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Last update 2007年10月09日

伝染源 著者:塵子


「それが私にも"伝染"しているのだ」

 姐さんが俺にそれを告白したのは、公園で一緒だったちび…ミキちゃんを家に送り届けた帰りのことだった。

「"伝染"って…さっき姐さんが言ってた"能力"のことか?」

「そう、だから私は初めて会ったときに貴様に言っただろう?
 "私は神だ"と。実際は神ではない。が、人間でもない。……暑さも寒さも感じない人間は、もはや人間ではないさ」

 姐さん……サトイさんと会ってから数ヶ月、ずっと不思議に思っていたことがあった。

 なぜか姐さんは、問題を抱えて追いつめられた人間のところに突然現れる。初めて会ったときもそうだ。あるカップルが住むアパートの前で会ったとき、姐さんは彼らの様子を見て、「試練が終わった」と言った。そして、次は俺の試練だと。
 そのときは、確かに彼女の激しいハリセン乱舞のおかげで俺は人生に意味を見出した。でもそんなの偶然だと思ってたんだ。適当に、曖昧に言ったことが当たったように思えただけ。ノストラダムスの大予言と同じようなもんで、ただのこじつけだと思ってた。

 だが、その後も彼女を観察していると、毎回毎回似たようなことが起きていた。つまり、俺のように「今どうしたらいいかわからない人間」……まあ言ってみれば人生の迷子みたいになったヤツラの前に現れてはハリセンでぶっ飛ばして血まみれにしていた。でも、確かに姐さんに殴られたヤツラは、みんな目に生気を取り戻して帰って行く。恋愛に悩む女子高生、家庭に悩むサラリーマン、自身の死を前に悩むご老人……とにかくたくさんの人々に姐さんは声をかけ、ときにはハリセンで殴りつけて血みどろにしながらも、最後に彼らは生き生きとした目で帰っていった。
 一度なら、俺のことだけなら偶然だと思っただろう。しかし、二度三度と続いたことはもはや偶然ではない。必然だ。

 俺は姐さんに聞いた。
 なぜそうやって追いつめられた人間ばかりに声をかけるのか?
 そして、なぜ彼らに生気を取り戻すことができるのか?

 姐さんはいつものように、にやりと笑って答えた。
 「私は悩みを持った人間の影が見えるのだ」と。
 「その影を消す方法も知っている」と。
 そして、「それが"伝染"した者だけが持つ能力なのだ」と。
 伝染した者たち…"伝染源"は、俺らなんか思いもつかないようなおエライ組織の指令で動いているのだと。

 俺は単純に、「そりゃすごいことだ」と思った。だって"伝染源"が大勢いれば、世界中のみんなの悩みが消えるんだぜ?
 公園で会ったミキちゃんも家のことで悩んでいたようだが、姐さんと会うことでだんだん元気を取り戻しつつある。姐さんみたいな人がたくさんいれば、誰も悩まなくてすむだろう?
 みんなハッピーじゃないか!

 本気でそう思ってたんだ、姐さんの話を詳しく聴くまでは。

「私たち……"伝染源"の仕事は、要は"おせっかい"や"大きなお世話"というヤツだ。でも、世の中にはそうやって無理矢理蹴っ飛ばしてやらなければ、前に進めない人間もいる。そういう人間には影が見えるのさ、こう、黒いもやのようなものがね。そのもやさえとってしまえば、彼らは今まで見えなかった何かが見えるようになる。その結果、悩みが解消されるってわけさ。私たちは、ただ彼らの手伝いをしているに過ぎない。実際、蹴り飛ばされたあと何かに気付くか否かは、その本人の問題だからな」

 じゃああのとき、将来のことで迷っていた俺にも黒いもやが見えたのだろう。そのことをおエライさんに伝えられて、姐さんは俺の前に現れたということか。

「まあ、問題は…もやを消すために、代償が必要になるってことくらいだな」

「代償!?」

「実を言えば、もやは消すのではなく吸収するのさ、"伝染源"がね。だからその分、体に徐々に負担がかかり、少しずつ"普通の人間"から離れて行くわけ。さっき言っただろう? 私は暑さも寒さも感じない、と。ついでに言えば、痛みも感じない。今ではこのざまだ」

 そういうなり、突然姐さんは手首にナイフをあてがった。

「ちょっ! おい、何を!?」



「……な? 血も出ない人間を人間と呼べるか?」

 ……その通りだった。確かに姐さんは思い切り手首を切ったはずなのに、俺もハッキリとこの目で見たはずなのに、手首には血の一滴どころか傷すらついていなかった。

「まあ、そんな顔をするな。この体にももう慣れた」

 ナイフをしまいながら彼女は言う。

 姐さんに負担がかかるなんて、全く考えたことがなかった。いつも平然とした顔をしてハリセンを振り回すサトイ姐さん。メイド服やらチャイナ服やら、奇抜な格好でみんなの前に現れては、勝手に悩み相談を始めて相手を殴り倒して去って行く。この人には絶対悩みなんてねーんだろうな、そんな風に思っていたくらいだ。

 姐さんは静かに言った。

「……私の子どもも、能力の代償として死なせてしまったようなものだ。まだ子どもが私の腹にいた頃、私は"伝染源"になってな。この力のおかげで負荷がかかり、男か女かもわからない胎児の状態で亡くしてしまったよ」

「………」

 言葉も出なかった。俺は単純に考えていた自分に思いっきり腹が立った。姐さんは…というより"伝染源"たちは、他人を少しでも幸せにするために、自分の身を削っておせっかいを焼いているのだ。俺は少しでも考えたことがあっただろうか? 俺におせっかいを焼いてくれる人々の気持ちを。自分の身を削って他人のために尽くしている人々の気持ちを。そして、子どもを亡くしてまで他人のために動いているサトイ姐さんの気持ちを。

「ならっ! そんな仕事辞めちまえばいいじゃねーかよ! そしたら姐さんだって、普通の人間として生きられるだろう!?」

「……無理なんだよ。一度"伝染源"になってしまった者には、政府のチェックがついてまわる。逃げることはできない。それだけ特殊な存在なんだよ、私たちはね」

「そんな!! それじゃ、姐さんは他人のために一生を棒に振るってのかよ!」

「棒に振るとは思ってないさ。こうして誰かの役に立てる今の私は、昔の自分に比べればよほどましな存在だ。誰かに必要とされるのだからな。そして、私自身おせっかいを焼くのは嫌いじゃない。それに加えて守るべき家族もいない。まさにこの仕事は適任だよ」

「でもよ!! それじゃあ……」

 食い下がる俺を見て、姐さんは苦笑しながらつぶやいた。

「……ひとつだけ、"伝染源"を辞める方法があるにはあるんだがね……」

「あるのか!? ならそれを教えてくれよ! 俺だって姐さんには世話になってんだ、このまま姐さんが辛い思いをするのなんか見てられねぇよ!!」




「他の誰かを"伝染源"にすることさ」




「なっ!?」

「私の夫は"伝染源"だったんだよ。彼は仕事を長くこなしていて、この業界ではエリートでね。その結果、私と結婚した2年後には、力を使いすぎて動くことすらできなくなった。私は彼をせめて人間として死なせてやりたかった。それで彼に限界が来る直前、新たな"伝染源"として仕事を引きついだのさ。双方の同意があれば、力を"伝染"させることはできる。だが、今の私にはとても他の人間に"伝染"させる勇気はない。他の人間に、私と同じ気持ちを味あわせる必要はない」

「そうは言われてもよ……!!」

「ナチ、あまり私にシンクロするな。考えるな。"伝染源"に関わりすぎると、イレギュラーだが"伝染源"の意思に関係なく"伝染"する可能性がある。それは私の本意ではない」







 3日後。サトイ姐さんから"伝染源"の話を聞いてから、俺はずっと迷っていた。まず、ナゼ自分がこんなに迷うのか、そのこと自体に迷っていた。3日経って、やっと気がついた。俺はなんだかんだ言いつつも、サトイ姐さんのことが気に入っているのだ。いなくなって欲しくないのだ。でも、このまま"伝染源"として仕事を続ければ、いつかは姐さんは…彼女の夫のように、限界がきてしまうのかもしれない。"伝染源"の限界がどういうものなのかはわからないが、それだけはどうしても避けたかった。

「だが、俺に何ができるんだ?」

 3日間考え続けた。未だに答えは出ない。
 6畳一間のアパートで布団に倒れこみ天井を見上げる。天井に、姐さんの姿が浮かんでは、消えた。

 本当はわかっていた。俺が姐さんのためにしてやれることはひとつしかない。

「だけど、それができるのかしら?」テレビが俺に語りかけた。
「ただの同情じゃあ、どうしようもねぇんだぜ?」冷蔵庫がそう言った気がした。
「だって人間を辞めるんだよ?」枕までもうるさく話し出したので、俺は思いっきり壁に投げ飛ばしてヤツの言葉を消してやった。

 とりあえず寝よう。そう思った。
 でも、思いは消えない。俺が彼女にできることは、やはりひとつしかないのだ。



「"伝染源"になる覚悟はあるか?」



布団に横になって目を閉じると、あの夜見たマンホールの蓋がぱくぱくと動いて、暗い穴が口をききはじめた。





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