海から帰ってきて一週間。  傀儡吊は姿を消した。  梓野さんに聞いてみたが、 「学校にも来てはりません。心配やわ」  と、心配していた。  全く、厄介ごと押し付けて、自分は消えるなんて・・・なんて無責任な。 「どうしたの李緒?」 「いや、ちょっとな・・・」  放課後、鈴に攫われて、商店街に来る羽目になった。  こんなことしてる場合じゃないと思うのに・・・ 「ねえ、こっちの服はどうかなー」  まあ、そういうわけで服を見に来ているわけだ。  女の子らしいなどとは思ってはいけない。 「そんなもん着るな」  鈴が持ってるのは、某村の踊り娘の服。 「えー」  お前は、何がしたいんだ・・・コシミノなんて持って・・・ 「じゃーこれなんてどう?」  ネコミミパジャマ(ペア)・・・ 「アホかーー!」  つうか、何だよこの店・・・ 「ツンデレレレレ。ツンデレレレレ」  うわ、なんだこれ。 「あ、はいもしもし」  鈴の着メロかよ。・・・納得してしまった自分が悲しひ。 「あ・・・うん・・・李緒と一緒・・・はい・・・わかった・・・・うん、じゃあ今夜。・・・うん・・・じゃあね、姉さん」 「・・・・・・」 「ごめんね・・李緒」 「いや、別にいいが」 「今日はもう帰ろっか・・・」 「・・・ああ・・・・」  珍しいな。こんな鈴・・・ 「何かあったのか?」 「ううん。なんでもない」 「本当にか? なんか拾い食いしたとか、昼飯に食った卵、実は腐ってたとか」 「この・・・」 「どうした? 心当たりでも思い出したか?」 「バカ李緒ー!」 「ぐふ」  ナイスパンチ、鈴。  ああ、それでこそ・・・お前だ・・・・・・ 「ということがあったんです」 「・・・・・・」 「どうしたらいいんでしょうね・・・」  久しぶりにGSに繋いだ俺は、さらに久しぶりにスクルドさんに会った。  スクルドさんはフリーのSPの中でも有名な人だ。  ノルン三姉妹。そういえば、たいていの人には通じる。  まあ、俺がこういうことが相談できる人は他にいない。  双麻派の中にはまともな相談相手がいないからな。  ミズホさんには会えないし、冬さんも忙しそうだ。 「そうね・・・スクルドキック」 「・・・何すんですか!」 「自分の不始末は自分でつけなさい。特に女の子の問題なら自分で考えないと」 「はあ・・・・」 「乙女心がわからない男は嫌われるわよ。ともかく、他の女の子に言われたとおりにしてみても、彼女は傷つくだけだわ」 「女の子って歳なんですか? スクルドさんて」 「スクルドキック」 「いてえ」 「女性に歳を聞くのは失礼よ」 「覚えときます」  今日は厄日だ。 「ほんっとに厄日だな」 「同情するわ」 「半分以上あなたを狙ってんだと思いますけど・・・」 「ふむ、それもそうね」  そう、俺達は囲まれていた。相手は三人。 「ロビン!」  スクルドさんのSAであるナックル「スクルド」  その能力によって召喚された鷹のロビン。  自動AI付き高エネルギー体である。  ロビンは一鳴きすると、ハッカーの一人に飛び掛る。 「じゃあ、李緒。一人お願いね」 「はいっ」  俺もハッカーの一人と対峙する。 「うらっ」  スレイプニルを投げる。その避け方を見る限り、相手はさほど素早くないように思える。  今度は二本。ふむ、これなら問題ない。近接戦闘に持ち込めば割かし簡単に・・・ 「うっ・・・」  身体が重くなる。  ウィルス・・か?  投げたナイフを手元に戻し、結界を張ってみる。  三本・・・四本・・・ 「まだ、駄目か・・・」  スクルドさんのほうもカバーしなければならないため、範囲が広くなる。  そのため、結界の効果が弱くなっている。 「五本目・・・」  五本目で何とか持ち直す。  今手元にあるのは一本だけ、手っ取り早く、一人倒さないともちそうに無い。  近接戦闘に持ち込み、動きを封じる。  スクルドさんは・・・押している。倒すのも時間の問題か。 「よっ」  思ったとおり、こっちの相手は動きが鈍い。 「これで決める」  影縛りを直接打ち込む。 「サンドバッグの出来上がり」  スクルドさんは目を放した隙に既に一人倒していた。 「はやいなー。スクルドさーん」 「なにー」 「とどめお願いします。攻撃手段なくなっちゃいましたー」 「オーケー」  スクルドさんは右手をこちらに向け狙いを絞る。 「ロビンストレート!」  ロビンがハッカーに狙いを定めて高スピードで突貫する。 「よし、あと一人ね」 「え・・・あ・・・はい」  ・・・すごい威力だ。  よし、あとは二人で袋だ。  だが、そう思ったのは甘かったらしい。 「ちっ」  身体がまた重くなる。結界は持続中、ウィルスのレベルがあがったようだ。 「最後の一本使うんで・・・あと、お願いします」 「わかったわ」  最大級六本の結界。  さっきよりは範囲を狭める。  身体が軽くな・・・らない!? 「ここまでとは・・・」 「・・・やるじゃない」  せまりくるハッカー。ピンチだ。 「せまるー、ハッカー。地獄のぐーんーだん」  余裕ですね・・・ 「あ・・・」  身体が急に軽くなる。 「遅かったじゃない。危うくいじめられるとこだったわ」 「あら、ごめんなさい。でも、待ち合わせ場所に居ないあなたが悪いのじゃなくて?」 「それは悪かったわね。姉さん」  そこにいたのは、ヴェルダンディーさん。  ノルン三姉妹の次女。スクルドさんの姉というべき人物だ。  彼女のSAは結界だ。範囲内のウィルスの使用制限。俺の結界と同じ能力だが、威力は段違いだ。  これだけの結界を張っているのに平然としている。  俺は立ってるのがやっとだってのに・・・ 「では、後は任せましたよ」 「ええ、いくわよロビン」  そして、あっけなく終わってしまった。  大変、存在意義について考えて見たいと思います。 「よくやったわね、李緒」 「下手な慰めなんかいらねーーー!!」 「おー怒った怒った」 「落ち込む必要はありませんわ。あなたがいなければスクルドは死んでいたんですもの」 「ヴェルさん・・・」 「そんなことないわよう」 「今回は間に合ったからよかったですけど、あなたは反省しなさい」 「えー」 「あなた一人で逝くのならかまわないかもしれません。ですが、今回は李緒君を巻き込むところだったでしょう」 「あうー」  あ、なんかスクルドさんかわいい。  ヴェルさんに怒られてちんまりとしている彼女は俺的にストライク。  GSはこういうときいいよね。本当に小さくなるんだから。  まあ・・・なんかこう小さいものってかわいいよね。小動物とか。 「李緒ーお姉ちゃんがいじめるー」 「おーよしよし」 「李緒君。甘やかさないで頂けます?」 「まあ、とりあえず無事だったんでいいですよ」 「そうですか。李緒君がそう言うのでしたら、私はこれ以上は何も」 「ありがとうございます」 「あうう。あうう」 「よしよし、もう大丈夫だよ」 「ふっ。何を言っているの、李緒? 私はいつでも大丈夫よ」  あ、元に戻った。ちょっと淋しい・・・ 「英語で言うとのぉ・ぷろぉぉぶれぇむ」  なんて怪しい英語だ。  絶対に発音がおかしい。  まあそれはさておき・・・ 「で、本題に入りましょう」 「何かしら?」 「何があったんですか?」 「・・・・・・どうしてそう思うのかしら?」 「スクルドさんにけんか売るには人数が少なかった。正しくは人数の割りに一人一人の能力が弱かった」 「そうかしら? 最後の一人は以外に苦戦していたようですけど」 「甘いですね。流石にそのぐらいじゃひっかかりませんよ。ロビン使えば何とかなったんじゃないですか?」 「理由はそれだけかしら?」 「いいえ。ロビンが仮にあの状態で使えないとして、それをあいつが知っていたとします。だとしたら、一人で来ますよ」 「そうかしら? 足止め程度につれてくる可能性もあるわ」 「そこまで用心深いんなら、もっと連れて来るでしょう。SPの一人でもいたら、意味が無い。それに・・・」 「それに?」 「あなたがいたら根底から覆るんですよ。この戦法」 「・・・・・・」 「さっき実証済みですが、結界の中ではウィルスは効果がなかった。そもそも戦法が間違ってる。  あなたに対するハッカーだとしても、たった二人じゃスクルドさんだけで事足りる。  だから目的は別にある。そう思ったわけです」 「それだけでそういえるのかしら?」 「言えますよ。スクルドさん一人を狙ったわけではない。二人同時に狙ったのでもない。  だとしたらヴェルさんを狙ったもの? 確かにそれなら二人でも十分かもしれない。  ヴェルさんが戦えないと思ってたとしたら・・・  だとしたら、スクルドさんを狙うのはおかしい。そこが間違っている。  でも、もし、スクルドさんとヴェルさんの見分けが付かなかったら?  二人とも有名な人だ。顔が違うんだから間違えるはずが無い。そう思うでしょうが、実際はそんなこともない。  二人を知っている人なら間違えない。だけど、二人を写真でしか見たことのないハッカーなら?  例えるなら、俺がアメリカ大統領と国連最高事務長の区別がつかないことに似ている。これならつじつまが合います。  さらに、これは主犯があの中にいないと言うこともわかります。つまり黒幕は別にいる」 「・・・・・・まあ、いいでしょう。スクルドにも話すつもりで呼んだのだし、あなたになら話してもかまわないでしょう」 「・・・・・・」 「近々、戦争が起こります」 「なっ!!」 「とはいえ、かなり不確かな情報です。が、スクルドが襲われたとなれば真実味をもちますね。  李緒君の推理はなかなか面白いものでしたが、間違っているところがあります。  実際には、私でもスクルドでもどちらでもよかったんですよ」 「え?」 「戦争といっても、旧時代のように兵の消耗ではありません。どちらかと言うと試合みたいなものです。  その選定をするために派遣されたハッカーですよ彼らは。だから、どちらでもよかったんです。  ここで、彼らに敗れるのなら、戦争に出ても殺されるだけ。実際には予選が行われるらしいのですが、その予選も全員分やるのは難しいのでしょう。  だからこそ、最近下位のBクラスハッカーの動きが活発になっているのでしょうね。  では、伝えるべきことは伝えましたので、これで失礼します。では」  そういい残してヴェルさんはいなくなる。 「・・・・・・」  本格的にやべえ。こいつはずいぶんと大事になったもんだ。 「やれやれ、やっと消えてくれましたか」 「!」  マリオネットを持った長身の男が現れる。  俺の知る人形遣いはジミニーのほかには一人しかいない。  他にもいるかもしれないが、おそらくこいつは・・・ 「人形の祭典(ドールフェスティバル)・・・」 「ご存知でしたか。そうです。私が悪魔組曲第六楽章『人形の祭典』です。本名はシェイクスピア。人形遣い(ドールマスター)と呼んでくださっても結構です」  数あるハッカーのグループの中でもトップクラスの実力を誇るあの悪魔組曲か。  その第六楽章とは・・・  「で、何のようだよ」 「あなたには何の用もございませんよ。どこへなりお好きな場所にお行きなさい。私が用がありますのは、そこにいらっしゃるノルンさんです」 「とはいえ、黙って引き下がるわけにも行かないんでね。悪魔組曲前にして逃げ帰ったら、双麻さんに何言われるか分からない」  強がってはみるものの勝算は無い。だが、呑まれたら負けだ。 「あなたも、彼のお仲間というわけですか・・・しかし、あなたのことなど聞いたことありません。ですから、どうぞ行ってしまわれて結構ですよ。せめて神楽殿位の力があればお相手して差し上げてもよろしいのですが・・・弱いものいじめは嫌いなのです。美しくない」  にゃろ〜。バカにしやがって・・・気にいらねえ・・・  人形の祭典がなんだ? そんなもん関係ねえ・・・ 「ちょっと、表へ出ろやぁっ!」 「ここは屋外ですが、何か?」  駄目だ。言う事やる事気にいらねえ。 「てめえは俺が叩き潰す」  人形の祭典が軽くため息をつく。 「まったく、見逃して差し上げると言ってるのに・・・これだから単細胞は嫌いなんです・・・」 「俺がバカだと言いたい訳だな」 「事実そうだからしょうがないじゃない」 「何をっ!」  ・・・って、言ったのはスクルドさんかいっ。 「あの・・・ちょっとそれ、失礼じゃありませんか?」 「事実は認めてこそ先に進めるのよ」 「ひどい話だ」 「スクルド嬢からも言われるようでしたら、その事実は唯一の真実ということです」 「ええ・・・事実は常にひとつ・・・でも、真実は人の数だけ存在する。用があるならさっさと済ませましょう。あなたのために時間が避けるほど私は暇じゃないんです」 「では、そこにいる少年は時間を割いてもかまわない対象であると・・・この私よりも?」 「まぁね」 「スクルドさん・・・」  何だかんだ言って、俺のこと重要視してくれてはいるんですね。 「おお、なんたることだろう。これほどまでに屈辱的なことは久しぶりだ」 「でも、ちょっと勘違いしてるんじゃないかしら。彼との会話は暇つぶしよ。あなたの用件はとても暇つぶしですみそうにないわね」 「・・・って、おい!」  前言撤回。この人はこうゆう人だったのか・・・ 「どうしたの?李緒」 「・・・もういいです。あっち片付けましょう」 「かまわないですよ。あなた如きが加わっても、足手まといにしかならないでしょうから」 「後悔させてやる」 「では、こちらから行きますよ。お行きなさい。私の可愛い人形達。『炎舞人形』・『伝雷人形』・『水眠人形』」  人形の祭典のマントの下から、三体の人形が飛び出す。見た目普通の人形だが何かあるのは間違いない。  カパ、と人形の口が開く。  三体の人形から、それぞれ赤・青・黄の弾が放たれる。  それは、直進して飛んできたり、微妙なカーブをつけて飛んでくる。スピードも遅いのから速いのまで三段階。  とりあえず色で動きと速さは判別できそうだが、如何せん数が多すぎる。  黄色い奴が速いから、あれだけ注意していれば問題はなさそうだが・・・  前方から黄弾・三、右から緩やかに曲がってくる青弾・二、左から急な弧を描いてくる赤弾・四。  数はどんどん増えてゆく。三体の人形は派手に動き回って、弾の動きを前左右から上下まで増やしてくる。  これはSAなのか・・・それともウィルスなのか・・・  相変わらず素早く放たれる黄弾を右に避け、それなりに速い赤弾を避ける。 「李緒っ!」  青弾・・・しまった・・・避けられないっ・・・  直撃する青弾。一瞬、意識が遠のく・・・  例えるなら、徹夜した後の授業中とか・・・朝日を迎える瞬間とか・・・  ようは、極度の睡眠欲に駆られた。  黄弾が近づいているのを目が認識しても、脳がそれに反応しない・・・  黄弾が当たる・・・瞬間、静電気が走ったような感覚。  身体が・・・動かない・・・  それも一瞬なので、すぐに身体の感覚が戻ってきた・・・  が、近づく赤弾に反応するにはいささか時間が足りない。  避けるもまもなく直撃する。火がつく感覚。痛み・・・そして熱さ。  ・・・っ・・・直撃はまずかったか・・・ 「この馬鹿っ。いくら遅いからって油断してるから当たるのよっ」  そういうスクルドさんは人形を見て、弾道を予測しているのか・・・何の苦もなく避けている。 「この私を倒したかったら、三倍は弾数を増やすことね」  かっこいい・・・かっこいいよスクルドさん・・・  こんなところで倒れている俺とは大違いだ・・・  でも、実際喰らって分かった・・・こいつはウィルスだ。  それなら、どうとでも対処のしようがある。 「結界発動・・・」  四本の結界を展開する。範囲が広いため効果は薄いが、動きを遅らせることができればいい・・・  残った二本の短剣にも結界を作用させる。  向かってくる、数々の弾。 「遅いっ」  弾を全てを斬り捨てる・・・  俺、完璧。 「馬鹿李緒っ」  え? 「な、何ですか?いきなり」 「急に弾速が遅くなったら、テンポが狂うでしょ」 「すみません・・・」  でも、普通に避ける彼女はすごいと思った・・・ 「まあ、いいわ。おかげで使う余裕も出てきたし・・・」  そういうと、スクルドさんはロビンを呼び寄せる。 「ロビン、お行き」  ロビンは一啼きすると、弾を破壊しつつ、炎舞人形に突貫した。  軽い破裂音と共に人形は破壊され、残り二つの人形も瞬く間に破壊される。 「やるなら早くやってくださいよ」  ちょっと文句も言いたくなる。  そんなことできたんなら、俺がわざわざ怪我する必要もなかったのに。 「いや、もう少し楽しみたかったんだけどね。弾速が遅くなったらつまらなくなったので片づけただけよ」  俺のせいかい。 「でも、あれぐらい避けられないとこれから先やっていけないわよ」  う・・・そういわれると痛い。 「そうでなくてはおもしろくありません。どんどん行きますよ」  またもや人形を出す。 「って! 結局かわんねえじゃないか」  出てきたのはさっきと変わらない三体。今度はそれぞれ二体ずついるが・・・ 「咲き乱れよ『華の巴里人形』」  三体はさっきと同じように弾を放ってくる。  そしてもう三体は華をつくっている。  やや大きめの赤弾を中心にそれを五つの黄弾が囲い、さらに外側を青弾が囲う。  それがゆっくりと回転しながら、放たれる。 「李緒っ!」 「何ですかっ!」 「結界解いて!早く!」  何のつもりだかは分からないが、急いで結界を解く。  ただし、短剣は地面に刺したままにしておく。  しかし、何でだ?結界残しておけば、少しでも遅くなるから避けやすくなると思うのに。  とはいえ、なんだか余裕で避けてるし・・・・・・  俺の立場ないじゃん・・・ 「ぬるいっ」  弾を避けながら、ロビンを人形の祭典に向かって飛ばす。 「ちっ。かすっただけか・・・」  紙一重で避けた人形の祭典の頬から血が流れる。 「ダイジョウブ? シェイクスピア」 「人形がしゃべった!?」 「落ち着きなさい。ただの腹話術よ」  ・・・ああ、そうか。 「大丈夫ですよ。ハムレット。でも、私の顔に傷をつけた報いは受けなければなりませんね」 「ウン。ユルセナイネ。アソビハオワリニシテ、ヤッチャオウヨ」 「そうですね」  そう言ってこっちを向きなおす。  特に何も変わらないようだが・・・スクルドさんは変わらず避け続ける。  俺も流れ弾に当たらないように、必死に避ける。 「開花」  人形の祭典がそう呟くと同時に・・・スクルドさんが紙一重で避けた華が爆発する。  まずいっ・・・どれかには当たったぞ。 「ヤッタヨ。シェイクスピア!」  確かにあれじゃやばいかもしれない。  と、思ったのだが、彼女は何事も無かったかのようにそこに立ち続けている。いや、避け続けているといったほうが正しい。 「甘いわね。人形の祭典。あんな弾の塊がきたら爆発を警戒するのは当然でしょ」 「ふむ。あなたには直接的な攻撃のほうがいいかもしれませんね・・・」  今度はマントから十体の人形を取り出す。うち九体が騎士の格好をしている。 「いきますよ。『霧の酸開人形』」  残った一体が霧を噴出す。視界を封じるためか・・・  いや、この感じは・・・ウィルスだな。厄介なタイプだ。  危険を察知して結界を再発動する。  霧タイプのウィルスは基本的に効果が弱いから、これでも十分食い止められるだろう。 「李緒。あとはまかせた」 「なんですと!」 「接近戦苦手なのよ」 「・・・わかりましたよ」  確かに、彼女のSAがナックルだといっても、実際の攻撃手段になりうるのはロビンだけだし・・・  しょうがない。いきますか。 「とはいえ、やっぱり九体相手にするのはつらいって!」  結界で霧のほうは視界を妨げるだけに留まっている。  結界剣(今、命名。一本での結界を発動させた短剣)で軽く斬ってみたが、効果は無いようだ。  この人形はあくまでもSAらしい。  何回か打ち合っているうちに、四体破壊した。  とはいえこのままじゃ・・・作戦変更。元を叩く!  向こうも霧の中で見えないだろうし、一気にけりをつける! 「もらったぁ!」  左腕を斬りつける。手応えあり! 「ほう・・・私に傷をつけるとは・・・どういうことだか分かっているんですよね?」  霧が晴れていく・・・霧を出していた人形を止めたようだ。  一度距離をとって、ナイフを投げつける。  これを全く避けず、腹に突き刺さる・・・ 「この程度じゃ、私の膝を折るなんてことはできませんよ。それよりいいんですか? スクルドさんの所に人形騎士が向かっていますよ・・・」  しまった・・・人形達は既に一斉に飛び掛っていた。  砂埃が舞ってよく見えない。 「スクルドさんっ」  叫ぶ・・・返事がない・・・  やられたっていうのか?  砂埃が収まってゆき、人影が見える。 「スクルドさん・・・」  そこにいたのはスクルドさん・・・人形達は地面に打ちつけられている。  よく見ると右手が淡く光っている。 「まったく。ちゃんと始末してよね。これくらい・・・」  あきれた口調でそう言って来る・・・  ん・・・あれはっ! 「スクルドさん、後ろ!」  倒れたはずの人形が起き出して背後から斬りかかる。 「大丈夫っ」  振り向きざま、まだ光っていた右手で、人形を殴りつける。  もう人形は動かなくなった・・・ 「スクルドさん・・・接近戦は苦手なんじゃ・・・」 「苦手よ・・・だって疲れるんだもの」  さすがというかなんというか・・・この人もノルンなんだなあと思ってしまう。 「さすがノルンといったところですか・・・」 「ツヨイツヨイ」 「私も本気で行かせて貰いましょう。『魔残光の髑髏人形』」  一体の人形がマントから出てくる。  そいつは突然口を開くと・・・ 「なっ!」  レーザーを出しやがった。  首を振ることでそれを振り回してくる。 「どんどん行きますよ」  って、ちょっと待て!  ぼろぼろとマントの下から同じような人形が出てくる。  その数、実に四体。計五体の人形がレーザーを振り回す。  あれ、少しでも当たったらまずいんじゃないのか? 「ボクモ、ダマッテハミテイラレナイネ」  そういったハムレットは小さな白い弾を無数に放ってきた!  こっちは当たってもそれほどのダメージはないが、如何せん数が多すぎる。  スクルドさんはそれでも避けているが・・・  このままじゃいつかやられる・・・  結界を解除してナイフを手元に作り直し、ひたすら投げる。  スクルドさんのほうもロビンで人形の祭典に攻撃を仕掛けている。  どうして倒れない・・・数えただけでも五回は刺さったはず・・・ 「スクルドさん・・・援護お願いします。直接行きます」 「分かった・・・気をつけてね」 「はい」  レーザーにさえ注意すれば問題ない。白弾だけなら耐えられる。  一本、二本・・・ここで・・・飛び込む! 「はいった!」  手応えあり。左肩から腹にかけて斬りつけることができた。  いくらなんでもこれで無事なわけ・・・ 「なかなかに面白いですね・・・」 「シェイクスピアヲ、キズツケタナ」  逆上したハムレットが飛び掛ってきた。  それを腕で払う。 「ウギャ」  叫びと共にとてもいい音がした。ありゃ、結構痛かったな。  人形じゃなかったら下手すると立てないぐらいだ。 「よくも、ハムレットに手を上げてくれましたね・・・」  かなりご立腹の様子だ・・・  しかし、その油断が命取り。ロビンが人形の祭典の腹を貫いた。 「許しません・・・許しませんよ・・・」  立っている・・・こいつ不死身か・・・ 「シェイクスピア! ボクナラダイジョウブダヨ」 「すみません、ハムレット。私が不甲斐ないばかりに君を傷つけてしまった。下がっていてくださいハムレット。すぐ終わらせますから」 「ウン」  テクテクと歩いていくハムレット・・・  なんだ・・・あの歩き方?  さっきまでと違う・・・まるで痛みに耐えるような歩き方。  まさか・・・ 「スクルドさん。ハムレットをお願いします!」 「え?」 「歩き方がさっきと違う。おそらくは向こうが本体です。シェイクスピアは自分に攻撃されないようにするための身代わりです」 「でも、ハムレットも攻撃に参加してたんじゃ・・・下手すれば先に消されるかもしれないのに」 「それもブラフです。単に飛び掛かるだけなら、極端な攻撃をされることもない。あの無数の白い弾も威力が弱く無視できる程度だった」 「なるほど。そう考えると人形の祭典が倒れない理由もしっくり来る」 「で、どうなんだよ。ハムレット?」 「ぐぐぐ・・・」  口調が変わった・・・ 「まさかばれるとは思わなかったよ。仕方がないね・・・最後の手段をとらせてもらう・・・」  ガラガラとシェイクスピアが倒れる。 「何を・・・」 「最終奥義『首吊りマリオネット』」  倒れたシェイクスピアが起き上がる。  だらんとたれ下がった手足。少しだが宙に浮いている。空中から糸で吊り下げられているような。  関節を外しているような姿で、手や足を振り回す。  速い! 「ぐあっ」  軽くかすっただけで吹き飛ばされる。 「李緒、大丈夫?」 「なんとか・・・大丈夫。身体はまだ動きます」 「そう。どうしようか・・・あれ」 「動きさえ封じれればいいんですけど」 「そうね・・・」 「スクルドさん・・・ロビンの全力と直接殴るのどっちのが威力高いですか?」 「もちろん直接のほうが・・・何するつもり?」 「俺が一瞬でも動きを止められれば、殴ることできます?」 「ええ」 「決まりですね・・・」 「ちょっ・・・李緒!」  そう、一瞬でも止められればいい。  両手に短剣を構えて、突進する。  右手の一本を投げて、再度分裂させる。  振り下ろされるシェイクスピアの両腕。  間一髪これを避けて、両腕に短剣を突き刺す。  もってくれよ・・・俺の身体・・・ 「スクルドさんっ!」 「オーケー」  右手を構えて走るスクルドさん。  しかし、シェイクスピアも黙ってみているわけではなかった。  自由になる両足で地面をけって、そのままけりに移行する。  しかしそこはスクルドさん。ジャンプしてこれを避ける。  決まった! 「ギギギ・・・」  なんと、いきなり首が百八十度回りやがった!  口を開き、レーザー発射体勢をとる。  空中にいる彼女に避けるすべはない! 「間に合えっ」  レーザーが放たれる。  しかし、それも最早無意味。  突き出された彼女の光り輝く右腕は、レーザーをものともせずにはじく。  スクルドさんはそのまま体勢をまったく変えずに拳をシェイクスピアに突き立てる。 「これで最後にする!」  爆音と同時にシェイクスピアがばらばらになる。  俺は逃げる人形の祭典に向かってナイフを投げつける。  命中・・・倒れた人形の祭典は動かなくなり、消えていった・・・ 「・・・すごいですね。スクルドさん」 「まあね。李緒もなかなかやるじゃない」 「ありがとうございます」 「疲れたでしょう。今日はもう休みなさい」 「そうさせていただきます」  意識が落ちていく。  こうして、俺はまた一歩強くなった・・・気がする。