッティの裏切りまで考えてあの少女を送り込んだとするなら――
 脱出に使われるであろう脱出艇……或いは、時の庭園の周囲の空間にも、罠が仕掛けられている可能性が高い。
 ならばもう、成す術はないのだろう。あれだけ求めたアルハザードの技術も手に入らないかもしれない。
 どうしたものか、と考える。
 と、そんな時であった。

 どごんっ! と、響き渡る轟音。
 スカリエッティの後方のドアが、軋みを上げる。
 洞窟内に造られたラボが僅かに振動し、ぱらぱらと砂埃が落下する。
 もう一撃、ドアに打撃が加えられて、今度はドア全体が大きく振動した。
 大きく変形したドアを見れば、そう長くは持たないという事もわかる。

「どうやら来たようだね」

 不敵に笑ったスカリエッティは、手元のコンソールを叩く。
 細く長い指が軽快なステップを刻み、キーを打ち込んで行く。
 これは最後のゲームを盛り上げる為の、最期のスパイスだ。
 そうだ。これこそ、命を賭けたデスゲームの最後を飾るに相応しい。

「私はタダでは終わらんよ」

 まだだ。まだまだ、お楽しみはこれからだ。
 プレシアとの主催陣営ゲームは、ここからが最後の駆け引き。

「はてさて――」

 最後に勝つのはプレシア側か、スカリエッティ側か。
 ドアを完全にブチ抜かれた事による轟音がスカリエッティの耳朶を叩いた。 
 それはまるで、最後のゲームの始まりを告げるゴングのようで。




 場所は変わって、市民公園内の公共魔法練習場。
 その名の通り、魔法の練習をする為に用意された大きなグラウンドだ。
 高町なのはが暮らしていた世界の常識で言い表すならば、サッカーのスタジアムに近い。
 眩くライトアップされたスタジアムの周囲は緑豊かな公園に囲まれて居て、非常に開放的な印象を受ける。
 そんなスタジアムのど真ん中、ライトアップの中心地で、構えを取る少女が二人。
 一人は三角のベルカ式魔法陣を足場に描いた少女――高町ヴィヴィオ。
 もう一人は、濃紺のバリアジャケットに身を包んだ少女――ノーヴェ・ナカジマ。
 お互いがお互いを視界に捉えて、不敵な笑みを交わす。
 先程行われた進級祝いにて、ヴィヴィオは新たなデバイスを受け取った。
 自分専用のデバイス……それは、ヴィヴィオ自身もずっと待ち望んでいた事だ。
 それ故、やはり今すぐにでも使いたいと思ってしまうのも、仕方の無い事と言える。
 しかも、今日はヴィヴィオの師匠たるノーヴェも同席しているのだ。
 なればこそ、これを機会にやる事はたった一つだ。

「準備はいいか、ヴィヴィオ?」
「うんっ! お手柔らかにお願いします」

 ノーヴェの問いに、一礼で返す。
 最早難しい説明などは不要だろう。
 今から始まるのは、デバイスの起動テスト……という名目の、練習試合。
 ヴィヴィオが尊敬し、師と仰ぐノーヴェが初陣の相手であるならば、不足もない。
 たっ、たっ、と地面を蹴ってステップを刻みながら、ノーヴェが問う。

「そういや新しいデバイスの名前はもう決まってるのか?」
「えへへ、実は名前も愛称ももう決まってるんだ」

 問いに答え、目の前に浮かぶ“うさぎのぬいぐるみ”に微笑みかける。
 ただのぬいぐるみと侮る無かれ。このうさぎはただのぬいぐるみではない。
 その本体はうさぎの中身、ヴィヴィオに合わせて造られた宝石状のデバイス。
 それを、ヴィヴィオと馴染みの深い形である“うさぎのぬいぐるみ”で偽装したもの。
 早い話が、うさぎのぬいぐるみの姿をした、最新式の高性能デバイスなのだ。
 そして、そんな素晴らしいデバイスを貰ったからには、強くならない訳にも行かない。
 ヴィヴィオの想いを汲んでくれたフェイトや、マリーに応える為にも。
 そして何よりも――最愛の母の想いに応える為にも。

「見ててね、なのはママ。わたしは強くなるから……
 なのはママから貰ったもの、今度は全部守り通すから」

 誰にともなく呟いた言葉は、今でも胸の中で生き続ける最愛の母へ向けて。
 あの日の戦いで確かにヴィヴィオは一度リンカーコアを失った。
 だけど、今この身体には、確かに聖王の力を引き出す為の魔力が満ちている。
 その理由は誰にもわからないが――しかし、思い当たる節ならある。
 最後の戦いで――あの黄金の敵との戦いで、ヴィヴィオは再び力を求めた。
 始めて自分の意思で戦いたいと願い、そして自らその肉体にレリックを埋め込んだ。
 その結果ヴィヴィオが得たのは、カテゴリーキングを撃破するだけの膨大な魔力。
 しかしそれは、戦いが終わっても消える事は無く。
 レリックが消滅して、相当の年月が経過した今でも、健在であった。
 あの戦いから四年間、毎日を共に過ごして来たマッハキャリバーこう言った。
 あれから長い時間を掛けて、レリック自身がヴィヴィオの身体に溶け込んだのではないか、と。
 難しい話は良く解らないが、レリックが無くとも魔力を行使出来る以上、その可能性が高いのだと。

 ――だけど、ヴィヴィオはそれだけではないと思う。
 上手く説明が付けられない事実に、説明を付けるたった一つの心当たりがある。
 あの日“強くなりたい”と願ったヴィヴィオをここまで導いたのは、ジュエルシードの魔法の力だ。
 他ならぬヴィヴィオ自身が“強くなりたい”と願ったから……
 その強い想いに惹かれて、ジュエルシードは姿を現したのだ、と。
 愛する母達の姿を借りたジュエルシードは、確かにあの時ヴィヴィオにそう言った。
 そして、ヴィヴィオが彼女らに求めたのは“なのはママと暮らしたこの世界”への帰還。
 生きて帰って、60人の参加者達が生きた証を立てる為に。
 60人の命を背負って、今度は皆を守れる強い人間になる為に。
 そんな想いに、副次的にではあるが、ジュエルシードが応えてくれたのではないか。
 レリックがこの身体に溶け込み、もう一度ヴィヴィオに力を与えてくれたのは、そういう事なのではないか。
 根拠は何もないけれど、ヴィヴィオは心の何処かでそう信じていた。
 というよりも、そう信じていたかった……と言った方が正しいか。
 それはジュエルシードが、愛する母の姿をしていたからかもしれない。
 結局の所、本当の事は誰にも解らない。
 だけど、今は別に、それでも構わない。

 自分自身の願いに嘘を吐く事にならない様に。
 自分で決めた自分の道を、自分自身の力で進んで行ける様に。
 ヴィヴィオはこの四年間、一日たりとも休む事無く、修練を続けた。
 マッハキャリバーと共に、スバルが積んだというトレーニングを日々繰り返し。
 たった一人でも、孤独にも負けず、辛い訓練に耐え続けてきたのだ。
 鍛錬を積めば積む程、身体に魔力が戻って行くのを感じながら。
 そしてその成果を、自分の拳で以て確かめる事が出来る。
 そうだ。今からここで、見せつけるのだ!

「あの人に届かせよう。わたしの……わたし達の力を」

 初めて手にした自分の力に呼び掛ける様に。
 それは自分だけの為に造られた、自分だけの愛機(デバイス)。
 眼前で不敵に笑うノーヴェに微笑みで返し、ヴィヴィオは天高くその手を掲げた。
 まるでヴィヴィオに応えるように、うさぎの姿をした愛機がふわりと眼前へ浮かび上がる。

「マスター認証、高町ヴィヴィオ」

 ヴィヴィオの足元に光が灯った。
 三角系を主体とした魔法陣は、ヴィヴィオの術式を現したもの。
 ベルカ主体の、ミッド混合ハイブリッド。格闘流派はストライクアーツ。
 魔法陣の輝きに伴って、うさぎの愛機がヴィヴィオの眼前へと浮かび上がる。

「わたしの愛機(デバイス)に個体名称を登録――
 ――愛称(マスコットネーム)は、クリス」

 ヴィヴィオの為だけに造られたハイブリッドインテリジェントデバイス。
 幼い頃、大切にしていたうさぎのぬいぐるみを元に造られたデバイスの愛称は、クリス。
 しかし、それは所詮は愛称に過ぎない。
 ヴィヴィオがこの愛機に与えた本当の名前は、別にあるのだから。
 クリスと呼ばれたうさぎが、自分の本当の名を呼ばれる瞬間を、今か今かと待ち構える。

「正式名称は――」

 それは、ずっと前から決めていたたった一つの名前。
 母の想いを受け継ぎ、母の想いを守り抜く為に。
 今ここに、不屈の心(レイジング・ハート)を受け継いだ新たなデバイスが誕生する。
 ヴィヴィオの、清く神聖なる魂を体現する、その愛機の名前は。

「――セイクリッド・ハート!」

 呼ばれたうさぎが、びしっ!と片手を振り上げた。
 一生のパートナーとなるヴィヴィオに応える為に。
 これからヴィヴィオと共に、高みを目指して行く為に。
 期待の眼差しで見詰めるノーヴェをよそに、ヴィヴィオは眼前のうさぎを掴み――

「行くよ、クリス!
 セイクリッド・ハート! セーーーット・アーーーーップ!!!」

 刹那、眩い光がヴィヴィオの飲み込んだ。
 魔法陣の輝きによって、ヴィヴィオの衣服が弾け飛び。
 次いで、まだ幼いヴィヴィオの身体が急速に成長してゆく。
 身長が、手足が、幼なかった胸が――大人のそれと等しく変わる。
 プラチナブロンドの髪は青のリボンで纏め、母と同じサイドポニーに。
 かつての聖王の姿をそのまま模した様なそれは、まさしくカテゴリーキングとの戦いに挑んだ時の姿。
 これがヴィヴィオが望んだ、全てを守り抜く強さを体現する為に必要な力。
 光が収まった時、そこに居るのは“大人モード”として生まれ変わった、かつての聖王であった。




 歩き続けた少女は、決戦の場所へと辿りついた。
 ここに、自分が倒すべき敵が居る。
 ここで、自分は自分の存在意義を果たすのだ。
 その為に、最後の障壁となった眼前の扉を、破壊する。
 少女が繰り出したのは、力の限り打ち出されたキック。
 その速度、まさしく弾丸の如く。
 暴力的な威力で打ち出されたキックが、鉄のドアを大きく凹ませる。
 二撃目で凹みは更に大きくなって、ドアを支える基部が軋みを上げる。
 三撃目で目の前のドアは完全に破損。大きな音を立てて吹っ飛んだ。

「やあ、よく来たね」

 扉の先で待ち受けていたのは、白衣の男だった。
 紫色の髪の毛に、金色の瞳。厭らしく吊り上がった口元。
 不快感さえ伴うその不遜な態度。
 最早間違いない。こいつが標的のスカリエッティだ。
 標的を視界に捉えた少女は、一歩を踏み出し、周囲をぐるりと見渡す。
 本来ならば薄暗い筈の洞窟も、この部屋だけはその限りでは無かった。
 大量に設置されたモニター類と、無数のランプが少女を照らす。

 言うなればここは、純粋な研究室(ラボ)。
 そんな印象を抱かせるこの場所だが、しかしこれからここは戦場となる。
 戦う為に作られた筈では無いこの研究室で、これから自分は破壊の限りを尽くすのだ。
 今し方自分が破壊した扉を踏み躙って、歩を進める。
 そんな彼女を見たスカリエッティは、にやりと笑い、

「不躾な来客だ。名前くらい名乗ったらどうかね?」

 一歩も退かず、誰何した。
 両手を広げて問う姿には、余裕すら感じ取れる。
 これから自分はこいつを叩き潰すのだから、名前くらい名乗ってやってもいいだろう。
 それが彼女なりの礼儀だし、それくらいは構わない。
 寧ろ武人の情けだとも思えた。

「覇王流(カイザーアーツ)正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。覇王を名乗らせて頂いています」
「これはこれは、エンシェントベルカの覇王が態々こんな所まで何をしに来たのかなぁ」
「今更知れた事を。私は貴方を排除する為にここまで――」
「――それは本当に君自身が望む目的かね?」
「なに……?」

 言葉を遮り、問いを被される。
 どういう訳か、その質問に応える事は出来なかった。
 スカリエッティの打倒。これは本当に、自分が心の底から望んだ事なのか。
 もしかしたら、誰かに植え付けられた偽りの使命感なのではないか。
 そんな疑念が浮かんでは、定められた使命感がそれを押し潰す。

「私は」

 何故か……なんて、そんな事は関係ない。
 自分はただ、この男を潰せばいい。それだけだ。
 そうしなければ、自分はこの呪いからは解放されない。
 真の自由を得る為にも、自分は戦わなければならないのだ。
 だから、私は何としてもやらなければならない。
 嗚呼そうだ、惑わされてはいけない。
 その為に私はここに来たのだ。
 その為に私はここに居るのだ。
 ならば、やる事は一つ!

「これで、終わらせます!」

 これ以上の問答などは必要ない。
 これ以上、面倒事について考えるのも、煩わしい。
 標的の頭蓋を吹き飛ばさんと、ゆらりと構えを取った――その刹那。
 ひゅん、と。大気が振動して、風を切り裂く音が聞こえた。
 覇王がその本能で感じ取ったのは、急迫して来る圧倒的な殺気。
 条件反射で、覇王もまた腕を振り抜き、風を切り裂く事で応える。
 覇王の拳によって切り裂かれた大気が、風の刃となって襲撃者を迎撃した。

「――ッ!!」

 寸での所で覇王の一撃を回避し、その場に着地したのは一人の女戦士。
 紫紺の髪はショートカット。黄金の虹彩は、男勝りな鋭い目付きで以て覇王を睨む。
 両腕と両足から紫紺のエネルギー翼を生やしたそいつは、ナンバーズ最後の兵士。
 最高の指揮官であると同時に、最強の戦闘能力を有した戦士。
 その名は――

「最後に残ったナンバーズ、トーレだ。
 彼女は今まで君が戦って来たナンバーズとは違うよ」

 No.3、トーレ。
 スカリエッティの説明は、成程的を射ている。
 確かに目の前のトーレから感じる気迫は、今まで戦った三人とは段違いだ。
 今まで戦った三人は、対峙した所でそこに本物の魂などは感じなかった。
 だが、目の前のこいつは違う。
 自分の意思でこの場に立ち、自分の魂を賭けて覇王を討たんとしている。
 ジリジリと……大気を通して、まるで肌を焦がす様な殺気を感じるのだ。

「成程、確かに今までの三人とは違って、彼女の瞳には魂があります」
「嗚呼、やはり君には解るか。流石カイザーアーツの覇王を名乗るだけの事はある。
 君が見抜いた通り、トーレだけは最初から自分の意思で私に忠誠を誓ってくれているよ。
 だが、それを見抜いた所で、君がトーレに勝てるとは到底思えないのだがね」

 スカリエッティの言葉を引き継ぐように、トーレが言う。

「貴様もまた、ノーヴェ達と同じだ。魂の無い拳が私に届くと思うな」
「何を――ッ!」

 言葉を言い終える間もなく、その身に感じる強烈な衝撃。
 視界からトーレの姿が掻き消えた、とか、そういう事を感知する暇は無かった。
 油断した一瞬の隙に、気付けば強烈な膝打ちが覇王の叩いていた。
 反射的に腕でガードの姿勢を作れたのは、せめてもの幸いか。
 跳び膝蹴りを受けた覇王は――




 見上げれば、空の上には大きく輝く二つの月。
 その更に向こうで煌めくのは、儚い煌めきを放つ無数の惑星。
 肉眼でも確認出来る通り、ミッドチルダから見える星空は非常に美しい。
 この星自体が、宇宙に輝く他の惑星と距離的に近い位置にあるからだ。
 そんな事実を知ってか知らずか、ヴィヴィオは不意に呟いた。

「星空、綺麗だね」

 グラウンドに寝そべりながら、瞳を輝かせる。
 練習試合はもう終わって、今は二人揃って休憩中だ。
 ノーヴェとの組み手はそれなりにハードで、暫くは手足が動きそうな気がしない。
 一方で、ノーヴェの方も相当疲労したらしく、ヴィヴィオの横で寝そべっているのだが。
 二人揃って力が抜けた様に身体を大の字に広げ、満点の星空を瞳に映す。

「この辺は丘になってるからな。空に近いんだよ」
「そうなんだ……じゃあ、星空が見たいなら絶好の場所なんだね」
「まあ、もう少し田舎を探せば、もっと綺麗なトコもあるんだけどな」

 現実味を帯びたノーヴェの言葉に、思わず苦笑いする。
 確かに、この辺はミッドチルダでも割と都会な方だ。
 空気だって特別綺麗な訳ではないし、街自体が非常に明るい。
 それも手伝って、確かに星空は田舎よりは見えないかも知れない。

「だけど、なのはママはこの街で、この空を見てたんだよね」
「まぁ、そうなるな」
「この空を、なのはママは好きだったんだよね」
「娘のお前がそう言うからには、そうだったんだろうな」
「えへへ……この景色をなのはママも見てたんだって思うと、何だか嬉しくなっちゃうな」

 今見ている景色は、母が見ていたものと同じ景色。
 寝そべったまま、紅と翠の双眸にこの美しい星空を焼き付ける。
 そうしていると、うさぎのクリスもまた、ヴィヴィオに習ってじっと星空を見上げるのだ。
 生まれたばかりのクリスはまだ知らぬ事だが、ヴィヴィオが大好きなママは、この空を愛していた。
 自分の翼で、まるで自分の庭とでも言わんばかりにこの空を飛び回った。
 事実、空でのなのはは無敵と云われていたし、ヴィヴィオだってそう思う。
 この大空を飛び回るなのはママは誰よりも強くて、カッコ良かったのだ。
 あの純白の勇姿は、今でも変わらず、まるで昨日の事の様に思い出せる。

「こうして綺麗な星空を眺めてると、なのはママが空を好きだったっていうのも納得出来るな」
「そりゃあ、空のエースって呼ばれてたくらいだからな。やっぱ空には人一倍思い入れがあったんじゃねーかな」
「うん、わたしもそう思うよ」

 なのはがどんな想いで空を飛んでいたのかは、今となってはもう誰にも解らない。
 だけど、そこに並々ならぬ思い入れがあったのだと言う事は、容易に想像出来る。
 人間と言う生き物は、情熱がなければ生きてはいけない。
 何かを極めんとする人にとって、情熱とは絶対に欠かせない要素の一つだからだ。
 魔法に対して、空に対して。誰にも負けない情熱があったからこそ、なのはは強くあれた。
 そんな強く、気高い母を、ヴィヴィオは誰よりも何よりもカッコ良かったと、今でも断言出来る。
 だからこそ――ヴィヴィオもこの空に、一つの目標を掲げる事が出来るのだ。

「わたしもね、この空は好き。強くなろうって思えるから」

 空に向かって、右手を伸ばす。
 こうして掌を突き出せば、星空にも届きそうな気がして。
 そんなヴィヴィオを見たノーヴェが、ふっ、と微笑んだ。

「お前の母さんみたく、か?」
「うんっ!」

 満面の笑みで首肯する。
 今でも大好きな、固い絆で結ばれた母。
 きっと一生変わる事の無い、一番大好きな人。
 彼女の存在自体が。そして、彼女の娘で居られる事自体が、ヴィヴィオにとっての誇りなのだ。
 母の様に強くなると言う目標を持てる事も、いつかは母を越えるという野心を持てる事も。
 そのどれもが、今のヴィヴィオをヴィヴィオたらしめる誇りと自信たり得るのだ。
 だから、これだけは胸を張って言える。

「わたしは、なのはママの娘なんだ」

 例えもう二度と会う事叶わなくとも。
 例え幾星霜の月日が流れて、母の年齢を越えたとしても。

「わたしが大人になっても、それだけは絶対に変わらないから」

 だからこそ、ヴィヴィオの胸中には一つの決心がある。
 未来という時間は、これから自分の手でいくらでも変えてゆく事が出来る。
 だけど、記憶という時間は……掛け替えの無い想い出は、絶対に変わらない。
 なればこそ、大好きななのはママとの想い出を。
 心の中で響き続ける、誰よりも優しかったママの声を。
 覚えてるままずっと、未来の果てまで連れて行くのだ、と。

「なのはママの娘だって事、えへんと胸を張れる様に……強くなるんだ、これからも」
「んー……その心掛けは立派だが、ちょーっと生意気だな?」
「にゃっ!?」

 こつん、と額に小さな痛みを感じた。
 犯人は言うまでもなく、いつの間にか起き上がって居たノーヴェだ。
 年下の妹をからかう様な笑みで、右の拳で作った拳骨を見せる。
 先程の練習試合では相当な力を感じた拳が、今はこんなにもか弱く見えるのが不思議だった。
 ようやく動く様になった―まだ痛む―身体を起こして、ノーヴェを見上げる。

「もう、いきなり何するのー!?」
「ったく、強くなりたいからって初めての練習試合でここまでやる奴があるかってんだ」
「それはそうだけどー……うぅ、せっかくいい事言ったと思ったのにぃ~……!」
「まずは自分の体力やペース配分を把握しろ。いい事言うのはそれからだ」
「にゃぅぅ、ごめんなさーい……」

 確かにノーヴェの言う通りだった。
 強くなりたいのはいい事だが、だからと言って無理をしては本末転倒。
 本当の強者は、自分の体調や体力を常に把握して戦うものだ。
 しゅんとして俯くヴィヴィオの頭に、ぽふっ、とノーヴェの手が乗せられた。

「わかればよろしい。そんじゃ、帰るか」

 にかっと微笑むノーヴェ。
 ヴィヴィオもまた、柔らかな笑みを浮かべて大きく首肯する。
 そういえば、家を出る時にもフェイトママと約束したのだ。
 練習するのはいいが、あまり遅くならない様に、と。
 付き添いの保護者たるノーヴェの顔に泥を塗らない為にも、約束は守らねばならない。
 人との約束は守る。大好きななのはママの娘で居続けたいなら、それを無下にする訳にも行かない。
 そんな思いを胸に帰路に着いたヴィヴィオを、相棒たるうさぎはそっと見守るのだった。



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ジェイル・スカリエッティ
トーレ
セイン
ノーヴェ
ウェンディ






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