西暦3016年  若干23歳、後に時の天才と呼ばれる 双麻 春(そうま はる)の手にによって、GS(グローイング・スピリット)と呼ばれる自らの分身を創り出す新たなネットワーク社会が公開された。  GSに接続するためにはCSD(コンパクト・スピリチュアル・ディスク)が必要となり、そこに個人データを書き込むことによりGSへの接続を可能にする。  こうして、GSにもう一人の自分を創り出した者達のことを俗にSP(スピリット)と呼ぶ。  このシステムによって、進歩の停滞していた情報社会は格段にその性能を上げた。  しかし、自らの意思でネットワークの中を行き来するGSの誕生は利便性とともに重大な問題を有していた。  それがハッカーである。  従来のシステムに比べ、ハッキング・クラッキングが容易になったため、ハッカーが増加したのだ。  プログラムへの直接介入。それが彼らの武器である。  もちろん、政府も手をこまねいてみていたわけではない。  政府側からも、ハッカーへの対抗策として多くの人材が投与された。  より高度な情報戦の開始である。  これが実に四年もの間続くことになる。  そう、これより一年前。  かつてないほど大きな・・・それこそ、戦争といっていい抗争が起きた。  先述の通り、GSという作られた世界には、もう一人の自分が存在する。  それらに対する干渉は、CSDの設定段階で禁止されていた。  そのプロテクトがある一人のハッカーにより外されることとなった。  その技術は、瞬く間にハッカーの間に広がり、SA(スピリット・アーム)と呼ばれる武器を生み出した。  政府軍はこの相手を直接攻撃するという手段を持たなかったため、抵抗もできずに倒れていった。  CSDはそもそも脳とGSを繋ぐものである。  このとき倒れた政府軍の人間は、悪くて死亡。よくても何かしらの身体機能に障害が残った。  政府軍の兵が軒並み倒された頃、まさに後一歩で政府の機能が停止するという時に彼が動いた。  双麻春、その人である。  彼は、仲間とともにハッカーを退け、事態は一時的に収拾した。  しかし、この事件により危険性が生まれたため、一般人のGSへの接続は薄れていくこととなる。  だが、ハッカー達の危険が消えたわけではない。  政府軍もこれよりSAの使用を始めることとなる。  このような状況は春の望むところではない。  彼もまた、仲間とともに政府軍とは別に行動を開始する。  結果として、双麻・政府・ハッカーという三つ巴の構図になっていった。  そして、一年が過ぎようとした頃、物語は一人の少年に委ねられる。  春日 李緒(かすが りお)十八歳。  その運命を、彼はまだ知らない。 「つまるところさ。俺は眠いわけだ」 「だから?」 「とりあえず、寝かせてくれ。話はそれからだ」 「まあ、そんなことは気にする必要は無いわ。私の話に付き合えば眠気も吹っ飛ぶってもんよ」  実際吹っ飛ぶのは俺の身体だけだ。  白鳥 鈴(しらとり すず)。こいつの言うことは八割以上信用してはならない。  なぜかこのクラスの委員長をやっているわけだが、俺に言わせればこいつが選ばれた理由がわからない。  ちなみにガキの頃からの腐れ縁である。 「ともかくだ。これ以上いいんちょと話しても仕方が無いわけだ」 「いいんちょゆうな」 「反射速度はまずまずだな。まあ、いいんちょはいいんちょなんだから仕方ないだろ」 「また言った。二回も言った」 「数少ないお前の属性だ。大事にしろ」 「いやだなあ、私には幼馴染って言う強力な属性があるじゃない」 「それは気のせいだ。あれは腐れ縁という一種の呪いだ」 「照れない照れない」 「照れて無い。だいだいお前の呼び名なんてどうでもいいんだ。俺は寝るから後よろしく。いいんちょ」 「まったく・・・恥ずかしがりやなんだから、李緒は。  いつもみたく、『まいすいーとはにーすず』って呼んでくれていいのよ」  とんでもない言葉に教室中が静まり返る・・・・ということは無かった。  しかし、あちらこちらから、 「春日だからな。仕方ない」とか 「飽きないね、春日君も」とか 「見せつけてくれるな、春日」とか 「やっぱり彼ってそういう人だったのね」とか  ・・・・ちょっと待て。俺を可哀想な人を見るような目で見るな。  だいたいそこは、春日じゃなくて白鳥というべきだろ。 「ああもう、鈴。とにかく俺を寝かせろ!」 「ほーう。お前は俺の授業で寝るつもりなんだな」  ・・・まずい。俺の本能は危険信号を告げている。 「あれ、先生。どうしたんです。はやく授業を始めましょう」 「ああ、そうだな。春日、今日はお前だけを指すからな。答えられなかったら放課後職員室な」  ああもう、ちくしょう。何でこんな素敵笑顔で言ってきやがる。 「りょーかい・・・」 「口は災いの元ねー李緒♪」  八割がたお前のせいだと言ってやりたい。  案の定、俺が答えられるはずもなく、放課後職員室呼び出しは決定した。 「うー」  お説教はなかったが、雑用を押し付けられて空は赤くなりにけり。 「まだいたのか?」 「おお」  柳 修(やなぎ しゅう)。生徒会長。もうひとりの腐れ縁。  そして学園最強の眼鏡君。  まあそれはこの学園の校則が、眼鏡をかけぬ者が生徒会長になることを禁ずとかなっているのでかけているだけだ。  つまり伊達眼鏡である。  ・・・なんだ、この学校?  いや、まともに考えるのは止めよう。そもそも学園長がミス摩訶不思議だし・・・ 「その様子だと、大分に疲れたようだな」 「まあな。でも、今日の仕事には差支えは無いよ」 「ならば結構。先ほど双麻さんから連絡が入った。仕事だ」  俺は今、双麻春という人の下で働いている。  主にGS世界のパトロールだ。  きっかけは修に誘われたことだが、それは俺の中で重大な転機となった。  今から一年前、親父が急遽入院するという事件があった。  原因はGS接続時のCSDのショート。  つまりGS世界での死。  当時、親父は政府軍の兵として行動していたため、戦争に巻き込まれたのだ。  幸い脳死には至らなかったが、左腕が動かないという後遺症が残った。  今尚、意識の戻らない同僚もいるそうだから、運がいいほうだったのかもしれない。  その後、政府軍を止めた親父は多額の退職金をもらい、家でだらだらと過ごしている。  職探しもしているようだが、左腕の不調により芳しくないようだ。  親父の仇討ちというわけではないが、もう親父みたいな人は出したくない。  そう思って、修の誘いを受けたわけだが、他のメンバーと比べると俺なんていてもいなくてもいいレベルだ。  というわけで、今は修と一緒に行動して自分を磨いているのだ。 「わかった。じゃあ、いつもの時間に」 「ああ、待っている」  食事を済ませ、自室へと戻る。  親父が酌をしろとかなんとかうるさいが無視する。  精神の統一を図り、意識をGSへと移す。 「・・・と。早いな修」  目の前には既に修がいた。 「そうでもない。行くぞ」 「ああ」 「で、仕事ってなんだ?」 「最近、アイルツェルト周辺を荒らしまわるハッカーがいるらしい。直接消去しろとのことだ」  アイルツェルトとはGSの中にある都市の一つだ。  ネットに世界を構築する双麻さんのアイディアがすごいと思うのは、こういうところにある。  一般的にGS世界で一般のネットのなかのサイトやコンピュータに潜入するためには『建物』の中に入らないといけない。  どこからでも進入できないようにするためだと聞いた。  わざとそういったシステムにすることで、防衛しやすくしたらしい。  ちなみにサイトには普通に入れるが、コンピュータの建物には鍵がかかっている。 「急ぐぞ、李緒。すでに攻撃が始まっているらしい。双麻さんが早く行けと連絡してきた」 「自分で行ったほうが早いんじゃないか」 「それを言ってしまったら、自分達の出番がなくなる」 「それもそうか。あの人には悪魔組曲やらカバラやら相手にしてるんだしな」 「おしゃべりはそこまでだ。行くぞ」 「ああ」  今俺達がいるのは双麻派の本拠地だ。  ここからだと、都市となっているところなら一瞬で飛べる。  全く便利なものだと思う。  とか何とか言っているうちに到着。  どうやらハッカーは傭兵団と交戦中のようだ。  傭兵団とは有料でサイトを保護する集団のことである。  政府軍にしても、双麻派にしても、一定区域に留まる事ができないので、こういった連中が必要になる。  とはいえ、どうやら苦戦しているようだ。まあ、だからこそ、うちに連絡が来るのだが。 「李緒。早めに片付けるぞ」 「ああ。二人か・・・」  一人は剣。もう一人は銃。 「銃のほうを頼む」 「心得た」  これで向こうは安心だ。  というわけで、俺は剣を持っているほうに話しかけた。 「はい。そこの馬鹿者。わざわざ仕事作ってくれちゃって、手間かけさせんじゃねえぞ」 「・・・」  無視された。  気に食わない奴だ。  俺の正義の名の下に貴様は悪だと決定された。  よってこれから裁きを行う。  俺は、双剣『スレイプニル』をかまえ、ハッカーに切りかかる。 「・・・っ」  間一髪それを避ける。やるねえ。 「お前はどこのものだ? 政府の狗とも思えないが、同業者が邪魔をしにきたというわけでもないだろう」 「わかってるじゃないか」 「新手の傭兵か」 「まあ、そんなところさ」 「そういうことならば、覚悟は出来ているんだろうな」 「なんのさ?もしかしてあなたが精神崩壊したときに罪の意識にさいなまれる覚悟のことかな?なめられても困るよ。廃人にするのはお前が初めてというわけでもない」 「へらずぐちを」 「いい加減にしてくれないか? こっちも暇じゃないんだ?廃人になるか、このまま帰るかさっさと選べ。今ならまだ罪にならない」 「自信過剰は身を滅ぼす・・・ぞ」  ハッカーはいきなり剣を振るってくる。 「はっ・・・」  うーーーん。三流とは言わないけど、二流ってとこだな。  ハッキングに関してはプロ級なんだけど、GS戦となるとまるで素人みたいだ。  ウィルス使われる前に潰すか。 「よっ・・・と」  スレイプニルを相手に向かって投げる。が、相手は何なくそれをかわす。 「武器を投げるとはな。何を考えているんだか・・・」  その目は俺の手元に集中している。 「とでも言うと思ったか?ただの武器じゃないんだ・・・投げても手元に同じのが作れるんだろ」 「あらら、やっぱりそういうのって分かっちゃいます?」 「まあな。こちらも遊びでやってるんじゃないんでね・・・ナイフ、作りたければ作ればいい。そんなので不意打ちは食らわない」  やっぱりそう読まれるか・・・  かかったな。 「・・・っ」  ハッカーの背中に投げたはずのスレイプニルが突き刺さってる。 「なっ・・・」  驚いた顔でこちらを見ている。それはそうだろう。投げたはずのナイフが戻ってきたのだから。  スレイプニルの能力のひとつ『ブーメラン』。  ほとんどのSPは投擲系SAに『再生』の能力をつける。この能力は投げたものを消して手元に戻すという効果を示す。  しかし『ブーメラン』の場合、手元に向かって飛んでくるのだ。はっきり言って使い勝手が悪いため、見逃していたわけだな。  俺は、スレイプニルを引き抜きハッカーに話しかけた。 「まだ致命傷じゃないから、精神崩壊は起こさないだろうけど危険な状態だからねえ。抵抗しないでくれよ」  相手は肩で息をしていて、話すに話せない状態だ。 「とりあえずCSDのデータだけ写させてもらうよ。しばらくは自由に行動できないけど、自業自得だからね。あ、落ちようとしても無駄だよ。そのタイムラグのうちに、今度は心臓を狙うから」  と、話している間にデータ保存完了っと。 「じゃあ、体の治療だけするから、そしたらすぐ落とすよ」  と言って、双麻さんから貰っている治療薬を使う。すぐにハッカーの傷が塞がっていく。 「じゃあね、しばらく入れないから」  コピーしたCSDデータを使い強制排出を行う。  全く、双麻さんもあまいんだから。ハッカーを出来るだけ殺すなって・・・  あ、そういや修のほうはどうなったかな?  修は銃を持つハッカーと対峙していた。  ハッカーは銃口を修のほうに向け硬直していた。  しばらくはどちらも動かなかったが、やがてハッカーのほうが先に動いた。  銃弾が飛び交う中、修は悠々と避けている。  痺れを切らしたハッカーはもう一挺の銃を出し、撃ち始める。  ここで、修が動いた。  懐から扇を取り出し、銃弾をはじきながらハッカーへと近づいていく。  そして、ついに修の間合いに入った。  修は驚くべき速さで、首を扇で打ちつけた。  ハッカーから力が抜けその場に倒れこむ。 「なんだもう終わってたのか」 「それほど強い相手でもない」 「まあね」 「しかし、李緒。気付いたか?」 「小アルカナ・・・」 「ああ。剣の1。カバラだ」  カバラ。ハッカーのグループの中でも最大の規模を誇っている。  というか、大規模のハッカーのグループはそんなにあるわけじゃないが。  ハッカーのグループのほとんどは仲間内の中だけの小さなグループだ。  そいつらはそれほど警戒する必要はないけど『カバラ』や『悪魔組曲』は別格だ。  カバラは総勢22人の大アルカナと、4つのグループと13のクラスに分けられた小アルカナで構成されている。  対して悪魔組曲はわずか13人のみで構成されたグループだ。数こそ少ないが全員が全員、大アルカナに匹敵する実力者だ。  俺達も大アルカナ・・・特に、愚者・魔術師・死神。それに悪魔組曲の第一・二・十三楽章とは双麻さんに関わるなと言われている。  今、闘った剣の1は小アルカナの剣の中でも最弱のクラス。とはいっても、そのへんにいるハッカーとは比べ物にならないが・・・  今の俺のレベルじゃ倒せてJ(ジャック)クラス。修なら大アルカナの下級クラスと互角ぐらいだろう。 「しかし、カバラがなんでこんなところに・・・」 「さあな」 「それは、私から説明しましょう」 「!」  俺と修は同時に振り向いた。  さっきまで、誰もいなかったはずのところに奴は立っていた・・・  その隣で男が震えている・・・ 「お手数をおかけしたことをお詫び申し上げます。こちらの管理が行き届かぬばかりに下の者が勝手な行動をお取りしまして・・・」 「カバラ・・・大アルカナか」 「流石にご存知でしたね。ああ、申し遅れました。私、カバラ・大アルカナの『審判(ジャッジメント)』と申します」 「審判だと・・・」 「ああ、そんなに構えないでください。私はこちらの不手際を処理しにきただけです」 「・・・」 「さきほど、処理していただいた二人はどうでもいいんですよ。たかだか1クラスの連中です。この者に従っただけですから・・・」  そういうと審判は隣にいた男を前へ突き出す。 「聖杯のKまで登り詰めた男なんですけどね。いかんせん我が強すぎて・・・それさえなければ大アルカナにも入れたかもしれませんが、勝手なことをしすぎてしまいました」 「どういうことだよ」 「いえ、ご存知の通り我々の目的はあくまで政府なんですよ。私利で動かれては組織としては困り者なんです。今回のケース程度ならわざわざ処罰する必要はないんですけど、1とはいえ二人も連れ出してしまいましたから」 「個人で動くのはよほどのことではない限り気にしないが組織の権利を使うのは見逃せないと」 「ええ、飲み込みが早くて助かりますよ。『扇風戦火』さん。そちらの方はなんとお呼びすればよろしいでしょう?」 「好きにしてくれ」 「お名前をお伺いしないとそれも難しいのですがまあいいでしょう。とりあえず、こちらの目的は達成できましたし・・・」 「・・・っ」  何が起こったのか一瞬分からなかった・・・  審判の台詞が言い終わると同時に男の首が飛んだ・・・ 「なぜこんなことを・・・」 「私、始末番なんです。今回の目的もこの者の制裁にありましたし。では、お二人ともまた会うときもあるでしょう。あまり、我々の邪魔しないでくださいね」 「待て・・・っ」  それだけ言うと、審判は消えてしまった・・・ 「なんだってんだよ・・・」 「落ち着け李緒・・・今戦っても勝ち目はないだろう」 「う・・・」  確かに・・・ 「そういうわけだ。任務完了。行くぞ」 「ああ・・・」  釈然としないが、負傷者の救護のが先だ。 「大丈夫か」 「・・・ああ、なんとかな」  とりあえず、手遅れの奴はいなそうだ。 「助かった。礼を言う」 「・・・どこの傭兵会社か知らないけどさ。カバラの1、二人程度にこれじゃ止めたほうがいい。いつか死ぬぞ」 「・・・・・・」  さて、仕事もとりあえず終わったし、寝るか。 「どうしたの? 李緒」 「鈴か・・・」  一晩寝ても気は晴れなかった・・・  あの時、動けなかったのは事実だ・・・  動いたら殺される・・・そう思った・・・ 「ほんっとに元気ないわねぇ。一体どうしたって言うのよ」 「放っておけ。じき治る」  修が来た。  冷たい言い方だが今はありがたい。 「修」 「なんだ?」 「双麻さんに会わせてくれ」 「なぜ?」 「強くなりたい」 「そういうことなら話は早い。『知るか、馬鹿』と彼なら言うだろう」 「・・・」 「SPの強さとは、即ち心の強さ。人に頼っているうちは強くなれない」 「・・・」 「スレイプニルを使いこなせ。まずはそれからだ」  今、スレイプニルに付属されている能力は、ブーメラン。  そして、最大六本まで増える「分裂」のみ。  スレイプニルのデータはもともと双麻さんのプログラムを基盤にしてるから、まだ俺にも解っていないブラックボックスが存在する。  確かに俺はまだスレイプニルを使いこなせてはいない。 「李緒、お前の成長速度はとても速い。だが、これ以上強くなるための壁はとても高い。しかし、これを越えなければお前は戦力外だ」  俺以外の双麻派は七人全員、大アルカナ互角以上に戦える。、  俺が知っているのは双麻さんと修の他には、ミズホさんと昇華(しょうか)。残りの三人には会ったことはない。  ミズホさんは最初の頃、俺の修行をしてくれた人で、一度闘って勝ちはしたけど、あの時はあの人本気じゃなかったし・・・  というか、双麻派に入る最終試験みたいなもんだったらしい・・・  修の話によると、ミズホさんはSAの能力を使わないで、あくまでも武器としてしか使ってなかったというし。  これ以上強くなるためには・・・俺は、どうすればいい・・・  帰宅後、俺はスレイプニルの解析を始めた。  スレイプニルはもともと「フレイヤ」というSAだったが、俺が受け継いだとき今の形へと変換させたものだ。  双麻さんのデータのほうは解析できなくても、フレイヤの解析なら可能かもしれない。  ん、スレイプニルに改造したときは気付かなかったけど、ブラックボックスのデータの引き出しがされている・・・  えっと・・・「結界」・・・効果はウィルス使用制限・・・  これは・・・使えそうだな。  物は試しだ。とりあえず使ってみよう。 「あれ、ミズホさんじゃないですか」  ログインするとなぜかミズホさんがいた。 「ずいぶんないいぐさね。ハルから擬似ウィルスを預かってきたって言うのに・・・」 「そーでしたか、ご苦労様です」 「とりあえず、つきあってあげるから結界作りなさい」 「わかりました」 「で、あなたはどうやって結界の構成をするの?」 「ナイフで魔法陣を作ろうと思ってるんですけど」 「なるほどね」 「最初は三本使って三角形から」 「わかったわ。やってみて」  集中力を高め、結界の能力を発動させる。三本のナイフが宙を舞い、正三角形の頂点になるように地面に突き刺さる。 「もう大丈夫?」 「はい」 「じゃあ、いくわね」 「いつでも、どうぞ」 「コール!成長する若芽(グローイング・シード)」  何も起きない・・・とりあえず結界は成功のようだ・・・  と、思ったのも束の間。地面から芽が出てくる。 「三十二段階ね。まあ、こんなもんでしょ」 「どうゆことですか?」 「この擬似ウィルス、自己進化できるのよ。三十二回進化してやっと効果が出たの」 「はあ・・・」 「これ以上結界の出力は上がらないの?」 「ナイフの数増やせばまだ上がります」 「じゃあやってみなさい」 「・・・・・・はい」  簡単に言ってくれる・・・でもまあ、そのくらいじゃないと教育係なんて出来ないのかもな・・・  修も『那須与一』を貰った最初のころは、ミズホさんに鍛えられたらしいが。  ちなみに『那須与一』ってのは、修のSAで扇である。  元は別のタイプの武器で、名前も『アルテミス』だったんだが・・・いや、今も一応『アルテミス』で登録されていたっけ。  修が『那須与一』とよんでいるだけか。どうも和名でないとあわないらしい。  ・・・と、無駄なこと考える場合じゃないか。  ナイフを一本増やして、正方形にする。  さっき生えた芽が枯れて、しばらくするとまた芽が出てきた。 「六十四・・・これで、フレイヤと同じくらいね」 「そうっ・・・ですかっ・・・」  かなり疲れた・・・ 「最大六本だったわね・・・一本足してもう一度」  鬼だ・・・  嘆いてもしょうがないんで、さらに一本加えて五亡星にした。 「百二十八・・・」 「はい、ラストいっぽーん!」 「ちょっ・・・」 「待たないわよ」  ・・・読まれてる。この状態で六本目出したらかなりやばいと思うのに、ミズホさん許してくれそうにありません・・・ 「今この時点でこのぐらい出来ないとフレイヤの代わりは勤まらない。SAのデータをハルに返して、もう繋ぐのは止めなさい」 「・・・・・・」 「そう、このぐらいできないと・・・貴方は死ぬ」 「どうゆう・・・ことですか?」 「最近、ハッカー達の動きが活発になってきている」 「ちょっと待ってください。わけわかりませんよ・・・」 「悪魔組曲・・・は知っているわね。その第十三楽章『終焉晩餐(デッドスリーパー)』が最近よく活動が活発化している」 「・・・・・・」  悪魔組曲最悪の楽章と言われる終焉晩餐が・・・ 「ハッカー同士でも小競り合いが増えているし、政府への攻撃も規模は小さいけど始まった。最悪戦争が繰り返される」  戦争・・・一年前の抗争を皆そう呼ぶ。  親父が左腕を失った・・・あの、戦争が繰り返されるというのか・・・ 「わかりました・・・最後の一本、行かせて貰います!」  六亡星を心の中で描く・・・すごい負担が脳みそにかかってくる・・・  頭が焼ききれそうな感覚・・・これが双麻春のプログラムッ・・・  だが、このくらいできないでどうするっ! 「いやはやすごいわね・・・」 「はい?」 「五百十二・・・生半可なウィルスじゃ発動すら出来ないわよ」 「どんくらいですか?」 「霧散の蟻程度なら使い物にならないくらいね」 「むさっ・・・て・・・」  霧散の蟻・・・現時点で一般的に知られるウィルスの中じゃ最高レベルのものだ・・・  そりゃあGSの中じゃ、いいとこ上の下くらいのレベルではあるけど・・・  それでも普通のセキュリティじゃ、データ壊されてからはじめているのに気付くようなウィルスだぞ・・・ 「ちなみにいいこと教えてあげるけど、さっき言った太陽の使用するウィルスレベルは高く見積もっても四百二十そこそこ」 「マジですか・・・」 「ええ。ちなみに中級の大アルカナで最もウィルスを扱う『悪魔(デビル)』は平均して五百八十くらい。最大で七百八十くらいまでのウィルスだってのを聞いたことがあるから・・・対ウィルスにのみ限定すれば中級の大アルカナと十分闘っていけるレベルね」 「六本全部使ったら・・・攻撃手段がなくなるんですが・・・」 「その点は問題ないんじゃない?自分の体があるでしょ」 「・・・冗談ですよね」 「冗談よ」  即答かよ・・・この人ってこうゆう人だっけ・・・ 「実践ではこんなに広く結界を作る必要はないから・・・この能力って面積の二乗に反比例して効果が弱まっていくから、今のレベルでだしても面積を半分にすれば五本で十分効果が期待できるんじゃない?」 「そうだったんですか・・・」 「これってハルがつけた能力だから説明書とかなかったの?」 「いえ・・・」 「フレイヤが消したのか・・・あの子、容量削減のためならその位するかもね・・・」 「・・・・・・」  いまいち俺のCSDの全所持者フレイヤって人のことがわからない・・・ 「話を戻すけど、あくまでこの能力は相手がウィルスを使ってくるときに限られる」 「はい」 「これでスレイプニルにつけられた能力は三つ。後三つが付属限界ね・・・」 「まあ、計六つになるようにしたようなもんですから。だからスレイプニルなんですけどね・・・」 「私の知る限り、スレイプニルに継承できそうな能力がひとつ、ハルがプログラムした能力がひとつ・・・スレイプニルには眠っている」 「・・・・・・」  双麻さんのプログラムがまだ・・・あるっていうのか? 「ハルとフレイヤのブラックボックスを消去すれば、自分で三つ新たな能力を設定できる。あなたの自由よ・・・」 「なんだか懐かしいです・・・」 「何が?」 「俺がフレイヤを受け取ってすぐの頃・・・」 「そうね・・・あなたがフレイヤをスレイプニルにして持ってきたときなんかはとても驚いたわ」 「どう思いました?」 「そうね、とんでもないことしでかしたとは思ったわね。なかなかいじくってどうにかなるってものじゃないし・・・」  そう・・・だったな・・・  あの頃はフレイヤという武器を使うのに必死で何もわかっちゃいなかった・・・  ミズホさんにイロイロと文句言われてむきになって改造したんだっけ・・・ 「あの時はさんざんあなたにいじめられたような気がします・・・」 「あらそう? 武器に振り回されていたあなたが言うことじゃないんじゃないかしら。いくら持っていた武器がフレイヤだからってあそこまでプレッシャーかからなくてもいいのにと思ったけど」 「返す言葉もないですね・・・」 「ふふふ・・・どちらにしろあなたがスレイプニルを持っていてよかったと思っているわ。残りの能力早く決めないと戦争に参加できないよ」  ・・・そう言ってミズホさんはログアウトした。  フレイヤから受け継いだ能力・・・実は知ってるんだけどね・・・ 「影縛り」・・・対象の影に剣を突き刺すことで動きを一時的に封じる能力。今なら俺にも使えるかな・・・  そして、双麻さんのブラックボックス・・・一体何が詰まっているって言うんだ・・・  アクセス経路があるから、ミズホさんの「ロキ」みたいな四神アクセス型みたいなものだろうけど・・・使い方がよく分からん。 「どうしたもんかね・・・双麻さんに聞いても教えてくれないだろうしなあ」  草の上に横になって目を瞑る。  戦争か・・・実感は湧かないが、嫌な空気だ。  確かに、今のままじゃ俺はすぐに死ぬだろうな。  ああ、今日は疲れた・・・  意識が次第に現実へと戻されていく。  考えても仕方が無い。やるだけやってみるしかないんだから・・・ 「というわけで、しばらくお前には昇華さんと行動してもらうことになった」 「・・・はい?」  学校に着いた早々、修がそんなことを言ってきた。 「ミズホさんに聞いただろう。最悪、戦争が起こると。このままじゃ、お前は戦力外だ」 「それは、わかるけど。なぜに昇華よ?」 「昇華さんだけではない。他の皆とも一度組んでもらうことになる。顔合わせも含めて、実戦経験を積んでもらおうという腹だそうだ」 「顔合わせなら、別に昇華じゃなくても・・・」 「とりあえず、最初は知った顔のほうがいいだろうと、私が提案した」  余計なことを。 「不服か?」 「不服だっ! あの人は俺をいじめるの趣味にしてんだろ!」 「それも修行だ。日々精進也」 「知った顔なら、ミズホさんだっていいじゃないか」 「あの人はあの人でやることがあるのだ」 「何の話?」  厄介な奴が来た。 「楽しそうじゃない。私も混ぜてよ」 「お前には関係ない。一切の関係は無い。話がややこしくなるから口出すな」 「スクルドチョップ」 「痛え」 「どう、鈴様の必殺技。スクルドチョップは」 「何が必殺技だ。ただのチョップじゃねえか。今度は何の漫画に影響されたんだ」 「スクルドチョップ」 「痛え」 「口答えは許しません。必殺技は必殺技なのです。これ以上抵抗するなら・・・」 「するなら?」 「スクルドぱんち♪」 「ぐぼらっ」  ノーモーションで、鈴のストレートが・・・  これが伝説の右・・・? 「今宵の李緒は変な声で鳴きよるのう。ほっほっほっ♪」 「ほっほっほっ♪じゃねえ! だいたい♪ってなんだ♪って!」 「細かいことは気にしないの。ほら、HR始まるわよ」  ・・・逃げられた。殴られ損か?  世は全てこともなし。  昼飯だ昼飯だ。 「修、飯食いにいこーぜ」 「ああ」  とてつもない不安に狩られる。  何か重大なことを見落としている。そんな気がする。  なんかポケットが軽いような・・・ 「どうした?」 「・・・財布がない・・・・」 「何をやっているのだ・・・」 「ほんとにねえ。そんなんだから私にとられるのよ」  修があきれる。俺もあきれる。なぜか鈴もあきれる。  ん? なにか聞き逃してはいけないことを聞いたような・・・ 「てめえ、いつスリやがったぁぁぁぁ!」 「だってええ。李緒のものを肌身離さず持っていたかったんだもーーん(はあと)」 「はあとじゃねええええ。かえせえええ」 「当たり前じゃない。さすがに困るかと思ってお金を返しに来たのよ。  えらいでしょ。ほめてほめて」  ・・・何言ってんのコイツ。すいません、殴ってもいいデスカ?  まあ、おちつけ俺。財布が帰ってくればそれでいい。 「はい」  え? なにこれ? さんびゃくえん? 「あのー鈴さん? これは?」 「お金よ」 「だって、財布返してくれるって」 「ん? そんなこといったっけ? 私はお金を返しに来たって言ってるのよ。使う分だけ返してあ・げ・る。きゃは」  もうだめです。ちょっとこいつ、おかしい・・・  こうなったら、力ずくでっ! 「きゃあ怖い。鈴、身の危険をかんじちゃうー。  えい、スクルドぱんち♪」  しまった・・・奴には・・・これがあったんだった・・・・・・ 「仕方ない。昼は一人で食うか」  そんな修の言葉が耳に残った・・・